● 「例えば、そう、例えばね、0.000001の確率で上手くいったとします」 女にとっての『勝利』とは必然であった。偶然などは無い、彼女にとっての敗北とは奇蹟に等しいのだ。 「喩え話ですよ? なに、一寸した戯れでしょう。いいですね。上手くいったとします」 手にした大鎌が月の光を反射していた。闇夜に光る鮮やかな紫色の瞳が細められる。動きやすい様に改造されたシスター服のスカートが舞いあがった。 「分からない顔ですね――何が上手くいくって? ここから逃げ出す事、じゃないでしょうか」 まるで神の啓示を語る様に、女は赤い唇をゆっくりと動かした。 女の目の前では怯えた表情を浮かべる男が数人地面に転がされている。噎せ返る様な血の臭いを纏って女は優しげに笑ったのだ。 頬にかかる長い黒髪が静かに揺れる。彼女はその手に大鎌を持っていなければ随分と敬虔な女である様にも思えた。外見は大人しく、化粧もしていない女であったからだ。 爛々と光る紫の瞳だけが彼女の中で色を保っていたように思える。首に掛けられた十字架は黒。シスター服の袖は赤黒く汚れてしまっている。 「嗚呼、私の事はどうぞ、シスターペルラとお呼びくださいな。親愛なる私の友人」 くす、と唇を歪め、女は血溜まりの中に踏み出した。 呼ぶ時間も無いでしょうが、と付けくわえた言葉に男は顔をあげる。ぴしゃ、と血が彼女のスカートの裾を濡らす。ヒールのある踵がコンクリートを蹴った。 「――残念ですね、私の勝利は『必然』であり、上手く行く筈はないのですが、奇蹟に縋っても良かったのに。……では、タイムオーバーですよ、サヨナラ」 ひゅん、と振り被られる鎌の先が男の首を刈り取った。転がる首に女は見向きもしない。 静謐を湛えた月は無慈悲にも唯、見下ろしているだけだった。 「奇跡って起きないのですよ、ねえ? 神の不在、何と素晴らしいのでしょうね」 ● さて、と息を吸い資料を捲くった『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)はブリーフィングルームに集まったリベリスタを見回して事件よ、と一言告げる。 「殺人事件です。因みに犯人は分かっているわ! 謎解きの必要は無し。殴れば解決です」 きり、と真面目な表情を浮かべて行った割には何処か阿呆のようにも感じる言葉。彼女にしては珍しい殴って来いという『お願い事』にリベリスタは瞬く。 「一言で言えば食中りだわ。『裏野部』フィクサードの対応を行って頂きたいの。殺人者は楽しげに大鎌を振り翳すわ。彼女は強者を甚振るのが好き。歪んだ性癖ね」 一言吐きだして、大きな桃色の瞳を瞬かせた世恋は資料を捲くる。事件の現場写真は有るけれど、と伺う彼女は見たければどうぞ、とテーブルの上に写真を並べて行く。 「今まで彼女らのターゲットになったのは周辺で活動していたリベリスタやフィクサード。つまりは革醒者ね。今回の被害者は革醒者を含む一般人よ。残念な事に現状は裏野部優位。殺戮の被害が広がっているわ。 裏野部のフィクサード――シスターペルラにとっての勝利は必然よ。意味はお分かり頂ける?」 首を傾げるフォーチュナの丸い瞳を見つめてリベリスタは首を振る。 シスターペルラは『奇蹟』を起こすのは常に『神』であると信じている。 奇跡は起こらないからこそ奇跡なのだ。神が不在であるからして彼女は定められた運命の輪の中、起こりもしない奇跡を望むことなく必然を続けている。 「彼女にとっての神は『不在であるべき』ものよ。神が居れば彼女に一太刀――いいえ、勝利する者が出てくるかもしれない。ソレは彼女にとっての不都合でしかないわ」 生憎、神様なんて居なかったようなのだけど、と吐きだした世恋は彼女が不敗である事実を告げる。 