●皆さん、安眠妨害の時間ですよ。 ――がぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃりりりりりりりりり!! 深夜。人々が寝静まる時間に、分厚い金属を無理矢理こすり合わせたような音が響く。 煩い。誰もがそう思うはずだ。五月蠅い。皆がそう思うだろう。 しかしながら、音は止まらない。それも仕方が無いと言える。何しろ音の奏で手などはこの場に居ない。 在るのはあくまで『音』というモノだけであって、それが存在していることこそがこの騒音の原因なのだ。耳障りだから死ねなどと惨い台詞、心優しい一般市民の皆様方が言えようものか。 唯一の救いは、此処が人気のない市民グラウンドの真ん中であるということだ。 周囲に民家が立っていない其処では、この音を聞きうる存在はほぼ居ないであろうと言える。 ……そう、あくまで『ほぼ』。 「んー? 何だ何だこんな真夜中に……」 耳障りな轟音の中に、一つの声が紛れる。 海の濁流に微か、溶け得ぬ色水が含まれている程度の小さな異物。気付く者はいるはずもないと思える、矮小な異分子。 しかし、その存在を知覚した『音』は――其処で自分を停止させた。 「……。あれぇ、誰も居ないのぉ? もっしもぉーし……」 声の主は四十代男性。くたびれたスーツ姿と、緩んだネクタイ。何より一目でそれと解るほどの赤ら顔は、彼がなぜ此処にいるかという理由を雄弁に語っている。 そう、理由は有る。意味は有る。そしてそれが単なる酔っぱらいの千鳥足であろうと、酩酊した思考の終着点だろうと、彼を咎めうる存在が居ない以上、つまり彼の『意味ある行動』は許されたと言う結果になるのだ。本来は。 ――ただ、この時ばかりだけは、それは許されなかった。 ――がぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃりりりりりりりりり!! 音が鳴る。『音』が成る。 再度発された騒音は、似たようで先ほどとは違う。たった一人のために用意された、狂って狂ったオーケストラ。 男はそれを聴いた瞬間、浮かれたように両手を広げて―― 笑った。 嘲った。 「あ、あぁ……あひゃひゃひゃひゃひゃひゃはははははららららろれろらるれりらりぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!?」 演奏時間は僅か十秒。 完成されきった音の極致は、たったそれだけで――一人の男性を、血塗れの肉塊に変えた。 ●こっちは静かに寝たいのですが。 「……既に被害者は先ほどの男性を含めて数人が出ています。これ以上の犠牲を出さないためにも、皆さんの協力を御願いします」 場所は、ブリーフィングルーム内。 配属されて早々、落ち着いた物腰ではあるものの、やはり何処か身体を硬くした様子のフォーチュナ、天原・和泉(nBNE00024)は、挨拶もそこそこに、早速依頼の説明を始めた。 「今回皆さんに倒してほしいのは、一体のエリューションです。 タイプはE・フォース。フェーズは……現在2の後半にまで来ています」 「具体的な能力は?」 リベリスタの一人が問う。 「ええと、少々お待ち下さい……」 和泉はそれを聞いて、恐らくは自分で纏めたのであろう依頼内容のファイルをぺらぺらとめくり――少しばかり、難しい顔をする。 「……まず、相手はとても薄く白みがかった、半透明の靄らしき形状をしているため、視認することは難しいです。時間帯が夜なので、戦場を光で照らすなら、特に。 更に、回避性能、移動能力もかなり高いようです。先の目視困難の能力もあって、このエリューションに攻撃を当てるのは極めて難しいみたいですね。 次に、能動能力についてですが……敵は常時、聞いた者の肉体と精神を狂わせる音を発しています。単純に言えばランダムな状態異常と、ある程度のダメージの二つが効果となります。 耳栓などで防ぐことは当然不可。更に相手の音は接近すればするほどにその効果を強めるため、近接攻撃を主とする方には少々厳しい戦闘が予想されます」 フェーズ2の後半ともなれば、敵の能力はかなり高い。 