●好きです! 『稔くん、ずっと前から好きでした! 付き合ってください!』 高崎加奈子は、呼び出した稔に思い切りよく告白した。 学校の裏手にある、桜の木が一本だけしかない小さな公園。花びらも、加奈子を応援するかのように舞い、春を彩っている。 『……実は僕も、前から高崎さんのことが好きだったんだ! 宜しくお願いします!』 びっくりした表情を浮かべる加奈子。だがその顔は、すぐに満面の笑みに変わる。感極まり、思い切りよく稔に飛びつく加奈子……。 「……なんて、そこまでうまくいくかなぁ?」 陽が落ちかけた道を一人歩きながら、加奈子は自らが思い描いた告白のシチュエーションについてツッコミを入れる。 去年の春。同じクラスになり稔と友達になった。それから一年が経とうとしている。 (クラスのみんなで遊びに行った時に、ちょっと恥ずかしそうにテディベアが好き、なんて話してくれたっけ。 あの時に見た、照れ臭そうな優しい笑顔にノックアウトされたんだよね) 何度か、クラスのみんなを巻き込んで遊びに行くことはあった。一緒に遊びに行くような仲だし、告白の勝算は十分にある……はずだ。 「はぁ、もうクラス替えかぁ。来年は受験もあるし、やっぱ今しかないよね……!」 肩から提げたトートバッグには、ついさっき友達に教えてもらいながら作り上げたぬいぐるみが顔を覗かせている。 (いきなり手作りのぬいぐるみなんて渡したら……ヒかれるかな? ううん、ここは思い切りが大事よ! もう明日呼び出しちゃってるし、後戻りはできないし! 頑張れ加奈子!!) 一人思案しながら、その表情はコロコロと変わる。辺りに人がいないので怪訝に思われることはなかったが、友人達からはその表情の変化をいつも笑われている。 ふと、春らしい暖かな風が吹き抜けた。自分を励ますため顔を上げた加奈子の視界に、チラリと桜色が目に入る。 「……ふわぁ」 風に吹かれ花びらをこぼす桜が、そこにはあった。あと数日で満開、といった具合で、淡い桜色と夕日の茜色が見事なコントラストを生み出している。加奈子の瞳の中いっぱいに、その美しい情景が描かれた。 「……うん、なんとなく『頑張ろう!』って気になるよね! よーし!」 桜を見上げながら自らを鼓舞する加奈子。背後から一台のスクーターが近づいている事に気付きもしない。 すれ違いざま、加奈子の肩にあるトートバッグが乱暴に引っ張られる。スクーターには二人の少年が乗っており、その後ろ側にいた少年が引っ手繰ったのだ。 「え!? きゃっ!!」 不意をつかれ、トートバッグを奪われてしまう加奈子。その拍子に、そのままよろけ、倒れてしまう。 ゴッ。と鈍い音がした。歩道の縁石に、頭と肩を強く打ちつけてしまった。 そのままぐったりと動かない。じんわりと赤く温い液体が地を染める。 「おめースピード出しすぎなんだよ!」 「っせえよ! うまくいったからいいだろが!」 バッグを引っ手繰った少年達は、そんな加奈子を省みることなく、そのまま走り去っていってしまう。 無常に過ぎる時間。辺りは茜色から宵闇に変わっていく。脱力した加奈子の身体に、僅かに落ちる桜の花びら。 宵闇が降りた道。突如として加奈子の身体がむくりと起き上がる。 おぼつかない足取りで、スクーターの走り去った方角へと歩く。 ●アークとして ブリーフィングルームに集められた面々は、少々硬い表情をした『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)に迎えられた。 「……では、本作戦について説明します。目的は、発生したE・アンデッドの撃破です」 「割とシンプルだね。概要は?」 「E・アンデッドが発生したのは、人通りの少ない細い道です。高校二年生の女性の方が、革醒しました」 「……なんでまた、そんな場所で?」 