●ラ・ル・カーナ 「宴会でござる!」 手を振り上げて元気よく『クノイチフュリエ』リシェナ・ミスカルフォ(nBNE000256)が叫んだ。 ここは異世界ラ・ル・カーナ。かつて激戦を繰り広げた橋頭堡。そこにテーブルと料理が並べられていた。ボトムチャンネルの料理とラ・ル・カーナの果物がバイキング形式で並べられている。 『おまえ等『楽団』との戦争お疲れさん。フュリエのアーク歓迎会も含めて宴会でもしねぇか』 ……と言う『菊に杯』九条・徹(nBNE000200)の誘いに乗ってみれば、場所はなんとラ・ル・カーナであったという。 世界を揺るがすほどの戦いの後、ゆっくりと世界は再生していた。怒りと憤怒の荒野はゆっくりと縮小していき、緑がこの大地を覆いつつある。危険な巨獣は消え、穏やかな世界となっていた。 「なんだったら色々巡ってもいいんじゃないか? 俺達が来たときは結構ゴタゴタしてたからな」 徹の言うように異世界探索もいいだろう。豊かな自然やフュリエ村、かつて戦った場所など色々見るところはある。 心地よい新緑の風が吹く。 三つの月に照らされた世界で、箱舟の宴が始まった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月07日(日)23:52 |
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● 並べられたテーブルの上には、ボトム・チャンネルの料理と取れたてのラ・ル・カーナの果物が並んでいた。 「異世界の果物と地球の知識。二つをあわせれば、最高のお菓子が作れます!」 「ええ。異文化及び初めましての交流には、なんといっても料理とお菓子!」 セラフィーナと風は厨房で燃え上がっていた。目の前の果物を前にして、思考する。料理の知識と経験を脳内で展開し、最善の料理を生み出す。しかしそれには必要なことがあった。 「リシェナさん」 「はひ?」 風の問いかけに口いっぱいに揚げ物を頬張りながら、眼帯をしたリシェナが振りむく。 「この果物はどういったものなんですか? 見たところスイカに似ていますが」 「あとこの桃色のは? なんて名前でいつもどうやって食べてるの?」 風とセラフィーナが矢次にリシェナや他のフュリエたちに質問する。その場にいたヘンリエッタやボトムの文化に興味津々なフュリエたちは、問われるままに味や食感を教えていく。それを聞きながら二人は頭の中でレピシを創造する。 (このライカンの実をジャム状にして……いけます!) (ベイクトチーズケーキにこのエミルの粒を混ぜれば……いけますね) セラフィーナと風は厨房に向かい、作製に入る。宴会が始まる数時間前の話だ。ばたばたと厨房で動き回ってデザートも、テーブルの上に並んでいた。 「ラ・ル・カーナの果物を使ったフルーツケーキです。良かったら食べてみてください」 「フュリエの皆さん、ボトムの食べ物をとくとご賞味下さい。勿論アークの皆様も!」 異世界の食材で作ったボトム・チャンネルの料理。その融合に皆舌包みをうつ。 「はい、皆さん。沢山食べてくださいね」 そんな料理をメイド服を着たサタナチアが配って回る。 「この服? 仕事着なんだけど着替える暇がなくて」 仕事着というのはボトム・チャンネルでやっているアルバイトのことなのだが……どこでアルバイトをしているんだサタナチア。 「ニホンでね、色んな料理を覚えたの。今日はそれを姉妹たちに披露する目的もあるから、張り切って作るわよ!」 そうやって作ったのはハートの描かれたオムライスや旗の立ったカレー。サタナチアがどこで働いているかを知っている人たちは苦笑しているが、フュリエからすれば友人の国の料理だ。珍しいこともあるが、初めて触れる異文化に喜びと驚きの声を上げていた。 「飲み物は足りているかい? あぁ、いや。オレが注ぐよ」 ヘンリエッタも給仕に回っていた。ジュースやお酒を次いだり、料理を勧めたり。ラ・ル・カーナとボトム・チャンネルの両方を知るものとして、文化の仲立ちをしていた。ボトム・チャンネルの文化を真剣に学ぶヘンリエッタはその真摯な態度が信頼を生んで、いつしか色々なフュリエやリベリスタが質問のために輪を作っていた。 「みんな、異世界の文化には興味があるんだな」 ラ・ル・カーナとボトム・チャンネルの絆は、少しずつ強くなっていく。 (これが良い変化であると、そう信じたい) ヘンリエッタは自分を含めて変化していくフュリエたちを、好ましく思っていた。 火車は気づくとラ・ル・カーナに引っ張られていた。 「どんな運びだ荒々しいな!」 「九条さんに手伝ってもらいました!」 しゅた、と手を上げて黎子が悪びれなく答えた。 「あの野郎!」 頭が痛いのはそういうわけか。あとでお返ししてやろう。火車はそう心に誓って近くにあったジュースを口にした。絞りたてなのかフレッシュでおいしい。 「初めてオメェとツラ合わせたのは、ココでだったなぁ……」 「懐かしいですねぇ。あとは宮部乃宮さんとラ・ル・カーナに来たのはエクスィスを燃やしに来たときでしたかね? あの時は私が迷子になって大変でしたね」 「……オメェマジ、良い歳して迷子とか……どうなってんだ」 まあまあ、と黎子が手を振ってごまかした。火車もそれ以上は追求することはない。エクスィス内部が複雑だったこともあるので仕方ないといえば仕方ないのだが。 「で、なんだってこんなところに引っ張ってきたんだ?」 「いつものごとく一人で宴会行くのが嫌だったからです!」 「恒例のぼっち宣言かよ! 