●今日 例えば子供の頃、風邪で学校を休んだ日。 辛くて苦しくて、ずっと寝ている事しか出来ない。布団から出られない。 そうして朝が過ぎて、昼を越えて。聞こえてくる。 近くの公園で、住宅街の路上で。子供達の声、走る足音、笑い声。 騒がしくて、賑やかで。近いはずなのに、遠い。 まるで見えない壁がある様に、まるで別の世界の出来事の様に、酷く遠い、その風景。 ああ、楽しそうだなあ。良いなあ。うらやましいなあ。 さみしいなあ。 病気が治ったら、あそこに戻れるかな。 元気になったら、またあんな風に笑えるかな。 明日はきっと、一緒に遊ぼう。 そう、自分に言い聞かせて、でも弱った心と体がネガティブな気持ちを際限なく呼んで。 もうあっちには戻れないのかな。笑えないのかな。遊べないのかな。 そんな不安と熱に浮かされて悶々とし続けて。 今からすれば他愛も無い笑い話だけど。 でも、だけど、もし仮に。 ●来ない明日 「識別名は『祭鬼』、E・フォースだが、数は少々多いな」 ブリーフィングルームで『まやかし占い』揚羽 菫(nBNE000243)はそう言うと、映像を指し示した。 映し出された祭鬼達は、鬼と言う割にはしかし角を持っていない。いや、むしろこれは。 「ただの人間にしか見えないんだが」 「――彼らは死者の特定の思念が集まったものだ。だから姿が違う意味がなかったんだろう」 「……桜の下で宴会してるように見えるが」 「その通りだ」 菫の返答は率直。映像の中のエリューションフォース達はそれはもう賑やかに騒いでいる。 リベリスタ達は少なからず呆れた顔を見せたが、菫はひらりと手を振ってみせた。 「場所は、とある街はずれの廃病院の裏。 綺麗な桜並木があって、病院があった頃はよく花見が催されていたらしい」 リベリスタ達は顔を上げた。 「――病院と言ったが、ホスピスの方が近かったようだな。 もう治る見込みの無い人達の最期を看取り、穏やかに過ごして貰う為の施設、か」 リベリスタ達の顔に、ゆっくりと理解が広がる。 「桜は、せめて患者達の目を楽しませるためのもの、だったらしい。 それはそれで、間違いではないんだろうね。花は心の栄養だろうさ」 ああ、楽しそうだなあ。 良いなあ。 うらやましいなあ。 そうして思念は遺り。溜まり。神秘はそれに形を与えた。 「彼らの習性は――目的は、花見の宴会をする……違うな」 菫は言葉を止め、少し首をひねった後、訂正した。 「皆で楽しむ事。騒ぎ、笑い、過ごすことだ」 一緒に。 それは騒がしくて、賑やかで。きっと凄く、楽しい。 ●約束の明日 『あははははは! それ呑め! 呑め! 呑ーめ!』 『王様だーれだ!』 『ちょっとー、食べてばっかりいないで花を見なさいよー』 『野球拳しようぜ!』 ああ、楽しいな。 『こらー! 桜の枝を折っちゃいけませーん!』 『私のお弁当が食えないってのかー!』 『これ美味しい、誰が作ったの?』 『野球拳しよーぜ!!』 ああ、良いな。 『綺麗だねえ』 『うん、そうだね、とっても綺麗』 『なに浸ってんのさ! こっちでもっとだべろうよ!』 『野球拳しようってば!!』 ああ、嬉しいな。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ももんが | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月17日(水)22:59 |
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● 「お花見といえばお団子なのです。 そあらさん、この日の為に三色団子を作ってきたのです」 「花よりダンゴのワタシです。あ、間違えたけど間違えてませんね」 悠木 そあらの広げた団子に、海依音・レヒニッツ・神裂が何かが違うイントネーションで反応する。 「愛するひとがお花見にこれなくたって寂しく無いのです」 ><。な顔するそあらさん。 彼女の作ってきたという、ピンクと白と緑の定番のよく見るあれは――しかし。 「いただきま……なんだこれ。顔?」 つまみ上げた菫が怪訝そうな声を上げた。 アークに来てから日の浅い菫には、団子に描かれた(´・ω・`)の意味はよくわからなかったのである。 『お、新人さんかい? きみらも一緒に、花見といこうや!』 