その質問を受け、小さく、本当に小さく和泉の肩が震える。 「……どうやら引ったくりの被害に合ったようです。その際に頭を強く打ち、死亡しました」 「……そうか」 「E・アンデッドは、その引ったくりの少年二人組の元へと向かっているようです。奪われた荷物の中に、好きな人へのプレゼントが入っているようでした。それが当該エリューションの行動理念となっているようです」 和泉とて、年頃の女性だ。無念のまま命を散らされた少女に、少なからず思うところがあるようである。 「引ったくりの少年達は、雑木林の奥にある、廃工場を溜まり場としています。付近に人通りはなく、E・アンデッドが少年達に危害を加える前に、接触する事ができそうです」 少年達の犯した罪によって、想いを告げることさえ出来ずに命を失ってしまった少女。そして今度はその少女を、無念を晴らす前に逝かせなければならない。 「……了解しました」 搾り出すような声で、リベリスタ達は任務を承服した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:恵 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月29日(金)23:07 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●宵闇に堕ちた道 歩く。歩く。歩く。 一つの小柄な人影が、廃工場へ至る道を僅かにフラつきながら歩く。 辺りは茜色の夕日が落ち、少しの明るさを残して闇が降りようとしている。黄昏時だ。 歩く。歩く。歩く。 手入れのされた髪を振り乱し、歳相応の可愛らしい服を翻し、『加奈子』は廃工場を目指し、歩く。 既に何の為に廃工場を目指すのか、廃工場で何をしたいのか。それすらも彼女は判っていないだろう。それでも歩を進める。 その道に数人の人影が見えた。 しかし、彼女は進む。邪魔者を排除する、などと考えることさえしない。考えずに、ただ、己の力を揮う。 音にならない声で、『加奈子』が泣いた。 「……これにてある程度の人払いは出来ますが……気を付けましょう」 『加奈子』の影を確認し、『闇夜の老魔導師』レオポルト・フォン・ミュンヒハウゼン(ID:BNE004096)が人払いの力を発揮する。これで、悲しい被害者をこれ以上増やすことはないはずだ。 「……年相応に好きな奴が居て、その人に想いを伝えようって時にこりゃないよな、悲しいよな、本当酷いぜ……」 「……加奈子さん。普通の、可愛らしいお嬢さんだったのでしょうね。 こんな事がなければ、素敵な明日が待っていたかもしれませんのに……」 あまりに変わり果てた『加奈子』の姿を見て、『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(ID:BNE002229)と『陽だまりの小さな花』アガーテ・イェルダール(ID:BNE004397)が悲しそうに唇を噛む。 しかしそれでも、力を持つ彼らにはやらなければならないことがある。 「ん……。とりあえずお仕事はお仕事としてちゃんとやろう。 神秘による被害者が出るのは防がないといけないってのは、アークのリベリスタとしては当然の事だから」 「そうですね……とりあえずは、お仕事を」 『メイガス』ウェスティア・ウォルカニス(ID:BNE000360)の言葉に、『氷の仮面』青島 沙希(ID:BNE004419)が頷く。言葉の後ろに、言い表せない想いを露にしたかのようなため息が漏れた。 一同の想いを知ることもなく、感じることもできず、『加奈子』が邪魔者を排除せんと迫る。 茜色の夕日と桜の花を映した瞳は濁り、ころころと愛らしく変わった表情は苦悶に満ちている。