● 「困りました。割に合いません」 先輩は困っていた。 「あっち」 真知が、指を指す。 「こないだの、あっちにあるよ」 『こないだの』 おそらく、真知の特殊な能力に引っかかっているのは、二月にアークに掘り出させたアーティファクトのことだろう。 彼らは中に何か入っていたのが消えてしまったと言っていたが、真知のピントはどうやらそれに合っていたようだ。 「それ、気になります?」 「ん~?」 真知は首をかしげる。 「これ、見れば治るんですね?」 「俺のじいちゃんの形見のときは、そうでしたよ?」 後輩はそう言う。 「この辺が、こしょこしょする。ずっと、こしょこしょしてる」 頭を指差して、口をへの字にする借金のかたに、先輩はう~んと唸るのだ。 「それ、遠いですか?」 「よくわかんない」 新小学二年生に距離の概念は聞くだけ無駄だ。 家族旅行どころか、近所の小学校に給食目当てでかろうじて行っていただけだ。 おなかと背中がくっつきそうな空腹の中午前中の授業など聞いているはずもなく、一年生に午後の授業はほとんどない。 先輩は、この春休み毎日みっちり一年生のドリルを真知にやらせている。 幸い、物覚えはいい方で、すぐに追いついた。素晴らしいことだ。 「車と、ガソリン代と、ひょっとしたら高速道路の通行料に、駐車料金に宿泊費――こういうときは、金満アークがうらやましい――」 電卓をぺけぺけ叩いた先輩は、出てきた答えに天井を仰ぐ。みんなで行ったら、6桁じゃないですか。やだー。 「あれ、それじゃ――」 「もうすぐ春休みも終わりですし。新学期も落ち着きなくしてたら友達出来なくなるじゃないですか。それでなくとも転校させるのに」 「私立のお嬢様学校って、どんなコネ使ったんですか~?」 「聞きたいですか?」 「ごめんなさい。やっぱりいいです」 ● 「恐山の『借金取り』が、またアーティファクトを掘りに行くみたい」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、きゃっきゃと車に乗り込む幼女と一緒にはしゃぐ下っ端のケツを蹴り飛ばす、『借金取り』のスナップ写真をモニターに出す。 どちらかというと親切なお兄さんに見えなくはない。繁華街にいなければ、道を聞きやすいタイプの、人懐こい印象さえある。 一着一万円を切っているであろうスーツも、今日は休日仕様らしくポロシャツにスラックス。ジャンバーだってスカジャンではない。 これでプロアデプトとかインヤンマスターといわれれば納得できなくもないが、クリミナルスタア? 覇気がねえよ、覇気が。 どっちかというのその背後でスコップやらビニールシートやらを車の似台に積み込んでいるガタイのでかいのの方がそれっぽい。 が、そっちがプロアデプトだと言う。 『駄女(ダメ)ウォーカー』という識別名を付けたのは、とりあえずマジエンジェルではない。 「この間の報告書では、途中で消えちゃったって言うアーティファクトだと思う」 百禍箱という開けたら最後、近隣に毒ガスをもたらすろくでもないアーティファクトに封印されていたアーティファクト。 「識別名『ロブノール』 さまよえる鍵」 確かにあるのに、移動する湖の名前がつけられたということは――。 「一度消えると、次いつ、どこに出るのか全然わからない」 うわあ、ひどい。 「だけど、それがわかる革醒者が一人」 『ここほれわんわん』 と名づけられた特殊異能。たまたま近くにあったアーティファクトがどこにあるのか瞬時に判断できるGPSのような能力。 それを持っているのは、小学生ホーリーメイガス・真知だ。 「で、この『ロブノール』 何かを探しているのは分かった。で、始終動き回る。そんなもの、今は昔の一般人から見たら怪しさ大爆発だから……」 そりゃ、埋められもしますな。 「一定時間で移動する。捜索の邪魔をするものは回りにあるものを覚醒させて撃退する」 何、そのギザギザハートな仕様。 「で、今回は大木のうろの中に出現する。結果、この大木が動き出す」 こう、大枝を振り回す。枝が伸びて締める。 「殲滅するつもりだから、このまま行くと――連中、全滅」 あ~。