● 「今回の任務は、アーティファクト『戦人の庵』の破壊だ。 山奥にある寂れた小屋が革醒したものだが、外側からはどんな攻撃も受け付けない。 全員で中に入って、ある手順を踏む必要がある」 アーク本部のブリーフィングルームで、『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)はそう言って話を切り出した。 「……やること自体はシンプルだけどな。E・フォースと戦って、それを五体以上倒せばいい。 ただ、アーティファクトの力で全員が分断されるんで、強制的に一対一の戦いになる」 出現するE・フォースの識別名は『戦人の影』。 対戦相手と同じジョブ、同じ装備、同じ能力を写し取る力を持っている。 「基本的には、『自分自身と戦う』って考えで間違いないが、スキルに関してだけは例外だ。 他のジョブのスキルは一切使わないし、逆に、自分のジョブのスキルは取得していないものも含めて使いこなしてくる」 たとえば、ホーリーメイガスが『あえて回復スキルを活性しない』ことを選んだとしても、相手は遠慮なく使ってくるということだ。 反面、他職スキルを多く活性している場合は、上手く使いこなすことで有利に戦いを運べる可能性がある。 「戦う場所は一種の異空間になるが、充分に広い上に邪魔になるものもない。 視界とか足場の心配も要らないんで、今回はそういった対策は考えず、戦闘だけに集中してくれ」 数史は説明を終えると、どうか気をつけてな――と言い添えた。 ● それは、山の奥にひっそりと建っていた。 かなり荒れ果てた様子で、当然ながら人の気配は無い。 しかし、ただならぬ雰囲気を湛えていた。 戦う覚悟なくして足を踏み入れれば、たちまち食い殺されてしまうような。 リベリスタ達は意を決して、『戦人の庵』の中に入る――。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月21日(日)23:42 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 見渡す限り、白一色の戦場。その静謐な空気は、生家の道場に少し通じるものがあった。 今の自分と拮抗する対戦相手をもたらす破界器『戦人の庵』。まさに、修行のためにあるような存在だ。 元になった小屋の由来は不明だが、先人たちが研鑽を重ねた場所に違いないと、『娘一徹』稲葉・徹子(BNE004110)は思う。 対峙するのは、己の影。自身が持たない技も使いこなすとなれば、同じ地力のデュランダルと戦うも同然だ。胸を借りるに、不足は無い。 ――いざ、尋常に。 「娘一徹稲葉徹子、名前の通りにまかり通ります!」 一礼の後、構えを取る。刹那、影が床を蹴った。 真っ直ぐに駆ける相手を見据え、攻撃に移る直前のモーションを読む。 影が闘気を爆発させた瞬間、徹子は一歩前へと踏み込んだ。 生死すらも分かつ破滅の一撃――そのエネルギーが炸裂する寸前に、自ら木刀を打ち込む。 ぶつかり合う、力と力。 激突のタイミングを意図的にずらして直撃を避け、木刀の柄から片手を離す。 この手こそが、徹子にとって“真の武器”だ。 流れるように繰り出された掌打が、カウンターで脇腹を捉える。 体内で炸裂する“気”をまともに食らい、影は堪らず動きを止めた。 すかさず間合いを取り、『百人打っても折れぬ』と云われる樫の木刀を構え直す。 麻痺を振り解いた影を見て、徹子は挑むように言った。 「……普通のデュランダルと徹子と、どちらが勝るか、真っ向勝負です」 一撃の重さは影が、鋭さと手数においては徹子が、それぞれ相手を上回る。 後は、やるか、やられるかだ。 しのぎを削る攻防が繰り広げられる中、木刀の一閃が徹子の小柄な身体を吹き飛ばす。 壁に叩きつけられる寸前で踏み止まった彼女は、そのまま床を蹴りつけるようにして前に出た。 