そこに高崎加奈子としての面影はなかった。 しかし、ほんの数時間前までは確かに高崎加奈子として在ったのだ。それが、悲しく思える。 素早く駆け寄りその腕を力任せに振るう。生前では考えられない動きだろう。 「悪ぃけど、通してやれねぇんだわ」 その拳を力強く受け止める『墓掘』ランディ・益母(ID:BNE001403)。まるで拳に宿る無念を受け止めるかのようだ。 「失礼しますよ」 「……済まないね」 ランディと接近した『加奈子』を挟み込むように、雑木林から街多米 生佐目(ID:BNE004013)と『金雀枝』ヘンリエッタ・マリア(ID:BNE004330)が飛び出してくる。『加奈子』を逃すまいと言う布陣なのだが、果たして彼女に逃げるという考えがあるのかどうかは、誰にも、彼女自身にも判らない。 悲しいことだが、『加奈子』を見逃すわけにはいかない。リベリスタとしての「仕事」と割り切り、持てる力を全て出し切る。冷徹なようにも思えるが、これも高崎加奈子の為とも言える。 ウェスティアの展開した魔方陣から白銀の弾丸が跳び、アガーテの作り出した光球がその身体を打つ。 「……ごめんね。でも、もう仕方ないの」 「お願いです。止まってください……酷な事をしているのは分かっています。 でも、今の貴女をそのままにはしておけないのです。……申し訳ないのですが……」 苦しそうに喉を鳴らす『加奈子』。そのままだらんと垂れ下がった右腕を振り回した。まるでムチのようにしなる腕が一同を襲う。 「ッ! ……俺様達を好きなだけ殴るといい。そう簡単には壊れないからさ。どうしようもない感情は全部俺様たちにぶつけてくれ」 木蓮が『加奈子』に言葉を投げかける。皆、高崎加奈子の無念を知っている、知ってしまったのだ。 そしてもう既に、自分達では助けられないのも知っている。だが、届かないと知りつつも呼びかけずにはいられない。 「無念でしょう、などとわかった風な事は言いません。為さねばならぬ事がある、それだけで充分でしょう、我々も――貴方も!」 「我紡ぎしは秘匿の粋、エーテルの四重奏…喰らえい、Walkürenritt!!」 助けることが出来ず、自分達に出来るのはせめて罪を犯す前に送ることだけ。生佐目の漆黒の魔霧が、レオポルトの煌く四色の魔光が『加奈子』を取り巻く。 苦しげに身をよじり、更に拳をランディに打ち付ける『加奈子』。ランディの顔も苦痛に歪むが、高崎加奈子の受けた苦痛は、悲しみは如何ほどであったか。 「……加奈子、キミはもう逝かなくてはいけないんだ。 オレに『こいごころ』はわからない。でも稔を傷つけたりするのは、キミの想いに沿うものではないだろう?」 「もう、お休みくださいませ……」 ヘンリエッタとアガーテ。フュリエの二人は「好き」という感情が把握できていないかもしれない。それでも『加奈子』の無念は理解できた。そして、止めなければならないことも。 それでもなお、『加奈子』は排除の手を緩めはしない。緩めることを知らない。しなる腕が、固く握られた拳が、振り乱された髪が一同を襲う。 だが、その精悍な顔を引き締め、ランディが『加奈子』ににじり寄った。瞳の奥に見える、僅かな悲しみ。 「……最期に見せるツラ位は綺麗じゃないと、な」 刹那、その掌打が『加奈子』の身体を打つ。細心の注意を払い、必要以上の打撃を加えないようにするランディ。助けられないのなら、せめて美しいままに。彼の気遣いが見える。 その激しく、鋭く、優しい一撃。 『加奈子』はついに動きを止めた。その瞳からは一粒の涙も、その口からは一言の言葉も漏れはしない。 静まり返る雑木林。加奈子が一人、崩れ落ち、地に臥す。 「後の事は出来る限りこちらでやるぜ。