● いつからか、お父さんとお母さんはケンカばかりしてた。 ずっと、わるぐちばかり言ってて。わたしがどんなに止めても、やめてくれなかった。 学校だって、ちっとも楽しくなんてなかった。 どんなにがんばっても、友だちなんて一人もできなかった。 家でも、学校でも、わたしはひとり。だから、いつも本を読んでた。 本の中なら、だれもわたしをいじめないから。こわい顔で、どなったりしないから。 今日、お父さんとお母さんはひどい大ゲンカをして。 わたしは泣きながら、お気に入りの本をもって家をとびだした。 こんな世界、わたしがいるところじゃない。 裏山の大きな木、その根元の穴をくぐれば、別の世界に行けるはず。 そこはきっと、本の中みたいにすてきなところ。 動物たちと手をとって、わたしは不思議なぼうけんに出るの――。 ● 「任務は、アザーバイド一体の討伐だ。一般人の対策は、今回は気にしなくていい…… いや、『気にしなくても良くなった』と言うべきかな」 ブリーフィングルームで説明を始めた『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は、少し浮かない顔をしていた。もっとも、彼の場合は割といつものことだが。 「アザーバイドの識別名は『茨の主』。 名前の通り、茨に似た触手が寄り集まって一体の生き物になっている。 Dホールはもう閉じてるから、倒す他にないな」 現場は小さな山の中。すぐ近くに住宅街があるが、現在は『茨の主』の能力で人払いが行われているため、一般人が近付く心配はない。 「……ただ、『茨の主』がDホールから出てきた時、そこには小学生の女の子がいた。 彼女は既に殺され、遺体はそのまま『茨の主』に捕われている」 数史の話では、『茨の主』は触手で生き物を捕らえ、亡骸を数日かけて体内に取り込む習性があるらしい。その間は動きが若干鈍くなるため、人払いを行っているものと推測される。 とは言え、元はかなり強力なアザーバイドだ。弱体化してもなお、一体を討伐するためにこの人数を要するという事実に変わりはない。くれぐれも油断は禁物だろう。 「犠牲になったのは『榎戸・知佳(えのきど・ちか)』、小学三年生の女の子だ。 学校にも家にも自分の居場所がなくて、いつも本ばかり読んでいたらしい」 ある日、両親の大喧嘩に耐えかねた彼女は、お気に入りの本を一冊だけ持って家を出た。 そして裏山に向かい、『茨の主』に殺されたのだという。 「山には大きな木が立っていて、根元には人が入れるほどのウロがあった。 彼女の読んでいた本には、木のウロを抜けて別の世界に行く物語が書かれていたから、 もしかしたら、それを信じたのかもしれない」 夢見がちな少女の願いは、思わぬ結末を彼女にもたらすことになった。 木のウロに開いた穴から這い出た異界の怪物が、その命を呆気なく喰らい尽くしたのだ。 説明を終え、数史は僅かに視線を落とす。 「……この子の命を救うことは、もはや不可能だ。 彼女の遺体が完全に取り込まれてしまう前に、どうか『茨の主』を討ってほしい」 そう言って、彼はリベリスタ達に頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月13日(土)22:57 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 大きな木が、遠目にもよく見えた。 それなりに樹齢を重ねた、立派な木。夢見がちな少女が空想の翼を広げるには、充分な舞台装置だろう。 「……わらわも昔は、色んな絵本から様々な想像をしたものじゃが」 幼き日の記憶を思い起こし、『還暦プラスワン』レイライン・エレアニック(BNE002137)が呟く。 本好きの子供なら、一度は通る道の筈。しかし、そんな少女の一人であった榎戸・知佳を襲ったのは、物語より遥かに無慈悲な悲劇だった。 両親の不和を苦しみ、学校には馴染めず。本の世界に自分の居場所を求めて。 救われたい一心で家を飛び出し、この山を訪れ――そして、異界の怪物に喰われた。 なんと、救いのない話か。 