全身を支える足腰は武術の要、柔な鍛え方はしていない。 振り下ろされる木刀をはね上げ、防御を掻い潜って土砕の掌打を叩き込む。 相手の足が止まったところに、もう一撃。 「リベリスタである以上、勝たねばならないのです――!」 仕合を制したのは、岩をも穿つ徹子の一念だった。 ● 「――ご機嫌よう、脆い俺」 グラスアイを無数に貼り付けた本を携え、『視感視眼』首藤・存人(BNE003547)は影に挨拶を述べる。 一般的な術士の例に漏れず、彼の耐久力は低い。攻撃を避けるのも、決して得意ではなかった。 それを、厭ったことは無いけれど。 当たり所が悪ければ、一気に勝負を持っていかれる。 そういった戦いであると知っていたから、存人は迷わなかった。 機先を制し、四属性の魔術を構築する。 色とりどりの光で奏でる魔曲の旋律をもって、彼は己の影を状態異常で縛り上げた。 相手が麻痺から立ち直るまでの一手で、自らの視野を戦場全体に広げる。 敵は生きた人間ではないから、目を見ないよう気を配る必要は無い。 「そちらの俺はどうします」 問いかけに対する返答は、やはり魔曲の四重奏。 鏡を覗いたゴルゴーンの如く、今度は存人が動きを封じられる羽目になった。 「……自分の事ながら、麻痺が取り分け厄介ですね」 意志の力を総動員して、拘束を振り解きにかかる。好いた人に虐げられるならまだしも、己の影に痛めつけられて悦ぶ趣味など無い。 体の自由を取り戻した時、相手は既に詠唱を始めていた。 通常よりも発動に時間を要する術となれば、思い当たるものは一つだけ。 咄嗟に魔曲を放つも、僅かに浅い。刹那、実体化した黒鎖が一斉に襲い掛かってきた。 あえなく濁流に呑まれたところに、さらなる追撃。しかし、それは影にとっての凱歌とはならなかった。 運命をもって己の身を支えた存人が、ゆっくりと口を開く。 「戦意も戦闘スキルも、そちらが上かもしれませんが……俺の方がちょっとだけ、往生際が悪い」 ――死にたくない。なるべくなら生きたい。それは、かつて事故で死に損なった青年の執着。 その願いに応えた聖なる存在が、癒しの息吹で彼の傷を塞いだ。 「俺はそちらの俺にはなれないですが、生き残るのに有用な術を教えて下さいよ」 まだ、体は動く。術を行使する気力が切れたら、本の角で殴ればいい。 決着は、数瞬の後。“奥の手(死んだ魚の目)”を温存したまま、存人は勝利を手にした。 ● 凍てつく冷気を孕んだ爪が、影に迫る。 踏み込みと同時に繰り出された一撃を、影は軽く身を捻ってかわした。 お返しとばかり放たれたオーラの糸を切り払い、『小さな侵食者』リル・リトル・リトル(BNE001146)は鼠の髭をそよがせる。 「こんな敵は初めてッスね。すごく、燃えるッス」 己の写し身と対峙した経験は以前にもあるが、今回はスキル構成が異なるという点で変化が生じている。 彼はステップを踏み、次なる攻撃へと移った。白一色のフロアに描くは“Line of Dance”、舞踏において守られるべき反時計回りの動線。 「――さぁ、踊るッスよ!」 直後、リルの姿が二つにぶれた。質量を持つ分身を操り、死角無き完全攻撃を仕掛ける。 ハイ・バー・チュン――英雄姉妹の名を冠した、この世に二人しか使い手の居ない必殺拳。 虎の子とも言えるそれを、リルは躊躇うことなく魅せた。 二対四個のヘッドレスタンバリンで間断なく斬撃を浴びせ、敵を圧倒する。 「リルは弱いッス。けど、熱じゃ負けたくないんスよ」 自分すら超えられないようでは、目指す高みなど夢のまた夢。 「……魂が焦げるくらい熱く、燃えるような勝負するッスよ」 その気迫に応えるかのように、リルの影も自らの『取っておき』を披露した。 途端に巻き起こる、赤と黒(ルージュ・エ・ノワール)のカードの嵐。逃れ得ぬ運命を刻むその一撃を受けて、少女の如き肢体が揺らいだ。 互いに一歩も譲らぬ攻防が続く。 