● 「燃えろ燃えろ燃えちまえ!」 男が腕を振るい生み出された紅蓮の焔は辺りの人々を火達磨に変える。 高校二年生になったばかりの其の日、少年は生まれて始めて死を目の当りにした。 「あー、なんだってこんなにうじゃうじゃいるんだよ」 ぼやきながら引き金を引かれた拳銃は、いとも容易く人の命を奪って行く。 昼日中の博物館で、少年の日常は突如として崩壊する。 「まあ俺等に出会った不運を恨みな」 全身から伸びた気の糸は哀れな犠牲者達を縛り上げ、……一斉に骨の砕ける音が鳴り響いた。 少年は知らない。彼等3人がこの国の災厄の一つ、<裏野部>の構成員であり、この博物館の展示物の一つを首領に献上する為にこの場に居る事を。 けれど少年には判ってしまった。彼等がどうしようもない死その物である事を。自分の運命が此処で尽きてしまう事を。 しかし、少年にとって其れが幸運なのか不幸なのかは判らないけれど、そして少年以外にとっては間違いなく不幸でしかないけれど、其の場には一つの歪みがあった。 『おい、其処の餓鬼』 少年にだけ聞こえる言葉で、彼に声をかけたのは一冊の本だった。 俄かには信じられない事なのに、少年は自分の正気を疑う事無く、その本が呼び掛けたのだと理解出来てしまったのだ。 『死にたくないだろう。アイツ等を狩れる力をやる。だから全てを捧げろ。アンナ奴等を狩る為に、お前の全て賭けると誓え』 押し売りにしても酷過ぎる言い様だけど、しかしその声には何故か少年を気遣う響きを感じた。 『選ぶのはお前だ。死にたくないなら俺を手にとって戦え。死にたいなら好きにしろ。俺はお前に見込みがあると思って言ってるだけだからな』 まるでアニメのワンシーンの様な其の状況。 けれど眼前に迫る死は紛れも無い本物で、少年は差し伸べられた救いの手を確りと握り締めてしまう。 『良いぜ、契約だ! 名乗り誓えよ! お前が俺の新しいご主人様だ!』 「――――――!!!」 心を包む高揚感に、少年は叫ぶ。此方に視線を向ける3人組が、……もう哀れな道化にしか見えなくなった。 ● 「そして力を得た少年の前に、裏野部のフィクサード3人は命を刈り取られた」 集まったリベリスタ達に、『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)は淡々と言葉を吐く。 しかしそれにしても全くの素人の少年を相手にフィクサード3人が敗北するとは、恐らく其の本はアーティファクトなのだろうが、それにしても尋常の出来事では無い。 「その本の名前は『堕落の大義』。かの『ペリーシュ・シリーズ』の一つだそうだ」 かの『黒い太陽』ウィルモフ・ペリーシュが作り上げたアーティファクト。 究極の魔術師(メイガス)にして天才付与魔術師(エンチャンター)の作品の力を借りたのならば、先の話は寧ろ当然だったと言えるだろう。 「其の本の契約者は高位のマグメイガスと同じ力を操る事が出来、且つ高い身体能力や耐久力も本に拠って貸し与えられる」 本と契約するだけで、超ベテランと言えるマグメイガスが1人誕生するのだ。 「其の事件が3週間前、少年は現在得た力を使ってエリューションを狩って人を救っている」 まるでリベリスタの様に。 彼の本には近くの神秘を探知する能力もある様で、契約者に神秘を狩る事を求めるのだ。 「無論そんな力を与えられる事に、対価が必要でない筈がない。諸君等が神秘の力を操る時と同様に、少年は力を振るう度にある物を消耗していく。…………諸君等と違って回復しない魂をな」 吐き捨てる様に、逆貫は少年の魂が限界に近づいている事を告げる。 「少年は神秘から人を救う度、本の薦めに従って救った人達にマーキングをしていく。