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Larva -Offense-

●骨董品が魅せる災厄
 世界の終わりを見に行こう。
 でも世界は丸くて終わりがないんだ。
 そんなら世界の終わりを作ろうよ。
 世界の終わりを皆で見よう。
 世界中で心中しよう。
 皆で一つになろう。
 きっと寂しくないはずさ。

 ――平和のための楽しい作戦。Written by P12a.

 プロジェクターに投影されたマイクロフィルムには、古ぼけたセピア色の写真が記録されていた。
 被写体の壷は、アーティファクトだ。
 つるりとしたボーンチャイナの壷はおそらく真っ白なのだと容易に分かる。青か黒で描かれているであろう意匠は、蔓草花だ。
 花瓶だろうか。大きさは分からないが、小さくはなさそうな風格がある。
 写真の下の余白には、古さを感じさせるゴチック体で『災厄の繭』と記されていた。
「人を吸い込み、恐怖の感情を増幅させて狂い死なせ、その感情エネルギーでE・フォースを強化する。いわゆる保育器だな。骨董品で、記録はあるがどこにいったかは分からなくなっていたんだが、今は広島県福山市のとあるビルの屋上にあるのが確認された」
 カローセル型スライド映写機によって投影された写真を見上げつつ、『黄昏識る咎人』瀬良 闇璃(nBNE000242)は、アーティファクトについて説明する。
 なぜそんなところに……という疑問を挟む間もなく。
 カシャン。
 スライドが切り替わり、新聞記事の切抜きがいくつも集められた画像がスクリーンに映った。
 内容はすべて失踪人についてだ。
 失踪人には統一性がなく、失踪日、住所、性別、年齢に至るまで共通点は見当たらない。切り抜きも、地方紙から全国紙まで掲載紙はバラバラだった。
「だが全員、とある集団と接触していたんだ。……こんなこと、ナワバリ意識が高く、家出人くらいで連携する気もない警察には知る由もないだろうが」
 闇璃は嘲笑を浮かべた。
「P12a(ファンタスマゴリア)という、サークルだ。構成員は全員フィクサード。こいつらは全国から人を福山市に集めては、『災厄の繭』に吸わせて、E・フォースを育てている」
 カシャン。
 今度はヒラタアブの幼虫を思わせる涙型の蟲の博物画が写された。壷の中のE・フォースの姿だという。
「これが、繭の中で人の恐怖を喰らって育っている。そして、まもなく羽化しようとしているのだ。壷を割って出てくる蟲は、蛾のような飛行する昆虫の形をとる。それは全身から『異次元の病原体』を撒き散らし、世界をあっという間に地獄にするだろう」
 カシャン。
 蛾とも蝿ともつかぬ醜悪な羽蟲の博物画に切り替わるスライド。
 病原体は、ダークナイトの黒死病が強力になったようなものだ、と闇璃は病原体について補足した。
 だから、羽化する前に倒してしまわなければならない。
「しかも、繭の中でな。繭の中の幼生蟲は、本来の力の半分程度しか発揮できないそうだから」
 しかし外気に触れれば、幼生でも蟲は本来の力を取り戻す。作戦要員全員の力を結集しても、勝ち目は半々だ。
 繭の中ならば、外部に病原体は漏れない。
「とはいえ、せっかく育てた蟲をむざむざ殺されるわけには、P12aもいかないだろうな。外部から繭を壊して、未完成でも蟲を外に出し、周囲に病原体を撒く……なんて捨て身の行動に出るに違いない」
 フィクサード側の激しい抵抗が予想される。
 だから、と闇璃は言った。
「今回は、二班に分かれての作戦を提唱する。オフェンスとディフェンスだ。オフェンスが蟲を殺す。ディフェンスはその間、繭を死守するんだ」

●濁流渦巻く此岸の淵
 オフェンス班に志願してきた面々に、闇璃は作戦詳細を説明すべく、席につくよう促した。
 そして対面に自分も腰をかけ、話し出す。
「お前たちは、まずアーティファクトの中に入ってもらうことになる。入り方は簡単だ。壷の口に触れば良い」
 そうすれば吸い込まれて、蟲とめでたくご対面だ。と闇璃は皮肉っぽく口端を上げた。
「中は真っ白な空間のはずなんだが……ちょっと特殊でな。覚悟を決めてもらわないといけないだろうな」
 リベリスタたちは思わせぶりな彼の態度に、不穏なものを感じる。
「繭は、お前達の内面を投影する。恐怖を増幅させるアーティファクトだからな。『そういうもの』なのだ。お前達が一番おそれているもの、トラウマを覚えているもの、そういうものの世界が展開される」
 例えば高い場所が怖いのならば、高い塔の上のように感じる、などが予想される。
 人によって恐怖の対象は違うので、仲間と自分が見ている世界が全く違う可能性が高いだろう。
 共通しているのは、蟲と、出口の存在。それだけだ。
 隣にいるはずの仲間ですら、幻によって化け物に見えるかもしれない。
「忘れるな。討つべきは蟲、それだけだ。それ以外に、この空間に敵はいないという意識を失うな」
 失踪した人々は、ドアを見て希望を抱き、逃亡を試みつつも、広がる恐怖の中で、絶望を抱きながら狂い死んだと思われる。
「恐怖に飲み込まれれば、普段通りの力は発揮できないだろう。これはスキルでの解除は不可能。自分の意志と運の強さだけが頼りだ。正気を保てよ」
 闇璃の表情は険しい。
 幼生蟲は、高さ4m、体長は6mの巨大な涙の形をしている。黒死病のような病原体を吐く以外にも、口吻で突き刺して体液を吸ってくる。
 無事に蟲を倒せば、役目が終了したと判断した壷は幻想生成をやめるので、世界は真っ白に戻る。
 その後で、アーティファクトを破壊するも、アークへ持ち帰るも、それは現場の判断に任せると闇璃は言った。
「蟲は強い。時には撤退を選ばないと死ぬこともあるだろう。だが、逃亡すれば少なくとも福山市の人々が異界の病で悲惨に死んでいく。最悪の場合、被害は福山市を中心に世界中に広がっていくことも考えうる。簡単に撤退は出来ないと思っておけ」
 此岸の淵に足をかけろ、と闇璃は鋭い口調で告げた。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:あき缶  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年05月02日(木)23:01
 お世話になっております。あき缶でございます。
 本依頼は、弓月可染STとの連携依頼です。
 当方はオフェンス班のシナリオです。
 併せて、弓月可染STのディフェンス班依頼もお読みになることを推奨します。