好い加減ダチの一人二人いねぇんか! ……ああ、オレか」 叫ぶ火車を指差す。黎子本人もさすがにどうにかしたいと思ってはいるのだが。 「そういえば宮部乃宮さんって誕生日7月でしたっけ?」 「あ? そうだが……なんだ? 何時もと同じに見えて微妙に違うそのツラは」 「お酒が今から楽しみですねえ!」 火車は次の誕生日で二十歳になる。黎子はそのときを楽しみにしていた。一緒に酒を飲むのが……ではなくお酒を飲ませるのが。 「まったく……何たくらんでるんだ……?」 黎子の笑いに不安を感じながら、火車は近くの料理を手にした。酒ねぇ、と思いながらお酒で盛り上がっているグループを見る。 「今回は異世界とは変り種ねぇ」 「自分はこういう場所の方が落ち着く」 エナーシアが三つの月を見上げながら酒を口にすれば、ウラジミールが火酒を飲み干す。快が持ってきた酒を初めとして、ボトム・チャンネルから持ってきたアルコールの類が次々と開けられていく。 「ガバガバのむぅ!」 「おう。どんどん行けや」 御龍が杯を高く掲げれば、そこに徹が酒を注いだ。気風のいい飲み方に乗せられるように周りのリベリスタやフュリエにも酒の輪が広がっていく。飲みなれない人は少しずつ。飲みなれている人はそれを見守りながら。 「あたしもあの戦いに参加したけどぉ、何がどう転がるかわからない世界だよほんとぉ。……いろいろ犠牲はあったけどさぁ」 御龍が遠い目をして、外を見る。三つの月に照らされた世界。、あの時のような空はもうない。戦いの残滓は少しずつ自然に包まれている。 「まぁなんにせよぉ、こうして旨い酒が飲めるのはいいこったぁ!」 湿っぽいのは性に合わないとばかりに、御龍は酒を自分のコップに注いだ。 「異世界は任務外だからと一度も来なかったというのは裏さんらしいわねぇ」 エナーシアはラ・ル・カーナの水でお酒を割って飲んでいた。異世界の自然というフィルターを通した水は、驚くほど澄んだ味になっている。そのせいもあって今日は酒の量が進んでいた。 「人伝に話は聞いていたのだがな。九条殿はここの事は詳しいのかね?」 「まぁな。だが一番詳しいのはフュリエたちだぜ」 徹が指差す先には、アーク所内でも見かける【Place】のフュリエたち。久しぶりの故郷に喜びながら、自分達の経験を嬉しそうに話している。 「里帰りっ! しかもボトムのみんなも一緒っ!」 言葉と一緒に跳ねながらエフェメラが乾杯をする。彼女は厨房からラ・ル・カーナの料理を作ってきた。 「前にボトムの人が来てくれたときにも作ったものだよっ! みんな覚えてるかな?」 「覚えてるぜ。自然の風味が生きているってな」 徹がエフェメラの料理に舌包みをうつ。あの後色々あって大変だったのだが、終わってしまえばいい思い出だ。 「どうだ、一杯?」 「今回はお酒は呑まないもんっ。みんなのお世話するんだから!」 「酔ったフュリエも見たかったんだがなぁ」 徹は残念そうに酒を引っ込める。エフェメラは作った料理を皆に配って回る。 「そういえばぁ……この前、ボトムの飲み会に参加したんだけどぉ……」 眠そうな顔で自分のカバンを弄るリリス。カバンの中から酒瓶を取り出した。 「これ、ワインっていうお酒の一種なんだけどぉ、すっごく飲みやすいから…みんなも是非~」 「へぇ、どんな味なの?」 「ボトムの果物の果汁をぉ~……」 身振り手振り交えてワインの説明をするリリス。 「キッチンが凄い事になっておってよくわからぬからのぅ」 リリスの視線に誘導されるようにミストラルが厨房の方を向く。あなたは手伝わないの、といわれればミストラルは大きな胸を張った。 「料理なぞできぬわ!」 と、ドヤ顔で銀髪を書き上げるミストラル。ラ・ル・カーナの料理ならできるが、今の厨房はボトムの食材が混じった二文化混合状態である。さすがに手伝えない。 「しかしまだそんなに経ってないのに久しぶりに感じるのう」 ボトム・チャンネルでアークのリベリスタとして戦った期間はフュリエの生きた時間に比べれば、わずかな期間といえよう。しかしその間に様々なことがあった。毎日が忙しく、久しぶりの故郷が懐かしく感じられる。 「皆で料理作って食べてにぎわおうではないかー」 「じゃあわたしが作ったロールキャベツをどうぞ」 リリィがボトム・チャンネルで覚えた料理を披露する。キャベツの変わりにラ・ル・カーナの野菜を使い、丹念に煮込んだものだ。スープもボトム・チャンネルとラ・ル・カーナの両方の食材で作っている。 「後こっちはチョコレート。ボトムの木の実で作るんだよ」 リリィは自分で作った一口サイズのチョコレートを配って回る。作っている間も楽しいが、こうして食べてもらうとなお嬉しい。 「もう、リリィちゃんもお世話ばっかりしてないで自分も食べないとだよ? こういうことはお姉ちゃんがやるから」 「ありがとう、ルナお姉ちゃん」 ルナの優しさにリリィが甘えるように椅子に座る。 「でもリリィちゃんは本当にお料理作るの上手いよねー。お姉ちゃん、其処まで上手に出来ないや」 ルナはリリィが作ったチョコレートをパクパク食べながら、給仕に回る。そんな中、村に住むフュリエが興味津々にたずねてくる。 「ねぇねぇ。ボトム・チャンネルってどんなところなの?」 「聞きたい? あのね、アッチは――」 年長者の義務とばかりに、ルナはボトム・チャンネルのことを説明する。戦いはまだ怖いし不慣れだけど、向こうの世界は楽しいし仲間は暖かい。興味を引くものも多く、異世界に出立してよかったと思う。 「アークでのせいかつは楽しいですが、こちらはこちらで落ち着きますね」 シャルティアはできた料理を運んでいた。