あんまり、戦闘向きな感じじゃなかったもんね。 「更に、この大木、ロブノールが消えた後も革醒したままだから。放置すると、自走するようになって近隣の集落に歩いて行っちゃう。一般人といたいけな革醒者の女の子は助けたい」 恐山のフィクサードは、自分の始末は自分でつけるといいと思うよ。 「ちなみにこの情報は、当然連中は知らない」 アークの強みは緻密な未来予知です。 「情報をどこまで開示するか、どこまで手伝ってやるか、あるいは今回は諦めてとっとと帰れというか。そこらへんはチームの得手不得手もあるだろうから任せる」 イヴは、無表情。 「エリューション発生による人的被害を極力出さない。今回の目的はこれ」 ● 下っ端の運転でドライブ。 真知はきゃっきゃと外を見ている。高速道路で遠出するのは初めてだ。 「先輩、前から聞きたかったんですけど、そんなに悪人ぽくないのに、何で悪い人してんすか?」 後輩は、行楽気分に誘われてそんなことを聞いてみた。 「――僕はね、人が必死になっているのを応援するのが大好きなんです」 いきなり質問の答えとかけ離れたことをうっとりとした顔で言い出す先輩に、あからさまに眉をひそめる後輩アンド下っ端。 「学生時代は運動部のマネージャーやってました。バイトは家庭教師。二人三脚でがんばる人を応援したりフォローしたり、一緒に計画立てたりするのが大好きなんです。目標に向かってまい進する人間は素晴らしい」 というのに、後輩アンド下っ端は、 「はい、そうですね」 と、相槌を打つ。 「でも、年取ると、そういう必死な人に知り合う機会も少なくなるんですよ。部活動とかないし」 「――そうですね」 「で。人間、死に物狂いでがんばるのは、命とか生活かかってるときじゃないかなって思ったんですよね」 論理の飛躍。どんどん話の雲行きが怪しくなって来る。 「そういう人の手助けとか、すごくやりがいがあるんじゃないかなって――」 なら、人情派弁護士とかになればよかったのに。 人は時として、とんでもないところに着地する。 「内臓売買とか遠洋マグロとか泡の風呂とかそういう落とし穴に落ちないように一生懸命お客様の生活が破綻しないように一緒にがんばる金貸し! 僕は、天職だと思ってます」 何で、うっとりしてるんだ、この先輩。 「借金完済したお客様からお礼を言われたときの脳内分泌物質の噴出はクセになりますよ。実際」 じゃ、カタギの金貸しになればいいじゃねえかよ。 「カタギだと、死に物狂いになる前に自己破産しちゃうじゃないですか。こっちが悪い人だから逃げずに完済目指してくれるんですよ、やだなぁ」 ニコニコしてるよ、この人。 「先輩」 「なんですか」 「ごめんなさい。先輩はやっぱり悪い人でした」 「だから、そう言ってるじゃないですか」 天気はいい。爽やかな平日。 さあ、お宝を一目拝んで、頭のこしょこしょが治ったら、帰りはどっかの温泉寄って帰ろう。 「福利厚生費として、経費で落ちませんかね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月18日(木)22:54 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「この間も出たって連中かー……まだ変な事になってないみたいで何より」 『狂気的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)は幼少の保護対象者がいるためか、今日は年相応の物言いだ。 「フィクサードが保護者ですか、お世話になっておいて言うのもなんですがやっぱり、教育上よろしくないと思いますよ?」 5歳でフィクサード組織に拾われ、昨年アークに保護されるまでフィクサードだった『親不知』秋月・仁身(BNE004092)が言うと、真実味がある。 「いや、親父のことは今でも尊敬してますし、アークだって汚い仕事をやってないのかと言われれば返す言葉もありませんがね」 研究用サンプルとして母から引き離されて育った子供が物心ついた途端に脱走。 