●成功条件
・オフェンスチームが『蟲』を討伐すること
・かつ、ディフェンスチームが『災厄の繭』を護りきる(破壊されない)こと

●敵:幼生蟲 1体
 異次元の病原体:A・神遠域、異:毒・猛毒・死毒、追:必殺
 口吻攻撃:A・物近単、EP回復
 EX クチクラ:P

●災厄の繭について
 ボーンチャイナの壷のようなアーティファクトで、口に触れることで内部の特殊空間へと入ることが出来ます。
 特殊空間は戦闘に十分な広さを持つ白い世界です。
 この空間では、「リアルな恐怖やトラウマの幻影」を強制的に見せられ、
 命中・回避・WPに大きなマイナス修正を受けます。突入後すぐ見るとは限りません。
 また、BSではないので絶対者を含む無効属性は効きません。
 一度は必ずこの幻影を見ることになりますが、次ターン以降、通常のWP判定とは別に、
 行動決定フェーズの最初にWPによる抵抗判定を成功させることで、この幻影を振り払うことが出来ます。
 プレイングにPCの恐怖・トラウマの対象を記述して下さい。
 何も記述がない場合(白紙を含む)、対抗判定が自動失敗しますので非常に不利になります。
 また、いかに恐怖を克服するかについて書いて頂いた場合、内容に応じて、抵抗判定にプラス補正がかかります。
 貴方の意思の強さを示してください。

 出口に鍵はかかっていません。
 ですが逃亡すれば、すなわち失敗となりますのでご注意ください。

●Danger!
 このシナリオはフェイトの残量に拠らない死亡判定の可能性があります。
 参加の際はくれぐれもご注意下さい。

 本シナリオは弓月可染STの「Larva -Defense-」と連動しています。
 同時に両方のシナリオには予約できません。
 同時に予約した場合、後に予約したシナリオへの参加を除外するなどの措置が行われます。
 この際、使用したLPは返還されませんのでご留意ください。

 それでは、ご武運をお祈りしております。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
クロスイージス
アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)
スターサジタリー
雑賀 木蓮(BNE002229)
スターサジタリー
坂東・仁太(BNE002354)
覇界闘士
葛木 猛(BNE002455)
スターサジタリー
雑賀 龍治(BNE002797)
クリミナルスタア
曳馬野・涼子(BNE003471)
ソードミラージュ
カルラ・シュトロゼック(BNE003655)
スターサジタリー
靖邦・Z・翔護(BNE003820)
ナイトクリーク
鳳 黎子(BNE003921)
スターサジタリー
衣通姫・霧音(BNE004298)

●蟲ノ巣
 災厄たる蟲を保育する、白い壺のようなアーティファクト『災厄の繭』。
 その中へと吸い込まれていくリベリスタ。
 上空から訪れた翼を持つ人々に襲われる。
 繭は餌に恐怖を見せるべく蠢き出す。

 それはまるで、世界の終わり。
 ――世界の終わりを見に行こう。きっと楽しいはずさ。
 派手な男が謳うのだ。

●曳馬野・涼子の場合
 落下、というわけでもなく、真っ白な世界に転移したような感覚。
 床も湾曲する壁も遥か高い天井も、目が痛くなるような青ざめた白だ。
 硬くも柔くもない床の感覚はすでに夢の世界のような気を一同に起こさせる。
 はるか向こうの壁に両開きの扉がある。そのノブだけが金色で、いやに目立つ。
 この出口が、今までこの壺に入れられてきた人々の希望であっただろう。
 希望を抱いた人間が絶望する時こそ、蟲の最良の餌だったに違いない。
 蟲は、空間の真ん中に鎮座し、こちらをじっと見ていた。
 目は確認できず、ただ口吻であろう尖った先端があるから頭部だと確認出来るだけだが、頭部をこちらに向けているのだから、興味は示しているはずだ。
 羽化し旅立つ蟲のために、餞別が贈られてきたと奴は思っているのだろう。
 だが、今回やってきた人々は蟲を駆除するために来たのであり、むざむざと食われるために来たわけではない。
 全員が、あからさまに蟲に『殺意』を向けていた。
 蟲は今まで畏怖や狂乱しか感知して来なかった世界で、刺々しい感情を向けられ、戸惑っているようだった。
「悲しみはもうたくさんだ」
 運命を引き寄せる見栄を切った『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)は、一目散に蟲へと突っ込んだ。
 ぶっ飛ばす勢いで拳を振る。
 簡単に潰せそうなくらい柔らかいのに、意外な弾力で蟲の体は、めり込む涼子の拳を跳ね返した。
 蟲と繭は、侵入者を餌ではなく敵だと判断したらしい。
 急激に視界が歪んだと思った途端、白いはずの世界に赤を見て、涼子は潤んだような瞳を見開いた。
 蟲は視界に入っているが、涼子の青い目は、赤に釘付けになる。
 赤に浮かんでいるのは、知らない顔ではない。
 涼子の家族だった。
「っ……!」
 湧き上がる怒りを必死に抑えながら、拳を固める己に言い聞かせる。……倒すべきは、蟲だ。
「ほかにはなにもない」
 そう呟いて、涼子は蟲へ走ろうとし、そして立ちすくむ。
 家族が倒れていたはずの赤が、広がっている。
 今まで、殴って回った結果で死んでいった人達が倒れている。
「っ!?」
 いや、今まで助けてきたはずの人までが、その血だまりに浮かんでいる。
 眼前の、目を見開いて倒れている小さな女の子は、確かに助けたはずだ。
 なのに。
 涼子の周囲を黒が取り囲む。
 蟲が吐いた病原体だ。猛毒で涼子をさいなもうと、全身にまとわりついていく。
 誰かが笑っている。
「それもひとつの可能性!」
 声に振り向けば、自分が殺した悪人が笑っている。
「お前の感情的な拳で、救えると思っているのがお笑い種!」
 反対側では、自分が殺したくても殺せなかった人非人がニヤついている。
 涼子の脳内が、憎しみと怒りと悲しみで満ちていく。
「蟲、を」
 そうだ、これは全部幻想だ。相手にしても意味がない。殴るべきは蟲なのだ。
 今度こそ涼子は拳を固め、蟲に向かって走ろうとする。
 だが、死体が言う。
「放っていくの」
 だが、悪人が言う。
「逃げる気かよ、俺はこっちだぜ?」
 被害者と加害者が口を合わせて言う。
「お前、自分が死にたくないだけなんだろ。だから逃げるんだ。放っていくんだ。お前が助けたいのは自分だけ。お前は自分のエゴで人を殺す」
 ――自分をかわいがるわたしは、みにくい。
 涼子は思う。
 病原体が涼子を包む。
「貴方が悲しみから逃れるために、人を助けてるの知ってるよ。貴方が悲しみから逃げるために、助かるなんて真っ平御免だわ」
 死体が、笑った。
 そして、病原体は涼子の肺いっぱいに満たされる。
「死ぬまでに、できることはぜんぶ……」
 ぜんぶ、やりたかったのに……。