操る技は違っても、舞い踊り、戦いを『魅せる』スタイルにブレは無い。 しなやかに伸びた操り人形の糸が、リルを捉える。絡みつく呪縛を、彼は意志の力で振り解いた。 「こんな楽しいこと、全力で楽しまなくちゃ損ッスからね。止まってる暇なんかないッス!」 懐に飛び込み、影を深く切り裂く。凍りついたその手を取って誘うは、死に至る舞踏。 踊り子の衣装が舞い、タンバリンに仕込まれた凶爪が影を刻む。 ――相手が誰だろうと、やることは変わらない。 「死ぬまで、魅せ付けてやるッスよ」 再び繰り出された革命の完殺攻撃が、ダンスのフィニッシュを飾った。 ● 「影は影らしく、わらわの後を着いて来るがよいわ!」 朗々と声を響かせ、白き戦場を駆けるは『還暦プラスワン』レイライン・エレアニック(BNE002137)。 万華鏡の如き模様を映す双扇“歌聖万華鏡”を舞わせ、彼女は敵の死角へと回り込んだ。 反応速度を大幅に向上させた彼女を捉えるのは、自身の能力をしても容易ではない。 集中を高めながら、彼女は己のシルエットを切り取った影を睨む。 他者を模す影とは、何とも生意気ではないか。 力は、積み重ねて築き上げるもの。盗人のように真似て本物を越えようなど、思い上がりも甚だしい。 床を蹴る足取りに、敵を見据える双眸に、恐れは無かった。 同じ一対一の勝負でも、ここはラ・ル・カーナの石舞台ではない。 戦士の儀にて、互いの命を賭して打ち合ったスナーフ。 そして、同じ場所で涙の死闘を繰り広げたイザーク・フェルノ。 名だたるバイデンの戦士と対峙したことを思えば、己の影が怖いなどと言えるものか。 双扇で時を刻み、氷刃の霧を生じさせる。 間一髪で直撃を免れた影を見て、レイラインは僅かに眉を寄せた。 「まだ届かんか……!」 光の飛沫を散らす華麗なる連撃が、肩口を掠める。 「ならば――もっと速く、もっと疾くじゃ!!」 さらに集中を研ぎ澄ませ、彼女は敵を封じにかかった。 一時も足を止めることなく、神速をもって自らの影すら翻弄する。 とうとう霧を避け損ねた影が氷像と化した瞬間、音速の連撃が駄目押しとばかりに浴びせられた。 「動けなくなった気分はどうじゃ?」 麻痺と氷で二重に縛られた影を眺めやり、双扇を構え直す。後は、存分に切り刻んでやるまでだ。 いかに姿や力を似せようと、所詮は紛い物に過ぎぬ。 写し身に、自らの運命を燃やして耐えるような芸当は出来まい。 「今、この瞬間すら成長するわらわ達リベリスタが……負けるはずがないのじゃ!」 蝶のように舞う双扇から生じた幻が、立ち尽くす影を夢幻に堕とす。 レイラインはすかさず、止めの一撃を繰り出した。 鋭く空を裂く音は――あたかも歌声の如く。 舞台に、再び沈黙が落ちた。 ● 白一色の戦場に浮かぶ、漆黒のシルエット。 己の写し身たる影を前に、『無軌道の戦鬼(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)はいつも通りに闘いの始まりを告げた。 「さあ、踊って、くれる?」 先手を取ったのは、影。瞬時に間合いを詰めた敵に対し、天乃は軽やかに地を蹴った。 真後ろの壁を足場に、十重二十重に繰り出された気糸の直撃をすんでのところで避ける。裂かれた傷が再生を始める中、彼女は反撃に移った。 「自分と、戦えるなんて……心躍る、ね」 超人的に発達した五感を、極限まで研ぎ澄ませる。己と同じ能力を持ち、同じように『闘いのみに全てを傾けた』存在――ダンスを踊るには、最高の相手だ。 転移させた糸をもって影を縛り、即座にオーラの爆弾を埋める。 「……爆ぜろ」 炸裂した衝撃に、華奢なシルエットが揺らいだ。刹那、拘束を振り解いた影が眼前から消える。 風の流れを読んで視線を巡らせば、頭上から躍りかかる影の姿。 あらゆる角度から襲い来る気糸に、今度は天乃が絡め取られた。そのまま懐に潜られ、死の印で生命力を奪われる。 