●A-S-D-2 一つの楽曲が終端を迎えた。 それはなるほど、彼の『楽団』らしい壮大な演奏だったと言えるだろう。 けれど彼程の演奏家であろうとも詰めを誤ればかくのごとく。 如何なる名演も時の波濤の前にはそう、何れ磨耗し薄れゆく軌跡に過ぎない。 ならばせめて、その調べに敬意を評し手向けを贈ろう。 この小さな喜劇(オペレッタ)を――――彼の指揮者へと、捧げよう。 ●回避 誰よりも、何よりも、綺麗で居たかった。 最初から優れた容姿を持っていた、何て理由じゃない。 はっと目を引く個性も、人が思わず眼を細める愛らしさも、生まれ持った物何て何一つ無かった。 決して醜くは無いと思うけれど、自分が平凡の域から出ていない事は誰より知っていた。 でも、けれど。だからこそ。 悪足掻きと分かって足掻いてみたかった。誰より綺麗になりたかった。 平凡な私でも、人より綺麗になれるんだって。そう自信を持ちたかった。 その為に沢山勉強もした。化粧、栄養、肌の手入れから運動まで、出来る事は本当に何でも。 努力するのは辛かった。けれど少しずつ人に認められて行くのは幸せだった。 2つは全然違うのに、まるで鏡合わせの様に寄り添っていて。手抜きなんて出来なかった。 必要ならライバルだって蹴落とした。負けたくなかった。一生懸命だった。 その為にどれだけの恋を捨てただろう。その為にどれだけの自由を費やしたろう。 けれど、いつかきっと。いつかきっと、誰よりも綺麗に。そう願いながら、少しずつ少しずつ積み重ねて。 そんな日々が15年も続いた、高校3年の春。 「皆、静かに。出席を確認する、張り出された席順通りに座れー」 始業式、どこでも大差無く響く担任の声。 それに応える様に動き出すクラスメイトと、私。 「はじめまして、私■■■■これから宜しくね」 けれど、何時も通りはこの日に限って、何時も通りでは終わらなかった。 隣の席に座ったその子の容姿に、振る舞いに、一瞬で瞳を奪われる。 作り物じゃない、化粧なんて殆ど無いも同然の生まれ持った可愛らしさ。 砂糖菓子で象られた様な、それでいて人とは一線を画す魅力を持った柔らかな笑顔。 言うべき事は暈さない凛とした仕草。それでいてついつい耳を傾けてしまう軽やかな声音。 嫌味がなく、地に足のついた等身大の“本当に綺麗な女の子”が其処には居た。 どれ1つとっても、叶わない。こんなの叶う筈が無い。 積み上げて来たと思った砂金の山は本当は不恰好な石の塔だった。 でも、続ける事は出来たんだ。 それでも、戦う事は出来たと思う。 それなのに、一度揺らいだ自信はどうしてもどうしても取り戻せなくて。 ああ、嫌だ。私今、きっと酷い顔してる――…… 学生鞄から取り出したのは、一枚の手鏡。 黒い林檎の描かれた、古い古い童話の欠片。 『こんばんは美しいお嬢さん。君こそはこの演目に相応しい』 それがどうして、其処にあるのか分からない。 『この邂逅を、君は忘れてしまうだろう。けれど忘れないでくれ給え』 それをどうして、手にしてしまったのかも分からない。 『私が君に贈った金貨30枚を。それはきっと窮地に陥った君を救ってくれる』 けれどまるで、夢を見る様に。現実から逃げる様に。 動揺を隠して教室を飛び出した私は、その手鏡に問いかける。 「どうしよう、どうしよう、どうしよう」 『ならば――抗いなさいお嬢さん、希望に逃げるのは終わりにしよう』 鏡は囁く。そんな美しい娘には、毒林檎を喰わせてしまえと。 ●過革醒 隠し切れない困惑の色。 アーク本部、ブリーフィングルーム内に集められたリベリスタ達の眼に映ったのは、 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)の表情に浮かぶ憂慮の残滓。 「カレイドシステムがノーフェイスの出現を感知しました。時間的猶予は殆ど有りません」 表示された映像は、学校だろうか。