●葛木 猛の場合
「おい、しっかりしろ!!」
 涼子が呆然として、甘んじて病原体を受け入れているのを見て、『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)は叫ぶ。
 だが、彼の声は彼女に届いていないらしい。真っ白な床に向かって、潤んだ瞳を尚一層潤ませて、何事かつぶやいている。
 猛は涼子を引き戻そうと近づこうとし、足元に飛んでくる黒い靄に飛び退いた。
「ちっ、喧嘩が先か!」
 蟲の後ろへと回りこみ、蟲を床へと叩きつける。
「どんだけ耐久力あろうが、ブチ貫いてやらぁ……!」
 周囲からも、仲間の攻撃が蟲へと集中していく。
 今回のメンバーに回復手はいない。しかし蟲とて回復の手段はない。
 さしずめ、リベリスタと蟲のチキンレースだ。
「一気に行くぜ!」
 と叫んで走ろうとした瞬間、猛は急ブレーキをかけざるを得ない光景を見た。
「じ、いちゃん? ばあちゃん……?」
 蟲を庇うように前に立っていたのは、死んだはずの老夫婦だった。
「爺ちゃん、婆ちゃん! そこをどいてくれ! 俺はそいつをぶっとばさねえといけねえんだ!」
 叫ぶ。しかし、老夫婦は猛に言うのだ。
「お逃げ」
「逃げられるかよ!」
「お前は弱いんだから、無理しちゃいけない」
「な……」
「……お前は私達を見殺しにするくらい、弱いのだから」
 ガツン、と脳天に鈍器をぶち当てられたような感覚に猛はよろめく。
 老夫婦は扉を指さす。
「お逃げ。さあ、前と同じだ。私達を盾にして、生き残るんだよ」
 愕然と、猛は胸にまるで鉛を流し込まれたような思いを味わう。そして次の瞬間、憤怒の表情に変わった。
「俺の大事な人を使って、何してくれてやがる!! てめえらは偽物だ!!」
 蟲が口吻を老夫婦の背後へと向ける。
「やめろ! その人らに手ぇ出すんじゃねえ!」
「偽物なのだから、死んでもいいんだろう?」
 意地悪く老人が言う。だが、猛は首を振った。
「ちがう! 偽物でも幻でも、もう二度と爺ちゃんも婆ちゃんも死ぬところを見たくねえんだよ!」
 すくむ腕へ足へ、猛は必死に動けと命じた。
「俺は強くなったんだ! 言われてた通り、無意味な喧嘩も止めたし、大事な人も出来た! もう、もう誰も見殺しになんかしねえんだよーっ!!!」
 絶叫の瞬間、老夫婦が掻き消える。口吻へ猛の凍てつく拳がぶち当たる。クリーンヒットとはいかなかったが、蟲は苦しげに身を捩った。
「はぁっはぁっ……、ふりき、ったか……」
 消える瞬間の、老夫婦はどこか嬉しげに微笑んでいた気がした。

●カルラ・シュトロゼックの場合
 猛が叫びながら復活したのを見て、『Spritzenpferd』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)は安堵の息を吐いた。
 猛が為す術もなく口吻に突き刺されようとしていたので、突き飛ばしてでも助けようかとカルラは構えていた。もう猛は大丈夫だ。カルラは構えをとく。
 しかし、まだ涼子はあらぬ方向に殴りかかったり、ぶつぶつと自分を攻めるような呟きを続けている。
 自分を見失うな、と声はかけたが、彼女には別の言葉として届いたらしい。つじつまの合わない怒声を返された。
「……結局、自分の意思でふりきるしかねえってことか。せめて回復がいればいいんだが、俺にできることは一つきりだ。……蟲を倒す!」
 澱みない攻撃で蟲を削るが、蟲は平然と猛毒の病原体を吐き続ける。
 しぶとい、と眉をひそめた時、世界が真っ暗になった。
「?!」
 次の瞬間、円形の眩しい光がカルラの網膜を灼く。
 目を細め、逆光でよく見えない黒い複数の影を見据え、ようやく認識したカルラは、途端に身の毛がよだった。
 ――覗きこまれている。
 薄い緑のマスクと手術着に、ラテックス製の手袋をはめた指先を、天に向けたまま胸元につける独特のポーズの人々に。
「や、やめろ……!」
 手術用ライトを反射するメスがカルラの腹部へ伸びていく。
『夢だ、これは夢なんだ……っ!』
 もう、慣れているじゃないか。これは毎夜毎夜見るものと同じなんだから。
 目の前で蟲が暴れているが、それがカルラにはどこか遠い。
 倒すべきは蟲なのだと、カルラの理性が叫ぶ。
『拳が砕けても、この下衆の塊みてーな蟲は……殺す! 殺してやる!』
 ――だがこのリアルな幻影は何だ?
 まるで麻酔が効いているかのように痛みはなくても、確実に腹が探られ、臓器が摘出されていく感覚がしている。
 次々に取り出され、金属製の皿に載る臓器。
 執刀者のマスクの上の目がニマリと笑みの形に曲がる。
 やめてくれと叫びたくても声にならないことを、絶望とともにカルラは思い知っている。
 戦わなくては。
 体はのろのろと動き、蟲を闇雲に攻撃した。
 おかしい。動いて戦う体は一体誰のものだ。
 カルラの体は今まさに、はらわたを引き出されている最中なのに。
 まるで夢のように、理不尽で矛盾だらけの感覚をカルラの脳は自然に受け入れていく。
 ぐちゃぐちゃと横で音がする。
 首が動かせないから、眼球だけで音の方角を見た。そして思わずえづく。
「うっ」
 ぺちゃぺちゃとカルラの内蔵を食らっている、入院服を着ている人々がいた。
 人々は、カルラの方を指さして、何事か叫んだ。
 ――もっと、もっとだ。もっとよこせ! そいつが死んだっていい! もっとくれ!
 ニュアンスだけが伝わった。
 そして、頷いた医者は、カルラの空っぽの体へ血まみれの手を伸ばす。
「やめろ、もう何もない、なにもねえんだ……!」
 こんなことをする連中へ怒りを燃やしたいのに、もはや恐怖と怯えしか無い。
 すっかり弱かったあの頃の自分だ。
 ――やめて、もうやめて、なんだってしますから、どうかどうか。助けてください。誰か、どうか、お願いします。なんだって、なんだってしますから!
 実際なら、ここでリベリスタが助けに来てくれる。
 この瞬間、カルラは助かる。助かるはず。
 はず、なのに。
 カルラの懇願など聞こえぬように、医者に掴みだされたのは、まだ脈動する……。
「やめてくれええええーッッ!!!」
 心臓。
 ほとばしる悲鳴。
 あがいてもあがいても恐怖の世界から、出られない……!