どうやら、敵は自分と寸分違わず同じ技を用いているようだ。足場を選ばぬ動きや、攻撃時における変幻自在のモーションも含めて。呪縛から逃れるまでの数手を凌ぎつつ、その事実を看破する。 相手がどのように戦おうと、己のスタイルを曲げるつもりは元より無い。 歪夜の使徒、鬼の王――いかなる強敵を相手にしても、それをずっと貫いてきたのだから。 白に舞う二つの影が、一進一退の攻防を繰り広げる。心ゆくまで闘いの愉悦に浸る天乃の身にも、数多の傷が刻まれていた。 血の匂いを嗅ぎ、僅かな衣擦れの音を聴く。 幾度目かの呪縛が己を捕らえた瞬間、天乃は一切の回避行動を放棄した。 愚直なまでに磨き上げた『縛ってからの止め』――その一撃を、己の身で受けるために。 戦場を揺るがす轟音。 爆風の中で運命を削り、影の背に両腕を回す。 「ありがと……楽しかった、バイバイ」 唇から漏れたのは、睦言にも似た囁き。 蕩けるような死の接吻が、闘いの決着を告げた。 ● 召喚された稲妻が暴竜の如く奔り、白い部屋を蒼一色に染めた。 雷撃の嵐に晒された『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)の全身を、強力な痺れが支配する。 淡々とした呟きが、思わず口をついた。 「……実にらしくない事をしていると思うわ」 根っからの後衛タイプである彼女は、一対一の勝負を挑むにはあまりに脆い。 敵の実力が自分と同程度ということを考慮しても、決して有利とは言えない戦いだった。 事実、雷竜の一撃は氷璃の体力を瞬く間に奪い去っている。次に同じ技を食らった場合、おそらく耐え切れないだろう。 しかし――だからこそ、戦う相手として相応しい。 翼を羽ばたかせて低空を舞い、彼我の距離を詰める。相手が初手で後退していたため近接は叶わなかったが、ひとまずは範囲攻撃の使用を躊躇わせることが出来れば良い。 心身を凍てつかせる氷の矢を放ち、静かに熱を奪い去る呪いをもって影を蝕む。雷に撃たれ命中精度は大幅に落ちていたが、それでも当てることは充分に可能だ。 日傘を差す少女のシルエットから、今度は四色の魔光が走った。 それは、氷璃が最も警戒していた魔曲の旋律――直撃を避けようにも、身体は思考ほど速くは動かない。 次々に襲い来る魔力の輝きの前に、あえなく運命を削られる氷璃。 だが、彼女の瞳にはこの時、はっきりと勝機が見えていた。 自分にあって、敵に無いもの。かつて戦った相手から受け継いだ技は、もう一つ残されていた。 「私一人を模倣した貴女に、負ける訳にはいかないわ」 爆発的に展開する魔方陣が、氷璃自身を巨大な陣の一部となして宙に浮かび上がる。 それは、今はアークに身を寄せた“彼女”の技――堕天落とし。 黒き閃光を浴びて、影が石と化す。呪いに縛られた身では、自力で解除するのは至難の業だろう。 流れは、一気に氷璃の側に傾いた。 常に手放すことのない黒き日傘“箱庭を騙る檻”の下から、氷璃は動かぬ敵を眺めやる。 「私が、私自身を超える為に――私の糧となりなさい!」 全力で撃ち出された魔曲・四重奏。その調べが、華麗なる逆転劇の幕を鮮やかに彩った。 ● 淀みなく振るわれる、鉤爪の連撃。動きを封じられた直後、実体を伴う幻影が肩口を抉った。 手痛い先制攻撃を浴びても、『it』坂本 ミカサ(BNE000314)は眉一つ動かさない。己と異なる技を操る影を、薄く色のついた眼鏡のレンズ越しに見詰める。 「折角だし、勉強させて貰おうか」 端から、状態異常は『かかるもの』と覚悟を決めていた。冷静に敵を観察しつつ、麻痺が解けるタイミングを計る。身体が自由を取り戻した瞬間、ミカサは即座に気糸を展開した。 先読みで仕掛けられた罠が、影を絡め取る。『捕らえる』ことに特化したこの技は威力に欠ける反面、命中精度は高い。相手が自身と同じ回避能力であるなら、当てるのは難しくないだろう。 