彼女が今まで自身以上の強者に戦闘を挑まなかったのかもしれないし、もしくは出会えなかったのかもしれない。その事実は分からないが、彼女は勝利し続けているのだ。そして、その歪み切った思考を育たせたのだろう。 目線が被害者の写真へと向けられ、瞬きをしたフォーチュナはお願いしたい事、ともう一度告げた。 「彼女は現在、繁華街で殺戮を行っている。止めてきて頂けないかしら。 彼女等は裏野部よ。強い相手が好き、けどそれよりも己の心に宿る殺戮衝動をどうにか昇華したいのね。 神秘の秘匿も難しい上に現場に急行しなければ被害は増え続けるでしょうね。 シスターとお仲間の撃退を第一に。私の我儘だけど……出来るなら周辺被害の軽減もお願いするわ」 難しいかもしれないけれど、と彼女は真っ直ぐにリベリスタを見回して、どうぞよろしくね、と頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月25日(月)23:08 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ざわつく繁華街は何時もと違う色を映す。何処か、濃い殺戮の気配をさせた其処は普段の騒がしさと違う狂気を産み出していた。 ぐう、と腹が鳴った。腹を摩りながら灰色の瞳を瞬かせた『続・人間失格』紅涙・いりす(BNE004136)は周辺を見回した。未だがやがやと人が行き来する繁華街。歓楽街の夜は長いと言うが、その長い夜に亀裂を入れる存在がいるとなればいりすも黙ってられない。 いりすにとって犠牲はある意味『致し方ない』事項なのかもしれなかった。どちらかと言えば空腹を満たす事を最初に行いたくて堪らない。敗北を知らない裏野部のフィクサード。 彼女の事を想えばいりすの腹が音を立てて主張するのだ。それは戦闘本能からくる飢えだ。喰わずには居られない、飢えて耐えられない。 「喰うぜ。喰うよ。喰い殺す」 にたりと歪められた唇から零れ落ちる牙。その様子に未だボトムに来て間もない『金雀枝』ヘンリエッタ・マリア(BNE004330)が思わずゾッとしたのは致し方ない事だろう。幻視で隠した長い耳。展開させた結界に、手にした拡声器がじじっ、とノイズを発生させる。 悲鳴が響く方向へと走りながらヘンリエッタは一般人を掻い潜る。人は突然の行動に対し、驚く事も騒ぐ事も出来ずただ茫然と見守る事があるらしい。へたり込んだ一般人の姿に『百叢薙を志す者』桃村 雪佳(BNE004233)が抜き身の百叢薙剣を握りしめたのも彼の両目に映った繁華街の『惨状』が我慢ならないものであったからだろう。 ぐちゃり、ぐしゃり。鼓膜に響く音は何とあっさりとしたものだろう。まるでキッチンでフルーツを潰す音。単調な抉る音が人の頭を、身体を潰す音だと知ってしまっては何とも気味の悪い擬音にしか思えない。 「こんな街中で何と無残な……。裏野部、どうやら噂に違わない狂犬らしいな」 ぎゅ、と握りしめた剣は護るために存在していた。雪佳には理解できない裏野部の行動理由。彼の声に振り向いたのはその場には似合わぬシスター服の女だった。艶やかな赤い唇がゆっくりと歪められる。 彼女は気付いたのだ、現れた彼等が一般人では無い、E能力者。強者の香りに鼻を引くつかせた女こそ紛うことなき裏野部であった。 「ハロー、シスター様。強い相手と戦うのがお望みでしょう? わたし達と戦うなんてどう?」 「あら、素敵なお嬢様。宜しくてよ。私、貴女が良い」 アヴァラブレイカーを手に一般人を庇う様に飛びだした『狂奔する黒き風車は標となりて』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)。