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<咎花堕つる>惑え、眠れ、汚れなき悪鬼たちよ


 ――ねえ、あなたの好きな子供と一緒に遊ぶ、お仕事をお願いしていい?

 あの時。主と呼ぶべき少女は、そう言って花綻ぶように笑った。
 兄に焦がれるあまり、自らの『普通』を厭う少女。
 瞳の色を除けば、その姿は妻の若かった頃に少し似ていたかもしれない。

 在りし日、子が欲しいと言った妻の顔が浮かぶ。
 それも良いと、あの頃は思っていた。
 刀を振るい続ける限りこの幸福を守れるのだと、愚かにも信じていた。

 嗚呼。世界は斯くも、純粋なものから歪め、奪っていくのか。


「主流七派『黄泉ヶ辻』首領の妹、『黄泉ヶ辻糾未』が動いた。
 急ぎの任務になる。ブリーフィングを終えたら、すぐに出発してくれ――」
 挨拶もそこそこに話を切り出した『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)の顔色は、既に蒼白に近かった。
「……初めに言っておく。今回、どうあっても犠牲は免れない。
 残酷な選択を迫られる可能性すらある。辛いと思ったら、席を立ってくれていい。
 その場合、予備人員はこっちで確保する」
 押し殺した表情で資料を配った後、黒髪黒翼のフォーチュナは本題に入る。
「黄泉ヶ辻糾未とその一派が、『遊び』と称して一般人をいたぶったり、
 儀式でノーフェイスを生み出していたのは知っているだろうか」
 それは、どこまでも『普通』に生まれてしまった妹が、兄の狂気に届くための一歩。
「連中は今回、大規模な儀式でノーフェイスを多数生み出し、
 そいつらを殺すことで糾未のアーティファクト『憧憬瑕疵<こえなしローレライ>』を目覚めさせようとしている。――月隠と月鍵の二人が、それを突き止めてくれた」
 僅かに視線を落とし、無茶しやがって――と苦い口調で呟く数史。
 先程、廊下ですれ違った彼女らが首に白い包帯を巻き、頬にガーゼを当てていたことの意味を、リベリスタ達はこの時知った。

「黄泉ヶ辻糾未については月隠が、儀式の中核を担う『仇野縁破』については月鍵が対応中だ。
 加えて、儀式地点に一般人を送り込んでいる黄泉ヶ辻フィクサードが二組いるが、そこは名古屋さんと望月が動いてくれている。
 皆には、儀式エリアの最外周――防衛ラインの破壊を頼みたい」
 現場は廃校のグラウンド。ここを制圧できれば、儀式そのものが脆弱化する。
 任務の成否が他四つの戦場全てに影響する、非常に重要なポイントだ。
 広さや足場の点で問題はないが、非常に暗いことと、『憧憬瑕疵<こえなしローレライ>』が招いたアザーバイド『禍ツ妃』が周囲を漂っていることは頭に入れておくべきだろう。

「防衛ラインに配置された敵は、ノーフェイスが五体にフィクサードが五名。
 ノーフェイスは先の事件で確認された『ハッピードール』の他、そいつをさらに強化した『ヘブンズドール』が一体加わっている」
 普通に正面から戦っても厄介な相手には違いないが、今回はそれだけに留まらない。
 硬い表情と声で、数史は説明を続ける。
「指揮を執っているのは、『奈落(ならく)』という名の男だ。
 以前にもアークと戦っているが、こいつは十歳未満の子供に対し病的な憎しみを抱いている。
 今回も……罪の無い子供をターゲットにしてきた」
 奈落は現場に二十人くらいの子供を集め、彼らを殺害しているのだという。
「勿論、憎いからという理由もあるだろうが……
 奈落はドール達を使役する『カオマニー』の他に、
 殺した人間の数だけ能力を高める『断末魔の楔』というアーティファクトを所持している。
 そいつで自分を強化して、アークを迎え撃つ狙いだろうな」
 ドール達が強力なノーフェイスなのは周知の事実だが、奈落もまた腕利きのデュランダルだ。
 その彼がアーティファクトでさらに力を増しているとなれば、状況はいっそう厳しくなる。

「皆が辿り着く頃には、既に何人かが奈落の手にかかっている筈だ。
 それでも庇いきれる数じゃないし、現状、これ以上の戦力を割く余力はアークには無い――」
 子供たちは皆、『ヘブンズドール』の能力で心を奪われており、自力で逃げることは不可能だ。
 仮に子供を逃がすために誰かが戦場を離脱するとなると、その時点で戦いの上では大きなハンデを背負うことになる。
 一方で、子供を見殺しにすれば、奈落はさらに力を高めてしまう。
 アーティファクトを破壊しようにも、敵もそれを警戒して対策を打っているだろう。
 奈落本人を倒さない限りは、まず不可能と考えた方が良い。
 いずれにしても不利になるのでは、手の打ちようがないではないか。
 そう言ったリベリスタに、数史は暗い瞳を向ける。
「――抜け道は、あるんだ」
 答える彼の面からは、あらゆる表情が失われていた。
「奈落が力を高められるのは、『自分の手で殺した場合』に限られる。
 その前に『別の誰か』が子供たちを手にかけたとしたら。『断末魔の楔』は、それを力に変えることができない……」

 俯いた数史の喉から、すまない――という声が漏れる。
 全ての戦場に影響を及ぼすこの任務に、失敗は許されない。
 最短で成功に近付くための方法があるなら、告げない訳にはいかなかったのだろう。
 それが、小を殺して大を生かす、残酷極まりない選択であったのだとしても。

「そこを差し引いても、危険度の高い任務だ。最悪、命を落とすかもしれない。
 ……断ってくれてもいい。それでも、誰かが行かなければならないんだ。誰かは……」
 震える手でファイルを握り締めながら、数史はもう一度、すまない――と告げた。


 ――闇の中に、悪鬼たちの貌があった。

 この世の穢れを知らぬ、いとけない面差し。
 しかし、裡に育まれた歪みは、いずれその身に取って変わることだろう。

 地を蹴り、悪鬼たちに肉迫する。
 振るった愛刀が烈風と化し、それらを瞬く間に呑み込んだ。

 ころん、ころんと、軽い音が耳に届く。
 首を失った悪鬼の屍がどさりと崩れ落ちたのは、その少し後。

 漆黒の蝶が、ふわりと宙を舞った。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:宮橋輝  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年03月24日(日)23:55
 宮橋輝(みやはし・ひかる)と申します。
 色々な意味でシビアです。残酷で満たされた沼の底から何を掬い取るのか、後悔無き選択を。