ぬいぐるみもお前の大事な人へ絶対に届ける」 「酷いね、折角の可愛らしい服も血や土に塗れて台無しだ。……救えなくて済まない」 木蓮とヘンリエッタが、汚れてしまった加奈子の衣服と顔を拭う。 ふいに流れた風が、雑木林の奥にある廃工場から聞こえてくる声を運んだ。 それは、何一つ悪びれる風もなく、他者を嘲り、利己のみを追及する、下卑た声だった。 ●罪の意識 「おいコージ、さっきの女見たかよぉ? 思いっきりズッこけてやんの! すげぇウケたぜハハハ!」 「っつーかよー、持ってるモンもシケてんよなぁ。タカ、次はカネもってそうなヤツ狙おうぜ」 電灯の明かりがチラつく廃工場内に、下品な笑い声が響く。 加奈子からバッグを引っ手繰ったコージとタカが、辺りに荷物の中身をブチ撒けながら笑っているのだ。二人の表情に、罪の意識など微塵もない。 「ンなもんパクッてみなけりゃわかんねーだろ。 ……なんだこりゃ? あの女、ぬいぐるみなんて持ち歩いてたぜ! ヒャハハハ、ばっかじゃねぇの!」 「うわーそりゃイタいわ! いい歳こいてぬいぐるみかよ!」 まるで汚らしいモノを持つかのようにぬいぐるみを摘んでいたタカだが、すぐに興味を失いぬいぐるみを放る。 地面に落ち、砂埃に塗れるぬいぐるみ。 それを目で追っていたコージだが、ふと気になるモノを見つける。 散らかされた加奈子の私物に紛れて、まるでラブレターのような、可愛らしい封筒が落ちていた。 「おい、これもしかして、あの馬鹿女のラブレターとかじゃねぇ!?」 「マジかよ! あの女、どこまでめでてーんだよ!」 乱暴に封筒を破り捨てるコージ。 その中身は、コージの予想していたようなものではなかった。 「……ンだよコレ……?」 「おい見せろって! ……なんだこりゃ!」 それは写真だった。それも、地面を濡らす血が鮮明に描かれた、十三枚の写真。 思い出すまでもない。つい先ほど、加奈子からバッグを引っ手繰った道だ。 二人の背筋が寒くなる。何故こんな写真が、こんな場所に? 「……ざ、ざっけんなよ! くっそ!」 寒気を紛らわすようにタカが怒鳴り、加奈子のぬいぐるみを踏みにじろうと足を上げた、その時。 「……先刻あなた方が奪った鞄を返して頂きたく」 静かな、しかしはっきりとした声が二人に届いた。 「だ、誰だ!」 コージの視線を悠々と受け流し、凛と立つレオポルト。ウェスティア、木蓮、ヘンリエッタも並び、二人を睨む。 「大切なぬいぐるみなんだ。返して貰えないかな」 「なんだおめぇら! ガキとジジイが何しにきやがった! ぶっ殺すぞ!」 ヘンリエッタの言葉を無視し、タカが口から泡を飛ばし、怒鳴る。 「……貴方たちがそれを奪った人、加奈子さんって人なんだけど……さっき亡くなったよ」 「し、知るかよ! どんくせぇあの女が悪ぃんだろ! どけよ、ぶっ殺すぞッ!」 「俺様としては、とっとと荷物を返して自首でもすることをおすすめするぜ」 壊れたラジオのように同じ威嚇の言葉を繰り返すコージとタカに痺れを切らし、静かな怒気を込め木蓮が睨む。気圧され、息を飲む二人。 しかしそれも一瞬のことだった。手近にあった木材を手に手に握り、思い切り振りかぶる。 「っせぇんだよ! どけよクソアマ!」 当然、それで怯むような面々ではない。レオポルトとウェスティアが振り下ろされた木材を軽く受け流し、鋭く強い視線を向ける。 「それは加奈子さんにとって大切なものなの、返してくれないかな……?」 「ごちゃごちゃうるせぇ! どけよ!」 「……返せ、と言っている」 ウェスティアの言葉を無視し喚き散らす二人に、更に鋭い、有無を言わさぬレオポルトの睨みが突き刺さる。 「ッ……勝手にしろ! クソがっ! 行くぞタカ!」 「おめぇら、いつかぶっ殺してやるからな!」 四人を押しのけ廃工場を出る二人。