翼を広げ低空飛行を行った彼女の予想外はと言えば声をかけた事によって意識が向く事だった。 大鎌の切っ先が一般人から逸らされる。その間、ペルラがフランシスカに振るおうとする鎌にぶつけられるイノセント。浮かぶ焦りは、裏野部の『好戦的』な性質で予定が狂ったからだろうか。 『パニッシュメント』神城・涼(BNE001343)のレイヴンウィングから飛び出す仕込み暗器。真っ直ぐに突っ込む彼の背後では黒い瞳を瞬かせ、じっと見据える『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)が存在している。 「神なる超越存在を否定する運命論者とは、中々面白い方ですね」 「ふふ、お褒め頂き結構」 彼女を中心に広がった魔法陣。爆発的な魔力が悠月の周辺を支配する。手にした月の光の剣の切っ先はペルラの近くに存在するフィクサードへと向いていた。 だん、と踏み込んだ其の侭に、ペルラのシスター服が広がった。彼女の狙いは前衛に存在するフランシスカだ。敵は自我を持つ。己に声をかけた女がいたならば狙うのも『定石』だろう。 尤も――背後で驚異的な集中領域まで達した脳で見据える『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)がじっと狙いを定めていることは彼女の視界に入っていないようだが。 その近く、シスターの近くにいた一般人を救うために前に出る事は避けていた『ゲーマー人生』アーリィ・フラン・ベルジュ(BNE003082)がヘンリエッタと目配せする。へたり込んだ後衛位置に存在する一般人に声を掛け、未だ一般人へとその剣を振りおろそうとするフィクサードへと気糸を発した。 「そう簡単に犠牲者出させないからね!」 「ああ。――『オレたちはこの場を収めに来た! 這ってでも良い。逃げる事だけ考えて!』」 そうすれば助かると声をかけたヘンリエッタに対し罵声が飛ぶ。武器を持ったリベリスタ達は一般人からすれば『異様な人物』でしかないのだ。めげる事無く意思を灯した赤い瞳は再度、一般人へと呼び掛けた。 「『這ってでも良いんだ、頼む、逃げる事だけ考えてくれ。そうすれば助かるんだ!』」 ● 踏みこまれる、その足を止める様に光が広がる。神秘のその光に目を眩ませるシスターペルラへと素早さを纏ったいりすが芸術的な剣戟を浴びせる。まるで桜が舞い散る様な薄桃の光の粒子。にたりと歪んだ唇から零れるのは殺意だ。 「いただきます」 いりすへと放たれるフィクサードの気糸。打ち払う様に一歩引いたフランシスカの黒き瘴気が裏野部のフィクサードを狙う。初手でシスターから一太刀浴びる事になっても彼女は自身の役目を果たす為に逃げ出しはしない。 「お前の凶行は此処で止める! より強い者と戦うのが幸福、ね。今まで巡り合えたのかしら?」 「私が負けていないのだから『出会ってない』事にならなくて?」 くすり、と歪められたペルラの唇。彼女の笑みを崩す様に涼が真っ直ぐに拳を突き立てる。シスターにとっての勝利は必然。だが、涼にとっての必然もまた勝利だ。 「奇跡ってのはそうそう起きないから奇跡って言うんだけどな。今から俺達がお前をぶちのめすのは果たして必然か奇跡か」 同じ様な運命論。きっちりブッ倒すと近接に近付いた涼。だが、前衛に居ると言うのは同時に敵の攻撃を受けると言うのと同義だ。傷つく彼を癒すアーリィが一般人の避難を行う為に前に飛び出してしまう事を悠月は抑え、視線を送る。 「奇跡とは神の御業の事。神が居なければ奇跡は起きず、奇跡が起きなければ己の勝利は揺るがない。そうでしょう?」 「ええ、その通り。