●成功条件
 黄泉ヶ辻フィクサードとノーフェイスを撃退し、防衛ラインを破壊すること。

●敵
 黄泉ヶ辻フィクサード5名+ノーフェイス5体。

■『奈落(ならく)』
 ジーニアス×デュランダル、推定年齢30代後半~40歳前後。
 元はフリーのリベリスタでしたが、子供のノーフェイスに妻を殺されたことで世界に絶望。
 紆余曲折を経て、黄泉ヶ辻のフィクサードとなりました。
 10歳未満の子供は例外なく悪鬼であると断じ、狂気じみた憎しみを抱いています。

 武器は大太刀で、アーティファクト『カオマニー』『断末魔の楔』を所有。
 実力はアークのトップランカーを上回り、Rank3までのスキルを使用します。
 非戦は『ハイバランサー』『暗視』を活性。

 ※登場シナリオ『<晦冥の道>踊れ、狂え、いとけなき悪鬼たちよ』
  (独立したシナリオであるため、上記リプレイを読む必要はありません)

■配下
 『奈落』に従う黄泉ヶ辻フィクサード。
 ジョブ構成は下記の通りで、各ジョブのRank2までのスキルを使用。
 全員が『暗視』を活性しています。

 ・クロスイージス×2
 ・ホーリーメイガス×1
 ・レイザータクト×1

■ノーフェイス『ヘブンズドール』
 ハッピードールの脳味噌に強化術式を書きこんだことで、エリューション化が進行したノーフェイス。
 2.5mほどのサイズ。幸福な笑顔を浮かべ、両腕が翼のような肉へと変じています。
 フェーズは3。

 ・幸福感染:P
  近くにいると何だか幸せな気持ちになる。近接射程に踏み込んだ者へ毎ターン鈍化の付与を試みる。
  また、広範囲に渡って非E生物に干渉して深い幻惑状態にさせ、ヘブンズドールの指揮下に置く事も可能。

 ・ブレインヘブン:近範、物防無、虚弱、ノックB
 ・ブレインコキュートス:遠範、ブレイク、氷像
 ・ブレインショック&ショック:全、呪い、ショック

■ノーフェイス『ハッピードール』×4
 脳味噌に魔導式を書き込まれ、能力を高められたノーフェイス。完全に狂気に陥っています。
 フェーズは2。

 ・ブレインキラー:近単、物防無、虚弱
 ・ブレインバインド:遠単、ショック、麻痺
 ・ブレインショック改:遠2複、混乱

●アーティファクト『カオマニー』
 宝石型のアーティファクト。黄泉ヶ辻が所有するアーティファクト『ヘテロクロミア』の劣化版。その効力を発動させることで一般人をノーフェイス化させる事が可能です。
 又、ヘブンズドールとハッピードールはカオマニー(ヘテロクロミア)に対応する術式を脳に刻み込まれている為に使役する事が可能となります。

●アーティファクト『断末魔の楔』
 前述のアーティファクト『カオマニー』が埋め込まれた腕輪型のアーティファクト。
 所有者が人を殺した場合、殺害人数に比例して命中力・物理攻撃力・神秘攻撃力を一時的に高めます。

 また、殺害人数が10名以上になった時点で、下記スキルを使用できるようになります。
 (※戦闘開始時点で奈落は3名の子供を殺害済みです)

 ・阿鼻叫喚:遠全、溜1、致命、獄炎

●アザーバイド『禍ツ妃』
 戦場を無数に飛び交う、漆黒の蝶々の姿をしたアザーバイド。飛び交う蝶全て合わせて1体です。まだ完全にその姿をこのチャンネルに持ち込めては居ません。
 『憧憬瑕疵<こえなしローレライ>』そのものであり、アザーバイドでもあります。
 上記アーティファクトの性質上、このアザーバイドもまた喰らう者です。
 禍ツ妃の存在する戦場では『結界、強結界、及び陣地作成の様な構築するタイプのスキルは全て喰われます』。
 糾未が戦場を撤退しない限り、この効果は永続です。
 また、糾未を中心とした一定範囲でらるとSTの『<逆凪>騒がしい子供達』に登場した『バグズ・フレア』に似た予知に対するジャミング能力を持つようです。

●戦場
 山梨県甲斐市、廃校のグラウンド。時刻は夜で、明かりはありません。
 足場は良好。充分な広さがあり、目立った障害物は無し。事前の付与スキル使用等は不可です。
 上記のアザーバイド『禍ツ妃』が存在しています。

●一般人
 黄泉ヶ辻フィクサードによって集められたた10歳未満の子供たち。
 合計20名前後ですが、戦闘開始時点で既に3名が奈落の手にかかっています。
 ヘブンズドールの『幸福感染』によって幻惑されており、自分の意思で動くことは不可能です。
 (幻惑状態はヘブンズドールが死亡した場合に解除されます。BS回復スキルは効果ありません)
 なお、子供の生死はシナリオの成否に関わりません。

●補足
 このシナリオの成否は『<咎花堕つる>』とつく全シナリオに影響を及ぼします。

●Danger!
 このシナリオはフェイト残量によらない死亡判定の可能性があります。

 情報は以上です。皆様のご参加をお待ちしております。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
ナイトクリーク
星川・天乃(BNE000016)
デュランダル
結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)
クロスイージス
新田・快(BNE000439)
スターサジタリー
リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)
インヤンマスター
焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)
デュランダル
楠神 風斗(BNE001434)
プロアデプト
酒呑 ”L” 雷慈慟(BNE002371)
ソードミラージュ
リセリア・フォルン(BNE002511)
デュランダル
結城・宗一(BNE002873)
レイザータクト
神葬 陸駆(BNE004022)


 青年には、漠然とした予感があった。
 先の見えない暗がりに、底無しの沼が口を開けているような。

 男には、もはや覆せない確信があった。
 この道を進めば進むほどに、闇は深さを増し、自分を呑み込んでいくのだと。

 二人はともに、愛する者を喪っていた。
 違いがあるとすれば、青年はまだ見ぬ明日を求め、男は戻らぬ昨日に囚われていたこと。

 思い出も希望も、憎しみも諦観も――全ては、等しく零れ落ちてゆく。


 夜陰に乗じて、十人のリベリスタが駆ける。
 頭から黒い布を被り、闇に姿を溶け込ませた『咆え猛る紅き牙』結城・宗一(BNE002873)の傍らで、『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)が切れ長の目で凛と前方を見据える。
 接近を敵に気取られないため、明かりは点けていない。夜目が利く者――リセリアや宗一、『無軌道の戦鬼(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)らで、仲間達を先導する必要があった。
「どうだい、星川?」
 自分の前を行く天乃の背に、『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)が問いかける。彼女の超人的な五感をもってすれば、現場の状況も掴めるかもしれない。