何も知らずに、本の言う事を鵜呑みに信じて」 ペリーシュ・シリーズは悪意に満ちた碌でもない代物ばかりが揃っている事で有名だ。 嗚呼、もう嫌な予感しかしない。 「少年が自分の魂が消耗している事に気付いた時、或いは彼が限界間際となった時、本はこう囁く『対価の肩代わりを行なえばまだまだ戦える。お前の救いを必要とする人間は数多い、どうかまだ死なないでくれ』とな」 逆貫の口から漏れる溜息は重い。 「対価はマーキングされた人の魂だ。『たった一人の犠牲で、ずっと多くの人間が救えるんだぜ?』とでも言うのだろう。……だが無論、其れも罠だ」 ペリーシュ・シリーズを手にした者は、例え悪人であろうと『極一部の特別な例外』を除いて破滅している。 彼のペリーシュ・シリーズの対価が他人を犠牲にした程度で終ろう筈がない。 「苦痛と恨みを乗せた他人の魂が、力の行使に薄まった自分の魂と混ざる事になる。主導権はあくまで元より在る魂が握るだろうが、……まあ凡その結末は語るまでもない。何れ破綻は見えている。だが其の前に出る被害を考えれば決して放置は出来ん」 資料 アーティファクト:『堕落の大義』 装丁の確りした黒い魔道書のアーティファクト。 所持した一般人と契約し、其の者に魂を消耗してマグメイガスのスキルを行使する力を与える。更に高い身体能力と耐久力も貸与する。(ただし契約者がダメージを受けた状態でこの貸与が停止された場合、ダメージの全ては契約者の耐久度で購われる) 契約者に対して感謝の念を持つ者を神秘の力でマーキングし、マーキングされた者の魂を距離に関係なく搾取する能力を持つ。搾取された魂は契約者の其れと混ざり、消耗した魂を補う。 一定距離までの神秘に関係する力の反応を探知する事が出来る。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月30日(火)23:23 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 『おい、来るぞ』 時刻は夕暮れ時。ひと気の無い道を下校する黒木・健吾に、カバンの中の魔本が語り掛けた。 この本と出会ってから3週間、果たして此れが何度目だろう? 本が、また理不尽な化物を探知したのだ。 「何処? 誰か襲われてる人は居るの?」 その度に健吾は常識外の世界の化物と戦い、襲われる人を救って来た。 『馬鹿野郎。言っただろ。来るってな』 けれど其の日の魔本の言葉は、何時もと違った。 この時魔本……、未だ健吾に名乗りもしない彼の『黒い太陽』ウィルモフ・ペリーシュが作り上げたアーティファクト『堕落の大義』が感知した神秘反応は8つ。 其れが纏まって動いてこっちを目指して来るのだから、答えは絞られる。 『俺とお前が出会った時の連中と同類だ。……狙いは俺だな』 魔本は主に嘘をついていない。唯伝えられていない情報が存在するだけだ。 確かに此れからやって来るのは、健吾が3週間前に倒した裏野部フィクサードと同じE・能力者。 「人間の意識を残したまま、化物に堕ちた奴等……」 健吾が人を救う理由の一つには、嗚呼、襲われての事とは言え、自らの手で人殺しをしてしまった罪悪感を拭う為でもあったのだ。 しかし再び繰り返さねばならない。奴等は普通の人々にとってあまりに危険すぎる存在だと、健吾の記憶には刻まれていたから。 『おい、覚悟は決まったかよ』 まるで見透かしたかのように声をかけてくる魔本。其の口ぶりには、健吾を心配するような素振りすら感じられる。 少年は瞳に覚悟を湛え、一つ頷く。 『良いぜ。じゃあ行くぜ俺のご主人様よ!』 嗚呼、この全ては茶番に過ぎないと言うのに。 ● 遥か彼方を見通す『狂気的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)のイーグルアイの視界から逃れるように、不意に走り出した健吾が狭い路地裏へと入り込む。 