● 信仰心も恋愛感情も、人の感情とは『毒』の様である。 肉体を破損する訳ではない、血が出る事も無いというのにどうしてだろうか。痛いという感覚を覚えるのだ。蝕む様に広がって次第に麻痺するのだろうか。 痛みを感じなくなるというのは即ち死と同等だった。 「――そう、死んでしまう、のね」 じわり、と滲む様な『毒』がその胸を焦がし続けた所為だと言った。 早咲きの花の下、映ろう空の色が変わる様子を見つめながら女は赤い唇を緩めて言葉を吐いたのだ。 この世界に救いは無くて、この世界は常に『毒』で満ち溢れていると。解毒薬なんて存在しない、痛みだけが果てしなく続いていく悪意に満ち溢れた場所。 彼女はリベリスタだった。正義を重んじた。ソレが彼女の心を殺したのだろう。心の死は『彼女』そのものの死と何ら違いない。想いは彼女を殺していく。握りしめたナイフの切っ先が赤銅色に染まる事を彼女は笑みを浮かべて見つめていたのだ。 「……いたいの、どうしようもないの……」 次第に崩れる理想の上で、均衡をとれなくなった心が悲鳴を上げたのだ。痛む、軋む、ソレは形を失って。 「この世に救いが無いなら、最高の解毒剤があるでしょう。それって、死ぬ事だと思わない?」 救いを求める様に人を殺めた。 ● 「想いは時に、人の心を蝕む、それって『毒』の様だとは思わない?」 何時も通りに自作ポエムのお披露目が如く詩的に紡いだ『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)はブリーフィングルームに集まったリベリスタを見回した。 「元は皆と同じリベリスタだった。……だった、ってことは、今は違うってことね。 私達は正義という大義名分の元、戦っているわよね。……それが疑問になっては、終りなのよ。『正義』って何かしら、って。彼女は、端月は疑問になったの」 それが彼女を崩壊させたのだと、まるでお伽噺を語る様にフォーチュナは続ける。 巖倉端月は人殺しだった。彼女にとって生きる事は痛みだった。だからこそ、彼女は『他の誰か』もその痛みから解き放つ事を望んだのだろう。リベリスタもフィクサードも思想の違いの区分でしかないのだ。今の彼女を悪だと言ってしまう事は簡単だった。 「彼女は人殺しです。至急対処をお願いしたい。此れだけなら、皆には簡単すぎるかしら?」 浮かぶ苦笑が、其れだけではないと物語る。身構えるリベリスタに簡単な事よ、とフォーチュナは続けた。 「彼女は『生きること』が痛みだと認識している。だからこそ、より多くの人間を救おうとしたの」 最高の解毒剤は即ち死だった。自分が死ぬ事だって考えた。 けれど――彼女の『正義』は救う事だったのだ。彼女は痛みを覚える自分を思い、他者の痛みを思い、優しくも――間違った決断を下した。人を殺め、彼等を痛みから解放してやろうとしたのだ。 そのたび痛む胸に、彼女は更に救い続けなければ、と殺し続けるのだろう。手にしたナイフは魔的な光を放ち、人を殺すほどに彼女に脅迫概念の様に『救わないと』と思わせ続けた。 「彼女の犯行現場を突き止めて在るわ。敵となるのは彼女と、今までの犠牲者を模したエリューション。 皆にお願いしたいのは、エリューションを産み出す――彼女が犯行に使うアーティファクトのナイフの確保と、今夜の犠牲者二人を救う事の二つよ。彼女にどう対応するかは皆にお任せするわ。殺すも、生かすも、皆次第。ただ、彼女はそのナイフが相棒だと思っている、酷く、依存しているわ」 アーティファクトを失う事で彼女は心の拠り所――敵を殺し自身の信念を貫き通す事を誓ったソレ――を失ってしまうのだろう。自業自得だとは言え、彼女の依存の対象を奪う事には違いない。 