作るのはそれが得意な人に任せている。もっとも、興味がないわけではない。機会があれば教えてもらおうと思っていた。 「こちらにもどるのも久しぶりです。自然がおおいのは素晴らしいことです」 ボトム・チャンネルはラ・ル・カーナに比べて自然が少ない。どちらが劣るというわけではないが、故郷が落ち着くのはやはり自然の多さがあるだろう。 「よぅ、飲んでるか?」 「ええ、おさけはおいしいですね」 徹が注ぐ酒を口にするシャルティア。酔ってきたのか少し表情がゆるくなる。 「いい飲みっぷりだな。フュリエも色々だぜ」 「酔ってないよぉ~……」 酔って眠るリリスを近くの椅子に座らせながら、徹は笑う。 「ええ、これもあなた達とかかわったからです」 『完全』ではなくなったフュリエ。それがいい事なのか悪いことなのかは分からない。 だがこうして宴で騒ぐことは、けして嫌な気分ではなかった。これも『変化』なのだろう。 シャルティアはお酒を口にして、ほうとおいしそうに息を吐いた。 ● 「新田殿は?」 「用事があるようよ」 ウラジミールとエナーシアは橋頭堡から少し離れたところを歩いていた。酔い覚ましと兼ねての散策である。 「しかし、エナ女史はこの地の事はどのぐらい詳しいのかね?」 ウラジミールはラ・ル・カーナに足を踏み入れるのはこれが初めてだと言う。異世界での活動は自分の任務外だ、ということらしい。 「まあ、私もそれほど深く関わったという訳ではないけど」 エナーシアは橋頭堡の周りを歩きながら言葉を紡ぐ。少し前までは荒野だったこの場所も少しずつ生命の気配が芽生えていた。 「ここも少し前までは草の生えない荒野だったけど、少しずつ変わりつつあるやうね」 「こちらの世界も今を背一杯生きている。そういう事なのだろう」 完全世界と呼ばれた世界はすでにない。しかしそれでもこの世界は美しいとウラジミールは思った。 「こんなにも心地よい場所だったのか……」 ベルカは森林の中を歩きながら、その光景に心打たれていた。この世界の思い出は、戦いばかりだ。フュリエとバイデンの二種族間の争い。そして世界そのものがかかった戦い。落ち着く時間などなく、こういった自然を感じる余裕はなかった。 「この新緑の深さと言ったらどうだ。まるで真夏の草いきれを思わせるような勢いだな!」 両手を広げて肺一杯に空気を吸い込んむ。ベルカは木々の隙間から差し込む月光を掬うように手を伸ばしていた。掌をすり抜ける光。音なき静かな光の芸術を感じ、いつしか微笑んでいた。 「散歩をするには本当に気持ちの良いところだな……」 ベルカは木にもたれかかり、腰を下ろす。そのまま睡魔の導くまま眠っていた。 「……ドタバタしていて、もう何十年とたった心地だったが……」 その木の上で鷲祐が伸びをしていた。実際にはアークがラ・ル・カーナに足を踏み入れてからまだ一年も経っていないのだ。その間にさまざまなことがあり、そしてようやく落ち着いた。 「……ボトムと何が違うのか、俺にはわからんな」 鷲祐は木々の隙間から差し込む光を感じながら、目を閉じる。鷲祐は頑丈な枝を見つけると、そこに身を預けた。 自らが乗り込み、未来を作り出した世界の一部で鷲祐は眠りにつく。 さらにその上―― 「いい風……」 飛行の加護で森を突き出た木の上でファウナが風を頬に受けていた。 世界が崩壊し始めたころの風は、ファウナにとっては嫌悪の対象だった。その風はもうなく、緩やかに再生する世界の風はファウナの心を落ち着かせていた。 木の上から見えるラ・ル・カーナは、確かに様変わりしていた。もっとも大きな違いは『世界樹』の存在だろう。世界の中心にあったあのエクスィスの姿はもうない。 「新たな世界樹を頂くこの世界は、どうなっていくのでしょう?」 ファウナは瞳を閉じて、今までよりも深く風を感じる。新生の風は、確かに今までの風とは異なる。それでもこの風が荒野の風のように怒りを感じさせるものかというと、それは違う。 (私達の知る姿に戻るのか、それとも――) 風は答えない。ただ静かにファウナの頬を撫でていた。 「以前は特に発見がなかったが……出会い有れば幸いだな」 「平定前のこの地もしっかりと目に焼き付けておきたかったわ」 雷慈慟とミサはラ・ル。カーナの生態系を観察していた。雷慈慟は動物をミサは植物と、菌類を。ミサはラ・ル・カーナに来るのが初めてのため、以前の様子を知っている雷慈慟に話を聞きながらの探索となる。 「以前は危険な動植物が生息していたが、今はそれが淘汰されたと聞く」 「報告書は目を通してるわ。巨獣とかね」 うむ、と雷慈慟は首肯する。こうして調査ができるのは危険性が大きく減ったからだ。 「其方の調査の程はどうか 益となる標本あれば重畳だが」 「ここにあるもの全部を持ち帰って調べたいくらいね。植物を少しずつでも採取したら駄目かしら……?」 「生態系を乱さないのならいいのではないか?」 ボトム・チャンネルはラ・ル・カーナに対して優越を獲得している。こちらの世界のものを多少持ち込んでも問題はない。 「どうだろう紗倉御婦人……む?」 雷慈慟がミサに声をかけようとしたところに、リシェナが通りかかる。雷慈慟は思わずそちらのほうに目をやってしまう。 「そこ行くくノ一の御嬢。どうだろう、自分の子を宿してくれないだろうか」 「色々すっ飛んでるでござる!?」 「私もフュリエさんの生殖行動に興味無くはないけど、突然子どもを要求するのはあまり良くないんじゃないかしら?」 突然の求愛にパニクるリシェナ。それを見てミサが雷慈慟をいさめた。 