● その日はよく晴れていたと思う。 忘れる事も出来ない位、とても青い空だった。 「だから、駄目だってば」 くん、と小さく鼻が鳴る。ぱた、と揺れる尻尾。 小さな子犬は緩やかに尻尾を振りながら此方を見上げていた。 子犬の背後で母犬がじっと黒い瞳で此方を見ている。据えた想いが捩じれてしまいそうになって慌てて地面へと視線を落とした。 犬を捨てると言う行為がいけない事だと重々承知だった。可愛がってきたペットであった事は疑う余地すらない。尻尾を振り、此方をじぃと見つめる子犬だって生まれた時はとても喜んだものだ。 でも、ここから先には連れていけなくて。 「ごめんね、また、迎えに来るよ」 果たせる訳の無い約束を一つ、零す。 自分の命が永くない事を知った時、この可愛い子犬達の往く果てを思った。ごめんね、と何度繰り返した事だろうか。誰かに預ける事も、誰かに育てて貰う事もその時の自分には浮かばなかったのだ。 自身のことで手いっぱいで、もう思いつめていたとも言えようか。ごめん、と何度も零し、子犬の目から逃れる様にその場から走り去った。 じっと、産まれたばかりの末っ子が此方を見つめて、小さく鳴いた。 ● 「じゃじゃーん、子犬を拾いました!」 両腕に子犬を抱え輝く笑顔を向けた『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)の隣で少年が溜め息をつく。学生服姿の彼は世恋に「拾っちゃダメ」と何処か拗ねたように告げている。 「あ、初めまして。蒐だ。気軽に『アカネ』でどーぞ。アカネちゃんって呼んだらぶっ飛ばす」 眼鏡の奥で細められる青い瞳。あーちゃん、と後ろで呼ぶ世恋より幾分か年上に見せる背格好は高等部の少年そのものだ。 彼の隣、小さく笑って世恋の腕の中で子犬が小さく鳴き声をあげる。 「私からお願いしたい事があるわ。捨てられた犬の親子。お母さんの方はE・アンデッドになって子犬を守り続けてる。普通のハイキングコース何だけど……」 言わずとも、解るわよねとフォーチュナはリベリスタを見回した。 子犬を守り続けるエリューションアンデッド。ソレが存在するハイキングコース。つまりは簡単だ。辿りついた人間が母犬に殺されると言う未来がそこにはあるのだろう。悪気無くとも『人間』に捨てられた犬である以上、人間不信は大きい。 「母犬のE・アンデッドと数匹の子犬のE・ビースト。その中に、未だ生きてる産まれたばかりの末っ子の子犬が一匹。オーダーはエリューションの討伐よ」 母犬には増殖性革醒現象がある、と世恋は告げる。『槿花』桜庭 蒐 (nBNE000252) が俺も一緒に行く、とリベリスタを見回した。 「出来れば子犬を助けてやりたいんだ。増殖性革醒現象がある以上、このままだと今は『普通』でも此れから――……いや、うん、余り悪い事は考えないでおく。 母犬と、そのお兄さんお姉さんにあたる子犬を倒すんだ。動きもしぶといしから気をつけような」 俺も一緒に頑張る、とやる気を漲らせた蒐はトンファーを手にブリーフィングルームを後にしようとして、ふと、何かを思い出したように振り返る。 「あ、世恋。帰ってくる前にちゃんとその子如何するか決めとけよ。育てられないなら可哀想だろ!」 いざって時は俺が育てる、と言い残し、ぱたぱたと去っていく背中を世恋はいってらっしゃいと見守った。 ――そういえば、今日もよく晴れた日だったと思う。雲ひとつない、とても暖かい日だった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 7人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月13日(土)22:58 |