私にとって神は不在であるからして、『神』なのです。そうでなければ残酷過ぎるでしょう?」 浮かべた笑み。ペルラの背後に存在する一般人の首が飛ぶ。フィクサードの笑みに悠月の表情が険しくなった。放たれる雷光がフィクサード達を貫いた。 「私達が相手になろうと言うのです。その私達の前で余所見など――相当の報いを受けて頂くのみ」 女教皇の座を得た女の笑みに、フィクサードはたじろいた。その隙、飛ばされる神気閃光は未だ射線に残る一般人を痛みつける。不殺。『コロサズ』は痛みを覚える事に変わりはない。痛みがその身を劈き悲鳴を上げる一般人にレイチェルが罪悪感を感じない訳も無かった。赤から放たれる光に、その動きを止めたフィクサード。だが、当たらず庇い手のいた癒し手のみが歌う様に回復を施していく。 「――いました」 眼鏡の奥、細めたガーネットの瞳は捉えたと言わんばかりに細められる。シスターペルラはこれまで己の力を超越する人物に出逢わなかっただけなのだ。ソレは奇跡でも無く彼女にとっての幸運でしかないのだろう。 だが、レイチェルは知っていた。敗北こそ、次の勝利の為の礎であると。何も学ぶことのなかった彼女は即ち。 「不幸な人。……人に害を為す存在として、排除させていただきます」 シューターは捉える。決して離さない。殺したがりは、その性質通り、他人を殺す為に存在してる。 百叢薙剣は一気に勢いをつけてフィクサードへと突き立てられる。雪佳の瞳に浮かんだのは強い憎悪であろうか。走れと背に向けて告げる彼の言葉の通り、一般人が震える脚で地面を這う。 逃げ惑う一般をまるで狩りを行う様に楽しげに銃で狙いを定めたフィクサードの腕にヘンリエッタの精密射撃が繰り出される。 「オレにはこの世界で神と呼ばれる存在が居るのかどうか解らない。けど、奇跡を起こすのが神で無いだろうことは察しがつくよ」 「こんな事をして何の意味があるんだ。この暴虐の理由は何だ。ただ、人を斬り、命を奪い、神の不在やらを証明したいだけなのか?」 ヘンリエッタ野言葉に被せられる雪佳の言葉。虚を突いて尽きたてられる剣に、傷を負いながらもフィクサードが繰り出す攻撃も又、彼と同じ速さを武器にしたものだった。 「裏野部は唯、暴虐を行う事が趣味なもんでね! シスターが神の不在を証明したいだけにしてもこんなに楽しいショウに乗らない訳が無いだろう」 「……ふざけるな。人間の命を何だと思っている!」 雪佳にとって裏野部は初めての存在であった。だからだろうか、その殺戮趣味には頷けない。剣が、ぶつかった。避ける事無くその痛みを甘受するフィクサードが血が流れるたびに笑い声をあげる。狂犬、と彼は称した。その通り、狂っているのだ。 「はぁい、貴方達のお相手は此方ですよ……ってね!」 黒き風車は何時か赤き蛮族が望んだように多くの血を吸っても飽き足りない。黒き剣が血を欲する事にフランシスカは気付いている。黒き瘴気がその黒き剣の欲望を満たす様に放たれた。自身の体力を削るその攻撃はある種では諸刃の剣だ。 黒き瘴気を産み出すたびに、戦士の矜持が胸に過ぎる。あの日得た黒風車。その意思がフランシスカを突き動かした。 「わたしも強い相手が好き。この風を以って力の標を!」 振るわれた剣が、生み出す闇が。深く包み込むその隙間、脇腹を掠める気糸に息を吐く。目前に迫るフィクサードを穿つ雷光。フィクサード達との五分五分の戦いの中、如何に回復役を落とすかが勝敗の分かれ目であると悠月は知っていた。 ひゅ、と放たれる気糸が絡め取る。悠月のみではないレイチェルもその身を以って知っていた。同時に、アーリィが狙われる事に嫌でも気付かされる。相手は人間だ。同じ手を使う事も考慮のうち。 「大丈夫! わたしも本気になるんだから……!」 