●Holy Mary, full of grace 「アヴェ、マリア、我ら深き罪人のために――」 「生まれくる神の子イエスのために――」 「死に至る今宵の最期まで祝福せよ」 「アーメン」 天主堂に集まった人々がルカの福音書の一節をマリア像に捧げる。 誰もが熱心に最期のミサを行っていた。 レクイエムが流れ、人々はそのままトランス状態に入っていた。 ガタ、ガタン! 誰もマリア像が動き出したことを知らない。 説教壇に居た青年の神父がガスマスクを着用していた。やがて、聖堂内に白いガスが充満してあたりが霧で覆われて行く。 「ああ、これで私も神の国へいくことができる」 「アヴエ、マリア! アヴェ、マリア!」 人々は苦しみながら歓喜していた。動き出したマリアが迫ってくる。 マリア様がお迎えに来てくれたことに人々は自らを祝福した。 教会にはもう眼を覚ましている者はない。 マリアと神父だけがニヤリと表情を歪ませた。やがて神父は教会の地下室の扉を開けに足早に去っていく。 そこには百年の眠りから覚めようとしているゾンビのミイラたちがいた。彼らはかなり食料を欲している。はやくここに集まった信者を餌にしなければならない。 悪魔の復活祭は近かった。ゾンビが覚醒して集まれば、この世を滅ぼすことも夢ではない。それまでにもっともっと――血が、血が必要だ。 「待ってろよ、母さん。もうすぐだからな」 そして同時刻、聖母マリアがロンギヌスの槍で、眠りこけた信者の首を狙う―― ●the Lord is with us 「長崎のU天主堂で、今宵最期のミサが開かれている。集まった信者の二十人が毒ガスで眠らされてゾンビの餌食にされようとしている。現場にはそれを手助けしようとしている神父とエリューション化したマリア像がいる。はやくそれを止めに行くんだ」 『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)が緊迫した面持ちで情報を伝えた。一刻を争う事態に集まったリベリスタたちも息を呑む。 教会に集まった人たちは元々自殺希望者たちだった。インターネットの闇サイトで知り合い、お互いが死に場所を探している所に神父が巧みに勧誘した。 神父の狙いはゾンビの餌にすることだ。神父は一般人であるが、自殺希望者と同様にこの世に嫌気がさしていた。大切な人を殺人事件でなくして神への信仰を失った。 上手くいかない世の中に反逆を起こすために、ゾンビを誕生させて戦争を起こす気でいた。そんな邪悪な信念に反応するようにマリア像がエリューション化してしまったのだという。ちなみにそのマリア像は神父の死んだ母、良子に似せて作られたということだ。 血を浴びれば浴びるほど、マリアは生き生きと力をつける。そして、ますます母の良子に似てくるらしい。いまや洋平は完全に取り憑かれていた。 「神父の片桐洋平はアーティファクトである胸のロザリオに操られている。片桐が地下室の棺桶で見つけたそいつが今回の元々の元凶だ。なんとか片桐の目を覚まさせて、マリア像も破壊してきてほしい。あと、覚醒したゾンビの退治も合わせて頼んだぞ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:凸一 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月09日(火)22:50 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●Thou shalt not kill 町外れにある天主堂はひっそりと高台にそびえ立っていた。十字架と綺麗に彩られたステンドグラスは由緒ある風情を醸し出している。だが、今宵中で行われているミサは決して純粋な信仰によってのみ行われているものではなかった。 邪悪な信念に駆られた者たちが信者を襲おうとしている。天主堂の前に集まったリベリスタ達が今にも突入機会を探って待機していた。 「ガスマスクというのも、どうも無粋に思えてしまいますがお仕事ですし、昏倒しているわけにも参りませんので、仕方ないですわね」 『天邪鬼』芝谷 佳乃(BNE004299)の言うとおり、リベリスタ達は皆一様にガスマスクを着用していた。聖堂内ではすでに毒ガスが充満しているから用心に越したことはない。 