●桜の神社 小高い山の上、百段ほどの石階段を登った先に其の神社はある。 普段は無人の境内は少し古びているが、この季節になれば敷地内に咲く匂桜を観に訪れる客でいっぱいに賑わう。 春風の吹き抜ける境内には今、見事なまでに桜が咲き誇っていた。 あたたかな気温の中、桜を観に来た人々は思い思いに歩き、敷布を広げ、春の花を眺めている。 ひとひらの淡い薄紅色の花弁が宙に舞えば、風が桜色に染まったかのよう。 何でも、その神社は恋と縁の宮とも呼ばれる場所らしい。花見客も多いことながら、恋の成就や縁結びを願いに来る人も少なくないらしい。 また、一人で訪れるよりも誰かと一緒にお参りすると更に縁が深まるとか。 そんな密やかな噂もあり、恋のことばかりに限らず、友人や家族同士の縁を願っても良いらしい。兎にも角にも、其処に流れる空気はとても穏やか。 桜の彩に満ちた神社は平穏な日和となっており、幸せな時間が流れている。 ●花見の誘い 「みんな、花見に行こうぜ。花見!」 元気の良い声を響かせ、『ジュニアサジタリー』犬塚 耕太郎(nBNE000012)は尻尾を振って仲間を誘う。 遊びに行こう、と彼が誘ったのは小高い山の中腹に建つ神社だ。 其処は以前にリベリスタがアザーバイドから守った場所でもあり、その甲斐もあってとても綺麗な桜の花が咲きはじめたのだと云う。 「丁度良い機会だからね。俺と耕太郎で話し合って、是非皆を誘おうという事になったのさ」 『サウンドスケープ』斑鳩・タスク(nBNE000232)も話に加わる。 無人であるため、いつもは少し寂しげな神社も、この季節ばかりはささやかな出店が出ている。 桜の花を湯に浮かべた桜茶をはじめとして、桜餅や桜味のカステラを出す和菓子の店。この季節限定の花見弁当を作り、境内にまで売りに来るお弁当の店などだ。 「俺は桜餅を買いに行きたい。あれ、すっげー美味いもんな!」 「良いね。でも夜には店が閉まるみたいだよ。その分、夜桜は静かに見られて綺麗だと思うけれど」 夜には出店は無いようだが、昼とはまた違う様相が見られるだろう。 薄青の空が広がる昼と、しんとした穏やかな闇に包まれた夜。どちらを見に行くのか選ぶのは難しいね、などと話しながら少年達は会話に花を咲かせた。 そんなとき、一人の少女が口を開く。 「素敵なお誘いね。ねぇ、私もご一緒しても良いかしら?」 彼女の名は『ブライアローズ』ロザリンド・キャロル (nBNE000261)。この春から新米リベリスタとなった少女もまた、桜の花見に興味を示したようだ。 「おう、ロザりんも来いよ。人が多い方が楽しいんだぜっ!」 「わざわざ聞かなくたって良いのに。ロザリンドも同じリベリスタだから、ね」 耕太郎とタスクが快く答え、少女は安堵の交じった吐息を吐く。そして、明るい笑みを咲かせたロザリンドは胸を張り、とん、と拳を胸元に当てた。 「ありがとう。それならお弁当やお菓子は私に任せて。こう見えても料理は得意なの!」 そうして三人は笑みを交わし合い、花見へと思いを馳せる。 巡りゆく季節。期待と希望に満ちた春。桜の下で過ごす時はどんな思い出に染まるだろうか。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:犬塚ひなこ | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月15日(月)23:15 |
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● ――春。それは新しい何かが始まる季節。 成人を迎えた友人達の祝いもまた、新たな門出になる。 二十歳という歳は大人への入口。此処から始まり、続いていく人生の転機でもある。 「それじゃ、二人の成人を祝して乾杯!」 「無事生き延びて成人を迎えられたことに……乾杯!」 快が酒が注がれた杯を掲げて音頭を取ると、幸成がそれに倣い、悠里とエルヴィンも続く。振る舞われていく酒類は快の店の物。そこでふと悠里は首を傾げ、妙な違和感を覚えた。 