●靖邦・Z・翔護の場合
 カルラに突き飛ばされ、『SHOGO』靖邦・Z・翔護(BNE003820)は、唖然と乾いた喉を震わせる。
「カルちゃん……」
 呼びかけようとカルラの手をとった瞬間、ひどく怯えられて拒絶の悲鳴と共に押しのけられたのだ。
「くそっ、俺のこと何に見えてるんだよ……」
 しかし、前衛のカルラにいつまでも構っていられない。ここは翔護のレンジではないのだ。
 カルラは動けないわけではない、ふらふらと定まらぬ手で何とか仕事はしている。
 カルラの救出を諦めた翔護は、遠距離へと移動し、パニッツュで射撃する。なんともシリアスな場面では締まらない銃の名前だ……。PUNISHとしておけばよかったと翔護は何度目かわからない後悔の念を抱く。
「それにしても、効いてるのかどうかわかんないな……蟲って表情ないもんなぁ」
 と頭を掻く。
 彼の顔は青い。既に何重もの毒を食らっている。
 発熱しているのだろう、全身の関節が痛み、頭は熱いのにひどく寒い。
 特に胸は崩れそうなくらいの激痛で、こみ上げてくる鉄の味で、今にも自分が血を吐きそうなのが分かる。
 呼吸が苦しい。肺が腐っていっているのかもしれない。
「ヤスクニは、いつ帰ってくるの?」
 ふっと聞こえた声に、翔護は固まる。
 こんな所で聞こえるわけがない。これは翔護をまやかす幻の世界だ。
『振り向くな……!』
「ヤスクニは、いつ帰ってくるの?」
 幼い女の子の、無邪気な問いかけを、ぐぅっと拳を握ってやりすごし、翔護は前を向いて蟲を狙撃する。
「ヤスクニは、いつ帰ってくるの?」
 視界の端に、うずたかい山が現れる。山を構成しているのはアジア人。彼らは、全員蜂の巣の死体だった。
 虚ろな死に顔が、翔護を見ている。
 無言で、翔護を責め立てている。
「ヤスクニ、どうして逃げたの?」
 少女の言葉が変わる。
「ヤスクニ、どうして助けてくれなかったの?」
「……ごめんね、ナラ。少し遅くなるけど、必ず」
 とうとう翔護は応えてしまった。
「いつなの?」
 翔護の目の前に、ナラが立っている。
「いつ帰ってきてくれるの?」
「そ、れは……、でも必ず帰って向き合うよ」
「向き合って何をしてくれるの? 助けてくれるの? どうやって助けるの? どうして今じゃないの?」
 ナラは答えられない翔護を嘲笑った。
「……なにをしても、誰も帰ってこないよ」
 それを聞いた瞬間、真っ黒な靄が翔護を包み込み、翔護はとうとう血を吐きながら意識を失った。

●草臥 木蓮の場合
「やばいな。どんどん持ってかれて、倒れてってるぜ」
 恐怖の世界の中で、フェイトを消費して立ち上がっても、また倒れていく仲間たちに、『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)は渋面を作る。
 彼らは自分がフェイトを消費して復活したことすら、自覚がないのかもしれない。
「くそっ、さっさと倒れろ!」
 焦げ茶色の小銃を構え、精密な射撃で木蓮は蟲を狙い撃つ。
 病原体による毒は、木蓮の視界を赤く染め、呼吸を乱させる。
「げぷっ」
 肺から血が溢れ、木蓮は喀血した。
「ゴホッゴホッ……くそ」
 口を拭い、木蓮は、最愛の人を見やった。大丈夫、彼は消耗こそすれど、まだマトモに立って戦っている。
「俺様が必ず守るぜ」
 彼を守る誓いは、自分を鼓舞する言葉だ。彼を癒す力はなくとも、彼を守ることは出来る。
 と頷いた瞬間、木蓮の視界が黒で埋まった。
 視界いっぱいに広がるのは、蟲の前に立ちはだかり、木蓮を見下ろす巨人。
 巨人は漆黒の体で、顔はひっきりなしに様々に変わっていっている。
 男かと思えば女、老婆かと思えば中年。
 その巨人を、木蓮はよく知っていた。彼女のすべての始まりをどうして忘れようか。
 しかし、こいつは本当は成人男性くらいの大きさしか無いはずだ。今の自分なら少し首を上げるだけで奴の顔を見ることが出来るはずだ。
 奴に会った時分ならいざしらず……。
 そこでハッとする。
 こいつが巨大化したのではない。木蓮が、こいつに出会った頃の身長に戻っているのだ。
 こみ上げてくるのは、怒りだった。
「兄貴を返せ!!」
 怒りに任せ、木蓮は叫ぶ。Muemosyune Breakを突きつける。
「まだ持っているんだろ! 兄貴を返せ!! 今の俺様はお前なんか怖くない! お前なんかすぐに殺せるんだ! 兄貴を、親父をお母さんを返せぇえっ!」
 闇雲に乱射する。
 しかし巨人は何も言わないし、びくともしない。
 怒りでごまかしてはいるものの、本当は怖い。
 木蓮の手は氷水に浸したように冷たく、震えている。あの時の悔悟の思いが木蓮をすくませる。
 ――珍しく旅行に連れて行ってくれた、楽しくなるはずだったあの日に、こいつは現れて、木蓮の両親は殺され、兄は持っていかれた。
 全て自分のせいだ、と木蓮は思っている。
 ガチガチと震える歯を食いしばり、木蓮はしゃがみ込む。
「ちがう、違う違う!」
 頭を掻き回し、木蓮はぎゅうっと目を痛いくらいに瞑った。そして、喉を絞って叫ぶ。
「こいつはこんなとこにいない! 過去だ! これは幻なんだ! 本当じゃないっ!!」
 瞼の裏に浮かぶのは、眼帯の半狼……。
『独りじゃないぞ!!』
 聞こえた。確かに、聞こえた。
 木蓮の視界が一気に晴れ渡っていく。
「龍治!! そうだ、俺様は、もう、一人じゃないっ。俺様には、家族がいる、俺様はもう家族を失ったりしない! お前なんかに、惑わされてる暇なんてないっっ」
 巨人がかき消える。
「振り切った! ありがと、もう俺様は大丈夫だぞ、たつは……!?」
 笑顔が凍った。
 家族に無事を告げようとして振り向いた木蓮が目にしたのは、いつの間にか移動していた蟲が口吻で、彼女の心から愛する男を刺し貫き、床に縫い止めた瞬間だった。

