● 「ねぇ、バレット様……、僕達は仲間じゃなかったの?」 ―――あ? そりゃそうだ、お前今まで俺を何だと思ってたんだよ 「ねぇ、バレット様、どうして兄さん達を殺したの?」 はは、兄貴に聞けって。仕掛けてきたのはそっちで――っと、もう聞けねーな。 「ねぇバレット様、僕はどうしたら良いの?」 やるんだろ? 聴かせてやれよ、後一曲。 日本からの脱出を計る『官能』エリオ、『煽情』エルモ、……そして生き残った楽団員達と合流する事を主張した『オルガニスト』エンツォの前に、彼は、バレット・”パフォーマー”・バレンティーノは現れた。 敗戦の痛手をまるで気にした風もなく、それどころかアークと言う彼の生涯最高の相手への昂ぶりをまるで隠さずに。 バレットの提案はアンコール。疑うべくも無い破滅への誘い。 彼に心酔するエンツォは兎も角、風向きに聡い2匹の蝙蝠、エリオとエルモが其れに乗ろう筈が無い事は始めから分かっていたのだろう。 状況を理解しなかったのはエンツォのみ。慕う彼の笑顔が、庇護者の兄等の謙った口調が、その下に殺意を隠していた事等気付きもしなかった。 機先を制したのは蝙蝠兄弟。……否、唯バレットは先を譲った。恐らくエンツォの出方を見る為に。 エンツォの名前を一声呼び、サックスを吹き鳴らすエリオにエルモ。バレットの身体を音が捉え、エンツォの身体を音が後押しする。 兄等の意図は直ぐに察せた。此れまで幾度三重奏を奏でた事だろう。その刷り込みは既に本能のレベルにある。 エンツォの兄等は言っていた。お前がバレットを討てと。 この時、兄等に従っていたら結果は何かが違ったのだろうか? けれどもエンツォは戸惑ってしまった。兄等の意図は察せても、その意味を理解したくなかった。 何故なら相手は楽団の中で誰よりも慕った、バレット・”パフォーマー”・バレンティーノだったから。 動かぬエンツォに、兄等は従える怨霊、『メガロドン』鮫鬼・剛と『悪性』小南・座代を繰り出すが、……バレット相手に其の一瞬の遅れは致命的で。 故郷シチリアを遠く離れた異国の地で、エリオとエルモ、蝙蝠達は地に落ちた。 「わからないよ、バレット様……」 もう誰も答えない。バレットは既に自分の演奏の準備に去ってしまった。 導いてくれた師も居ない。絶対の味方であった兄等は、信じたバレットに殺された。 一体何に縋れば良いのか。 嗚呼、混沌組曲がアンコール、……エンツォは唯一人独奏を奏でる。 ● 「御機嫌よう諸君」 当人は実に不機嫌そうに『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)がリベリスタ達を出迎えた。 恐らく厄介な任務になのだろう。 「廃墟と化したOBPの跡地に楽団員の生き残り『オルガニスト』エンツォが現れた」 大阪ビジネスパーク。先の戦いで不完全に発動した(故)モーゼス・“インスティゲーター”・マカライネンの大規模儀式によって廃墟と化した其の場所は、未だに復興が進んでいない。 確かに<混沌組曲・破>に拠って関西に一定の地の利を得た楽団が再起を計るならあの場所に目を付けるのは当然かも知れないが、……けれどもエンツォの二人の兄が、彼にそんな危険を冒させる事があるだろうか? 「エンツォが引き連れる死体は唯の二体。彼の兄である『官能』エリオと『煽情』エルモの物だ」 エリオとエルモ、風を読み、強い者に従い長い物に巻かれる蝙蝠達。其の行いの全ては弟を守る其の為だけに。 だが死んでしまえば其れも成せない。 「何があって生き残った筈の彼等がそうなったかは知らんが、エンツォは兄等の能力を使ってOBPに満ちた怨念から怨霊を生み出している」 資料 フィクサード:『オルガニスト』エンツォ 天使の様に可愛らしい容姿をした、フライエンジェの少年。 ケイオス率いる楽団メンバーの一人。 日本は割と好き。特にゲームとかアニメーションとか漫画とかが好き。 