「小学生の家出なんて、公園とかで時間潰して諦めて帰るのがお決まりのコースなのにね」 そう言って、『蜜月』日野原 M 祥子(BNE003389)は蜂蜜色の目を伏せる。道の傾斜はなだらかで、木の根に躓いて転ぶ心配もない。山というより子供達の遊び場といった風情だ。ここで命を落とすことになるとは、夢にも思うまい。 「きっと悔やむのだろうな、両親は。全ては遅いというのに……まったく!」 傷が刻まれた口の端を歪め、『リング・ア・ベル』ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)が拳を握る。気を抜けば、やりきれなさで胸が潰れてしまいそうだ。 沈黙が落ちる中、『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)がサングラスの丸レンズ越しに木の方角を見据える。 彼の意識は、既に命尽きた少女ではなく、撃破対象たるアザーバイドへと向けられていた。あるいは、冷静であり続けることを自らに課しているのかもしれない。 「人が多いところに出る前に動きが鈍ったのは、不幸中の幸いか」 喰われた少女にとっては何の救いにもならないだろうが、彼女の亡骸を取り込んでいる今だからこそ、こちらは若干のアドバンテージを得ることが出来る。そのチャンスは、最大限に活かすべきだ。 「――もうすぐ、木の近くに出るの」 持ち前の観察眼で距離を測っていた『Wiegenlied』雛宮 ひより(BNE004270)が、全員に告げる。戦いの前に力を高めるなら、今がベストだろう。 赤と黒、双子の三日月――双頭の大鎌を携えた『スウィートデス』鳳 黎子(BNE003921)の足元から意思ある影が伸びる。 視界が開けた先、件の大木の近くに異形の生き物がいた。 茨に似た触手で獲物を捕らえ、生命力を啜るアザーバイド『茨の主』。無数の茨が蠢く中に、死した少女の顔が見えた。 「アザーバイド、許すまじでございます」 眼光鋭く、『目つきが悪い』ウリエル・ベルトラム(BNE001655)が『茨の主』を睨む。彼にとって、幼い少女は愛でるべき対象だ。小学三年生という貴重な年頃の娘を殺害し、あまつさえ養分にしようとしているアザーバイドには怒りを覚える。 血の気を失った白い顔を眺め、『ファッジコラージュ』館伝・永遠(BNE003920)が前に踏み出した。 皮肉なことに、彼女は“永遠”は無いと知っている。――永遠でトワという、その名に反して。 知佳の命は、もはや戻らない。だが、少女が願った夢と、その旅路を守ることは出来る。 「宜しくお願いしますね、素敵な木のお方。愛を語り合いませう」 大きな瞳に愛憎入り混じった光を湛え、永遠はスカートの裾を持ち上げた。 ● 全身の状態をスピードに特化させたレイラインが、瞬く間に距離を詰める。 彼女が『茨の主』の前に立ち塞がると、身に纏ったゴシックドレスの裾が少し遅れて揺れた。 「逃がしはせんぞ? わらわに付き合ってもらうからのう!」 猫の前足にも似た得物を振るい、音速の連撃を見舞う。できれば氷刃の霧で茨を切り裂いてやりたいが、知佳の亡骸を傷つけてしまう可能性が高い。生前にとうとう救いを得られなかった少女を、これ以上鞭打つような真似はしたくなかった。 前線で仲間の指揮を執るベルカが、効率化した攻撃動作の共有で全員の戦闘力を大幅に高める。味方が手番を有効に使えるように支援するのが、『戦闘官僚』と『獅子心』の称号を併せ持つ彼女の役目だ。 変幻自在の影を傍らに従え、鉅が敵に肉迫する。破滅の黒きオーラが、知佳の顔を避けるようにして触手の束を打った。 攻撃を受けた『茨の主』がざわめき、増殖した茨が鎧のように表面を覆う。守りを固めた後、異形のアザーバイドは反撃に出た。 広範囲に伸びた茨の一本が、黎子の肩を傷つける。流し込まれた猛毒が全身を駆け巡るも、それで彼女の動きが妨げられることはない。素早く側面に回り込み、足止めに最適な立ち位置を選ぶ。 「新技です。見せてあげますよ」 魔力で生み出された神秘のダイス達が空中で踊った刹那、それが一斉に弾けた。爆発のエネルギーが僅かに反射され、黎子の体を傷つける。