「この酒、俺達の奢りといえど快の売上になってるような?」 実質は自分の出費だと気付いた彼だったが、今はめでたい席。まぁいいか、と目許を緩めた悠里は空になった後輩の杯に酒を注いでやった。 その間も快は持ち寄ったつまみやピザを口に運び、これも日本酒によく合うのだと勧めた。 「へえ、ピザに合うのか。……あ、いいね」 エルヴィンはチーズの口当たりの良さに感心し、幸成も花見屋台の焼きそばに舌鼓を打つ。ほんのりと酔いはじめる二人を見守り、快は明るい笑みを湛える。 「これからは飲み会の話があったら声掛けるから。二人共フリーだし予定は気にしなくていいよね!」 「ああ、何時でも誘ってもらって大丈夫だぜ」 妹に怒られない程度に、とエルヴィンが答える中で快が気になったのはこの神社の謂れのことだ。 「ここ、縁結びの神社なんだよな」 「そうみたいだね。僕と快には必要ないけれど、意中の人がいるならお参りしてみるのもいいかもね」 もう縁は結ばれていると余裕を見せる悠里に対し、幸成の様子が何やら微妙に変わってゆく。 「縁結び……で御座ると……?」 忍びたる者に女性関係などいうものは不要。そんなことを口にしてみた幸成だったが、その声は震えている。反面、エルヴィンはよく女性に声を掛けるが故に動揺していない。 「エルヴィンくんは好みのタイプとかあるの?」 「んー、迷いながらも前に進もうと頑張ってる子、かな。なんかつい声かけちまう」 悠里が問い掛けるとエルヴィンも真面目に答える。黒部も成人したんだから飲みに誘えばいーじゃん、とさらりと告げる彼の言い分に同意し、快も幸成にエール代わりの言葉を掛けた。 「幸成さんはもうちょい頑張ったほうがいいんじゃない?」 「良き伴侶を得て幸せに溢れるお二人を見ていると、よきものとは思うで御座るがね! ほろびよ!」 うっかり最後に本音が出てしまう幸成に対し、友人達は可笑しげに笑いを堪える。 時間が賑わしく過ぎていく中、満ちる季節の心地は暖かな風を運んでくれた。 淡い心地と春の匂い。 蕾だった桜が咲いた事に安堵を覚え、あひるは今日をめいっぱい楽しもうと意気込む。壱也も友人が守ったという場所を見渡し、嬉しげな笑みを湛えた。けれど、今日の二人は花より団子。 「あ、この焼きそば美味しい。壱也、半分こしよっ!」 「あひるちゃん、これもおいしいよっ!」 買って来た食べ物にきらきらと瞳を輝かせた少女達は美味しいものに幸せめいっぱい。仲良く半分ずつ分けあう二人が一息ついたとき、ふと壱也が鞄から小さな容器を取り出した。 「じゃーん! しゃぼん玉!!」 桜の中で飛ばせばすごく綺麗だと思って、と笑顔を見せた壱也にあひるも表情を輝かせる。 「わ、懐かしい……! 大きいの飛ばそっ」 そっと息を吹けば、ふわりと浮かんだしゃぼん玉に桜の色が映った。薄い虹色の中に入り込んだ淡い色に眼を細め、二人は春の景色を堪能していく。 そんな中でも、ちゃっかりしたあひるはデザートを食べることも忘れていない。はたと気付いた壱也はカロリーが気になってしまったのだが、既にいっぱいに頬張ってしまった後だった。 「だ、ダイエットは明日から! だよね!」 「うっ! ダ、ダイエットは……また始めれば、いいよ! うんうん!」 思わずあひるが吹き出しそうになるが、すぐに笑顔を湛えて頷く。後で女子力アップのためにお参りにも行こう、と笑い合う少女達。少しくらい食べ過ぎたって楽しければ良い。 何故なら、恋と甘いものとお喋りは女の子としての証なのだから。 暖かい春の陽気、のんびりとゆっくりと流れる時間。 咲き誇る桜の下、腰掛けた糾華はリンシードと共に過ごせるひとときに幸せを感じる。桜を眺める最中、気が付けば糾華の頭は彼女の膝の上へ。 「お邪魔します……なんて」 糾華が戯けたように照れ笑いを浮かべれば、リンシードも思わず微笑みを湛えた。 「ふふ、いらっしゃい」 綻ぶ彼女の顔を眺めたリンシードは、その綺麗で長い髪をやさしく梳いてゆく。桜よりもお姉様を眺める方が楽しい、なんてことを心の中で思いつつ穏やかな時間は過ぎていった。 