君はとっても素晴らしい。 このくだらない世界も、君というフィルターを通すと素敵に見えるし、単なる栄養手段だった食べ物も、君のお肉に変換されれば至高の美味に早変わりだ。 残念ながら、僕は君になれない。 だけど、君だったもので僕を作ることは出来る。 だから。もう、僕は君じゃないものを飲んだり食べたりしたくない。 僕は、君由来100%になりたいんだ。 君にはずっと元気でいてもらわなくちゃ。 そっとそぐ腿肉。 すかさず唱える回復詠唱。 元に戻ったことを確認して、もう一回そぐ肉。 「この辺のお肉いらないとか言ってたけど、僕は君のお肉大好きだよ?」 返事はない。 返事はない。 いっぱいに目を見開いて、僕の手の中のスライス肉を見ている君。 大好きなんだ。君も、君のお肉も。 僕は、幸せでとろけてしまいそうだよ。 今日の君はオニオンソースで頂きます。 「いやだあああああああああああっ!!」 ● 「え~と、ああ、突拍子もないんだけど、信じて、お願い」 今日も、『擬音電波ローデント』小館・シモン・四門(nBNE000248) は、カリカリとスナック菓子を噛んでいる。 顔色は悪い。手足をもてあましているように椅子をがたがた言わせている。 資料を配る手指の先に精気が回ってない。 「俺、すっごく気持ち悪い人に焦点あっちゃった。黄泉が辻っていうの?」 どうせだったら、もっとかわいいものに焦点が合えばいいのに、よりにもよってな所に不時着。 四門の視線が虚ろにさまよい出す。 すでに未来予知は済んでいるようだが、正気で説明するにはまだ辛いらしい。 「『君由来100%』春日部センジュ。なんか、こう、カニバリズム」 食人嗜好。 「それも、殺して食べる系じゃなくて、生かして食べるタイプ! いやだ! まじでいや! 夢に見たらどうしよう!? 俺、このままじゃ今日一人で眠れない! たすけて、リベリスタ!」 いや、お前も一応リベリスタだし。戦闘能力はないけど。 恐ろしい一定速度で噛み砕かれるスナック菓子。 わっと長机に突っ伏す様は、まだ慣れてないんだなーというのがありありと分かる。 「こいつ、被害者を愛しているの」 がばっと顔を上げた四門の視線が天井をさまよっている。 「というか、こいつ、自分と世界が嫌いなの。でも、なんかすげえ惚れっぽいの。で、好きになった相手を、日々のお食事にするの。『君は君の好きなものを食べて。僕は大好きな君を食べるよ』」 やけに幼げな口調で状況を説明し、イタコのようにそこまでの台詞を一気に吐いた後、声を上げて泣き崩れる四門。 何で、こんなの見ちゃったんだろうね。諦めてがんばれ。もうちょっとだ。 「で。大好きな人が死んで、おいしいお肉が打ち止めにならないように細心の注意を払ってお肉をとっては治し、とっては治し。更に、その間の記憶操作するから、相手は自分に何が起こってるか気がついてない。開放されるのは、惚れっぽい春日部が他に目移りするまで。というか、大体丸々一体分食べつくすまで?」 一食200g食べたとして、大まかに一日600キロ。三か月もあれば、内臓以外のお肉は超余裕で制覇出来そうだ。 「だから、人死には出てなかったし、誰も被害を受けたと思ってなかったから今まで引っかからなかったみたいなんだけど――」 ばきゃ。噛み潰したスナック菓子が割れて机の上に落ちた。 「今回の相手が記憶操作にかからなかった。自分の記憶に齟齬があるのをずっと気にしてたんだよ。それが春日部と一緒のときばっかりだったら、疑いもするだろ」 抵抗しようとする意志力。そして、芋蔓式に蘇るおぞましい記憶。 「強い口調で詰問された春日部は,このままじゃ被害者を殺しちゃう」 四門に視点が机の上の一点で固定されている。 焦点が合っていない。