前衛に射線を遮られて茨の攻撃を免れた祥子が、神聖なる光を輝かせた。全員の状態異常が解けたことを確認した後、『茨の主』に囚われた知佳に視線を戻す。顔が露出している分、亡骸の位置を推測するのは容易い。狙いが絞れない範囲攻撃スキルを用いたりしなければ、『茨の主』のみにダメージを与えることは充分可能な筈だ。 祥子からそれを伝え聞いた永遠が、漆黒の霧を呼び起こした。 無数の茨に取り込まれた知佳を眺め、そっと囁く。 「この茨は、知佳様の心を表してるように思えます」 救ってあげたい。自分自身を縛ったまま、何処にも飛び立てずにいる少女を。 スケフィントンの娘――忌むべき拷問具の名を冠した闇が、『茨の主』を包む。その身を鎧っていた茨が激しく波打ち、潮が引くように体内へと戻っていった。 敵の防御が崩れたのを認めて、『金雀枝』ヘンリエッタ・マリア(BNE004330)が動く。ラ・ル・カーナで世界樹より生まれた彼女にとって、『家庭』という概念はまだ知識の一つでしかない。けれど、死した少女の周りにあった環境とその苦悩について、想像を巡らせることは出来た。 「小さな乙女の亡骸を『りょうしん』の元へ取り戻そう」 前もって増幅した力を解き放ち、火炎の雨を降らせて『茨の主』を撃つ。迷わず前に踏み込んだウリエルが、光輝くオーラの剣を振り下ろした。 彼は速さを武器に戦うタイプでは無い。敵の先手を取ることは難しいが、それならそれで力に訴えるだけだ。たとえ脳筋と言われようが、一向に構いはしない。 最後尾で『塵喰憎器』救慈 冥真(BNE002380)に守られるひよりが、銀細工の鈴を連ねた“夢護鈴(ゆめもりのすず)”を鳴らす。涼やかな音色とともに奏でられる、天使の福音。たちまち戦場に広がった癒しの力が、リベリスタの傷を塞いだ。 前衛として『茨の主』を抑え続ける鉅が、黒き影の一撃を容赦なく叩き込む。敵が回復の手段を有している以上、致命の呪いを途切れさせるわけにはいかない。ただでさえタフな相手にそんなことをされては、倒し切る前にこちらの身が保たないだろう。 「……上手く誘発出来れば良いが」 防御の効率動作を全員と共有しつつ、ベルカが敵の出方を窺う。彼女の狙い通り、『茨の主』は再び鎧を生み出すと、増殖した茨を自らの周囲に展開した。 僅かに開いた知佳の唇から、歌うような声が漏れる。呪力により構築された結界がリベリスタ達の加護を砕き、その力を封じた。 冥真の背に庇われて難を逃れたひよりが、そっと耳を澄ませる。 透き通った“歌声”は、少女の悲しみを宿してどこまでも痛ましげに響いた。 (友も親も愛もなく、これではあまりに……) 思わず眉を寄せ、ウリエルが心中で一人ごちる。同時に、黎子の双眸が微かに揺らいだ。 眼前で囚われている少女の亡骸に、在りし日の妹が重なる。知佳の年頃も、趣味も、生き別れた当時の妹――朱子と同じで。だからこそ、その姿が深く心に突き刺さった。 「……助けてあげたいところでしたけどね。それは、言ってもどうにもなりません」 自分に言い聞かせるように呟き、黎子は“双子の月”を両手で構え直す。そこに、祥子の声が響いた。 「大丈夫よ、すぐに治すから!」 神の光であらゆる呪いを消し去り、結界により奪われた力を取り戻す。すかさず間合いを詰めたウリエルが渾身の一撃を浴びせ、茨の鎧を切り払った。 時と痛みを刻む懐中時計“Labyrinthos”を手に、永遠が呪いの槍を射る。 もし、生前の知佳と出会えていたら。 彼女と、友達になれただろうか。小さな手を取って、笑い合えただろうか。 茨に埋もれてしまった白い顔は、その問いに答えてはくれないけれど―― 黎子の投じた魔力のダイスがくるくると回り、『茨の主』を爆花に呑み込む。そこに冥真が天使の歌を響かせ、仲間達を癒した。 救いたいと願うのは、少女の尊厳。歪な虚(ウロ)に囚われた彼女を在るべき場所に戻すためにも、誰も倒させない。歌で人を救えるなら、想いで誇りを救う。救ってみせる。 全員に回復が行き渡ったのを確認したひよりが、木の近くに落ちている本に目を留めた。あれは、知佳が家から持ち出したお気に入りの一冊、ただ一つの遺品。 (彼女の意思は、もう旅立ってしまったけれど。 せめて、わたし達まで彼女の存在を貶める事のないように) 自らの身に呼び込んだ魔力を循環させ、詠唱により魔方陣を描く。放たれた魔法の矢が『茨の主』だけを貫いた瞬間、レイラインが叫んだ。 「――亡骸は返してもらうぞよ。貴様にはくれてやらぬ!」 しなやかな身のこなしで、“猫の爪”を繰り出す。音速を纏った一撃が異形のアザーバイドを引き裂き、茨の数本を宙に舞わせた。 ● くたびれたコートの裾をはためかせ、鉅が破滅のオーラを伸ばす。その攻防を支援する影は『茨の主』の結界で消滅に追い込まれていたが、彼はそれを呼び戻そうとはしなかった。 手番を割いて技を発動させたところで、再び潰される可能性は高い。ならば、攻撃に専念する方がよほど効率的だろう。 致命の呪いに蝕まれ続ける『茨の主』の動きに、ふと変化が生じた。先ほどから一向に体力が回復しない上、いくら守りを強固にしてもすぐさま崩されてしまう。このままの戦い方では拙いと、本能的に悟ったのかもしれない。 鞭の如くしなる強靭な茨が、レイラインに迫る。咄嗟に身を捻って直撃を避けたところに、すかさず第二波が襲ってきた。 毒を持つ茨を素手で掴み、攻撃の勢いを殺す。 「……確か、しょくしゅぷれいじゃったかの? そんなのにつき合わされるのは、真っ平ごめんじゃ!」 軽口を叩いた彼女の面には、不敵な笑み。仲間が傷つくことに比べれば、知佳の苦しみに比べれば、掌を貫くこの痛みくらい、どうということはない。 黎子もまた、自らの防御を顧みることなく戦い続けていた。 (朱子、火を貸してもらいます) 己の身をも焦がす妹の記憶――その“火”をもって麻痺毒を焼き払い、ひたすら敵に立ち向かう。 囚われた少女の亡骸から、目を逸らすことは出来ない。自分は『また』救えなかった。 「だからって、諦める事はもうしませんよ……力尽きるまで足掻いてみせる」 燃え盛る爆炎が、一度、二度と赤い花を咲かせる。天から落ちる火で強かに追い撃ちを加えたヘンリエッタが、なおも健在な『茨の主』の姿を見て表情を引き締めた。 「流石に頑丈だね」 回復を封じていなければ、かなり苦戦していたであろうことは疑いようがない。確実にダメージを重ねている今でさえ、敵の攻撃能力はまったく落ちていないのだから。 荒ぶる『茨の主』は、猛然と反撃に移る。死角から振るわれた茨が永遠の後頭部を打った瞬間、もう一本がウリエルの鳩尾を貫いた。 ――忌まわしいアザーバイドから少女を取り戻す前に、倒れることなど出来ない。 運命を差し出して己を支えたウリエルの傍らで、永遠がゆっくりと立ち上がる。あらゆる痛みを超越した少女は、気紛れな運命(ドラマ)の加護で再び戦場に舞い戻った。 願うことのためなら、大嫌いな運命だって駆使する――それは、彼女の我儘。 微笑みすら浮かべて痛みの槍を撃つ永遠を残して、ウリエルが一旦後退する。彼と入れ替わりに前進した祥子が、両手に構えた“月読乃盾”で聖なる一撃を繰り出した。 大いなる癒しの息吹を呼び起こしながら、ひよりが『茨の主』をじっと見詰める。 「あなたはいじわるね。せめてものなぐさめの空想を、こんな形で終わらせるなんて」 諍いが辛いのは、両親が好きだから。独りが哀しいのは、誰かの傍に居たいから。 それなのに。少女のささやかな希望さえ、『茨の主』は呆気なく奪い去ってしまった。彼女の、命とともに。 「夢を粗末にする下郎は、馬に踏まれて死んでしまえ」 天使の歌で回復を支援する冥真が、吐き捨てるように呟く。刹那、ベルカの視界が涙で歪んだ。 (いかん……!) 感情に流されては、指揮の妨げになる。冷静であれと己に言い聞かせても、押し寄せる感情の波は如何ともし難い。 慌てて首を横に振り、涙を振り払う。機先を制して、ベルカは再び防御動作の共有化を行った。 すかさず茨で結界を張る『茨の主』を見て、「よし」と声を上げる。回復手を二人擁するこのチームにとっては、一撃の威力が高い単体攻撃の方がより脅威だ。全体攻撃を誘ってダメージを分散させることが出来れば、それに越したことはない。 知佳の喉から響く“歌”を聞きながら、祥子はそっと少女に語りかける。 