とある男性が大きな寝袋を担いで山を登っている。便宜上、男性をAさんと呼ぼう。 Aさんは、結婚を機に、大枚をはたいて買った人形達を廃棄しようと山を登っているのである。 ちなみにこの山は他人の私有地なので、Aさんは不法侵入者である。 等身大のシリコン人形は非常に重たく、Aさんはフゥフゥと息を乱しながら、人気のない山中を必死に進んでいた。 粗大ゴミに出すには巨大すぎる上に、これらの人形を所有していたことは親にも言えないAさんとしては、これしか方法がなかった。 「ひぃふぅ、ここらへんでいいだろう」 と、寝袋をふかふかの腐葉土の上に降ろし、Aさんは一息入れようと、寝袋に背を向けて水筒に手を伸ばした。 そのとき、後ろで何か動いた気配を感じたAさんは、ぞっとしながらも振り返った。 「えっ?!」 そのとき、Aさんが見たものは! むくっと起き上がったシリコン人形であった。いつのまにか寝袋のファスナーが外れている。 人形は、麗しい女性の顔は無表情のまま、腰から90度上体を起こしていた。 服を着せている上に、指にまで関節が入っている超高級品なだけあり、動いた人形は本物の女性そのものに見える。 ついでに、一緒に捨てるつもりだったビニール製の人形二体も、空気を抜いたはずなのに膨らんだ状態で浮かんでいる。 初めから、抱きつくような形になっているビニール人形が、山で浮遊している様はシュールそのものであった。 「え、ちょ、由香里さん? ジェシカちゃん? 葵ちゃん?」 Aさんは、とっさに人形達の名前を呼んだ。 しかし、シリコン人形『由香里さん』は答えぬまま、ボブヘアを揺らしながら、Aさんに突進してきた。 シリコン製の人形は非常に重く、Aさんを吹っ飛ばすには十分な運動エネルギーを生む。 「うぎゅうっ」 大木に激突したAさんは、打ち所が悪かったらしく、気を失ってしまった。 そしてAさんが覚醒したら、もう『由香里さん』も『ジェシカちゃん』も『葵ちゃん』もいなくなっていた。 『黄昏識る咎人』瀬良 闇璃(nBNE)は、深く深くため息を吐いた。呆れているらしい。 「……内容がとっぴ過ぎる上に、恥ずかしくて言えないので、このAという男以外まだ知らないことだが、等身大シリコン人形と、ビニール製の人形二体がE・ゴーレム化して山を彷徨っている」 元所有者の秘匿事項も、フォーチュナたる闇璃には容易く知りうることであった。 「私有地の山だから、まだ被害は出ていないが……いつ山を降りてくるかも分からん。人間を認識するや、突撃してくる厄介な代物になっている。被害が出る前に処分してくれ」 リベリスタが私有地に入る件は、アークで何とかしておくと闇璃は付け加えた。 「山は広いが、人間を認識すると近寄ってくるのを逆手に取れば、人形をおびき寄せられるだろう。とはいえ、シリコンの方は頑丈な上に魅了の力も持っている。ビニールのは浮遊しながら不運を撒き散らすし、貼り付かれれば混乱する。今や全員フェーズも2まで上がっているぞ。気をつけろ」 闇璃は、またため息をついた。 「メーカーに送り返せばよかったのにな。ちゃんと処分方法も調べていれば、こんなことにはならなかったと思うがな」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:あき缶 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月06日(土)22:24 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●お人形さんを探して 「由香里さーん! ジェシカちゃーん! 葵ちゃーん! 出ておーいでー!」 晩冬の山に、おっさんの声が響き渡る。 その声を聞き流し、ざっくざっくとまだ腐葉土になりきれていない落ち葉をヒールで踏み潰しながら、 「さーて、フォーチュナさんの話によると、そろそろ出てきてもいー頃合いかと思いますが……」 キョロキョロと周囲を見回すのは、『奔放さてぃすふぁくしょん』千賀 サイケデリ子(BNE004150)である。 大声で人形を呼ばわり、人間がここにいると示す『人生博徒』坂東・仁太(BNE002354)を、サイケデリ子は見上げた。ちょっとジト目で。 なぜなら、仁太はこの人形を持って帰って使うと主張していたからだ。 