●それを罪と罵るなかれ 神様に祈るという行為を、少女は欠かしたことはない。 神様なんてものが居なくても、祈るという行為は彼女自身を赦す儀式である、と本人は知っている。 そんな戯言を誰かが教えるまでもない。 「神様。私は罪を犯しました。それはそれは大きな罪です」 だからでしょうか――私はこれから、もっと大きな罪を犯すことに決めました。 そしてその夜、彼女は祈りを死に還元する。 ●明日も彼は磔に 「お前達だって、神に祈ったことくらいあるだろう?」 ここ暫くの新聞のスクラップを広げ、『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)はリベリスタ達に問いかけた。 彼がこれを自身で持ってきたとは考えにくい。恐らく、これはアークの職員の手によるものだろう。 それらは全て「何らかの生き物の大量死」を示すもの。川の魚に始まり、最新のものでは牧場ひとつ、全ての牛が死んだ怪事件となっている。 「だが、命を奪っちまうくらい強い祈りなんてものはあっちゃいけない。これを行ったのはノーフェイスの少女だ。手段は、アーティファクト『サン・ハングドマン』のものらしいが、彼女自身もフェーズ2だけに、能力は高い。 彼女は一度首吊り自殺を試み、その時にアーティファクトを介して革醒。自殺を禁忌とする彼女の教義からすればそれはヒュージ・ギルティだったろうにな」 大罪、と言いたいのだろうか。相変わらず、回りくどい男である。 「だが、死を乗り越えたことで彼女の罪の意識は反転した。運命は彼女に微笑まないし、彼女は世界を愛していない。 彼女が愛しているのは『祈りを捧げる神』であり――神を信じる自分自身。今夜、彼女が犯す罪を止めてくれ」 ひらりと取り出したスクラップは、未来の予言。作ったのだろうか、この男は――。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2011年07月01日(金)00:13 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
■サポート参加者 2人■ | |||||
|
|
●Pray for myself 月は上天、影は長く薄く少女の背を曳いて流れ、やがて消えて行く。薄いブラウス一枚を羽織っただけの、崩れそうな矮躯を夜に晒し、少女はゆっくりと地を踏みしめる。小さく吐き出す息は夜気を溶かして流れ、どこかの羽音を鎮めて落とす。 嗚呼、なんていい夜だろうか。遠くから聞こえる喧騒も今は耳に心地よい。これから静かになるのだろう。とてもいい夜になるのだろう。だから赦そう。そんな焦燥を抱く自分自身を。 ああでも、こんな夜だから――その戯れも悪くはない。脇道に逸れることくらい、私の夜にはどうということもない。 「今晩は。いい夜だと思わない?」 「……ああ、そうかもな。でも、悪ィが、これから先アンタが起こそうとしてる事は止めさせて貰う」 ブラウスをつまみ、恭しく一礼を向ける景子に言葉を返したのは、『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)。応答もそこそこに戦闘態勢に入ったその姿を目の当たりにして、それでも彼女は揺るがない。既に臨戦態勢を整えたリベリスタ、都合十名を向こうに回しても、まるで当然であるかのように泰然と構えている。 「何も、起こすつもりはないわ。私はただ祈るだけ、それに何か思うところがあるというの?」 「死を願いそれを実現させる力、それは最早祈りではなく呪いです」 『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)は、その言葉を真っ向から切って捨てる。誰かを救うために祈りがある、そう信じている彼女にとって、景子の獲得した能力は正しくあってはならない力、そのもの。その源がアーティファクトだというなら、それを止めようと動くのが彼女の在り方だ。 「貴女は、自分が犯した罪は何だと思っているの?」 目を伏せ、カルナの言葉を聞く景子に向け、『死徒』クローチェ・インヴェルノ(BNE002570)は更に言葉を重ねる。自らの首に触れ、小さく吐息を重ねる彼女へ、クローチェはナイフを構え、続ける。 「それは神を信じていない事。自分自身しか信じられない貴女は、神すらも救わないでしょう」 「構わないわ――夢は私を救ってくれなかったのだから、私は私だけを救えばいい。誰にも頼らず、この、力で」 「なら、一度死んだお前は、アタシ達が地獄に送り返すのが筋だろうな」 「まるで子供ですね。理解できません」 恍惚とした表情で、手首に通した輪、その先に繋がる十字架をひと撫でして景子は告げた。逆吊りになった十字架、そして磔刑の聖人。それは果たして、正位置なのか逆位置なのか。