● ザ、ザー…………。 『うらのべ? うらのべ! いっちにっの、さーん!!』 特種回線から裏野部四八……死葉の元気な声が響き渡る。 『さーて今日は大忙し! なんといっても新入社員の研修ですしね! 本気でやらないと入社前にして即、首ちょっきん! 頑張ってねー☆ 所で皆、胎児から作られた化粧品の話って知ってるー??』 裏野部の構成員にとって、知っておきたい情報を隠語で知らせるラジオ番組だ。今日も何かの血塗れた未来を告げる口がよく動く。 『ま、それはこっちに置いておいて。研修生のお相手は生まれてもいない赤子だから大変そう。しかも教官は不思議の国の申し子と、トゥイードルダム。ディーは今日はお休みだってさ。研修生さんたちは上手く事を運ばないとハンプティ・ダンプティになっちゃいそうですので気を付けてね! どんなチェシャ猫が邪魔しに来るか解ったもんじゃないですし! じゃ、今日はこんな所でシーユーネクストタイム!』 ● 血が無いと、生きていけない體なのだ。加えて血臭が無いと息ができなくて窒息してしまうのだ。 けど、今この場は生きるのになんて最適な場所になんだろうか? 此処は産科病院。身重の女を突き飛ばして、医師が悲鳴をあげて逃げていく。突き飛ばされて倒れた女が腹でも打ったか。腹部を抑えて苦痛を訴えた。嗚呼、彼女はもう使えない。 浅ましい人間の姿を見ていたのはゴスロリ姿にドリル状のツインテールを揺らす女。それが長方形の部屋に一人。そして、その後ろには数人の男が控えていた。 部屋の四方八方は赤色装飾の斑点模様。ぽたり、ぽたりと、天井から赤い雨が滴り落ちていく程の出血量。それを器用に受け止める日傘を差すゴスロリの腕からも血が滴っていた。誰の血だろうか?それは拉げた彼女の腕のと、切り裂いた女の血。よく周りを見れば柘榴みたいに弾けた女達が絶望の中で死んだ跡だらけ。 「やめて、やめて……」 「ん?」 目の前でまだ動く身重の女が泣きながら首を振っていた。 可哀想だ。 普通ならそう思うのだろうがゴスロリはそう思わない。見開いた目と裂けた口で作った顔を斜めに傾けた。取り出したのは逆さまにマリア像がくっついた針の様なもの。それを身重の女の腹に躊躇い無く突き刺したのだ! 「ハッピーバースディですわぁ♪ 元気な男の子ですのぉっ!」 瞬時、ゴスロリの背後から出てきた執事姿の少年の刃が女の膨れた腹を縦に切り裂いた。あまりにも強引すぎる帝王切開。ゴスロリが日傘を広げていたって、下から飛び散った雨なんて防げないから顔は赤色の厚化粧が増していく。 そしてびくりびくりと蠢いている切られた女の腹に腕を差し込んで、絶叫をBGMに甘い蜜を掬う。 ドロリ、出てきたのはそれはそれは見るに耐えない……人間の形だってまだしてない。生まれるには早すぎる……その『子』。 「……器用さを超要求される仕事は超嫌だなって今超思った」 「黙りなさい、斑目。首領のためですわぁ、素敵でしょう?」 「超マジキチ!」 必要なものを奪った残骸の母体は用済みだ。八つ当たりのように少年は両手の刃で手を刎ね、腕を刎ね、足首を刎ね、太腿を刎ねてから首を刎ねた。だがまだ終わらない。残った胴体に何度も何度も赤い線を刻んでいく。飛び散る血、部屋はどんどん汚れていく。だが、それでいい、彼はそれでいいのだ。そうする事で、己の力が発揮できるから。 「マジキチなのはそっちですわぁ?」 「ギャハハハハハハハハハ!!!!」 甘い刺激、狂おしい胸の高鳴り。 ついでに部下の指導も交えて一石二鳥って所だろうか。 「ハイ、じゃあこんな感じで、斑目をお手本にじゃんじゃん胎児をゲットしまくっちゃって下さいねぇんっ。これは作業ですので一切の感情は要りませんわぁ! お前等犬以下の道具風情は淡々と仕事を熟しなさい、馬車馬の様になるために!!」 「「「イェス、マァム!!」」」 「良い返事ですわぁん♪ 糞野郎共☆」 に、しても腕が痛い。 ――あの日。 「お呼びですかぁ?」 