『マジですか?』 中古を使うというのは、いかがなものかとサイケデリ子は思うのだ。 仁太に言わせれば、それがイイ! ということらしいのだが。 「持ち主のことを殺さなかったのは、お人形さんたちの最後の良心だったのかな?」 ぽつんと『ビタースイート ビースト』五十嵐 真独楽(BNE000967)が零した言葉に、震えるほど感動する『非モテなら既にマスタークラス』緒田 直樹(BNE003570)。なぜなら、彼もまた同じような『彼女』を所有しているからである。ちなみにお名前は、真奈美ちゃんと千佳ちゃんだそうだ。 「ふおおお、五十嵐氏、ステキ褐色なだけでなく天使のような優しさ!! 絶対僕の前世を照らしていた守護天使に違いないと思われ!」 『転聖前の神魔螺旋界での記憶を再構築』という名の妄想をしつつ、身悶えている直樹には悪いが、真独楽は男だ。 いや、前世の世界じゃ女の子だったのかもしれないが。 と、ワイワイやっていると、目の前の木がまばらに生える間から、女が、いや人形が疾走してきた。 昼の無人の冬山を、腐葉土と枯葉を蹴散らして、無表情の女の人形が走ってくるという図は、意外なほどに怖い。 しかも後ろには浮遊するビニール人形が二つ。 「出ました! えろ人形ご一行ですっ!」 すかさず魔杖を構えるサイケデリ子の声に、『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)も足を止め、ぼそり呟いた。 「……確かにオランダの奥さんだね……。ていうか、思った以上にオカルトな光景だなぁ。ブードゥーの呪いの人形だよ絶対……」 ●冬山の決闘 まず先制したのは真独楽だ。 「しっかりやっつけてあげて、供養するねっ」 飛び出て、全身から気糸を放出、ビニール人形ジェシカちゃんのチープな金色ウイッグからビニール製の体までがんじがらめに巻き取る。 そのさまは、哀れな人形というよりも、なんだかボンレスハムのようだ。 「おっと、出遅れた。それじゃあ、僕も……。ヒッサツ特掃、推して参りますよー♪」 笑顔で『必殺特殊清掃人』鹿毛・E・ロウ(BNE004035)は抜刀、跳躍の末、値六百貫の人斬り包丁が、空飛ぶボンレスハム人形を滅多矢鱈に切り刻む。 葉の落ちきった枝に足裏を接着し、重力を無視してブランと垂れ下がるロウは、アンジェリカに目配せした。 「……うん」 ロウとは反対側からの跳躍を行うは、アンジェリカ。低木の頂点に、超人的なバランスで直立した彼女が放つ、ナイトクリーク特有の漆黒オーラが、葵という名前のビニール人形の頭部を貫く。 ずぱんと飛んでいく、青いボブヘアウイッグ。残るは丸風船に、少女漫画チックなタッチで描かれたキラキラ目の笑顔である。 人形もやられっぱなしではない。 ひゅうんひゅうんとリベリスタの周囲を飛び回る。 ボンレスハム美少女人形と、ハゲ美少女人形が飛び回る図は、少なからず精神的にクるものがあった。 そして飛び回る人形の間から、両手をチョップにして激走してくる由香里さん人形。 「うおおおっ。げふうっ」 「……す、すまん、直樹の兄さん」 人形突進から庇ってもらった『侠気の盾』祭 義弘(BNE000763)は、思わず直樹に謝った。 謝りつつ、不運をかけられてしまったロウを回復させる。 「な、なんのなんの……若輩者ながら、盾役、粉骨砕身全うするでござるよ!」 盾を標榜し、その呼び名に恥じぬ力を持つ義弘としては、誰かに庇ってもらうというのはいささか不本意だ。 しかし、人形からの特殊な呪いを解除できるのは、今回のメンバーで義弘だけ。自分が狂ってしまっては、話にならない。 全体の成功のためには、自分のやり方を曲げることも致し方なし。義弘は大人だから、ちゃんとわきまえている。 わきまえているものの、やはり、目の前で吐血されては、辛い。 だが直樹は、この庇い役に燃えていた。 なぜなら、直樹の前世の守護天使、真独楽にお願いするね! と頼まれたのだ。そんなもん遂行できずして何が転聖拳士かと。 『本心は五十嵐氏のような可憐な方こそ身を挺して庇いたいところですが……役割を全うしてこそ立つフラグもあるしね』 チラチラ真独楽を見て、『頑張っている僕を見てアピール』する直樹である。 だが、真独楽は男だ。ついでに十二歳だ。 いや……そういう世界もアリ、だと思うが……。 