 ――ころん、ころん。ころころころ。
 何か丸いものが転がる音が、天乃の鼓膜を微かに震わせる。
 どさりと地に折り重なったのは、二つ……いや三つか。
 血の臭いが、鼻腔を強く刺激した。

「子供、が三人、奈落に殺された。敵、はグラウンドの中央近く、に固まってる。
 残りの子供、は……その周り、に散らばってる、ね」
 その報告を聞き、『折れぬ剣《デュランダル》』楠神 風斗(BNE001434)の表情が歪む。
 黄泉ヶ辻のフィクサードが集めた子供の数は、およそ二十。うちの何名かは到着前に殺されるだろうと、フォーチュナは言った。
 覚悟はしていたが、いざ事実として告げられるとやはり堪える。
 この腕がもう少し長ければ、この足がもう少し速ければ。彼らに、手が届いたかもしれないのに。
 風斗の口中で、ぎり、と奥歯が鳴る。『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)が、無言で拳を握り締めた。
 現場で黄泉ヶ辻フィクサードを指揮する男――『奈落』は二つのアーティファクトを所持している。
 脳に魔道式を書き込まれたノーフェイス『ドール』達を使役する『カオマニー』と、殺害した人間の数だけ攻撃能力を強化する『断末魔の楔』。
 子供達は、奈落の力を高めるために用意された“餌”であると同時に、リベリスタに対する人質でもあった。
「パラノイアの狂人が、また性懲りもなく子供を殺しに来たのか」
 奈落と因縁のある『ジーニアス』神葬 陸駆(BNE004022)が、忌々しげに呟く。
 先日、札幌市で行われた儀式で十六名もの一般人がノーフェイス化したのは、まだ記憶に新しい。
 リベリスタ達は崩界を防ぐため、やむなく彼らの命を奪ったが――その大半は、陸駆よりも幼い子供だった。
 元はフリーのリベリスタであったという奈落。
 ノーフェイス化した子供に最愛の妻を殺されたという悲劇が、男の運命を狂わせた。
 黄泉ヶ辻のフィクサードに身を落とした彼は今、子供を悪鬼と断じ、世界を呪って生きている。
 ここ甲斐市では、己の手で“悪鬼”を葬るつもりなのだろう。
「――己の弱さを他に擦るか」
 緑色の双眸に鋭さを湛え、『生還者』酒呑 雷慈慟(BNE002371)が口を開く。
「どうやらこの場に揃った撃滅対象の内、辛うじて情報伝達が出来る者々揃いも揃って、
 何ものをも受け止められない碌でなしの様相だ」
 彼の言葉に、陸駆が「まったく厄介だ」と相槌を打った。

 逸脱者たる兄に近付くため、狂うことを願う『普通の女』――黄泉ヶ辻糾未。
 糾未の『親愛なる友人』として彼女に従う『生まれながらの黄泉ヶ辻』――仇野縁破。

 彼女らが行おうとしているのは、多数の一般人を呼び寄せ、ノーフェイス化させる大規模儀式。
 そうして生み出したノーフェイスを殺害することで、糾未はアーティファクト『憧憬瑕疵<こえなしローレライ>』を目覚めさせようとしている。
 兄とお揃いのペリーシュ・シリーズ――破滅を齎す、悪意に満ちたそれを。

 かつての依頼で相対した糾未の顔を思い浮かべながら、『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)が聖別された二丁の銃のグリップを握る。
 黄泉ヶ辻の女たちの考えは、『生まれながらのリベリスタ』である彼女にとって相容れないもの。
 きっと、これからも理解することはないだろう。決して。
「やれるだけの事をやりましょう。一人でも多く救う為に」
 前を向いたまま、リセリアが決然と声を響かせる。
 任務は、儀式を守る防衛ラインの破壊。
 場合によっては、罪の無い子供達の命すらも切り捨てなければならないが――それを決断するのは、全ての手を尽くしてからだ。
 いかなる目的があるのだとしても、このような非道を見過ごす訳にはいかない。
 雷慈慟が、ファミリアーの牧羊犬を物陰に伏せさせる。子供を逃がすための、布石の一つだ。

 ――そろそろ、敵の遠距離攻撃の射程内になるか。
 被った黒布で表情を覆い隠した『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)が、一段と足を速める。
 敵に気付かれたとしても、先制攻撃さえ潜り抜けられればそれで良い。
 リベリスタ達は一丸となって走り抜け、敵から約20メートルの距離まで近付くことに成功した。
「さあ、『お祈り』を始めましょう。――両の手に教義を、この胸に信仰を」
 二丁の銃を構えるリリの胸元で、ロザリオが揺れる。
「糾未の儀式も、奈落の凶行も、俺達が阻止してみせる――!」
 タクティカルライトを点灯した快の声とともに、神の加護が戦いに臨むリベリスタ達を包んだ。