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■メイン参加者 7人■ | |||||
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● 山桜の咲くハイキングコースを歩みながら『リング・ア・ベル』ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)の涙腺が緩む。その様子をちらりと見詰めた『槿花』桜庭 蒐 (nBNE000252) が頬を掻いた。 「あ、ルーキー蒐はよろしくな。トンファー使い同士なんて気が合うね」 「あ、ああ。宜しく。トンファーは父が教えてくれたんだ」 直伝だ、と笑う蒐に『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)は頷いて見せる。砂利道を歩みながら、夏栖斗がついたため息に掌をじっと見つめていた『百叢薙を志す者』桃村 雪佳(BNE004233)が視線を逸らす。 鮮やかな桜の花びらが頬を擽り続ける。微量な熱反応を探る様に周辺を探索していた『炎髪灼眼』片霧 焔(BNE004174)が何かを捉える様にじ、と目を細める。ざわめく木々に語りかけ『アメジスト・ワーク』エフェメラ・ノイン(BNE004345)が焔と視線を交わらせる。 「んー……、あの当たりだね」 「ええ、そうね……準備は良いかしら?」 振り仰ぐ焔の視線を受けて頷いた巴 とよ(BNE004221)が背負ったハイ・グリモアールを確かめるように肩紐をきゅ、と握りしめる。 其々の表情は何処か位。それは『帳の夢』匂坂・羽衣(BNE004023)が常に望む様な『しあわせ』がこの先にないからであろうか。 「運命は何時も優しくないのね。気まぐれですれ違わせ、救いまで無くしちゃうなんて……」 羽衣が紡ぐ言葉と同時、直ぐに攻勢に移った雪佳が百叢薙剣を握りしめ、じっと見据える。エフェメラと焔の感じた予感は末っ子の子犬よりも先に母犬やその兄弟にあたる犬の居場所を感知していた。 意外と可愛いものが好きな雪佳が犬の姿を見つめ瞬時に戸惑った様に紺の瞳を歪める。襲い掛かる母犬を剣で受け止めて、攻勢に転じる事は無く末っ子を探す仲間達にまだか、と視線を送る。 「お願い、みんなっ! ワンちゃんの居場所教えてっ! 何処かの桜の木の下に赤ちゃんが一匹いる筈……!」 エクスィス・チルドレン。木々のざわめきに長い耳を澄ましてエフェメラが祈る様に問い続ける。周辺を見回す焔の瞳が、じ、と一本の山桜に向けられる。それは、エフェメラの連れるフィアキィの『キィ』が彼女の服を引っ張りあっちだ、と告げるのと同時であった。 「あそこっ! あそこにいるですっ!」 背後、自然から魔力全てを吸収するとよが蒐に声をかける。母犬と子犬達を受け止めて、乙女の拳に火を抱く焔の背後を通り過ぎ、桜の木に向けて走る少年を向けて子犬がその口を開く。炎顎が犬の口の中へと差しこまれる。ついで、避けるように真っ直ぐに向けられる炎牙。 「タイムリミットは100秒だぜ」 「判ってる。ごめんね。……遅くなったけど、迎えに来たわ。名前も知らない誰かに代わって」 桜の下、小さな黒い末っ子の犬がきゃん、と鳴いた。 ● 自分の子供を守る為に死んでも向かう。