昨年すれ違うように戦死した母の話を誰かから聞かされても、実感が湧かない仁身もそれが世間一般で言うまともではないことはわかる。 「あれ私の知ってるフィクサードじゃない」 『骸』黄桜 魅零(BNE003845)は、悪徳フィクサードに売り買いされた過去を持つ。 そんな二人が、なんだあれ。と、小声で呟く程度には、フィクサードと変われた少女という言葉から逸脱していた。 医療用眼帯で覆われていない方の目に映ったのは、少女の手をとり二人がかりでブランコ~とかしながら野原を歩いてくる数人の若い男達だ。 きゃっきゃっと上がる女の子の歓声に男たちの表情は柔らかい。 父には若く、兄では年が離れている微妙な年齢差。従兄ならありだろうか。 あの丘の大きな木まで皆で行くの。 頭のこしょこしょが消えたら、お弁当食べようね。 「なにこのほのぼの!」 魅零が声を上げる。憤慨している訳ではない。くすぐったいのだ、状況が。 女の子――逢坂真知は笑っている。 「……あれだけ笑えるようなら、問題ないか」 『折れぬ剣《デュランダル》』楠神 風斗(BNE001434)は、真知の様子が気になって仕方がない。 無体な扱いを受けているようなら、色々考えなくもないのは本人が時村財団の施設で大切に育てられたからというのも一員だろう。施設だって悪くない。 『ピクニックぅ、ピクニックぅ』 お弁当が目的なのがピクニック。 先輩後輩下っ端は、町の頭のこしょこしょをどうにかする目的があるが、真知には割りとどうでもいいことだ。 こうしてお出かけしていることの方がよっぽど重大なことだ。 お弁当がコンビニ弁当なのは、男所帯では仕方のないことだ。 先輩が難しい顔をしているのは、出張費になるかどうか考えているのだろう。 「協力はしたくないけど助けてあげたくはなったわ」 フィクサードは嫌い。 「何故か」 でも、こういうのなら、ちょっと許してやってもいい。 (人は、限られた選択肢の中から最善を選んでいかなければならない。嗜好、法、倫理、時間、そして――採算) そこから行くと、彩歌には、『金貸し』は、嗜好は倫理に反することなく、法は時々なだめすかし、時間は惜しまず、しわ寄せが来る採算は力技を使うように見受けられた。 「こっちもお仕事で来てるんだけどね、実利派にしては自分たちの趣味優先なのが逆に厄介ね」 金が目的ではなく、あくまで手段でしかない。 それを手段に選んだのは、死に物狂いの人を応援したいという嗜好を満たすため。 対象に困らないよう、万人共通の大事なモノを設定したからに過ぎない。 「恐山と三尋木には、ホント色々いるわねえ。こんぐらいの相手なら普通に付き合ってもいいけど……」 『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)は言うが、それもまたアークとのラインをいろんな方向から繋げようとしている恐山の策略方針かもしれない。 「うっわ」 実際のところはどうであれ、「金貸し」北村聡介は露骨に顔をゆがめた。 北浦個人としては、アークは疫病神だ。お仕事的な意味で。 「そーさん、この間の、真知がおでんあげた人達ー」 「そうですね。ごあいさつして。こんにちはー、ごきげんよー、さようならー」 偶然ですねーと、すり抜けようとしている。 だが、アークにとっては必然である。 「ストーーップ! お前たち、それ以上進むな! 危険だ!」 風斗の静止をガン無視。 「そこのフィクサード、アーティファクトが欲しいならやるから止まりなさい、ちょっとでいいから止まって。お願いだから止まってええだるまさんがころんだああ!」 ありえない必死さで叫ぶ魅零。真知がぴたりと動くのをやめた。 「ふーちゃん達も動いちゃダメ。だるまさんが転んだ。捕まっちゃうよ」 「いや、だって」 真知にあいつらアークのリベリスタだし。と、大人の常識を言っても通じない。 「あそぼって言われてないでしょ」 下っ端のフライエンジェのふーちゃん、悩んだ末の言い訳。 「でも知ってるおにいちゃんとおにいちゃんとおねえちゃんとおねえちゃん」 論破。 ルー・ガルー(BNE003931)がワンコずわりしている。お行儀がいい。 表面上、気持ちのいい野原での立ち話だ。 