●蝕む影 男は偶にその場所を訪れていた。都市部郊外にあるうら寂れた地下駐車場。 都市開発に先じて建設したは良い物の、開発計画は近年の不景気に引き摺られ中途で頓挫。 放置されてかれこれ数年が経つ。取り壊すにもコストがかかる。管理費も勿体無い。 結果使い道も定まらぬまま、その土地は作り掛けの駐車場を内包し置き去りにされていた。 しかし、だからと言って、ホームレスの溜り場になって貰っても問題なのである。 土地の持ち主である男本人が時折見に来る位しか、安価な対応手段は残されていなかった。 懐中電灯を片手に暗闇の中を暫く歩く。と、何か大きな物がライトを横切る。 人間大の何か。ホームレスか、それとも野犬の類か。眼を凝らして近付いていく。 一歩。見えたのは闇の中に混じる黒い影。 二歩。そしてそれが蹲っている様な形で有る事に気付く 三歩。聞こえる。がりがりと何かを削る様な音。そして、ぺちゃりと足元で音が鳴った。 嫌な予感がした。全身が総毛立つ様な危機感が男の身を包む。 黒い影が振り返り、こちらを見た。奇妙な光彩が懐中電灯の光を反射して闇の中に2つ輝いた。 「ひ――」 その瞬間、男は懐中電灯を投げ出し踵を返していた。それが何かは分からない。 分からないが、巨大な生き物である事は見て分かった。同時に、彼には手に終えない事も。 逃げなくては、そして警察に連絡を、そう考えて足を踏み出した男は何かに衝突する。 どん、っと衝撃に押し返され尻餅を着く。暗闇が迷彩になって気付かなかった。 居る。それが男の考えた最後の思考。ぞぶり、と顔に覆い被され両耳に牙が潜り込む。 衝撃に体が一度痙攣し、そして震え、動かなくなる。 ず……ず……と、引き摺る音を残し、何かは男を引き摺り駐車場の奥へと消えて行く。 地下駐車場に、静寂が戻る。 ●増殖拡大 「蟻の、エリューション・ビーストが……」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)が普段より白い表情と、震えた声で言葉を紡ぐ。 果たして何を見たのか、或いは何を何処まで見てしまったのか。 不快そうに口元を押さえ、ゆっくりと深呼吸。そうして漸く冷静な表情を取り戻すと、改めて続ける。 「蟻のE・ビーストが出現しました。至急当該地区へ向かい対処して頂く必要があります」 モニターに表示されたのは地下3階層の駐車場だ。規模はそこそこ大きく、最大一般車200台を収容可能。 しかし、随分と長い間使われていなかった物らしく、電気等は通っていない。 「土地所有者の男性は、残念ながら到着時点で既に死亡しています。 E・ビーストはフェーズ2が1体、フェーズ1が――現時点で……42体」 続いた言葉にリベリスタ達の反応が止まる。その数は流石に異常である。 合計43体。あまりの出鱈目さに和泉の方も流石に言葉を濁す。 「どうも、フェーズ2のE・ビーストがフェーズ1を産んでるみたいなんです」 より正確には、繁殖に特化したエリューション・ビーストだと言う事か。 戦闘力を犠牲に数を増やすと言う能力を突き詰めた、それは生物としては一種のハイエンドと言える。 しかしそれにしても数が数。普通に考えればあまりにも人手が足りていない。 しかもその増殖速度、もしかするととてつもない脅威なのではないのだろうか。 「ですが、これらのフェーズ1は3層にほぼ均等にばらけています。 全部を一度に相手にする危険性は殆どありませんし、単体はそれほど強くもない筈です!」 少しでも元気付けようとしてか、和泉も拳を握って鼓舞してくれる物の、とは言え1度に14体。 それを3連戦。普通にやるとしたら心の折れそうな仕事である。 「それと、今回の仕事はフェーズ2、E・ビースト「クイーン」の討伐だけが目的です」 どうも他のフェーズ1は核となっているフェーズ2が居なければその内自然死するらしい。 勿論全滅させるに越した事は無いが、最終的に「クイーン」と名付けられたそれだけを倒せられれば良い。 ざっくりと言えばそう言う依頼であると和泉は語る。 「それと、このエリューション。その…… 人間を食べるみたいなので、捕まらないようくれぐれも注意して下さい、ね」 納得してブリーフィングを終えようとしたリベリスタの背中に、和泉の声がぽつりと残る。 ……ああうん、それは気分悪くもなるよね。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年07月01日(金)00:04 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●一層/Let's Chainlightning! 暗闇に灯るランプの灯。『サイバー団地妻』深町・由利子(BNE000103)の持つ、 その明かりを頼りとして、彼らは這いずり、集い始める。 光は増えていく。『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)が懐中電灯を灯し、 雪白 桐(BNE000185)がランプに火を点ける。広がる闇との境界。 その向こうに滑る様な黒い外骨格が見える。キチキチと歯を鳴らしながら忍び寄る。 それこそが今回の敵、巨大な蟻のE・ビースト『アーミー』である。 「これは、思った以上に気持ち悪いですね」 瞳を細めてそのシルエットを見ていた『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)が太刀を抜く。 その視界の彼方此方に気配が蠢く。内一番近い物は既に動きすら見て取れるほど。 「ちょっとでかくなっただけの外骨格生物のくせになまいきな! きさまらは大空の覇者である我々鳥類に捕食される存在にすぎぬのだ!」 目一杯意気を燃やし演説を打つのは『デイブレイカー』閑古鳥 比翼子(BNE000587) 鳥類の因子を持つビーストハーフとして、昆虫に舐められる訳にはいかないらしい。 その強固な意志の前には飛べないとか虫嫌いとかそんな個人的な感傷は些細な問題である。 「なんでも多くなりすぎるとキモいって事だよね。蟻も然り、人間も然り」 悪戯っぽい笑いを浮かべ、『素兎』天月・光(BNE000490)が人参にも見える大剣を手に腰を落とす。 暗闇に蠢く蟻の群れが、結局今何匹居るかも知れないものの人間に比べればどうという程でもない。 一方その言葉に頷きながらも何処か楽しげな様子を見せるのは、 『原罪の羊』ルカルカ・アンダーテイカー(BNE002495)である。 幻想纏いより引き出した爪を構え、期待を隠し切れない様に唇を笑みの形に引き絞る。 「アリがうじゃうじゃ。うん、面白いね、いっぱい倒せる」 生まれた先から消えて行く、消していく。その理不尽を思えばわくわくが止まらない。 彼我の距離が迫る。50m、40m、30m―― 「……来るわよ」 ミュゼーヌが熱感知を併用し、片手でリボルバーの照準を合わせる。 鋭い瞳が影に塗りつぶされた視界を射抜く。20m、そして10m―― 「――ッ、アタシの歌を、聴けぇ――!!」 けれどそれぞれの覚悟や感傷や言い分や気構えなど、何もかも全部置いてけぼりに。 『Rightning Jail』雲野 杏(BNE000582)がとりあえず放ったチェインライトニングが、 何だかとてもぞんざいな感じに『アーミー』達を巻き込み飲み込んで行った。 迸る雷撃に周囲の空間が明々と照らされ、巨大な蟻達が帯電しながら衝撃に吹き飛んでいく。 これは酷い。 「さってクイーンまで突っ切って行きましょうか」 腰に吊るした甘味や肉を袋を破ってばらまきながら、桐が真っ先に先陣を切る。 幾ら倒しても切りの無い雑兵などに時間をかけてはいられない。地下3階まで強行突破あるのみ。 「蜂達の進軍よ。さぁ、喰い荒らしなさい!」 後方からミュゼーヌのばら撒くハニーコムガトリングの銃声が響き渡れば、 続いて放たれた爆炎もまた蟻達を巻き込んで渦を巻き、炸裂音と轟音が協奏曲を奏でる。 これでもかと言う程の範囲掃射の大盤振る舞い。 火花と火線に煽られて、一気に温度の上がった空間を掻き分け彼らは走る。 最奥に待つ女王を目指して。 ●二層/手加減なんてしませんし? だが、何事にも予期せぬ事態と言うのは付いて回る。 例えばそう、手早く切り抜けたいと言うのに蟻の群れの本隊が直撃した場合とかである。 女王を守る蟻達煌々とした明かりに導かれて集い、当然の様に彼らの進路をブロックして来る。 結果唯一人ノックバックを使っていた桐だけが、極端に突出してしまうのは必然と言えるだろう。 