● 相互理解とは良くできた言葉ではないか。互いに分かり合うだなんて至難中の至難だ。人は其々違うからこそ『個』としての存在を保てると言うのに、其れ全てを理解する等笑わせる。 「だから、言うやろ。分かり合えへんのは美徳やで?」 口癖のように『樂落奏者』仇野・縁破は繰り返す。分かり合えないのが美徳――その言葉はある意味では逃避行動の様にも思えた。未だ幼さの残る少女のかんばせに浮かべたのは、嘲笑ともとれる美しい笑みであった。彼女の掌には未だ己の『主人』である筈の少女の目を抉った感覚が残っているように思えた。震える指先を一度強く強く握りしめる。火傷で爛れた利き腕(みぎうで)に残る疼きに少女は恍惚の笑みを浮かべるのみ。 「お兄さんのゲイム? 狂気の道? ――嗚呼、そんなもの、あたしらは『知らぬ顔』しておけばいいのに。 不憫な不憫な糾未ちゃん。どこぞの『偉い人』のアーティファクトがその目で疼くんやろ? クスクス――お兄ちゃんが怪我しちゃうほど『強い』アークに『糾未』は勝てるんかなぁ?」 涙の様に血を流し、笑みを漏らしてはこれで『兄』になれると笑った『黄泉ヶ辻糾未』という女の顔を想い浮かべる。未だに兄に至らぬ実力で、兄を出し抜いた彼等に勝ると豊かな胸を抑えて苦しむあの様が、膚に張り付く黒い髪が、悦の籠ったその笑顔が、嬌声にも似た羨望の籠った声が。此れから先の『晦冥の道』――暗く、閉ざされて行く道を望む様にとれたのだ。 縁破にとって、糾未と言う女は『主』であると共に『親愛なる友人』であった。与えられた玩具――ヘテロクロミアという名前の『玩具』――は彼女の手を取った『憧憬瑕疵』と合わさって最悪の狂気を齎すのだろう。 光り輝く儀式陣の中、縁破は笑みを崩すことなく、自身の周辺で此方を見据えるハッピードールへと目を遣った。――止められるならよかったのか。 自分たちは変われない。逆凪にも、六道にも、恐山にも、剣林にも、裏野部にも、三尋木にも何にもなれない『黄泉ヶ辻』であったのだから。だからこそ、狂う道を選び取るしかなかったのだろうか。 震える指先は儀式を進める事を想ってペンダントに改良したヘテロクロミアを首に掛け、クローを装備した爪先を見つめた。 「さぁさ、皆様、お待ちかねの舞台の幕は上がります! ご案内はワタクシ、『樂落奏者』仇野縁破。チョーお気軽にヨリハちゃんとお呼び下さい! 本日の演目は『“声ヲ失クシタ歌姫”』でございます! ……さあ、ショータイムや」 あたしを楽しませて、とは紡がない。黄泉ヶ辻糾未にとって仇野縁破の行いは『必要不可欠』であると言いきれた。楽しむだけで終わる訳には行かない、浮かぶ笑顔は狂気に怯えるかの如く無様であった。 ――仕方ないんよ。これが、彼女の『不可欠条件』なんやから―― ● 「至急向かって欲しい場所があるわ。少し難しいお願いに為るのだけど、よろしいかしら」 ブリーフィングルームに集まったリベリスタ相手に何処か不機嫌そうな『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)が紡ぐ。焦りを浮かべた鮮やかな桃色の瞳は不安がる様にリベリスタを見回している。 「皆も聞き及んでいるとは思うのだけど千葉で交戦した黄泉ヶ辻首領、黄泉ヶ辻京介には妹がいるわ。妹君――黄泉ヶ辻糾未に動きがみられたの。それも、今までの彼女は『遊び』であったけれど本格的に」 遊びであった。それは黄泉ヶ辻糾未と言う女が『兄のゲイム』をなぞる様に真似をし続けていた準備段階の事を指しているのだろう。本格的に動くと言うのは彼女自身の準備が整ったと言う事だ。兄に『普通』だと称される『可愛い妹』の晴れの舞台の準備が。 「黄泉ヶ辻一派の動きが観測されてるわ。儀式が行われている様子と言う事しか分からなかったの。八雲さん、亡き月の王――望月ちゃんやメルちゃんが対応してくれてたのだけど、肝心な所が見えなかったの。 儀式が起こるなら儀式の『首謀者』が居る筈。詳しく見れなかったのは逆貫さんが一度予知していた『バグズ・フレア』――予知を阻害するウィルス効果と似た物が観測されたからね」 というわけで、と息を吸い込んだ予見者が胸を張る。中々にお馬鹿である彼女の頬にはガーゼ等が貼られている。どうせアーク本部で転んだものだろうと誰も突っ込まなかったのだが。 「敵地で確認してまいりました。お姉さまとね! ギリギリ範囲で視てきたの。準備を行っていたのは仇野・縁破。黄泉ヶ辻・糾未の『親愛なる友人』よ。それから、お姉さまが行った確認で分かった事があるから其れも教えておくわね。 一つ、ジャミング効果を持っていたのは黄泉ヶ辻糾未――お姉さまが確認した儀式の首謀者よ――が所有するアーティファクトが招いたアザーバイド。 二つ、アーティファクトは『喰らうモノ』である事だけが分かっている。其れを縁破も知っている様だわ」 詳細は分からなかったけれど、と付け加えて資料をめくる。判っている事は『喰らうモノ』にはW・Pと刻まれている事、其れが彼女の瞳に宛がわれている事だ。無論、その効果を知らぬリベリスタはいないだろう。不幸を与えると言われるペリーシュ作品は糾未にも『不吉』を与える。兄が『奇蹟的』に同期した狂気劇場は兎も角とし、黄泉ヶ辻糾未が『憧憬瑕疵』を従え続けるとは限らないのだから。 「喰らうモノの使い方はもう判ってしまってるらしいのよ。その目覚めはもう近い。目覚めさせるための儀式を行っていると私達は考えたの。――だから、その儀式の阻止を行って欲しいの。皆には仇野縁破の対応を行って欲しい」 予見者は資料を捲くりながらその幼く見えるかんばせに似合わない表情を浮かべて息を吐く。 「儀式はもう始まってる。