下手に動いて、『ロブノール』が活動をはじめては面倒なので位置は変えていない。 大人の話に退屈した真知は、ルーの髪が気になる。 「水色でキレイだねぇ」 むぎゅむぎゅとじゃれている様子は、微笑ましい。 どんな子? どんな子? と探りを入れるルーに、きゃらきゃらと真知は笑う。 風斗は、真知が『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)をさして「おにいちゃん」と言ったので途端に機嫌がいい。 性別あえて秘匿の親友は男に決まっていると主張して疑わない風斗は、そうだろうそうだろうと自分が何度も頷いていることに気がついていない。 「どーも久し振りです。今回も前と似たよーな用事ですよ」 無表情のうさぎは、くみし易いゆるゆるアークの演出を忘れない。 攻め込んでくればバロックナイツも磨り潰すアークの苛烈さは、バチカンの牽制により内外に知らしめられたが、中身は、相変わらず。泣く子がいれば行って大丈夫かと尋ねる甘ちゃんなのだ。 いや、甘ちゃんのまま苛烈なのだ。 「前は罠でしたが今回は番犬です。その子、よほど自由が好きらしい。前回同様消えて逃げる迄の時間稼ぎに木を革醒させます。……強いですよ」 その子と称されたアーティファクト。アークの識別名は「ロブノール」 これ以上近づくと、この先にある『ロブノール』が木を革醒させる。 「こちらとしては周辺を革醒させるような破界器とか確保してしまいたいけれど、第一目的はエリューションによる被害を出さない事なので、場合によってはゆっくりエントだけ倒して帰るのもあり、よ」 彩歌は言う。 北村は、唸った。 「西村君、どう見ます?」 「自律型のアーティファクトって、俺様ルールで話通じないから厄介ですよね。物だし。誠意とか示しても意味ないです」 女が絡まなければまともに色々考えられる西村を魔法の鏡のように扱う北浦はお后様のようだ。七人の小人も兼任だが。 「私達の目的は革醒した木による被害の防止。それから、逢坂さんの頭痛の解消です」 うさぎの言に、北浦は唇を吊り上げた。 それまで人当たりのいいお兄さんに見えていたのが、いきなりのクリスタである。 「ほんとにアークは人のプライバシーとかなんだと思ってんですかね。真知を追跡してんじゃないでしょうね」 ぎりぎりと歯軋りが聞えてきそうだ。 西村と下っ端たちの表情が薄笑いのまま凍りつく。 余りいい状況ではないらしい。 「誤解です。アーティファクトの方が引っ掛かったんです」 感情むき出しVS無表情。 にらみ合いは続く。 「――ふむ。嘘ではないようですね」 すっと、北浦の怒りが失せた。正確には、怒りの形相をやめた。北浦は、表情を変えることで状況を動かすという手段をとる。 「となると、お手を煩わせて申し訳ありませんね。お前らとっととこのまま帰れとおっしゃることも出来たのに。ほんとにアークの皆さんはお優しい。今度何かお贈りしますね、市役所付けで」 先ほどまでの形相が嘘のように、人当たりが柔らかくなる。 お構いなく。と、うさぎは言う。 「僕達だけではアーティファクトを追えない、貴方達だけではエリューションに勝てない。呉越同舟、敵同士が手を組んで協力するって素敵じゃあないですか?」 仁身は小憎らしいまでにさらりと言う。クールな10歳。 「……ロブノールが転移するまでに化物を倒す。お前らは、化物が倒れたらすぐにその子を木の虚に連れていって能力を解除させるといい」 風斗は言葉を切った。きょとんと見上げてくる真知。 「――頭痛に悩むなんて、大人になってからで充分だしな」 風斗は口ごもりながら言う。ホットな18さい。 「――真知、お姉ちゃん達にお礼を言いなさい。真知の頭こしょこしょ直すお手伝いにきてくれたそうだから」 「おねーちゃん? おにーちゃん? あれ?」 ここ掘れワンワンは性別鑑定の役には立たない。 「そいつは、おにーちゃんだよ」 風斗の足掻きが痛々しい。 「えっと、ありがとうございます」 ぺこおっと深々と頭を下げる真知に、うさぎは無表情なのに顔だけ赤い。 