● 冷え込みの厳しい冬が終わり、春が近付きつつある。 春は芽吹きの時期だ。長く厳しい冬に耐え切った者に訪れる、報われの時。 そして此処にも芽吹きの種が一つ。 ――其の男、構成人員十余名ほどの小企業の長である倉茂・余市の表情は明るかった。 其れも其の筈、彼の企業で長く研究を続けて来た技術が実用化の段階までこぎつけられたのだ。 この厳しい景気の中で其の技術開発を途中で断念せずにすんだのは、全て時村財閥がこの研究の意義を認めて辛抱強く支援をし続けてくれたからである。 受け続けた恩を、此処からは其の技術を用いた部品を提供する事で漸く返していけるのだ。 夜遅くまでオフィスに居残り、事務処理を進める余市は顔に精気を漲らせていた。 しかし、だからこそ其の明るさに影は迫り来る。 「ネェ、倉茂サン」 不意に自分の他には誰も居ない筈のオフィスで、何者かに声を掛けられた余市は、驚愕に身体をビクつかせ、背後を振り返った。 「な、なんだ。アンタか。こんな時分に、一体どうやって入ったんだ?」 気配も無く背後に立っていたのが、知人と言う訳ではなくとも知った顔であった事に一先ず胸を撫で下ろす余市。 鍵はきちんと閉めていた筈だが、まあ何にせよ強盗等では無かった事に安堵する。 「そんな事はドウでも良いんデスヨ。ネェ、倉茂サン。此れが最後の提案デス。時村が出すであろう金額の2割り増し、……いや3割り増しは出しまショウ。例の技術、我が逆凪カンパニーの為に役立ててもらえまセンカ?」 とは言え、然程見たい顔でも無かった事も同時に思い出す。 背後に立っていた男は、最近しつこく例の技術を用いた部品を逆凪カンパニーへと卸すよう持ちかけて来ていた六一・示だったからだ。 「どうでも良くは無いぞ。こんな夜分に幾らなんでも失礼だろう! それに私は時村財閥に受けた恩があるんだ。幾ら積まれても義理は欠けん」 驚かされた怒りも手伝い、邪険に手を振って余市は示を追い出そうとする。 「マァ、そう言うとは思ってましたガ。デモ実はネ、貴方だけなんデスヨ。義理とかに拘るのハ」 何だ? 一体この男は何を言ってるんだ? 示の異様な雰囲気に、余市の背中に怖気が走る。 「他の皆サンはこの条件で承知済みデス。そりゃあ、苦労して開発シタ新技術。誰だってお金は沢山ホシイ、ですよネ」 クキクキと首を鳴らし、示は哂う。 「貴方だけ邪魔なんデス。素直ニ首を縦に振れバ良かったのニ。本当は私もこんな事はしたくないんデスヨ? 倉茂サンの可愛らしい、高校生のお嬢サンでも誘拐する方が穏便で私好みデス」 「貴様っ、娘に何をしたっ!」 示の言葉に恐怖を忘れ、思わず掴み掛かった余市は、けれどまるで人間の物とは思えぬ力で放り投げられ、壁に強く背中を打ち付けた。 「してませんヨ。話を聞きなサイ。でもネ、時村財閥だけはいけないんデス。悠長な手段を取ると鬱陶しい蝿、リベリスタが湧きますカラ、手っ取り早く行かナイト」 壁を抜け、更に2人の男が室内へと入ってくる。 其の手には先を輪っかの形に結んだ縄が握られていた。 「ホラ、怪我は治してあげまショウ。痕が残ると駄目ですからネ。嗚呼、恨むナラ、時村財閥と、自分の愚かサを恨んで下サイ」 ● 「さて諸君、虫が湧いたので駆除の時間だ」 唇を歪め、『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)がリベリスタ達を見回す。 「目覚めた能力を己が私利私欲に使うのがフィクサード。……もっとも其れ自体を咎めは出来ない。元より人間とはそんな生き物だ」 主義主張が違えど、人から外れてしまった化物であれど、全てを一緒くたには出来やしない。 机の上におかれた資料の一番上には<逆凪>の文字。主流七派が最大手、様々な性質のフィクサードが寄り集う万魔殿。 「だが一般人が積み上げた努力の上前を神秘の力で掠め取ろうとする寄生虫は、断固として磨り潰すべきだと私は思う」 逆凪の構成員、表の顔は逆凪カンパニーの社員であるフィクサード達が、ある中小企業の社長を自殺に見せかけ殺そうとしている。 暴行を加えて抵抗力を奪い、神秘の力で傷を治した上で首吊りを強要して。 「社長を殺そうとしているフィクサード達自体は大した力を持っていない。