勿論、防衛ラインは設置してるわ、其処は数史さんが対応してくれてるの。 縁破に関しての情報よ。彼女はアーティファクトを所有してる。紅色の『ヘテロクロミア』よ。此れは対になる『蒼』が存在してる。二つで一つのアーティファクトらしいわ。蒼の所有者は糾未よ」 縁破の鮮やかな青い瞳を浮かべてか、彼女達、互いの目の色を持っているのね、と戯言の様に漏らして。 「儀式のメインとして縁破は立ち回っているわ。ノーフェイス『ハッピードール』と『ヘテロクロミア』を両方揃えれば儀式が完了するのね。 儀式の内容は――そうね、此れを言わなきゃ始まらないわね。『一般人をノーフェイスにする』事よ」 その威力は強大なのだ。今まで行ってきた遊びには『儀式を行う』場所の下見を兼ねていたのだ居る。共鳴するアーティファクトはより強力な効果を齎しているのだ。 「『紅』は一般人に強制的な革醒を促すわ。『蒼』は其れを招き寄せる。縁破が行うのは儀式陣の中央部でのノーフェイスの生成。勿論、二つでセットのアーティファクトは片方を壊した所でもう片方にその効果を与えるわ。少し、弱くなるけれどね」 縁破の『ヘテロクロミア』を壊さない限り儀式は止まらない。糾未の『ヘテロクロミア』が壊れるのみならば縁破の持つ紅色に『招き寄せる効果』を与えるのみなのだ。 「――儀式陣には一般人が存在している。戦闘の邪魔にはなると思う。けれどその数は増え続けて行く一方なのよ。逃がしている暇なんて無いと思う。 私達ができる事は直ぐにでも彼女たちの所有する『ヘテロクロミア』を破壊して仇野縁破の撤退を促す事」 危険な任務に為る事は身を持って知ったと世恋は続ける。不安を湛える桃色の瞳は一度伏せられてから、強い意志を込めてリベリスタを見つめた。 「大を救うために小を殺す。それが正しい事であるか、私にはわからないのだけれど……。 けれど、今為すべきが何なのか――それを、ゆめゆめお忘れなきよう」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月30日(土)23:34 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●『樂落奏者』は夜に嗤う 一に幸せ、二に不幸、三四を飛ばして、五には狂気のみ。世界は相変わらず単純だ。幸せか不幸か、正義か悪か。無か有かしかないならば個に与えられる選択肢は相変わらず二個だけだったのか。 嫌気がさす世界に樂落奏者は呆れを浮かべるだけであった。黄泉ヶ辻の玩具――ヘテロクロミアは相変わらず鮮やかな赤色をしているというのに。 如何してだろうか『彼女の瞳』は濁った色をしているように思えた。 泣いているのだろうか。名を、呼んでくれているのだろうか。 狂いたいと、いたいと泣いた彼女に憧れた事だってあった。 彼女が其の侭の『彼女』であればいいと思った。 少女の一過性な愛情は、少女の一過性の劣情は瞬間に訪れて、瞬間に去る熱の様だった。 「分かり合えへんのは美徳やね」 言葉を零して色付く唇で三日月を描く。『樂落奏者』仇野・縁破にとっての主は、『血濡れの薊』は彼女にとっての主であって尤も大切な友人であったのだ。 ――望むなら、君が為ならなんだって―― 嗚呼、そんなものは綺麗事だと嗤った顔を篁 理得は大きな桃色の瞳を歪めて見つめるだけだった。 「うそつき」 傷つける事を恐れて、望む事を叶えてあげる。子供らしい短絡的な愛情行為。 友情なんて生易しいものは無くて、依存なんていう透明な鎖も無くて、只、其処にあったのは羨望と失望と一寸した愛情だけだった。 ●演目紹介 錆び付いた白が『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)の腕で揺れた。古びた修道服の裾が地面に擦れた。ヒールのある踵が土を蹴るたびに杏樹は眉を寄せる。 シスターは今日は祈らない。シスターは神を信じ祈り続ける。それと同時に神の理不尽さには怒りを隠せないで居た。シスター服が揺れる。橙の瞳に灯すのは強い決意だ。 「今日は、祈らない。懺悔も必要ない」 神よ。神よ。敬虔な使徒である私は今日はいません。神よ。神よ。今日の私は不敬の徒。 魔銃バーニーの引き金に添えた指先が小さく震えた。大人しく、優しく、ただ祈るだけでは飽き足らない。杏樹はその性質上、拳を収めては居られない。橙が見据える洋館は何処か古ぼけた雰囲気を纏っていた。 山梨県甲斐市。黄泉ヶ辻のフィクサード達が『血濡れの薊』黄泉ヶ辻糾未に従い何かを探す様に行動を行った場所である。その当時、敵であった『ケチャップマスター』というバンド名の彼等は見事リベリスタ達に撃退されては居たのだが―― 「あの場所が一番親和性があった、というわけですか」 靡く銀糸。山口県甲斐市に訪れるのは二回目になる『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)はConvictioを手に彼等の事を想いだす。 『黄泉殺し』等と呼ばれる事もある騎士は己の信念を貫くのみ。彼女の信念を現す様に鈍く光る騎士槍は唯貫く事を求めて居た。 己は何のためにあるか。彼女の運命は世界の為に。世界に愛されたその命を世界が為に駆使する。彼女にとっての『正義』とは世界その物なのだ。しん、と静まり返り冷たい空気を纏ったその場所はノエルの世界を脅かすものばかりだ。怒りを覚える事は無い。己が絶対的な存在であると同時に、己は敵を穿つ事のみを考え続ける。ソレは憎しみや怒りでは無い、ただ世界への言わば愛情に近い依存であろうか。 「参りましょうか。