人の気配に気付いた祭鬼が陽気に声をかけ、こっちこっちと招くように手を挙げる。 「祭鬼達は……見た目は普通の人と変わらないのです」 そあらは小首を傾げる。彼らが酔っ払っても、彼女が(´・ω・`)団子と間違ってかじられる心配はなさそうだ。愛想よく笑った海依音が、祭鬼に手を振り返し歩み寄った。 「日本は素敵ですよね。春夏秋冬の侘び寂びを感じれます」 そう口にして、海依音は肩越しに廃病院を見る。 ――残された思いが形になるのは神秘の悪意なのでしょうが。 咲き誇る桜の花は、重なる花弁の中に仄かな桃色を覗かせる。 斬風 糾華の、黒を基調とした服にひらり舞い落ちたはなびらは白に見えても、その本質はこの優しい色にあるのだろう。焦燥院 フツが持ってきたシートの上に糾華が広げたのは、サンドイッチ、果物の盛り合わせ、食べやすいように考えられたオードブル。その出来栄えに頷いたアーリィ・フラン・ベルジュが小さなあくびを噛み殺し、糾華もつられそうになる。サンドイッチはアーリィも手伝ったのだ。ふたり、朝早くから作業した甲斐あって、そのお弁当はとても美味しそうだ。 「みんな揃ってるの? じゃあ……」 アーリィの声に、【黒蝶】の面々の目線が糾華に向けられる。 糾華は皆が何かしら飲み物を手にしているのをさっと確認して、すっと立ち上がった。 「こんな素敵なお花見を皆と一緒に出来て、私は本当幸せ者だなって……思ったりなんて」 少し目を細めてそうつぶやくと、彼女は軽くコップを掲げた。 「満開な桜と私の素敵な仲間たちに!」 「「「乾杯!」」」 いくつもの声が重なる。 中には、ちゃっかり紛れ込んだ祭鬼のものも混じっていた。 「このサンドイッチ美味しいね。わたしはこういうの出来ないから羨ましいな。 ――あ、このお茶も美味しいね」 コップをまじまじと見つめたフランシスカ・バーナード・ヘリックスが、その飲み物への感想を口にする。 外観は味気ない白の紙コップだが、その内側は僅かな薄紅色をした液体が注がれていて、ゆらゆらと一輪の花が揺れている。 桜茶だ。 宵咲 氷璃が口の端を上げる。 「ほのかな梅酢と桜の香りが鼻腔をくすぐるわ。――糾華。お花見に桜茶とは良い趣向ね?」 二日酔いに聞くらしいわ、と続けて、極短い間だけ睫毛を伏せた。美しく散る、と名付けられた男は桜の季節を待たなかった。子供扱いしていた彼女にも――だからこそ、思うこともあるのだろう。 その横で、リンゴジュースを手にしたセラフィーナ・ハーシェルが桜の木を見上げて呟く。 「……私がアークに来たのも桜の季節だったかな」 姉が守ったものを守るために。あれから季節が一巡して、いまがある。 「去年は一人で眺めていたけれど、今年はこんなにたくさんの友達と来れました」 どうかしたのかとフランシスカが顔をのぞき込んだのに気がついて、セラフィーナが微笑む。 「アークに来て良かったです。これからもいっぱい、皆と思い出を作っていきたいです。 ――これ、手作りお弁当、皆の分までいっぱい作ってきましたよ。遠慮なく食べてくださいね」 にっこりと笑ってセラフィーナは、持参した、ハンバーグやからあげを詰め込んだお弁当を広げる。ミリィ・トムソンも自分の持ってきた物を取り出した。 「私はから揚げ等の皆で摘めるおかずを用意しておきました」 からあげ大人気。 「私も手料理を持ってきているわ。……まぁ、簡単に作れるクレームブリュレだけれど。 甘いものは別腹、デザートには丁度良いでしょう」 氷璃もまた、自分の荷からラメキンの皿を持ち出して来た。 「皆、色んなの持ってきてる……! どれも美味しそう……」 目を丸くした翡翠 あひるが、端に隠れるようにサンドイッチを取ろうとして、 「花見を楽しんで、Eフォースを成仏させることもできて、一石二鳥の依頼だな!」 気がつけば人の中心にいる僧職系男子に捕まえられていた。 「端に隠れるなんて、そんなことはさせないぜ! なんでかっつーと、常にオレが隣にいるからだ!」 (知っている人も多いだろうが、あひるも緊張もしてるだろうからな……) フツは内心で恋人を気遣いつつも、いつものとおりに笑ってみせるも、あひるが隠すように持っていたものに気が付き、更に破顔する。 「よし、それをあーんしてくれ」 「くわ……他のが豪華過ぎて……出すのが恥ずかしい……」 自分の口を指し示したフツに、あひるは少し戸惑いながらも彼氏の口元にそれ――丁寧に切られた野菜スティックを運ぶ。