「神に背き、魔道に身を置く私めに言えた義理ではございませぬが……神に縋りながらも第六戎『汝、殺すなかれ』に反するとは何たる愚鈍。何とも邪教の様相を呈しておりますが、しかとアイコノクラズムを遂行致しましょう」 『闇夜の老魔導師』レオポルト・フォン・ミュンヒハウゼン(BNE004096)は、自身の立場を顧みて発言した。邪教により人々が惑わされるは許せない。 「集まったヤツらは何を思っているのか理解しにくいが、関係ない一般人が犠牲になるのはダメだろう……犠牲者が出る前に解決だ」 『白銀の鉄の塊』ティエ・アルギュロス(BNE004380)も、レオポルトの意見に深く頷いた。 「この人達皆死にたい人で、その人達を纏める宗教が出来上がって。縋るものを見つけたこの人達は神を崇拝しているのかな。ただ殺してくれる人を期待しているだけなのかな?」 『◆』×『★』ヘーベル・バックハウス(BNE004424)は、集まった人々のことを思って少し同情した。難しい問いに簡単には答えが出せそうにない。けれどもこんな死の結末は誰も望んでいないはずだと思う。 「初仕事は物品の破壊ですか。頑張っていきましょう」 今回の依頼が初仕事になる『研修中』渡辺 佳奈(BNE004470)が自分に言い聞かせるように発言した。初仕事というと皆大抵緊張するものだが、佳奈は幾分違っていた。外見上はぼうっとしているようで落ち着いている。これまでパートやリストラで苦労してきた。とはいえ本人は気にした素振りを見せない。 「世界が思い通りにならない、その気持ちはお姉ちゃんも分かるよ。だって、私たちがそうだったんだもん。でもね、私たちは決めたんだ。目の前に理不尽が現れたら、戦おうって。大切な者を失ってしまわないように。だから洋平ちゃん。君を止めるよ。皆を守る為に。君が、本当に大切なモノを失ってしまわないように」 『月奏』ルナ・グランツ(BNE004339)は決意を込めて言った。ここにいない同胞たちの分も込めて。 「世の中に絶望するのは勝手だけどさぁ。自分の身勝手で他人の命を奪う行為は大切な人を殺した犯人と何が違うのかな。ねぇ、教えてよ。神父様?」 『断罪狂』宵咲 灯璃(BNE004317)は、まだ会わない神父に向かって問いかけた。その答えを確かめるために、戦場へと赴こうとする。 「用意はいいか? 俺が突入すると同時に、皆は正面から突っ込んでくれ。それじゃ互いの健闘を祈る」 『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)は、超頭脳演算と物質透過を使用して地中に潜り込んだ。それを見た他のリベリスタたちが、一斉に正面の入口に殺到して戸をこじ開ける。目の前にはすでに毒ガスが充満して辺りを覆っていた。奥には眠りこんだ信者たちの姿が薄らと見える。 すぐ傍には神父が怒りの表情で突然の侵入者を睨みつけていた。 ●for sacred purposes 「何をしに来たんだ! ここは聖なる空間。貴様らみたいな外道の生き物が足を踏み入れる場所ではない。天の裁きを食らわしてやる!」 洋平がリベリスタ達に吠えた。それに応ずるように奥の部屋からゾンビの群れがこちらに向かって押し寄せてくる。傍らには寄りそうように、聖母マリア像がロンギヌスの槍を持って威嚇していた。 へーベルが突入と同時に後ろから窓ガラスに向かってピンポイント・スペシャリティを放つ。次々に綺麗なステンドガラスが割られていく。それと同時に充満していたガスが薄れてようやく視界が明るくなってきた。 「あなたのお母さんはどういう人だったの? 優しい人? あなたのお母さんは、こんなに怖い人だったの? 息子に人殺しを望む様な人だったの? お母さんが好きだって気持ちに付け込まれて本意を捻じ曲げられているというのなら。ヘーベルはそのロザリオと暴れまわるマリア像を許さない」 へーベルの問いかけに一瞬、洋平が顔をしかめた。慌てて隣にいたマリア像に助けを求めるような視線を送る。だが、マリア像は何も答えない。 「化物母親の代用品に満足して、本物の母の思い出とか穢すな神父!」 ティエも洋平に向かって叫んだ。二人の言葉に洋平は戸惑った様子を見せた。本当にこのマリア像が母親なのだろうかという疑問が一瞬だけ過る。 