狂気に塗れた世界――……どの様なものであれどわたくしが貫く事に違いはありません」 「ヒューッ! イカスね! ファイニングちゃん。オレもキメちゃう?」 テンションは急上昇。不安ばかりを齎すこの場で明るく笑った『SHOGO』靖邦・Z・翔護(BNE003820)は茶色い瞳で洋館を見つめている。首から下げたシルバーアクセサリーが揺れる。グローブに包まれた掌を一度確かめる様に見つめてから、仲間を振り仰ぐ。 「オッケー、別に文句ないよ。オレもキャッシュ貰ってパニッシュしてるクチだからね」 指抜きグローブ、ファイブスターに包まれた掌を動かして、常の通りのポージングを作り出す。聊か緊張感が解けた様にも思える。彼の隣、その動作を見つめていた『大雪崩霧姫』鈴宮・慧架(BNE000666)は色違いの瞳を細めて優しく笑う。 「心して往きましょうか。作戦通り、九十九さんかハッピードールを攻撃しようかと」 「まさか味方に打たれるとは……! これも怪人たる者の宿命ですか」 慧架の言葉の後、漫才の動作の様に倒れた仕草をする『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)とて軽口で終わる訳ではない。手にしている魔力銃の状況、魔力盾を確かめて、洋館に向けてゆっくりと歩を進めていた。 「黄泉ヶ辻糾未ですか。兄に憧れる妹ってだけなら微笑ましい光景ですな」 「ブラコンってやつ? ンでもフツーだと思うよな、そーゆうのってイイ感じ」 九十九の言葉に頷いて見せる翔護。彼の言う通りブラザーコンプレックスの気のある女ではあるのだろうが、黄泉ヶ辻糾未と言う女はソレだけでは終わらない。ソレは彼女の生家にも問題があったのだろう。 「二人が――兄の京介と妹の糾未が――黄泉ヶ辻でなければ微笑ましい光景で済ませたんですが」 人生とはままならない。兄の名を聞いてリベリスタ達の表情も曇る。つい最近の事だ。千葉県千葉市を舞台にその兄とリベリスタが交戦したのは。その兄との交戦から間もなく行われる妹の儀式。 兄の狂気に憧れる妹。ソレはブラコンという簡易的な言葉では言い表せない一種の依存であろう。全く以って度し難い。彼女らの生家が普通の家庭で有れば――尤も云えば『きっかけ』が無ければ糾未は憧れる事が無かっただろう。 あの狂気に愛され、狂気を手に、狂気をモノにする男には。 「でも、可愛いと思うよ。アザミちゃんもヨリハちゃんも。普通とか黄泉ヶ辻だとかに拘っててさぁ」 くす、と浮かべた笑み。透ける陶器の様な白い肌をした『断罪狂』宵咲 灯璃(BNE004317)は楽しげに笑みを漏らす。 そう、可愛らしいものだ。自分を何かで定義しなければ怖がる弱者は何時だって可愛らしい。彼女が『そうであった』様に人生は何が起こるか解らないものではあるのだが、少なくとも黄泉ヶ辻糾未も灯璃も『スイッチ』が押された状況なのだ。決してOFFに切り替えが出来ないスイッチは壊れた。狂気を灯した鮮やかな炎の瞳は薄らと青い光を放った洋館の内部を見つめて笑った。 「さぁ、眩む程の闇の中で光(あかり)だけを求めて?」 しゃら、と鎖が揺れる。胸を焦がす様な記憶が心を燻らす。彼女の横顔を見つめ、『足らずの』晦 烏(BNE002858)はこの場の人間の事を全て理解できるのだろうか、と独りごちる。 『分かり合えへんのは美徳やで?』 樂落奏者は口癖のように言うのだと言う。他人は個である。個が個であるからこそ存在を保ち続けられる。別の個を他人が理解出来る等、出来るわけが無いのだから。だからこそ烏は人間観察に赴いたのだろう。 「やれやれ、分かり合えないからこそが人間だな」 だからこそ『人間』は面白い。様々な調査を行いながらも人間の観察を趣味としてきた。空く事のない大いなる無駄な暇潰しであれど彼にとっての樂落奏者は観察材料に持ってこいだ。 「不思議な事を云う人も多いのだわ。普通や狂気。そんな物カードを切れば簡単に変わってしまう」 故に己が何であるか『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)は唱え続ける。己の身に宿ったのは異能ではなく技能だ。超常現象はこの世になく、神秘など存在しない。 「人は変わってしまう。だからこそ私は唱え続けるのだわ」 「ええ、けれど変わらない事もありますわ。……愛情や、恋情がそれではないでしょうか」 ゆらりと黒い尻尾が揺れた。黄泉ヶ辻、忌々しい事件を起こしていく彼等に『フリアエ』二階堂 櫻子(BNE000438)はある意味感慨深いものを感じていた。『また』儀式を起こすのだと言う。何度も何度も、様々な儀式を止めてきた。これも止めねばならぬ儀式のひとつなのだから。 「……何より儀式の阻止が私の仕事ですから……」 「そうだな。これが『糾未の舞台』なのか、それともこれさえも準備なのか解らんが俺は何度でも止めるだけだ」 紫煙を吐きだして、『鋼鉄の砦』ゲルト・フォン・ハルトマン(BNE001883)は舞台の入り口を潜る。 櫻子には護りたい人が居て、傍に居たい人がいた。ゲルトにも仲間や護りたい人がいるのだ。 ぎし、と木で出来た床を踏んだ。振り向く少女がいる。大きな鮮やかな桃色の瞳をした未だ幼い少女だ。 『――じゃあ、とめてよ? アザミちゃんを』 小さく告げた声をゲルトは覚えている。頼まれた、一方通行な約束なのかもしれなかった。 「お待たせいたしましたね。こうやってお会いするのは何度目でしょうか? 『樂落奏者』」 ノエルの声に反応した様にフィクサードは振り向いた。その最奥、青い瞳が細められる胸元のリボンの上で揺れるネックレス。 「……いいえ、仇野縁破さんとお呼びしましょうか」 「いらっしゃい。待ってたよ? あたしはあたしを刻みつける為に皆を呼んだ。