その信念を貫き通す為の武器。其れを奪えば何かが変わるのであろうか。 「不思議ね、それに、皮肉なものだわ。信念が歪んだ果てが、殺人だなんて。彼女は、ただ純粋に、自分の思う道を見つめていただけだと言うのに……ね?」 言葉少なに、彼女が所有するアーティファクトがエリューションを操る力を備えている事を補足してから、フォーチュナは目を伏せる。 鮮やかな桃色が湛えたのは、悲痛。正義を重んじたリベリスタの果てを思い、囁く様に呟いた。 「生きる上で痛みは必要なのかしら。さあ、悪い夢なら醒ましましょう?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月22日(金)01:50 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 雨音が鼓膜を揺さぶる感覚に『道化師』斎藤・和人(BNE004070)は溜め息をついた。廃屋の誘う様に開かれた扉の奥、舞う早咲きの花が彼の茶色い瞳に映る。 ――人間の感情なんて『毒』のようではない。 「毒、ねぇ」 唇に浮かべた嘲笑はその言葉を零し続ける少女へと向けた悲哀か。古今東西、実に『よくある話』は彼の目の前で行われる残虐な行為と直結していたのだから。他人を思っているようで、実は自分の考えを押し付けているだけだと言うのは。 だが、その良くある話に親近感を覚える人間だって居るのだろう。心を痛めつけるソレがじわりと滲み続ける毒の様であると例える事は間違いではないだろう。 ざあ、と振り続ける雨が頬を打つ。『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)は頬を伝った雨を気に止めることなく手にした《届き得ぬ理想》を手に目を伏せた。 「雨か、……まるで、誰かが流している涙の様だな」 「誰の、涙なのでしょうね」 拓真に答える様に漏らされた『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)の呟き。誰の涙か、ソレはもしかすると彼女自身の物なのかもしれない。 世界が『毒』で溢れている事は承知だった。世界は常に毒が溢れている。彼女だって、この場に居るリベリスタは皆、毒を抱えて戦っている。痛みは彼女の胸から離れる事は無い。 「それでも、私自身が決めたんです」 それが和人が言った『押し付け』と繋がるのだろうか。ミリィは躊躇わない。諦めない、後悔なんて――ある筈ない。諦める事は、決めた自分自身を裏切る行為になるのだから。 ぎゅ、と握りしめたアンサング。振り翳す指先の動きが鈍る事だってあった。けれど、その手を止める事はミリィはしない。逸らした視線の先に『ルミナスエッジ』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)が居た。同じ館で談笑する仲間。彼女らが自分を支えてくれるのを知っている。 誰かが手を伸ばしてくれると知っている、その手を取ったから、皆が居るから、『今』を歩める。 じんわりと浮かぶ幸せを思い出してはセラフィーナは大きな赤い瞳を伏せた。人の心を考える事が大事だと彼女は知っていた。誰かの幸せを作る事は『リベリスタ』としての自覚が大きい彼女にとっては当たり前だった。 幸福はその逆と紙一重だ。ぐ、と霊刀東雲を握りしめる指先に力が籠る。誰かを幸せにする救済を与えるのではない。彼女にとっての幸せは、誰かにとっての『不幸』なのだから。 「……私は怒ってるんだよ」 踏み出した彼女の頭上でふわりと浮かぶエンジェルハイロゥ。