フローリングの床に転々と出来た血溜り。上がる悲鳴。 けれど見た感じ被害は然程大きいとは思えない。思えない、のだが―― 「カレイドシステムがノーフェイスの出現を感知しました。 敵、ノーフェイス。識別名『ミラージュ』はつい30分程前に出現しました。」 困惑の理由はこの一点に尽きる。その語句を、和泉は以前にも口にしていた。 まるで計ったかの様なタイムリミット。そして―― 「ですが、現在のフェーズは2です」 奇形的な速度で進むフェーズ進行。まるで祝福の真逆。それは呪いか何かですらあるかの様に。 「これから現場に向かうとして、最短で到着して凡そ3分33秒後。 このノーフェイスはフェーズ3へ移行。この時点で……任務の達成難度は跳ね上がります」 偶然とは、とても思えない。けれどカレイドシステムが算出した予知の結果に誤りは無い。 リベリスタが集められ、現地に向かい、3分33秒後にフェーズが進行――するのだ。 過去に起きた良く似たの事件を、映す様に。 差し出された写真、其処に写るのは見ただけでお洒落に気を使っていると分かるいかにもな女子高生だ。 写真写りが良いのか意識的に作っているのか、見事にカメラ目線を捉えている。 特別美形ではないが、愛嬌がある。クラスで5番目位の可愛らしさだが2番目にモテる。と言う感じか。 けれど続けて記されたノーフェイスの持つ能力に、そんな想像は一瞬で吹き飛ぶ。 “部分交換”“生命交換”“全体交換” それはつまりどれだけ傷付け様と、どれだけ追い詰めようと、 場合によっては無為と化すと言う事。 「こちらも動きを考えないと千日手になるタイプの能力です」 和泉の呟きに苦い物が滲む。おまけに現場は始業式の真っ最中だ。 このまま放置しておいたなら、一体どれだけの混乱が起きる事か。 「それでも、止めなくてはいけません」 誰かが。いや、私達が。言外にそうと告げて和泉の視線がリベリスタ達を促す。 時間は無い。容易とも言い難い。そして恐らく、救いは無い。 祝福を失った迷い子の到る先には、終わりしか無いのだから。 ●追体験 家庭科室の姿見の前。私の容姿はまるで変わっていた。 憧れていた本当に可愛らしい容姿。服装が学生服なのが物足りないけれど。 エプロンでも羽織ったらもう少し映えるかな、と思ってここまでやって来た。 夢だって、こんなの。そんな事分かっていた。 欲しいと思った物が全部手に入る事何て有り得ない。 けれど、良いじゃない。だって夢なんだもの。 自分の物でない顔には未だ慣れない。鏡を見る度吃驚する。 可愛い。素敵。でも、もう少し可愛い系の方が好みだったかも。 そんな事を思いながら、小首を傾げて見る。うん、悪く無い。 良いじゃない偶には。少し位手を抜いたって。人の物を借りたって。 歓声が聞こえる。まるで演劇の主役になったみたいで少し気分が良い。 『わたしも、おひめさまになりたいな……』 そういえば、最初はそんな理由だった気がする。幼稚園の、お遊戯の舞台。 王子様役の男の子が大好きで。お姫様に選ばれた子が羨ましくて。 簡素なドレスに身を包んだその姿を、追いかけて。 綺麗になる事は楽しくて。褒められると嬉しくて。もっと、もっとって、 追いかけて、追いかけて…… 『だったら、がんばらないと』 だから綺麗に。綺麗になったはずなのに。 どうして誰も、私の手をとってはくれないんだろう。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月21日(日)23:41 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●甘い林檎の作り方 「きれいになりたい、ってのはよくわからないな」 『ならず』曳馬野・涼子が一人ごちる。周囲には人気も無い廊下。 学校と言う物に親しみを覚えてもおかしくは無い年頃の筈。 けれど彼女にとって、その道程には異物感しか感じない。 