「ふむ、いい場所だな」 シェリーもまた、この世界を調べるために散策していた。彼女は魔術師としてのセンスでこの世界を探る。ボトム・チャンネルのマナとラ・ル・カーナのマナ。同じようでもあり、違うようでもある。深く感じてみる必要はあるようだ。 「のぅ、リシェナ。この世界のことを教えてもらえないか?」 「えーと、この木がラフテスの木で、こっちがリーカの花で……」 シェリーに問われるままに、リシェナは答えていく。その一つ一つに相槌を打つシェリー。 「雷慈慟殿やミサ殿、それにシェリー殿はラ・ル・カーナの植物に興味があるでござるか?」 「私のことは『D』と呼んでくれ。 植物だけではない。自然そのものに興味がある。大自然は全てを満たす。その中に無駄なものはなにもない」 魔術師は静かに瞑目し、ラ・ル・カーナの自然を全身で感じていた。 「フュリエの里か。緑が多くて良い場所であるな」 「本当だね。鬱蒼としてる感じじゃなくて、童話の森みたい!」 優希と瑞樹が森の中を歩いていた。瑞樹はラ・ル・カーナのことを知らない。……が、報告書や流れ込んできた記憶からなんとなくは知っていた。実際に肌で感じるラ・ル・カーナの自然に感動する瑞樹。 「あの戦いから数ヶ月。早いものだな」 優希はフュリエやバイデンの二種族や、ラ・ル・カーナが滅びかけた戦いのことを説明する。瑞樹はその説明を聞き、驚いたように口に手を当てた。 「フュリエの人が来るまでに、そんな経緯があったんだね」 「紆余曲折あったな。アークに来たフュリエ達は、見るに穏やかな気性の者が多い……と?」 そんな二人の前にリシェナが通りかかる。 「おお、お二人とも散歩でござ――」 「曲者め、これでも食らうがいい!」 挨拶のセリフに割り込むように優希は折り紙の手裏剣を投げる。手裏剣はすこーんとリシェナの顔に命中した。 「わ、わ……! 急にどうしちゃったの!?」 「フ、ニンジャたるものこの程度は避けて然るべきである!」 「優希……さん?」 突然の投擲にびっくりする瑞樹。優希は彼なりに交友しようとしているのだ。 「やってくれたな優希殿。お返しでござる。とー!」 「甘い甘い。その程度では掠りもしなしぞ!」 「……もう」 突然始まった手裏剣遊び。瑞樹は近くの木にもたれかかって、それを見ていた。 「突撃! 隣のフュリエ村! はい、今回はリシェナたんのお宅訪問となります!」 「家に帰ったら竜一殿がいたでござるー!」 手裏剣ごっこの後に家に帰ったリシェナは、マイクもってる竜一を見てあごが外れるぐらい驚いていた。 「クノイチフュリエなのですから、部屋に掛け軸とかあったり、その掛け軸の裏には秘密の隠し通路とかあったするんでしょうか?」 「壁削ったら怒られたでござる」 「然もありなんですね」 竜一はそのままリシェナの部屋を進んでいく。そして目的の場所にやってきた。 「はい! では恒例のベッドチェック! リシェナたんのベッドはどんな感じでしょうか! と説明しながらダーイブ!」 「ハンモックでござる」 「なん……だとー?!」 どさり。地面に落ちる硬い音。 そんなフュリエ村を上空から見ながら疾風はラ・ル・カーナを観光していた。ゆっくりとした飛行だが、この世界を楽しむには十分だ。 「ラ・ル・カーナは久しぶりだ。巨獣は姿を消してしまったのか?」 以前来たときは動乱で見回る余裕などなかったが、危険な生物がない今らゆっくりと観光もできる。巨獣と呼ばれる者たちはすでに姿をけしていた。 (その方がいいかも知れんな。フュリエたちの安全を考えれば) 眼窩に見える平和なフュリエたちの生活を見て、疾風は微笑む。戦いのない穏やかな生活。かつてバイデンに怯えていたころに比べれば、平和そのものだ。 「あれから世界樹はどうなったのだろう?」 疾風はフュリエの村から世界樹の方に足を向ける。そんな眼下で、 「まおは迷子になってしまいました」 仲良くなったフュリエを探していたまおは、目印を見失い迷子になっていた。どっちがどっちか分からず、木に登って右往左往していた。 「どうしたんだ?」 「ああ、疾風様。みんなはどこですか?」 空から下りてきた疾風にまおは道を尋ねる。疾風から世界樹の近くだと聞いたまおは、目を輝かせた。 「まおは行きたいと思いましたので案内してもらえたらまおはうれしいです」 そしてまおは世界樹の元にやってくる。記憶の中では新芽だった木が、今はどうなっているのだろうかと思いをはせた。もし上れるのなら上ってみようかな。でもやめたほうがいいかな。そんなことを思えば足取りは軽くなった。 世界樹エクスィス。 あの動乱から数ヶ月経ち、新芽だったエクスィスはすくすくと成長し―― 「もうこんなに大きくなってやがったか」 ツァインは自分の背よりも高く伸びた世界樹を見上げていた。とはいえそれは他の木々に比べればまだ小さい。この世界もこの樹もこれから成長していくということだろうか。 「最後に見たときは新芽だったもんなぁ」 それを考えると、成長速度は早い方である。ボトム・チャンネルの植物の成長速度と照らし合わせるのは筋が違うかもしれないが、それでも新生の瞬間を見届けたものとしては感慨深いものがある。 「はい。時間は流れているんですね」 その世界樹に手を上げながら、チャノが言う。この世界で生まれて育ち、そしてこの世界から出て。だからこそ分かるラ・ル・カーナの素晴らしさ。それを感じていた。 懐かしい風。馴染んだ風景。見慣れた草木。他の世界を知ることでその素晴らしさを深く理解できる。チャノはアークとの出会いに感謝していた。 