癒しを歌い続けるアーリィが瞬く。ペルラの相手をするいりすや涼に施された致命が彼女の癒しを拒絶するのだ。回復を施す事が出来ない状況は不味いと言わんばかりにアーリィは前線へと自身の体を向かわせる。 ペルラの首にかかった『理想論X』。定義されるソレは神の不在を願う様な漆黒の十字を象っている。壊そうと放つ其れはペルラには届かない。 「おっと、お嬢さん。小生はこれ位じゃへこたれないんだ。空腹はまだ満たされてないんでね」 「オイシイお食事になれば幸いです事!」 笑みを浮かべたシスターへと振るわれる無銘の太刀。滑り込んだいりすの背後、仲間達を支援するヘンリエッタが弓を弾く。 「奇跡を見た事無くて信じられないというなら、今見せよう。キミに奇跡をあげるよ」 きり、と弾いた弓。ヘンリエッタの言葉に笑ったシスターが大鎌を振り翳す。それは涼の運命までも刈り取って神の不在を知らしめようと見降ろしている。 ● 雪佳の剣は只管に貫いた。だが同時に、フィクサードから与えられる攻撃は彼の運命を燃やすに至る。自身一人では止められないと雪佳は知っている。その凶行がどの様な過程を経てに出来あがったものであれど、己の未熟さは己が一番承知しているのだ。 「お前の傲慢な思いあがり、叩き伏せてやる!」 多角的な攻撃が裏野部のフィクサードに存在していた回復役を切り裂いた。だが、同時、庇い手のいないアーリィの運命も燃え上る。遠距離で放たれる攻撃を彼女は避け切る事が出来ないからだ。 フランシスカの剣がフィクサードの命を断ち切る。頬が切れ、色付く花のかんばせから血が滴り落ちる。だが、少女は黒を纏い止まらない。激励する様に癒し続けるアーリィと視線を交わしヘンリエッタが狙い撃った攻撃が黒十字に掠める。ペルラの鎌がゆらりと揺れた。 「必然ね。君にとって勝利が必然である様に。小生にもジンクスがあってね。さてさて、君は如何かしら」 そのジンクスは何故だかずっと昔からあった様に感じる。澱み切った鰐の瞳が傷つくシスターに向けられる。呆れる様に、両手をひらひらと振るいりすが再度握りしめたリッパーズエッジ。その刃先が真っ直ぐにシスターへと向けられた。 「どういうわけか、小生が好きになったヤツは、大抵、死ぬんだ」 「それはお可哀想。永遠の片想いですこと」 くすくすと笑みを漏らす女は鎌の切っ先をいりすへ向ける。生と死を分ける様なその圧倒的な力に流されそうになりながらもいりすは立ち回る。櫻の飛沫は嗚呼、何時かの女を想いだす様だ。 何時だって『好きになった人』は死んでいく――否、殺しているのかもしれない。永遠の片想いは叶わないからこそ花がある。 「全く――嫌なジンクスをお持ちだな」 「小生も思うよ」 くつくつと笑ういりすの隣、その拳を真っ直ぐに突き立てる涼に女は茶化す様に「えっち」と囁いた。無論、戦いの中の小さな余興だろう。戦闘に楽しみを見出す裏野部ならではであろうか。 繰り出される拳を避け、切り刻む様に与えられる攻撃はシスターが単体攻撃に特化しているが故だろう。彼女を庇おうとする敵を全体攻撃を与える悠月とレイチェルが倒していく。アーリィの回復が間に合わずフランシスカの膝が地面についた。 砂埃がスカートに絡みつく。剣を支えに立ちあがり振るったそれがフィクサードを切り刻み、同時、意識を失った。刈り取る様に、自身の最期の力を振り絞る様に斬りこんだフランシスカの体が倒れた事により雪佳は一人、剣を振るう。その表情に浮かぶの苦痛に耐えきれず、一度、膝を尽きかける。だが、意思を込めた切っ先は鈍る事は鈍る事は無かった。 シスターの相手をする涼も器用に攻撃を避け続けるいりすと違い、攻撃を受け続けた結果、その息も上がってしまっている。