苛立ちの様な、畏れの様な、諦めの様な、曖昧な気持ちを抱えながら。 だからこそ理解に苦しむ今回の“敵”の心情を、彼女は独り思い図る 「弱いのはいやだって思うから、」 にたようなものかもしれないけど。求める物が違うだけで、それらは極々身近な物なのかも、しれないけれど。 「こんなの! しらゆきひめじゃないですううぅぅぅっ!!!」 そんな涼子の感傷などさておき『白雪姫』ロッテ・バックハウス(BNE002454)の憤りは深い。 それもその筈、今回の一件彼女には許容出来る部分がまるで無い。 自らを“白雪姫”と称するからには其処には勿論並々ならぬ拘りがある。 と言うか自分こそ白雪姫の生まれ変わりだと信じている。オンリーワンでナンバーワンなのだ。 その彼女を以って、件の少女の有り様は余りに酷かった。それはもう道中ずっと不満を漏らしてしまう程に。 「優れた所が欲しいというのは少しわかりますが……」 隣を駆ける『魔術師』風見 七花(BNE003013)はそれより若干なりと同情的だ。 自分に自信が無い彼女にとって、人の優れた部分。きらきらと輝く何かと言うのには心を揺らす部分が有る。 とは言え、それを奪いたいと思うかと言われればNoだろう。結局の所―― (良い所を交換しても、所詮は借り物にすぎないのに……) それは、他人の物であって、自分の物ではないのだから。 「……」 そんな少女ら其々の思いを余所に、最先頭で階段を昇る『男一匹』貴志 正太郎(BNE004285)の視線は遠い。 信じる物の為に拳を握る、彼の行動動機はシンプルだ。 譲れない物の為に戦う、それに疑問を覚えた事は無い。 例え対する者の理由が、或いは自分と同じだったとしても。それで手を抜く事など有り得ない。 けれど少女ではない正太郎は、だからこそ少しだけ思ってしまうのだ。 これがどうしようもない事であったとして。もう手遅れなんだろうか。 誰かに手を取って欲しいと願う事は、死ななければ贖われない程悪い事なんだろうか。 自らをその手で痛め付け、戦う前から満身創痍の身体を抑えながら自分自身へ問いかける。 (もしも、オレがオマエの手を取ったら――) 答えはまだ、何処にも見えない。 「これは……見苦しい、ね」 階段を駆け上がる面々と別れて、家庭科室のその真下。 美術室の窓辺で『無軌道の戦鬼(ゼログラヴィティ)』星川・天乃(BNE000016)が呼気を漏らす。 彼女は戦闘狂であるが、その一方で紛れも無くある種の求道者だ。 そんな彼女からすれば、積み上げた道を自ら曲げる。その変節は文字通り見るに耐えない。 「うん。こんなの――」 『小さき梟』ステラ・ムゲット(BNE004112)は小さく頷く。 多くの書を読み、その物語に思いを馳せる。彼女の美観と今行われているそれとは到底相容れる物ではない。 そもそもが、童話の白雪姫に準ずるならば。美しさを妬むのは、姫の役所ではないのだから。 「……この先どうなるか見たい……けど、早期撃退もやむなし、か」 強ければ、強いほど。苦しければ、苦しいほどに。闘争への探究心は消せる物ではないけれど。 けれど、きっと。或いは恐らく。それがどれ程強くとも、彼女らを満足させる相手にはなり得ない。 そんな想いを反芻する暇もあればこそ、近くを飛んでいたカラス。ロッテの使い魔が窓を叩く――時間だ。 “お姉ちゃんに、任せなさい!” 上の階より響いた声を合図として、戦の鬼と白き梟は窓辺より一歩外へと足を踏み出す。 窓側と廊下側、部屋の左右からの挟撃。その目論見は十分な下地が無ければ混乱をも招いた事だろう。 けれど、そう。2人が窓を割って飛び込んだ時、その部屋に居たのは僅かに7人。 中央に立つ見慣れぬ少女が酷く戸惑った視線を周囲に向けている。 それはそうだろう。彼女の周囲にはほんの数秒前までその級友達が居たのだ。 けれどその唯の一人として、まるで触れていなかった事こそが痛恨である。 