「私にはボトムに帰ってすることがたくさんあります」 静かに世界樹に語りかけるチャノ。触れた世界樹はかつてのそれと比べれば小さい。それでもチャノは確かな生命の息吹を感じていた。 「また来ますね」 この世界にまた戻る。チャノは緑広がる世界を見ながら誓う。 「なぁ紅き王よ、バイデンは滅びたが……アンタ達の生き様はフュリエやアークの皆に何かを残したよ」 世界を救うために命をとしたバイデンの王。彼がいなければラ・ル・カーナの今はなかっただろう。ツァインは同じ戦士としてその魂に語りかけていた。 「だあああああああああ!」 そんなシリアスなチャノとツァインの祈りは、エーデルワイスの叫び声と……激突音により遮られた。たとえるなら木の上から落下したような。 「なんだ!? どうした!」 「ふっふっふ。世界の象徴ともいえる木からのバンジージャンプ! なんだかこの世界を制した感じがしませんか?」 エーデルワイスは体にロープを持って笑っていた。バンジージャンプ用のロープではなく、ただのロープなのだが。 「……おい?」 「まさか世界樹がこんな高さしかないなんて思いもしませんでしたよ! シナリオの詳細にも書いてなかったじゃないですか!」 うん。まぁ。すまん。 「だからといって世界樹からバンジージャンプするのはだめだろ」 ラ・ル・カーナの果物を齧りながら喜平がツッコむ。ラ・ル・カーナをふらふらしながら、ゴールの世界樹にたどり着いた。 (色々あったな……) 喜平は各地を見回りながら、アークのラ・ル・カーナでの戦いを振り返っていた。フュリエたちとの交友。バイデンたちとの抗争。そして、世界樹の変異と再生。 「全く戦いってのは儘ならないものなんだな」 その世界樹を見ながら喜平は呟いた。色々と想う事が多い戦いだった。未練がないといえば嘘になる。それでも今の結末が間違っていると否定する気はない。 喜平は手にしている果物を口にする。この味もアークが守ったものの一つなのだ。 「そうか。すっかりオレ達が知るより以前の、本来の景色に戻っていたんだなあ」 義衛郎は自分が戦った足跡を追っていた。まずは橋頭堡から、バイデンとの戦争を経て世界を守るための戦い。そして、 「俺たちはバイデンを滅ぼした」 それがラ・ル・カーナの戦いの本当の終わりだった。それ以降、この世界には足を運んでいない。そのときの事件もあるがキマイラや『楽団』達との戦いがあってそれどころではなかった事情もある。 ラ・ル・カーナで戦場といえる場所は荒野だった。その荒野は少しずつ緑に戻りつつある。それは世界が元の世界に戻りつつあることを示していた。 「まずはあそこに行ってみるか」 緩やかな風が吹く。散歩には最適の風が。 亘もラ・ル・カーナにおける自分の足跡を追っていた。 目的地は橋頭堡のすぐ近く。かつて橋頭堡奪還の為に戦った場所。その地で戦ったバイデンの眠る場所だった。 「報告に来ました」 弔いに、ではない。バイデンとリベリスタの関係は弔問する間柄ではないと亘は思う。 (名も知らないバイデン、グリムロア、レヴラム、……そしてイェーグ) 目を閉じれば彼等の戦う姿が思い出される。戦士として優れた体躯を持ち、そして精神を持っていた者達。彼等相手によく勝てたと今でも思う。 「ねぇ、イェーグ。自分はまだ生きて戦ってますよ」 報告と共に持っていた短刀を一振りする。神秘の光が剣の軌跡のまま輝く。自分の全力をバイデンに見せたかった。 この地で培った覚悟と実力。それを握り締め、亘は前に進む。 「報告書によればこの場所……かな?」 綺沙羅は記憶にあるアークの報告書の情報を照らし合わせながら、ラ・ル・カーナを歩く。報告書では荒野だった場所も、緑が復活していた。 綺沙羅はもう何も残っていない地面を見下ろす。そこに誰かがいるかのように、口を開く。 「勝ち逃げずるい」 言葉は綺沙羅が一度敗北したバイデンに向けて。再戦の機会があれば次は勝つぞと思っていたのだが……その機会は永遠に失われた。 「あんたは全力で戦って死ねたんだから満足なんだろうけど、キサは不完全燃焼なんだよ」 答えは返ってこない。そんなことは分かっている。その事実が、空しい。 「じゃあね、ダヤマ。そっちには当分行く気無いから」 綺沙羅は振り返り、そのまま歩き出した。 光介とシエルとステラの【七色の霞】は新緑の香が深い場所を歩いていた。 「前はあの辺も荒野で……やたらと硬い巨獣と戦ったりしたんですよ」 「バイデンの皆様との剣戟の音、荒野が吹き鳴らす砂塵のうねり……。 其れらもまたこの大地の記憶なれど、私は緑豊かな方が心落ち着きます」 「ふむ。興味深い」 ラ・ル・カーナを知らないステラは光介やシエルの説明に耳を傾けていた。今の光景からは想像できないことだ。自分の知らない知識や経験を得ることは実に素晴らしいことだ。 そして三人は世界樹の元にたどり着く。 「これが……」 報告書では人が入れるほどの大樹と聞いていたステラは、新生の樹木に驚いていた。それでもその生命力は瑞々しい。 「世界樹も穏やかになりましたね」 「この地に、どうか優しき風が何時までも吹き続けますように」 R-TYPEの影響で変異したエクスィスを知る光介とシエルは、今の世界樹の姿に笑みを浮かべた。あの狂おしい存在はもういない。 「さぁ、お弁当にしましょう」 三人は世界樹の近くに腰を下ろし、持ってきたお弁当を開ける。光介は定番のBLTサンドを、シエルはおにぎりと緑茶を、ステラは鮭コロッケや春キャベツの甘酢和え等おかず多めの弁当だ。 「いただきます」 「ステラさん、おかずもらいますね。