だが、役目を果たさずに倒れるのは涼自身が許さなかった。 「ここで倒れたらカッコ悪いだろ? 男の子だしな」 「素敵、惚れてしまいそう」 軽口を交わし合う中でも、攻撃の手は止まない。リベリスタ側とて運命を代償に戦闘を続けているのだ。雪佳の剣が惑う様に切り裂いた。人の命を護る事。己は誰かを守る刀だ。 「刀身に宿る信念は揺るぎない!」 振るう剣が地に伏せる事を拒絶する様に振るわれた。傷を負い、膝をつき、彼へと振るわれる剣をヘンリエッタが受け流す。同時、痛みに眉をしかめた彼女が神の不在を告げる様に弾いた弓。弾け飛ぶソレは裏野部のフィクサード達へとじわりじわりとダメージを蓄積させていった。 傷つきながらもヘンリエッタが施していたバリアは仲間達を補佐していたのだろう。奇跡を求める様に、痛みを堪えて弓を引き続けた。 シスター以外のフィクサードが倒れて行く。じり、と後退する足を逃さぬ様に余力全てを込めて殴りつけた涼により体勢を崩す彼女の胸元へと真っ直ぐに放たれる悠月の雷が彼女の黒十字に罅を入れる。 「行ったでしょう。貴女は不幸だと」 シスターを逃がす事無く、放たれるレイチェルの気糸は銀の軌跡を残し伸びあがる。鎌に絡まるソレに女が焦りを浮かべた時、黒猫はその場で初めて嗤ったのだ。不吉を告げる様に、死を纏う様に、ゆっくりと。 「残念でしたね。貴女の必然はもうこれでおしまいのようです。……どうやらご不在だった神様とやらは、ちゃんと見てたみたいですね?」 向けられた殺したがりの赤。じっと見据えたその瞳が捉えたままシスターの額へと向けられる。逃がす事無く、狙いを定めたソレにシスターがくすくすと笑って鎌を振るう。だが、その余力も少ない。息も絶え絶えに傷つく体を癒す人も居ない。だが、リベリスタ達が起こす奇跡を彼女は『身を以って』知りたいのだ。 裏野部はその殺戮衝動に従うがままに大鎌を振るい続ける。殺したがりはただ使命を果たす為、感情の色を映さぬ赤い瞳で真っ直ぐに射るのみ。 「殺して下さるの? 幸せだわ。負けは即ち奇跡。ならばこの奇蹟に喜んで死んで差し上げましょう」 「さあ神を……いえ、私達を呪いながら、くたばりなさい――ッ!」 弾きだしたソレはシスターの視界を赤く染める。続け様に黒い瞳でじっと見据える悠月の切っ先がペルラの胸を貫いた。込められたソレが、魂を砕く。まるで神の信託の様に真っ直ぐに全てを砕き切る勢いを以って貫いた。 「ensis――lux lunae」 異教の神で申し訳ありませんが、と笑った彼女は銀の車輪の名の下に――永遠を現す月の満ち欠けは神からの永遠の逃亡を許さない。赤く染まり上がる視界に、シスターペルラは最後、血溜まりに嬉しそうに笑ったのだ。 彼女にとっての神は不在だった。だが、神の代弁者(リベリスタ)達による信託は彼女に奇跡――敗北――を齎したのだろう。 傷ついた一般人の保護に向かいながら、倒れた仲間の補佐を行い、リベリスタ達は振り向いた。血の海で絶命する笑みを浮かべたシスターは神の奇跡に酔いしれるが如く死に様を見せている。 「残念、やっぱり小生のジンクスは変わらない。小生が好きになったら死ぬんだってさ」 好きになれるかと思ったんだけど、と漏らされた声が深夜の繁華街に反響した。 しん、と繁華街に静寂を取り戻す。ぷつん、音を立ててシスターの首から離れる『理想論X』。 彼女が其処に込めた祈りは何だったのか。 残ったのは赤い血だまりと、その効果を失った壊れた黒十字のみ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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