「……あたしも、ママに心配して欲しくて家出したことがあるわ」 母は遅くまで働いていたし、行くあても無かったから、結局、すぐに帰宅してしまったけれど。 あの時、家出が発覚していたら母はどうしていただろう? 「もし、あなたが無事に帰れていたら。ご両親があなたを心配して泣く姿を見て、 別な世界に行かなくてよかったって思えたかもしれないわね――」 そうすれば、きっと知佳は自分の居場所を見つけられた筈なのに。 邪なるものを寄せ付けぬ光が鮮烈に輝き、仲間達を苛む状態異常を一瞬のうちに滅ぼす。黒きオーラで死に至る呪いを刻み続ける鉅が、もはや何も映さぬ少女の瞳を横目で見た。 不憫と思わなくもないが、それは彼女一人に限った話ではない。冗談で済まない運命など、吐いて捨てるほど転がっているのだから。 「――敢えて言うなら、運が悪かったな」 無骨な愛刀で茨を防ぎつつ、敵を追い詰めにかかる。なおも抵抗を続ける『茨の主』に向かって、レイラインが声を張り上げた。 「どうしたどうした! 貴様なんかの養分になぞなる気は毛頭無いぞよ!」 淀みなく振るわれる音速の爪で『茨の主』を抉り、茨を根こそぎ刈る勢いで連続攻撃を浴びせる。蠢く茨の隙間から、小さな白い手が覗いた。 それを見た黎子が、『茨の主』の懐に飛び込む。獲物を捕らえさせていた方が有利に戦えると承知してはいたが、これ以上は耐えられそうになかった。 襲い来る茨に目もくれず、知佳の手を掴む。しかし、それ以外の部位はまだ茨の支配下にあるのか、全身を引き摺り出すことは叶わない。 「……大丈夫、君を救い出します。そこから」 再び前線に戻ったウリエルが、全身の力を剣に集中させる。エネルギーを込めた一閃を受けて、『茨の主』が僅かに怯んだ。 「逃がしちゃだめなの」 ひよりの警告を受けて、永遠が退路を塞ぐ。 「愛してます、『茨の主』様――僕のこの暗闇が、抱きしめてあげるから」 だいすき、と告げた一言とともに、痛みと愛情を込めた呪いの槍が突き刺さる。 ベルカの凍てつく眼力が、『茨の主』に止めを刺した。 ● 蠢く茨の群れから、知佳がずるりと吐き出される。 彼女を抱き止めた黎子が、しつこく足首に絡む茨を見て柳眉を顰めた。 「いいかげん離してくださいよ…… こんなところで死ぬために、生まれてきたんじゃなかったんですからね!」 苛立たしげに茨を掴み、それを引き剥がす。幸い、少女の身体に目立った傷は無かった。 木陰に横たえられた知佳の顔を、祥子が丁寧に拭いてやる。 「しかし、この死骸はどうする。 両親の不和も家出の理由なら、迂闊に戻すわけにもいかん気がするが」 鉅の言葉に、レイラインがはっとして顔を上げた。 しばし、全員で知佳の処遇について話し合う。意見が分かれるところではあったが、最終的にはやはり親元に返すのが良かろうという結論になった。 一人娘を喪った両親の悲しみを思い、永遠が空を見上げる。 誰かを喪うのは、彼女にとって厭うべき事だった。 愛しい神秘と出会えても、後には悲しみしか残らない。 知佳の本を手に取って読んでいたひよりが、そっとページを閉じる。 「――これから、たくさんの冒険が待っているのね」 顔を上げた先には、物語の“出発点”たる木のウロ。その横に、ウリエルが絵本とぬいぐるみを供える。ここならきっと、彼女が居る場所まで届く筈だから。 (現実のみにくさは、もうわかっているから。 ……あなたは何も知らず、夢のまま旅立てたのだと思わせて?) 目を閉じて、ひよりは知佳の姿を瞼の裏に思い描く。動物たちと手を取り、不思議な冒険に出かけた少女を。 その道行きに祝福あれと、レイラインがそっと祈りを捧げた。 黙祷を終えたベルカが、再びこみ上げてきた涙を拭う。 まだ、任務は終わってはいない。後処理担当のチームが到着するまで、知佳の亡骸を守らなくては。 「――結界を!」 声を上げた彼女の頬を、透明な雫が伝った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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