あ、こっちのサンドはどうです?」 「問題ない。そういえばフュリエもこういうの、食べるのかな?」 手を合わせて食べ始めるシエル。光介は三人のお弁当をつつきあい、そして自分のお弁当を進めていた。それを口にしながらステラは首をかしげた。 「アークに来られているフュリエの方々は、こちらの食べ物を良く食べていますわ」 「そうですね。おすそ分けしてみてはどうです?」 「姉さんも誘ってみるか」 穏やかな時間の中、三人の話は進む。なんでもないような、それでいて特別な時間。大切な人と過ごすかけがえのない時間。 (この時間は幾多の犠牲の元に得た時間) 光介は自らが滅ぼした種族のことを思う。忘れない。その上でこの平和が成り立っているのだから。 (……『選ぶ』とはこういうことなのかもしれません、ね) ● バイデン。 ラ・ル・カーナに存在した赤肌の戦士だ。彼らはフュリエとそしてリベリスタの協力により、この世界から駆逐された。かつては荒れた大地だったこの場所も、少しずつ緑が生まれつつある。 「連中の墓か……フュリエ達が作ったのか」 ランディは遠くに立つ墓を見ながら呟いた。巨獣の骨で作られたバイデンの武器。それを墓標にしているのだ。 やがてランディは目的のものを見つける。バイデンが使っていたであろう闘技場の跡地だ。かつてはこの場所で、バイデンたちが戦っていたのだろう。手入れされているのか、汚れは思ったよりも少なかった。 「……此処は風が気持ちいいな」 バイデンの墓にリベリスタたちが集まっているのが見える。ランディは彼等の祈りを、闘技場から見ていた。 ティエはバイデンの墓の一つに献花する。フュリエの村の近くで取ってきた花だ。 「ボトムの酒とかの方が喜びそうだがそこまでする義理はないな」 ティエはフュリエである。バイデンへの感情はけしていい物とはいえない。あの赤肌は恐怖と憎悪の対象だった。 バイデンを滅ぼすときの戦いにティエも参加し、あの時は復讐のために戦った。今を守るために、バイデンを滅ぼした。 今は―― 「……どうなのだろうな」 答えはない。だがバイデンが仲間に猛威を振るえば、ティエはこの剣をもって前線に立つだろう。それは確かだ。 誰かが来る。その気配を察してティエはその場を離れた。 「誰かお花を持ってきたみたいですね」 セリーナとマーニェは墓の掃除のときに、ティエの花に気づく。 「お久しぶりです、御二人さん。お元気そうで安心しました」 そんな二人に声をかける守。かつてこの二人のフュリエとバイデンと、三種族で共闘した中である。その顔ぶれを見て、二人のフュリエの顔がほころんだ。 「報告も兼ねて、『彼』のお墓参りをしようと思いましてね」 「やっぱアイツと会った人は皆ここに来ているんだな」 「全て、というわけにも行かないがな」 「うーん、このラ・ル・カーナの空気、実に懐かしい!」 翔太と伊吹とマラファルが守の後ろから歩いてくる。手には酒瓶を持って。 「アムデが酒を好むかは分かりませんが、戦士の墓前で一献傾けると言うのも乙な物でしょう」 守が『うすにごり春霞』の封を開ける。墓標は巨獣の肩甲骨を削った剣。それを前にして持ってきた杯にそれを注ぎ、乾杯とばかりに天に掲げた。 「……お久しぶりです、戦士アムデ。そちらはいかがですか。 俺たちは今も戦い続けています。フュリエの皆さんとも、一緒にね」 このことを聞けばあの戦士はどう思うだろうか。笑うだろうか。それともその強さを見せろと叫ぶだろうか。 「貴方が見せてくれた寛容と、彼女らが見せてくれた勇気! そいつは俺たちの力になってくれているんですよ」 守は杯を傾ける。五臓六腑に広がる味。苦味のせいか瞳にうっすらと涙が浮かんでいた。 「本来ここに来るべきだった奴は来れなくなったのでな」 漆黒の羽を持つ射手。その遺志を受け継いだ伊吹が巨大な剣の前で手を合わせる。 「あの世とやらがボトムのそれと一続きなら、もう再会している頃かな」 ならあの世で語ることも多かろう。上物のウイスキーを大量のグラスに注ぐ。この血で散ったリベリスタの分も含めて。 「戦友達に」 乾杯。グラスは静かに掲げられた。 「セーリエ、マーニェ。黒羽の奴からの伝言だ。 『ラ・ル・カーナに来て、貴女達のような戦友を得られたのが何よりの喜びであり誇りです。平和になったらゆっくり話がしたかったです』」 「……彼は、ここには来ていないのですか?」 伊吹は短く首を縦に振る。伊吹のセリフと態度から、彼がどうなったかを二人のフュルエは察した。 「アムデの考えが変わった時の姿を俺も近くで見てみたかったよ」 翔太は墓前で手を合わせながら、ため息をつく。一度剣を交えた相手。あの好戦的なバイデンがフュリエを助けたという事実に、翔太は驚きを隠せなかった。疑うつもりはない。バイデンの里を守るという奇異な二人のフュリエが証人なのだ。 「ま、こういうの頼むのも変かも知れないけどさ。墓は出来ればずっと綺麗にしておいて欲しい」 翔太はバイデン掃討に手を貸したリベリスタである。その自分が頼むのはおこがましいだろうか。 だがこの地で起こった出来事は忘れてはいけないと思う。しっかり受け止めて、前に進まないといけないことなのだ。 「ええ。私達はずっと彼らを守っていくつもりです」 フュリエの言葉に翔太は安心したように微笑み、再び手を合わせた。 「バイデンのお墓、全部回るのは一日あっても足りないな」 マラファルはコーラを飲みながらバイデンの墓を歩いていた。それでも時間の許す限りまわってみよう。まずはバイデン最後の戦士から。イザークの墓の方に足を向けた。 