母犬が可愛い子供達を――人に捨てられた出来の悪い物語を看過できなかった。何処かで見たことがある光景だ。良くある物語は常に良くある不幸が付き纏うと言う。嗚呼、けれど――。 その痛みもその気持ちもわかってしまう気がするから。心が、痛むのだから。 息を吸い、寄せる様に金の瞳が爛、と光る。目前に迫る犬達と肉薄し、夏栖斗の脚がステップを踏む。一歩、背後に飛んだ彼が居た場所へと飛び込むエリューション化した子犬。その身を穿つように羽衣の雷が荒れ狂う。 「一緒に居たいのよね。皆守りたいのよね。でも、通せないの」 優しい物語を、幸せを祈り続けた羽衣には似合わない言葉だった。穿つ雷に足を止められ、それでもなお、引き寄せようとする夏栖斗に誘われる様に踊る犬達を切り裂く様に澱み無い連撃が与えられる。雪佳の切っ先は一度歪む――が断ち切る信念に違いは無い。 「すまない……少しの間、このお兄さんと遊んでいてくれ」 何が起こったか分からないと腕の中でもぞもぞと動く小さな子犬へと動物会話を使って語りかける雪佳の言葉にきゃん、と小さく子犬が抱いた。戦闘を行うリベリスタの後ろを通り抜け、子犬を抱いた蒐が戦場から離脱する。 それを見送りながら、ベルカが唇を噛み締める。たしん、と彼女の尻尾が揺れる。犬の因子を得たベルカには何処か見過ごせない話であった。いや、それ以外にも理由は沢山ある。涙脆い特攻野郎が投擲した神秘の閃光弾。広範囲を対象に巻き込むソレが走りくる犬を巻き込み、その動きを阻害する。 止まった足をじ、と見据え背後から前線の夏栖斗へと近づいたエフェメラが励ます様に夏栖斗へと加護を与える。速度の遅い彼女が支援を行うには前線へと出る危険が伴う。その危険を顧みずに前線へ出たエフェメラの元へと犬が飛びこもうとして、滑り込む赤。 「相手はこっちよ?」 炎を纏った拳が犬へと撃ちこまれる。鳴き声が耳に付き、複雑そうに細めた瞳。唇を噛んで、身体を反転させながら通じぬ言葉で犬へと語りかけようと焔は声を張る。 判らない訳じゃ無かった。自らの命が尽きるから、犬達の飼い主の『言い分』だって分かっていた。死が近いのだと、死の足音が聞こえるのだと知っていた。自分の死を知って冷静で居られる人間など幾ら程居るのだろうか。『死と程近い場所』(アーク)に居る以上、その感覚がマヒしていくのだから仕方がない。 死が誰にでも訪れ、誰でも惑わせる事を焔は知っていた。けれど、それでも見過ごせないのだ。 「それでも――ソレでもね。出来ない約束なんてするんじゃないわよ。……バカ」 救わせなさいよと張り上げる声。踏みしめる脚は止まらない。遣り切れない思いを抱きながらも全く容赦はしない。ソレは誰かが傷つく未来を望まない彼女の真っ直ぐな思いだ。 燃える赤い炎を支援する様に雷が降り注ぐ。羽衣の雷も惑う事は無かった。その大きな黒い瞳湛えた切なさは彼女にとって耐えがたいものであるのだけれど。 「……戸惑う時間は無いわ」 癒しを歌う様に指先がl'endroit idéalの上を滑り続ける。しあわせにしたい、子供染みた理想論。しあわせにする、大人ぶった空想論。しあわせにしてみせる、少しずつ進む進化論。 「救えないと嘆く前に羽衣には護らなきゃいけないものがあるの」 「狂犬病に罹った犬は殺処分しなくてはいけない。それ以上の感染を、被害を、悲しみを広げない為だ。 それと……ソレと同じだ! これ以上の悲劇を避けられないのならここで仕留めて見せる!」 踏みしめる脚は迷わない。瞬間に捻じ込まれる攻撃に、犬がその身をくねらせて攻撃を繰り出した。雪佳は動物会話で母犬と対峙する。