 ラグナロク(神々の運命)の発動を受けて、リベリスタはフィクサードと対峙する。
 言わば、この戦場は神と巨人が戦ったヴィーグリーズの野か。
 漆黒の蝶が舞う闇に、陸駆が神秘の閃光弾を投じる。奈落を巻き込んで炸裂したそれは、呆けた表情で彼の周りを徘徊していた子供達数人の動きを止めた。
 暗さに邪魔されて奈落本人を封じるには至らなかったが、まずはこれで良い。子供達があちこちに散らばっているのが厄介だが――。
「久方ぶりだな」
 陸駆の言葉に、奈落は薄い唇を微かに歪める。
「――悪鬼のなり損ないが、また来たのか」
 白い髪を肩の上で切り揃えた女が奈落の守りにつくと同時に、別の男が自軍に十字の加護を施した。おそらく、この二人はクロスイージスだろう。
 敵の中でもひときわ異様を誇る巨体のノーフェイス『ヘブンズドール』が、彼らの前に躍り出た。
 幸福な笑みを湛え、まるで飛ぼうとするかのように翼の形に変じた肉の腕を羽ばたかせる。脳髄を直に揺さぶる強烈な衝撃波が、リベリスタ達を一度に呑み込んだ。
 身体の痺れを自覚しつつ、天乃がヘブンズドールに肉迫する。途端に押し寄せる、形容しがたい幸福感。動きを鈍らせる甘い毒の誘惑に、彼女は辛うじて耐えた。
 大太刀を血に染めた奈落が、視界の隅に映る。
(強化された奈落、と戦ってみたい……けど、わがまま、だね)
 天乃は、子供達の命にあまり頓着していない。それが刺激的な闘いの糧となるなら、尚更のこと。
 ただ、彼らを救いたいと願う仲間の思いを無下にするつもりはなかった。
「さあ、踊って……くれる?」
 全身からオーラの糸を伸ばし、ヘブンズドールの足止めに動く。
 敵の範囲攻撃を警戒して仲間からやや離れた位置に立ったリリが、両手に構えた「十戒」と「Dies irae(怒りの日)」の銃口を空に向けた。
「――天より来たれ、神の炎よ」
 祈りと、裁きと。二つの蒼き魔弾が闇を貫き、燃え盛る炎の雨を降り注がせる。
 子供がどこに居ようと、リリの異能で巻き込む心配はない。だが、彼らが戦場に点在している以上、全員を敵から守り抜くのは不可能に近かった。
 奈落が大太刀を振るい、子供の一人を血の海に沈める。刹那、風斗が吼えた。
「おおおおおおおおおッ!!」
 少年の純粋な怒りが、両手に構えた愛剣に、身に纏ったコートに、鮮やかな赤いラインを走らせる。
 残るドール達が行く手を遮る前に、彼は奈落に向かって全力で駆けた。
(……リミットは、あと三人か)
 風斗の後を追う宗一が、胸中で呟く。
 奈落がこの場で殺した子供の数は、現時点で四名。これが十名に届けば、『断末魔の楔』は強力な全体攻撃スキルを所有者に齎してしまう。
 そうなれば、子供の生存は絶望的だ。それどころか、任務の達成すらも危うい。
 最悪の事態を防ぐため、殺害人数が七名に達した時点で子供を皆殺しにする――これが、リベリスタ達の下した決断だった。
 整った顔に些か不真面目な表情を浮かべて、竜一が二人に続く。
 出発前には、『任務の成功を最優先とし、子供は真っ先に一掃すべき』と主張した彼に、風斗が食ってかかる一幕もあった。快もまた、アークのリベリスタとして迷わず正論を展開した竜一を、苦い口調で「立派だ」と称えた。
 だが――それをもって、竜一を『子供の命を何とも思わぬ男』と断じるのは早計に過ぎる。
 救える命は救いたい。その思いは、彼とて同じなのだ。天乃が「私よりはまとも」と評したように。
 だからこそ、竜一は誰よりも冷徹であろうと決めた。
 子供を盾にしても無駄だと態度で示せば、敵にとって子供を利用するメリットは薄くなる。まずは、付け込む隙を与えないことだ。
 三人のデュランダルが奈落に接近した直後、レイザータクトと思われるフィクサードが竜一をブロックする。彼が効率動作の共有で自陣の守りを固めた時、四体の『ハッピードール』が左右に展開した。
 心を惑わす衝撃が、体を縛る不可視の鎖が、前衛たちに次々襲い掛かる。
 攻撃を掻い潜って前進した雷慈慟が、竜一をフォローするべくレイザータクトの抑えに回った。
 思考の奔流で奈落の庇い手を吹き飛ばそうにも、敵味方が入り乱れる状況では迂闊に実行できない。今は火力の要たる三人をサポートし、奈落を孤立させるための足掛かりを作るのが先だろう。
「ウム。ここなら全員に届くな」
 後列で待機していたフツが、満を持して印を結んだ。
 陰陽・極縛陣――この結界の中では、敵の反応は著しく鈍化する。
 視界の悪さで普段より精度が落ちているものの、メンバー中で最強の命中力を誇るフツにとっては、さほど妨げにはならなかった。
 タイミングを合わせて、リセリアが一息に距離を詰める。
 彼女は瞬く間に奈落たちに迫ると、フツがあえて極縛陣の対象から外したホーリーメイガスに向かって跳んだ。蒼みがかった銀のポニーテールが宙を舞い、僅かに反りのある“セインディール”の刀身が煌く。流星の如く飛来した彼女の奇襲を受けて、ホーリーメイガスは為す術もなく混乱に陥った。
 ヘブンズドールのブロックに動いた快が、邪気を滅する光を輝かせて仲間達の状態異常を払う。幸福感を伝染させるヘブンズドールの能力も、絶対者たる彼には通用しない。快が浄化の光を操る限り、リベリスタ達が封殺される危険はほぼ無いと考えて良いだろう。
「……止まれ」
 再び放たれた天乃の気糸がヘブンズドールの巨体を縛り、その身をきつく締め上げる。
 閃光弾で子供達の足止めを続ける陸駆が、伊達眼鏡のレンズ越しに奈落を睨んだ。
「子供に手をだしたければ、悪鬼のなり損ないの僕を倒せばいい」
「無駄なことを」
 少年の意図を察して、奈落が嗤う。努めて冷静に、リリは銃のトリガーを絞った。
「皆様に降りかかる脅威は、全て私が焼き払います」
 子供らと仲間を避けるようにして、無数の火矢が地に落ちる。
 フィクサードとドール達は勿論、戦場を飛び交う漆黒の蝶までもが、相次いで炎に包まれた。
 あの蝶の群れは、アザーバイド『禍ツ妃』。糾未のアーティファクト『憧憬瑕疵<こえなしローレライ>』そのもの。
 こちらに攻撃してくる気配はないとはいえ、“喰らう者”であるアザーバイドがどの局面で脅威となるか分からない。できれば、一息に殲滅してしまいたいところだが――炎に呑まれて消えたように見えても、漆黒の蝶が数を減じる気配は一向にない。
 この場に存在しないものを含めて群れ全体を『一体』とするなら、大元を叩かない限り滅ぼせないということか。
 それならそれで構わない。とりあえず禍ツ妃は捨て置き、敵の対処に集中するまで。
 任務の成功も、子供の救出も、全ては奈落を退けない限り果たせないのだから。
「悪いが、どいてもらおうか!」
 全闘気を両手の武器に集中させた竜一が、二刀を同時に繰り出す。
 白髪のクロスイージスが吹き飛ばされた瞬間、庇い手の居なくなった奈落に風斗が肉迫した。
「貴様らの思い通りになど、させるものかッ!」
 バスタードソードの刀身に刻まれた赤いラインが、主のオーラを受けて輝きを増す。
 決して折れぬ“デュランダル”の剣閃が奈落を捉え、その痩身をさらに子供の少ない後方へと押し出した。すかさず駆けた宗一が、奈落をブロックすると同時に赤き魔力剣を振り下ろす。
「――死んでもらうぜ」
 浴びせられた破滅の一撃を、大太刀で辛うじて受け流す奈落。至極冷静に、彼は眼前に立ち塞がる宗一を闘気の一閃で弾いた。神の加護で攻撃の一部を押し返されても、まったく意に介していない。
 後方から戦場を見渡すフツが、闇を払うべく光を呼び起こす。
 貴重な手番を消費することを嫌って初手での発動は避けたものの、ドール達が反応を鈍らせている今は、照明が不充分な状態で戦い続けるリスクの方が高い。
 どこか後光にも似た眩い輝きが、袈裟を纏ったフツの姿を浮かび上がらせる。
 時を同じくして、前線で全員の指揮を執っていた雷慈慟が奈落に接近した。前衛による包囲が完成するまで、奈落をここに釘付けにしておきたい。
「狙いはソレ(カオマニー)だ、破壊させて貰う!」
 上着の袖に隠された『カオマニー』を腕輪ごと撃つように見せかけ、オーラの糸を放つ。
 雷慈慟の“狙い通り”、反射的に腕を引いた奈落の胴を気糸が貫いた。