微笑ましい光景だが敢えて言わせていただく。ばくはつしろ。 サンドイッチを手にした祭鬼を、リンシード・フラックスがじっと見つめる。その視線に気がついた祭鬼が、ぎょっとした顔で一時停止した。 『ええっと、ど、どうした?』 「糾華お姉様のサンドイッチなんですから……よぉく味わって食べるんですよ……それはもう極上品なんですからね……? 他の方も、食べてくださいね……あ、私の分も残して置いてくださいねっ……!」 「ねぇ、リンシード」 何やら不思議なテンションのリンシードに、糾華が声をかける。 「それ……何時になったら食べさせてくれるのかしら?」 糾華が指摘したのは、リンシードの背中に隠すように置かれていた弁当箱らしき包み。 「一応……卵焼き、作ってみようとがんばったのですが……ただの卵焼いたのになったので……」 「普通だから? 失敗だから? 馬鹿ね、貴女の手料理だから良いのよ」 「え、あ……えと……食べて頂けるなら……すみません、ありがとうございます……」 糾華に、躊躇っていたのをやんわりとたしなめられ、リンシードは照れた表情を見せる。 「リンちゃん、すごいエキサイトしてるね……」 「ええ……」 「リンシードは頑張れ。」 一連のやり取りを見ていたアーリィの呟きにミリィがうなずき、フランシスカが何かを応援した。 「今年は随分花見の機会が多いってなモンでー!? ただ飯を食いに来た。……ってオイっ! コノ野郎バカ野郎! そりゃオレが楽しみに取っといた肉で……あぁ~!? テメーそりゃあかんだろ! 貴様の皿にある取っておきらしいん食わせろや! ……辛ぇ!」 『ししとうの天ぷらだからな、辛いのは苦手だったか、にいちゃん!』 がはは、と笑う祭鬼に差し出された水を奪うように受け取り、一気に飲み干した宮部乃宮 火車が唸る。彼の言うとおり、今年は任務にかこつけた花見がいくつか見受けられた。 もっとも、そのあたりの理由も全くわからないわけではないのだ。 様々なことがあった冬。それを抜けた先の陽気なら、存分に楽しみたいと思うのが人の性、なのだろう。 「別に暮らしに困ってる訳じゃねぇが、アークの支給飯は、美味い。流石時村! 命張らせてるだけあんなおいィ? ブラックなんだかホワイトなんだか解らん社風だな今時。なぁ?」 水を飲み干し、肉多めの弁当に取り掛かった火車が、近くを通りがかった梅子に相槌を求めた。 「あたしに言われても困るのだわ」 「おお、調度良かったでござる!」 梅子がむぅ、と膨れっつらをしたところで、彼女に気がついた鬼蔭 虎鐵が足を早めた。 「拙者この前の事を悔い改めたでござる……そんな訳で今日はお菓子を作ってきたでござるよ!」 「この前? ――お菓子!?」 何のこと、とばかり首を傾げた梅子だったが、即座に後半の話題に食いつく。頷いた虎鐵が取り出したのは、幾つもの種類の団子である。 『おお、うまそうだな!』 「折角なんで団子を作ってきたでござる。みたらし団子、餡子の団子、草もちの団子、黄粉の団子……少し大目に作ったでござるから少しおすそ分けしても大丈夫そうでござるしな」 覗きこんだ祭鬼が、虎鐵のおすそわけ発言に目を輝かせる。梅子はみたらし団子を一つ口にすると、嬉しそうに頬を押さえた。 「お団子の、もちもちっとした感触に絡んだ甘じょっぱいこのタレ! くぅー、なかなかやるわね、虎鐵!」 「うむ、美味いのであればよかったでござる。頑張って作った甲斐があったでござる」 そろそろあの妹が怖くなってきたとかそういうのじゃないでござるよ! 別に怖くないでござるし!! と、何やら必死に続ける虎鐵である。それを聞いて火車が、思い出したような顔をした。 「そういや、梅。こないだのクリスマスは結局、妹とどんな感じで遊んだんだ?」 梅子は「内緒なのだわ!」と、楽しそうにアッカンベしてみせた。 ● 「春。 草萌え出で、動物達は歌い出す――冬の寒さに身を縮めその心を外套で覆ったカップル達も近づく足音に軽やかに手と手を取り合ってイチャイチャイチャイチャ! ウオオオオアアアアーー!!」 吠えた。 「はいレイ君落ち着いて。落ち着いて。ね? 今日はそう言う事は忘れて楽しむ日だよ」 レイ・マクガイアの怨嗟の叫びを、しかし出田 与作は慣れた様子でいなしながら、オレンジジュースの入ったコップを差し出す。 