死者を操り、不可思議な力を使う死霊術師。所持武器は持ち手のついたパイプオルガン『嘆きの聖者』。 死体A:『官能』エリオ 蝙蝠のビーストハーフの死霊術師。 アルトサックス『sexsax02』 半径数十m内の任意の対象(複数)に物理的な力を持つまでに至った濃い音を絡みつかせ、其の動きを縛る。 移動距離減、速度減、命中減、回避減、攻撃力減 を与える。 ペナルティを与える人数を一人に絞る事も出来、その際のペナルティは更に大きな物となる。 但しこのアーティファクトを演奏には他の能動的行動が一切取れないほどの集中力を必要とする。 死体B:『煽情』エルモ 蝙蝠のビーストハーフの死霊術師。 ソプラノサックス『sexsax01』 半径数十m内の任意の対象(複数)の動きを物理的な力を持つまでに至った濃い音で後押しする。 移動距離増、速度増、命中増、回避増加、攻撃力増 を与える。 ステータス増加を与える人数を一人に絞る事も出来、その際のステータス増加は更に大きな物となる。 但しこのアーティファクトを演奏には他の能動的行動が一切取れないほどの集中力を必要とする。 怨霊(初期状態は2体) エンツォが1手番を使ってエリオとエルモに指示を出し、更にエリオかエルモが1手番を使って怨霊作成した場合、ターンの最後に1体の怨霊が現れる。もしエリオもエルモもどちらもが怨霊作成に従事した場合は2体の怨霊が現れる。 怨霊は物理攻撃が効き辛く、神秘遠距離単体攻撃を行う。其れなりの手強さ。 「相も変わらず恐ろしい能力だが、しかし今のエンツォの士気は低く、2体の死体も生前に比べれば十全に力を発揮しているとはとても言い難い」 逆貫は僅かに溜息を吐く。 「……諸君等の任務は怨霊の作成を止める事。その為にはエンツォの撃破か、エリオとエルモの死体の破壊、或いはエンツォの持つパイプオルガンの破壊が必要となる。諸君等の健闘を祈る」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月11日(木)23:30 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 灰色の空。廃墟と化したOPBにぽつりぽつりと大粒の雨が降り始めた。 パイプオルガンの甲高い音が、湿った空気に吸い込まれて行く。 大規模な破壊の行なわれた跡地であるこの場所は、鈍感な一般人でさえ怖気を感じる程の怨念に満ちていた。 雨が『オルガニスト』エンツォの頬を伝って地に落ちる。 彼を挟む様に立つ二人の兄、今は死体と化した蝙蝠達がパイプオルガン『嘆きの聖者』の音色に動かされ、呼ぶは怨霊。 地に満つ怨念から比すれば、まるでプールの水をコップで掬うかの如き少量で一体の怨霊は完成する。 もし仮にこの場の怨念を全て怨霊と化せば、どれ程の数の怨霊が出来上がってしまうのか。 俄かには想像もつかぬが、けれども其れは杞憂だろう。僅かに顔を顰めたエンツォの口の端から僅かに血が零れ落ちた。 怨霊作成と怨霊使役。慣れ親しんだ兄等の身体を介してとは言え、己の修めぬ技術を操るのは彼の身に負担を強いている。全ての怨念を怨霊と化すよりも先に、エンツォの身体が朽ちるだろう。 そしてそもそも、彼等がこれ以上迷える怨念に戦いを強いる事を許さない。 嘗ての戦いの地に、破壊の爪痕に姿を現したのは、6人のリベリスタ。 其の中の一人、『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)酷く白けた目でエンツォを一瞥し、硬い機械の右腕で懐から銀色の懐中時計を取り出す。 さあ此れより始まるは僅か20秒の茶番。ロスタイム程度なら兎も角、それ以上を譲る気は喜平には無い。 彼は何時も通り殺伐とした雰囲気を漂わせ、早く惨劇の犯人を処刑する事を願う。耳を背けろ、手を振り払え、そして自分の銃弾にくたばれと。 