不死偽・香我美という女はゴスロリスカートの端を両手で持って一礼した。笑って近づいてくるのは裏野部の首領――裏野部一二三だ。左手を出せと言われて、躊躇い無く左腕を前に出せば、そこに絡めてきた彼の手。なんて恐ろしい、手。 ゴギギィィ!! 刹那、横に半回転した手首。まるでドアノブを回転させる様に簡単に、手首を支点に香我美の手は綺麗に逆さを向いたのだ。 一二三の戯れによって砕かれた骨、赤が噴き出す手首、拉げた皮。普通なら激痛に叫び声くらいは出しても良いはずなんだが。 「ああああああああああああああああ!!!!」 香我美が出した叫びの意味は快楽の極みだった。 「気持ちい、あ、ああっ、あっ、すごぉい、左手使えなくなっちゃっあ、あ、ああん、はぁぁん、はああん!! ァガッ」 今度は今まさに作られた歪な手をそのまま引かれて、香我美の身体はバランスを崩して頭から地面にこんにちは。脳震盪を起こしているにも関わらず、一二三の足がその頭を上から抑えた。 「ああっああっあっあっあっ……っ、もっとぉもっともっとシてぇ、あん、ひぃ、ひぃいんんふうっ、もう一回、もういっかぁいおねがぁいしまぁっぁん!!」 駄目だこの女。 「もう一回が欲しけりゃ、おつかいしろよポチ」 「はいっ、はぁあい、はぁぁあいっ」 「はい、は一回だクソ女ァ!」 軽く蹴り飛ばされた顔面。吹き飛んだ身体は壁に背を打ち付けてから床に墜落した。 「ゲホッゲホ、ゲホッッ、はぁぁああああいっっ、ポチ頑張るぉぉっ」 頭はちょっと通常では有り得ない角度に曲がっていたとか。 ● 「皆さんこんにちは、今回の相手は裏野部です、急ぎの仕事です!!」 『未来日記』牧野 杏里(nBNE000211)は資料を配りながら言う。 「場所は産科のある病院。入院している妊婦さんや、来院していた妊婦さんにその他医師等々一般人が居る中、堂々裏野部フィクサードが事件を起こします。 狙いは胎児。生まれた赤子では無く、胎児です。なので妊婦が入院している場所にフィクサードは行くようです」 資料にはアーティファクトの文字が赤色で丸されていた。その名前は『血塗れた生神女』。 「呪うための道具。製作者の気がしれない……逆さマリア像の針。 直接子宮を神秘で浸蝕し、中に居る胎児をノーフェイスにするものです。それをした後、裏野部は赤子を引きずり出して集めています。何に使うかは……その、凄い言い難いのですが、化粧道具にする……とかで」 ぞっとする話だ。誰がそんな化粧品使うっていうんだ。 「なので止めて下さい。今から行っても、裏野部が事を起こすのは避けられません。多少の犠牲は仕方ない……かもしれませんが……ですが!まだ救える命が多いはずです!! 相手はハイデイライトウォーカーとその部下と、血の刃。以前街を一つ襲撃した裏野部の生き残りです。特にハイデイライトウォーカーは裏野部の幹部らしいですのでそれなりの凶悪さを持ち合わせているかと思います。ついでにあの首領からの命なのでいつにも増して殺る気満々な様で、お気をつけて」 一度は顔を合わせた者も居るかもしれないネームドのスペックは全て資料に記載されている。 「場所も広いし、一般人、特に妊婦は俊敏に動けない。条件は最悪ですが……相手もノーフェイスにする道具が無くなったりそこに居る意味を無くせば自ずと撤退するはずです。勿論……ノーフェイスの討伐は忘れずに。 きつい仕事でしょう。ですが早急な解決を要します、事後処理はお任せ下さい。では」 後は全てリベリスタに託された。 「それでは、お帰りをお待ちしております」 杏里は深々と頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:夕影 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月25日(土)23:24 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● さあ、始めよう。