「贅沢をしている気分、なんて言ったら笑うかしら?」 「私と桜なんて……随分と安っぽい、贅沢なんですね……?」 糾華が不意に問うと、リンシードは照れながら首を傾げる。けれどそれは価値観の相違。貴女が私の顔ばかり見るのと同じように、と糾華がくすりと笑って手を伸ばす。彼女の髪に落ちた桜を払い、糾華は思い出したように先程買った恋愛成就の御守を披露した。 「効果の程は如何かしら?」 悪戯っぽく聞く糾華の掌を御守ごと握り、リンシードは緩やかに首を振る。 「そんな物……無くたって、私達の仲が切れる事なんか、ありません……」 たとえ運命が縁を切ろうとしても、それに逆らってみせる。凛と告げた少女の言葉に満足そうな表情を湛え、糾華はもう一度思いを口にした。 ――とても幸せね、と。 ● 散る前に一度は見てみたかった景色を瞳に映し、ユーヌは周囲を見渡す。 「ふむ、綺麗に咲き誇っているな」 害獣に襲われたとは思えない程に咲く花々。よく見れば折れた枝もあったが、これもユーヌ達がこの場所を守った証でもある。竜一は満足気に頷くと、彼女の前で膝をついた。 「というわけで、肩車! なあに、遠慮することはないよ」 「別に肩車などしなくても良いんだが」 一応は断るユーヌを押し、上手く肩車の体勢に持っていく。その際にちゃっかりふとももに頬を寄せる辺りはいつもの竜一である。そんなに顔を緩ませて補導されても知らないぞ? と息を吐くユーヌだったが、負担をかけないよう均衡を取り、彼の頭を優しく撫でてやった。 「よしよし、どこがみたい?」 「行くならあっちだ。あそこも喰われていたはずだからな」 了解、とユーヌの指示に従って歩く竜一はぺろぺろモードに突入。やれやれ、とされるがままなユーヌに竜一は主張する。 「俺はただ、いつだってユーヌたんを見続けていたいだけさ! 触れ続けていたいだけさ!」 桜よりも彼女が好きで美しいと思う。その愛と思考は最早、万年の春。 「いつでも見て触れられると言うのに。まぁ、別に言われて悪い気はしないがな?」 いつもの調子のユーヌもまた、背筋を丸めて竜一の顔を見下ろす。 頭を腕とふとももで抱きしめられた彼は至高の表情で頬を緩め、幸せな心地をを味わうのだった。 敷布の上に寝転がり、シェリー流れる雲を見上げた。 白と青の空に桜を重ねれば、暖かい春の陽気がとても心地好い。良い香りうとうとしかけ、シェリーははたと起き上がる。 「如何、寝るところであった」 寝るのは構わないが、先ずは境内にある出店の食べ物は制覇しなくては。そうして立ち上がったシェリーはいつしか満腹になるまで甘味を楽しみ、再び空を仰いで寝転んだ。 「はーるよこい、はーやくこい」 昔を思い出して瞳を閉じる。次の瞬間には、その意識は心地好い微睡みへと落ちていった。 ひらひら舞う桜に気を取られている少年の背後に回り、夏栖斗は勢いよく背を叩く。 「ちーっす、こーたろー」 「うおぅ!? 何だ、夏栖斗じゃん」 尻尾をびくっと振るわせた耕太郎に悪戯っぽい笑みを向け、夏栖斗は花見の輪に加わった。からかいたくなるんだよ、と告げる彼に少年は不服気だったが、これもいつもの遣り取りだ。 そして、「お友達?」と傍に居たロザリンドが首を傾げると、夏栖斗は挨拶をする。 「うっす、僕は御厨夏栖斗。よろしくな」 「カズトね。ええ、どうぞお見知り置きを」 笑みを交わす中、彼の裡に過ぎったのは仲間と戦いについての複雑な思い。 それでも、出会いを大切にする思いは忘れたくはない。とにかく景気よく花見をしようと夏栖斗が意気込んだ時、不意に桜花が舞い降りる。 「へっくしょんっ! ……て笑うなよ!」 途端にくしゃみをした彼を耕太郎達がくすくすと笑い、辺りに穏やかな空気が満ちた。 そんなとき、賑わいに誘われた雲雀がその場に顔を出す。 「やーおいしそうなお弁当だねー。僕ももらっていい?」 「おう、お前も来いよっ!」 雲雀を誘い、耕太郎が手を振った。じゃあ遠慮なく、と腰を下ろした雲雀は卵焼きを口に放り込む。 「んまいねー。これは誰作なのかな。ロザリンドくん?」 「ええ、そうよ。