殺人現場を見ているのだ。まだ起きていない殺人を何度も何度も見ているのだ。 理不尽な目にあわされ、理不尽に殺された被害者は、理不尽な存在に成り果てる。 「E・アンデッドになるか、E・フォースになるかはあんたら次第」 それはどういう……。 「春日部が泣きながら死体を食っちゃうから、その喰い具合でどっちかになる」 べきばきと噛み砕かれるスナック菓子。 ボロボロと口元からこぼれる破片。 「だから、選択肢は三つ。一つ、春日部に殺されないうちに被害者を助ける。二つ、春日部がお食事中を狙ってE・アンデッドを倒す。三つ、春日部のお食事終わった後に、E・フォースを倒す。どっちにしても春日部とは戦わなくちゃいけないんだけど,難易度は、前ほど高いんだよな」 え? なんか釈然としない。エリューションいない方が強いの? 「春日部、泣くと強くなるタイプ。なんつうか、一番怖いのは生きてる人間なんだよ」 四門は、かばんをひっくり返した。 「これ、食べてって。ひょっとしたら、しばらくもの食べられなくなるかもだから、先に食事はしてった方がいいかも」 俺、そうだったし。そう呟くフォーチュナは、気をつけてと菓子の山を差し出してきた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月02日(火)23:12 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
■サポート参加者 2人■ | |||||
|
|
● 皆が僕をもてはやした。 僕は自分の顔が嫌いだし、体格も嫌いだし、自分の腐れた思考に基づいた言葉の振動は、骨に伝わってくるだけでも不快だ。 それでも、君が僕を好いてくれるのなら、どうにか生きていけそうな気がする。 君の清らかな血肉で僕の穢れた粘膜を洗い、僕の心底真っ黒の内臓を美しい色に染め上げて下さい。 君が大好き。食べずにはいられないくらい。 ● 「じゃ、部屋から連れ出した後の事は頼むわね」 『薄明』東雲 未明(BNE000340)は、別働班との段取りを整える。 『君由来100%』春日部センジュの『大好きな君』の救出。 未明自身は、怒り狂う春日部の相手で精一杯になるだろう。 『大好きな君』を連れて逃げる『月奏』ルナ・グランツ(BNE004339)は、フュリエの中でも年長だが、まだボトム・チャンネルに来て二月もたっていない。 その後のフォローがなければ、最悪春日部の逃走やリベリスタが敗退した場合、『大好きな君』が危ない。 「気持ち悪い! 比喩としてならともかく文字通りってキモい!」 門倉・鳴未(BNE004188)、一刀両断。ホーリーメイガスだが。 「黄泉ヶ辻って変態の集まりって訊いてたんスけど、マジなんスね……」 目の焦点が合わなくなる。 「ホント、理解できないからこその黄泉ヶ辻とはよく言ったものね」 『炎髪灼眼』片霧 焔(BNE004174)は、その理解不能を延々と見続けなくてはならなかったフォーチュナに同情を禁じえない。 『心配しなくても信じるから安心しなさい。ソレと、前回に続いて色物を引き当てて――』 その後なんと言ったらいいのかわからなかった。 (でも、コッチとしてはあんなヤツが居た事を教えてくれて感謝してるけどね。だって誰かが気付かなければ、彼女は全てを憎んでしまっていたから) だから、焔は約束する。彼女の救出と見つけた四門の安眠を。 「偏食もここに極まれりといったところか。悪食は身を滅ぼすという事を教えてやらんとな。親切心というよりうんざりしたからだが」 『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)が教えるのは、春日部が身を滅ぼす理由は『悪食』だということだ。 ● ウィークリーマンション、該当の部屋。 「鍵、かかってる」 未明の目配せに、『必殺特殊清掃人』鹿毛・E・ロウ(BNE004035)が、ドアの向こうに消えていく。 (人命救助が最優先、と言う事で。行動も速度優先、ビュンビュンいこうぜ的な速攻作戦ですよ!) シリンダーとドアチェーンが外される。 品のいいカウチソファの上、男女がもみ合っている。 「僕を置いていかないで嫌いにならないで君に嫌われたらどうしたらいいのかわからないどうやって息を吸えば? 何を食べたら? どこに住んだら? 何を飲んだら? 君だけが僕をキレイにしてくれるのにどうしてわかってくれないの忘れてやり直すから僕と幸せになって僕を幸せにしてよお願い――」 懇願している男と、その剣幕に目を見開き人形のようにがくがくゆすぶられる女。 ごつっごつっとひじかけにうち付けられる女の後頭部。 あのままでは首の骨が折れるか、脳に損傷が発生しそうだ。 リベリスタの膂力は、一般人のそれをはるかに凌駕する。 「さて、愛ってやつを勘違いしてる奴にはお仕置きしてわからせてやらねぇとな」 『(自称)愛と自由の探求者』佐倉 吹雪(BNE003319)は、ソードミラージュの電光石火で『大好きな君』を春日部から引き剥がす。 春日部の伸ばした腕にとっさに小さな手がすがりつく。 「どいてよ、邪魔だよ」 斬り飛ばされた『尽きせぬ祈り』シュスタイナ・ショーゼット(BNE001683)は、頭のぶつけどころが悪かったのか、ピクリとも動かなくなった。 E・アンデッドやE・フォースを従えるより、春日部単体のほうが危険だといった四門の未来予報は正確だった。 愛情の対象を昇華する前に強奪された者の末路は常に狂乱に満ちている。 春日部をワンルームの中に閉じ込める。 すでに鉅によって張られた強結界。よほどの物好きでない限り、ここには誰も近づかない。 「愛する方を通した世界は美しい……そう言えたなら素晴らしいのですが、相手から一方的に搾取するような愛し方は間違っております!」 『レディースメイド』リコル・ツァーネ(BNE004260)は、「大好きな君」をかき抱き、光を失った瞳に一瞬表情を曇らせる。 振るわれた暴力と、自分に起きたこと。 今までお肉が好きだとお料理上手の彼が食べていた,たくさんの肉料理。 どのくらいが自分の肉だったのだろう。 一緒に食べた美味しいお食事。 あれのうちの一体どれくらいが自分で出来ていたのだろう!? 「怖い思いをされましたね……。必ず貴女を護りますので信じて彼女と共にお逃げ下さいませ」 リコルは戦場に残らなければならない。だから後を託す。 リコルと『月奏』ルナ・グランツ(BNE004339)の目が見交わされる。大きく頷くルナ。 「返して。僕の大好きな人」 滂沱の涙。その内の何%かは、この人形のようになってしまった彼女で出来ている。 ぶらりと下げられたマチェットが、シュスタイナについで吹雪の生死を問うた。 ばくりと断ち割れた傷口は、癒しを受けてもされる気配が見えない致命傷。 もう一撃食らったら、帰ってこられなくなる。 「悪いわね。他人の嗜好に口挟む気は基本ないんだけど、流石にちょっとね」 未明は、注意深く間合いをつめる。 「いつだって、世界は僕から愛しい者を取り上げる」 春日部は、「大好きな君」を「誘拐」しようとしている連中をなぎ払わなくてはならない。 「惚れた女に自分の性癖押し付けて、それが拒否られたから殺すって、アホか。お前アホか!」 鳴未は叫んだ。 今すぐ癒さなくてはならない怪我人があっという間に二人。 高位存在に働きかける詠唱の合間に罵声を混ぜ込む。 (正直理解不能っつーか理解したらおしまいだよな。しかも逃げようとしたら逆ギレとか救えねぇ! 本当に好きなら相手の事ももっと考えろってんだよ) 春日部がぐるりと首をめぐらせる。鳴未は目が合った気がした。 「――っ」 何もかもを飲み込む黒がそこにあった。 「すきってそういうのを全部含めてのことじゃないの違うの世界はどこまで不完全なの僕を殺したいの世界はついに僕を嫌いになったの僕が嫌いな世界はやっと僕を死なせることを決めてくれたの」 だらだらと口から零れ落ちる言葉。 その間にも懐に飛び込んでくる未明の刃を山刀が受け止める。 世にも稀な苛烈な空気の妖精は、受け止めてなお春日部の体を断ち割る。 「おなかがすいた……」 春日部の口から、唐突に空腹の訴え。 赤子が乳を求め、それ以外を拒絶するように、春日部の精神は『愛する者の血肉』以外を口に出来るものと認めていない。 「諦めなさい。ま、その位好いてもらえれば女冥利にも尽きるけどさ」 (食べちゃいたいくらいに好きって、比喩じゃないから性質が悪いのよ) 未明は眉をしかめる。 (好きな人を噛みたいって気持ちなら、分からなくもない。当然相手の了解は必要だけど……ってそんな話じゃないか) 黄泉ヶ辻相手に共感なんて無意味どころか害にしかならない。 向こうは彼岸に片足を踏み入れた存在だ。 「御機嫌よう、春日部センジュ。顔が良いのは認めるけれど、全てが気に入らないわね」 焔の顔に満面の笑み。怒りは通り越すと笑いになる。 「気に入らないから、その顔を一発どころか倒れるまで殴らせて貰えないかしら? 見ているだけでイライラして来るのよ、貴方は」 握り締められた乙女の拳がほどかれるとき、如何なる鎧も鉅の肉体も貫き徹す掌打に変わる。 強烈な踏み込みと共に放たれるそれが、恐るべき重さで春日部の腹の中をかき回す。 (頭に血がのぼった相手は強くとも嵌めやすい……といいんだがな。まあ趣味の悪い食事風景見るよりマシだ) 派手に飛び掛り、言葉で挑発し弾劾し、春日部の気をひく者達の影にまぎれて、鉅はするすると音もなく標的に忍び寄る。 沸き立つ気糸、絡みつく死の糸。春日部の優美な四肢を絡めとる糸の渦。 動きを封じられた途端に暴れだす春日部。 「早く行け! 逃げろ!」 廊下でもたついている二人に鉅が叫ぶ。 「いかないで。僕を好きだって言ってくれたでしょう!?」 ぎしりときしむ糸。長くもたない。恐ろしいまでの意志力。思い込みの激しさが、神秘による不調を拒絶する。 「大好きな君」と呼ばれた彼女は、ほんの少しだけ振り返った。 「言ったけど……食べられるのは、いや」 開かれるドアから溢れる陽光。二人きりの甘くて濃密な閉鎖空間を拒絶するように。 ルナは、そのまま、『大好きな君』に肩を貸しながら、外に飛び出す。 その背に、スィンのフィアキィから高密度障壁が捻出される。 「――あなた達は、だれ?」 かろうじて爪先に靴をひっかけてたどたどしく足を前に出す『大好きな君』がルナに問いかける。 「御免、突然の事で混乱しちゃってるよね? 私たちを信じて、絶対貴女を守ってみせるから」 今朝目覚めたときは、こんなことになるなんてチラとも思っていなかったのに。 「大好きだったの」 彼女は振り絞るように言った。溢れる涙が止まらない。 記憶の中のあなたはとても優しく、大事そうに、幸せそうに、私のことを食べていた。 ● 春日部センジュは、高位存在に癒しを請う術を身につけている。 だから、鉅は徹底して黒い闘気を春日部目掛けて放ち続ける。 (せっかく削った体力回復されないようにしておこう。狂化した相手と長々戦うなんざごめんだ) 面度くさがりゆえに、手間を減らすための手数を惜しまない。 