「ほら、君の好きな飲み物もお菓子も沢山あるからね」 そう言って与作が取り出したのは、彼女が幼かった頃に好きだったお菓子。ちなみにレイは既に23(どくしん)である。 「――またも見苦しい所を。任務に従い、祭鬼達と楽しい時を『あーそーぼっ!』……過ご……」 色々と突っ込みどころのある与作の様子に、レイが冷静さを取り戻した――と思った拍子にがくりと首を後ろにそらされる。放熱機関でもある長い髪を引っ張られたのだと、レイ自身にはすぐにわかった。 「おや、子供の鬼? ああ、広場に遊具があるという事は子供の患者が居た可能性があるのですね」 「ん? そうか子供か……そうだね。寧ろ子供だったなら、尚の事か……」 「酒盛りより、子供を相手する方が得意です。 なにせ普段から子供っぽい同僚の相手を……向こうが年上ですがね……こほん。 では、一緒に鬼ごっこでもしましょうか? 目一杯走り回るような、春に相応しい遊びを。ふふ」 廃病院の性質を考えれば、祭鬼たちのもととなった人物がどのような結末を得たか、想像に難くない。細い目を更に細めた与作だったが、子供を相手に遊びはじめたレイの様子を見て、その表情を緩めた。 「……子供達と遊ぶレイ君は、様になってるね。 彼女の相手に慣れてるだけじゃなくて、純粋に向いてるんじゃないかな?」 与作の目の中に、子供の祭鬼と、かつての子供の姿が映る。 ところで、残されたままの遊具だが。 「なな! ちゅけ! あれあれ! ブランコしようぜ! ブランコジャンプでどれだけ飛べるかやってみようぜ!」 「スッゲー!! カズト!! 公園にぶらんこありやしたで!! 普通あるけどな! これは乗らずにはいられない! ぶらんこが乗ってほしいってこっち見てるじゃねーーか!」 「間違いなく僕らを呼んでる! 今声聞こえたし!」 何が何だか凄まじいテンションの御厨・夏栖斗と霧島 俊介がブランコに飛びついてはしゃいでいた。 「立ち乗りでぶらんこジャンプだ! どっちが遠くに行けるか勝負だっぜ!」 「乗った! ああ、梅子はそんな格好じゃ絶対むりだよねー残念だなぁブランコジャンプおもしろいのに」 本気でブランコを立ちこぎしだした夏栖斗が、無駄に梅子を煽る。 「ぶらんこじゃんぷ……って、なんか嫌な予感がするけど」 こう? と、袖をからげて梅子もブランコに立ち、漕ぎ始める。 「めっちゃこいで、めっちゃぶらぶらする――そしていける! と思ったときにジャン、ぷぅわあああ!?」 きりっ! と、高みを目指し飛び立とうとした俊介が、次の瞬間ずざあ、と地面に顔をぶつけていた。揺れるブランコはしっかりした足場とは言いがたい。踏切に失敗してしまったのだ。 「ちゅけ、運動神経わりぃ!」 「そうだ……俺、運動神経悪いんだった」 大笑いした夏栖斗が、次は自分の番だとばかりに猛烈に勢いをつけ始める。 「天までとどけ! 僕のブランコ! いえぁああ! ジャーンプ――っ!?」 ガン。 夏栖斗は上手いこと踏み切った、と思われたが、その結果柵に顔から激突したのだった。 「だれだよ! こんなところに柵たてたの!!」 顔を抑えて夏栖斗が喚く。だが残念ながら普通立てると思うんだ、柵。 「あーあ、やっぱりこうなったのだわ」 呆れた顔で、梅子がそれを見下ろす――羽を伸ばして、中空から。 うめこずるい。 「御機嫌ようプラム嬢」 ゆっくりと地面に降りた梅子に、天風・亘が声をかけ――少しの間、絶句を見せた。 「……おっと、じっと見てしまい申し訳ない。 風に舞う桜の花弁と着物を纏う貴方が……その風情があって大人っぽくて、少々見惚れてしまいました。 ふふ、女性の方が早く大人になるとは言いますが……ちょっと羨ましいです」 「言うわね、亘。でもあたしはダークナイトじゃないのだわ」 ばさり、と黒の翼を畳んだ梅子の眼の奥に、何故か炎が見えなくもない。対抗するまでもなく最初から負けている胸の中で、何を燃やしているのやら。 「ゆっくりお話もいいですが、プラム嬢も大丈夫なら、一緒に目一杯騒ぎませんか?」 さっきまで、ケイドロをしていたところだったので、と。 そう言って笑う亘に、梅子は「負けないわよ?」と返してみせた。 (思い切り体を動かし遊ぶ――それができぬ子供というのは辛い思いを背負っていたのだろう) ブランコではしゃぐ姿に目を向けた焔 優希が思いを馳せ、ふむ、とひとつ頷くと幻想纏から呼び出した戦装束を身につけて、両手で扇子を広げた。ゆっくりと、舞うかのように演武する体の静と動。優希はその動きの中で、風にさらわれていた桜の花弁を扇の上で受け止めた。 ひらりひら、はらはらと。 「ほう! やるな! ではわしも皆と体を動かそうじゃないか!」 挑戦心を掻き立てられた四十谷 義光も、優希の横で散り落ちる花弁を睨む。 「わしは動体視力を極めるため、花びらを空中でひたすら……掴む! 掴む!」 少年二人がやすやすと桜を集める。それを見ていた祭鬼が、自分もと手を伸ばして花弁をつかもうとするも、それはするりと逃げていく。その様に口の端を上げ、優希は扇子をくるりと返した。優希の操るままに花びらが宙を舞う様は、さながら桜吹雪か。 「中々難しい物だろう? ――受け止めた花弁の量を競うのも、楽しいものかもしれんぞ」 『わたしもやってみていい?』 『僕も、挑戦してみたいな』 「ああ、もちろんだ」 扇子を借りた祭鬼たちが挑戦するのを見る優希の顔は、不器用で、穏やかな笑顔。 義光は桜の枝を、その花の隙間から差し込む光を見上げ、いくらかまぶしげに顔を顰める。 「なあ、桜って、散って葉を作ったら眠るんじゃと。 そんで、春が来たら起きて花を咲かせて……詳しいこと言うと違うかもしれんが。「朝」なんじゃな、春は。 たった少しの間だけ起きている桜を、わしらはこの目にしっかり焼き付けようと集まって、朝のまばゆい日差しのように目に見える形での「始まり」ってのを感じにきとるんかもしれん。また、頑張るぞーってなあ」 眩しいのう。なあ、あんた! そう言って、義光が顔を向けた先には、一人のフュリエがいた。 「あ。見てたのですか」 少し照れた様子で、チャノ・ビスマスは寄りそうように抱きしめていた桜の幹から離れる。 「たくさんの桜、あんまりきれいで、みとれてしまいます。 花そのものは派手でない色なのに、なんて圧倒的な華やかさでしょうか!」 頬を紅潮させた感激屋のフュリエは、嬉しそうにもう一度桜を見上げる。 その髪に、ほろりと降りた花びら。それを感じて、くすぐったそうにチャノは笑う。 「ひらひらと舞う花びらも、すてきです。私も、祭鬼さんときれいな花びら集めて遊びましょうか」 ● 「野球拳!」 「しようぜ!!」 白石 明奈とベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァが、一体の祭鬼の肩を両方から叩き実にイイ笑顔でサムズアップした。 「プラム様ー! 何卒我等にお力添えを! 宴を盛り上げる為に一肌脱いで頂きたく……!」 「盛り上げ役とか! あたしじゃなきゃダメなのだわ! ふふん、ツァインには見る目があるわね! ……って、野球拳!?」 ツァイン・ウォーレスにおだてられて豚も木に登る状態の梅子が、野球拳と聞いて固まっている。 紋付袴のツァインが、しれっと「嘘は言ってないよ?」と言ってのけた。確かに嘘はどこにもない。 「ふっふっふ……ワタシはいつものブレザー姿。 意外と点数の多いこの服、そう簡単に完全敗北すると思うなよ。絶対に負けないんだから!」 無敵のアイドル候補生が自信たっぷりにフラグを立てている。 和装の梅子、ツァインは言わずもがなだが――そう考えて見回した時に、一人だけ異質なのが居た。 「もー暑くてなー、うわっはっはー。全然酔っ払ってなんかいませーん♪」 ベルカが既に酔っている。アルコールにか、空気にかはともかくとして、他の顔ぶれと比べればかなり薄着の部類である。 「「『アウト! ハーレム! よよいのよいっ!』」」 「ああっ!?」 謎の掛け声(明奈発案)とともに繰り広げられるじゃんけん。――まっさきに負けたのは、梅子である。 (はッ、宴会? 着物? 脱衣? これはもしや日本の伝統芸能……!) 『「「よいではないかよいではないか~!」」』 明奈とツァイン、あと祭鬼の声が唱和する。 「えっ、ちょっと、ほんとにやる気?」 じり、と後退する梅子だが、前門の自警団、後門のアイドル。逃げ場はない。 がしっ! と、帯締めではなく帯の端を掴んだ明奈が、勢い良くそれを引っ張った! 「ちょ、待って待って待……あ~れ~!! ってなるわけないのだわ!」 