褒めて頂けて光栄だわ」 将来有望なお嫁さんだね、と雲雀が告げれば、少女の頬が途端に赤く染まった。よきかな、とその様子をおかしげに見守った雲雀。そして彼は桜を見上げるべく、手近な枕を見つけて敷布の上に寝転がる。 「こら、俺の尻尾を枕にすんなよー!」 「僕、もふもふ大好きなんだよねー」 騒ぐ耕太郎に対しても雲雀はマイペース。そうして、賑わしい時間が流れていき――。 「コータローくーん! あーそびーましょー♪」 元気良く掛けられた声に耕太郎が振り返ると、以前買った春服を着たエフェメラが手を振っていた。 「おー、エフェメラ! その服、すっげー似合ってるじゃん」 素直な感想を告げた少年に嬉しげな笑みを返し、エフェメラは広げられたシートに腰を下ろす。見晴らしの良い桜の景色はうっとりする程の美しさ。やるよ、と耕太郎から渡された桜餅を受け取り、エフェメラは日本の春を満喫する。 「わぁ、ピンク色のおもちっ♪ いっただっきまーす♪」 桜の葉ごと食べられるのだと紹介され、エフェメラは興味津々。口に入れた瞬間に広がる塩加減と甘さに彼女はあっという間に桜餅を平らげ、もう一個ちょうだい、と手を伸ばした。 「あっ! それ俺の……!」 しょぼんと耳を下げた耕太郎だったが、タイミング良くベルカが参上する。 「案ずるな同志犬塚。団子たべようぜー」 両手に団子を装備したベルカは英雄のように見えたのだろう。流石同志、と耕太郎は瞳を輝かせた。 古来、人は花を愛でて来た。 その歴史は今ここで語り尽くす事など出来ないほどに長い。ベルカは神妙に語り、カッと目を見開く。 「しかし! 花見と言えば、もうひとつ語るべきモノが存在する!」 それは――団子! 時はまさに春真っ盛り。咲き乱れる桜の下で、陽気に団子を頬張る。つまり花より団子。 そんな幸せを感じながら、ベルカはエフェメラや夏栖斗にも団子を振る舞う。そんなこんなで色々と、花見の一時は楽しく巡ってゆくのだった。 ● 以前からの約束を叶える為、雪佳とひよりは桜を観に向かう。 百段もある石階段を登るのは一苦労。だからゆっくり行こうと決め、二人は緩やかに歩を進めた。 「桃村さん、約束叶えてくれて、ありがとうなの」 次第に見えてくる桜を見上げ、ひよりはふわりと微笑む。風に遊ぶ花弁を見ていたら、疲れも忘れて自然と笑顔になってしまう。雪佳も彼女の言葉に小さく頷き、ひらひら舞う花に視線を遣った。 「いや、こちらこそだ。舞い散る桜の花は綺麗だな」 そうして、境内へと辿り着いた二人は作法に則ってお参りを行う。 真剣に参拝しているひよりを横目で微笑ましく見つめ、雪佳も手を合わせて願った。 「ふわふわもふもふした動物が……その、嫌いじゃないんだが」 「桃村さんともふもふとのご縁がありますように」 控えめな願いを口にする彼の傍、ひよりはしっかりと縁をお祈りする。見事に縁がない雪佳がしょんぼりした仔犬みたいでかわいいな、と感じてしまうが、それはそれ。大事だから、喜んでる顔の方を見ていたいと思ったのだ。 「二人分のお願いごとなの。神様にも、きっと届くの」 だから大丈夫、とひよりが更なる笑みを浮かべれば、雪佳も双眸を細めた。 「ああ、一緒に願ってくれてありがとう。縁が結ばれる様、俺も切に願うよ」 だが、自分が可愛いと思われていたのか。不思議ながらもくすぐったい感慨を覚えてしまう。 そして二人は桜を見上げ、春の彩を楽しんでゆく。 真っ青な空と暖かな風。桜の宮に参るならば、今日が一番の日和だ。 先日の買い物で選び合った服を着ての初お出掛け。亘とタスクは妙な気恥ずかしさを覚えたが、そんな思いは隠しつつ。ご縁にかけた五円を賽銭箱へと放り込み、亘は手を合わせた。 此処は縁の宮だが、亘自身としては恋の望みだけは自分の手で掴むと決めている。“彼女”を思い、真剣に己の心を律する亘の様子に気が付き、タスクはふと問い掛けた。 「で、亘は何を願ったのさ」 「タスクとこうやって過ごせる日がずっと続きますようにってお願いしました」 「……え、あ、ありがと」 その返しは意外だったのか、少年は戸惑いながら礼を返す。