胸を焦がす記憶を掴む様に、セラフィーナは決意を固める。 彼女を、止めないと――。 ● ぽつりぽつりと空間を照らしだす蝋燭が拓真の視界に入る。彼が中の様子を伺うその隣、赤と黒を身に付けた道化が嗤っている。否、ソレは仮面が浮かべた仮初の笑顔だろう。仮面の中で『続・人間失格』紅涙・いりす(BNE004136)はぼんやりと中で己の信念を真っ直ぐに見据える女の事を想う。 ――唯、春の夢の如く。全て散りゆくものなれば惜しむものなど何もない。 「散りゆくものは我が身なりけり、ってね」 いりすにとって痛みが生きる事やその証明になる事はなかった。それは強者の主張でしかない。いりすにとって痛みはただの『痛み』だ。けれど、彼女の――巖倉端月の考えを否定する事はしない。正しいとも思わないけれど、それが間違いだとも思わない。人はその数だけ考える生き物なのだから。 「中の様子はどうだ?」 暗視装置で包まれた視界。白い仮面と白い鎧を纏った異様な姿をした青年は秩序を尊ぶが為にいりすとは別の考えをしていた。アディ・アーカーシャ(BNE004320)は己が何ものであるかを定義しない。否、己が何であるかが分からないのだ。 羨ましく思う、痛みを厭うフィクサードを。痛みを感じる女の事を。それがどれほど羨ましい事であるかをアディは彼女に直接伝えることとしていた。それが、説得になるのか彼には分からないけれど。 「大丈夫だ。一般人の位置も把握した。行くぞ」 こくりと頷いた『アヴァルナ』遠野 結唯(BNE003604)。滑り込む様に体内のギアを軋ませ屋敷の中へと突入するセラフィーナの背中をリベリスタは追う。 ふわりと金糸が流れる。突然の乱入者に顔をあげた端月は彼女を睨みつけた。ぞわり、とミリィの背に走る悪寒。アンサングをすぅ、と振り彼女は演奏を始める様に戦場に進む仲間の背を見つめる。 「御機嫌よう、巖倉端月さん。突然で申し訳ありませんが、貴女を止めに来ました」 今です、と唇が動く。放たれる閃光が端月や『毒の欠片』を縫い止める。彼女の演奏の始まり。さあ、戦場を奏でましょうと口にした言葉に頷き、笑う様に鰐は気を失った一般人の元へと向かう。 速さを身に纏う少女と鰐は苦労することなく一般人達の元へと辿りついている。 屋敷の中にそろったリベリスタ達。窓ガラスをたたく雨音が激しくなった気がした。早咲きの花が壊れた壁から雨と共に室内へと入りこむ。 ナイフを手にした少女はじ、とリベリスタを見つめて、だぁれと口にした。 「神秘探究同盟、第八位。正義の座……新城拓真。言わせてもらうぞ、巖倉端月! 貴様の正義は間違っている!」 Broken Justiceが彼を嘲笑う。《届き得ぬ理想》の切っ先が端月へと向けられた。 「アーク……」 「アークだ。お前の正義については同意を示す事はできないのでな」 斬射刃弓「輪廻」が彼女の周囲を漂うエリューションフォースへと向けられる。闇を纏った黄泉路の瞳がじぃ、と端月を見つめた。 黄泉路に還す死神は端月の主張――死が救いであること――を完全に否定はしない。各々の思想は人間の数だけあるのだから。だが、その主張を、その視点を持たない人物からすればそれが唯の殺人である事を探究し、学び続ける黄泉路は知っていた。 「端月。死んだ所で命は繰り返すという考えがある事は知っているか? 輪廻によって再び現世に来た命を延々殺すというのであれば……それはどんな責め苦になるのだろうな」 彼女の周囲に浮遊する『毒の欠片』を黒き瘴気で包み込みながら黄泉路はぽつりと零す。その言葉は端月の行いを否定するものだった。それが正義に非ずと、人の為に非ずとハッキリと証言したのだ。 「生きる事は痛みを感じる事。