自分が犯人と大して差の無いクズである事は理解している。其の上でのうのうと生き様を晒して居る事も。 だがそれでも悲劇の為の悲劇を生んだ者など存在してはならないと、彼は思う。 所詮人は、自分の物差しで、自分の価値観のみで他者を計る。自分を棚上げにし、他者を批判し、攻撃しあう。 だからこの世界は戦いに溢れ、そして人は進歩した。つまり人の業である。 自分の価値観を押し付けようとするのは喜平とは違う結末を望む彼女等とて同様で、故に全ては茶番だ。 ● 「チャオ、エンツォ☆ 話があんだけど、傍に行っていい?」 現れたリベリスタ達に応戦の姿勢を取ろうとしたエンツォに、けれども『箱庭のクローバー』月杜・とら(BNE002285)が呼び掛け、……そして返事も待たずに彼に近付いていく。 とらはアークのリベリスタの中で最もエンツォの心に近付いた者だった。其れが他の誰であってもエンツォは話し合いを拒んだ筈だ。 だがもし仮にとらがエンツォの返事を待っていれば、やはり迷った末に彼は拒否しただろう。 リベリスタ達にとってエンツォは許しがたい惨劇に加担した加害者の1人だが、エンツォにとってアークのリベリスタ達は自分の居所を破壊した相手なのだ。 母を失くし、父に逃げられた彼にとって、楽団は兄等とは別の意味で家族だった。……非常に歪な形ではあるけれど。 無論アークからすれば降りかかる火の粉を払っただけだ。しかしこの少年にとってはケイオス・“コンダクター”・カントーリオの譜面とは一旦描かれてしまえば『其の通りに物事が運ばなければならない』物だった。 其れはいたって普通の人間が国の法律を遵守しようとするのに近しく、けれど更に根が深い。 忌み嫌われる死霊術師達が、対等の仲間達と寄り集まれる場所でもあった楽団の、絶対遵守の律令。 エンツォがアークの『友人』を、決して好んで殺したい訳ではないけれど、それでも他の楽団員に奪われる位なら其の死体を自分の物にしようと思わせたのも、アークの滅びがケイオスの譜面に記されたから。 歪んではいても其れがエンツォの価値観で、それしか持たない物差しなのだ。 ……なのに、とらは何時も通り強引だった。エンツォが抱えた好意故に躊躇う間に、彼の手を捕まえる。 「兄貴達死んじゃったんだ、辛かったろ」 雨は徐々に激しさを増して行く。 「こうして死体を見てしまうと、敵ながら憐憫の情が沸いてくるものですね」 僅かに目を伏せて『天の魔女』銀咲 嶺(BNE002104)が呟いた。 嘗ては刃を交えた敵ではあれど、自分達との戦いでなく、同じ楽団員であった筈のバレット・”パフォーマー”・バレンティーノの手に拠って、守りたかった弟を一人残して死んだ彼等には、……矢張り憐憫の情を覚えてしまう。 エンツォの兄である蝙蝠兄弟、『官能』エリオと『煽情』エルモの二人の死者には、其々『戦士』水無瀬・佳恋(BNE003740)と『影なる刃』黒部 幸成(BNE002032)が抑えに走っているが、今の所死者達もリベリスタに襲い掛かる事はせず、佳恋や幸成達も説得の結果を待っていた。 説得が開始されたと見て、喜平が懐中時計に目を落とす。ほんの僅かな時間でも、何かを待つ時の針の進みは驚くほどに遅い。 「君の兄は君が大好きだったんだろうな。きっと君に自由を与えたかったのだろう。普通の少年のように、だから娯楽も君に与えられていたんだ」 説得の言葉を引き継いだのは『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)。 雷音の言葉は、彼女の物差しで計った誤解が混じるが、けれど一つだけ真理を貫いていた。 兄弟の中で誰よりも早く死霊術師の力に目覚めたのは、生まれて直ぐに亡き母を求めたエンツォ。蝙蝠兄弟は彼を孤独にせぬ為に、常人の想像を絶する方法で彼の後を追いかけて力を掴む。 