確かにイーグルアイは遠方を見通せど、死角が無い訳ではない。よもや見られている事を察したとも思えぬが、相手が此方に気付いた事だけは確かだった。 だが逃げる健吾に対して追い手であるリベリスタは8人だ。其れは最初から勝敗の見えた追いかけっこ。 けれどリベリスタの反応を感知する堕落の大義を手にしていて、其の結末が判らぬ筈が無い。つまり此れは……、 「上です!」 其れを察したのはビーストハーフであるが故の動物的な超反射。 奇襲を察して警告を飛ばした『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)の声に従い、わけのわからぬままにも咄嗟に地面を転がった『あるかも知れなかった可能性』エルヴィン・シュレディンガー(BNE003922)の背が、けれども虚空に召喚された黒い魔力の大鎌から逃れる事叶わずに切り裂かれた。 苦痛に顰めた表情をも隠す仮面の奥からエルヴィンの瞳が見据えたのは、傍らの古びたビルの屋上から彼を見下ろす健吾の姿。 そう、つまり此れは誘いなのだ。他者を巻き込まぬ戦いやすいフィールドへと追い手を招き寄せる為の逃走と攻撃。 もし其れが戦いの為の攻撃であったなら、其れには射程に優れた単体攻撃よりも8人の敵全てを巻き込める手段を選ぶ筈。 戦術の有利よりも他の一般人を巻き込まぬ場所への誘導を優先する健吾の姿は、嗚呼、矢張り皮肉にも追い手であるリベリスタ達に良く似ている。 魔力の鎌で切り刻まれた傷は焼ける様に痛む。……なのにエルヴィンの心に怒りは起きず、唯、瞳を哀しみに曇らせた。 嗚呼、誰も彼もお人よしばかりだ。だからこそこの世界から苦しみはなくならない。何時までも、優しい人ばかりが傷付いていく。 ひと気のないビルの屋上で、健吾とリベリスタ達は遂に相対する。 だが健吾が左手にページを開いた魔本、堕落の大義を持ち、物理的な力を遮断する魔力のシールド、ルーンシールドで身を覆って居たけれど、一方のリベリスタ達は誰一人として武器を持たず、そして自己付与すらしていない。 何故ならリベリスタ達の目的は戦闘ではなく対話だったから。 けれど其の意図を健吾が察するには、彼の対人戦闘経験が足り無さ過ぎた。 無論武器を持って構えていれば、其れが敵意である事は伝わる。しかし武器を持たぬからと言って、神秘の力を持った者が相手ではその戦意の有無は計り辛い。 例えば其の手の指輪が神秘の力を増幅するアーティファクトかも知れぬし、……元よりE・能力者は奇抜な格好をした者が多い。 自己付与とて同様だ。相手が其れを使えるかどうかを、健吾は未だ見ただけでは判別出来ないのである。 幻想纏いの存在を知る堕落の大義が何を言うまでもなくとも、健吾の意識は戦闘へと向いていた。 「貴方の正義は武器を持たず、話し合いを望む者にも手を掛けるものなのですか?」 先んじた『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)の言葉にも、健吾の詠唱は止まらない。 詠唱が進むにつれ、描かれた魔法陣から溢れ出す強力な魔力の奔流が周囲の空間に放電を起こす。 「まず話を聞いて下さい。情報が増えて損は無い筈、その上でご判断を」 しかし『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)は魔力の余波に晒されながらも対話を求める姿勢を崩さない。 うさぎだけでは無い。誰1人として避ける素振りも見せず、健吾からの一撃に耐え切る覚悟を瞳に湛え、揺るがずに彼を見据えている。 