痛みが無ければ何も学ぶ事はないのだから」 淡々と告げる結唯の言葉に端月は小さく笑う。己という名の器に存在する痛みを感じる心の存在が。其れが無ければ何も得られない事を同意する彼女に端月は小さく笑う。 「……それで?」 「それは異常者である我々の詭弁だ。解毒剤を与えてやろうか」 向けられたフィンガーバレット。その攻撃を避ける様に身体を捻る端月の傍を通り抜ける毒の欠片。欠片の遠距離攻撃が結唯の頬を掠める。だが、彼女の表情は変わらない。 「私達に付き合って下さいよ。お話しがしたいんです。その為に一般人の方は一度避難させますね」 了承を得ようと視線を送るセラフィーナにさも興味なさげに一瞥を配り、端月の視線が真っ直ぐに自身の思考の同意者である結唯へと向けられる。彼女の思想への同意は即ち、解毒剤を与えても構わない人間であるという事なのだ。 動きだそうとする彼女の目の前にミリィが滑り込む。有毒ヤン・テラキルと名のついたナイフがアンサングとぶつかって鈍い音を立てた。 「最初に言ったでしょう、貴女を止めると」 攻めるように飛び出した彼女の上にぱらぱらと雨が降る。早咲きの桜の元、向けたナイフの切っ先が司令官として立ち回っていた少女へと向けられた。 彼女の視線は背後の一般人確保に向かったいりす達へと向けられている。視線を受けていりすが澱む灰色を細めて笑った。進路に存在する存在へと和人が放つリーガルブレード。彼の手にした改造銃は即ち盾だ。誰かを守るために銃弾を繰り出すソレは『盾』と同義だろう。 「おいおい、そっちにゃ行かせねぇぜ?」 「どうも。行こうか。あっちなら大丈夫」 集音装置を使用したいりすの指示に従ってセラフィーナは全力で一般人を抱えて走る。見詰めた戦況は淡々と変わっていくように思えた。放たれたソードエアリアルが結唯の体を抉る。劈くような痛みに彼女が目を見開くその間に、放たれた弾丸が毒の欠片を狙い続ける。 「お前の正義を俺は否定する。だが、俺は、正義など名乗る資格も無い男だ。だがそれでも、お前に言える事がある」 「貴方の正義は誰の為なの。正義の座」 淡々と少女は告げる。目の前の小さな司令塔はアンサングを向けたまま、彼女の往く手を遮り続けた。 「お前の行いが正義なら、なぜ人が傷つき死ななければそれが維持できない?」 彼の理想は誰も犠牲にすることなく、誰もが笑って居られる事だった。それが無いと知ったのは何時のことだっただろうか。 罪のない一般人を殺すたび、力が足りず仲間の命を犠牲にするたび、己を呪い続けた。それが拓真にとっての毒だった。力足りない自分に打ちひしがれ、歩みを止めたいとまでも思った。 「お小言なんでね、聞き流しても良い。お嬢ちゃんは薬剤耐性って知ってる?」 じぃ、とリベリスタを見つめていた端月の視線が毒の欠片を攻撃する和人へと向けられる。彼女自身を攻撃しないリベリスタ達に違和感を感じながら何、と小さく問うた。 「薬の成分に耐性が出来て効果が出難くなる奴ね。確かに生きてる上では色んな痛みがあるよ。 毒みてーだよな。でもさ、殆どの奴は、ソレに触れるうちに耐性を得るんだよ。俺だってそうさ」 人が多数いる社会を上手く泳ぎ切る為に耐性を得る。毒を喰らわば皿まで。最後までその毒を甘受する事だろう。端月からそれは辛い事に見えたのだろう。和人はくつくつと喉を鳴らして笑う。 銃弾が撃ち抜いて、毒の欠片が消える様子に呆れの色を灯す茶色の瞳は細められて笑う。 「本人らはどうだろうね? もしかしたら幸せを得るために自分で頑張ってたのかも知れねーじゃん?」 「辛そうだった! 誰だって!」 「本当のトコなんて分らねーけどさ。