二人を裁くことは、アークの仕事ではない。加奈子の私物を取り戻すという行いですら、仕事の範疇ではないのだ。 「オレたちの仕事としては……ここまでだね」 「加奈子の無念、少しでも晴れるといいんだがな」 「ざっけんなクソが!」 外に出てもなお怒鳴り散らすコージ。タカも顔を真っ赤にし怒り狂っている。 自らの行いを省みず、意にそぐわない事に怒り狂う。まるで大きな子供だ。 「……おいコージ! おめぇ、ジッポオイル持ってたよな?」 「あぁ? あるけどよ」 チラリと工場内を見てから、タカがコージに声をかける。工場内では既に二人を無視し、散らかされた加奈子の私物を拾う四人が見えた。 「ムカつくから燃やしちまおうぜ。馬鹿女の荷物も燃えちまえば、ちったぁスカッとすんだろ」 「そんなもんじゃ足りねぇから、出てきたところフクロにしちまうか!」 ほんの少しも反省の色を見せない二人。そんな二人の背後に、巨躯の男が立つ。 「……こいつらは遊ぶ金欲しさにやっただけ、別に人を殺そうとした訳でもないし、ただの事故だ、どう言った所で罪の自覚だの理屈やどうので解りはしない」 グイっとタカを締め上げるランディ。見上げるような大男に、先ほどの勢いを失い泡喰らうコージと、苦しそうなタカ。 「て、てめぇ! 離せ! くそっ離せっつってんだろ!!」 手足をバタつかせ、ランディの手を振りほどこうとするタカだが、びくともしない。 「こ、この野郎、ぶっ殺されてぇのか!」 「殺されたいと思う人がいるでしょうか? 加奈子さんも、もっと生きたかったでしょうに」 タカを見捨てるワケにもいかずランディに吼えていたコージだが、背後からの突然の声に驚き、地面にへたり込む。 そこには生佐目が静かに立っていた。腰には三尺三寸三分の刀を佩いている。先ほど写真を仕込んだのも彼女だ。 「お、おめぇら、なんなんだよっ!」 あまりに異常な集団に、僅かに声が震えるコージ。 「俺達がなんなのかなんて、てめぇらに関係ないよな? それより、俺が今死ぬほど機嫌悪くて丁度目の前に殴っても心の痛まねぇ奴がいる。それを憂さ晴らしに殴った所で、てめぇらが起こした事故と同じ不幸な事故、だよなぁ?」 「は、離せ離せッ! やめろ離せ、てめぇ!!」 タカがランディに蹴りを入れ、拳を見舞うが、その身体は身じろぎ一つしない。 そのままランディが、その大きく固い拳を振りかぶる。 「ランディさん、だめだよ!」 外の様子がおかしいことに気付き顔を出したウェスティアが事態を把握し、鋭い警告を発した。 ――ぐしゃっ!! だがランディとて、短慮な男ではない。その拳はタカの顔を掠め、廃工場の壁を破壊しただけだった。 だいたい、この男を殴ったところで、起きてしまった事件がなくなるわけではない。彼にだって、この行いが過ちであることは判っていた。 タカを締め上げていた手を緩める。どさりと地面に落ちるタカ。既に顔を青白くし、怯えきっている。それはコージも同じだった。 「ひぃぃ!」 自由になったと同時に二人とも雑木林の奥へと消えていってしまった。 後に残ったのは、八人にリベリスタ。あの二人の少年を裁くことはできない。が、あの様子では早晩法に裁かれるだろう。 「……ぬいぐるみ、あったぜ」 木蓮が、僅かに汚れてしまったぬいぐるみの砂を払いながら、静かに告げる。 「……あたし、このぬいぐるみ、高崎さんの好きだったっていう人に渡してあげてもいいかな?」 沙希が、ぽつりと言う。普段の飾った言葉ではなく、口をついて出た本音だった。 「私も、そうして差し上げたいと思っていました」 アガーテが言い、他の面々も頷く。 日は完全に落ちきり、闇が降りきっている。茜色の夕日の刻とは、まるで世界が違うかのようだった。 ●好きでした…… 学校の裏手にある、桜の木が一本だけしかない小さな公園。