末っ子を何処に連れていくのだと怒りの視線を受け止めて、語りかけるように『彼女』を呼んだ。 「あの子に近付けば、あの子もまた呪われた力を得ることになる。そうなったらあの子も必ず殺さないといけなくなる」 母犬が放つ攻撃が、背後で攻撃を行い続けるとよの身を裂く様に痛めつける。運命を刈り取っても、それでもなお、とよは定点的に灯す炎を弱める事はしなかった。 「犬さん、エリューション化したら戻せないですがやるせないです……! 前衛さん、いくですよ」 「どんと来い。どんな攻撃だって受け止めてやるよ!」 とよからかかる声に、きゅ、と地面を踏みしめて、山桜の中で犬を受け止めた夏栖斗の周囲へと広がる炎。ちり、と目の前で炎が燃える。熱い、と感じる中でも、夏栖斗は犬達を呼び続けた。 飛びあがり襲い来る犬を撃ち抜いて、キィ、とフィアキィを呼んだエフェメラが襲い来る犬の体を吹き飛ばし、背後には行かせないと弓を構え続ける。 「悪いけど、あの子に近寄らせる訳にはいかないよっ!」 「子犬を守ろうとするあなたの気持ちは解る。あなたを捨てた人間のいうこと等信じられないのも判る」 真摯な雪佳の言葉に犬がたじろいた。だが、凶暴化する犬にその言葉の全ては通じない。犬の唸り声に一歩引く足を堪えてベルカが攻撃を続け続けることで母犬とその周囲の子犬のダメージは高かった。 次第に数が減っていく犬の中、ベルカの口を衝いて出たのは謝罪だった。何に対する謝罪か。家族の団欒を壊す事か――此れをアークは正しいことだと見限るだろう。これは唯の一寸した不幸の話し。 「すまない……ッ」 零す言葉に応える言葉は無くともただ、ベルカは切なげに言葉を漏らす。彼女の前を横切る様に、鮮やかな赤い髪が揺れ動く。 「行くわよ、夏栖斗、確り避けて魅せなさい?」 「オーケー。お手柔らかに」 「――そんなに、手加減は出来ないんだけどねっ」 くすくすと笑った焔の腕が巻き込む様に炎を周囲に撒き散らす。その痛みは夏栖斗の肌を焦がす。だが、炎の中、笑った彼は目の前に寄り続ける犬を見詰め続けた。 母犬の気持ちもベルカの謝罪も夏栖斗には解る。痛いほどに気持ちがわかる。護りたいものがあれば誰だって強くなる。それは人でなくても同じなのだ。 「やってらんねぇよな、マジで」 自分達が世界を守る。大も小も全てを救うと夏栖斗は決めていた。何時か出逢ったリベリスタの遺志を継いだその想い。その中で全て救いたいからと『世界』の為に末っ子の家族を壊す。未だ、末っ子は理解しなくとも、其れが辛くない筈がない。 「手前勝手に捨てられたお前が人間不信になるのもしかたねぇよ。僕達はお前の敵だ、仮初の命を奪いに来たんだ! 言い訳はしない、だから向かってこいよ、子供達を護れよ!」 きゃん、と泣き声をあげる犬を切り裂く様な蹴撃。間を縫う様な雷光が降り注ぐ。惑い続ける視線は真っ直ぐに子犬の体を撃ち抜いて、リベリスタ達の応戦は続き続ける。 時刻を気にするエフェメラの告げるタイムリミットに何処か焦りを感じながら雪佳が母犬を呼んだ。百叢薙剣が切り刻み、子犬達を倒していく事に戸惑いを感じないわけがない。 仲間達の言葉を通訳しながらも、彼が真摯に伝える言葉が少しは届いたのだろうか。炎を纏う拳が再度夏栖斗を巻き込んだ、炎の中に舞う山桜。その様子に何処か、犬が飼い主を待ち続ける姿を思い浮かべて焔は唇を噛み締める。 「……恨んで、恨んで良いわ。羽衣は貴女の願いを消さなきゃいけないんだから。羽衣は謝らない」 誰が手を下すのか。ソレは自分なのだから。赦しを乞う等は羽衣はしなかった。