血を血で洗う楽しいお祭りを。 『ましゅまろぽっぷこーん』殖 ぐるぐ(BNE004311)は駆けだしていた。ビスハ(イヌ)としての本能か、それとも未解なスキルの臭いを辿ってか、一心不乱に駆けていた。 一方、血臭が充満しきった部屋の内部。 「アリス」 「ええ、リベリスタで――」 ぷよん。 「――しょう……?」 ダイブ。ふとアリス――もとい香我美が自身の胸に違和感を感じる。 「ましゅまろらー! この手触り、感触!!」 「ああんっ、違いますわっ! 女性の神聖たる部位ですわぁ!! そこらめぇ!!」 香我美の豊満な胸に飛び込んで、しばらーく……くっつきながらあれこれ感想を述べるのはぐるぐ。周囲の香我美の部下が真っ青な顔でそれを見ていた所で、香我美が取り出したのは細長い黄金色の針だ。 それを瞳に映し、ぐるぐは「ああ」と思い出すように呟く。 「あーそんれ!」 見上げた顔。ぶつかった目線。 「……あれ? ろっかであった?」 「さあ。どこかでお会いしたかもしれませんわねぇ、ぐるぐ様?」 それは誰の記憶のもの? ぐるぐ目掛けて針の先端は向けられ、走ってくる。寸前でぐるぐは香我美から離れて部屋の出入り口を塞いでいた仲間のもとへと帰った。 「あらあら、いらっしゃぁい」 香我美が腰を折って丁寧に挨拶したのはアークのリベリスタ十人。 腰がくの字から縦1の字に変わったその時、『瞬神光狐』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)が彼女の横を通りぬけて行った。 風を連れた光狐。部下の中心へと割って入れば、冷え切った目線が彼等を射抜く。 「御前らも災難ダナ、私等に負ケて逃げ帰っても、此処で私らに殺されても、結局は死ぬ」 研ぎ澄まされた刃が光った。狙いは――。 「ひ」 弱さが見えた、敵――リュミエールの迷いの無い一撃が、ひとつ。 「楽しそうらなー!! ボク達も混ぜてほしいのら」 続いたぐるぐ――ぐるぐ達の幻影が無邪気な殺意に地面の血だまりが波紋を揺らした。 「御機嫌よう、お久しぶり」 「あら可愛らしいお人形さん」 香我美と交わった言葉は一瞬。『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)は指を鳴らせば眩い神秘の光が部屋を包んだ。 「何に使うかは知りませんが、その企て、此処で止めさせていただきます」 「うふ、ふふ、痛くて気持ちいけど、ちょっと邪魔ね」 ミリィの一撃に香我美はケロリとしていたが部下はそれ所では無い。少しばかり眉を歪ませた香我美をミリィは見逃さなかった。 今だ、ショックが効いている間に――部下を。そう、ミリィは仲間に無音の指揮を奮い立たせる。 奏でる戦は狂気への断罪。――奏でよう、勝利のレクイエム!! 「ミリィ、そっち言ったゼ」 リュミエールの声にミリィは気づく。敵のソードミラージュがミリィの眼前へ――打たれたソニックエッジは彼女の體を縛った。 「会って早速だけど、灰になれ」 未だミリィの閃光が目に残る頃、『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)が放った炎の弾丸が部屋中を舞い続けた。 「此処は、お前らみたいなのが居るべき場所じゃあ無い」 杏樹は腹立たしいのだ。もっと笑顔が溢れるべき、新しい命が祝福されるべき場所で。こんな地獄の様な所業。 「けして、許さない。一人残らず地獄へ送ってやる」 瞳が、狂気に陥る寸前の様に怒り狂っていた。もはや神に祈る時間も無く、彼女は悪の芽を狩るのだろう。 「ハハ、狂いのない殺意は綺麗だな」 「あら、斑目。同感ですわぁ!」 笑う二人を縫って、『天の魔女』銀咲 嶺(BNE002104)の幾重にも織られた気糸が線を結んだ。 