花びらが舞い、春を彩っている。 そこに、稔の姿があった。しかし稔を呼び出した本人は未だに姿を現さない。 「……高崎さん、遅いな」 ちらりと腕時計に視線を落とす。と言っても、まだ呼び出された時間から五分ほどしか過ぎていないが。 待つのは苦ではないが、部活を抜け出してきている手前、あまり遅くなるわけにもいかない。しかし、加奈子からの呼び出しは無視するわけにはいかない。 (テディベアが好きって言ったら、笑った後に「かわいいね」って微笑んでくれたんだよな……。あれで好きになったんだっけ。 わざわざ春休みに公園に呼び出すなんて、ひょっとして高崎さんも僕の事……なんて、そこまでうまくいかないか) 溜息を一つついたところで、公園の入り口に人影が見えた。稔と同じ高校の制服を着た女生徒の二人組だ。残念ながら、どちらの女生徒も加奈子ではない。 「あの、貴方が稔さんですか?」 ポニーテールの女生徒が稔に声をかけてくる。全く見知らぬ顔だ。 「はい、僕ですけど……?」 「あぁ、合ってて良かった」 ポニーテールの女生徒――沙希が、ホッと安心したような表情を浮かべる。 「実は私達、高崎さんに頼まれてここに来たのです」 やはり女生徒のふりをして、アガーテが柔らかな物腰で告げる。 「え? 高崎さんは?」 「高崎さん、急な用事ができて今日は来れなくなっちゃったから、ごめんなさいって伝えて、って……」 「そ、そうか。ありがとう。僕もあとでメールしてみるよ」 残念そうに稔が言う。ちくりと、二人の胸が痛んだ。 「これを……貴方にお渡ししますわ。……高崎さんからお預かりしました。 どうか、受け取ってくださいませんか?」 「高崎さんから? ……不器用って言ってたのに」 それは、出来だけで言うならば、不出来なクマのぬいぐるみ。 左右の腕の太さはちぐはぐだし、耳の位置も少々ズレている。 しかし、間違いなく、加奈子が想いを込めて作ったものだった。 「……ここだけの話、ですけど……多分、高崎さん、貴方のことが好きなんだと思います……。 あ、でも、私が言ったのは内緒ですよ?」 「え、え!? う、うそ!?」 沙希の言葉に、顔を真っ赤にし慌てふためく稔。 「……きっと、間違いないと思いますわ。では、私達はこれで」 「ぬいぐるみ、大事にしてあげてくださいね」 「あ、うん、ありがとう!」 公園を出て行く二人の後姿を見ていた稔だが、何故か妙な胸騒ぎがした。 「……?」 全く理由は判らない。だが、何か大事なものを失ってしまったような不安感だけを感じる。 「……なんだろ。っと、部活に戻らないと!」 二人を追うかのように稔も公園を出るが、その矢先、大柄な男とぶつかってしまう。 「っとと! ごめんなさい、急いでて」 「……おう。俺も、桜が綺麗に咲いてるからよ、余所見してた、すまねぇな」 よろける稔を、ランディが支える。威圧的な見た目だが、反して優しい声音。 「どうした、兄ちゃん。浮かない顔して」 「いえ、ほんとよく判らないんですが、なんとなく何かが不安で……って、初対面なのにヘンな相談してすみません」 見ず知らずの男に意味の判らない相談をしてしまった気恥ずかしさから、少々俯いてしまう稔。そんな彼の肩に、ランディの掌が乗る。 その優しく、穏やかな、力強い掌。 「何か思う事があるなら花を見な、辛い事や悲しい事は沢山あるが、いつだって花は咲いてるのだから」 言われて顔を上げる稔。 春の穏やかな空に、淡い桜色と青空が見事なコントラストを生み出していた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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