想定してはいたものの、どれもこれもが楽には対処できない能力ばかりであるため、リベリスタ達の表情も徐々に暗くなっていく。 「最後に。敵は形勢の不利を悟ると、逃走するために一回だけ、自身を暴走させることで、超広大な範囲に音の氾濫を起こします。 戦場の付近住民までは被害が及ぶことは有りませんが、逆を言えば戦場にいる人は皆、間違いなくその能力に巻き込まれます。……あくまで『撤退のための能力』であるためか、それによって生命の危機に陥る可能性はないらしいですけど。 しかし、このエリューションによって発生する『音』から、仲間を庇う明確な術はないため――」 戦闘のクライマックス時、疲弊したリベリスタ達にそれを防ぎきれるかは怪しい。 無効化は無理にしても……効果を減じる為の対策か、発動前に倒しきる為の作戦が必要と、そう言うことだろう。 「――内容の説明は以上になります」 慣れていない説明を一通り終了させた彼女は、しかし、ほんの少しだけ呼吸を整えた後、ぱっと笑顔を浮かべて声をかける。 「難しい依頼だとは思いますが、皆さんならこれをこなすことが出来ると信じています。 成功報告を持ち帰ってきて下さるのを待っています、から……頑張ってきてください!」 ……余談ではあるが。 曲者揃いの予知能力者陣に現れた一種の『清涼剤』に対して、リベリスタ達は自然と顔を綻ばせていたとか、何とか。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年07月01日(金)23:04 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 曇天に翳る月。落ちる光は暗世を薄く照らしつつも、それが彼らを助くには僅かに足りない。 かき。そんな起動音を鳴らして足場を照らしたのは、『ネフィリムの祝福を』ヴィンセント・T・ウィンチェスター(BNE002546)の懐中電灯。嗚呼最も、その光は同時に敵を助くるものでもあるのだけれど。 ――がぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃりりりりりりりりり!! 騒音爆音雑音異音、人が並べうる『害足る音』を混ぜ交ぜにして、鳴り響く『音』は彼らが敵。 「『音』と戦うとは不思議な感じがしますね。 銃弾で傷つけられるものなのかと…その、形而上的問題として」 困惑。齢二十を超える引き締まった身体の持ち主が浮かべる微かな感情は、身にする攻撃的なパンクファッションも相まって、いやはや何とも似合わない。 しかしそれで居ながら、内に秘めた意は他が侵しうる余地もない。 唯狙う。唯撃つ。行動は十文字にも満たぬ単純明快。繊細を尊び粗雑を重んず彼の理念は、この作戦に於いてはてさて何方が当てはまるか。イヤイヤ聞くに及ばず。 「音の塊のエリューションか。かなり厄介ではあるが……」 『深闇に舞う白翼』天城・櫻霞(BNE00469)もまた、掻き消されるとも知れぬ言葉を訥々と零す。別に他に語ったわけではないのだ。問題はないが。 フェーズ2。敵にして彼らが少人数で抗しうる最高段階。これより上階への堕落は許すわけにはいかぬと、彼は人除けの壁を戦場に構築した。 人外魔境。仮にリベリスタを人と定義し得ぬのなら、今この場はそう呼ぶに相応しい。しかしけれども、聴前の敵に殺された者達の弔いとして戦う彼の姿を、人外と蔑む者は果たして何処に在るやら。 「よくみえない! なんだかよくわからない! うるさい! とか! おのれーっ!」 対し、暴音に負けじと叫声を上げるは『あほの子』イーリス・イシュター(BNE002051)。 エクスクラメーションを乱れ撃ち、胸中の言を残さず吐き出す姿は童女の純真を思わせる。それが彼女にとって褒め言葉足るかは別としても。 だが彼女とて救世者の一員。微かな月光を照り返し、地上の三日月となった『天獅子』を構える姿は戦士として他に遅れを取らず、いや寧ろ一枚の幻想画のような気すら纏っている。 嗚呼だがそれも気に留めず、敵は唯響かせるだけ。不要なコンサート、無用なオーケストラ。それは音を自己の信念とする『「Sir」の称号を持つ美声紳士』セッツァー・D・ハリーハウゼン(BNE002276)にとって、どれほどの悪行を意味するだろう。 ――人を不幸にする音など到底許せるものではない。唯解るのは、その決然たる思いだけ。 歌を信じ、歌を愛し、故に歌と共に在り続ける。信念を侵す愚物が彼に立ちはだかるのなら、それから背くなど彼には無理というもの。 くるりと器用に片手でマイク二本を回し、もう片方の手に担うメイジスタッフ諸共構える姿は、まるでスタンド・マイクを前にした一人の歌い手のようであった。 「近所迷惑な騒音ばっかり出すエリューションは、近所の野良猫に大迷惑にゃっ!」 救済の意志は人にのみ向けられるものではない。正に『期待の新人っ!』加奈氏・さりあ(BNE001388)が叫ぶ言葉こそがそれを表しており、『同族』の為に単爪を構える彼女の尻尾は膨らんでいる。 初依頼、新人、そうしたレッテルが何だというのか? 世界を、世界の住人を救うために、圧倒的な暴力を恐れず立つ彼女の姿は、ほら――こんなにも、美しい。 「今回は厄介な相手でござるな……」 それに被せるように呟いてしまった『自称・雷音の夫』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)は、水を差してしまったかと苦笑する。自身の心情が彼らに届くより、音の濁流に流されたことを祈るのみだ。 騒音は嫌いだ。特に夜中の騒音は嫌いだ。愛する子の愛する女(ひと)の、安らかな寝顔が見られなくなってしまうではないか。 苦戦は承知の上。それを知って抜く大太刀の銀色は、敵を滅する絶刀の妖気すら帯びているようで。 「面白え、てめえらに天敵ってもんが居ることを教えてやるぜ」 同様に。 立ち向かうリベリスタ達の中で、炯々とした眼光を放つのは『復讐者』雪白 凍夜(BNE000889)その人。 薄く曇った一刀一剣は、倒した敵の命の証明。嗚呼これよりまたこの得物を翳らせてやろうという彼に敗北のヴィジョンは当然無く。 「音と戦うの、おもしろいね。何も見えないものが何かを壊す。理不尽、素敵」 ――迷い羊は夢見て嘆く。罪のとばりを追いかけて。 其の夢諸共安息の眠りを砕く怨敵は、しかし『原罪の羊』ルカルカ・アンダーテイカー(BNE002495)にとっては昂揚のスパイスにしかならない。 戦いが好きだ。不条理が好きだ。ならば今此処に敵とする『現夜に在らざる存在』――エリューションは、正しく彼女にとっての好敵である。 ――がぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃりりりりりりりりり!! 機は近づく。音が高鳴る。 彼方も此方も、戦闘準備は整った。 さあ、それでは――白河夜船を、守るとしよう。 ● 「ルカ、先にいってもいいよね?」 初手はルカルカ。片手に爪を、片手にカラーボールを持つ彼女が、これより何をするかは問うに及ばず。 疾走、共に音量上昇。体内のギアを上げてより加速した彼女だからこそ、その音量の変化はめざましい。 やっぱり無理か。そう言って、彼女は嵌めていたヘッドホンを捨てた。 少しして、投擲。微細な動きに応じて僅かに変化する音圧を必死で探り、其処目がけてカラーボールを投げるも、しかしそれは地に落ちて、爆ぜた。 難しいのは、あのカラーボールは当たらなかったのか、それとも敵の身をすり抜けたのかという点。敵の姿が見えない以上そうした確認は困難を極める。 同時に、凍夜がそれを投げる。失敗。 ヴィンセントがそれを投げる。失敗。 手元のカラーボールは残り二つ。諦めるのはそれを投げてからにしようとイーリスが決め、振りかぶった瞬間。 「そちらではない! 右だ!」 「へ……!?」 かけられた声はセッツァーのもの。 驚異的な耳の良さで敵の動きを「聞き切った」彼は、イーリスの投擲に声を飛ばすことで修正を加える。 前衛と後衛、距離の差があるために聞き取りにくかったそれをどうにか耳に捉えることが出来たのは、ひとえに運が良かったと言わざるを得ない。 しかして、 「あたれーーーい!」 最後の投擲、一縷の投擲。 秒の間を待たず空中で四散したそれは、その液体を地に零さぬまま、空中に留めさせておくことに成功した。 「やったのです! みなさんっ!」 