ティアリアはイザークの墓前に立っていた。 「お久しぶりね、勇敢な戦士」 ティアリアは献花し、墓に酒をかけてやる。紅色の液体が、墓と地面を染めた。 「……ごめんなさいね。私は、あなたを見捨てたわ」 あの時アークはバイデンを滅ぼすと決定した。そしてティアリアはバイデンを救う事も最後を見届けることもしなかった。 イザークが助けてといったわけではない。むしろ亡びを受け入れていた。 それでもティアリアは自分が許せなかった。 「……どうか、この安らかな地でゆっくりと眠って」 あなたのことは忘れない。そう呟いてティアリアは墓から離れた。 「食い物がかなり不味かったって聞いたからさ」 バイデンの集落地跡にやってきた木蓮は、もって来たカバンから酒を取り出す。それをコップに注いだ。 「何か美味いもんを供えようかと思ったんだけど、普通の供え物って後処理が必要だろ?」 木蓮はコップの中の日本酒を地面に垂らす。そのまま墓前に宣言する。 「……出来るなら覚えておいてくれ。俺様はアークの戦士、草臥木蓮だ。これからも、これまでも。 お前らのこと気に入ってたぜ。また来るな!」 踵を返す木蓮。次にくるときは、もっと強い戦士になっていることを夢見て。 「久しぶり……かな」 フランシスカは幻想纏いから黒い剣を取り出す。かつてバイデンが使っていた巨大な剣。 「アヴァラ、ラガル、グラルド、ザルツァ……あなた達から受け継いだ黒き風車はわたしと共に在る。 わたしはまだ未熟だけど……あなた達に恥じない戦士になって、これをしっかり使いこなせるようになるつもり」 強者を求めるバイデンの気風は嫌いではなかった。フランシスカも似た気風がある。そんなフランシスカに戦士の誇りをみせてくれたのが、あの戦いだ。 「あなた達バイデンと言う誇り高い戦士がいたということは決して忘れない」 彼等に恥じぬ戦士であること。それが彼等にできる弔いだと信じて、フランシスカは剣を収めた。 「戦いこそが彼らの存在。祈りこそが私の存在」 リリは聖職者だ。その引き金は祈りにより引かれ、その弾丸は主の意向により放たれる。 対しバイデンは戦士だ。彼等なりのルールに従い、彼等なりの感情で武器は振るわれる。R-TYPEの影響から生まれた彼らは、リリの教義に反する存在だ。 「主よ、貴方の正しさを疑う余地はありません。 しかし今だけは、アザーバイドを悼む事をお赦し下さい」 バイデンに対し、リリは不思議と忌々しい感じはなかった。むしろ戦士としての誇りすら感じていた。 「誇り高き戦士達よ、どうか安らかに」 忌むべき存在から生まれた誇り高き戦士達。彼らのことは忘れない。 祈りと共にリリは心に刻んでいた。 「慰霊ってもよく分かんないけどね」 涼子はバイデンの墓を前にして、静かに告白する。 死者に対する思いがない……というわけではない。彼女が相手をしたバイデンはけして少なくない。それをなかったことにするつもりはない。 激情を内に秘める涼子にとって、そういった思いを表に出すのに慣れていないだけだ。死んでも当たり前だとか、仕方ないとか思うつもりはない。 「花をそなえても……お互い似合わないか」 だったら地獄であったときにまた戦おう。涼子は心の中でバイデンたちに別れとそして再戦を告げた。 「あんたの強さは本物だった」 夏栖斗はプリンスの墓前に立っていた。あらゆる小細工を圧倒的な力により蹂躙する戦士。 「勝ち逃げして、逝くなよ」 その戦士はすでに骸だ。この世界の命運をかける戦いにおいて、エクスィスに一打を加えた。その一打から世界樹内部に侵入し、ラ・ル・カーナを救う一手を成功させた。 「全力を尽くしてもう一度戦えって言ったのはあんただ。その約束を果たせずにずりぃだろ」 墓前に花を捧げる夏栖斗。彼にとって、プリンス・バイデンはヒーローだった。純粋な戦士としての心。バイデンたちを引っ張る高いカリスマ。戦士としての技量。 「もう一回戦いたかった」 拳を握る。その拳を向けたい相手は、もういない。 「ここに来るのも久しぶりだな」 かつてバイデンに身柄を拘束されていた壱也は、当時を思い出しながらバイデンの里を回っていた。あの時は心の余裕が無かったからかもしれないが、想像よりも広いことに驚く。 そして壱也はバイデンの墓の前にやってくる。 「プリンス、イザーク、そしてグラングラディア。元気かな? わたしは相変わらずはしばぶれーど振り回してるよ」 偶然に革醒し、リベリスタをやっていた壱也。普通の女の子だった彼女の価値観を変えたのは、赤肌の戦士達だった。 「今だから言うけど、わたしはバイデン好きだったよ」 彼等との戦いは嫌いではなかった。もっともっと戦いたかった。 「出会えてよかったよ、バイデン」 次会うときも戦いを。そのときは脅かしてやると壱也は微笑んだ。 朔はバイデンと戦った記憶がない。だが自分ではない記憶が彼らとの戦いを覚えていた。 ラ・ル・カーナで戦った妹の記憶。それが彼らとの戦いを『思い出させて』いた。 「初めまして。私の妹が君等と戦った事があってね。顔を見に来た」 その記憶の中に、二人のフュリエのことがある。朔は一拍おいて、二人に報告した。 「妹は死んだ。実にらしい最後だったようだ」 息を呑むフュリエたち。朔は妹の死に対して瞑目し、そして瞳をあけて言葉を続けた。 「アレはアレの思うがままに生きた。死んだのもその結果にすぎない。 だが私はあの蜂須賀そのもののような妹の事を嫌いではなかった」 だから妹のことを覚えていて欲しい。彼女に関わった全ての人に。、 「セリーナさん、マーニェさんおひさしぶり~。 