良い夜や」 月の光も射さない洋館の中。鮮やかな桃色の肢体に巨大な背格好のヘブンズドールが幸せそうに笑っている。 つきが、きれいですね。そう、愛の言葉を囁いて黄泉ヶ辻の少女は微笑んだ。 薔薇と蔦の絡んだクロー。先に行くにつれて骨の様に尖り、赤みを帯びたそれを振るった少女の銀の髪が揺れる。魔法陣が光を帯びて彼女の顔を照らしだす、同時に、その光は小さくなっていく。 赤い唇がリベリスタ、と呼んだ。『樂落奏者』仇野縁破は揃ったリベリスタを見回してくすくすと微笑む。 黒揚羽がひらりと舞った。彼女が振り向くと同時、その姿を多数あらわした諸悪の根源は優美に翅を揺らし続ける。 「おいでませ、『箱舟』! 特務機関『アーク』! ご案内はワタクシ、『樂落奏者』仇野縁破。お越し頂け、名もお呼び頂き大変結構。 感謝を示して『樂落奏者』は大サービス。思う存分黄泉ヶ辻させて頂きましょ! 本日の演目は――」 ●『不可欠条件』 舞う蝶々が縁破のクローの先に止まる。羽ばたくソレを見送って、ちらりと彼女の視線の向く先には幸せそうに笑うノーフェイス。 「どう? どう? 幸せそうやろ。ヘブンズちゃんって呼んだげてな」 「お幸せそうで何より。けれど、私の幸せにはその方は必要ありませんわ。さあ、皆様に翼を」 祈る様に両手を組み合わせた櫻子が仲間達に授けた小さな翼。広い洋館の中、地面を蹴り上げて浮き上がった慧架の視線が『お人形』達に向く。 高さにして4メートル。上空まで浮き上がることのできる其処で彼女は浮き上がる――だが、その高さは低空飛行と呼ばれるソレとは少々違っていた。 「縁破さん、これが普通のやることなんですか? 私は、そう思いませんが」 「あたしは『生まれながらの黄泉ヶ辻』。普通なんかじゃないで?」 首を傾げ、笑う彼女を狙う気配。間合いを越え、その気配を掴もうとするが、ソレは彼女の目の前に存在するハッピードールへとブチ当たる。 だが、彼女の眼は未だ暗闇には慣れていない。探る様に与える攻撃。ハッピードールの隣にいた一般人は怯えることなく『幸福』に感染していた。 周囲に集まる一般人が笑顔を浮かべている事にパニッツュを向けた翔護が表情を歪める。翼を得て、一気に天井に近づいた彼は天井へと張り付いた。反転した視界の中、狙いを定める様に弾丸の雨が降り注いでいく。肉を断つように降る弾丸にヘブンズドールが漏らした気色悪い声。櫻子が身構えるように魔弓を握りしめた。 PDWを構えたエナーシアが銃にマウントしたライトで照らしだすのはヘブンズドールの幸福そうな笑顔。超直観を駆使し、何かに備える彼女の紫の瞳に浮かべられる警戒。 「――何か来るのだわ」 「可愛いやろ? 笑顔浮かべちゃってさあ、ヘブンズちゃんって呼んだげてな?」 くすくすと響き渡る縁破の声に暗闇で『何が其処にあるか』だけを把握している九十九が前衛へと踊り出す。魔力銃から撃ち出す弾丸。暗闇での熱感知は拙い。暗視を所有するフィクサード達と比べれば『感じる』か『見るか』の違いは十分出ていた。敵だと認識し吐き出す弾丸が一般人の体を抉っていく。 「ありゃ、ストライク? 全部倒す感じなん?」 「――小を捨て大を救うのがリベリスタ。両方救うと言う方もおられますが私は仕事に私情は挟まない事にしてましてな」 その言葉にぴくり、と方を揺らした篁理得。ブラックコードは近接域に存在していた九十九を向けて振るわれた。ひゅん、と音を立てて絡むソレが少しの希望も残さず絞殺を行う様にキリ、と音を立てる。 「理得……こうして会うのは三度目だな。また逢えて嬉しい」 掛けられる声に方を揺らし、じいと大きな桃色の瞳が捕えたのはゲルトその人だ。三度の戦いは彼女にとっても印象深いものだったのだろう。その眸は彼を捉えて逸らされる。 『生きる意味』を探す様に、理を得る為に求められるからとこの場に居て、甘受する。或る意味、どの様な状況であれど――一般人を甚振り殺す事も、儀式を行う事も――甘受し続けるその性質が狂っていないとは言い切れないのだが、彼女にとってはそれでは飽き足りない。 「リウは逢えて哀しいよ」 熱感知で探る様に理得の姿を捉えているゲルトだが前衛へと飛び出す彼のジャスティスキャノンは彼女には届かない。熱感知は万能ではない。暗闇を見るに適さないソレが彼等の仇になっていたのだろう。 構えた銃口。エナーシアが息を吸う。彼等と同時、黄泉ヶ辻も迎撃を行う以上、手加減は無用だったのだろう。笑みを浮かべた桃色の肢体――2メートルを越える巨体を振るわせて飛ばされるブレインショク&ショック。ハッピードールのそれとは比べ物にならないソレにエナーシアが唇を噛む。 「全く面倒な佯狂の御歴々方なのです」 見通せる後衛位置、銃弾がヘブンズドールやハッピードールを撃ち抜いていく。彼等に隠れる形で存在するフィクサード達も動きださない訳には行かなかった。後衛位置から広がる神秘の閃光。避ける事が叶ったソレに身を捩り二四式・改が撃ちこんでいく。全体攻撃の厚いリベリスタの布陣にも撃ちこまれる弾丸。互いに牽制し合う様に飛び交う弾丸に笑みを漏らす縁破が背後から楽しいね、と囁いた。 「生まれながらの『黄泉ヶ辻』、中々に興味深いな。その生き様は見せてくれるのかね」 「――お顔の見えないヒトも面白いよ? 名前は?」 じい、と向けられた瞳に不思議な面を被った烏が紫煙を吹かす。個を隠すには記号たるのが楽な手管。胡散臭さを纏った四十代に興味を持ったのか見つめる少女の視線にくつくつと笑みを漏らさずには居られない。 「姓は晦、名は烏。稼業、昨今の役戯れ者で御座いってな」 役者が如き名乗りに、黄泉ヶ辻の舞台は輝きを増す。良いねと笑う縁破の背後に浮かびあがる疑似的な赤い月。