 極縛陣に捕われていた敵が、ここで一斉に動き出す。
 再び奈落の守りについた白髪のクロスイージスを援護するように、もう一人が神聖なる光で状態異常を払った。
 狂気じみたドール達の攻撃を潜り抜け、リセリアがホーリーメイガスを強襲する。蒼銀の軌跡を刻む華麗な剣技は、癒し手に本来の役目を果たすことを許さない。
 だが――クロスイージスを抑えない限り、奈落に攻撃が届かぬことも事実。出来れば自分もブロックに回りたいが、なかなかタイミングが合わず果たせないでいる。レイザータクトが前衛の足止めに徹しているのも微妙に鬱陶しい。
 幸いと言うべきか、奈落は己を庇う味方を巻き込んでまで範囲攻撃を用いるつもりは無いようだ。そのため、子供が纏めて葬られるのは避けられているが、遠距離まで届く疾風居合い斬りを使える以上、その気になればいつでも子供を殺せるだろう。
 危なっかしい足取りでふらふらと奈落に近寄ろうとする子供を閃光弾で制止しつつ、陸駆が口を開く。
「子供すべてを殺しても貴様の妻は帰ってこない。
 そんなことも解らぬとは全くもって気狂いにも程がある!」
 挑発的な言葉で奈落の注意を惹こうとする彼に続いて、快が声を重ねた。
「……子供を『悪鬼だ』と殺して回り、狂気に身を浸したつもりでいるんだろうな」
 浄化の光を操りながら、ヘブンズドールの巨体越しに奈落を見据える。
 ここまでの戦いぶりを眺めて、一つ判った。奈落は、真の狂人では有り得ない。
「気付いているのか?
 子供のノーフェイスが妻を殺したから、子供は全て悪鬼だとお前は言う。
 だが、それは普通の人が普通に抱く感情に根ざした、差別や偏見と何も変わらない」
「…………」
 沈黙する奈落。畳み掛けるべく、快は決定的な一言を叩き付ける。
「――お前のボスと同じだ。お前はただの、普通の悪人だよ」
 予想に反して、奈落は激昂しなかった。
 口を噤んだまま快を見詰める、どこまでも昏い瞳の奥には――哀しいまでの肯定の色。
 それは、暗視ゴーグルで狭められたリリの視界にもはっきりと映った。
 蒼き魔弾で天を射抜き、業火の矢を降らせながら思う。
 この男もまた、狂気を求めながら『黄泉ヶ辻になれなかった者』なのか。

 一進一退の攻防が続く。
 神の加護(ラグナロク)に回復の殆どを頼っているリベリスタとしては、奈落を攻めあぐねているこの状況は歓迎すべきものではなかった。
 フツの極縛陣でスピードを削がれているとはいえ、ドール達の火力も脅威の一言に尽きる。
 立て続けに攻撃に晒された天乃の華奢な体が、大きく揺らいだ。運命を代償に差し出し、遠のきかけた意識を引き戻す。
 元より困難な状況は望むところ。闘争の宴は、まだまだこれからが本番だ。
「倒れる、のは……勿体ない、ね」
 それに――子供のこともある。
 救いたいと足掻く者に、子供を手にかけさせるような真似をさせたくはない。
 仮に殺すべき状況になった時は、自分の手で。己こそが最も適任であると、天乃は考えていた。
「悪鬼は疾く滅ぶべし。歪みきった、この世界もだ」
 白髪の女クロスイージスともども包囲された奈落が、壁を崩すべく前衛に打ちかかる。
 アーティファクトにより強化された一撃は、まさに“生死を分かつ”程の威力を秘めていた。
 危うく胴を両断されかけた風斗が、運命を燃やして踏み止まる。
 半身を血の紅に染めて、少年はなおも叫んだ。
「己自身で悪鬼を生み出しておいて、世界を歪めておいて、何をぬかす! 
 お前は、第二第三の『お前』を生み出し続けているんだぞ!」
 真っ直ぐに繰り出された剣は白髪のクロスイージスに受け止められ、彼女を吹き飛ばすには至らない。流石に、手を読まれてきたか。
「全く、厄介だぜ。少しばかり、大人しくしててくれよ……!」
 フツが、封縛の呪印を幾重にも展開して守り手を完全に押さえ込む。
 相棒の援護を受けて、竜一が会心の笑みを浮かべた。
「フッさんありがとー!」
 軽い口調とは裏腹に研ぎ澄まされた剣閃が、白髪のクロスイージスを奈落から引き離す。
「悪いが、通すこと罷り成らんのだ……!」
 雷慈慟が彼女のブロックに走ると、リセリアがもう一人のクロスイージスを抑えに回った。そのまま地を蹴り、空中に身を躍らせる。紫色の双眸が捉えるは、奈落の姿。
「――誰もがかつては子供です。貴方も、貴方の家族とて」
 子供が例外なく悪鬼であり、そして死ぬべきと言うならば。
「全て、死んで当然の存在――奈落、それが貴方の行っている事」
 奈落が真に憎むのは、おそらく子供ではない。
 無垢な子供を悪鬼に変え、妻を惨殺せしめた、この世界そのもの。
 冴えた三日月の如き“セインディール”の刀身が、奈落の肩口を深く斬り裂いた。彼を守る筈のクロスイージスは、一人が呪縛に陥り、もう一人も足止めを食らっている。破邪の光で拘束は解けても、ブロックを振り切って奈落を庇うことは出来はしない。
 ようやく我を取り戻したホーリーメイガスが、聖なる神の息吹で自軍を癒す。ここで立て直されては、全てが水の泡だ。閃光弾を投げる手を止め、陸駆は奈落を睨む。
「――貴様の弱点を曝けだせ!」
 狙うは、アーティファクトを嵌めた腕。この場を阿鼻叫喚の地獄になど、決してさせはしない。
 絶対零度の殺意を秘めた視線が、奈落の左上腕を掠める。陸駆の技量をもってしても、精密な射撃に向かぬスキルで特定の部位に命中させるのは厳しい。
 雷慈慟の気糸が闇を奔り、ホーリーメイガスの急所を撃ち貫く。怒りで回復役を封じた後、彼は奈落に向かって声を上げた。
「良い大人が、気が付いているだろう。実行すればするほど心弱って往く事くらい!」
 奈落は口を固く結んだまま、なおも大太刀を握る。
 リベリスタ達の言葉を、彼は否定しようとしなかった。それでも、もはや引き返せないのか。
 雪崩の勢いで猛攻を加える風斗と竜一に続き、宗一が全身の闘気を爆発させる。
「捉えたぜ――ここで、終わりにしてやる!」
 この局面で、小細工は必要ない。いつも通り、真っ向から叩き潰すまで。