その時だった。洋平の背後の地面が急に盛り上がる。飛び出してきたのは他ならぬオーウェンだった。ゾンビやマリア像も突然の奇襲に対応が遅れる。 その一瞬の隙をオーウェンはもちろん見逃さなかった。 「夢ある空だけを見上げては、足元が留守になるのも道理」 洋平の身体を押しつけて地面に倒す。その瞬間に、胸のロザリオをめがけてピンポイントを放つとチェーンが切れて地面に転がった。 だが、ロザリオも神の鉄槌による雷撃で反撃をする。オーウェンは雷撃を食らって後退した。ダメージを少なからず負ってしまう。それでもすかさず立ち上がるともう一度ピンポイントをかまして何とかロザリオを破壊することに成功した。 オーウェンが格闘している間に聖堂内はすでに全面戦争が繰り広げられていた。ルナがまずティエにエル・ハイバリアを施した。援助を受けたティエはゾンビたちを足止めするためにアッパーユアハートで攻撃する。 その間に佳奈が眠りこけている一般人をせっせと一人ずつ、一か所に集めながら避難させていた。地味な重労働だが、それでも佳奈の得意な単純作業だった。攻撃では力になれない分、なんとかして皆に貢献したいと思いながら歯を食い縛る。 佳乃は佳奈を保護しながら迫りくるゾンビに対処した。獲物をみすみす逃がされてなるものかと次々に襲い掛かってくる。 「苦痛を感じてくださらないゾンビというのも、甚だ苛めがいがありませんこと」 佳乃はそう言いながらメガクラッシュで敵を追い返す。攻撃を受けてもゾンビは立ちあがってまたすぐに寄りついてくる。 苦戦を強いられるゾンビを助けるようにしてマリア像が迫ってきた。手に持ったロンギヌスによって相手を一気に貫こうとしてくる。 「あなたの相手は灯璃。余所見なんて許さない。さぁ、眩む程の闇の中で灯璃だけを求めて?」 そのとき、マリア像の前に灯璃が立ちはだかった。ハニーコムガトリングで威嚇してなるべく注意を引き寄せる。 だが、一瞬目の前が真っ白に光った。マリア像の目から後光から反射され、その隙に灯璃はロンギヌスによって身体を突かれてしまう。 「きゃあああっ」 灯璃はダメージを食らって地面に撃墜されてしまった。激突する寸前で回りこんでいたレオポルトがなんとか灯璃を受け止めることに成功する。 「我紡ぎしは秘匿の粋、エーテルの怪炎ッ」 レオポルトはフレアバーストでマリア像を威嚇しながらとりあえず灯璃とともに後退した。さいわい灯璃の怪我は軽傷だった。 ● Holy Mary, pray for us sinners 後退したレオポルト達に今度はゾンビたちが群がってくる。灯璃の無事を確認したレオポルトはすぐに立ち上がると、魔曲・四重奏でゾンビたちを薙ぎ払った。 「力持てし四の韻の下に、我紡ぎしは秘匿の粋、禍つ曲の四重奏ッ」 激しい攻撃を受け続けたゾンビたちはようやく数を減らし始めた。不利を悟った聖母マリア像が先ほどよりもスピードを増して攻撃を仕掛けてくる。 灯璃の血を浴びて攻撃力がアップしていた。対峙したへーベルも徐々に押し込まれて行ってしまう。 そのとき、再びマリア像の目から後光が差した。 「危ない!」 ティエが叫ぶと同時に、へーベルの間に割って入る。代わりにヘビースマッシュでマリア像に攻撃を食らわした。 反撃が来ると思っていなかったマリア像は防御することができない。攻撃を受けてマリア像はダメージを受けて地面に降り立った。 「引っ掛かったな。うしろがガラ空きだぞ」 そのとき、オーウェンが物質透過を使用してマリア像の背後に回り込んでいた。 マリア像が慌てて振り返ろうとする。だが、それすらオーウェンの罠だった。わざと後ろを振り返させるための台詞だった。もちろん狙いは目。 「邪魔なその目は破壊してくれよう」 オーウェンがピンポイントでマリア像の目を正確に撃ち抜いた。 「ぐあああああああ」 マリア像は声にならない雄叫びをあげた。目を覆いながらその場でもがき苦しみ始める。その隙に今度は灯璃が立ち向かう。 マリア像は再び灯璃にむかってロンギヌスを突き刺した。鮮血が辺りに飛び散って灯璃は顔をしかめる。だが、手は槍をもったまま放そうとしない。 「――捕まえた。貫け、赤伯爵、黒男爵っ!」 灯璃は手に持った剣でマリア像を渾身の力で薙ぎ払った。 「あがあああああああああああ」 ついに灯璃の容赦のない攻撃によってマリア像は地に倒れた。 