或いはそれが、誰とも手を繋ぐことが出来なかった彼女の宿命とでも言うべきか。 「綺麗なんかじゃないよ」 窓辺から響いた声と、その白い翼。視線を向けられたステラがもう一度繰り返す。 「貴女は全然、綺麗なんかじゃない」 ●見えない毒の流し方 「ルナお姉ちゃん、準備は良い!?」 「勿論。お姉ちゃんに任せなさい!――絶対、ゼーッタイ、大丈夫だから!」 「こ、こ、かぁ――っ!!」 『アメジスト・ワーク』エフェメラ・ノイン(BNE004345)の問い掛けに、 応えた『月奏』ルナ・グランツ(BNE004339)の声音が響くが早いか。展開される塔の魔女の秘儀。 捻じ曲げられた空間座標。排除された全ての“一般人”と残された“それ以外”。 ぽつんと一人姿見の前に立つ少女の容貌は、確かに魅力的で可憐な物では有ったのだろう。 けれど正太郎が扉を蹴り開け、直後窓を割って跳びこむ天乃とステラ。 そんな状況下にあっては、外観としての美醜は余り意味は無い。 驚きうろたえる表情と言うのは、誰であれ然程大きく変わる物ではないのだから。 それが続いたステラの発言に、傷付いた様に歪んだなら、尚更に。 「己、というのは唯一無二」 躊躇無く、間髪を入れず、窓辺より跳び込んだ勢いのままに天乃が距離を詰める。 少女――ノーフェイス“ミラージュ”は未だ反応出来ていない。 実情はともあれ彼女自身は未だ一般人のつもりなのだ。状況を上手く呑み込めない。 そしてそれを見逃す程に、天乃は甘い相手では無かった。 「けれど貴女は代替の効く……安っぽい美しさ、になってしまった」 放たれる気糸の網は奔流の如く作り物の美を雁字搦めに絡め取る。 「ィ――――ッ」 悲鳴は、声ではなく呼気として漏れた。痛い。痛い。痛い。 何がどうなっているのかはまるで分からなくとも、どうしてこうなったのかは伝わらずとも。 自分が痛め付けられていると言う事だけは、分かり過ぎる程に、分かる。 「なんにせよ、貴女を止めなければなりません」 「うん……たしかにきれい。でも、いつもどおりのひどい仕事だ」 七花の差し向けた杖が彼女自身の魔力と共鳴し、黒き血の葬操曲を響かせる。 その合間を駆け抜けた涼子。握った拳が躊躇も遠慮も無く、ミラージュの体躯に突き刺さる。 「――ッ、い、や、やめ……痛いっ」 手応えが、薄い。神秘の護りがその体躯を薄い皮膜の様に包んでいる。 一般人では明らかに無い。それなのに、顔を悲痛に歪め、怯える様は紛れも無く――ただの少女の物で。 「ね、ねえ、お姉ちゃん……これで、良いんだよね?」 意識を集中するエフェメラと、陣地を維持するルナ。 フュリエならではの共感性を持つ2人は、揃ってその光景に僅か戸惑う。 その少女は余りに無力に見えた。敵意も、害意も、戦うと言う意志その物が無い様に見えた。 それを一方的に虐げる姿に――何時か故郷の森で見た、赤い暴虐を想起した。 「あの子が……これ以上、偽りの姿に埋もれてしまう前に」 少しでも早く、終わらせないと。手繰り、生み出した光球はいとも容易くミラージュに突き刺さる。 悲鳴が上がる。血飛沫が舞う。これは必要な事。これは――異世界の友人達への恩返し。 それなのにどうしてだろう、指先が震えるのは。 「金貨30枚」 「……、えっ?」 正太郎の呟きに、ミラージュが震える唇で視線を向ける。 彼とて、躊躇無く撃つ覚悟はして来た。この少女は救えない。何が有っても救われる事はない。 だから。けれど。それでも、彼は銃口を向ける事を戸惑ってしまう。 (狙いは……鏡だ) それさえ壊せたなら危険性は大きく下がる。そう自分に言い聞かせ、問いかける。 「聞き覚えは無いか」 「し、らない。知らない! 何、何なの!?これ――」 落ち着いて会話が出来たなら、また違う答えが返ったろう。 けれど、陣地構築により逃げ場を断った状態では如何なる問い掛けも既に意味を持たない。 