 ――Dead or Alive?

 噴き上がる鮮血。生死を問う渾身の一撃が、奈落の運命を削り取る。
 誰の目にも、彼が追い詰められているのは明らかだった。倒れるのを免れたとして、守り手と癒し手が動けぬ今、リベリスタの攻勢は到底防ぎきれまい。

 ここで奈落を討ち、『カオマニー』を奪ってドール達を使役できれば、子供達は助けられる。
 あと一歩のところまで来た――その筈だった。

 奈落が、太刀を鞘に納める。末期に子供を道連れにするつもりかと、何人かが思わず身構えた。
 だが、快が看破した通り、奈落はまったく理屈の通じぬ狂人ではなかった。
 子供に対する憎しみを、主の命に優先させる男ではなかった。
 上着の袖口から、宝石の嵌った腕輪が覗く。抜刀と同時に生じた真空の刃が、『断末魔の楔』ごと、『カオマニー』を両断した。
「そう来たか……!」
 奈落の意図を悟った雷慈慟が、喉の奥で唸る。
 幸福と狂気に染まった五体のドール達を鎖から解き放ち、暴れさせる――それこそが、リベリスタ達を退け、防衛ラインを死守するための最善手。
 統制を失ったドール達の絶叫が、不吉に響き渡った。


「――奈落様ッ!!」
 赤い瞳を見開いた白髪のクロスイージスが、声を限りに叫ぶ。ハッピードールの放った衝撃波が、彼女の全身を小刻みに揺らした。完全に箍が外れた今、ドール達に敵も味方も無い。
「退け、カヤ」
 仁王立ちで得物を構える奈落が、部下に撤退を促す。彼自身は、この場に残るつもりか。
 となれば、逃げるフィクサードに構っている暇はない。奈落を仕留め、速やかにドール達を殲滅する。任務を成功させ、一人でも子供を救うには、それしかなかった。
 神速の動きで、リセリアが奈落に肉迫する。
 過去に何があろうと、彼の行いは到底許されるものではない。ここで、決着をつける。
「――その報いは受けて頂きます」
 流れるように繰り出された連撃。音速を超えた刺突が、奈落の心臓を貫いた。

 撤退に転じるフィクサード達には目もくれず、リベリスタはドール達を抑えにかかる。
 子供達は、今もなおヘブンズドールの幻惑に囚われていた。焦点を結ばぬ瞳で虚空を見詰め、気の抜けた笑みを浮かべて戦場を彷徨い歩く彼らは、無差別攻撃の良い的だ。
「普通を否定し、狂気を貫くというなら……」
 ヘブンズドールの前に立ち塞がり、ばら撒かれる状態異常を片っ端から癒し続ける快が、腹の底から吼える。
「……まず、この俺を止めてみろ! 殺してみろ!」
 本来であれば、奈落に叩き付ける筈の言葉だった。声を嗄らしても、ドールに挑発など効かぬと分かっている。攻撃を自分だけに向けることは、到底叶わないだろう。
 それでも、叫ばずにはいられなかった。
 誰も奪わせない――我武者羅で不恰好な、彼の理想(ユメ)ゆえに。
 陸駆もまた、一人でも救おうと近くの子供を庇う。
 IQ53万を称する天才の頭脳は、最初から『子供は切り捨てるべき』という最適解を己に突きつけていた。だが、彼は自らの演算結果に背き、子供を助けることを選んだのだった。
(子供を守るのは、彼らより少しでも年長の僕の役目だ)
 この背に守るものが在る限り、強くなければいけない。最強武器“魔剣ハイドライドアームストロングスーパージェット”を掲げ、陸駆はただ、『守る』ためだけに戦い続ける。
 幸せそうな笑みを貼りつかせたヘブンズドールが、快を衝撃波で吹き飛ばした。
 フツが素早く呪印を結び、ヘブンズドールを縛り上げる。しかし、一度に止められるのは一体のみ。四体のハッピードールは、依然として暴れ回っている。
「……こいつはヤバイぜ」
 極縛陣のみでは、攻撃を阻止することは出来ない。フツが僅かに焦りを滲ませた時、竜一がヘブンズドールに駆けた。
「出来うる限りはやってやるさ……!」
 気味が悪い幸福感で動きが鈍ろうとも、一向に構うものか。
 己の身を盾に射線を遮り、強烈な一撃を叩き込む。直後、風斗が続いた。
「死なせない。……絶対に助けるんだ!」
 継ぎ目のない白銀の刀身に走る赤は、誓いの証。何ものも失わせないための『力』。
 爆裂するオーラがヘブンズドールの肉を抉り、骨を砕く。
 戦闘理論を駆使して指揮を執り続ける雷慈慟が、仲間達と意識をリンクさせた。
「燃費の心配は無用だ。遠慮なく技術を行使してくれ――!」
 増幅したエネルギーが全員に流れ込み、戦いで失われた気力を取り戻す。
「有難うございます」
 手短に礼を述べたリリが、再び「十戒」と「Dies irae」のトリガーを絞った。己が全身全霊を傾け、絶え間なくインドラの炎を降り注がせる。
(何かを守れるのなら、私は都合の良い道具で構いません――)
 かつて籍を置いていた教会での教えが、そうさせるのではない。大切な人との出会いを経て、自らの意志でこの道を歩もうと決めたのだ。
 白いリボンを結んだツインテールを風に靡かせ、天乃がヘブンズドールの死角に回り込む。鮮やかに間合いを詰めた彼女は、死の印を刻んでノーフェイスの生命力を喰らった。
 そこに踏み込んだ宗一が、驚異的なスピードをもって幾つもの幻影を展開する。
 狙いは眼前のヘブンズドールと、近くに立つハッピードール二体。リアリストたる宗一は『敵に利用されるくらいなら率先して子供を殺すべき』と主張していた一人だったが、フィクサードが去った今、ここで殺戮に及ぶ必要は無い。
「……邪魔だ! どけ!」
 矢継ぎ早に浴びせられた神速の斬撃が、ドール達を切り刻む。
 落とし穴は、その先に待ち受けていた。