その色の赤さや正に黄泉ヶ辻の愛らしい『普通』の少女と同じ瞳色。 「御機嫌よう、御機嫌よう! 生まれながらの黄泉ヶ辻。『樂落奏者』の仇野縁破! チョーお気軽にヨリハちゃんとお呼びください! ほら、あたしを楽しませてや? リベリスタ」 「お望みに応えられるかわからないけど」 くす、と笑みを浮かべて浮かびあがったままの灯璃は赤伯爵、黒男爵の切っ先を向ける。繋がる鎖がじゃらりと鳴ってその存在を現し続ける。 赤みを帯びる銀髪は縁破の銀とは違い、鮮やかに燃え上る様な色を持っている。黒と赤を基調にしたパンクチックの服は彼女が浮き上がる動作と共にゆっくりと揺れる。 「『生まれながらの黄泉ヶ辻』とか、黄泉ヶ辻にしかなれないとか、普通だとかさぁ。 そんなの如何でも良いじゃん。ねぇ、フィクサード。あなた達が何を名乗ろうとその括りの範疇でしょ?」 くん、と鼻が捉えるのは彼等の動きだった。鼓膜に響き渡る呻き声はノーフェイス達の物である事に灯璃は眉を顰める。微かに聞えるもの音などをしっかりと聞きながら彼女は縁破を真っ直ぐに見据えている。 だが、彼女はすぐにハッピードール達に隠されてしまう。一手、振るう赤いベリアル。黒いネビロス。魔力制御されたソレが、縁破を覆い隠すドールや一般人全てを薙ぎ払う。 人が死ぬ事にとやかく言っては居られなかった。限られた時間しかないのを知っているのだから。灯璃の目的はフィクサードを皆殺しにする事。其処に甘さは含まない。 「普通だとか、黄泉ヶ辻だとか灯璃はあなた達を区別しないよ。ヨリハちゃんもアザミちゃんも皆フィクサードだもん」 「そうやって区別されないままなら『良かった』のにね!」 赤い月が絶えず照らし続ける。その光を反射する燃え滾る橙が優しく細められる。 まるで睦言を囁く様に、愛を告げる様にゆっくりと唇が紡ぎ出すのは最上級の口説き文句。 「区別も差別も同情もしない。だからさぁ――死んでくれる?」 「死ぬ事って、素敵なのかなあ?」 だん、と踏み込んで、ブラックコードが絡め取る。周囲に転移した気糸が全ての希望を断つように九十九の体を捉えては桃色の瞳でじっと見据えている。 攻勢に徹するヘブンズドールがリベリスタ達に狙いを定める。後衛位置、翼を与えることに徹し、回復を行う櫻子に向けて放たれたブレインコキュートス。滑り込み、その体を張って攻撃を受け止めるエナーシアの銃弾が身体を捻る様に続け様に連射される。 頬を切り裂く攻撃、広がるスカートの裾は気にも留めない。ライトで照らせる範囲に存在するハッピードールの頭を狙う様に撃ち抜いた。 「自分達は変われない? 普通や狂気と言うのは言い訳に使う様な口先の業ではないのだわ」 「――じゃあ、お嬢さんは何になったん?」 「変わらぬものは何もない。けれど変わりたくないのが人間の性。故に私は目指すものを唱え続けるのだわ」 声を頼りに狙いを定めた銃口が吐き出す弾丸はハッピードールに呑みこまれる。エナーシアの紫の瞳は一度浮かびあがる様に光を発した魔法陣の中央、鮮やかな青い瞳を向ける縁破と真っ直ぐに克ち合った。 「私はエナーシア・ガトリング。銃が使える程度の一般人よ」 一般人が革醒者と同じように動ける事が無い事を黄泉ヶ辻のフィクサード達だって知っていた。降り注ぐ氷の雨が縁破を支援する様にリベリスタ達を傷つける。エナーシアの『一般人』という言葉は『普通』という理想とどこか似ている。 縁破にとって糾未は普通の少女であった。段々と、ある日を境に狂い始めた可哀想な操り人形。その時、兄が笑いながら『気まぐれ』で助けなければ彼女は此処まで落ちては来なかった。産まれが違えば確かに糾未という女はアークにだって行ける普通の少女だったのだろう。 「一般人って括りは偉大や。普通って括りよりももっと広くて受け皿が大きい。言葉に囚われるのはお嫌い?」 「どうかしらね、そのお返事はヘテロクロミアを壊した後にでも差し上げるのだわ」 癒しを歌い続ける櫻子は耐えず仲間達を支援する。俯き気味に、祈り続ける櫻子の首筋で煌めく白月、三日月の透かし彫りに埋め込まれたムーンストーンが彼女に力を与え続ける。 色違いの瞳が、ヘブンズドールに向けて怯えを現すのは仕方が無いことだったのだろう。頭の中でたえず繰り返す愛しい人の名前。 自分の全ては彼だから。護りたい人は彼だけだから。その両手が彼の手を離さないままであればソレで良い。絶えず癒し続ける櫻子ではあるが、その癒しは負傷者が出るごとに絶えず送られ続けていた。体内で廻る魔力の余力も少なくなってくる。 「――その痛みも苦しも、全て癒しましょう……」 傷が癒える感覚に杏樹は己が未だ戦える事を実感していた。魔銃バーニーが撃ち出す銃弾が迫りくるフィクサードの剣に弾かれる。剣を受け止める錆付いた白。 生と死。その両端を分かつ攻撃に杏樹は木張りの床で踵を滑らせた。夏を思わせる橙の瞳が苦しげに細められる。痛みを感じる腕に、動きが鈍くなる肘に、堪える様に声を張る。 「射手だと思って甘く見るなよ。喰らい付いてでも止めて遣る!」 ゼロ距離。真っ直ぐに銃弾がフィクサードの腹を撃ち抜く。血と肉が飛び散って、痛みを堪える彼等へ支援を送るのも黄泉ヶ辻のフィクサードだ。混戦状況に、タイムリミットが近づいていく事にノエルが感じる不安は、その周囲の敵すべてを薙ぎ払う事によって解消されている。 「貴女は真実、狂気の徒なのでしょうかね?」 目の前に迫るフィクサード。素早い動きで翻弄する彼の胸に真っ直ぐに突き刺したConvictio。赤い血が木張りの床に滴り落ちて、ノエルは一度瞬く。感傷などない、殺人を厭いはしない。世界の為ならば、一般人とて殺して見せる。 