そこまでの余裕が、“ミラージュ”には無い。彼女自身を撃つしかない。 「汚れた鏡で見たって、真実は見れませんよぉ」 距離を詰めたロッテの手元に出現した鋼鉄のリンゴ。 荊を象った鎖と共に眼前間近でそれが揮われるに至って、漸く少女は確信する。 自分は殺されようとしているのだと。 理由はまるで分からないながらも、今正に無慈悲に蹂躙されようとしているのだと。 「……助けて」 掠れた声は、けれど確かに。 「…………誰か、助けて」 放たれた銃弾と鉄林檎のモーニングスター。 血塗れの体躯を抱きながら小さく漏れたその願いに、“毒林檎の手鏡”は前触れもなく動き出す。 果たしてその鏡の力が目に見える物であると、一体何所で間違えたのか。 「えっ」 “取り替えられた生命”にかくんと、七花が驚いた様に膝を折る。 けれど考えて見れば、それは当たり前の事だった。 目に見えて異変が起きたなら“ミラージュ”が“クラスメイトに混ざれる筈が無い”のだから。 つまり―― 「気を、つけて下さい……この力……」 七花の声にリベリスタらはそれぞれ理解する。鏡の呪いには前振りが、無い。 時間は既に、その半分が経過していた。 ●壊れた夢の直し方 「やっと……使って来た、ね」 爪で描いた血色の化粧。自らの顔に三条の線を引き、天乃が小さな声で呟く。 「どんなに取り換えたって、それはあなたの"綺麗"じゃない」 ステラの放った精密な気糸が、無貌の少女に突き刺さる。 けれど――彼らには2つの誤算あった。 時間制限の存在する戦場に於いてあらゆる物を交換する鏡の呪いと、 「味方を庇う」と言う行為は極めて相性が悪かったと言う事。 そして逃げ場を完膚なきまで封殺した“一般人”が果たしてどう言う行動に出たかと言う事。 その実、答えは至極簡単だった。 「キィ……できるよね、ボクたちならっ!」 フィアキィと共に練られたエフェメラの魔力は、炸裂する火の雨へと変じ周囲に炎を撒き散らす。 そんな最中に在って、“ミラージュ”はただただ震えていた。 体躯を掻き抱く様にして、あらゆる現実を拒む様に……全力で、護りに徹していた。 彼らは上手くやった。とても上手く少女を追い詰めた。そして――上手く追い詰め過ぎた。 「本当の可愛さは中身ですぅ! 目を醒ますですぅっ!」 言葉は既に届かない。そして攻撃もまた、元々強固な護りを持っていた“ミラージュ”だ。 それが護りに徹してしまっては叩いても叩いても切りがない。 「これは夢じゃないよ、目を開けて!」 「いや……嫌! 嫌! 痛いのは嫌!! 傷付くのは、嫌!!」 ルナの放った光弾がその体躯を撃ち抜くも、非情なまでに硬い。 時は刻一刻と過ぎて行く。だが僅かでも油断をすればまた誰かを命を取り替えられる。 或いは、いっそ場に在る人間を限定してしまったなら、誰と取り換えるかを固定する事も出来たろう。 自ら命を削って場に臨んだ正太郎の様に、誰も余力を残さなければ罠に嵌める事も叶ったかもしれない。 けれど、此処に至っては栓無き話だ。 「傷がふえても、なんど負けても、心だけはじぶんのものなのに……」 その心すらも、壊れて行く。少しずつ。少しずつ。けれど、確実に。 殴りつける涼子の手に血が滲む。握り締めた爪が甲に刺さる。時間が、無い。 「……だとしても、やる事は変わらない」 「でも、こんなの寂しいですぅ!」 幾度目かになる鉄拳が少女の体躯に叩き込まれ、気糸を辿って正確に放たれるは鉄の林檎。 けれど元より、この戦いに猶予は無い。幾許かの余裕を使い果たせば――そこに現れるのは予定された最悪の結末。 ぱきりと、それはまるで鏡を割る様な音色だった。 「……ぇ?」 ぴしりと、それはまるで罅割れる様な響きだった。 「あれ……え……」 懐にしまった手鏡ではない。据え置きの姿見。そこに映る少女の“貌”に亀裂が入る。 「…………ぇ?」 綺麗になりたかった。誰よりも。何よりも。そう、夢見ていた。 誰かに手を取って欲しかった。