その様子が妙におかしく、亘は満面の笑みを浮かべて友人の姿を微笑ましく見つめていた。 満開の桜を見上げ、そあらは恋と縁の宮を見渡す。 「きれいなのです。こんなにきれいなら、きっと一人でお参りしても効果抜群に違いないのです」 そあらは境内に足を踏み入れ、縁を願って手を合わせた。 あの人と、いつまでもらぶらぶでいられますように。あの人の可愛い奥さんになれますように。 懸命に願いを告げ、そあらはふと神様に聞かれたと思うと恥ずかしいと頬を赤らめる。そうして無人のお守り売り場に辿り着いた彼女は、彼の分と合わせて二つの縁結びの根付を購入した。 ――どうか、縁が繋がり続けるように。 最後に祈ったそあらは、帰りのお土産にいちごあめを沢山買おうと意気込み、桜の花が綺麗に舞い散る路を歩き始めた。 ● 『こい』は概念しか解らずとも、『縁』は分かる。 こうして此処に居るのも運命の糸とこころが繋がり、未来に続いた結果だから。オレはそう思うんだ、と独り言ちたヘンリエッタは桜の宮を見渡して己が抱く縁を思う。 神と云う、ひとのこころに住む偶像も識っている。 それに振り回され、嘲りながらも信じ続けて縋って――でも、最後には救われた乙女をヘンリエッタは知った。そこで、彼女はそれがこころの一部なのだと学んだ。 「にれいにはくしゅいちれい、だったかな」 本で読んだ作法を真似、ヘンリエッタは手を合わせる。 ――良き縁の続くように。 そうやって心を識った今。願うのは、自身にとって誓いのようなもの。 手を繋ぎ、見上げる桜は景色を淡く染めている。 「すごく綺麗ね。こうして一緒に桜を見られて、本当に良かった」 ミュゼーヌは隣を歩む三千に微笑みかけ、桜の心地を満喫した。特に今年はお花見デート出来ないと思っていたから、嬉しさもより一層深くなる。 「そうですね。すごくきれいなものを、一緒に見ることができて、うれしいです」 三千も笑みを返し、桜を見遣るミュゼーヌが人に衝突しないようにとさりげなく手を引いた。 そうして、二人は静かに参拝を行う。顔をあげたミュゼーヌは願いが叶うようにと思いを抱き、三千に問い掛けてみた。 「三千さんは、何をお願いしたかしら。私は……ずっと、大切な貴方と一緒にいられます様にって」 「僕は……僕も、ミュゼーヌさんと一緒にいられますようにってお願いしましたよ」 大切な人だと告げられた言葉に三千は嬉しくなり、頷きを返す。これからも戦いは続くけれど、自分がいつでも貴方を支えて護りたい。そう告げ返した三千の言葉にミュゼーヌは照れ臭そうにはにかんだ。 貴方と同じで良かった、と双眸を緩める彼女は心からの嬉しさを感じ、三千を真っ直ぐに見つめる。 「一緒なら願いや想いも強くなるし、絶対叶うわ。……ううん、叶えてみせる」 「はい、二人の願いだから、二人で叶えましょうねっ」 三千の想いとミュゼーヌの想い。二人でひとつの願いは絶対に実現すると信じて――。 再び手を繋いだ二人は桜の路を歩み、春の暖かさに幸せを感じた。 「ねっねっ、耕太郎ちゃん。またデートしようよ、デート!」 「えっ、デート!?」 先日と同じ流れの遣り取りを交わしたルナと耕太郎。未だ戸惑う年頃の少年の手を引き、ルナは桜の神社に目を輝かせる。出店から甘い香りが漂ってくれば、耕太郎もお勧めの桜餅屋台へとルナを引っ張り――暫し、色気より食い気な時間が巡った。 気付けば両手いっぱいの食べ物を抱えたルナを、小遣い不足の耕太郎は羨ましそうに見つめる。 「なぁ、ちょっとだけ分けて貰ったりとか……駄目か?」 「もちろん。私だけじゃ食べきれないし、耕太郎ちゃんも食べて食べて!」 「やった! ありがとな、ルナ」 明るく笑んで答える彼女に対し、少年は嬉しげに尻尾をぱたぱたと振った。そして出店を楽しんだ二人は今日の目的でもあるお参りを行いに境内へと向かう。 贔屓の野球チームが勝ちますように、と何やら真剣に願う少年。 その傍で小さく笑んだルナが願うのは――彼や皆ともっと仲良くなれますように、ということ。 一人佇み、ニニギアは桜の景色を瞳に映す。 露店で購入した団子や甘味を手にして、向かうのは神社の内部。 