帯締め帯揚げ帯枕。少なくとも現代では、帯を身につけるにあたって結構色々なものを使うので、アレはそう簡単にはできなかったりするのです。まめちしき。 「コマ回しにはならないのか、なら私が脱ぐ!」 「見せられないよ!?」 状況をどう判断したのか酔っぱらいが脱いだ。 それを隠そうと赤褌一丁にパージするツァインに対し、しかしベルカは 「全年齢対象と言う公序良俗の為に、下にはちゃんと水着でしたー、わははー♪」 ――やっぱり本格的に酔っ払っていた。 何このカオス。 それを観察しながら、ヴィオランティア・イクシィアーツォ・クォルシュテェンは考えこむのである。 「……負けた側が服を脱ぐことになんの意味があるのでしょうか。 必ずしも脱ぐことが罰ゲームにならないのではないかと思います。わたくしは殿方に裸を見られることに抵抗が無いのですが、一般的に考えさせていただくと女性が肢体を晒す事と男性が肢体を晒すのでは罰ゲームとして公平さが欠けているのではと。この遊戯を否定しているわけではないのですよ。興味深いと思っているのです」 完全世界とボトムの溝は、まだまだ埋まりそうにない。 「わたくしさまの素肌を見ても面白い事はないでしょう?」 そんなことないと思います。 「幼い感じの子が参加者にいると嬉しかったのですが」 ぜんねんれい! 結城 竜一はぼっちである。 実際はリア(不具合)だろうがとりあえず今はぼっちである。 「俺は相棒とのバンドのギタリストではあるが、あのバンドはほとんど相棒の徳の高さだけで持っているようなものだからな。だから常に俺は俺を高める必要がある。 ――それが俺に出来るたった一つの冴えたやり方さ」 ジャウーン。ギュウィギッ。 チューニングの音が空気を刻む。 「着物姿が意外にかわいい梅子にささげる歌。――聞いてください、曲名は、馬子にも衣装」 「誰が馬子なのよ!?」 歌いだそうとした所で、走り込んできた梅子が竜一の後頭部をおもいっきりはたいた。 ● 「見事な桜だな……」 「綺麗なもんだね」 頭上を見上げた新城・拓真の言葉に、設楽 悠里も同意を返した。 「先ずは一献と行こう、この風景があれば酒も格別に美味くなる」 「日本人に生まれて良かったと思うね。桜を見ながらお酒を飲むっていうのは本当に贅沢だよ」 宴会の輪を抜けて、二人は酒を酌み交わす。 「『ガントレット』設楽悠里、か。 依頼で顔を合わせてもう2年になる……互いに、良く此処まで直走ったものだ」 「2年か……。もうそんなになるんだね。本当に生きてるのが不思議なくらいの2年間だったよ」 その間にあった、様々なこと。それらがどうしても頭をよぎる。 嬉しかったことも、失った顔も――長い時間の出来事のようで、しかし、短くもある間の出来事。 感慨を懐いて、拓真が呟く。悠里の顔に目を向けて。 「今やアークの一角、精鋭と呼ばれるまでになった。……まだ、戦い続けなければならんのだろうが」 「自分で自分の事を強いとはまだ思えないけどね――まだまだ僕達は休む暇なんてなさそうだ」 悠里は一息に盃を飲み干し、自分の手を――Gauntletを着けるその手を――見つめながら薄く笑う。 「悠里と出会えて、本当に良かった。改めて言う事でもないが……最高の相棒だと思ってる」 「そうだね」 いつもの様に笑うと、悠里は拓真の拳に拳を軽くぶつける。 「僕も拓真と会えて良かったと思ってるよ。唯一無二の相棒だ。頼りにしてるよ」 拓真もまた、拳を返す。 (不味かったらどうしよう…って不安になってきた……) 悠里たちともまた離れた場所で腰を下ろした、アリステア・ショーゼットが少し不安げな顔で神城・涼を見上げる。アリステアが早起きして作ったというお弁当を、涼はまじまじと見つめていた。 「……これはアリステアの手作り?」 「あの、えっと。何から食べる? お皿に取るよ? それとも……こうした方がいい?」 少し慌てて、アリステアは卵焼きにピックを刺す。 「はい、あーん。なのです」 「って、え、ええ。大胆だね。ちょっぴり恥ずかしいけれども」 それでも涼は、「あーん」と口を開けて卵焼きを待つ。 (イースターエッグの時に、食べさせあいっこしたけど、あの時より恥ずかしいかも) アリステアの頭のなかがぐるぐるする。 (最近なんかおかしいかも。わたし。