 ――ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……ッ!!

 ハッピードールが、狂った雄叫びを上げる。
 いかに混乱に陥れようと、もともと見境のない相手には効果が薄い。目に入るもの全てを滅ぼさんと、彼らは手当たり次第に攻撃を仕掛けてくる。
「くっ……!」
 咄嗟に剣を引いた宗一が守りを固めようとした、その時。
 不可視の衝撃が、彼の全身を貫いた。


 一瞬、リベリスタ達の全員が目を奪われた。
 糸が切れた人形の如く、宗一の体がゆっくりと地に崩れ落ちていく。
 運命の加護すらも、彼を引き止めることは叶わない。
 激戦を潜り抜けてきた青年の命運(フェイト)がとうとう尽きたことを、誰かが悟った。

 宗一の視界が、意識が、闇に閉ざされていく。
 少し前に、幻を見せるという湖で自らの死を“視た”ことがあった。
 戦い続ける限り、いつかは避けられないのだと――そう思っていた彼を変えたのは、あの時、手を繋いでいた少女だった。
 彼女はもう、この世に居ない。
 激化する『楽団』との戦いの中、自らの信念に殉じて若い命を散らせたのだ。
 しかし、宗一は安易に死を望んだりはしなかった。
 この過酷な任務においても、必ず生き延びるつもりでいた。
 彼は慎重であり、決して油断はなかった。
 ただ――戦場という闇が全てを呑み込み、彼の運命を喰らい尽くしたというだけのこと。

 もはや何も映さぬ筈の視界に、桜の花弁にも似た光が見えた。
 宗一の唇が、微かに動く。最期の囁きは風に紛れ、生者の耳に届くことはなかった。


 戦いは、まだ続いていた。
 仲間の死を目の当たりにしても、追憶に浸っている暇は無い。
 今は、ドール達の殲滅と子供らの救出に全力を尽くさねばならなかった。
 足を止めてしまえば、守るべき命はあっという間に零れてしまう。だから、快は敢然と立ち向かい、“守護神の左腕”で敵を防ぎ続ける。
 アークの守護神と謳われる彼だが、自らそれを名乗ることは殆ど無い。己には分不相応な二つ名だという思いが、常にあるからだ。
 仲間すら守れずに何が守護神か――そう叫び出したい気持ちを堪え、快は戦う。
 もっと広く、広く。この手を伸ばし、守るために。

 ドール達の攻撃を掻い潜り、リセリアが“セインディール”の優美な剣身を閃かせる。音速の刃がヘブンズドールの巨体を捉えた直後、『雷をも切る』竜一の斬撃が深々と傷を抉った。
 先からの無差別攻撃により、子供達の数は大分減っている。それでも、彼は決して諦めない。不真面目を装う表情の裡に、思いのたけを込めて叫ぶ。

 俺に、子供を救わせろ――!

 子供を背に庇い続ける陸駆もまた、希望を捨ててはいなかった。
 苛烈な攻撃に身を晒し、運命の恩寵で自らを支えてまで、なお傷ついた体を子供の盾とする。
 任務は、あくまでも敵の撃退と防衛ラインの破壊だ。
 成否に関わらぬどころか、ある意味で障害にもなり得る子供を守ることに拘るのは、あるいはリベリスタとして間違っているのかもしれない。
「だが……天才・神葬陸駆としては間違ってなんかいない!」
 自分より年少の子供を死出の旅に向かわせることなど、決してさせるものか――!

 しかし。現実はどこまでも非情だった。
 ヘブンズドールにより幻惑された子供は恐怖を知らない。危険を避けようとする本能がない。
 いかに竜一が射線を遮り、いかに陸駆が庇おうとも。
 自分から守り手のもとを離れ、ふらふらと彷徨い歩く子供を、誰が守れるだろう?

 最後に残った子供が、とうとう倒れる。
 子供が戦場に散らばっていなければ。閃光弾で動きを止めた子供を、敵のクロスイージスが解き放っていなければ。この時点でヘブンズドールを撃破していれば。あるいは、一人は助けられたかもしれないのに。

 でも、それはもはや語っても意味のない“IF”の話――。

「う……あああああああああああああッ!!」
 天を衝く、風斗の咆哮。血が沸騰する程の怒りが、少年の全身に満ちる。
 ありったけの闘気を爆発させ、“生死を分かつ一撃”をヘブンズドールに叩き込む風斗の傍らで、天乃が軽やかに死の印を刻んだ。
 闘いに没入しながら、ふと思う。
 殺したくない者が殺さすに済んだ。それは果たして、不幸中の幸いと言えるのだろうか――と。

 ヘブンズドールが封縛の呪印を破り、意識すらも凍らせる衝撃波を放つ。
 直撃を受けたリリは、己に宿る運命を燃やしてそれに耐えた。
「生まれし時からこの身は主の武器、神の魔弾。
 尊き教えと罪無き人の子の為、私は在ります――」
 凛と声を響かせ、祈りと裁きの二丁拳銃を再び構える。
 二発の蒼き魔弾が空に吸い込まれた直後、紅蓮の炎が地上に落ちた。
「――リリ! 大丈夫か!?」
 リリのフォローに動いたフツが、ヘブンズドールを呪縛する。三高平で最も徳の高い男と言われる彼は、何よりも仲間達の命を優先していた。一人を欠いた今も、そのスタンスは変わらない。
 無論、任務は何としても成功させる。叶うならば、子供だって救いたかった。信仰はなくても、衆生の救いを願うフツが――切り捨てることに対して何も思わぬ筈がない。
 熾烈を極める戦いの中、ハッピードールの猛攻で陸駆が倒れ、竜一とリセリアが運命を削る。
「ここが正念場だ、気合入れて行こうぜ!」
 この逆境にあってもなお力強いフツの声が、仲間達の背を支えた。
 崩れかけた体勢を立て直し、リセリアがヘブンズドールに音速の連撃を浴びせる。すかさず踏み込んだ天乃が、オーラの爆弾をその傷口に埋めた。
「……爆ぜろ」
 地を揺るがす衝撃。そこに勝機を見た竜一が、全闘気を解き放った。
 傷の痛みも、頭の奥に燻る痺れも、今は忘れる。忘れてみせる――!
 二刀を閃かせ、破滅のエネルギーをただ一点へと集中させる。
 裂帛の気合とともに炸裂した“生死を分かつ一撃”が、ヘブンズドールの歪んだ幸福に終わりを告げた。