本当は彼と一緒に来たかったが、出掛けている故に今日はひとり。多くの任務を経験し、互いに帰りを待つ状況だっていつものこと。それでも毎回、心配することに変わりはない。 (愛する人が無事に早く戻ってきますように) からん、と鈴を鳴らして手を合わせたニニギアは懸命に祈る。今回もきっと大丈夫。 そう信じてふと振り向くと、境内の桜がとても綺麗に咲いている姿が見えた。 「一緒に見たいな……。あぁもう、早く早く!」 彼と共に過ごせる時間を夢見て、急かすような気持ちを抱いたニニギアはもう一度神社へと祈る。 桜が綺麗だよ。今も貴方のことを想っているよ。 そんな風に、伝えたい思いがたくさんあるから――。 ● 「……というわけで、ここはこないだ私がアザーバイド退治した場所なのでした」 石段を登り神社へ向かう黎子。その後に続き、火車は彼女が仕事の経過を見に来たのかと納得する。薄明かりが照らす夜の神社。桜はひらひらと舞う。 「うん、静かに見る桜もやっぱり悪くないですねえ。風流で、花鳥風月と言いますか」 頭上を見上げる彼女が零した言葉に火車はふと思い留まり、一拍遅れて驚いた。 「かかか花鳥風月ぅ!? 意外! そういう単語も知ってんだな」 黎子にとっては失礼な言葉だが、火車は感心を覚えてしまう。そうして彼等の視線は桜の天蓋へと移り、火車は暫し美しい光景に目を奪われる。しかし、ふと気付けば黎子の姿がない。 「ん……? なんだ、アイツ何処行った?」 また迷子になったかと辺りを見渡した火車は、神社前で立ち止まっている黎子を見つけた。彼女は参拝をしているらしく真剣に願っている。 (――宮部乃宮さんも同じく平和に過ごせますように) 経過確認とは言ったが、此処に訪れた本当の理由はお願いを言い直す為。顔をあげた黎子は、いつしか隣に火車が居る事に気付いて少しの気恥かしさを覚えた。 「なんだそのツラ」 「いえ、なんでもないです」 不思議そうに問う彼から思わず視線を逸らした黎子は参拝を終える。 「ったく、ことあるごとにはぐれんなよ。ほら、行くぞ」 おかしな奴だと火車は首を傾げたが、今に始まった事でもない。溜息を零した彼はと黎子を手招いた後、桜の路をゆっくりと歩き始めた。 「地上の光に照らされ、夜天を背に浮かび上がる桜――」 なんて綺麗なのかと花の天蓋を見上げた悠月は、隣を歩む拓真へと視線を投げ掛けてみる。 「……やはり、中庭にある桜とはまた違った趣があるな」 彼もまた同じ気持ちを抱いているようで、悠月はそっと双眸を緩めた。桜の木々より舞い落ちる桜花は雪の如く、薄明かりに照らされた風景は幻想的に映る。そして、暫し花を眺めた拓真は不意に呟く。 「祖父が祖母と出会ったのはこの様な、桜の舞い散る夜だったらしい」 桜を見上げる彼は語る。 祖母は身体が弱く、長くは生きられない身体だった。あの中庭にある桜も祖母が植えたらしく自分が居なくなっても桜が見守ってくれる様に、と願いを託した。拓真自身は出会った事は無いが、祖母の事を話す祖父は何時も幸せそうだったのだ、と。 「拓真さんの御祖父様……」 『誠の双剣』の名を抱く人物を思い、悠月はあの屋敷のすべてを見続けてきた桜の樹を思い返した。 そんなとき、静かに耳を傾けていた彼女へと拓真が問い掛ける。 「悠月、君は今……幸せか?」 「――ええ、幸せです」 彼の問いに応えた悠月が微笑みを返し、あなたは? という風に小首を傾げた。すると拓真はその言の葉を噛み締めるように頷いてみせる。 「俺は……幸せだ。きっと、祖父も笑ってくれているだろう」 そして――再び夜桜を眺めた彼は、口許に確かな笑みを浮かべていた。 夜桜の中、呑み会もといエア呑みを実行する猛者が居た。 「イエーかんぱーい!」 「ふっちゃんかんぱーい!」 俊介とフツが掲げるグラスには烏龍茶とコーラ。雰囲気だけで酔えると豪語する彼等は一気にグラスを呷り、この一杯の為に生きている! と声を大にして乾杯を楽しむ。 「いやー良い桜だな! 綺麗だ、来てよかった、酒……じゃなくて茶がウマイ!」 絡み酒の如く、俊介がフツに持ちかける話題は彼女のこと。 