「随分、楽しそうですね」 「ええ、ええ! だってこんなにも死が溢れてる」 「こんなにも血でいっぱいだしな」 「「これが楽しくないで何とする!!」」 裏野部裏野部、殺戮の嵐を巻き起こす狂者の揃い。 「理解できません。まあ、定時に上がれるならどうとでもなりなさい」 気糸は後方、ホーリーメイガスの脳天を射抜いて、早くもそれの生命活動を停止させた。だがまだ動ける者は動ける。 デュランダルが、マグメイガスが強力な火力でリベリスタの後衛陣を狙ってきた。やるか、やられるか。もはや敵の目は血眼だ。 部屋の中央。死を迎え倒れた部下に目さえ向けずに香我美は口元の血を舐めた。 「楽しいわ。あんなにも必死になってくれて……教育が上手くイきそう」 その前方に佇む男も、久しぶりの逢瀬に何を思っていたのだろう。 「久しぶりだね、不死偽ちゃん」 顔を斜めにして挨拶をした『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)と同じように、顔を斜めにしてみた香我美。 「あら葬識様! 前回は糞の残飯処理大変でしたわね!」 「なるほど、そんな名前だからアリスちゃんかぁ。ソレじゃ俺様ちゃんはジャバウォックでも気取ろうかな?」 漆黒を解放した真っ赤な瞳が瞬きをした。視界が閉じて開く一瞬の間に、部屋の中央から高速で距離を詰めてきた香我美、その、一切の光が無い瞳が見えた。 「素敵、お似合いですわぁ! でもそれの最期って……」 少しだけ、持ち上げた足がズドンと地面に入った。衝撃、空気が振動し、コンクリが陥没し、リベリスタはバランスを崩して倒れていく。 「はーい、裏野部1年生の糞共ー? ちゅうもーく!」 『断罪狂』宵咲 灯璃(BNE004317)は即座に体勢を立て直し、伸びる剣を振るった。 \アーク特別講習、はっじまっるよーっ♪/ お代は命。講習の内容は、各々で見つけてね! 部屋の隅にまで届くその剣は命を狩るために容赦はしなかった。 鎖で肉を狩る楽しいお仕事をしましょう。例えばフィクサードを、例えば香我美の腕を、例えば妊婦の首を刎ねていく――。 「灯璃さん、まだ、一般人が中に!?」 「ああ、うん! 尊い命だったね! もう刺されているからお腹の子は残念賞!」 ミリィの呼びかけに、灯璃はさも嬉しそうに返事をした。 「おっと」 本来の役目、強そうな部下はブロックする事。 おそらくあの中で一番強いのはソードミラージュの彼だろう。眼前に舞う、白い翼と燃える赤の瞳。 「灯璃とあーそぼ!」 『続・人間失格』紅涙・いりす(BNE004136)はハヤテへと向っていた。敵との間。広めに問った間合い。 「はじめまして。さようなら。破界器よこせ」 「の、割には間合いが腰引けてね?」 いりすが太刀とナイフで切り裂くのは、殺意剥きだしで向ってきた血の刃。一本だけ当たり所が悪く、弾けた刃は元の血となっていりすの顔面を染めた。 次にいりすが飛ばしたのは残影混じりのリッパーズエッジ。ハヤテの頬を切り裂きながら枕へ刺さって静止した。 「めんどくさいことをする」 嘆いたいりす。 目の前で不滅の紫色の紋様が身体に現れたハヤテはニヤリと笑って、頬から流れた血を舐め――そこにあったはずの傷は綺麗に治っていた。 ● 血の刃は後衛陣が消し、ハヤテを抑える役目はいりすが果たしていた。 かつ、強力な複数攻撃は低レベルの部下の命を砕いていく。此処まで言えば状況は有利と思えるだろうが、そうでもない。 弱いものが先に消えるというのは、逆に言えば強い者は残るという事でもある。なおかつ、消費の大きいスキルを連打したリベリスタは、精神力が時間と共に消えていく。 ならば嶺が治せば良いというのだろうが、インスタントチャージは単体にしか当てられないので時間がかかり、『金雀枝』ヘンリエッタ・マリア(BNE004330)のリプートは香我美のEP吸収や敵の進撃阻止によって撃つ事が叶わない。 だが着実に部下は消されていっているのも事実。 