「……近付く度にエリューションを増やす様な危険物、追いかけられても困りますから」 「なんか、照れてますよ。かわいいっすね」 西村に他意はない。うさぎは18になったが見た目は13の頃から変わらない。子供だと思っているのだ。 「別に照れ隠しじゃないです」 「え~。無理しなくていいのに」 「るせーなちげーってんだろ」 ごいんと西村の後頭部にまっすぐ飛んでいく拳。 「だから、見た目と実年齢が違う人も多いって教えてるでしょうが。どうも、しつけが行き届いてませんで申し訳ない」 その道は落とし前が大事だ。 ● 「近寄ったら開始。逃げられる前に木を倒して中身を逢坂さんに確認して貰えれば勝利です。手伝って下さい。特に逢坂さんの護衛を――」 うさぎはそこで言葉を切った。 「つか、言われるまでも無いでしょ? それは貴方達の役目なんだから」 大事な借金のカタですもんね? とわざわざ匂わせる辺りがうさぎだ。 「よくお分かりでいらっしゃる――全く。木を殴るとか訳がわからない」 街中に住んでいるフィクサードの場合、戦闘相手は敵対組織のフィクサード。 まれにタマ取った相手が即アンデッドになるということはあるかもしれないが、ビーストだのゴーレムだのを殴ること機会に出くわしたりしない。 ぶつぶつ言いながら、北浦は意外と使い込まれているフィンガーバレットを握りこむ。 「でも持ってきてるんすね」 「丸腰で歩けるきれいな体じゃないもので」 「俺、手ぶらなんですけど!?」 「――君は、若いののガス欠フォロー。あと、真知の面倒でも見てなさい」 「俺も若いですよね!?」 「僕よりはね」 利害の一致、共闘。 木に近づいたとたんに、前身をかきむしりたくなるような敵意が走る。 大きな木に開いた虚は一個。おそらく、『ロブノール』はあの中でトンズラする算段を始めたところだ。 枝がしなる。風はない。大きくしなる。ありえないベクトル。それ以上振り上げたら折れる。反動。なぎ払おうと振り回される大枝。 風斗の体に闘う神の力が呼び込まれる。もう、壊し尽くすまでとめられない。 ルーの氷の爪がさらなる氷を呼ぶ。横合いから大きくえぐられる樹皮。むき出しの生儀がつめの形にびきびき音を立てて凍り始める。 「私の後ろ20メートルは維持して」 アンナがそう言うのに、下っ端は恐る恐る尋ねた。 「えっと、それってどのっくらいすかね」 20メートル言われてもなぁ。とぼそぼそと言い交わす下っ端達は、戦闘経験が――少なくともある程度の距離をとった撃ち合いはした事がないらしい。 アークのリベリスタなら、戦闘一、二回で骨身に染みるところだが。 「あんまり遠くまで行くな」 アンナは言い直さざるをえなかった。これは、相手が攻撃してくる前に倒さないとひょっとしたら大惨事。 なぜ、革醒者六人いて全滅するとイヴが言ったのかよくわかった。 強烈な閃光がほとばしる。デコからだけではないのはいうまでもない。 虎美は無言で拳銃を構えた。 銃声はほとんど一つ。上がる光柱は四つ。 間髪いれずに重ねられる二本目の光柱。 虎美の恐ろしさは、挙動が非常に洗練されている点だ。 スムーズな身のこなしが、結果、更なるダメージを対象に与える。 銃弾を叩き込まれた枝がぎしぎしきしむ。 うわぁ。と、背後にいた西村の顎が落ちた。 「大切なら、ちゃんと護ってよねっ」 さっきのアンナとのやり取りから、こいつらは戦闘ではド素人と判断する。 うんうんと西村は頷き、途端に目つきが変わった。 「私の射線に入っちゃダメよ」 戦闘計算にすでに入っている彩歌の論理演算機甲のモードはアサルト。超遠距離補正埋められたエメラルドが硬質な緑色を放つ。 放たれる気糸は視認し難い極細。 ほっそ! と、西村が目をむく。 構造上もろくなっている部分を貫通する気糸。ミクロの点が枝を自重で崩壊させる。 「兎も角一秒でも早く一撃でも多く叩き込むんです!」 脊椎動物相手だったら、辺りは血の海になっていただろう。 うさぎの音がしないタンバリンは、木本体を刻みに刻んで、おびただしい樹液が噴出している。 生き返ることも、癒されることも許さない。 折れない剣が、高さ20メートルの木にその赤い光をほとばしらせる白銀の刀身を深々と叩き込む。 