「お前の愛が本物だったら俺はここには来なかったかもしれねぇ、でもお前のソレは愛には見えねぇんだよ、好きなことには違いないんだろうが、そいつは愛じゃねぇ、ただの食欲だ、お前は女の子を食べ物として好きなだけなんだよ」 スィンが魔法障壁を張り巡らせ、鳴未が懸命に福音を召喚し続けているけれど、死に逝く者のタグを貼られた吹雪の断ち割れた体は癒されない。 ふさがらない傷からあふれた血を軌跡に残して、吹雪は宙を舞い、春日部にナイフを叩き込む。 「味とか関係ないんだよ。僕はこれ以上穢れた世界の穢れた食物を食べるのがいやなだけなんだ。好きなものだけ食べていたい」 嗜好じゃない。 「誰だって、無農薬野菜とか選ぶじゃないか。僕はその条件に恋愛を加味しているだけだよ。野菜や肉や魚に愛をささやいて、キスする趣味はない」 愛情表現は食すこと。 律儀に返答する春日部の目はドロリとにごり、その濁りさえも異質なまでに美しい。 「それって、いけないことかな?」 否定しなくてはならない。春日部を美しいと認めてしまったら、世界の根底が揺るぐ。 「わお、自分も世界も大嫌いさんですか。ちょっとシンパシー。そんなに嫌ならテメェで首くくれ!」 ロウは高らかに言い放ち、大般若を取り回す。 「……と言いたいトコですが、そいつはブーメランですよねえ。僕も無為に死ぬのは嫌ですし」 こんなにいやな思いをしながら今日まで生きてきたのだから、幾許かでも見返りがほしい。 緩急のついた太刀筋。音速を超える切っ先が春日部を襲う。 「でも大丈夫、ご安心を! そんなにも嫌過ぎるこの世界から、サクッと消して差し上げます。お電話一本ヒッサツ特掃、神秘清掃ならロハでも参上♪」 どこかおどけた口調だが、殺る気満々だ。 神秘、これ全て滅ぶべし。ロウは敬虔な信仰者なのだから。 「貴方様がこの先どれ程恋をして愛する方を得ようとも、貴方様になりたいと思われる方は誰一人としておりませんよ」 リコルの身は盾。口には刃。 「どれだけ愛する方の血肉で己を形作ろうと、貴方様は自身が厭う自分のまま」 細胞の一個一個に宿る遺伝子は、取り込んだアミノ酸を匿名に変えて、改めて大嫌いな「春日部センジュ」に並べ替える。 「そうでございましょう? 春日部センジュ様?」 どこまでいっても、春日部センジュは春日部センジュにしかならない。それが世界の法則。 「うるさい。黙ってろ」 怒りは動きに。動きは嵐に。ウィークリーマンションの中で局地的な竜巻。 カウチソファもローテーブルも小さな恋の思い出も。 何もかも全てを巻き込んで、春日部センジュの心象風景そのままに吹き荒れる剣風。 力のみによらぬ剣士の作り出すそれは脅威の一言に尽きる。 床に倒れたままのシュスタイナにさえ、執拗に風の刃が浴びせられる。 直接触れずとも切り裂いていく空気の断面。 今朝目覚めた時は、こんなことになるなんてチラとも思っていなかったのに。 君が好きだといってくれるから、もう少し生きてみようかなと思ったのに。 単体、最大二体の討伐に10人ものリベリスタが派遣された理由。 春日部センジュは、強力なのだ。そうしなければリベリスタの安全が確保できない程度には。 福音による癒しも追いつけない。 部屋の壁中、リベリスタの血でマーブル模様ができる。 どこか甘く吐き気を誘発する血臭が辺りに溢れる。 「気持ち悪いよ。君の血はとてもいい匂いがするのに。どうしてこいつらのはこんなに臭いんだろう」 春日部がうめく。答えは簡単だ。春日部はリベリスタを愛してない。 愛こそが最高の滋養で調味料だ。 「おなかがすいた。それに、とっても痛いし」 手には血まみれのマチェット。致命傷。明るい茶色の髪にこびりつくどす黒い血の塊。 裂傷と打撲傷。 最高の青年彫像にこれ以上はない冒涜。 