 ヘブンズドールの撃破を受けて、快が再びラグナロクを発動させる。
 残る敵は、ハッピードールが四体。既に癒し手は戦場を去り、ドール達はリリの全体攻撃でダメージを蓄積させつつある。決して倒しきれない数ではない。
 しかし、それはリベリスタも同じこと。神の加護で齎される自己治癒力も、長引く戦いにおいて全ての傷をフォローするのは不可能だった。
 ハッピードールの攻撃の前に、天乃が、リセリアが、相次いで力尽きる。
 脳を揺さぶる衝撃に膝を折った雷慈慟が、己に宿る運命を代償に立ち上がった。片手を翳し、合わせて22枚の金属板で構成された防御システムを再起動する。
 現状で、リベリスタ側の損害は死者一名、戦闘不能者三名。
 あと一名――メンバーの半数が倒れた時点で、撤退の決断を下さねばならない。仲間をこれ以上失わぬためにも、そこは動かすわけにはいかなかった。
「……だが」
 彼の頭脳が弾き出す戦闘論理は、なお勝利の可能性が残されていることを告げている。
 ――諦めるには、まだ早い。
 黒一色の魔道書(ネームレス・カルト)を手に、雷慈慟は仲間に力を分け与える。フツが極縛陣を展開してハッピードールの反応速度を封じた直後、快が攻勢に転じた。
 蛇の印を刻まれたナイフの刀身が、眩いばかりの輝きに包まれる。淀みなく振るわれた破邪の刃は、敵を過たずに両断した。
「倒れて、なるものか……ッ!!」
 ほぼ気力のみで立ち続ける風斗が、“デュランダル”を握る両手に力を込める。
 大量の出血により、顔色は既に蒼白に近い。それでも、彼のオーラは限りなく赤く、鮮烈に輝いていた。
 何千回、何万回と重ねてきた鍛錬の通りに――渾身の一撃が振り下ろされる。
 断ち割られたハッピードールが崩れ落ちた瞬間、リリの放った魔弾が天を蒼く染めた。
「――Amen」
 祈りの声とともに降り注ぐ、審判の矢。
 後にはただ、劫火に焼き尽くされたドール達の死体が残されていた。


 多くの犠牲を払った戦いは、ようやく終わった。
 快は倒れた仲間のもとに駆け寄り、彼らの傷を診る。
 陸駆とリセリア、天乃の三人は、深手を負ってはいるものの命に別状は無い。
 しかし、宗一は――
「……っ」
 思わず顔を伏せ、快は歯を食いしばる。
 任務は果たした筈なのに、達成感は無かった。
「くそっ……くそ……っ、何で、また……ッ!!」
 その場に膝を突いた風斗が、固めた拳を地に叩きつける。
 眼前には、まさに地獄のような光景が広がっていた。

 あどけない笑みを浮かべたまま胴体に別れを告げた、子供の頭部。
 首から上を永遠に失った、幼い身体。
 あるいは――傷一つない姿で、それでも二度と動くことのない、魂の抜け殻。

 救えなかった。ただの一人も、子供を救えなかった。
 ひたすら地面を殴り続ける風斗の胸倉を、竜一が掴む。
「ツライのが、お前だけだと思うなよ……楠神風斗ォ!!」
 風斗の動きが、途端に止まる。
 救えなかったことを悔やむのは、痛みに身を裂かれそうなのは、自分だけではないのだ。
「南無阿弥陀仏――」
 フツが念仏を唱える中、リリが子供たちの亡骸を見詰める。
 少し状況が違えば、彼らに手を下していたのは自分だったかもしれない。
 教えの為なら、より多くを守る為なら。決して、それを躊躇いはしなかっただろう。
(……そんな私は、何処か狂っているのでしょうか)
 瞼を閉じ、死者に祈りを捧げる。

 ――Kyrie eleison(主よ、憐れみたまえ).

 ただ一人沈黙を守っていた雷慈慟が、奈落の亡骸へと歩み寄った。
 愛する者を奪われた悲しみで目を曇らせ、全ての憎しみを罪無き幼子に転嫁した男。
 彼を晦冥の道に誘ったのは狂気などではなく、自身の心に抱えた弱さだったのだろう。
「責めるなら、無関係の他者ではなく。
 自分そのモノを責め、そして生きるべきだった――」

 どこまでも苦い呟きは、限りなく深い闇に吸い込まれていく。
 夜明けはまだ、遠かった。


■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
数史「……そう、か。……お疲れ様……どうか、今はゆっくり休んでくれ……」

 奈落とドール達を撃破し、残るフィクサードを撤退に追い込んだため『成功』となっていますが、代償は非常に大きいものになりました。

 任務の成功と子供の救出を両立する場合、『奈落の撃破』『カオマニーの奪取、あるいはヘブンズドールの撃破』の二点は必須になりますので、方針としては正解だったと思います。
 ただ、全体として詰めの甘い点が多く、奈落の撃破までに余分な時間がかかってしまったため、最終的には子供の全滅とリベリスタ側の被害増大に繋がりました。
 (一つだけ挙げると、視界の対策は全員が徹底するべきです。個人が携行できる照明には限界がありますし、非戦スキルは使い手が倒れてしまえば意味をなしません。誰かが持っていれば良い、ということではないのです)

 最後に。
 生きたいという意志は、プレイングからはっきりと読み取れました。
 ですが、シナリオの難易度と戦況、フェイトの残量などを総合的に判定し、この結果に至っています。今回はそういう戦場だったということです。
 私が申し上げるべきではないのでしょうが、その旅路が心安らかなるものであることを願います。 
 当シナリオにご参加いただき、ありがとうございました。