「自分で言うのも何だけれど、立ち直りもそう早くない筈だからね」 影から間合いを取り、集中を高める。スピードも同じである以上、どちらが先手を取るかは運の問題だ。いかに攻撃のチャンスを作り、それを有効に活かしていくかが勝負の分かれ目となる。 純白のフィールドに淡い軌跡を描く、紫色の偏光。 研ぎ澄まされた“love(愛)”と“hate(憎しみ)”の二重奏(ツインストライク)が、己の影を穿った。 刹那、気糸を引き裂いた影が再び音速の爪を見舞う。 「……泥仕合になりそうだ」 その言葉通り、以後は熾烈な削り合いになった。どちらかと言えば、ミカサは多対多の戦いで真価を発揮するタイプである。一対一の勝負にチューニングした影を相手にするのは、些か分が悪い。 傷ついた身を運命で支え、残された勝機を探る。劣勢には違いないが、ただ負けるのも癪だ。 付け込む隙があるとすれば、敵が回復を一切考慮していないことか。 影を罠にかけ、数手の猶予を得る。 彼が選んだ次手は、傷を塞ぐための吸血でも、不吉を呼ぶ暗黒の瘴気でもなかった。 「これが『俺らしい戦い方』かどうかは知らない――」 モッズスーツの袖から覗くしなやかな指を、影に向かって繰り出す。 薄氷の如き勝利を引き寄せたのは、彼が拘り抜いてきた二連の刺突――その、執念とも呼べる連撃(クリティカル)だった。 ● 己の影と向き合う『男一匹』貴志 正太郎(BNE004285)の手には、何も握られていなかった。 装備の類は、一つ残らず置いてきている。当然、身を守る防具も無い。 「せっかくのタイマンだ。ステゴロでやろうぜ」 拳を固め、不敵な笑みを浮かべる。 男の喧嘩は気合の勝負。自分自身との決闘に、無粋な得物は不要だ。 先手必勝とばかり、両者がほぼ同時に駆け出す。 お互い、運命を味方につけるための見得は切らない。 その意気や良しと、正太郎が吼える。 「――喧嘩上等! かかってきやがれ!!」 荒ぶる二匹の大蛇(オロチ)が、互いを食い破らんと牙を剥いた。 正太郎の拳は影の肩を穿ち、影の拳は正太郎の脇腹を抉る。 どちらも僅かに浅く、毒で動きを止めるには至らない。間合いを離すことなく、そのまま足を止めて正面からの殴り合いを仕掛ける。 そうすることで、正太郎は影の選択肢を減らしたのだ。 一対一の戦いにおいて厄介と思われる技の幾つかを封じ、五分の打撃戦に持ち込むために。 いかに自分の得意とする展開に持っていくかも、喧嘩においては重要なテクニックだ。 「オレの土俵は、テメェの土俵でもあるんだ。泣き言は聞かねえぜ」 勿論だと答えるかのように、影が再び殺意の蛇を解き放つ。今度は、かわすことが出来なかった。 毒牙にかかった正太郎の鳩尾に、影の拳が叩き込まれる。 それでも、正太郎は不敵な表情を崩さない。 「くー、良いパンチしてんじゃねえか、テメェ! さすがオレだな」 影を真っ直ぐ睨み、根性で打撃の嵐に耐える。気合で負けたら、そこで終わりだ。 雄叫びを上げ、麻痺を振り解く。 「喧しいのが喧嘩の華だ。観客はいねえが、オレとテメェで、盛大に派手にいこうぜ――!」 互いに一歩も譲らぬ喧嘩は、それから数分に及んだ。 気力を使い果たしてなお、己の拳のみを頼りに打ち合う両者の消耗は激しい。 おそらく、次が最後の一撃となろう。 踏み込んだ正太郎の頬を、影の拳が掠める。 「――運命は、自分の意志で勝ち取るもんだぜ」 一点の曇りもないカウンターパンチが、自身の影をついに砕いた。 ● 最後の一人が外に出た時、『戦人の庵』は音も無く崩れていた。 振り返った先には、寂れた小屋の残骸があるのみ。 ――山の風が、乾いた音を立てて吹き抜けていった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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