有り体に言って、彼は見事に囲まれていた。 「っ、早く、向かわないといけないのに……」 周囲に退路も無ければ迂回路も無い。1人に対して4体のアーミーが牙を剥いて襲い掛かる。 体力に長け、自己再生も保有する桐だからこそ何とか保ってはいるが、 蟻達は他の要素に比べ攻撃力だけが不自然に高い。まるで殺して死ぬ事を義務付けられている様に。 「貴方達が倒されてもクイーンは死なないのに、クイーンが死んだから皆おしまい。理不尽、だね」 ルカルカがアーミーの1体を切り伏せながらも呟く。 そう、蟻達は文字通り、女王にとっての死兵であり、消耗品である。 であればこそ、その奇形的な特化の仕方にも合点が行く。 桐の体躯に無数の牙が突き刺さり、あっと言う間に小柄な総身が血に塗れる。 「この、邪魔ですっ!」 突出の可能性を予期していた舞姫が、自身をブロックしていた蟻を斬り捨て一歩踏み出す。 けれどそれを阻むのもまた新たな蟻。ただ多い、と言うだけの壁が思いの他厚い。 杏が度々雷撃を放ち、二手に一度はミュゼーヌが弾丸をばらまくも、それだけでは決定打に至らない。 「全く、本当に、蟻の巣退治は業者に頼むのが一番だね!」 光がにんじんソードを振り回し、強引に斬り込む事で桐の後方へ追い縋る。 由利子と比翼子も協力し、持って来た食べ物等を投げて誘導を試みるも、 外であればともかくここは蟻達の巣も同然である。 餌の回収より女王の護衛が優先されるのか、どうもそちらへ向かう気配は無い。 「あああ……もったいない……!」 節約を旨とする主婦として、断腸の想いでの決断がこの成果ではその心痛たるや絶大である。 仲間達を元気付ける前に思わず自分の心が折れそうになる。 「やられる前にやっちゃう簡単なお仕事だと思ってたのに!」 一方度々飛び跳ねながら叫ぶ比翼子。そんな彼女の翼に蟻の爪が絡み付く。 「え?」 そうしてそのまま持ち上げられる。攻撃力に裏打ちされた膂力に比翼子が浮き上がる。 身動きはと言えばその不安定な姿勢では到底取れる物ではない。彼女は悟る。 “あ、これ餌だと思われてる” 「ちょ、えええ、待って待ってあたし美味しくないからー!」 えっさほいさと運ばれ始める比翼子。鳥類の面目たるや果たして何処。 「こんの、アタシの目の前で誘拐とか許さーん!」 これを目聡く見つけた杏がマジックミサイルで打ち落とす。打ち抜かれる蟻、落ちる比翼子。 身動きが取れず地面をじたばたと跳ねる鳥(笑)を由利子のブレイクフィアーが救助する。 「急いで、抜けるよ」 勿論その間も前衛組は必死に戦っていた。 振り返ればぽつぽつと、言葉を漏らすのは半身を自分の血で、残りを蟻の体液で染めたルカルカである。 彼女と先頭を固持し続けた桐、二人の甚大な被害を代償に、我武者羅な強行突破が遂に功を奏す。 貫かれる14体の壁。ブロックする蟻が居なくなった前衛が、先ずその乱戦を一足走り抜ける。 「不味いわ、後ろから来てる」 けれど止められた足並みは追撃者をも誘き寄せる。無数の気配にミュゼーヌが上げる焦りの声。 杏と2人で前衛達を追いかけるも、既にそこまで迫っている。 足を止めれば呑み込まれる。掃射する時間すらが惜しい。一向は半ば団子状態で駆け続ける。 背後に無数の蟻達の影を背負いながら。今は先へ。一歩でも先へ。 ●三層/罪の帳を追いかけて そうして、彼らの眼前に立ちはだかったのは余りにも巨大な影である。 全長凡そ3m。独特の長い体躯に白い外骨格。誰が見ても一目で分かる。 それが女王。蟻達の首魁。E・ビースト『クイーン』であると。 その巨体の麓にはやはり幾多の『アーミー』が控えている。果たしてその数何匹か。 一瞥して数えるのを止めた光が持ち込んだペットボトルに口を付け、呻く。 「分かってるってば、行くしかないんだよね」 後ろから追って来る一層二層の集合体が追いついてくるまでそれほど時間は無い。 追い付かれてしまえば戦況は絶望的。覚悟を決めて舞姫が構える。 「ここで押し切らなければ、勝ちはありません」 ぱちぱちと雷の残滓を迸らせ、杏が笑い、ミュゼーヌが頷く。 「ま、そういう事ね。後ろはアタシと」 「私に任せて。場違いな蟻達に世の道理を教えてあげましょう」 「皆、頑張りましょう!」 由利子のエールに背を押され、羊の爪とマンボウを模した大剣が翻る。 