みんなと一緒でも楽しいけど、二人でいたいなって――) 「甘くてとても美味しいし、何かお礼をしなきゃいけないな、て、あ――。祭鬼」 『これ、食べていいんだよね!』 『食べる! 頂戴頂戴!』 美味しそうな卵焼きの匂いにつられたのか、遠慮のないこどもの姿の祭鬼が期待に満ちた目でアリステアたちを見ていた。 「涼。えっと……どうしようか……?」 彼としては、そりゃあ本音を言えばあげたくはない。折角アリステアが作って来てくれたのに申し訳ない、と思うのだが。今日の花見の『仕事内容』を考えれば――涼は困った顔の少女に、「ごめんな」と謝ってからその弁当箱を差し出した。 「どうぞ」 『わあい! ありがとう!』 祭鬼はとても嬉しそうに卵焼きを食べてしまった。涼は軽く頭を掻いて、アリステアを見る。 「――図々しくて申し訳ないな、て思うけど。 今度は俺だけのために作って来てくれると嬉しいな。なんてね」 ● 清酒『三高平』うすにごり春霞。 季節といい、目的といい、いつ呑むの今でしょ! って感じのお酒。 新田酒店で好評発売中(ステマ)。 ● 山菜のおひたし、茹で空豆、唐揚げ。 稚鮎の燻製、春野菜や菜の花の天麩羅――。 肴を用意しての酒宴というのも、ひとつの花見のやり方である。未成年厳禁なだけで。 一杯目はいつものメキシコビールと決めているエナーシア・ガトリングも、今はもう手にしているのは新田酒店オススメの一品である。 「お花見も恒例みたいになってきたけど、ちゃんと見ると毎年違うわねぇ。桜もお祭り騒ぎも――」 そしてその顔ぶれも。あと、飲み方も必ずしも同じではなく。 「えなたんの! ちょっとイイトコ見てみた――ぐぅ」 ハメを外した新田・快が酔いつぶれ、酒瓶を抱きまくらにして眠ってしまっていた。 「サクラの下で飲むお酒っておいしーねー♪」 守護神ならぬ酒護神のチョイスした飲みやすい酒に、エフェメラ・ノインが嬉しそうに口をつける。 エフェメラの側に、着物を着てみたルナ・グランツもようやく一段落ついたといった様子で腰を下ろす 「あ、ルナおねーちゃーん♪」 「私も梅子ちゃんに倣って着物を着てみたよ。えへへ、どう? お姉ちゃん似合ってるかな?」 フュリエふたりのやり取りを耳にしながら、ウラジミール・ヴォロシロフは茜を帯び始めた空を見上げる。 「花鳥風月というのもこの年になり少しは解っていた……というところだな」 ロシヤーネの声が帯びた感情の色は、低く、読み取りにくい。 雑賀 真澄は空になった麦焼酎の瓶を横において、日本酒の栓を開ける。煙草は、今日は出番なしと決めていた。真澄の仕草に、草臥 木蓮は焼き鳥をもぐもぐしながらも改めてうんうん、と首を振った。 「しかし驚いたぜ、最初見た時、妹じゃなくて姉かと思った……! でも眉の感じとか肌の色とか見てると、やっぱ兄妹だなぁって思うぜ」 真澄は木蓮の恋人の、妹。真澄から見れば、木蓮は兄の恋人になる。未成年の木蓮と、不惑の真澄。親子ほどの年齢差にも思えるが、真澄の外見は30半ば程度に見える。彼女らの共通の話題である男は木蓮と同じくらいにも見える姿をしているのだから、木蓮の勘違いもないことではない。 「……あ、あのさ、真澄ちゃんって呼んでもいいかな?」 「呼び名は好きにするといいよ、こだわりはないからね……とはいえ、ちゃん付けなんて何十年ぶりかねぇ」 少し複雑そうな顔を浮かべたのは、この少女が『義理の姉』となる可能性もあるからなのか。子供を産んだ頃以来かもしれない、と呟いたのを聞いて、木蓮は目を丸くした。 「子供も居るのか!?」 「うちの子が気になるのかい? 上の二人は元旦那のところに居るから易々とは会えないけれど。 末の子ならうちに居るから遊びにおいで」 「なるほど、つまり龍治の甥っ子と姪っ子か……こっちに居る子とはいつか会ってみたいなぁ」 「ああ、私が仕事に出る時は子守を頼もうかね、ベビーシッターより身内の方がいいだろう」 「子守が必要な時はうちに預けてもオッケーだぜ! ……み、みうち……」 木蓮は笑って請け負ってから、『身内』という言葉を噛み締め、頬を赤らめた。 「花見でただ飯ー。花見だけあってたくさんのご飯だったねー。 僕、昼寝の次にご飯が好きなんだよね、ご飯と昼寝って最高の相性でしょー」 元・雲雀がゆるく笑う。革醒も突然だった雲雀にとって、様々なエリューションがいるということはさんざん聞かされていても、今のところはゆるく受け止めるだけで十分なのだろう。 