「なーフツー、おまえんとこの彼女ちょーかわいいーよな」 「オレの彼女? カワイイに決まってんだろ」 本当に酔った者のようにばしばしとフツの背中を叩く俊介は上機嫌。フツも彼女の事となれば気持ちも浮き立ち、自慢げに語った。しかし、俊介だって負けてはいない。 「だが俺の彼女だって負けてねーしッ」 「ウムウム、そっちも美人さんだと思うぜ」 他愛なくも賑わしい会話を交わしながら、男二人はある種の友情を確かめあう。グラスも何時しか二杯、三杯と重ねていき――。念の為もう一度記しますが二人はお酒を飲んではいません。 「もっと呑めよふっちゃー、俺のお酌が受けられないと申すかー!?」 「ばっか、男からのお酌なんて受けられるわけ……おおお、ああ、いや、もう、そのくらいで!」 結局、最終的に雰囲気に酔いすぎた二人は同時に勢いよく倒れて寝入ってしまうことになる。 朦朧とする意識の中、彼等が見上げた桜は淡い彩を宿して咲き誇っていた。 二人きりでの夜桜観賞。 しかし、まさかコレは世間的にいう逢引と言う状況ではないのだろうか。雷慈慟は己の中に巡る想いを演算すべく考え込むに至る。その傍、石階段を上るミサは桜が散る様を見上げていた。 「満開の夜桜は独特な雰囲気があるわよね。幻想的って言うのかしら。……酒呑さん、どうかした?」 雷慈慟の様子に気付き、ミサは小首を傾げる。 だが、彼は何でも無いと告げ、改めてミサの姿を眺めた。普段以上に魅力が増した彼女を瞳に映し、雷慈慟はいつもの台詞を言おうと口を開く。 「紗倉御婦人。どうだろう、自分の……」 子を宿してくれないかと告げようとするが、思い直した彼は「また後日」と言い留まった。可笑しな酒呑さんだとミサは更に首を傾げ、階段を進んでいく。 「それにしても、普段運動してないから階段を上るのが面倒ね」 「ふむ、運動不足は良くないが過多も良くないな。ではこうしよう」 彼女の言葉を聞いた雷慈慟は失礼、と声をかけて無頓着にその身体を抱きあげた。一瞬は驚いたミサだったが、それが彼の優しさなのだと知って笑む。 「あらあら……私は楽出来て嬉しいけど。ふふ、落とさないでね」 ミサは雷慈慟首に手を回し、身体を預けた。 やがて、境内に辿り着いた二人は恋の宮と呼ばれるその場所で暫し桜を見上げる。縁を深めると云う御利益がある宮は、彼女達の縁をどのように繋いでくれるのだろうか。 それが分かるのは、未だ暫し後の話になる。 ● 足元に気を付けて、と涼が告げた矢先、彼女は予想通り転びそうになって体勢を崩しかけた。すぐに涼が手を差し伸べてアリステアを支え、ほっと安堵の息が零れる。 (あれ、でも手を繋いで歩くのは初めて……かな。緊張するよぅ……) 胸の鼓動を抑えた少女は涼に連れられるまま、石段を上ってゆく。次第に広がって行く花の景色に涼も感慨を覚え、ふと問いかけてみた。 「この神社は恋と縁の宮って言うんだって。キミは知ってた?」 縁が深くなるという謂れを持つ宮。彼女はそれを知って来てくれたのだろうか。それとも、と涼は思案してしまうが、この綺麗な夜桜の前ではそんなことは無粋だと思い直す。 「うん……知ってたよ。ねぇ、夜桜ってなんだか幻想的だよね」 頷きながらもアリステアは自分も知らずの間にさりげなく話題を逸らしてしまう。知っていて一緒に来た自分は彼の事をどう思ってるのだろう。 (ちゃんと考えなきゃいけない、かな) そして、少女は思う。見上げると優しく見つめ返してくれる、隣に居る彼の事を。 真剣な瞳を向けてくれるアリステアを愛らしく感じた涼は舞い落ちた桜を一片、手に取ってみる。 「……こうやってキミと今年一緒にこの花を見れて良かったな、と思うよ」 振り仰いだ桜を穏やかな気持ちで眺め、涼は二人で過ごせる時間を大切に想った。 帰り際だった耕太郎と共に、淑子は桜の石段を下りて散策を楽しむ。 ひらひら舞い落ちる花弁は夜色に白く映えて、まるで雪のよう。桜の妖精でも居そうな風情だと口を開いた淑子は不意に思い至り、首を振った。 「けれど、妖精さんが出てきたらエリューションかと思ってしまうわ」 「はは、俺も俺も!」 