暗闇の中、切り刻むハッピードールとフィクサード。フィクサードの体が痛みに蹲るその姿を見降ろして、紫の瞳は緩やかに笑った。 「わたくしは正義を貫くだけです。黄泉ヶ辻」 穿つ槍が真っ直ぐに突き立てられる。ハッピードールの放つブレインキラーがノエルの体力を削っていく。身体の重みに、唇を噛み締めて、速度の遅い彼女では癒しを待つには時間がかかり過ぎた。 ジャスティスキャノンがヘブンズドールへ向けられる。その怒りがゲルトに向く瞬間まで彼はその巨大なフェーズ3のノーフェイスの前に立っていたのだろう。広範囲にわたって与える幸福感染。何処からか何処かへ消えていく一般人『だったもの』はどれも幸せそうであった。 ひらり、舞う漆黒の蝶々が闇を孕みながら視線の横を通過する。上空で傷を負い、痛みを堪える慧架が与えようとする弐式鉄山。捉えようとする気配は彼女の前からすり抜けてしまう。痛みがその身を支配する。 「理得ちゃん。生きる意味を探すのに人を殺したり不幸にする必要はないのです。出来れば投降してください」 「誰かに必要にされて居たい。必要にしてくれたのがアザミちゃんとヨリちゃんだった。それ以外に何があるの? 殺すって悪いことなの? リウ、分かんない」 にい、と歪められた理得の唇。上空で障害物のない場所で移動し続けていても、その体は低空飛行の域を抜けている以上、上手くは飛べなかった。飛び交う攻撃にその身が痛む。ふらり、と落ちかける体へと手を伸ばし、翔護は支えようと名前を呼んだ。 上から落ちる慧架の体が地面に向けて鈍い音を立てた。死ぬべきか生きるべきか。得た翼が壊されてしまう可能性だって十分理解し置くべきであった。理得の与えたライアークラウンが破滅を笑ったのだ。 「ッ、言わんこっちゃない! 嫌なんだよね。人の命玩具にして散らかす子も、知った顔ですぐ人の命を諦める子も。そもそもキミ達のじゃないだろ?」 反転した視界で、暗視ゴーグルの中、凝らしたままにハニーコムガトリングの弾丸が襲い続ける。辺りが悪く、有効打を与えられない事に翔護が悔しさを覚えたのは仕方が無いことだったのだろう。 癒す櫻子からの支援を受けながらも翔護は弾丸の雨を降らし続ける。4m上空では彼が的になると同時、視認は十分通っていた。だが、暗闇に真っ直ぐ見据える縁破の胸元を狙う照準は上手く合わせる事が出来ない。 「仇野ちゃん? コレ、覚えて帰ってよ! SHOGOプレゼンツ。キャッシュからの――パニッシュ!」 呼び掛けて、其の侭撃ちだした1¢シュート。縁破の胸元を狙ったソレは彼女のクローによってギリギリのところで弾かれる。ぎん、と音を立て爪が一つ飛ぶ。絶えず与えられる弾丸に膚が避け魔法陣の中に血が滴り落ちる。 「SHOGOって云うん? イカしてるやん!」 くすくすと笑みを浮かべ、浮かび続ける赤い月が絶えずリベリスタに不吉を告げ続ける。不運を笑う月にノエルは瞬いてから、再度、飛びあがり、地面を蹴った。槍を突き刺す様に銀の軌跡を残していく。 「楽しいお遊戯は終わりにしませんか? 縁破さん」 にんまりと笑ったフィクサード。ノエルを穿つブレインショック。攻撃を避ける事に特化しない彼女の体を真空波が包み込んでもソレだけでは終わらない。 九十九の魔力銃が熱のある方向へと縦断を向け続ける。慣れ始めた視界で仲間以外を撃ち抜いても、其れでもフィクサードには届かない。 「やれやれ、ままならないものですのう」 呟きに合わさって、彼は仮面の奥で目を伏せる。瞬いた赤が次の瞬間コマ送りになる世界を目にした。蓄積する痛みを癒す一人の癒し手が狙われると言うのはリベリスタ、フィクサードそのどちらもが撮る行動としては妥当であった。 全体に振らせ続けるインヤンマスターの雨が九十九の怪人ルックを切り刻む。 ――雨の日に傘を持っていない人の前に現れて傘を差し出されるんだって。受け取らないと目を傘でめった刺しにされるの。受け取っても次の雨の日までに傘を返さなきゃ両目を抉られるらしいよ。 何処かで噂になった怪人の話し。その怪人を装った九十九の赤い瞳が、仮面の奥で鈍く光る。 「縁破さんは若いのに人生悟り過ぎですなあ」 「そう言う女子が居るのも可愛らしいもんやろ? もっと、愛してくれてええんやで?」 「愛でてる暇なんて、無い様だが、なッ!」 魔銃バーニーが理得につきつけられる。九十九の前に存在した彼女の行く手を遮る様に銃を向けた杏樹。大きな桃色の瞳を瞬かせブラックコードがきり、と鳴る。踏み込んだダンシングリッパーはノエルの物に劣れど十分な強さを持っていた。 「喰らい付いてやる。逃さないぞ、黄泉ヶ辻」 「ふふ、理得の事、見てくれるの? リベリスタのお姉さん」 くすくすと笑った彼女の腰に撃ちこまれたジャスティスキャノン。ぎ、と睨みつけたその視線の先。紫煙を燻るゲルトが理得と呼んだ。 三度会って、一度、手を差し伸べられた。居場所を与えると言った彼に理得は何処か焦りを滲ませる。 「理得、お目は如何生きたい。生きる意味の決め方は人それぞれだろう。俺は『理想の自分』だとおもう」 「如何、って」 「どんな事をしたい? どんな自分でありたい? それが俺と共に歩む未来であれば、俺は嬉しく思うが――そうでなかったとしても俺は否定しない」 ナイフの切っ先はヘブンズドールを見据えている。桃色の大きな瞳の少女は糾未を止めてくれ、と言った。もう、止まらない。ブレーキの壊れた走り出した列車は終着点も無く汽笛を鳴らしているのだ。 ゲルトが苛むものを払いながらも、ヘブンズドールに傷つけられて、蓄積する傷口から血が溢れ続けた。手首を飾るクロスが弾け、ばらばらとピースが地面へと転がり落ちる。 「例え敵同士になるとしても、お前の選んだ生きる意味を尊いと思う」 理得はゲルトをじっと見つめている。