「これが、E・フォースかー。初めてみた。……せっかくだし絡みにいっちゃおう。いえーい楽しんでるー」 『楽しんでるよー!』 祭鬼たちにとっても、それは変わらない。 「アークから支給されるなら、高級なやつを頼むかの。たまには贅沢なものが食いたいのじゃ、タダで!」 不敵に笑ったシェリー・D・モーガンは、凄まじい勢いで『食事』を追求する。 「ただ食べるだけでは誰でもできる。 そこに早さや美しさがなければ、誰も気もひけまいて。 食事中のあらゆる所作が、箸捌きが、訓練された動きで乱れなく、料理を口元へ運び砕いて胃へと流し込む――それでこそ食いっぷりよ! さぁ、どんどん持ってくるがいい」 「じゃあこれもどうぞ、だ」 ストレスを暴飲暴食で発散していた都築 護が、バイト先のコンビニから持参した弁当、サンドイッチ、デザートなどを並べだす。 彼自身も、ずーっとこの弁当などを食べていたのだが。 「……さすがだ、深夜コンビニのバイト戦士……」 菫が、護の弁当を覗きこんで深く感慨を受けていた。 各種弁当その他は、いわゆる『廃棄』、その先にあるものたちだったのだ。 賞味期限切れはデフォルトとして、具体的には『消費期限』が怪しかったり突破したものすらその中に混じっていたのだ。菫としては、シェリーがそれらを手に取っていないことを祈るしか無い。 「あーお腹いっぱいになったら眠くなったー。誰か僕の枕にならない?」 「セクハラ厳禁、女の子も沢山居るんだからね」 そんな中でもマイペースに食べ続けていた雲雀がすぐ近くに居た着物の女性の膝に頭をあずけ、ほっぺを軽くつねられた。四条・理央である。彼女もまた着物を身につけて、食べ物を運んだり酌をしたりと走り回っていたのだが――それはこういうひとを見つけて注意するためでもあったのだ。 「綺麗な桜見てご飯食べて寝る、最高だねー」 枕を諦め、それでもそのまま昼寝と決め込んだ雲雀の目線の先。 陽は徐々に落ち、薄暮も間近になっていた。 ● ヘンリエッタ・マリアが、手酌の祭鬼へと声を掛ける。 「やあ、楽しんでいるかい? 良かったらオレが『おしゃく』をしようか」 『おお、嬉しいね』 「宴会といえば『さけ』がなくてははじまらないと言うほど重要な要素なんだろう? 形だけでもやってみたかったんだ。まずはいっこんどうぞ、……だったかな」 『ありがたいねえ、いやあ、本当に、嬉しいねえ――』 ひらり、花弁が杯に舞い降りる。 「ふふ。こういうのを花見酒と言うんだよね。――?」 不意に静かになった相手に、ヘンリエッタが顔を上げて周囲を見回す。 そこには、もう誰かが居た気配など、なくて。 「そうだな、こう言う鬼が発生する理由も判る気がするよな」 晦 烏が、覆面のまま――子供の祭鬼に引っ張られたか、よれよれになっていたが――祭鬼たちに渡していた飴玉の残りをポケットに入れた。 「純粋な憧憬というのかね。窓から見える世界が眩しいんだろうなぁ。 ……なぁ、また寂しくなったらおじさん達がな遊んでやるからな。遠慮なくまたおいでな」 寂しさを一人で抱いて、悲しんで消えたかつての人々の名残。 それが満足そうにひとり、またひとりと姿を薄れさせていく。 「ほらほら、もういっぱい! もーいっぱいいけますってー。 こんな可愛い海依音ちゃんがお酌とか超ラッキーですよ、たのしいですねぇ」 海依音が酒を注いでいた祭鬼も、心の底から楽しそうな顔を見せて、ゆっくりと溶け消える。 「――本当に、楽しいです」 消えていく鬼達を見送った海依音が、立ち上がって空を見上げる。 「笑顔である事が一番だものな。――簡素でも良いので改めて弔いぐらいはしてやりたいな」 烏は祭鬼たちの前でずっと我慢していた煙草を取り出し、火を点けた。 生きているリベリスタ以外の存在が、全て消えて。 夜に近づき始めた風が、桜の枝をひときわ強く揺らし、花弁を舞い散らせる。 その中に、笑っている祭鬼たちが紛れていたように見えたと主張したリベリスタが何人かいたのは――ただの後日譚である。 <了> |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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