……だが厄介な事にそのフィクサードには逆凪の誇る警備会社、SSSの警護がついている」 SakanagiSecurityService、通称SSS、警備会社を名乗ってはいても其の実体は構成員をE・能力者で構成した逆凪の暴力装置だ。 敵 グループA:オフィス内のフィクサード3名。 逆凪カンパニー社員達で、グループリーダーは六一・示(ホーリーメイガス10lv相当)。他2名は15lv相当のマグメイガス。 全員物質透過持ちです。 グループB:オフィスのあるビルを守るSakanagiSecurityService、通称SSS、スリーエスのフィクサード計6名。 逆凪セキュリティサービスと言う警備会社のメンバーで、全員がそれなりに手強い実力のフィクサード。 グループリーダーを除く構成はデュランダル2、スターサジタリー1、プロアデプト1、ホーリーメイガス1。種族は雑多に色々。 グループリーダーはクロスイージスの七儀・宗谷。ジーニアスで戦闘指揮2lvと針鼠、EXスキル『狂乱激怒』神遠2単、怒り、ダメージ0を所持。 2F建ての小さなビルの正面をSSSが押えています。他に出入りが可能な場所はありません。 「諸君等が現場に到着する頃には、ビルをSSSが警護し、中では社長が暴行を加えられている。彼が自殺の強要に折れるまでに時間の余裕はそうありはしない」 逆貫は僅かに溜息を吐く。 「時間との戦いだ。しかしSSSを避けてのビル内への侵入は難しいだろう。……厄介な任務だが、諸君等の健闘を祈る」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月03日(水)22:38 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 個人対個人ならば兎も角、目的を同じくしたグループ対別種のグループの集団戦闘の場合に置いて、勝利とは単に相手を打倒するだけを意味しない。 無論其れがそのまま勝利となる事も少なくは無いだが、正しくは其の戦闘における目的の達成こそを勝利と呼び、敵対グループは其の目的達成の妨げの一つでしかないのだ。 今回相対した2つのグループ、主流七派が<逆凪>に属するSakanagiSecurityService……略してSSSと、時村が主導するアークのリベリスタ達の戦いも互いに其の目的は相手の打倒では無く、SSSは警護対象である六一・示に敵対者を近寄らせぬ事、アークはSSSをすり抜けて六一・示から一般人である倉茂・余市が死ぬ前に奪い返して守る事。 明確に相反し、尚且つ片方には時間制限すらある2つの目的。故に勝負の鍵は初動にある。 リベリスタ達が現場に到着した時、彼等を馴染みのある感覚が包む。 普段はリベリスタ自身が使用する事の多い強結界が、既に現場には展開されていたのだ。 強結界の使用者はSSS。リベリスタに可能な事はフィクサードにも可能である。 SSSは事件の隠蔽の為に一般人を遠ざける強結界や、直近の記憶を書き換える記憶操作等を準備して来ていた。 そう、今回の逆凪フィクサード達は表の顔を持ち、其れを守る為に事件を明るみに出さないよう動く。 無論最終手段としてならば目撃者の抹殺も躊躇いはしないが、自ら積極的に一般人を巻き込むことも無いだろう。 リベリスタもフィクサードも元は人間だ。在り方は違えど其の多種多様さに変わりは無い。 「いけるか? 夏栖斗」 「誰にいってんの? 雷音。ここは任せていって来い! 相棒、よろしくな」 問う妹、『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)に、兄、『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)は唇に笑みを浮かべてみせる。そして話を振られた『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)が力強く一つ頷く。 決意はあれど必要以上に気負わぬ遣り取り。時間に余裕がある訳では決して無いが、けれども突入の呼吸を合わせる為に必要な、何時も通り。 敵対者の接近にSSSの一人が指笛を鳴らす。誰何の声を投げる様な無駄な真似はしない。 彼等を決して侮るなかれ。警備員の姿をしていても、其の実体はあらゆる局面での戦闘経験豊富なフィクサード達、逆凪の暴力装置なのだから。 ● 「さて、じゃれ合おうか?」 全員が待機を選択して相手の出方を待ったSSSに対し、真っ先に飛び出したのは『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)。 低空飛行で回り込むように近づくユーヌの瞳が向かう先は、ビルの入り口の更に中へ。明らかに突破を意識したその視線の動きは……、けれども彼女が突破目的であるとSSS達に思わせる為のブラフだ。 そんなユーヌの動きに合わせる様に、『ジーニアス』神葬 陸駆(BNE004022)が彼女に注意を割いたSSSの懐へと飛び込み、天才を自称する其の頭脳から迸る、物理的な圧力を持つに至った思考の奔流、……J・エクスプロージョンを炸裂させた。 範囲型の攻撃であるJ・エクスプロージョンは細かく対象を選べない。例えば狙った相手が他の仲間の誰かをブロックしていたとすれば、そのまま放てば仲間をも巻き込み弾き飛ばしてしまう。 陸駆がユーヌ以外の他の仲間達よりも素早く動けるたらこそ有効な其の攻撃は、SSSの前衛の一人の身体を大きく弾いて突破口を抉じ開ける。 しかし陣形を抉じ開けられたSSS達に動揺の色はなく、寧ろ彼等はリベリスタ達の狙いを正確に理解した。先んじて動いた2人の行動はリベリスタ達の目的をこの上なく饒舌に語っていたのだ。 されど流れは止まらない。高き場所から低き場所へと水が流れ落ちる様に。 例え目的を悟られようとも一度走り出したリベリスタ達に小細工の余地は無いし、そもそも時間が足りない。 彼等に出来る事は、例えSSSが流れを食い止める堤防と化そうとも其れを乗り越える大波と成る事のみ。必要とするは更なる勢いと力技。 陸駆が開いた穴に己の身体を滑り込ませたのは……、驚くべき事に戦いに於ける生命線とも言うべき癒し手、ホーリーメイガスの『破邪の魔術師』霧島 俊介(BNE000082)だった。 普通に考えれば余りに無茶で無謀な其の行為。だがリベリスタ達の目的はこの場のSSSと戦う事では無く、彼等を突破してビル内のオフィスに少しでも多くの人員を送り込む事。 眼前にぶら下げられた本来の戦いなら真っ先に落とすべき極上の餌は、SSSの戦闘員としての本能に確かに訴え掛ける。 とは言え早々と喰われてしまう様では釣り餌とは成り得ない。俊介に続くは夏栖斗の口撃、アッパーユアハートが其れをまともに喰らってしまったSSS2名の怒りを煽った。SSSとてE・能力者、その怒りが神秘の力に拠って生み出された偽りの物である事は理解しているのだが……、それでも抗えぬ感情の炎が心を焦がす。 強すぎる感情は其の眼を曇らせる。SSSの1人が見落としたのは、外見からは到底近接戦闘を得手とする風には見えぬ『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)の、けれども熟練の槍捌き。もっともフツの繰り出した魔槍深緋での一撃は……、例え其れを喰らった彼が平静であったとしても結果変わらず見切れなかったであろう程に鋭い物だったのだけれど。 緋色を基調とした長槍が男の身体を捉えて弾き、そして彼方で凍り付かせる。 広がる綻びに雷音が翼をはためかせて内部を目指せば、『戦士』水無瀬・佳恋(BNE003740)が敵を切り裂く。 SSSの、セキュリティサービスを名乗る割には、セキュリティを破壊しようとしているとしか思えぬ其の行動に佳恋は疑問と胡散臭さを感じずには居られない。 けれど其れを彼等に問いただす暇は勿論無く、 「何はともあれ、一般人に被害を出すわけにはいきません」 そう、今一番必要なのは罪無き一般人の命を守る事。 見た目には凛とした印象を与える佳恋が繰り出すは、けれどもその与える印象とは裏腹に高速で得物を回転させて烈風を生む、荒々しい戦鬼烈風陣。その荒々しさが生んだ衝撃に、烈風をまともに受けたSSSの1人が身体の自由を奪われた。 ……けれどリベリスタ達の手番が終るや否や、白い光が戦場を満たす。待機していたSSSのうち、リーダーである七儀・宗谷の取った行動はブレイクイービル。移動し、内部突入を図るリベリスタの1人を阻んでから放たれた邪を払う聖なる光が、皮肉な事に世界を守るリベリスタ達の技の効果を拭い去る。 