「ほいほいっと、すかさず回復させて頂きますよぅ!」 サイケデリ子が天使の息を発動させ、直樹を癒した。 見えない力が、ジェシカちゃんの頭部を吹き飛ばす。しかし術者『』アーサー・レオンハート(BNE004077)は、肩をすくめた。 「頭がふっとんでも、今だ健在、か」 首なし人形は、空気人形のはずなのに萎むこともなく浮遊を続けている。 「……購入したメーカーに問い合わせて送り返せば、簡単に事はすんでいたはずなのだがな」 ふぅとため息を吐き、アーサーは周囲を見回す。サイケデリ子だけに回復を任せておくわけにもいくまい。彼女の手が足りなければいつでも支援ができるよう、前に立たぬものとして全体の様子に目を配るのは当然の責務だ。 「はよぅ倒れてきんしゃい。お前さんを救うためなんや!」 無数の弾雨を人形に浴びせて、仁太は叫ぶ。 彼の叫びが届いたのか、ジェシカ人形は地に伏せて、動かなくなった。もはや空気も抜けて、皮一枚である。 文字通り蜂の巣状態になって、首もとれたビニールシート状態のジェシカちゃんを、仁太は本当に持ち帰る気になれるのだろうか……。 「頑丈な由香里さんなら何とかなる……! わしは信じとるぜよ!」 ●魅惑のポージング 漆黒オーラで貫くついでに、赤と黒の大鎌でプスリと葵ちゃんを刺してみたアンジェリカだったが、空気はやっぱり抜けない。 「元々穴が空いてるしね……。まぁいいや。こっちに手こずってる暇ないんだよね。あっちを塵も残さず消し去らないといけないからさ……」 無表情の彼女の柘榴色の瞳が、由香里を見つめる。 その瞬間だ。 「!」 由香里さんは、それはもう扇情的なポーズをとった。 「やばい! 見るな!」 義弘が叫ぶが、一歩遅い。 「ゆ……由香里さん……そんな格好で誘わないで……! べ、勉強が手につかないよ……僕……僕ぅ……っ!」 義弘を庇ってばっちりエリューションの攻撃を食らっている直樹が、前かがみでガクガク身悶えている。 バチバチと彼の脳の奥が白くはじけているのが分かる。 アンジェリカも目の光を失った。 「くっ!」 ロウは、木を登る勢いで突進してきた真独楽の金属爪を、必死に太刀で食い止める。 鼓膜に痛いほどの高い金属音が、山に響く。 幹に足をつけ、地面と並行に立つロウの太刀と、真独楽の爪はちょうど捻れの位置にあった。 「結構、向こう側に持っていかれましたね! 祭さん、早く!」 ロウの焦った声に、 「え? なんやなんやーぁ?」 のんびり返す仁太は、ばっちり葵ちゃんとがっしり抱き合っていた。別の意味(混乱中)で仁太も危ない。 と思っている間に、仁太がゆらりとパンツァーテュランを構えた。 放たれるとすればハニーコムガトリングだ。 「っ、全体攻撃来ちゃいます!?」 サイケデリ子が全力防御の体勢をとった瞬間。 閃光のような神の光が義弘から放たれた。 「はぁ……っ。これぞ間一髪ですよ。坂東さん、もう大丈夫ですよねぃ」 防御の構えを解いて、サイケデリ子が癒しの微風を吹かせる。 「悪い悪い。狙うんはこっちやねっと!」 仁太は、葵を蹴りとばして距離を取り、構えかけたパンツァーテュランをきっちり『敵』へ標準を合わせて発射。 止めはアーサーがきっちりと決め、ジェシカちゃん同様、葵ちゃんは、ビニールの塊となった。 「無残だな。もはや、これでは人形と言うよりは燃えないごみ……」 「おっお言葉だが、レオンハート氏ィ! 萌えないごみとか言わないでいただけるかなっ。彼女たちは僕らにとっては女神だったんだ!」 ビシィと指をさし、口角泡を飛ばして激高する直樹。遠くの樹上でロウもウンウン頷いている。念のため記述しておくが、ロウは気持ちはわかるが、使用する嗜好はないそうだ。 漢字が間違っているが、耳では漢字が判別できないのだからしょうがない。 「え、あ、す、すまん……」 よくわからないが、とりあえず謝っておくレオンハート氏は大人である。勢いに負けたとも言う。 『世の中ってよくわからんなぁ』 アーサー・レオンハート、齢五十歳。まだまだ世の中は分からないことだらけだと痛感するのであった。 ●如何にして弔うか とうとう残るはシリコン人形だけとなった。 アンジェリカの戦意は異様に高揚している。 「滅ぶべし……!」 圧倒されそうな気迫で大鎌を振り回すアンジェリカだ。執拗にDカップを狙う彼女の脳内は、巨乳への憎しみしかない。 「吹き飛ばしてやる……! 