楽団に入ったのも、死人使いと忌み嫌われぬ場所が其処にしかないと考えたからだ。無論ヴァチカンに狩られぬ為もあっただろうが。 「朱鷺島雷音、君が何で兄さん達を語るの。君が兄さんの何を判るの。其れも神の目?」 うんざりとした風に、僅かに怒りを滲ませて、エンツォが吐き捨てる。 雷音の誤解は、エンツォにとっての楽団は居場所で、其れが彼にとっての普通であったと言う事。 アークから見ればケイオスの手足であった楽団は恐ろしい組織なのだろうが、収容所でもあるまいし、娯楽程度は誰でも普通に手にする事が出来る。 「ここへ来たのはバレットの命令だろ? きっと兄貴達には、命令を実行すれば追っ手がかかる事がわかっていたんだ」 握り締めたエンツォの左手を引き、とらは言う。 「バレットは芸術を何より優先するけど、兄貴達はエンツォが何より大事だから。なあエンツォ、兄貴達を信じてやれよ。兄貴達がお前に好き好んで辛い思いをさせたなんて本気で思うか?」 けれど、其れも違うのだ。 価値観が、思考が思想が発想が、楽団員であるエンツォやバレットと、アークであるとらや雷音とはまったく違う。 「違うよとら。……バレット様は僕に命令なんてしてないよ」 理解されぬ事に、自分と相手の間に開いた溝をまざまざと見せ付けられる事に、顔を顰めたエンツォが応じる。 バレットのあの行為は……、常人には理解しがたいけれど好意から成されたのだ。 慕うバレットがエンツォに求めた事は唯一つ。楽団員で在れとだけ。バレットの認めた、バレットが好意を向けるエンツォで在れと。 楽団員として間違っていたのは寧ろ兄等の方なのだろう。あの2人には楽団員であるよりも、唯エンツォの兄だったから。 だからリベリスタ達はエンツォの兄等は理解出来、そして楽団員としてのエンツォやバレットが判らない。 エンツォの苦しみが、兄もバレットも、どちらをも愛するが故であると。 「ボクは君たちのことは許せない……許したくないんだ。それでも、ひとつの道を示すことはできる」 言葉を重ねれば重ねる程に、エンツォと彼等はずれていく。 許せないと言う気持ちは、混沌組曲に関わる事になったリベリスタ達なら誰もが抱える物なのだろう。 仲間の命を奪われ、其の身体を操られた。其の怒りは根が深い。 「……手を伸ばしてもいいんだ。これは綺麗事でも慈悲でもなんでもない、君に生きて罪を償えといっている。人としての倫理を覚え、苦しめといっているのだ」 けれど彼女の言う其れは、仲間の身体でさえも死ねば操る死霊術師には理解の出来ない罪である。 アークと戦った事なのが罪なのか、あの病院で身動きの取れぬまま死んで行く病人達を殺し、動かしてやった価値観のずれた好意が罪なのか、……それよりも遥かに昔、エンツォが死した母の魂を呼び出して家庭を潰した事が罪なのか。 エンツォは生まれついての死霊術師だ。其の罪を認める事は自らの存在の否定と同じ。 ほんの刹那、エンツォは瞳を閉じて理解する。自分は彼等にとって異物だと。 彼等は勝者だ。戦争の勝者は彼等の理に拠って敗者を裁く。唯それだけの事。 エンツォが瞳を開いた時、喜平はパチリと懐中時計の蓋を閉じた。 「選んだ? ……それじゃ始めるよ」 ● 戦いの幕を切って落としたのは光。 時間切れの宣言に雷音が下がるのも待たず、打撃系散弾銃「SUICIDAL/echo」から放たれるは神秘の閃光シャイニングウィザード。 今日の喜平の引き金は、彼自身が驚く程に軽い。 其の一撃は辛うじて下がれた雷音は兎も角、エンツォや其の兄等と共に、とらを容赦なく巻き込んだ。 閃光に焼けた視界を切り裂き、パイプオルガンが嘆きをあげた。 既に召喚されていた怨霊が報復とばかりに喜平を狙い、エリオ、エルモが、最早呼吸の必要がなくなった肺に空気を吸い込み、サックスの音色をかなで始める。 「斯様な姿になってでもなお、弟を守らんとするその姿は見事なものよ」 エルモと相対する幸成が小さく呟く。