「話半分でもいいので聞いて下さい」 健吾と同じマグメイガスとしての力を振るう『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)には判っていた筈だ。彼の放とうとする魔術が何で、其れが自分達にどれ程の被害を齎すかを。 なのに、悠月の瞳には恐怖も敵意も無く、信に満ちている。仲間達なら耐え切ってくれるとの信と、『その想い、どれ程に追い詰められようとも、――真には揺らがぬ物と、信じます』健吾への、人への信。 完了した詠唱、放たれようとする魔術に、『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)、信仰を失ったシスターは両腕を広げた。まるで全てを受け入れると言わんばかりに。 そして魔方陣から解き放たれた暴竜の様な雷撃は……、けれどもリベリスタ達を巻き込まず、空に向けて放たれた。 『…………オイ、其れがお前の選択かよ』 「御免、でもどうしても彼等が悪人には見えないんだ」 大気中を拡散していく放電を見詰め、健吾は己が手に収まる魔本へと謝罪した。 其の瞬間、周辺の雰囲気が変わる。先の空へ放たれた一撃に気付いた一般人が近付かぬように『箱庭のクローバー』月杜・とら(BNE002285)の手により強結界が展開されたのだ。 「心配いらないよ。これは戦う術を持たない人を近づきにくくするためのスキルだから」 驚く健吾に、ひらひらと手を振りながら、とらは自らの行為に敵意が無い事を主張する。 「俺達はこれまで健吾君が関わってきたような神秘事件で、世界が崩界するのを防ぐために活動してるけど、関係ない人は極力犠牲にしたくないから予防線を張っているだけ。健吾君とも、出来れば戦いたくないな」 そう、E・能力者には2種類居るのだ。其れは非常に大雑把で境界の曖昧な分別ではあるけれど、私利私欲に力を使うフィクサードと、そして世界を守らんとするリベリスタと言う区分に。 とらの言葉に、戸惑った様に本へ視線を落とす健吾。 『……あぁ、間違いないぜ。強結界って人払いの術だ。ただよ、俺は忠告したぜ。さっきので決めろってな。其の上で選んだならだから一々謝るなよ。お前は俺の所持者で主だ。俺は提示はするが選択するのは常にお前だ』 一つ頷き、敵対姿勢を解いた健吾に、リベリスタ達の表情が緩む。けれども彼等は、そして健吾も未だ気付いていない。 もう直ぐそこまで迫った破滅の時に。 ● 健吾に対して名乗るリベリスタ達。 其の中で、一歩前に進み出て回復を申し出たのは『0』氏名 姓(BNE002967)だ。 堕落の大義が健吾に付与している耐久力は契約を解除すれば回収され、ダメージのみが其の身体に残る事になる。 対神秘戦で受けたダメージに一般人の身体が耐えれよう筈が無く、そうなれば間違いなく健吾は死ぬ。 「……で合ってるよね? 魔導書さん。大切な事だから話しておくべきだったでしょ」 故にリベリスタ達は健吾を攻撃しなかった。 ルーンシールドに包まれた健吾の身体は此れまでの戦いで特にダメージを受けては居ないが、それでもリベリスタ達はルーンシールドを突破する手段位は幾つも所持しているのだ。 『そりゃー、御前等が俺を奪い去って引き離すならそうなるだろうが、そうでないなら俺の主には不要な説明だぜ』 面倒臭そうな声が場の全ての脳裏に直接響く。この時リベリスタ達は始めて堕落の大義の声を聞く。 『契約解除を望んでも無い主に、何で解除前提の話をするんだ? まあ続けろよ。俺は黙ってて悪口を聞いててやるからよ』 まるで自分に非は無いとでも言うかの様な魔本の態度。 ……いや、其れよりも気になるのはこの余裕はなんなのだろうか。健吾がリベリスタ達の言葉に耳を傾け始めた事で、追い詰められている筈の堕落の大義には焦りがまるで見られない。 