リベリスタ達の打ち込んだ状態異常は多く、たった一度のブレイクイービルで全ての技の効果が消された訳では無いけれど……、リベリスタ達が稼いだアドバンテージの多くが宗谷に拠って無意味にされた。 空に浮かぶ雷音を、同じく翼をはためかせて空に舞い上がり阻むのは未だ怒りに捕らわれたままのスターサジタリー。彼の銃口が向く先は怒りの矛先である夏栖斗だけれど、プロであるその男はそれでも仕事を果たす。 身体で雷音の進路を阻んだままに、合間を縫う1¢シュートが放たれ夏栖斗の肩口を貫き通した。 更には吹き飛ばされていたデュランダル達が戻り、今度は逆にSSSのプロアデプトの放ったJ・エクスプロージョンがリベリスタ達を弾いて押し戻す。 リベリスタ達の一進は一退された。内部の突入を目指すリベリスタにとって一進一退では敗北と同義である。此れを繰り返せば時間切れが訪れ、SSSが勝利を収める事だろう。 ……けれど唯一人、未だ行動を終えてない者が居た。リベリスタの中で待機を選択し、誰よりも遅く動き出したのは新田・快。 普段はフルバックの如き彼も今はウィングの様に。その手の内に楕円形のボールは無いけれど、絶好の機会に敵陣深くへと走り込む。 リベリスタ達を押し返すのに力を、手番を使い果たしたSSSに其の突破を食い止める手段はもう残されていない。 敵陣深くへと打ち込まれた楔。全てが上手く行った訳では無い、薄氷を渡る様なギリギリではあるけれど、初動を征したのはリベリスタ達だった。 ● 二手目からの攻防は、SSSも宗谷を除いては待機を選びはしない。敵味方入り乱れる乱戦に、弾き、弾かれ、縛り、打ち、阻まれ、……だが矢張り快が敵を突破しきってビルの入り口へと辿り着いた。 小さく舌打ちして快に向かって伸ばした宗谷の左腕に、けれども佳恋の刃が食い込み辺りを血が舞う。 宗谷が狙ったのはEX狂乱激怒による快を引き戻し。佳恋は冷静に其の一手を潰して見せたのだ。 仲間が作ってくれた絶好の好機に、快の姿がビルの中へと消えた。 しかしSSSとてそれ以上は許さない。彼等にも矜持がある。 俊介の詠唱によって引き起こされた浄化の炎、灰は灰に塵は塵に。しかしSSSのデュランダルは身を尋常ならざる威力の炎に焼かれながらも突っ切り、俊介に向かって握った特殊警棒を突き出した。 あまりにあっさりと俊介の薄い胸を貫く警棒。片肺が破れて気管支を血が満たし、咳き込みと共に俊介が吐血する。運命を対価に辛うじて踏み止まるも、ダメージは深刻だ。 更にはサジタリーの放ったインドラの矢が戦場に降り注ぎ、リベリスタを焼く。 夏栖斗やユーヌのアッパーユアハートは敵の攻撃の先を自分に向ける事はで来ても、進路を阻む動きを止めれない。 むしろSSSにとって一番厄介だったのはフツの 魔槍深緋だった。インヤンマスターとは思えぬ程に前衛型の彼が繰り出す高命中の槍は、ノックバックと氷結を付与してくる厄介な代物である。 宗谷とホーリーメイガス、2枚の状態異常回復の手があるとは言え、流石に此れにはSSSも手を焼いた。 「貴様らの相手はこの天才神葬陸駆だ」 陸駆の放ったフラッシュバンの光に紛れ、刃が打ち合わされ血が噴出す。 誰も通さぬ事を目的としたSSSと、3人は中に入れたかったリベリスタ、2者の戦いは勝者無きままに。 快と言う駒の抜けた事で数の差が縮まったリベリスタとSSSは一進一退の攻防、消耗戦を繰り広げていく。 「ネェ、倉茂サン。いい加減強情ハやめ二しましょウ? アナタが死ネば丸く収まルんですよ」 争った痕跡を残さぬよう、二人のマグメイガスに抱えさせた倉茂・余市の指を、六一・示はベキリと圧し折る。 口を押さえられて悲鳴すら上げれぬ余市に、示は語る。 「アナタが自分デ死ねないナラ、このビルごと燃やしテ殺しマスよ。アナタの会社ハ無くなリ、技術者はウチが拾いマス。ウチはソレでもイイんデス。デモ此れは慈悲デスよ。ネェ、せめて会社だけデも残しタイでショウ?」 痛めつけられては癒し、そしてまた痛めつけられるを繰り返される事は、暴力に慣れぬ余市の心を急速に壊しつつあった。彼が何よりも恐れたのは、痛めつけられる事より癒される事。 人は理解できぬ事象に恐怖を覚える。ましてや其れが己の身に及ぶのならば尚更だ。 だが加害者である示とて其の態度程に余裕があった訳では無い。恐怖に支配された余市はまだ気付いていない様だが、外での戦闘の音は中にも確実に漏れ聞こえている。 