● ――ねえ、あなたの好きな子供と一緒に遊ぶ、お仕事をお願いしていい? あの時。主と呼ぶべき少女は、そう言って花綻ぶように笑った。 兄に焦がれるあまり、自らの『普通』を厭う少女。 瞳の色を除けば、その姿は妻の若かった頃に少し似ていたかもしれない。 在りし日、子が欲しいと言った妻の顔が浮かぶ。 それも良いと、あの頃は思っていた。 刀を振るい続ける限りこの幸福を守れるのだと、愚かにも信じていた。 嗚呼。世界は斯くも、純粋なものから歪め、奪っていくのか。 ● 「主流七派『黄泉ヶ辻』首領の妹、『黄泉ヶ辻糾未』が動いた。 急ぎの任務になる。ブリーフィングを終えたら、すぐに出発してくれ――」 挨拶もそこそこに話を切り出した『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)の顔色は、既に蒼白に近かった。 「……初めに言っておく。今回、どうあっても犠牲は免れない。 残酷な選択を迫られる可能性すらある。辛いと思ったら、席を立ってくれていい。 その場合、予備人員はこっちで確保する」 押し殺した表情で資料を配った後、黒髪黒翼のフォーチュナは本題に入る。 「黄泉ヶ辻糾未とその一派が、『遊び』と称して一般人をいたぶったり、 儀式でノーフェイスを生み出していたのは知っているだろうか」 それは、どこまでも『普通』に生まれてしまった妹が、兄の狂気に届くための一歩。 「連中は今回、大規模な儀式でノーフェイスを多数生み出し、 そいつらを殺すことで糾未のアーティファクト『憧憬瑕疵<こえなしローレライ>』を目覚めさせようとしている。――月隠と月鍵の二人が、それを突き止めてくれた」 僅かに視線を落とし、無茶しやがって――と苦い口調で呟く数史。 先程、廊下ですれ違った彼女らが首に白い包帯を巻き、頬にガーゼを当てていたことの意味を、リベリスタ達はこの時知った。 「黄泉ヶ辻糾未については月隠が、儀式の中核を担う『仇野縁破』については月鍵が対応中だ。 加えて、儀式地点に一般人を送り込んでいる黄泉ヶ辻フィクサードが二組いるが、そこは名古屋さんと望月が動いてくれている。 皆には、儀式エリアの最外周――防衛ラインの破壊を頼みたい」 現場は廃校のグラウンド。ここを制圧できれば、儀式そのものが脆弱化する。 任務の成否が他四つの戦場全てに影響する、非常に重要なポイントだ。 広さや足場の点で問題はないが、非常に暗いことと、『憧憬瑕疵<こえなしローレライ>』が招いたアザーバイド『禍ツ妃』が周囲を漂っていることは頭に入れておくべきだろう。 「防衛ラインに配置された敵は、ノーフェイスが五体にフィクサードが五名。 ノーフェイスは先の事件で確認された『ハッピードール』の他、そいつをさらに強化した『ヘブンズドール』が一体加わっている」 普通に正面から戦っても厄介な相手には違いないが、今回はそれだけに留まらない。 硬い表情と声で、数史は説明を続ける。 「指揮を執っているのは、『奈落(ならく)』という名の男だ。 以前にもアークと戦っているが、こいつは十歳未満の子供に対し病的な憎しみを抱いている。 今回も……罪の無い子供をターゲットにしてきた」 奈落は現場に二十人くらいの子供を集め、彼らを殺害しているのだという。 「勿論、憎いからという理由もあるだろうが…… 奈落はドール達を使役する『カオマニー』の他に、 殺した人間の数だけ能力を高める『断末魔の楔』というアーティファクトを所持している。 そいつで自分を強化して、アークを迎え撃つ狙いだろうな」 ドール達が強力なノーフェイスなのは周知の事実だが、奈落もまた腕利きのデュランダルだ。 その彼がアーティファクトでさらに力を増しているとなれば、状況はいっそう厳しくなる。 「皆が辿り着く頃には、既に何人かが奈落の手にかかっている筈だ。 それでも庇いきれる数じゃないし、現状、これ以上の戦力を割く余力はアークには無い――」 子供たちは皆、『ヘブンズドール』の能力で心を奪われており、自力で逃げることは不可能だ。 仮に子供を逃がすために誰かが戦場を離脱するとなると、その時点で戦いの上では大きなハンデを背負うことになる。 一方で、子供を見殺しにすれば、奈落はさらに力を高めてしまう。 アーティファクトを破壊しようにも、敵もそれを警戒して対策を打っているだろう。 奈落本人を倒さない限りは、まず不可能と考えた方が良い。 いずれにしても不利になるのでは、手の打ちようがないではないか。 そう言ったリベリスタに、数史は暗い瞳を向ける。 「――抜け道は、あるんだ」 答える彼の面からは、あらゆる表情が失われていた。 「奈落が力を高められるのは、『自分の手で殺した場合』に限られる。 その前に『別の誰か』が子供たちを手にかけたとしたら。『断末魔の楔』は、それを力に変えることができない……」 俯いた数史の喉から、すまない――という声が漏れる。 全ての戦場に影響を及ぼすこの任務に、失敗は許されない。 最短で成功に近付くための方法があるなら、告げない訳にはいかなかったのだろう。 それが、小を殺して大を生かす、残酷極まりない選択であったのだとしても。 「そこを差し引いても、危険度の高い任務だ。最悪、命を落とすかもしれない。 ……断ってくれてもいい。それでも、誰かが行かなければならないんだ。誰かは……」 震える手でファイルを握り締めながら、数史はもう一度、すまない――と告げた。 ● ――闇の中に、悪鬼たちの貌があった。 この世の穢れを知らぬ、いとけない面差し。 しかし、裡に育まれた歪みは、いずれその身に取って変わることだろう。 地を蹴り、悪鬼たちに肉迫する。 振るった愛刀が烈風と化し、それらを瞬く間に呑み込んだ。 ころん、ころんと、軽い音が耳に届く。 首を失った悪鬼の屍がどさりと崩れ落ちたのは、その少し後。 漆黒の蝶が、ふわりと宙を舞った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月24日(日)23:55 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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