●箱も沈む 滴る水滴がやがて水溜りを作る。水溜りが池になる。池はついに湖となる。 寂れたビルから流れ出す水が全てを押し流し、そう遠くなく湖を作ると誰が考えるだろうか。 いつか止む雨が止まずに降り続けると誰が思うだろうか。 その岩から湧く水は幸運と呼ばれた。今は不運と呼ぶだろう。 何もかも沈めてしまったらそれはもう海だろうか? ●今日の天気は土砂降り 「先日、とある会社が倒産したのですが」 それはさして重要な事ではない、といった様子で『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は話を始めた。 どこにでもありそうな灰白色のビルが画面に映る。人々が横切る奥に見える表札には『タナボタ商社』とあった。 「その会社のあったビル、こちらの一階にエリューションが確認されました」 更に切り替わった画面に大きく映る巨大な岩。静かに佇むそれの入ったガラスケースには、『水湧岩』と書かれた板が貼り付けられている。 「何故こんな場所に運んだのかは定かではありませんが、それなりにありがたい物だそうですよ? なんでも昔干ばつの時にこの岩の下から水が湧いたとか。 でも、水の湧いた場所から動かしたらそれはもうただの岩ですよね」 確かにちらと見ただけではただの岩である。ケースにかかる埃が気になる程にただの岩である。 それでもじいっと観察すると、ふいに岩が動いたように見える。 動いたのか、動かないのか。見極めようとリベリスタが目を凝らした時、それはぶるりと震えた。 「……このエリューション、個体名『ノア』は幾つかの問題を抱えています。 まずはこれの確認された場所が街中である事。 既に住民の避難を始めてはいますが……被害の範囲を考えると間に合うかはギリギリといった所でしょう」 範囲、という不穏な言葉がリベリスタの耳に残る。 「第二に、フェーズの進行が比較的早い事が挙げられます。これは……言わずもがなですね。 第三、これが一番の問題です。『ノア』は水を生み出します。最初は湧き水にも満たない程ですが、時と共にその量は増大します。 放置すれば重大な被害をもたらすでしょう」 モニターの中で微動する岩からは、既に水が滲み出ていた。 「更にこの水には複数のエリューションが潜んでいます。 恐らく『ノア』の影響でしょう。こちらにも十分注意して下さい」 ――お願いします、と言った和泉の手元を見たリベリスタの目には、『被害予想』と書かれた地図が映っていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:源氏衛門 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月04日(土)22:38 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●和洋折衷 遠くで鳴るサイレンの音をかき消すように、雨音が激しくなっていく。 誰かがつけたのか、それとも元々ついていたのか。車内には虚しい除湿をするエアコンの、一種独特な匂いが薄っすらと漂っていた。 「雨が振ると、湿気で髪の毛が上手く纏まってくれないのよね」 軽く髪に触れた『尽きせぬ祈り』シュスタイナ・ショーゼット(ID:BNE001683)。 それを見て気になったのか、幾人かのリベリスタも少しだけ髪を触る。 「ウフフ、変わったエリューションが居るのですね」 『粉砕者』有栖川 氷花(ID:BNE004287)は笑みを浮かべた。 「岩のエリューションは初めて出会うかな……」 『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(ID:BNE000759)がふと呟く。 (大きくて硬い。……それだけ聞くと何だか卑猥な気もするけど。 ってごめんなさい神父様。いけない事を考えてしまいました。ボクは悪い子じゃありません。本当です!) アンジェリカの「いけない」思考は他のリベリスタに気取られずに済んだ。 「元あった場所から移された結果革醒したのか、元々そうだったのか……」 「無限の水を生み出す、これだけならば見事な能力なのだがな。過度な水は地上の命を根こそぎ枯らすだろう」 『百叢薙を志す者』桃村 雪佳(ID:BNE004233)に『破壊の魔女』シェリー・D・モーガン(ID:BNE003862)が返した。 