そんなことを意に介さず、『がさつな復讐者』早瀬 莉那(BNE000598)と『斬人斬魔』蜂須賀 冴(BNE002536)が一歩踏み出し、互いの得物を構えて対峙する。 「理解しなくても構わないわ――私のためでしか無いのだから」 それでも景子はその場を動かない。全身から流れる空気は、ただただ静かに、そして禍々しい恍惚を空気にして叩きつける――これは毒だ。彼女の意思を媒介として増幅する、『サン・ハングドマン』そのものだ。 「キミの行動の是非は問わないが。ま、覚悟してくれたまえ」 「いきますよ、数珠丸」 後方から銃を持ち上げた『月光の銀弾<ルナストライカー>』ネル・ムーンライト(BNE002202)の声に応じるように、冴は自身の得物、「数珠丸」を握り直す。 悪意など、そこにはない。純粋な想いのぶつかり合いだけが、その地を揺らすのだ。 ●Hung to pray 「レア物なオタカラがあると聞いたら来ないわけには行かないわよね☆」と至極ノリノリな口調でサン・ハングドマンを眺めるのは、『World Is For Me』銀 美華(BNE002600)だ。自称トレジャーハンターの彼女にとって、未知のアーティファクトが発する存在感はそれだけで大きな意味を持つと言っていい。 「……欲しいの? でも、これは私の『祈り』だから。奪えるものではないと思うわ」 「奪えなければ、奪える時まで奪うまでよ♪」 そう嘯く美華は、手元の瓢箪を一気に煽り、酔拳の様な動きを始めた。それより幾許か早く、莉那が肉体のギアを一段階引き上げ、次の準備を整えていた。少なくとも、景子がこの二人の速度に追い縋ることは、現時点では難しいのは確かだった。 「貴方の取った行動を罪だと思うのであれば、貴方は赦しを祈るべきだった筈です。違いますか?」 「違う、と断言してもいいわ。半端に赦す、赦さないを論じるのはそれこそ愚行……罪を罪として被ってこその奇跡。違う?」 「それこそ違う――貴女は本来もうこの世にいない存在」 カルナに対する景子の返答を更に否定していくのは、クローチェの手から放たれた精神力で編んだ糸。ぎりぎりと手首を締め上げるそれをぞんざいに眺め、景子はそれでも意に介さない。一歩たりとも動かない。 「嗚呼、その否定も素晴らしく正しいと私は思う。私は祈ることで自分自身を信じ続けてきた。――貴方達、ひとつひとつの祈りを覚えてる?」 くん、と縛られた手首を引き、束縛を千切る。す、と細められた視線の先には、美華の姿がある。 「私は覚えている。これで――一万二千三百三十七回目。祈りの前で絶望しても、私は赦す」 ぐん、と美華の全身が弓なりに反る。小さく響く軋轢の音は、彼女の身を縛りつけようとしたことを伝えるが、そこでなすがままになる彼女ではない。すんでのところで束縛される愚を逃れ、その威力を身を以て認識したと言っていい。奪い取ることに執心の余り、どう奪うかを失念していた、その隙を見透かされたような――。 「信仰とはただ信ずることのみとは……よく言ったものだよ」 「快楽という罪を重ねる前に、貴女を止めてあげましょう」 「アンタは一体何がやりたい……?」 ネルの呆れたような声に合わせるように、『ネフィリムの祝福を』ヴィンセント・T・ウィンチェスターの弾丸と猛のレガースから放たれた真空刃が交錯し、景子の体を抉っていく。 「貴女は正義に反している。だから、私は貴女を斬らなければならないッ!」 冴の咆哮にも似た気合いは、そのまま彼女の全身を覆って爆ぜた。 「質問責め、なのね。でも、そんな聞き方じゃ答えようがない。私はだって、善悪だなんて考えたことがないもの。祈りを重ねても誰も助けてくれないし誰も助かった試しがないなら、祈りは誰を救うものだと思っているの?」 「祈りとはただ単に自分を赦す為のような薄っぺらいものではないのだけどね」 「全くです。自己愛の権化ですね。他者に慈悲を持てぬのなら、応報を味わえばいいんです」 その後に続くであろう言葉を遮ったのは、『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)と『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)の言葉だった。二人は後衛として遮蔽物を早々に補足、戦況に従って準備にうつっていたのだ。いつでも、その引き金は容赦ない弾丸を吐き出す殺人装置へと届く。 「でも……皆の配置も少し不安ね。相談していたよりも前のめりに感じるのだけど……これじゃ、いい的じゃない」 「ふん……的にするならすればいいさ。倒される前に、倒してやればいいだけの話だ!」 エナーシアの危惧は尤もだが、さりとて前に出た面々がそうそう退く面々ではないのも確か。こと、莉那に関してはおもむろに己の手の甲をナイフで裂き、零れた血を景子へと振るう荒業をもってしてその動きを抑えようともしている。だが、それでも彼女は微動だにしない。一撃一撃に顔を歪めているところを見る限り、傷は浅くはないようだが、それにしても動かなさ過ぎる。