「お手柄でござる!」 視認が出来るのならば躊躇の必要はない。 未だ行動していなかったリベリスタ達は、それと共に陣形を構築。不協和音を取り囲む戦士の様は、しかし利を得ていながらも緊張が走っている。 抜刀、そして気剣を振り下ろす。 触れたものを爆ぜ砕く狂気を纏う凶器は、確かに敵の身体に重い衝撃を与える。 感触としては、圧縮した砂に剣を押し込むかのような。不明瞭な手応えをしかし訝しむこともなく、虎鐵に他の仲間も続く。 櫻霞の気糸の網が敵を包み、其処から発される毒が靄を少しずつ溶かしていく間も、さりあの爪は網の隙間から敵を刺し貫き、攻手を捨てたセッツァーは音を頼りに敵の行動を把握しつつ、朗々とした声で謳い、敵の音に抗する。 だが、敵もそれで消えるほど脆弱ではない。 気糸の網を打ち破った敵は、それと同時に轟音を再開。戦場全体、特に音の中心に立つ前衛陣にとって、これは最早鼓膜が破れても可笑しくないレベルだ。 フェイトの加護を少しだけ恨みつつも、凍夜は武器を通すべく更なる肉薄を行う。 ――だが。 「っ、コイツ……!」 手が動くより先に腕が落ち、足が動くより先に脚が崩れた。 ダメージに至るほどの騒音に付加された状態異常、それがよりによって彼らの攻勢に歯止めをかける。 次いで氷結、次いで呪い、次いで毒。作為にも過ぎる絶望的な偶然は、動けぬ彼らの体力を見る間に削る。 比較的効果の薄い距離にいたセッツァーの回復が無ければ、この間に一人くらいは致命的な損害を負っていたかも知れない。そう考えると余計に肝が冷えた。 ……しかし、彼らはこうして立っている。 「……全く、どうにも厄介ですね」 言って、ヴィンセントが嘆息する。 浮かぶ言葉は月並みなれど、その言葉に含まれた想いが何を示唆するかはこの場の全員が理解していた。 無作為に選定される状態異常、それはつまり外せば唯の役立たずであり、当たれば――驚異的な脅威となりうる。 現状に於いて、彼らの印象は後者。そしてそれらに封じられた故に効果的な打撃を与えられていない以上、これからも同様の制限を受けないとは間違っても言い切れない。 だが、そんなことは、リベリスタ達自身がとっくに理解していること。 だからこその、彼らが決めた攻勢。防御を捨てて回避と攻撃に全力を傾けるという、高リスクを前提とした吶喊姿勢。 「最初から加減は無しだ。……残る時間も、全力で行かせて貰うぞ」 怜悧なる声と二色の視線。向ける意志に未だ淀みはなく。 戦闘に未だ終わりはない。それは彼らの勝敗を、世界が決めかねているようにも思えた。 ● ――がぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃりりりりりりりりり!! 嗚呼全く煩わしい害音が何を以て留まるか何故その姿を為したか何故未だ消えぬのか世を侵しうるに他其方に何の存在意義がある五月蠅い五月蝿い早々と止んではくれないか早々と去んではくれないか早々と死んではくれないか。 伝えたい言葉は多々有れど、それを吐くほどに余裕はない。 先の櫻霞の言葉より更に一分。敵の状態異常は多彩を極め、何より唯動きが止まるでもなく、唯傷を付けられるだけでなく、唯味方が暴れるだけでもなくと戦場は混乱を極めていた。 種類を問わぬ状態異常。それは確かに恐ろしく、だからこそ純粋な状態回復に頼らぬ方策も必要だったのでは無いだろうか。 衝撃を受けたら集中を、致命を受けたら後退を。所詮仮定故の傲然たる指摘。何処まで当たるか知れたものではなくとも、かと言ってやらないよりは遙かにマシであろう行動を捨てた以上、リベリスタが受ける傷は予想を上回っている。 「ここは男の踏ん張り所でござるな」 それを矜恃の張り所と、血塗れの顔で呵々と笑う虎鐵は流石と言うべきか。 残った異能は一発分、余力を最後に回して純粋な膂力で振るう刀ながら、受ける敵もそれを『恐れる』ほどには消耗している。 「耳障りだな、いい加減黙ってもいいんじゃないか?」 櫻霞の言葉には何処までも容赦がない。後衛職である彼の接近、そして吸血。貫いた薙刀は自身と異なるエネルギーを濾過し、瑞々しい潤いを彼の身に与えてくれる。それ即ち、敵の存在の減衰と言う意味。 