SSSが負けるとは夢にも思わぬ示だが、さりとて余り時間をかけて楽しい状況でもないのは確かだ。余市がこれ以上に耐える様なら、神秘の力による殺害と言う強引な手段に出ざるを得ない。 示がそう考え始めた時だった。オフィスのドアを蹴破り、中へと転がり込んだ一つの影。 「こんにちは、時村綜合警備保障です」 時間は深夜も深夜だと言うのに落ち着き払った声で快の放った『時村』と言う単語に、折れかけた余市の瞳に精気が戻る。 不意に現れた闖入者に一瞬呆けた示は、……けれどもすぐさま我を取り戻して毒を吐く。 「チッ、SSSも存外役ニ立たナイっ、殺れッ」 示からの命令に、抱えていた余市を床に転がしてフレアバーストの詠唱を始める二人のマグメイガス。 無論其の対象は、快ではなく床の余市。戦闘力に欠ける彼等がよもや外のSSSを抜けて来た相手とまともに戦おうとする筈も無い。彼等は己の力が足りぬ事を知るからこそ、SSSに護衛を依頼したのだから。 「……させるかよ!」 だが先手を取ったのは快。示達が呆けた一瞬、SSSを短時間で突破出来る相手が現れたと言う信じがたい事実を認識するのに必要とした時間は、快に余市を庇わせる時間を与えた。 放たれた炎が焼いたは、見かけの印象よりもずっと広い快の背中。遥かに格下の彼等の攻撃が、アークでは時に守護神とすら呼ばれる守り手たる彼を焼き尽くせよう筈が無い。 彼の腕の中で震える余市は自社の新技術、具体的には携帯電話を更に小型化する鍵と成れるであろう小型で持ちの良いバネの開発で、未来を夢見ていた。 其の夢を狩らせはしない。快の力は『誰かの夢を守る力』なのだから。 ● 「なあ、これ以上はお互い消耗戦になるし、あんたらも十分六一に義理立てはできただろ?」 「君たちも、ボク達の名前程度は耳にしているだろう?」 夏栖斗と雷音、戦いながらに放たれた兄妹の言葉を、しかし宗谷は雷音の呪印封縛を掠めるに止まらせて鼻で笑う。 確かに彼等の名前を宗谷は知っていた。アークでもトップクラスに有名な兄妹だ。フツやユーヌ、中へと入った快も非常に名前が売れている。間違いなく最大級に警戒を必要とする相手だと。 けれどだから何だと言うのだ。充分に義理立ては出来たから、相手が有名で手強いから退く? 在り得ない。趣味や酔狂で犯罪を犯す裏野部や、臆病風に吹かれる木っ端のフィクサードなら兎も角、自分達は『プロ』である。 プロとは仕事を出来うる限り完遂しようとするからプロなのだ。あまりの無茶無謀ならば無論避けるだろうが、消耗戦程度を恐れて投げ出すようでは話にならない。 佳恋の長剣「白鳥乃羽々・改」が生み出す烈風が、プロアデプトの身体を打ち据えるも、すぐさまホーリーメイガスが其の傷を癒す。 彼等にはSSSの名を背負う矜持があるのだ。 …………だが彼等は間違いなくプロであったけれど、其のクライアントはとなると話は少し変わってくる。 ユーヌから付与された怒りのままに、スターサジタリーが当たり一面に銃弾を、ハニーコムガトリングをぶっ放した時、SSSの装備した通信機がか細い音、撤退の合図を鳴らす。 そう、確かに外のSSS達は戦闘のプロだが、中の示達は暴力に慣れ親しんではいても戦闘を得手とはしない。どちらかと言えば薄汚い裏工作等で利益をあげる道が彼等の本道なのだ。 そんな示達に、その噂通りの実力を見せ付けた快と相対する心算があろう筈がなかった。 SSS達が引き上げた後、未だ身体の振るえの収まらぬ余市の肩を抱いた快がビルから出て来る。 フォーチュナが言っていた通り、この事件は表に出せる類の物では無い。後から駆けつけるアークの職員によって余市は記憶操作を施され、逆凪の犯行は無かった事にされるだろう。 時村財閥に恩義を感じるこの男は、アークの存在を知らぬままに終る。余市は、自身を救い出してくれたリベリスタ達の事も忘れてしまう。今夜は何事も無く、余市は仕事のし過ぎで疲れて病院に運ばれた事にでもなる筈だ。 だがそれでもリベリスタ達は忘れない。自分達が其の手でこの男の命と、そして何よりも夢を守りきった事を。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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