この兄等の想いを無駄にしたく無いと思う。 なのに、戦いは始まってしまった。テラーオブシャドウ、幸成の影が主の意に従い動き出す。 思えば、人が考え方を変えるのに20秒と言う時間は余りに短すぎたのだ。急いて一方的に投げられた言葉は少年の心を閉ざすだけ。 しかしリベリスタ達としても、それ以上の譲歩を気持ちが許さなかったのだろう。 混沌組曲が齎した被害はあまりに大き過ぎた。 佳恋が幻想纏いより引き抜いた長剣「白鳥乃羽々・改」をエリオに振るう。全身の闘気を切っ先に集め、放たれるは荒れ狂う闘気の一撃ハイメガクラッシュ。 嘗ての、生前のエリオなら佳恋の身体が鳴らす音を頼りに其の攻撃を避け得たであろう。 だが死者と成り果て鈍った身体は闘気を纏った長剣に大きく弾き飛ばされる。 嶺が端整な顔を哀しみに歪めた。嶺自身はエンツォと関わりを持った事は無い。 けれどアークに提出された報告書に目を通し、彼の境遇を知った。子供の価値観を作るのは其の置かれた環境である。 知ってしまったエンツォの境遇に過去の自分をだぶらせてしまう嶺は、彼の置かれた環境は憎めど、彼自身を憎む事がどうしても出来ないで居たのだ。 ……されどリベリスタとしての役割はエンツォの暴挙を食い止める事、これ以上の怨霊を作らせぬ事。 同情心を押し殺して放たれるは気糸、エリオにエルモ、怨霊達を貫くピンポイントスペシャリティ。 戦場を見渡し、エンツォは一つ息を吐く。此れは勝ち目の無い戦いだった。 当たり前だ。彼等はあの絶対であったケイオスさえをも下したのだから。エンツォに勝てる道理は無い。 だがしかし、前回の戦いに比べればリベリスタ達の動きも些か鈍い。エンツォの持つ隠し玉までをもフルに使えば、恐らく幾人かは道連れにする事が出来るだろう。その技の発想にはあのバレットでさえもが驚きと共に賞賛したエンツォの最後の切り札を。 死霊術師にとって、最も慣れ親しんだ死体とは親、兄弟、恋人、親友、のどれでも無い。其れは最も身近にある、己自身、正確には死後の自分の死体なのだ。 死の舞踏『La Danza Macabra』。生前に定めた曲、……プログラム通りに死後の自分の身体を操り敵を討つ。振り回す度に嘆きをあげるパイプオルガン『嘆きの聖者』か、肉体が破壊され切るまで止まらぬ最期の悪足掻き。 生まれついての死霊術師であるが故の、死を永遠の別れだと理解出来ない子供であったが故の、其の発想。 無論試した事は無いけれど、エンツォには其れを成せる確信があった。 なのに、なのになのになのになのに、 「…………ねぇ、とら、邪魔だよ?」 エンツォの左手は、未だにとらが握り締めたままだった。 ● 全身から放つ気糸がエルモの身体に絡み付く。既に死者たる彼は苦痛をその顔に表す事は無いが、幸成のデッドリーギャロップは確実にエルモを捉えて縛り上げた。 彼の、エルモの兄としての願いを無にせぬ為に、幸成は糸を絞って抵抗を封じ込む。 引き離されたエンツォを目指すエリオの前に、立ちはだかって道を阻んだは佳恋。 彼女が振るう其の剣の向かう先は、吹き鳴らされんとしたサクソフォーン。弾き飛ばすまでは叶わねど、演奏を阻害し、音による支援を阻止する。 エンツォは自らとらを振り解かない。振り解けないのではなく、振り解かない。エンツォととらの膂力の差は明らかで、其れが叶わぬ訳がないのに。 其の役割を代行しようとした二人の兄は、幸成と佳恋に阻まれた。 嶺の放つ気の糸が、二本のサクソフォーン、そしてエンツォのパイプオルガンに突き刺さる。 無論嶺もアーティファクトである其れ等を容易く物理的に破壊出来るとは考えていない。だが攻撃を積み重ねれば、アーティファクトとは言え楽器である以上少しずつ異音が混じり出す。 其の機能を狂わし壊す事は決して不可能では無い筈なのだ。 B-SS、バウンティショットスペシャル。喜平の神速の抜き打ちから放たれた銃声が響く。 