からりと笑った耕太郎に笑みを返し、淑子は思う。リベリスタになって色々と変わった。寧ろ変わったからこそリベリスタになった、という面もあるのだと零した淑子はふと耕太郎に問う。 「ね、あなたはどうしてアークへ来たの?」 「俺? んー、それはな……」 少年が語り出した矢先、桜が夜風に散った。 少し長くなりそうかな、なんてことを感じながら――桜の中、淑子は話にそっと耳を傾けた。 縁というのは色恋沙汰のことだけではなく、すべての繋がりを示す。 孤独の良さと人の関わりを考えながら、エナーシアは夜の桜をひとり楽しむ。 「孤独はいいものだという事を我々は認めざるを得ない。けれどもまた孤独はいいものだと話し合う事のできる相手を持つことはひとつの喜びである、なんてね」 着物姿で杯を傾け、ゆっくりと舞い散る桜に合せるように日本酒を頂く。その心地は不思議と好く、エナーシアは周囲を見渡した。 「神の社というのはやはり特別なものなのかしら」 澄んだ夜の空気を胸に満たし、花を愛でる。それだけで何故だか快い気分になれる気がした。 陽光を受ける昼の桜は華やかで、月の光を湛える夜の桜は艶やか。 まるで霧音みたいだと旭は微笑み、桜を振り仰ぐ。その言葉に笑みを返し、霧音も桜を見遣った。 旭は彼女のように桜のよく似合う女性を二人知っていた。ひとりはもう会えないあのひと。そして、あのひとに少し似た女の子。 「そいえば、きりねさんの事ってまだしらないかも。ね、きりねさんはこれまで何してたひと?」 不意に問う旭に、霧音は首を傾げる。 「私の事? 今まではフリーの……リベリスタのような事をしていたわ」 「じゃあ、好きなお花はー?」 もっと知りたい、と問いを重ねる旭はたくさんの事を聞こうと身を乗り出す。 「好きな花は、桜よ。だから毎年春は楽しみなの」 その姿に霧音は微笑ましさを覚え、今年は貴女や他の人とも桜を見られたことが嬉しいと返した。こうして過ごす時間があるから春が楽しく彩られる。そして、どうして自分の事を聞くのかと霧音が問いかけると、旭は少し双眸を薄めた。 「ついね、知ってる子と重ねちゃうの」 けれど、旭は霧音は霧音として見られるようになりたいと告げる。 「……ええ。私は私。私としても旭と仲良くなりたいわ」 だからお互いに色々と教え合い、知って行こう。 そう語りあった二人は笑みを交わし、春の夜の心地にそっと身を委ねた。 境内の中心から少し離れた場所にある東屋。 静かに流れゆく時間の中、義衛郎と嶺は舞い散る桜を遠くから眺めて春の夜を楽しむ。 霞の着物に松葉色の帯。象牙地に檜扇が描かれた着物と桜色の羽織。それぞれに風流さを感じさせる着物を身に纏った二人の姿は、如何にも日本のお花見を絵に描いた形に映った。 二人で頂く抹茶のお茶請けは草餅と桜餅。 何気なくも穏やかなひととき。義衛郎は手にした桜餅にふと視線をやる。昔は葉ごと食べる物だと思っていたが、外しても良いものらしい。そう告げようと隣を見ると、嶺は桜餅を葉ごと食んでいた。 「あ、れーちゃんはそのまま食べる派なのね」 「葉っぱの塩気が好きなのですよー」 淡く微笑む嶺は舌先に感じる甘さにも頬を緩める。 こうしていると、不思議と先日まで繰り広げていた激しい戦いも随分前の出来事のように思えた。決戦の最中にいるときは生きた心地がしなかったが、終わってみればあっという間。命の危機を感じないでも無かったが、お互いに生きて、今此処にある平和を感じることが出来ている。 義衛郎は桜を振り仰ぐと、しみじみとした様子で桜餅の最後の一口を口の中に放り込んだ。 「来年も花見、できたら良いなあ」 そうして彼が零した呟きを聞き、嶺も抹茶の碗へと手を伸ばす。 「ふふっ、来年もまた来ましょうね」 春の心地と二人の時間。叶うならば――ひととせが巡った来年のその先も、ずっと。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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