しかし如何に其の態度に不安を感じようともリベリスタ達に出来る事は健吾の説得のみ。 全ての情報が洗い浚いにぶちまけられていく。 「貴方の手にする魔道書はペリーシュ・シリーズと名の付く、非常に悪意に満ちた代物の一つです。それには一つの例外もありません」 ミリィの言葉に魔本に確認する健吾に、堕落の大義が返すは肯定。 「人を助けたいという、健吾君の気持ちは嬉しいよ。でも君がその本の力を借りて人助けをするのは、とってもリスキーなんだ。だって君は普通の人だから。近いうちに魂に限界が来る」 とらの言葉にも、肯定。 「悪いけどこのままだと死ぬよ。魂が削られるのもそうだし普通に戦いで死ぬかもしれない」 言葉を引き継いだ虎美は、はっきりと死を口にする。 「大体さ、君が最初に殺しちゃった相手ってぶっちゃけ悪人なんだよね。次に来る時は容赦しないよ」 彼女が語るは裏野部の脅威。健吾も彼等が悪人である事は理解していたが、裏野部と戦い続けた虎美の言葉は重い実感に満ちていた。 何せ相手は思いつきで飛行機を墜とすような連中なのだから。 「代替手段があるようです。マーキング……、印をつけた魂を代わりに消費するという」 悠月が語るは魂の消耗を回復する唯一の手段。マーキングに心当たりのある健吾の表情がはっきりと変わる。 そして其れも、魔本は否定しない。 「確かに、その本はお前にとって命の恩人だろう。だが、何故、お前が命の危険に瀕したのか、お前がその能力でヒトを救わなければいけなかったのかをよく考えてみろ」 エルヴィン、先程健吾が傷つけてしまった彼。 「お前はその理不尽な神秘の力を使っているのだぞ。お前が戦うと誓った神秘の力をな。そんな本の言葉だけに従わず、少しは自分の頭で考えて判断しろ!」 けれどエルヴィンの其の叱責に近い言葉は、真に健吾を案じてだとすぐさま判る。 「貴方の手にする魔道書の名は、堕落の大義。尊い誓いを持っていたとしても、その想いを穢す物なのだから」 そして健吾は、ミリィの言葉に始めて己の持つ魔本の名を知った。 健吾の堕落の大義を持つ手が震える。 「ねえ、本当に、全部本当なの?」 『ああ、こいつ等の言葉には多少の誤解と偏見はあっても一つの嘘も間違いもねえよ』 出来る事なら魔本を信じたい健吾だったが、堕落の大義はこの後に及んでも嘘は吐かない。 「ねぇ……」 『なあ健吾、残念だぜ。俺は一撃で決めろって言ったよな。俺は主の為にならない事は言ってないんだぜ。選んで外したのはお前だ。さあ、その選択の結末がやってくるぜ』 更に言い募りかけた健吾に、けれども其の言葉を塗り潰して堕落の大義が宣言する。 其の瞬間、健吾の体がぐらりと揺れた。遂に魂の限界が訪れたのだ。 彼の魂を蝕み続けた其れの名前はルーンシールド。物理属性攻撃を完全に遮断する魔力のシールドを展開するこの術は非常に有用であるが、一つの大きな副作用がある。 其れは術者のEP、神秘の力を行使する為の其れを消耗し続ける事。……だが元より通常なら神秘の力を行使する事叶わぬ健吾が対価として削り続けたのは彼自身の魂だ。 『お前の魂は限界だ。選択の時って奴だぜ。煩わしい説明は有り難くもそいつ等がかわりにしてくれたからな。…………後はお前が選ぶだけ。さあ、どうする?』 ● 「最初は命惜しさでも、その後人を救ったのは貴方の成した事です。救えて、嬉しくはなかったのですか? 力は借り物でも、その行いと気持ちは、貴方の物だ」 其の言葉が酷である事は、言葉を発したうさぎが誰より判っている。 「それを、台無しにする気ですか?」 健吾は決して悪くない。誰よりも被害者だ。けれど其れでも、 「今、もう一度彼らを救って下さい。今度は魂の搾取から。……貴方が、彼らを守るんだ!」 大人しく1人で死んでくれ。