補佐するとよが遠距離攻撃などで傷を負っても羽衣は歌い続ける。彼女の援助を行うエフェメラが頑張ろうね、と続ける声に頷いた。 「ねえ、羽衣が……わたしが一つだけ約束するわ。あの子は絶対に幸せにするから」 届かなくても良い。そう思った言葉が母犬の足を鈍らせる。前線で戦い続ける焔が踏み込んで炎を纏った拳を突き立てる。誰かの代わりに迎えに来た。その誰かを想い浮かべてくれればいい。信じて貰えなくたって――伝える事に意義があるから。 「私達の言ってる事が信じられないかもしれない。ええ、信じられないんでしょうね。 それでもね、あの子を助けたいって気持ちは、この想いだけは本物よ」 信じて、そう祈りを込めた言葉に犬が噛みつく様に前線へと走り込む。受け止めた夏栖斗が蹴り上げたそれが全てを引き裂いて、犬の泣き声が悲痛に響く。 「あの子を助けたいんだ。必ず大切にしてくれるパートナーを見つける。だから、あの子を追わないでくれ!」 言葉を伝え続ける雪佳の態度は何時までも実直だった。彼の信念は歪む事が無い。それ故に彼は、何も惑う事は無いと嘘偽りない言葉を投げ続けたのだ。倒れ続ける犬の中、動物が好きな雪佳が切なげに俯いた。 倒れた子犬の頭を撫で、震える指先がもう一手だ、と母犬を狙う為に再度剣を握りしめる。 その目前、ベルカがぎ、と睨みを利かし、生まれた隙にエフェメラが強い魔力を込める閃光弾を投擲した。ちか、と光る其れが一度、視界を覆い尽くす。 「いくよっ、キィ、幻惑光っ!」 その光に包まれて、母犬達が幸福になればいいのに、と羽衣は小さく呟いた。残った母犬一匹が震える脚で己の子供を傷つけ末っ子の小さな子犬を奪ったリベリスタへ向けて牙をむく。 やるせなさが、胸を過ぎり続け、涙を堪える様に引きしめられていた唇がそっと緩む。 「判ってくれ! お前達はもうあの子の傍に居られないのだ……!」 怒りをぶつけてくれ、と声を張るベルカに向けて犬が痛み全てをぶつけようと飛びこんだ。その傷を甘受し、母犬へと絶対零度の視線を送った手前、その体を切り裂く刃をベルカの瞳は捉える。 山桜の中、狂った様に見開かれた瞳が、閉じられて飼い主を呼ぶようにウォン、と泣き声を上げる。 「……全て、受け止めて見せる」 ふる、と唇が揺れる。視界が滲み、上手く目の前が見れない気がする。涙を堪えて、目を擦りべるかは真っ直ぐに正面を向き続ける。 「泣くな、私! ええい、泣くなと言うのに……っ!」 こんなことでは戦術効果が薄まる、と気を引き締めようとする彼女の涙腺が次第に緩んでいく。震える脚で地面を踏みしめて、飛びこもうとした犬を捕えた焔の瞳が細められる。緩やかに笑って、伏せられた赤い瞳が優しげに瞬いた。 「……あの子を、幸せにして見せるから、約束よ」 だから――おやすみなさい、と背後から掛けられた優しい声に母犬がぱたり、と倒れる。 雪佳が設置していた案内看板のお陰か入る事に戸惑っていたハイキング客が地面を踏みしめる音を聞き、彼等はそっと茂みに隠れる。倒れた犬のお墓を作りましょうね、と囁くとよの声に頷いて、散る山桜をただ見つめていた。 ● 大丈夫、と問う羽衣が仲間達へと回復を施していく。運命を削った仲間も居たもののその傷は浅いものであると気付き羽衣がほっと息を吐く。 「……ま、間に合ったね! ウイさんは回復有難う」 「ううん、さあ、子犬の所にいかなくちゃね」 草むらから立ち上がり、リベリスタ達は揃って山桜の中を歩んでいく。小さく聞こえる鳥の囀り野中、山桜の木の下で座る少年の姿を見つけ、羽衣は蒐、と呼んだ。 