吹き飛ばしてやる……!!」 とはいえ、Dはまだまだ巨乳とまでは言えないのでは……いや、何も言うまい。 由香里は、アンジェリカを華麗に掻い潜り、直樹へ突進してくる。 「おおぅっ、追われる恋……ごへあっ」 胃液をまき散らしながら、直樹は吹っ飛んだ。 「直樹の兄さん! ちっ、やってくれるな」 義弘の真横を吹っ飛んでいった、彼の盾を見送り、義弘は怒りを込めて、輝くメイスを由香里にぶち当てた。 サイケデリ子が、自分の横にまで飛んできた直樹に、天使の息をかけてやる。 「いやぁ、愛されちゃったなぁ……。僕には真奈美ちゃんと千佳ちゃんがいるんだけど、……これもセンスフラグが導いたうんめ……」 柔らかな地面に大の字になってブツブツ言う直樹を、冷たいタレ目で見下ろすサイケデリ子の辛辣な一言が突き刺す。 「いいから、祭さんの盾に戻ってくださいよ」 「……ハイ」 のそのそと直樹は起き上がった。 由香里は、義弘の一撃で腹が凹んだがそれでも立つ。 樹上から駆け下りてきたロウが、彼女の脳天へと最大火力を叩きこむ。 アーサーの殺意も、執拗に由香里さんに絡みつく。 「あああ、どんどん由香里さんボロボロにぃー。顔ばっかりいじめたらんといてぇー。高級品やねんで……」 まだ持って帰る気持ちを捨てていない仁太がオロオロと見守る。 「胸を吹き飛ばす」 無表情の中に、確固たる意志を秘め、アンジェリカは由香里の懐に飛び込んだ。 仕掛けるは爆弾。爆発するオーラで、やわらかなシリコンが弾ける。 精一杯の笑みを浮かべ、会心の一撃に満足そうなアンジェリカであったが、しかしよろよろと、由香里はそれでも立った。 黒焦げになり、服も破け、暴行された後のような哀れさをかもしながらも、いまだに突進攻撃をやめぬ素振りである。 そんな彼女に対峙した男の娘は、戦意のこもった鼻息を吐き、ガシャンとクローの嵌った手を打ち鳴らした。 「お人形さん、まだ立つんだね。わかった。まこ、全力で応えるよ!」 真独楽が腐葉土を蹴る。 由香里も突進すべく地面を蹴った。 ぶつかり合う両者、由香里の衝撃を流し切れはしなかったが、澱みないクローが由香里を削っていく。 「ええいっ!」 最後の一撃が、由香里の胸を袈裟斬りに裂く。 どうっと倒れた無残な女性人形を見下ろし、真独楽は呟く。 「生まれ変わったら人間になれるように、まこもお願いしておくから……安らかに眠ってね」 ようやく激闘が終わったのだ。リベリスタは由香里を自然と囲むように寄ってきた。 「おやすみなさい。…………さて、どうしますか、お人形」 ロウが一同を見回す。 「部品一つ残さず、回収すべきだと……僕は思いますがね。アークへ持ち帰れば適切な処分ができると思いますよ」 とロウは続けて提唱する。 「ん? 持ち帰らんのか」 アーサーが仁太を見た。仁太も、処分方面に進みそうな一同に焦って口を開く。 「そ、そうやで。わしが由香里さんを持ち帰……」 と言い募ろうとする仁太の眼前に腕がにゅっと差し出される。仁太の言葉を止めたのは、直樹だ。 「彼女たちは燃え尽きたんですよ。体じゃなくて、心がね。なお働かせるなんて、忍びないものです。寂しい男を慰め続けてくれた女神達への別れの流儀が、この業界には確立されてる。それを使うべきだと僕は思うでござるよ」 キリッとした顔で直樹は言う。 「始末とは呼ばない、処分とも呼ばない。これは、『里帰り』なんだ。非モテな僕らの想いを抱いて眠って欲しい……安らかにね」 「んーまー、人形供養の寺もちょっと困っちゃいそうですし、そういうの詳しい人の意見に賛成しときますかぁ」 サイケデリ子は直樹に賛同を示した。 「なんでもいいよ。でも、ここにほっとくとゴミになっちゃうから、ジェシカちゃんも葵ちゃんも処分はしないとね」 アンジェリカは言い、それはそうだと全員は頷く。 直樹が由香里を背負い、他の面々で散らばった部品やビニール片を片付けて、リベリスタは山を降りる。 寒々とした空の下、人形よ、安らかに眠れ。 「ところで、あの人形は一体何に使う目的で作られたのだろうな」 「え?! アーサー知らなかったの!?」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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