英雄のままに。 哀れな君を、害在る神秘として狩りたくなどない。 「ワタシたちの話を聞いてくれて有難うございます。ワタシは貴方に『感謝』します。すぐに力を振るわれなくて『救われ』ました。さあ、マーキングの準備はできました。ワタシから搾取しなさい!」 その時、声を上げたのは海依音。嗚呼、或いは其れは正解の一つだったかも知れない。其の意図があり、其の一縷の望みを理解して賭けを申し出て説得していれば、哀れな少年は救われたかも知れない。 神秘の力を操る彼等なら、自らの魂を完全に犠牲にする事無く、魔本を通して力を健吾に分け与えれる可能性があったやも知れぬ。無論堕落の大義の協力が不可欠だろうけれど。 しかし海依音は其れを考えて言い出した訳では無い。ただ目の前の失われ行く命に、声を発しただけである。 未だ、健吾の中では、リベリスタ達の言葉通りに、助かるには他の誰かの命を犠牲にするしか術が無いままだ。 「大義、少しでも情があるなら彼を生かしてやってもいいだろう?」 姓が、堕落の大義に健吾の助命を願う。此処で少年が助かるのならば、例え相手が悪魔の様な魔道書であろうと乞おう。 『馬鹿かお前は。俺の主を救いに来たのはお前らだろう。そして救えなかったのもお前らだ。此れがお前らの選択の結末だ』 だが堕落の大義はにべも無い。そもそも魔本に主からの言葉以外に従う義理など毛頭ないのだ。 ………………。 流れた沈黙はほんの数瞬。けれど其れは酷く長く感じられた。 そして健吾は選択する。この話の結末を。 「ねえ、堕落の大義」 『なんだよご主人様。恨み言なら早くしてくれ。もう時間が無いぞ』 けれど、健吾は魔本の言葉に首を振る。 「あの時助けてくれてありがとう。僕を選んでくれて、此処まで付き合ってくれてありがとう。……でも名前はもっと早く知りたかったよ」 其の口から零れたのは感謝の言葉だ。 人生の間際に人の本性が出ると言うのなら、きっと健吾の根っこは善性だった。 「貴方達もありがとう。貴方達に会わなかったら、きっと誰かを犠牲にしてた」 其の善性を守り切ったのは紛れもなくリベリスタ達の言葉と態度。 死の迫った少年の身体は恐怖に震えている。目には涙すら浮かんでいる。 「ありがとう。ありがとう。ありがとう」 それでも、最後まで其の口から出続けたのは感謝の言葉のみ。 そして彼の身体は地に倒れ、魔本は地面を滑り転がった。 『あばよご主人様。割とレアな結末だったぜ。お前を選んだのは間違いじゃなかった』 リベリスタに拠って拾い上げられた堕落の大義には、黒木・健吾のページが追加されている。 あの時、健吾を選んだのはあの場で一番輝いていた魂の持ち主だったから。其れを汚し切れなかったのは、魔本にとっても驚きだったけれど。 創造主に生み出されてより幾度と無く繰り返した結末だが、健吾の最期は堕落の大義にとっても新鮮な物だった。 封印を告げるリベリスタを魔本は哂う。 『今まで何度も破壊や封印を試みられたけどよ。今もこうして俺は此処に居る。次の封印は何年もつんだ? 10年か、20年か? その時未だお前らが居るかは判らねえけどよ。人間はどうせ俺を求めるぜ』 飽きるほど繰り返して来たからこそ言える言葉。そう彼は飽いているのだ。だが其れでも彼は其れを繰り返す様に創られている。 人の業は余りに深い。 『じゃあな。リベリスタ共』 堕落の大義にとって封印は厭う物ではなく、一時の眠りを与えてくれる物。 目覚めのその時までは、健吾と過ごした3週間を反芻しながら。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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