●雑賀 龍治の場合
 数メートル離れた場所で、的確に敵を撃つ前衛の恋人を見て、『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)は薄く笑んだ。
 彼女が穿った場所へと、龍治も魔弾を撃ちこむ。
 蟲は特に消耗した様子を見せず、延々と毒を吐き回していた。
 龍治もずっと避け続けられるわけでもなく既に吸い込んでしまい、体は蝕まれている。
 揺らぐ膝を必死に支え、火縄銃にて撃つ以外、龍治がこの戦闘でできる事はない。
 いや……。
「! 木蓮!」
 急に、百発百中だったはずの木蓮の狙いが定まらなくなったのを認め、龍治は叫んだ。
 何かに怯え、木蓮は虚空に銃を向けて、金切り声を上げている。その銃口は遠目からも震えていて、狙いなど定まりようもない。
「ちっ、囚われたか」
 龍治は、錯乱する木蓮を抱きしめて宥めるべく走りだそうとしたが、蟲が黒い禍を吐き出すので容易に近づけない。
「くっ」
 それでも彼女を見捨てる訳にはいかない。龍治は覚悟を決めて、突っ切ることにする。
「独りじゃないぞ!! 今行く!」
 地面を蹴りかけ、しかし龍治は立ちすくんだ。
「な……」
 彼女が居るはずの方角に、龍治は別のものを見た。
 ――澱みと向き合わねばならん、か。
 龍治はぼんやりとひとりごちる。
 世界は白ではなく、彼の懐かしい実家の一室になっていた。
 前に立っていたのは、彼の母親。
 その容姿は若い。三十年も前の、母親。
「龍治」
 優しい声が呼ぶ。
 それだけで、龍治は歓びを覚えた。
 子供にとって母親の慈しみの声と視線ほど、喜ばしいものはない。
「ははうえ」
 龍治は呼び返す。
 しかし、母親の顔は一気に凍てついた。
「寄るな! 銃士のお前など私の子ではない」
 ヒュッと、無意識のうちに龍治は息を呑んだ。身がすくむ。
 そんな目で、見ないでほしかった。
 他の誰に何を言われようが、どんな目で見られようが、平気だけれど、母の全てを拒絶する目が龍治には恐ろしかった。
「ははう……え」
 古より里に伝わる銃と秘技の継承者にして、神秘により里を護る銃士達の頭領。
 龍治にはその素質がある。それは他の誰からも称賛される、里において最上の誉なのに、それ故に神秘を憎む母には愛されない。
 里人が言う『素晴らしい人間』になればなるほど、母は龍治を拒む。
「龍治、私が怖いのか」
 母は、言った。顔は、笑っている。
「その銃をお捨て。私は何もお前が憎いわけじゃない。私は銃士が憎いのだ。銃士でなければ、私はお前を愛せるのだよ」
 母の口は、真っ赤で、そして笑いの形にニタニタと曲がっている。
 こわい、と思う。
「は……はうえ」
「さあ、お捨て。そして母の胸に来るが良い」
 笑顔で両手を広げる母親。
 だが龍治は、冷たく鼻で笑う。
「違う。母はそんなことは言わない。母は、銃を捨てた所で、覚醒した俺など愛さないのだ。幻想め、騙すならもっとうまく騙せ」
「私に愛されたいくせに」
 見透かしたように嘲笑う彼女を、龍治は静かに否定した。
「……違う。俺にはもう愛をくれるものが居る。木蓮がいる! 消えろっ!」
 叫ぶなり、母が歪んで消えた。
 母が居た場所に、木蓮が笑顔で立っていた。
 おかしい、『木蓮は前衛のはずだ』。
 しかし、木蓮の頭上に蟲の口吻が迫ったのを見た龍治に、そこまで考える余裕はなかった。
「木蓮!」
 彼女を護るために突き飛ばそうとした。だが彼女を押したはずなのに、手応えがなかった。
「っ!」
 頭上に迫り来る口吻に、龍治は騙されたと知る。
 知りながらも、為す術もなく串刺された。
 ずぷん、と口吻が引きぬかれ、支えを失った龍治はだらりと地面に横たわる。
「たつはるっ! たつはるーっっ!!!」
 ――そんなに叫ぶな木蓮。聞こえてるよ。
 ぐっと銃を支えに立ち上がる。
『あいつを泣かせないために、もう少しだけ言うことを聞いてくれ、俺の体』