彼女の背後、神の弾丸を吐きだした杏樹はが見守る中、少女の唇はゆっくりと五文字を紡ぐ。 杏樹の耳にだけ届いた感謝の気持ちに重なったのはディスピアー・ギャロップ。杏樹の身体を蝕む様に絡め取ったブラックコードは死神の名を冠する殺人者ならではの技であった。 「ごめんね。それでもリウは黄泉ヶ辻だから」 きり、と音を立てる。タイムリミットに烏は頷いて二四式・改から銃弾を吐きだした。 ●終幕 リベリスタ達の傷も深いものであったが同時に、黄泉ヶ辻も疲弊している事は確かであった。 数の減ったハッピードール。だが、半分以上の時間が経過した今、リベリスタ達の体力を癒し続ける櫻子の限界も近付いている。倒れてしまった慧架に、上空で懸命に攻撃を避け続ける翔護とて焦りを隠せないで居る。 「これ、ちょっとヤバめじゃね?」 「全く――糾未君はこんなやり方で変えてやることが可能なのかい?」 構えた銃口が捉えたフィクサード。彼女への行く手を阻むハッピードールをノエルが渾身の力を込めて吹き飛ばし、その隙間を抉る様に撃ちこんだ。 烏の言葉に樂落奏者はくすくす笑い、屋敷の裏手で狂い笑う『薊の花』を想い浮かべて首を傾げる。 「違う、変えてやるんやない。独りで変わろうとしているんや」 「何にもなれないなら、何かになる必要などないのだと伝えてやったらどうだい?」 その言葉に一瞬の隙が生まれる。其処に入り込む様に杏樹の弾丸が向けられる。だが、其れは残っている黄泉ヶ辻のフィクサードに阻まれる。全体攻撃で与えられるフィクサード達への攻撃。回復手が1人ずつ存在している両者の陣には未だ決定打に欠けていたのだろう。 「分かり合えないからこそ、主であり友人であるからこそ尚更な」 「子供っぽい感傷が、大好きな人が欲しがったらあげたいんだって告げてるんよ。 あたしは糾未が大切や! この身を捨ててまでも彼女が彼女のままで居られるならそれで良かった!」 喉が裂けても良いと思うほどに縁破は叫んだ。変わりたいと望んだのは彼女だったのだ。 変わらないでほしいと望んだのは誰だったのか。 人が変わるとエナーシアは言った。その通り、時が経つにつれて人間は変化していく。その姿を変え、その想いを変え、その物を変えて行くのかもしれない。 未だ年若い頃に黄泉ヶ辻糾未が得たのは一寸した『良く或る悲劇』だったのかもしれない。狂った家に生まれ、まだ純粋に微笑んでた頃。覆い被さった父に、怯えを灯した赤い瞳は嫌だと首を振った。 彼女を助けたのだって兄の気まぐれだったのだろう。父に襲われ掛け、怯えて泣いた糾未にとっては救いだったのだ。リベリスタにとっては狂気を灯した狂った男であれど糾未にとっては紛れもない救世主だったのだ。 彼に近付きたいと思ったのだって、それは可笑しなことでは無かった。 「人間の感情は度し難いもんだね、全く」 「感情論って、きっと幸せなんだけど、それと同時に不幸しかないのかもしれないの」 怒りの色を灯し、杏樹の前からその身をゲルトへ向けた理得。彼女の答えは『黄泉ヶ辻』であるという敵対意識。ヘブンズドールと理得の二人を相手にとるにはゲルトにも余裕はない。 「縁破!お前は糾未を止めたかったんじゃないのか。お前たちにも事情があるのだろう」 向けられる声に、縁破の瞳の色が変わる。鮮やかな青が曇る様に灯すのは一種の怒りだろうか。 事情など沢山あった。憧れたのだろう、その糾未の存在に。彼女自身に。 「止めても止まらなかったのかもしれない」 ――変わりたいと願ったのは、誰だったか。 「それでも、俺は、止めるべきだったと思う。止まって欲しいという気持ちを伝えるべきだったと思う」 「――もう、遅いんよ」 一言、ぽつりと漏らされた言葉がホールに響いた。弱弱しく、泣き出しそうな音色は直ぐにヘブンズドールの唸り声に隠される。 瞬いた後にへらりと笑った縁破の表情が明るい色を灯す。光り輝く魔法陣、生み出されるノーフェイスがまたふらふらと何処かに消える。ヘテロクロミア――黄泉ヶ辻の玩具の効力はその地とハッピードール達の効果で絶大であった。 ハッピードールの数が減っていく、その中でも縁破は焦りを感じる事は無い。 「ああ、お兄さん、一つ伝言頼める? 可愛いあたしのお友達に。 『デートなら、また今度。何時でも待ってるで? 浮気者』ってな!」 伝えられる言葉にゲルトは目線を逸らした。上空から射撃を行う翔護の体がぐらりと揺れる。受け止めた灯璃の橙色が緩やかに細められた。 ヘブンズドールの攻撃でゲルトが膝をつく。運命を消費して、それでもなお立って居たい意思を持った彼の視線の向こう、理得が「またね」と唇を動かした。 舞台の余興の一部、前衛へと攻勢を強めるリベリスタによって黄泉ヶ辻のフィクサードも倒される。互角の戦いのうち、ノエルの開いた道に、捻じ込む様に九十九の弾丸が発せられる。 不安定な視界で、撃ち出した弾丸が幾度も幾度も『狙い』を外す事に若干の焦りを感じられずには居られない。 音を立て、発せられる弾丸に、合わせて繰り出されたヘブンズドールの攻撃に杏樹の運命が刈り取られる未だだと言わんばかりに繰り出す弾丸。九十九の弾丸を支援する様に飛んだソレ。 杏樹の弾丸を避け、エナーシアの弾丸を交わしたその直後、九十九の射撃が、一直線に飛んだ。 赤い軌跡を残したソレ。銃弾が彼女の胸元を掠める。 「――幕を降ろせ、喜劇は終わったって奴さな」 「喜劇の代わりに常に悲劇が其処にはあるんやで?」 だん、と踏み込んだ。手にした沈鐘の終を振るう。儀式陣の効力が失われた事に気付いたのだろう。 弾け飛んだヘテロクロミア。蒼い軌跡を残して音を立てた石に縁破がくすくす笑って切り刻むその攻撃はブラッドエンドデッド。 