「お待たせ、その子は大丈夫だった? ふふ、元気そう。蒐のお陰ね」 にこりと笑う羽衣に両手で子犬を抱きしめて座って遊んでいた蒐が慌ててそんな事は無いと告げる。やや染まった頬は照れているのかしら、と小さく笑って。 山桜の下、子犬が尻尾を振りながら鳴いている。雪佳はその犬が「何して遊ぼう」と聞いている事に気づき俯いた。母犬と兄弟を喪った事に気付かない小さな子犬。 「可愛いですね……撫でていいですか?」 首を傾げてじっと見つめるとよにどうぞ、と子犬が差しだされる。小さなとよの掌がそっと子犬の頭を撫でた。 「なあ……その子、僕が引き取るよ」 蒐の腕の中、大人しくしている黒い子犬を見つめていた夏栖斗が小さく言った。 その声に瞬いて、安心したように見詰める焔が優しく笑う。尻尾を振り、じ、と見据える丸い瞳に夏栖斗は決意を込めた瞳で子犬の頭を撫で、その腕で抱く。 「こいつを一人ぼっちにさせたのは僕らだ。だったら、もう一人ぼっちにはさせない。 なあ、わんこ、お前も寂しいだろ? だったら来いよ。丁度番犬が欲しかったんだ」 「あ、あのね、羽衣、その子を飼いたいなあ。……羽衣で良いのかは、解らないけど」 緊張した面立ちの羽衣が何処か、心配そうに見つめる。誰よりも『しあわせ』へと拘る彼女は誰も傷つけずしあわせに出来るなら自分が、と考えたのだろう。 ふと、黒い子犬のほかにもう一匹、身寄りのない犬が居た、と思い出される。其れはブリーフィングで世恋が抱いていた白い毛並みの小さな犬だろう。 「あ、羽衣さん、良ければ何だけど……世恋が抱いてた犬、貰ってくれないか? その、あの子可哀想だから」 あいつも一人だし、とごにょごにょと紡ぐ声に笑って、小さく笑って勿論よと微笑んだ。 「世恋の犬を貰う事にするけど……あ、名前は蒐が付けてね!」 「ぅぇ!? お、俺が付けるの!?」 異常な慌て方をした蒐がん、と唸る。ネーミングセンスには自信が無いと頬を掻く蒐に羽衣が期待の眼差しを向ける。フォーチュナが抱いていた白い毛並みの雌犬を想いだして蒐は「さくら」はどうかな、とじぃ、と羽衣を見つめた。 段々と日が暮れていく中、寒くなる前に帰ろうか、と提案するベルカがそっと犬の頭を撫でた。叶うなら引き取ってあげたいと思う。何処か自分を想いだす黒い子犬は夏栖斗の袖をくい、と引いて何も知らない瞳で見つめていた。 「……うむ、幸せになるといいな。いや、幸せにして見せよう」 思い出すのも忌まわしい『あの日』、散っていった姉達の命を思い出す。ただ一人残された末っ子。自分を思い出す様な犬が幸せそうにきゃん、と鳴いた。 また、子犬の様子見せてな、と笑う少年に頷いて夏栖斗は腕の中で大人しく尻尾を振り続ける黒い雄犬の頭を撫でた。 「良いパートナーを見つけれて良かった。母犬に嘘はついていないな」 「うん、大丈夫だよ。僕が幸せにして見せるから」 結婚式みたいだわ、と茶化す焔の声に小さく浮かぶ笑み。ピクニックでも出来そうな柔らかな日差しの中で、子犬が夏栖斗の胸をてし、と叩く。名前を頂戴とでもいう様な視線を受けて「これからよろしく」と零した言葉に、きゃん、と力強く『番犬』気取りで子犬は応える。 春の風が暖かく吹いていく。 彼等の前を通り過ぎるハイキング客が首を傾げたのに可笑しそうに笑って、焔はまた遊びましょうねと犬の頭を撫でた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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