●衣通姫・霧音の場合
「ひどいものね」
 妖刀・櫻嵐を払い、『禍を斬る緋き剣』衣通姫・霧音(BNE004298)は眉をひそめた。
 彼女の視界に映る世界は、まさに死屍累々といったところだ。
 彼女とて、蟲の病原体に侵され、万全ではない状態であるし、何度か口吻によって傷付いている。
 涼子、カルラ、翔護はもうひくりともしない。
「龍治も、もうダメかしら」
 霧音はため息をつきかけ、目を見張る。
 木蓮の絶叫のような悲鳴が届いたか、龍治は立ち上がったのだ。
 しかし、ギリギリ踏みとどまっている状態である。危険な状態であることに変わりはない。
 龍治だけでなく誰が倒れてもおかしくはない状況ではある。
「これ以上、倒れさせないうちに片付けなくてはね」
 霧音は再び妖刀を構え、そして息を呑んだ。
 刀を握る手が真っ赤に染まっていた。
 どこか切ったかと思わず手を広げる。しかし手に痛みはない。
「……返り、血……?」
「それは、私の血」
「僕の体液」
「お前が斬った者の血」
 聞こえてきた声にハッとして振り返る。
 後ろには大量の人々が、虚ろな目で霧音を指さしていた。
「人殺し」
「人殺し」
「人殺し」
「人殺し」
「人殺し」
 霧音は引きつった唇で無理やり笑った。
「なるほど。これが私の恐怖の世界ね。……いつまでも見ないふりはできない、か」
 人々は口々に霧音に問う。
「何してるの? 何のためにその蟲を斬るの?」
「人を守るため? 人殺しが? 罪滅ぼしのつもりで?」
 霧音は妖刀を握った。
 幻想は、己の心との戦いだ。
「私は誰かの伸ばす手を掴む。救う。大切な友を護る」
 静かな返答に影が嘲笑う。
「そんな血まみれの手で掴むのか。掴む手も、ぬめる血でずるりと滑り落ちよう! 人殺しに助けられる命なんぞ無い」
「貴様はなぜ私を救わずに他の人間を救うのですか。私とそ奴らの違いは何なのですか」
「罪のない人間をも殺した人間に友達など居るものか」
「貴様が思っているだけだ、友だなんてな!!」
 あははは、あははははは!
 哄笑が広がる。
「貴様はどこまでも、度し難い人斬りだ。貴様ごときが正義の味方を気取るな。わきまえろ、貴様はだれでも殺す、忌み嫌われる殺人鬼だ!!」
 人々が喚く。
 霧音はじりりと足が後退するのを感じ、必死で踏みとどまる。
 ――聞いては駄目だ、呑み込まれる。
「私をどう言おうと、勝手よ。好きに言えばいい」
 霧音は妖刀を掲げた。
 冴え冴えと光る刀には、人々は映らない。
「でも私は、私は霧香の遺志を継いだの。私にしか継げない遺志を。この蒼い目を証に、私は……断ち斬る!」
 霧音は、刀に宿る少女の思いに願う。
 ――私に手を貸して、霧香!
 群集への一閃。
 悲鳴を上げて、亡霊たちがまるで煙のように薄れ消えていく。
「ありがとう……霧香、私はこんな所で立ち止まっている訳にはいかないものね。貴方の剣の道のためにも」
 もう彼女の手は汚れない白だ。
「禍を斬る刃も命を護る手も此処にある。……行くわよ」
 一撃に全神経を集中させ、蟲へと死神の魔弾に等しい斬撃を放つ。
 ギキイッ!
 衝撃波が蟲にぶち当たり、蟲が思わず関節をこすりあわせたような悲鳴をあげた。

●鳳 黎子の場合
 無数のダイスが蟲の周囲に舞っては弾ける。爆煙の中で、蟲がのたうつ。
「……だいぶ削れてきましたね」
 肩で息をしながらも『スウィートデス』鳳 黎子(BNE003921)は満足気に頷いた。
 これならば撤退せずに任務を果たせそうだ。
 とはいえ、死に至る毒を黎子も貰っている。息が苦しくてならない。肺をトゲ付きの手袋を嵌めた手で握りつぶされているような感覚だ。
「これでも壺の中では弱体化しているっていうんですから、きっついですね……」
 この虫が福山市に成虫として解き放たれたら、どうなるのか。
 そこまで考えた黎子の背中が粟立った。
 パンデミックの恐ろしさを予感し、黎子は怖気を振るう。
「被害の大きさからしてもできるだけ粘りたいですが……」
 しかし黎子とて一度フェイトを使って立ち上がっている状況だ。
 蟲の莫大な体力は無尽蔵かとまで思う。
「こんなに育つまで……何人の命と恐怖を食らったのか、もはや想像できませんね。ごぼっ」
 何度目かの喀血。貧血と肺の痛みで気が遠くなりそうだ。
「こ、んなところで負けてられませんけど……」
 体が熱い。
 まるで火事場のよう。
 ……火事場?
 ゴウゴウパチパチと木が燃え爆ぜる音が聞こえ、黎子は周囲を見渡した。
 街が、燃えている。
 これは、彼女が覚醒した瞬間の記憶を再生したものだと、黎子にはすぐ分かった。
 あの街の中で、彼女が見捨てた家族が燃えているのだと。
 声が聞こえる。
「どうして見捨てて行ったの」
「朱子!」
 姿は見えない。
 もう、彼女には永遠に会えないからか。
「……幻想まで、私に冷たいんですね」
 ぎゅうと胸元を掴み、黎子は俯いた。
 あの時、見捨てた妹は生きていた。だが、黎子が妹に向き合う決心がつかないうちに、彼女は死んでしまった。
「また見捨てて逃げるのね」
 妹の冷たい声に身がすくむが、黎子は毅然と首を横に振った。
「……いいえ。私は……二度と、逃げたりしません!」
 街は燃えたままだ。だが、黎子には蟲が見えている。
「護るべきものがあるんです」
 具現化するダイスが弾け、蟲の表皮が破れる。どろりと溢れ出る体液に蟲が悶絶する。
 だが、蟲は今まで以上の黒を吐いた。
「!」
 高波のような黒禍に押し流され、黎子は倒れる。
『朱子に会うには、死ぬしか無いけど、まだ死ねません。まだ胸を張って会えないから……まだ、まだ……なの、に…………朱子……ちからを貸して……』
 嗚呼、だけれども、どれだけ全身を叱咤しても、立てない……。
『まだ、私はゆるしてもらえていないのですか、朱子……』