ずっと二人でこの場所管理してくれてたんだね。ありがとう」 かつて二人のフュリエと共に戦った終が手を上げて微笑む。 「アムデさんも今はここで?」 微笑みはそのままだが、わずかに声を硬くして終は尋ねる。案内されれば先客が酒を掲げているところだった。彼等に手を振って、終はバイデンの墓前に立つ。 「……ヴィ兄と冴ちゃんにはもう会った?」 あの時共に戦い、いまはこの世にいない戦士の名を告げる。死後の世界があるかは分からないけど、もしあるならそこで殴り合っていそうだ。 「いつか会う日まで、オレの事も忘れないでね」 菖蒲のアクセサリを墓にかけ、終は再開を願う。 糾華は祈るリンシードの後ろで静かに立っていた。 「ここでは、色々な事がありました。攫われて、結果的に色々なモノに気づいたり学んだりする事ができました……。 ちょっと変ですが……貴方には感謝しています」 リンシードは自分を攫い集落地につれてきたバイデンに『報告』していた。 「その後も……私はたくさんの事を学んで……今では、また戦い方、戦う理由が変わりました……。 お姉様の笑顔と……日常を護る為……なんて言ったら、貴方はがっかりするでしょうか……?」 糾華はリンシードの言葉を耳にしながら、言葉なくリンシードを攫ったバイデンに語りかけていた。 (貴方達は憎いわけでも嫌いなわけでもなかったわ) 自分の妹分を攫った存在が、自分と肩を並べて戦ったなどなんと数奇な間柄か。糾華の視線は水色の妹分に向けられる。 (あの子、変わったでしょう? 死を受け入れ様とした姿からは想像も出来ない程に生きる力に満ちているでしょう?) 彼女は答えを得た。その姿を糾華は誇らしく思う。 (楔を打ったのは貴方だけど、変えたのは私よ。どう? 私達、強いでしょう?) この姿を見て彼はどう思うだろうか? おそらく、笑うだろう。楽しげに。 「お付き合いさせてしまってすみません……帰りましょうか、お姉様……」 「ええ、行きましょう」 リンシードの手を取る糾華。その手は互いの絆を示すように、しっかりと握られていた。 虎鐵はあえて皆と時間をずらして墓参りにやってきていた。 「よう、フュリエの嬢ちゃん方。元気だったか?」 セーリエとマーニェは虎鐵の来訪に喜んでいた。その笑顔に虎鐵の顔もほころぶ。あの戦いを思い出し、そのとき共に戦ったバイデンの名を告げる。 「なぁ、あいつは元気か? できれば墓参りしてぇんだが」 二人のフュリエに案内されて、虎鐵はバイデンの墓の前に立つ。 「おう、元気か? アムデ……俺だ。虎鐵だ。今日は手製のおはぎを持ってきてやったぜ」 墓前に持ってきた包みを開く。一度は戦い、一度は共闘したバイデン。あの戦いを虎鐵は忘れない。 「……お前を助けられなくて、バイデンを助けられなくて悪かったと思ってる」 忘れない。その咎を。涙が一つ、虎鐵の目から流れた。 「結局、イザークとは一対一では戦えなかったなぁ……」 悠里は闘技場に立ち、思いをはせる。もはや戦士はなく使うものはいないこの場で、瞳を閉じて相手を想像する。 巨大なハンマーを担いだ巨躯のバイデン。悠里は何度もイメージの中で戦うが、彼に勝てるイメージが沸かない。 「強かったな、バイデンは」 そのバイデンも滅びた。最後のバイデンが滅んだこの場所で、悠里は誓いを立てる。 (僕は強くなる。七派よりも、ヴァチカンよりも、バロックナイツよりも) ボトム・チャンネル最強の戦士と戦ったんだとバイデン達が胸を晴れるように。 戦士として、拳士として。 「僕はもう、誰にも負けない」 バイデンは滅びた。 「……いいや、アークが滅ぼした」 快はバイデンの集落地を歩いていた。無人の里は手入れされているのか、当時の景観を思い出させる。彼らの歓声が、怒号が、踏み鳴らす足音が聞こえるような気すらする。 「あの選択は間違いではなかった」 R-TYPEの子。フュリエの仇敵。その選択により得られたさまざまな恩恵。快とてそれが分からないほどでもない。 それでも、快は彼等と歩む道もあったのではないかと思う。 「ウダウダ悩んでいいんだよ。生きるって事は後悔の連続だ」 背後から声がかかる。酒瓶を持った徹が歩いてきていた。 「胸に抱えて生きるもよし。暴れて発散するもよし。酒屋の店主なら、酒を飲むもよし。酒で流れる涙もあらぁな。 今日はとことん付き合うぜ」 「九条さん……」 快は差し出された杯を受け取り、一気に飲み干す。 胸の虚は消えないけど、それでもいいというのならそのまま進もう。 三つの月が、快の頬を流れる液体を照らしていた。 「未だに新しく生まれたフュリエは無しか……」 烏は新たな生命を求めて、まだ緑に覆われていない荒野を歩いていた。ソラに浮かんだ瞳の近くを中心に調べれば、何かあるかもしれない。 「しかしまぁ、これは難儀だな」 ラ・ル・カーナは広い。 その中から痕跡を探すとなれば、それは年単位の調査が必要になるだろう。烏は捜索をあきらめる。 (それでも可能性は否定できない) いつの日か、どこかで。 ● 宴も終わりを告げ、霧音は会場を片付けていた。 リベリスタたちはボトム・チャンネルに帰る。里帰りをしたフュリエたちも故郷に手を振り、『穴』を潜った。 ボトム・チャンネルとラ・ル・カーナ。別々の世界に生まれた確かな絆。 願わくば、この絆が続きますように。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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