少なくとも嬢ちゃんに殺される筋合いはねーよ」 彼の銃は冗談のように端月に向けられた。瞬時に浮かべた怯えに笑ってその銃が撃ち抜いたのは和人の目の前の毒の欠片。 「君はさ、救いたいんじゃなくて、救われたいんじゃないのかな」 にやりと笑ったいりすの無銘の太刀が切り裂いた欠片が霧となる。ふわりと揺れる肩に掛けられた和服。一般人の避難を完了したセラフィーナの霊刀東雲が氷を産み出した。 「誰かを救いたいという想いは立派です。ですが、救われる側の気持ちは? 救われる側が満足しなければ、救われたと思わなければそれは救いではないのです」 彼女の言葉に端月はぎ、と睨みつける。生み出される毒の欠片にセラフィーナは怯むことなく攻撃を続ける。彼女の中での巖倉端月は『悪』だった。身勝手な救いは身勝手な結末しか生み出さないのだ。 「本人の意思なんて何も確認して居ないのでしょう? 本当に自分勝手な救いです」 彼女の言葉に小さく笑うアディの大業物が毒の欠片に振るわれる。アディの視線はただナイフに注がれていた。 「そのナイフこそ、貴様の罪の証。他社を傷つける痛みの象徴そのものだ。心を痛めつける事は毒では無い、ソレは人が人としての証なのだ。私はその痛みが羨ましい……」 「感じないの? 痛みを? それは素敵ね。痛みも温もりも貴方が欲しいものが私に必要だとは限らない」 ばっさりと、彼の言葉を切り取る様に端月は紡ぐ。人の思想とは様々な事がある。端月の行いがアティの望みじゃないと同様に端月の想いもアティの望みでは無いのだろう。 「確かに、今を生き苦しいと感じる者もいるだろう。あんたは自分勝手な自己満足を他人に押し付けてんじゃねーよ!」 声を荒げる黄泉路はぎっと睨みつける。その声にも端月は怯まずナイフを握りしめた。 「死神の座を拝した『黄泉比良坂』の逢坂黄泉路。黄泉の名を持っているが死後の事なんて知らん。 死とは生前の行いを罰し、贖罪し、再び現世へ返す場所だ。生は苦しみだけでは無い、喜びもあるんだ」 「その苦しみに耐えきれない……解る?」 「ああ、だが死は救いだとは限らないだろう?」 結唯の運命を刈り取って、それでもなお攻勢を強めようとする端月に視線を配りいりすは死を映す瞳でただ笑うのみ。 「死ぬ事が救いだと小生は思わない。間違えたならやりなおせばいい。生きて居れば、其れができる。痛みは癒えるモノであるのだろうから」 いりすの唇から零れる鰐の牙が獲物を望む様に周辺を探った。その言葉に瞬きを繰り返し、それでもなおナイフを向け続ける端月に和人は煩わしそうに銃を向けた。 「俺らにも嬢ちゃんを死なせる名分はあんだけどさ。こっちの『正義』基準でさ。ヤだよねえ」 笑った顔に端月のナイフがミリィへと振り翳される。傷ついてもミリィは優しく微笑むのみだった。 「――優しい人だったんですね。何処までも不器用で、人の痛みを思える、優しい人」 けれど、と彼女が紡ぐ前に、ナイフがミリィの腕を切り裂いた。ぼたぼた、と溢れ出る血に彼女は痛みを堪えるようにただ、微笑む。 正義を以って殺せるなら、それは正義ではない。拓真は理想を正義だとし追い求める。思って、痛みを堪え、それでもと拓真は声を張る。 「俺は正義を選び、歩み続けた人を知っている。絶対的に正しくなくても、その理想の為に戦った人を知ってるんだ。だから、俺はその正義を貫く。――俺は、あの人の孫だから」 彼になりたいと思った、けれど、彼になれないと知ってしまった。だから、その道を自分で塗り固めようと思った。 拓真を見つめた端月の視線が下ろされて小さな呟きが漏らされた。 「何が正解なの」 ● 少女の声に痛みをこらえ、この手をとってと伸ばした手に、戸惑う指先を気付き。