裸足のまま、ちらりと鍵のかかったドアとその前に恩寵を世界に返上してでも立ちはだかろうとするリコルや未明を一瞥し、ベランダに続く窓に目をやる。 「どこに言っちゃったの。僕の大好きな人。僕はもう君に好きって言ってもらえないの?」 僕はもう君のお肉を食べられないの? 鳴未は、窓の前に立ちふさがった。 詠唱しっぱなしの声はすでに枯れている。今にも喉から血を吹きそうだ。途切れさせたら、誰かが倒れる。ここでやめたら男が廃る。 「つか、テメーのせいで暫く肉食えそうにねぇし、責任取って焼き土下座しやがれ!」 逃がしてたまるか。声にならない気迫が溢れる。 「追わせはしないよ……君はここで朽ち果てていくんだ」 春日部の足にスィンの腕が絡みつく。 幼げな容姿の奥に潜んだ年月が、かえって穏やかに断罪の声を響かせる。 (ロクでもない男だな……自己満足の為なら相手の気持ちは度外視。今日肉塊になるのはお前の方だよ) 赤い蛮族に蹂躙され尽くしたフュリエの同胞と犠牲者がオーバーラップしていく。 「これまでの犠牲者に謝罪をするがいい」 (僕では到底及ばない相手だったが、それでも守るべきものの為に戦い抜く覚悟) 障壁は仲間優先。春日部の烈風にさらされ、もはや立ち上がることはかなわない。 だから、僅かな時間でも足止めを。 「……ああ、でも謝罪するには行き先が同じ場所で無くては」 ボトム・チャンネルに来てから覚えた概念、『死後の世界』。この世界では死ぬと、生前の行いに応じた別の世界に行くと言う。 善人は穏やかな世界へ。悪人は責め苦に満ちた世界へ。 「春日部の行き先は『地獄』 だろうから」 無理だな。スィンの意識が遠のく。後は任せた。 「自分のやってた事のしっぺ返しを受けた位で一々泣き喚いてんじゃないわよ!」 赤い髪を更に自分の血で上書きされながら、焔が叫ぶ。 痛みを遮断している分、散漫になることはないが、自分の体がずたずたに切り裂かれているのはわかる。 それでも、床でおねんねすることは、他ならぬ焔が許さない。 伊達に「赤の凶戦士」の業を背負っていない。 バーサーカーにはバーサーカーを。 死ねない理由があるリベリスタと、生きる理由がないフィクサード。 戦い続けてどちらが勝つか。 決まっている。 天秤が極端に振れていなければ、執着している者が勝つのだ。 ● 「はい。こちらは終わりました。そちらは、病院に搬送中ですか。お渡しいただけました? 本当は、直接にできればよかったのですけれど――」 「大好きな君」と呼ばれた彼女は、ルナと別働隊によりアーク手配の病院に緊急搬送中だ。 医学的にも、神秘的にも、万全のフォローが期待できるだろう。 リコルは、事前に携帯番号のメモを渡してくれるようにルナに頼んでいた。 (わたくし共でも相談に乗ったりお話を聴く事はできます。お辛いでしょうけど、共に乗り越えて行きましょう……) 「変なやつに引っかかったとでも思って、今回の事はなるべく忘れちゃえって言っといて」 リコルの電話の横口から叫びながら、鳴未は、そう言って光のない目で、それでも、春日部に「否」と言った彼女を思い浮かべていた。 (大丈夫、こんなことそうそう無いって。次はきっと、もっとちゃんとした相手が見つかるさ) 「彼女は無事よ。ええ、ええ、大丈夫。これから帰還するわ」 未明は電話を切ると、焔に、にっこり笑った。 「四門、待ってるから気をつけて帰って来てって。ちょっとは元気になったみたいよ?」 アーク本部に帰るまでがお仕事です。 エレベーターホールで、今か今かと赤毛のフォーチュナが首を長くしてリベリスタの帰りを待っている。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|