「ミス全殺し! ご無沙汰やな! 最近はお元気そうでなにより! 同類を失った気分は如何?」 「特には。正義を為すには犠牲が、必要でしょう」 すう、と細められた瞳。全てをかけて、切り刻む様に与えられる一撃に彼女が込めるデッドオアアライブ。生と死を分かつ其れに縁破がけたけたと笑みを浮かべる。 ――タイムリミットまであと少し! その意思や強し。 傷だらけのまま横に跳躍する様に弾丸を繰り出す杏樹の掌が地面を擦る、身体を捻り、肩口から地面に滑り込んでいくその動きに縁破の脚を弾丸が撃ち抜く。溢れる血に笑いを浮かべ――まるで痛めつけられる事さえも『楽しみ』だと言う様に攻勢を強める黄泉ヶ辻。 未だ笑みを浮かべているヘブンズドールの統制がとれなくなる。危機を察知しても樂落奏者が『楽しさ』に狂った様にクローを振るう。 「ねぇねぇ、ヨリハちゃん。灯璃、親愛なる友人を失った子の末路が知りたいなっ」 まるで、子供の様に『おねだり』を行う灯璃に視線を合わせ縁破は首を傾げて見せる。 にい、と歪めた唇。灯璃の燃える様な橙が楽しげに細められる。気まぐれな赤と黒のチェシャ猫はタロットの中から一つを選び取る様に一枚を手に取った。 「あなたを失ったアザミちゃんはどんな風に壊れると思う?」 その言葉に瞬いて、つり目がちな青い瞳が灯璃へと向けられる。瞬間、止まった動きに狙いを定める様に放たれた弾丸を彼女は避ける。だが、胸元の石はもう効力を持ってはいない。 そう、儀式はこれで終わりではない。ヘテロクロミアは二つ存在している。互いが互いを求めあう紅と蒼。 樂落奏者の持つ『紅』と血濡れの薊が持つ『蒼』。片割れが壊れればその力は片割れへと移動する。無論両方でヘテロクロミアを壊しきれない可能性は十分あった。 糾未側で応戦するリベリスタ達が『奪取』を目的にしていた場合――此方を破壊してしまえばあちらに力が移り混乱が生まれる事は想定されて然るべき事柄である。 「どないなるかなあ。あたしも見てみたい。けど、死んだら見られへんから」 「そうだね。でもね、灯璃が見てあげる。灯璃が知ってあげる。灯璃が解ってあげる。 だから、もしそれが彼女の『不可欠条件』なら灯璃に殺されなよ――?」 向けられる赤伯爵、黒男爵。その二つが縁破へと向けられる。 フェーズ3のノーフェイス。その強さは絶大だった。櫻子の癒しも間に合わない。祈る様に震える指先、傷ついた彼女を狙うヘブンズドールにエナーシアがその身を張って庇い続けた。運命を燃やしたとて一般人は何食わぬ顔をして笑っている。 前線で縁破と攻撃を交わし合うノエルが血を纏い、傷だらけになりその槍を振るう。傷口が熱を孕み、痛みを告げた。 「これ以上はいけませんな……」 銃口は向けたまま。撃ち出されたソレが理得の運命を燃やした。傷ついて、気を失う彼女の近くでは未だヘブンズドールが幸せそうに笑っている。へらへらと身体を揺らすソレに九十九が浮かべる焦りも仕方が無い事だろう。 切り刻む様に、前線に押し上げるリベリスタを巻き込んだ縁破の攻撃で灯璃の運命が刈り取られる。血の臭いが発達した彼女の鼻についた。 洋館の奥、掛けられていた時計の鐘が鳴り響く。沈鐘の終と名付けられたクローをつい、とあげて終了を告げた縁破はくすくすと笑う。 倒れた仲間達を確保し、後退するリベリスタの中、傷ついた縁破はぼろぼろになった着物を脱ぎ捨てる。露わになった火傷で爛れた皮膚。其れも気にすることなく、入口近くで銃を構える杏樹の目の前に迫り、フィクサードは笑った。 「また、ね」 ゼロ距離で撃ちこまれる杏樹の弾丸が縁破の左肩を貫いた。痛みにさえも笑って、一礼を繰り出した。 狂っていく舞台。其れこそが彼女の不可欠条件。タイムリミットに唇を歪めて、縁破は振り仰ぐ。 「言うたやろ? あたしを刻みつけてあげる。忘れられない夜になったねぇ」 蝶々が舞い踊る。黒い蝶が、喜ぶように周囲を踊る。翅をもがれない『罪』は楽しげに宙を踊る。 そう、『不可欠』なのは黄泉ヶ辻糾未が『アーク』に勝利する可能性。黄泉ヶ辻糾未は、兄を目指し、兄になりたがり、兄を求める狂った女になっていくのだ。その目で歌う『憧憬瑕疵<こえなしローレライ>』。唯、その存在が不吉を齎すとしても、糾未は兄と同じ舞台に立てた事に笑うのだろう。 最後、振り向きざまに銃を抱えたまま、九十九が撃ちだしたその弾丸は、笑う樂落奏者の隣――舞い踊る蝶々を捕えて、その羽を千切った。 ●Dum spiro, spero. あくまで案内人なのだ。 主演女優は声を失くして憂う歌姫。翅をもがれた蝶々は何れは地に伏せるのみと知っているのに。 抉り取った右目に、宛がわれた『宝石』が囁き続ける愛情に、澱む殺意と、使い古された『劣情』。 死が二人を分かつまで。何て生ぬるい言葉か。 「×××××」 声にならない『五文字』は囁かれるまま、紡がれるままに静かにその存在を誇示する様に横たわった。 「――幕は開けた! さあ、ショータイムや。あたしを刻みつけてあげる。楽しい夜の始まりやで!」 もう戻れないと笑みを漏らし、儀式陣の上で、壊れたネックレスの紐がぷつりと切れる。 欠片のみが残っていたヘテロクロミア。かしゃん、と音を立てて地面へと落ちて行くソレに興味もなさげに視線を降ろし、縁破は青い瞳でリベリスタを見つめた。 「『おはよう、あたしのお姫様』」 おやすみなさいを云う日まで。 樂落奏者は欲に溺れて、唯、笑い続けるのみ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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