●坂東・仁太の場合
 蟲の火事場の馬鹿力のような攻撃で、龍治と黎子が倒れた。
 五人が倒れたということは、撤退条件を満たしたということになる。
「ちくしょう、あと少しってとこなのに……しょうがねえ、逃げるぜ!」
 涼子と黎子を抱え、猛が叫ぶ。
 しかし叫んだ猛の足に口吻が刺さり、猛は思わずくずおれる。
 すぐに立ちはしたが、彼の歩みはおぼつかない。二人の女を抱えるには無理があった。
 霧音が涼子と黎子を受け取る。
 涼子は遠い意識の中で、運命を歪曲しようと思う。
『力をかせ、運命……』
 だが、彼女の意識に反して、体は指一本動かない。奇跡は彼女を裏切った。 
「龍治、しっかりしろっ! うぶっ」
 木蓮が必死に呼びかけながら、恋人の腕を肩に回して持ち上げる。
 持ち上げた瞬間、また木蓮は血を吐いた。
「ガハッゴホッ。うぅ……だけど、絶対……出口までは倒れないぜ……。こんなとこで、閉じ込められるなんて、まっぴら……ごぼっごはっごほっ」
 木蓮の血が全て吐き出されそうな勢いで喀血が止まらない。
 その状況を見て『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)は提案した。
「移動している間に共倒れになりそうです。無理はしないほうがいい。私が行って、ディフェンス班に壺を割ってもらいます」
 そうすれば、全員が現世に戻れるはずだとフォーチュナから聞いている。
「外がどのような状況かはわかりませんが、満身創痍の五人で倒れた者を引きずり、蟲の追撃を受けるよりは、マシなはずです」
 アラストールはそう言って、身をくの字に折って、血混じりの咳が止まらない木蓮の肩を押さえて座らせた。
「ここで、龍治殿をお守りしていてください。この中で最も消耗していないのは私です。出口まで突っ切ってもまだ死にはしないでしょう」
 蟲は、最後の足掻きのつもりか出口を塞ぐように陣取っている。
 どんな攻撃を完全に当てても、蟲に異常はおきなかった。蟲のクチクラは、状態異常を許さぬ力をもつらしい。
「ショックは効きませんが……」
 聖骸闘衣をまとい、アラストールはキッと蟲を見据える。
 ブロードソードを構え、決死の突撃の用意。
 その時、
「安心せぇ。後は任せとき」
 『人生博徒』坂東・仁太(BNE002354)の声が聞こえ、アラストールは振り向いた。
 巨銃パンツァーテュランを構え、カルラと翔護を運んできて、後ろに横たえさせた仁太が笑っている。
「アラストールちゃんの次に元気なんは、わしみたいじゃけな。援護とここの護りを受け持つでぇ! さ、皆わしの後ろにおれ。全員庇ってみせるで」
「格好つけて。貴方だって満身創痍に変わりはないし、一人で六人も庇えないでしょう。私も立つわ。他の人よりは保つでしょう」
 言いながら、霧音が仁太の横に立った。
 よろよろと猛と木蓮が倒れた面々を運ぶ。
「仁太殿……霧音殿……」
 アラストールの不安げな表情に、仁太はカラカラ笑ってみせた。
「ま、わし、人生博徒じゃけえな。可能性に賭ける! っちゅーやっちゃね。この賭け、アラストールちゃんにわしの命をベットってとこや」
 霧音は抜刀し、刃を水平に構えたまま、言う。
「元気な人が全員行った所で、こっちで止めを受けてたら意味が無いもの。貴方は前だけ向いて、走って頂戴」
 アラストールは深く頷いた。
「あいわかった。すぐに割る!」
 アラストールは疾風のごとく駆け出す。そしてすぐに彼らの死角である蟲の奥へと消えていった。
「さてっと……。延々全力防御っつーのも芸ないな。向こうも瀕死にみえるし、諦めるわけにいかんやろ。出来るトコまで足掻くでぇ」
 仁太は銃を蟲に向けた。
「それに、ちょっとでもアラストールちゃんに蟲が行かんようにせな。わしが死んでも外の人がなんとかしてくれるやろ」
 仁太は素早く蟲の傷をえぐるように銃弾を撃ち込んだ。
 ギギギッと蟲が悶える。
「気弱なことを言っていると、囚われるわよ。しっかりなさい。……さあ、相手はこっちよ!」
 霧音が叱咤し、彼女も蟲の傷口を精密に狙撃する。
 死神の力はもう使えない。彼女の精神力はあと僅かだ。
 流線型の斬撃が蟲の頭に突き刺さり、蟲は動かなくなった。
「……倒した……?」
 霧音がほっとした瞬間、蟲はエビ反り、ギャアアと鳴く。
「なっ、復活しよった!」
 焦る仁太を尻目に、蟲は再び病原体を大量に吐く。
「あかんっ」
 黒が全員を包もうとする。
 仁太と霧音は必死に射線を遮り、そして黒が消えた瞬間、霧音は血を大量に吐いて倒れた。
 木蓮はとうとう病原体が全身に回ってしまったらしい。
 龍治を庇うようにおおいかぶさったまま、動かなくなっていた。
「霧音! 木蓮! くそっくそっくそーっ!」
 猛が地面を何度も殴りつけ、ひとしきり叫んだ。
 ぼやけた脳でカルラは猛の叫びを認める。
 なんとかしてやりたかった。なんとか運命をねじ曲げたかった。
 だが、カルラも奇跡が起こせない。
『俺はここで、見ているだけか……』
 悔しかった。だが激しい痛みがカルラの思考を乱し、極度の疲労がカルラの体を固めてしまう。
『また、動く事も叫ぶ事もできねえのかよ……』
 しばらくして猛はヨロリと立ち上がった。
「まだ、俺は立てる。盾くらいになら、なれるはずだぜ……」
「すまんな。げほっ……せやけど、まずいな。次くらったら、わしも……」
 不安が仁太の胸に去来する。
 精神の隙を狙い、災厄の繭は仁太を取り込んだ。
 猛が何か叫んでいるが、遠くて聞きとれない。
『あ……霧音ちゃんの言うとおりや……とらわれてしもた』
 仁太は、血まみれの両親を見上げて、おののく。
「あんたが、どっか行きたいっていったから」
「お前が言わなきゃ轢かれずに済んだのに」
「お前のせいだ」
「お前だけなぜ助かった」
 ――今やったら車が突っ込んできても超反射神経で対応して避けられるのにな……。
 ――対処できる力なんていつも起こってから身に付く……。
 ぼんやりと考え、仁太はぽつんと言う。
「二人がわしを守ってくれたから、助かったんやで」
 両親の影は、押し黙る。
「わしを守りきってくれたから、わし、まだ生きてるんやんな」
 両親の影は、何も言わない。
「ありがとう。二人が守ってくれた命や、わしはまだ、死なんで」
 仁太はハッとする。胸を探って、両親が笑っている幼い頃の写真を取り出す。
「そうや、こんなことしとる場合やないねん! わしは守りたいものを守るために戦うんや! わし、戦っとんねん! 最後の一人やねん! 誰も死なさんぞ、誰も死なさんために残ったんやぞ!」
『そう、仁太、がんばってね』
 写真からかすかな声が聞こえた気がした瞬間、世界が晴れた。
 影はもうない。
 いつの間にか蟲は、眼前に迫っていた。仁太の前で、猛がくずおれる。
「や、っと起きたかよ……あとは任せたぜ……」
 ずっと仁太を庇っていたらしい。
 伏せた猛の背中には大きな穴が開いていた。
「すまん、待たせたな。ミッドナイトマッドカノン、こいつで引導を渡すぜよ!」
 ジャキン、と禍々しい巨銃を構え、仁太は叫んだ。
「鋼鉄の暴君が世界の全てを踏み砕く。悪夢を運ぶ担い手となれや! 蹂躙せぇ、ミッドナイトマッドカノン!」
 銃口から真っ黒な影が噴き出る。
 蟲がとどめとばかりに吐いた黒い病と押し合いの末、押し勝った影は蟲を圧搾していく。
 蟲は漆黒の影の圧力に耐えかね、気門から口吻から緑の体内物を猛烈に噴出した。
 鋼鉄の暴君が見せた悪夢が消えたあと、蟲は既に涙型だった形すら維持できず、平たく床いっぱいに広がっていた。
 もうそれは、病を吐くこともなければ、口吻どころか体節の一つとて波打ちもしない。
 悪夢を生み、災厄を育む繭も、育てるべき対象を失った今、ただの白の部屋と化した。
 敵の死を確認した仁太は、ようやく構えをとき、思わず狂喜の叫びをあげる。
「……や、やったで。勝った。勝ったでぇええーっっ!!!!!」
 叫んだ声の残響が消え、耳が痛いほどの静寂が残った。
 アラストールはいない。きっとうまく脱出し、ディフェンス班に事情を話してくれているのだろう。
「……わしの勝ちやな、賭け」
 脱力したようにすとんと腰を下ろし、遠い天井を見上げながら、仁太は呟いた。