続く猛攻をあるいは捌き、あるいは避け、敢えて受け、それでも彼女はその場を離れない。 「一万二千三百四十回目……『近づかないで』。そのまま、終わって」 「愛してくれなかった世界への復讐か? それとも、ただの八つ当たりか。アンタの想いはどこにある!?」 自らに接近した相手を尽く攻め立てる景子の歪んだ祈りは、戦列の再構築を余儀なくさせていた。前へ踏み込み、拳と共に言葉を叩きつける猛へ、景子の歪んだ笑みが向く。 「――『報われぬ努力、自暴自棄、欲望への敗北』。分からないわ、貴方には」 それはまるで泣き笑いのような――だが、彼がその笑みの意味を知る前に、その視界にはヴィンセントが映る。彼もまた、敬虔な祈りに在る者だ。一射一射、その想いを銃口に込めて吐き出していく。できるだけ早く、もっと早く。彼女の苦しみを取り除けるように、と。景子は祈ることを忘れていない。だったら、それは徒労などではないのではないか。 「己の快楽のために人を殺す(完全否定する)か。卑しい外道め」 そう、つまらなげな言葉と共にネルの銃から吐き出されたのは、特殊に改良された銃弾。彼女の意識を込めたその一射が、景子の前でネットを放出し、その体を迷いなく締め上げる。 「外道、死すべし!」 冴も、更に勢いを増して数珠丸を叩きつけ、振り抜くが、それでも景子は佇んだままだ。 「人の死に様は、その縮図……自らをその手で殺そうとした私は、確かに惨めで無駄な人生だったのかもしれないわ。 でも……でも、だったら私の方を見ないまま、祈りだけを残して死んだお父様もお母様も一緒よ。 最期には、誰も見ることが出来ない惨めで矮小な――想いを抉る無駄な一生」 つ、と頬から伝った何かを彼らが視認できただろうか――否。ネットを裂いた景子を見、エナーシアが本能に任せて叫び、射手達が一斉に彼女を穿ち、その手から黒十字が抜け落ち、美華が前へ出ようとして足をとられた瞬間。 「今までの一万二千三百四十回の祈りを、次の祈りのために捧げて。『逆しまな夢に堕ちなさい』」 景子の周辺全てを巻き込んだ祈りと言う名の呪いの重力は、崩れ落ちる彼女から落ちたアーティファクトをしてその暴虐の終結を告げた。 ●Pray for dead 「貴方が死ぬのは貴方の心が弱かったからです」 倒れ伏した景子へ向けて、冴が冷徹に言い放つ。彼女は最期の祈りを聞き届ける刹那、莉那の背を眺めていた。 「正義馬鹿には借りも貸しもあるんでな」、と言って自分の分を受け止めてくれた彼女の背中を見つめていた。だからこそ、この相手は自身が終わらせなければならない、と思う。 「貴女は、しあわ、せ、だったの、ね。死ぬ程の痛みは、弱い、心、なんかじゃ……受け止め、きれ、ない。『痛みを』、」 「これまでに祈りを奉げてきた貴方を否定されるような事をなさらないで下さい。例えそれが真に神への祈りではなかったとしても、その祈る行為は真摯な物であったと信じております」 なおもアーティファクトへと手を伸ばそうとする景子の前には、カルナの姿がある。彼女を初めとする後衛の一部は、幸いにして彼女の最期の祈りを回避することに成功していたが――それでも、五体満足で立っている人間の方が少ない有様だ。 癒しの力をもう一度行使する前に、カルナは景子に告げておきたかったのだ。 「信仰は形では無く、どれだけ想いが宿っているか、らしい……数に固執しても、誰も信じられない」 クローチェは、黒の逆十字を拾い上げると、そう言って握りしめた。自らの名を冠するそのアーティファクトに対して、彼女とて思うところはあるのだろう。そして、その祈りへの矜持も。 「いいわ、もう……祈りを受ける朝は来ないのでしょう?」 「次に生まれてくる時はよき人生を。さようなら」 諦観の声に、数珠丸が月影を遮って振り上げられる。夜気をつんざく轟音は、そしてノーフェイスの命を、今度こそ確実に刈り取った。 「神様が居りゃ、俺も信じたかったさ。もしも、居たんなら──」 アークの処理班が景子の亡骸、そして『サン・ハングドマン』を輸送する態勢を整える間、猛は拳を震わせる。神など、居るはずがないと自分に言い聞かせた。自分で助かるしか無いのだと信じていた。ヴィンセントが黙祷を捧げる、ただそれだけの状況にあっても、こみあげるものはどこかにある。 祈りはどこへ向かうのか。想いはどこで果てるのか。 心底どうでもよさげに、夜の街へ消えたネル。 歪んだ祈りに心を痛め、想いを戦わせたカルナ。 そして、猛の誰へともない問いかけは―― 「ああ、されど神はいませり。死者の祈りは不遜なれども」 そう、神を真っ向から肯定しようとするエナーシアの言葉により、救済の道を得る。果たして、彼女たちの意思や自身の願いがどこへ向かうのか。リベリスタ達は改めて空を見る。 月は変わらず、薄く世界を染めていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|