「干ばつのときは大層有難がられたんでしょうね。それが今は討伐対象」 「岩に悪意はないのだろうが、已むを得まい」 不満そうなシュスタイナに仕方なし、といった様子の『境界のイミテーション』コーディ・N・アンドヴァラモフ(ID:BNE004107)。 「霊験あらたかなモノを勝手に移動させたのは決して褒められた行いではないが……」 「人間って勝手よね。本当ならしかるべき所に奉ってあげたらいいんでしょうけど。エリューションなら、仕方ないわね。 ……『仕方ない』って言葉、便利よね」 雪佳の言葉を補うようにして、しかし自嘲気味にシュスタイナは言った。 ――更に雨脚は強まっていく。会話を遮らない程度のラジオの音が雨に遮られて、不明瞭な単語が時々聞こえるだけになった。 「水の原因となるものにその名が冠されるのも不思議な話ではあるが、創世記さながらの大洪水をおこされてはかなわぬな」 それに箱舟は木製だったはずだが、とコーディはコンクリートのビル群を眺めた。 「最終的には街一つを沈める、か。それはすごいわね」 「七日七晩洪水が続いたら困っちゃいますね」 「……じゃあ、そうなる前に壊しましょうか」 「ええ、止めないといけませんね」 さらりと言ってのけた蔵守 さざみ(ID:BNE004240)に、雪待 辜月(ID:BNE003382)はにこやかに返答した。 ●また、トラックを置きに しばらくして、停車。リベリスタは水たまりになりつつある地面へと足を降ろした。 あまり濡れたくない者はそっと降りたり、気にせずばしゃりと降りてしまったり。 降り立った中でやけに目を引くのがロング丈のパーカーに赤と黒のタイトなタンキニ水着のシェリー。 海やプールであれば何の事はない水着も、雨の街中では何とも落ち着かないような不思議な雰囲気を放っていた。 「どうじゃ?」 パーカーを脱いで、無邪気ともからかいとも取れる声色でシェリーが聞く。 声の先、視線の先には辜月。辜月はじっと見返すわけにもいかず、視線を右往左往させる。 「ぇと、よく似合ってますよ?」 ちょっとドキドキしながら、素直に思った事を言った辜月。 「雪待も着てくればよかっただろうに」 『似合っている』という言葉に少し嬉しそうなシェリーにそう言われ、んー……、と辜月は少し思案した後にこう続けた。 「今度機会があったら、そうしましょう」 そう言って、そそくさと強結界を張りに行ってしまった。どの今度なのかは闇の中。 「入口を塞ぐように付ければ、人が来る心配は無用じゃの」 見当を付けようと首やら手やらを捻っている氷花にシェリーが声をかける。 「……こんなものですの?」 でん、と置かれたトラック。残念ながら外から中が見えてしまいそうな位置で、一度仕舞ってもう一度置くべきか、悪化する前に止めておくべきか氷花は迷った。 「氷花、私が調整しよう」 コーディがトラックに乗り適当そうな位置へと動かす。自らの持ってきたトラックも置いて、ビル内を外から遮蔽した。 「こんなものだろう」 「……感謝しますわ」 氷花は何だか負けたようで少し悔しかったが、意地を張って外から見えては本末転倒なので止めておいた。 そうして寂れたビルの前にぴったり付いてトラックが2台置かれた。中が見えるよりは余程マシだが、結構怪しい。 ――期さぬ効果ではあったが、それは近寄りがたい怪しさだった。 ●Doveoid(鳩もどき) (今はまだこれだけの水とは言え、このまま加速度的に増えていけば……。 街を押し流し、全てを濁流に飲み込む洪水など、決して現実の物にしてはならない。 俺達の乗る方舟は、この荒波さえ乗り越えてみせるさ) 増えつつある水を横目に、雪佳は自動ドアの鍵を回す。その後ろでは辜月が翼の加護を付与する。 高い窓から街灯の光が差し込むのか、中はそれなりに明るかった。奥の方には立派な岩が、雄々しく聳えている。 ずるずると自動ドアを手動で開き、リベリスタは中へと入る。 最後にシュスタイナが石をドアに挟むように置き、氷花と共にまたずるずると閉めた。これで水だけ上手く流れてくれるだろう。 リベリスタは意識をドアからビルの中へと向ける。 「15平米程かの、やけに広い……受付じゃな」 残された残骸からシェリーがそう判断する。あまり物が残っていない所を見ると岩だけは運べなかった、という感じだろうか。 (シェリーさん、細かい破壊苦手そうでちょっと心配かも……) 辜月が心配する中、シェリーはどう加減したものかと考えていた。 ――リベリスタを待っていたかのように、1体の『ダヴォイド』が水面から姿を現した。 右腕をその人型の胸の前へ、左腕を背中へ回し、軽く足を交差させてお辞儀をする。 そして「どうぞ」とばかりに胸を張り両腕を広げ、そのまま水面へと沈んでいった。 人がそれを行う時の誠実さを欠片も含まず、動作の隅々に冷やかしと嘲りを充満させた動き。 『ノア』が震える。それが戦闘開始の合図だった。 雪佳と氷花が水面を滑るようにノアへと接近する。 「ギリギリ……届かないか」 「ですわね」 辜月が辺りを見回す。熱を感知し、少しでも変化のある場所を探す。 「アンジェリカさんっ」 どうにも発見できない。このままでは難しいと判断し、アンジェリカの千里眼に託す。 ある程度浮き上がったアンジェリカは見下ろす。 「ボクの瞳からは逃げられないよ!」 非生物を透過し、ダヴォイドの位置を探る。 遠くには……無し。ノアの近辺には……無し。他は……。 「後ろっ!」 警鐘に満ちたアンジェリカの声が響く。リベリスタの背筋に柔らかい生物が這い上がるような寒気が広がった。 五つの頭を描き、五つの肩を描き、五つの胴と脚の形を取る。 まるでそこに初めからいたような……否、いたのだろう。来るのを眺め、人払いを眺め、ドアを開けるのをずっと眺めていたのだ。 この背中を走る悍ましさを植え付けるためだけに、たったそれだけのために今の今まで仕掛けて来なかったのだ。 そして、振り向き遅れたシュスタイナ、シェリー、コーディの後頭部へと躊躇いなく殴りかかる。 ごっ、と鈍い音。 母音に濁点を付けたような、危機感を覚えるような声が出る。体勢が前へと崩れ、膝を付き、水しぶきをあげて倒れた。 間に合ったリベリスタはとっさに構える。まだ2体が動いていない。だがそれらは直接的な攻撃はしなかった。 ただし、3人が突っ伏すのを見ると、ゲラゲラと笑うようなポーズを取ってみせた。リベリスタの顔を覗き込むような真似をしてみせた。手を合わせるような真似をしてみせた。殴り倒された3人の「倒れ真似」までしてみせた。 リベリスタはすぐにはそれらが何をしているのか理解できなかった。スローで再生される映像を見つめているかのようだった。 徐々に理解する。時間にすれば数秒もないだろう。しかしゆっくりと、竜が首をもたげるように、怒りがふつふつと湧き出す。 頭がちくちくと痛み、喉が燃えるように乾く。制御できない程の激しい怒りが、体の奥底から噴き出すようだった。 雪佳と氷花が何かを言っている。今はそれどころじゃない。今は、今は、今は―― 辜月が最初に動いた。さざみが庇った事でダヴォイドの影響を避け、そして最善の手を勝ち取った。 聖神の息吹。周囲の抱えた非尋常の怒りの空気が辜月の心拍数を酷く上げる。 いつもより何倍も時間がかかった気がした。それでも辜月は詠唱を終えた。 途端に自暴自棄的な怒りは収まり、理性が取り戻される。 「皆、大丈夫かっ!」 「皆様、大丈夫ですの!?」 雪佳と氷花の声が大きく響く。ダヴォイドの「アレ」の射程の外だったらしい。 各々返事をするリベリスタ。一応全員無事のようだ。 「アンジェリカさん、ダヴォイドは……」 辜月は問う。同じような方法で攻撃を集中されると、今度こそ危ない。 「……ノアの方に向かってる。雪佳さん、氷花さん、気を付けて」 「さっきと違って少し温度違うわね、アレ」 ふらつきながら立ち上がったシュスタイナが忌々しそうな目でダヴォイドのいる場所を見つめながら、魔陣を展開する。 「あの辺じゃな? ……何はともあれお返しじゃ!」 フレアバースト。魔炎は予測の場所を包み、2体のダヴォイドを破裂させる。 腸の煮えくり返る形相だったシェリーはそれの破裂する姿を見て多少すっきりしたようだった。どうやら純粋に怒っているらしい。 「エネミースキャン、終わったぞ」 コーディが頭の後ろをさすりながらそう伝える。 「造りは脆いようだ。先手さえ取れれば比較的安全だろう。今更遅いが。 その他水面に浮上した際に多少温度が変動する。つまり水中で元の温度に戻るまでは狙える」 若干うんざりした様子でコーディは説明を続けた。 「……本題の『嫌がらせ』だが。まずは私の貰った殴打。必ず後ろから現れて必ず頭を狙う。 次、ガラス片。ノアの入っていたガラスケースが砕けて散らばっているらしい。それを飛ばしてくる。 最後、先程の『アレ』は……辜月頼りになるな」 ●茨の冠 体勢を立て直したリベリスタは反撃へと転じる。 