彼女の白く細い手首をミリィは掴む。ナイフの切っ先が、背の低い彼女の頬を掠っても、彼女は怯む事はしない。 何時か、救われると知っている。死ぬ事を誰かが悲しむと知っている。生きる事を喜ばしいと思える。 彼女から逃れるように至近距離でミリィへと繰り出されかける攻撃に、ぐい、とそのナイフを握った手首をさらに引っ張る手があった。攻撃を避ける様に身を捻るミリィが見つめる端月の横顔が泣いている様に見えて彼女は目を見開く。 小さな少女の手から離れたフィクサードの体が拓真の腕の中に収まった。抱き締める様に背に回された腕に少女は目を見開いて、抵抗する様に拓真の腕を傷つける。 『毒』が滲むのだ。痛いのだ。それから――怖いのだ。正義を追い求める姿勢が同じであれど、痛みが恐ろしくて、救いたいと思うその理想が壊れそうで、怖い。 嫌だ、嫌だと拓真の胸を突き刺した。少女の長い黒髪が揺れる。掌が拓真の血で滑った。ナイフから滴る赤に混ざり込む様な雨が、彼女の頬から雫を流す。 「――ッ、何でッ!」 「俺が、お前を救ってやる!」 からん、と手から零れ落ちる有毒ヤン・テラキル。抱き締めた少女の背中が少し軋んだ。これは痛みだった。明確な痛みだ。傷口が熱を孕む。溢れだす液体に混ざり込んだ水がぽたり、と落ちた。 「……痛いのは嫌。解毒剤なんて何処にもないじゃない。私はどうすればいいの」 その問いに拓真は答える事はできなかった。抱き締めた身体が細く弱弱しいものだと実感する。少女と拓真は同じだった。その毒が痛いほどに分かってしまうから、彼は少女を抱きしめた。 「毒が辛いなら、俺達が支えていく。挫けそうなら、その手を取る」 だから、と拓真は黒い瞳でじっと端月を見つめた。傷だらけの少女は滑る赤い掌で青年の胸を叩く。見詰めたままいりすは澱んだ瞳を閉じた。 「……小生には、君の想いが、ナイフの意思の様にしか思えない。自分の意思が、本当に自分のモノだなんて言えるのかしら。手からナイフが離れた今でも君は救われない?」 ゆっくりと呟く言葉に。少女は有毒ヤン・テラキルを見降ろして瞬きを繰り返す。もう一度ナイフを取れば和人の改造銃は彼女を撃ち抜いただろう。黄泉路の弓は彼女を黄泉へと送った事だろう。 「誰かに相談すれば、こうならなかった筈です。貴女は一人で暴走してるんですよ」 セラフィーナとて殺しを是とはしない。言葉で救う事ができるなら――止められるなら幾らだってその言葉の雨を彼女に降らせるだろう。 「痛みなら、分かち合う事が出居るのに。貴女はそれを知らないから……ねえ、まだやり直せます。 頼って下さい、私を。頼って下さい――皆を。抱える毒の杯を一緒に飲んであげるからッ」 ミリィの頬に涙が伝う。ぼんやりと地面を見つめたままの端月の髪から水が滴り落ちた。そっと、拓真が腕を解けばへたり込む様に端月は坐り込む。 「今度こそ貴女が間違えぬ様に、支え続けるから」 「俺には、その毒が痛いほどに解ってしまう。この腕や目の一つくらいならくれてやっても構わない」 ぽたぽたと伝う涙に、拓真は己の正義を小さく言葉にした。皆が幸せに笑って生きる為の行為こそが正義じゃないのか。 「なあ、もう一人で泣くな」 ――大丈夫、だから、一緒に帰ろう。 早咲きの花が、ひらり、と少女の髪に落ちる。雨水が滴って、座り込んだまま涙した彼女を見降ろしながら拓真はただ、小さく呟いた。 この雨は、本当に誰かが泣いている様だ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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