●アラストール・ロード・ナイトオブライエンの場合
 時は前後する。
 全てを仁太と霧音に頼み、アラストールは走る。
 意外とこの世界は広い。出口は見えているものの、すぐにはたどり着けない。
 しかし、蟲はアラストールに気づいていないのか、攻撃は来ない。
「待っていてください、すぐに、助けを」
 だが。誰かが足を掴んだ。
「!?」
 真っ白な床に血だまりができている。足を掴んだのは、血だまりから出てきた手だ。
「私も助けて下さい騎士様」
「僕も」
「わしも」
「俺も」
「見捨てないでください」
 たくさんの老若男女の手がアラストールの足を捕る。
「離……っ?!」
 と足を振ろうとするが、びくともうごかない。まるで金縛りのようだ。
 ごうっと黒の嵐が吹き荒れ、アラストールはたまらず転ぶ。
「うっ」
 立ち上がろうと床に腕をついたアラストールは、血だまりから顔が出てきたのに気づいて、目を見開いた。
 血だまりからにゅうと出てきた無数の顔が、言う。
 どの顔も腐乱し、恐ろしい形相だ。
「お見捨てになられますのか」
「あの人々と私と何が違いますか」
「どうして連れて行ってくれないの? 騎士様は皆を救って下さるのではないの?」
 アラストールは言葉に詰まる。
「あなたが、私達をこの血の池地獄に突き落とした。また突き落とすのか」
 またひとつ、ごぽりと血だまりから現れた崩れた顔が言う。
「救うといったくせに、突き落とした」
「っ……」
 そうだ、今までの依頼で救えなかった人々はたくさんいる。
「ひどい」
「どうして」
「ひとでなし」
「うそつき」
 怨嗟が木霊す。死臭が蔓延する。
 ――全て幻。足は動くはず! 立ち上がって走らなければ!
 アラストールは必死に自分に言い聞かせた。
 そして顔達に訴える。
「私が、私があなた達を救いたいと思ったのは本当です! でも掌の大きさは限られている。こぼれ落ちる命もある」
「言い訳だ」
「なぜ俺を取りこぼす。俺はお前がこぼしてもいいと思う人間だったのか」
 血だまりは納得しない。
 アラストールは叫び返す。
「違う!! 私は貴方たちを失う度に、後悔し血を流し、心も体も傷ついてきた。しかしなんど後悔したって私は諦めない。できるかぎり人を救う! 何度でも!」
 アラストールの足が少しだけ、動いた。
「貴方たちを救えなかったのは私の力不足です。申し訳ないと思う。しかし、あなた達はもう死んでいるのです。もう、私では救えない。けれど、あなた達のことは忘れたことはない。どうかあなた達のような人を増やさぬため、過ちを繰り返させないため、進ませてください!!」
 立ち上がる。足が動く。
 弾かれたように、アラストールは後ろも見ずに走った。
「勝った。勝ったでぇええーっっ!!!!!」
 はるか後方から仁太の叫ぶ声が聞こえる。
 安堵をするも、今アラストールは立ち止まるわけには行かない。
 一瞬でも早く、外へ!

●終局の蒼穹
 必死に伸ばすアラストールの白い手が、出口の金色のノブにかかった。
 一気に引き開けるなり、風がアラストールの髪をそよがせる。
 青い空が見えた。もう空を飛ぶ者はいない。
 ぬるりと壺が蒼い騎士を吐き出す。
 騎士を認め、眼鏡の奥の青い瞳を見開いて、金髪の少女が尋ねた。
「……っ! アラストールさん! な、中は、どうなったの?」
 アラストールは大きく頷いてみせる。
 そして、
「勝ちました! 壺を壊してください!!!」
 コンクリートの地面に足をつけるやいなや発せられた、アラストールの絶叫が福山の空に響き渡った。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
お世話になっております、あき缶でございます。
この度は依頼にご参加を賜り、本当にありがとうございました。

満身創痍ではあるものの、なんとか押し勝てたという結果になりました。
皆様の書き応えのあるトラウマ、ありがとうございました。
気合を入れて書かせていただくことが出来ました。

またのご参加、よろしくお願い申し上げます。