残ったゾンビたちは一斉にリベリスタたちに攻撃をしかけてきた。頼みの綱であった聖母マリア像を失ったいま最後のあがきに出ようとしている。 それまでよりも激しい動きを見せるゾンビに防戦一方となった。あと少しで佳奈は一般人を一か所にまとめる作業が完了しようとしていた。 だが、そろそろ戦闘も二十分経とうとしている。このままでは一般人の命が危ない。せっかく敵を倒しても一般人を助けられなければ意味がない。 「頑張って、マイヒーロー!」 へーベルが仲間に向かって必死になって呼びかけた。それに呼応するようにリベリスタたちがへーベルに笑顔を向ける。 「もうこれで終わりにしてさしあげます!」 佳乃と佳奈がメガクラッシュを生き残ったゾンビたちに叩きこむ。瞬く間にダメージを受けたゾンビが倒された。それでも最後のゾンビがまだ這い上がってくる。 噛みつかれた佳乃が苦悶の表情を見せた。 「ああ、これですわ。これです」 ダメージを受けながらも佳乃は余裕を見せてなんとか敵を薙ぎ払う。その隙にルナが背後に回り込んでいた。 「そうはせないよ、もうこれで終わりにしてあげるから」 ルナはゾンビに向かってエル・バーストブレイクを放った。弾き飛ばされた最後のゾンビは壁にぶつかってついにそのまま動かなくなった。 ●Who is your mother? 敵を全て倒し終わったリベリスタたちは、佳奈を手伝って無事に一般人を安全な外へと運び出した。苦しそうにする一般人にはルナがガスマスクを着用させて介護などに気を配った。そのおかげで死者は出ずに全員無事だった。 「此処で助けようとも、またいずれ拾った命を自ら投げ捨てるのでしょうな。事柄に対する絶望の深さは人それぞれ。耐えられぬと云うのならばそれも良いでしょう。ですが、貴方達に敢えて祈りを――汝が正しき道に、光あらんことを」 レオポルトが一般人に向けて祈った。 まだ気を失っているが、もうじき目が覚めるに違いない。一同はほっとした。今回は敵の数が多くてお互いにサポートする暇がなかなかとれなかった。 それでも敵を倒して一般人を保護できたのはそれぞれが自分の持ち場で全力を尽くしたからに他ならない。 「オマエの苦悩や信仰だのはわからんが、オマエのジョブは救うのが仕事だろう。関係ない一般人に危害加える前に、神やらに任せずオマエが救いに動くほうが良いと思うぞ?」 いまだ呆然とする洋平に向かってティエは言った。彼のすぐ傍らではバラバラに壊されたマリア像が横たわっていた。ロンギヌスの槍も壊れていた。しょせんそれもマガイモノだったのだろう。灯璃は残念そうに槍を放り投げた。 「残念ながら、死者を蘇らす法は、戦った事のある……最強のネクロマンサーにすら、ない。若しも蘇ったとしても、似て非なる者だったろうよ。お前さんは、死して尚、母の魂を苦しめたいか?」 オーウェンの言葉についに洋平は目頭を熱くした。まだ母親の死を信じられずにいたのだろう。それがようやく我に返って現実を目の当たりにした。 「俺は、間違っていた……母さんはもういない。ひょっとしたら俺は今でも母さんを苦しめているのかもしれない。とんだ親不孝者だ」 うなだれる洋平に向かって今度はへーベルが優しく近寄った。 「ねぇ、あなたのお母さんはどういう人だったの?」 洋平は今後どのような道を歩いていくのだろう。母親を失って今度は一人で生きていかなければならない。だが、それはリベリスタの仕事ではない。それは洋平自身が今後自分の人生を歩んでいく中で見つける物だ。へーベルはそう思いながら、目を覚ました信者と共に洋平が山を降りて行くのを見送った。 帰り際に洋平はへーベルに一言返した。 「もしかしたら……彼女に似ているかもしれないな。いつも穏やかでぼうっとしてる人だったけど、じつは心がしっかりしている人だった。また機会があったらいつか会いたいな」 洋平はそう言って佳奈の方を見た。 佳奈は何のことかわからず、疑問で首をかしげる。だが、その顔は達成感で溢れていた。へーベルは、うんそうかもね、と笑って答えておいた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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