雪佳が振るう音速の刃がノアを捉える。痺れるような震えが刀を通じて腕へと伝わる。 「例え強固な岩だろうと……斬り裂く」 「思いきり叩き割ってあげますわ!」 デッドオアアライブ、雪佳が入れた幾つものヒビを氷花が押し広げるように叩いて砕く。 未だ癒えきっていないリベリスタのダメージも辜月が回復させる。 アンジェリカが数を戻しつつあるダヴォイドを補足し、位置を伝えつつ赤い月で攻撃する。 伝えられた位置に従い、シュスタイナとシェリーがフレアバーストでそれらを燃やす。水面で黒煙を上げる姿はいささか奇妙だ。 「隠れたところで見えぬと思うか!」 燃えてしまっては水中へ潜り隠れようとも、簡単に判別できる。コーディがチェインライトニングで追撃をかけた。 「耐えられる所まで、耐えましょうか」 辜月に飛んできた幾つかのガラス片をさざみが受け止める。ダヴォイドは決まって急所を狙うようだった。 「どんなに硬くても同じ箇所に攻撃を当て続ければきっと崩す事が出来る。だから皆、諦めないで攻撃し続けよう!」 アンジェリカがノア攻撃班を応援する。ノアには若干のヒビが入っていた。 だが、ノアに入ったヒビの広がり、ノアの消耗に比例するように、生み出される水の量が増えていく。 今はまだドアからの排出が勝っているようだが、その内追い付かなくなるだろう。 その代わり徐々にダヴォイドの増加量が減っている。これならノアへの攻撃に人員を割ける、リベリスタはそう判断し、一部がノアの攻撃に加わる。 「長居は無用じゃ。妾の破壊の力に耐えられるか!?」 辜月の指示した位置から、シェリーのシルバーバレットがノアを直撃する。屋内向けではない破壊力がノアを抉った。 「私の火力はそう高くない。でも、同じ所なら多少は効くでしょ。雨垂れ石を穿つってね。 ……水を生み出す岩相手に言うのも皮肉かしら」 さざみはマグスメッシスを自身の頭上に召喚し、そのまま掴んで投擲武器として投げ付けた。 ――攻撃する度に水しぶきが上がる。シャワーだとばかりに降りかかる。 最初からそうだった事に変わりはないのだが、まず間違いなく「量」が増えていた。 増える水流への焦り。だが逆に、ノアの限界が近いとも言えた。 すっかり角の取れてしまった表面に、大きく亀裂が入っている。 もう少し、あと少しで破壊できそうだった。 攻撃を続けるリベリスタ。……そして、最期の時が来た。 諦めたような、悲しげな印象を与えながらばらばらと崩れ、積み石のようになった後……静寂が訪れた。 「どんな洪水も、箱舟(アーク)を沈める事は出来ないんだよ」 アンジェリカはそう呟きつつも、ある考えが頭を過っていた。 (この会社倒産したんだよね。もしかしたらノアは会社の人の困った様子を見て水を出したのかも。 昔干ばつで困った人の為にそうしたように……今となっては解らないけどね) ●無害岩 「反抗的な子は、徹底的にお仕置きして差し上げますわ!」 氷花の声が薄い壁の向こうから聞こえてくる。 残党狩り、と言えば聞こえは悪いが、隠れに隠れて一矢報いてやろうとしたダヴォイドがそれなりの数潜んでいた。 幸いビルの外へは出ていない、リベリスタはなんとか全てを片付けた。 ――外も急に陽光が差してきて、虹すら見えそうだ。 「……全く。びしょ濡れじゃない……。服も髪も。 まだ泳ぐには早い季節なのに。風邪引いちゃうわよ」 「皆さん、使って下さい。まだ冷えますからね」 シュスタイナは不満を漏らしつつも辜月からバスタオルを手渡されて、仕方ないか、と諦めた。 「洪水はもう勘弁ですわね、犠牲者がでていないことを祈りますわ」 晴れてきてはいるが、未だ水は残っている。氷花は少し心配だった。 そしてコーディは一人、岩を眺めていた。小さめの欠片を手に取る。 (お前も元はただの岩だったのであろうな。人の都合でこのようなところに持ち込まれ、あまつさえ壊さねばならぬのは心苦しく思う) 「……すまんな」 ぼそ、とコーディが呟く。 (出来れば、人を嫌いにならないでやってくれ、お前に感謝していた人も、きっといるのだろうから) もう一人、さざみも岩を眺めていた。 大きな欠片を持ち上げて、神妙そうな顔で思案する。 「……これ、持って帰ったら水道代が浮かないものかしら」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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