震える。震えている。音の根源、振動という概念。それらは櫻霞の攻撃で急激になりを潜めた。 「――――――!」 来る。 確認の要すら無い。信じるに足る観察、従うに足る直感。 「全力全開でフルパワー攻撃にゃっ! この辺の野良猫の平和を守るために――!」 単爪を向けての吶喊。空いた片手に握った幻想纏い――猫のマスコットを握って、さりあは大きく叫んだ。 刺突、同時に炎焼。音を焦がす炎はギリギリと振動しては弱まっていくも、その僅かな間に与える傷が、この場に於ける助けとなるのだ。 「いくですよっ! 天獅子(ヒンメルン・レーヴェ)ッ!」 更に、イーリスの攻撃。 既に体力も少ないだろうに、反動を恐れず振るった獅子の爪牙は、彼の音をさらにか細くさせる。 音そのものに触れてか、りんりんと鳴る『天獅子』の金属音は、自らを担う主に応える声にも聞こえた。 「夜の静寂に対して、貴方の存在は粗雑に過ぎる。 繊細な世界のために、此処で消えて貰いますよ……!」 度重なる攻撃で、先ほど受けた塗料はその七割方が飛んでしまっている。 その、残る僅かな付着部分。微細な表面積を、金貨すら打ち抜く精撃は確かに撃ち貫いた。 最後の最後に余力を残し、敵が逃走する前での全力攻撃、見事と言って未だ足りぬ完璧な連携。 しかし、それでも足りぬ。小規模とは言え、この世界の概念を物理で打ち砕くには、その力は未だ届ききらないのだ。 徐々に響き上がる音。幕を上げる最後のオーケストラ。 フェイトを使ってでも、立つ――。 救済者の決意に応えるように動いたのは、一対の影。 「理不尽なことしたら理不尽でかえされる。それがこのせかい、理不尽だらけのセカイ。 ……キミはそんなのわからないだろうけど」 羊の爪が、音を薙ぐ。 ルカルカも残していた余力による音速の一刃を放ち――それは違い無く敵を切り裂き、その余力を大きく減じる。 そして、追撃。 そして、遂撃。 叫ぶは氷雪を名に込めながら、熱き激情を武器に込める彼であった。 「白河に夜船が浮かぶ道理も無し――嘯くだけの騒音野郎は良い加減、黙ってろっ!」 一刀、一剣。 そして――両断。 ――がぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃりりりりりりりりり、がぎ、がぎ、がり…… 敵の音を言葉に例えられたなら、恐らく最後に聞こえた音は、怨嗟の声音だっただろうか。 消失した敵の下に残っていたのは、先ほどまで付いていたカラーボールの残りの塗料。 それを除いた敵の名残は、漸く訪れたこの静寂だけであった。 ● 「また、このよがすくわれたのですっ! ふっ!なのですっ!!」 びしっ、と天上を指さし、堂々と勝利宣告するイーリスに、ヴィンセントが苦笑する。 しばらく静寂を楽しみたい気分。そうは思うものの、あの雑音に比べたらこの少女の叫びの何と微々たる事か。 「まだ耳鳴りがするな、面倒な能力だよ全く……」 櫻霞に至っては、軽く耳を叩いて調子すら確かめねばならないほど。三半規管も狂ったのか、歩く動作にも若干ブレが見える。 虎鐵も同様に、ふらつく身体を、納刀した太刀でどうにか安定させ、今先ほどまで敵がいた地点を見やる。 「最後まで……立ってた方が勝ちなんでござるよ」 戦士の矜恃をあのような敵が理解するはずもない。それでも彼が消えた敵に言ったのは、全力でぶつかり合った敵に対しての礼儀であろう。 何時しか雲は消え、眩い月光が、リベリスタ達を祝福するかのように舞い降りる。 嗚呼、世を汚した罪なる音よ。これを手向けの言葉としよう。 最後の最後、セッツァーは虎鐵と同様、月光を照り返すペイントを見ながら、内緒話でもするように呟く。 「私は信じているのだよ。音の……声(うた)の力をね。 だから、此度は唯の雑音だった君とも、今度は友として会えるかもしれない」 ――さようなら、ディッソナンツァ。 欧州の紳士は丁重たる礼を以て、白河夜船の守護を終える宣言とした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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