そして其の銃声や楽器達の奏でる音に負けぬとばかりに歌われる雷音の天使の歌が、傷を癒す。 けれど癒された其の傷を与えたのは、エンツォでも、エリオでもエルモでも、怨霊達ですらなく……、とらが、喜平のB-SSからエンツォを庇って出来た傷。 「とら! やめてよ気が狂ったの?」 叫ぶエンツォに、とらは握った彼の手を自分の胸に当てた。 「兄貴達の思いを無駄にしたくないなら、戦いをやめて生きろ。嘆きの聖者を棄てるんだ。楽器がないなら歌えばいい……それでも、もしどうしても誰かに戦(おど)って欲しいなら、これからは俺が戦ってやる」 雨に冷えた手に伝わるとらの熱い体温。 でも其れは熱過ぎる。エンツォはもう自分を理解して貰おうとは思っていない。出来るとも思っていない。 だって今の言葉だってエンツォには辛過ぎる。余りに強くて、けれどもすれ違った想いは、鞭より痛く心を打ち据える。 エンツォは死霊術師だ。死人使いだ。最初っから、生まれた時から、根っこの部分がそうなのだ。其れを捨てる事なんて出来やしない。 「ダメだよとら、こんな事してたらとらの居場所がなくなっちゃうよ……」 柔らかい胸だ。エンツォの力なら其の奥の心臓をこのまま毟り取る事だって出来るのだ。 だから恐れろよ。だから離れろよ。もう充分だ。君の言葉は、気持ちは、行動は、嬉しすぎて辛いんだ。 「俺を道連れにしてここで討たれて死ぬか、戦いを捨てて俺と一緒に生きるか決めろ……俺としてはエンツォに生きて、きちんと兄貴達を眠らせてやって欲しい」 喜平はきっとこの状況でも構わず引き金を引くだろう。彼は正しくアークのリベリスタで、アークの怒りを代弁している。 でもとらはエンツォを庇う事をきっとやめない。それが彼女の立場を圧倒的に悪くする事を理解しながら。 このままだと彼女が居場所を失ってしまう。自分のせいで。 そんなの嫌だ。絶対に嫌だ。 とらが自分を敵だと割り切りかかって来てくれたなら、こんなに苦しい思いはしなくてすんだのに。 ………………………………不意に怨霊達の姿が消え、エリオとエルモの死体が其の手のサクソフォーンを地に落とす。 「…………降参する。君達の好きにして、好きに裁いてくれたら良い」 とらの居場所が無くならない為には、彼女の行動には意味が無ければならない。 「もう良いよとら。僕はやっぱり君が大好きだよ。ありがとう」 だからエンツォはリベリスタ達の言葉を理解しなかったけれど、全ての抵抗を放棄した。 抵抗をやめたエンツォの頭部を喜平の打撃系散弾銃「SUICIDAL/echo」の銃口が捉えている。 けれどとらとの間に交わされる視線に、踵を返して喜平が歩み去って行く。この下らない茶番の結末が心底気に食わないと言う様に。 ● 駆け付けたアーク職員に革醒者用の拘束服を着せられ、声を封じる為に口を塞がれながら、エンツォは灰色の空を見た。エルモとエリオの亡骸も彼等に拠って運ばれていく。 嗚呼この空の下、今もきっとバレットは混沌組曲がアンコールの最後の準備をしているだろう。 『バレット様、今の僕を見ればきっと貴方は失望するだろうけど、それでももう一度会いたいよ。どうか死なないで』 視線を下ろせば、とらが何事かをアーク職員に訴えている。エンツォはとらの顔を瞳に焼付け、そして目隠しがかけられた。 「詮無きことですが、楽団が事件を起こす前にこうやって説得できていれば……」 連れられて行くエンツォを見送る佳恋が呟く。 多くの犠牲が出る前に、リベリスタが仲間を失う事も、彼が家族を失う事も無かったのに。 確かに言っても詮無き事ではあるが、それでもそう思わずには居られなかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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