「倒しにきたよ、理不尽が――」「――小さいままでしたら、良かったんですけどね」 先頭の蟻の首を切り落とし、駆ける、穿つ、切り刻む。それは純然たる消耗戦。 「とりあえずチェインライトニング!」 「とりあえずハニーコムガトリング!」 台詞の過半をハモらせながら、無数の銃弾が踊る。雷撃の縛鎖が爆ぜる。 開けた道を桐、由利子、舞姫、ルカルカの四人が走る。駆ける。 と、それを嘲笑うかの様に響き渡るは不快感を煽る甲高い音。 白い巨大な蟻『クイーン』の奏でる不協和音が近接距離まで近付いた四人の上へと響き渡る。 直後、桐と舞姫の世界がぐにゃりと捻じ曲がった。熱病に浮かされた様なぼやけた世界。 ただ戦わなくてはと言う本能に導かれ桐のなぎ払った一撃が、併走する仲間へと振るわれる。 吹き飛ばされ、蟻達の群れへと叩き込まれるルカルカ。 一方舞姫が狙ったのは自分同様混乱している桐である。 放たれたソニックエッジが、既に重傷を負っている桐を切り刻む。 「わ、わ、何て――」 理不尽。ルカルカの口癖を他所に、パニックは波の様に広がっていった。 由利子が慌ててブレイクフィアーを発動させるも、既に過度の消耗をしていた桐は動けない。 ルカルカに到ってはアーミーに囲まれ、クイーンに近付く暇もない。 敵の攻撃を回避しつつソニックエッジで切り返す。続けて入った連撃はアーミーを一息に斬り伏せる。 決して強くは無い、1人で2体は優に相手出来る。が、圧倒的なまでに手数が足りない。 クイーンに斬り込んだ内、動けるのは僅か3人。14体と言う数の壁がここでも立ち塞がる。 更にはこれで終わりではないのだ。殿を務める光と比翼子が息を呑む。 「特大の蟻の巣ころりが欲しくなるね」 「同感。今まで以上に虫が嫌いになりそうだよ」 追い縋ってきた集合体、その数16。 手負いの物が混じっているとは言え、これを2人で抑えると言うのは、些か骨、と言う次元ではない。 「其処の蟻共、まとめて撃ち抜いてあげるから其処に並びなさいッ!」 それを見たミュゼーヌが弾幕をばらまく。 その一射で視界内の蟻が一気に3体崩折れるも、彼女もまたこれで弾切れである。 マナサイクルとフレアバーストを併用する事で騙し騙し節約して来た杏もまた、 徐々に消費と供給のバランスが崩れて来ている。後背を仰げは前衛陣もまた蟻の群れに埋没しつつあった。 「もう、少しで届くのに――!」 蟻の牙の持つショック症状に悩まされ続け、舞姫が臍を噛む。 度々の不協和音にブレイクフィアーを持つ由利子が忙殺された結果、 ルカルカは既に運命の加護を用いて何とか立っている状態だ。舞姫もまた余裕は欠片も無い。 後数十秒前衛に立ち続けたとしたなら文字通り、前のめりに倒れたきり動けなくなるだろう。 ここに来てクイーンにまともに入った斬撃は僅かに2度。 それに由利子のジャスティスキャノンが1度のみ。倒し――切れない。 「退きましょう、このままだとそれも出来なくなるわ」 血を拭いながら由利子が告げる。歯噛みしながら瞳を細める。 「理不尽、だね」 果たして何体の蟻を斬り刻んだか、10近くである事は間違いもないルカルカが呟く。 どれだけ倒してもまた増える。その光景は正しく理不尽。 けれど理不尽に生き、理不尽に死ぬのであれば、今はまだ、前者を選べるだけ救いがある。 「……分かりました」 決断し、倒れた桐を抱えて退く。それは決して容易い事ではない。 由利子が盾として立ち塞がり、ルカルカが血路を開く。 後方で激戦を繰り広げる光と比翼子もまた、血と汗に塗れ、立っているのは気力任せ。 特に耐久に欠ける比翼子は運命を覆して尚倒れかかっている。 「杏さん、後何発行ける?」 「2発、それでこっちも弾切れよ」 ミュゼーヌの問いに杏が応える。となれば一層一発。 ライトニングチェインの乱発で削りに削った敵は残す所後4体。 「なら、行けそうだね」 呟いたルカルカを先頭に、走る、駆ける、切り抜ける。死神の鎌を背負いながら往路と同じ道を。 奔り続けた雷光にその身を追い立てられながら、リベリスタ達は苦い帰路を辿る。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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