急速に色を失ったはがばらばらとリベリスタとフィクサードの上に降りかかってくるが、まだ倒れる様子はない。 振り回される枝は残り三本。なりふり構わぬ縦横無尽ぶりに、接近しているリベリスタは血反吐を吐くことになる。 その中に北浦も混じっていた。 「銃使うと、弾代がかかるので」 いいわけめいたことを口にすると、無造作に幹に拳を突き立てる。 小枝で編まれた絞首縄から逃れた仁身は、殺人未遂の首吊りの木を断罪する。 「こっちも痛いんですから、そっちも気合入れて痛がってくださいね!」 打ち出される魔弾が、自身を吊った大枝をへし折る。 「何を探してるかは知りませんが、逃避行もここで終わりです」 魅零のチェーンソーはまさに今日のために使われるためのものだ。 「真知ちゃん、回復してくれたらお姉さんあとで超遊んであげちゃうんだけどな~!」 魅零は冗談半分で叫ぶ。 「かいふくってなぁに?」 真知はきょとんとしている。 「そんなのが必要になるような育て方してませんよ! 自前で何とかしてください!」 虎美は、ちょろちょろしている真知を振り返る。 「今は来て。おっちゃん達も助けるからさ……君に何かあった時の方があの人達凹みそうだしね」 「そーさん達おっちゃんじゃないよ。若いよ。おにーちゃんだよ?」 「おにーちゃんも助ける」 「うんっ」 魅零は、ぼろぼろに裂けた手足の痛みを呪いに変えて、チェーンソーの刃に託した。 「お疲れ、もう休んでいいよ」 魅零の言葉に甘えるように、急速に枯れ、粉々に砕ける大樹。 後にはかろうじて若芽を残した株が残った。 ● 「ロブノールは!?」 魅零は、チェーンソーで大きな木の塊を片っ端から切り殴る。 時間がない。 「おい構成員、アーティファクトとってきてやるから翼のかご寄こせ」 「北浦さん!?」 「かけてあげなさい!」 リベリスタフィクサードの別なく背中に生える仮初の翼。 砕けた幹の中から転げる、でこぼこした基盤のようなもの。 魅零は掴み、真知に向かって必死に跳んだ。 「はよっ!」 基盤は真知の手に平の上に載せられた。 「頭痛治るといいね」 真知はじっとそれを凝視する。 手の上できらめく基盤が融けるように消える。 魅零が手をのばしたが、握り締めた指の間から粒子がこぼれていく。 「――真知」 北浦は自分がつけた名前を呼ぶ。 真知はゆすゆすと頭を振る。 「頭こしょこしょ治ったー!」 ● 「トラウマざくざく量産しながら泥吐いて仕事続けるリベリスタを応援する気はないでしょーか」 最近お疲れ気味のアンナはそんなことを口にしてみる。 「金貸し」は、小首をかしげた。 「……うん。ないわよね。フィクサードから見れば好きでやってる苦労って事になるわけだし。……はぁ。なんで私はこんなかなー……」 アンナのセーラー服をまじまじと見て。 「学生さんにお金を貸すことはできないので――、学資ローンのお話なら来年辺り――」 名刺を渡す。 「それと、経験上『好きなことは無理が利く』 と言いますんで。こちらの商売の邪魔しない限りは、がんばって下さいね。真知の通学路のエリューション片付けてくれるって時は手伝ってもいい程度には応援します」 彩歌は、 「あくまで私の見解だけど、アークはほら、危険な破界器の流出とか認めないから、『研究利益』の一部とか、景気が良くて「交際費」位しか期待できない気がする」 ぽん。と、北浦は手を打った。 「あ。皆さん、これから三高平にお戻りで? お食事でも一緒にいかがです?」 にったあと、北浦は笑った。 「私どもも夕食が接待費で確実に落とせるので、ぜひ」 「ぜひー! 一緒にごはーん!」 ルーにじゃれ付かれながら、真知は歓声を上げた。 (貴女『達』が、これからも仲良く幸せだと嬉しいですね。口にはしませんけど) 運命のアミダくじにはちょっとは当たりが混じっていることが確かめられるので。 真知の頭が痛むことはもうない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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