誰かに認めて欲しかった。誰かに救って欲しかった。 「――っ、巻き込んじゃったらごめんねっ!」 危機を察し、エフェメラが魔力を掻き集める。動きを止めないと、取り返しが付かなくなる。 「キィ! 固めるっ!」 響いた声と爆ぜる様な冷気。そして瞬時に凍て付く“隔離された家庭科室” 前衛として“ミラージュ”の間近に経っていた天乃と涼子も巻き込まれるも、 確かに手応えはあった。凍り付いた少女の像。けれど――けれど。 「ここからが、本番……」 ぐしゃりと。いびつに歪んだ貌。青く澄んだ瞳が氷像の中から周囲を凝視する。 鏡よ鏡、鏡さん。世界で一番醜いのは誰? “それは勿論、女王様で御座います” 抱いた夢が一途で有れば有るほどに、届かなかった時の失意もまた大きく。 その希望が輝かしければ輝かしい程に、失墜した絶望もまた深い。 「偽りじゃない君の姿を――」 本当の君が、見たかったのに。 「何でだよ……どうして……」 手を差し伸べる事すら、叶わなくて。 「さあ、もっと踊ろう?」 「アハ、アハハ、アハハハハハハハハハハハハハhhhhhhhaaaaaaa―――!」 罅割れた氷像は砕け散り――雪の女王は産み落とされる。 ●問いに応える声は無く 世界は瞬く間に白く染まっていった。 元々余力を残していなかった正太郎が倒れ、体力に劣るステラと生命を交換された七花が続く。 運命を削り辛うじて立ち上がるも、負ったダメージまでが消える訳ではない。 もしも同じ土壌で競り合ったなら、押し込まれるのはリベリスタ側だ。 それはまるでドミノ倒しの様、圧倒的広範囲に放たれる雪の世界。 「どっちにせよ、突っ込んでぶっ飛ばすだけだ」 「そうでないと……面白くない」 けれども。それは相手が――スノウ・クイーンが万全であったならの話。 積み重ねた攻撃はその身に残されたまま。加えられたダメージは露と消えてしまった訳ではない。 天乃が、涼子が距離を詰める。凍て付く様な冷気の皮膚を、気糸と拳が突き破る。 「終わらせる……これ以上偽りの姿に埋もれてしまう前に!」 「頑張る女の子は、いつだって一番輝いてるのです!」 光弾と鉄球、魔力と暴力の二重奏が体躯を抉り、更に後方。ステラの癒しの歌とエフェメラのフィアキィが舞う。 「希望を僅かでも、そんな物、もう無いのだとしても――」 「一気に――仕留めちゃうよっ!」 それはどちらに傾いてもおかしくは無かった天秤。 雪の女王が持つ再生能力を、リベリスタ達の火力は拳一つ分上回る。 だが、相手の余力が見えない以上は無謀にも等しいチキンレースだ。勝ち目が有る訳では決して無かった。 けれど。炎の雨が炸裂し吹き飛ばされたその姿は、誤り違わぬ満身創痍。 そして雪の嵐に体躯を染められ尚、じっとそれを見つめ続けた瞳が有った。 「なあ、オレがオマエの手を取ったら、もうやめにしてくれるか……?」 問いに応える声は無く。けれど堕ちた雪の女王は、確かに其方へ手を伸ばす。 一瞬の猶予も有りはしない。それは攻撃の仕草だと分かっていた。 「……オマエさ、綺麗だったぜ」 誰も、それを口にしてはくれなかったから。 正太郎の放った銃弾は狙い違わずその凍った体躯に突き刺さり、ほんの小さく軋む音。 氷った湖に楔を穿ったかの様に、その一点から奔った亀裂は決して減る事は無く。 少女だった物は砕けて消える。さらさらと、さらさらと。光と共に散って行く。 それが夢を追い続けた彼女の最期。 凍える様な虚しさだけの残響は、初春の風に吹かれて、消えた。 かくて、ありふれた絶望は此処に開花する。 直ぐ隣の教室で、担任と呼ばれていた男が閉じ行く引き戸に背を向ける。 「――実に涙をそそる調べだった、これだから調律は奥深い」 “それでは次の演奏――戯曲(オペレッタ)のに、取り掛かるとしよう” |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|