「フェイトを燃やしてたっちあがれー♪」 「あれあれあれー動かなくなったのらー、動かないと遊べないらなー」 灯璃の精密射撃が格下を射抜き、纏めてぐるぐがその首を狩っていた。遊び半分の様に楽しそうに裏野部を狩る姿は裏野部以上に過激とも言える。 「ほらほら、やらないと死んじゃうんだよ? 怖いよね、ほらほら!」 後衛に向かうソードミラージュを抑えつつ、時には麻痺を貰いつつも、灯璃は止まらない、止まる事を知らない。 それ以上に血の刃の攻撃や、暗黒に巻き込まれて起死回生を迎えたぐるぐが何より凶器であった。 「あそぼ、あそぼ?」 大きな尻尾をぶるぶる振って、死体の上に足を置いて。ぐるぐは残幻剣を振り落とした――。 「ああん! ちょっと部下を削られると困るのです。わぁぁんっ! ちょっと離しなさーい!!」 「はいはい、どうどう」 香我美の細い腕を掴んで離さない、葬識。次に狙うはその彼女だ。腕を引いて、血と錆びだらけの鋏の口が香我美の首を狙い、動脈が綺麗に弾ける。 だが香我美は鋏の餌食になったというよりかは自ら向かってきたと言える。 「キッスとか殺人鬼ちゃんてれるぅ」 目的は、葬識の全て。葬識の細い首に香我美の鋭い牙が奥深く、根深く侵蝕する。血の一滴でさえ逃さない、傷音から漏れる水音が重なる度に葬識の意識が檻に閉ざされていく。 ただ、鋏を腕に突き刺していた彼の抵抗には恐れ入る。 「殺したいなら私の全てをぶち壊して欲しいのですわ」 彼を後にして香我美は進んだ。狙う、後衛陣――撃たれたのは地盤破壊の衝撃。 ――全ての子羊と狩人に安息と安寧を。罪なき子に安らかな眠りを。 目の前で香我美が笑う――だが杏樹は諦めずに部下の殲滅を行っていた。だがその香我美の攻撃によって燃ゆる火を作る力が枯渇。 「あら?」 しかしだ、彼女は気高きノワールオルール。精神力は傷ついた部下から調達すればいくらでも。 「上位様でしたの? これは挨拶もせずに申し訳無いですわぁ!」 「いらない、そんな事より死ねば良い」 杏樹を見た香我美は面白いものを見つけたと笑った。上位を手駒にできたら楽しいだろう、迫る彼女の毒牙。 が、次の瞬間、爆炎と衝撃が香我美の身体を後方へと押しやった。 ヘンリエッタの力だ。尽きかけた精神だが、寸前で嶺が回復させていた。 「大丈夫か、杏樹。何かされてないか?!」 「大丈夫だマリア……ありがとう」 空中で体勢を整え、鮮やかに着地した香我美はヘンリエッタと『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE003364)を見据えた。 「ラグナロクに、噂の異界人ですわね」 ――邪魔臭い。 「次のラグナロクは撃てないでしょうに、足掻く貴方はちょっと惚れちゃいそうですのよ? ジビリズ・ジークベルト」 「名前を知っていたか」 「ええ、まあ……噂程には。でも邪魔ですのよ」 香我美に従ってか、葬識の暗黒が彼等を襲った。 リュミエールの速度が部下の目を狂わせる。これこそ速さに狂えという事か。 ただ、撃ち続けたアルシャンパーニュは精神的消費が重い。ついに尽きた精神で、幻影剣に切り替える事を余儀無くさせる。 それでも格下の相手は十分にできよう――ほらまた、命の尽きかけた少女を狩る時間だ。振り上げたナイフさえ降ろせばおそらく――。 「死にたくないよぉ……」 「ナラ、私らに投降する路線はアルンジャネー?」 リベリスタに殺されるか、それとも逃げて裏野部に断罪されるか。選択は二つに一つ。だが三つ目をリュミエールは突き着けたのだ。それは心弱い彼女にとってどれだけの救いであったか。 「決断は任せるカラナ」 「……うん、私は……裏野部をや」 ――ザンッ。 リュミエールの目の前で彼女の首が飛んだ。空中を舞う、血の刃――見せしめ、と言った所か。 「オマエ……」 ハヤテをリュミエールは見た。 「ハハッ、裏切りはいけねーだろ?」 「それ、リベリスタの妊婦にも効くんですか? 嫌です……」 「あらあら! 貴女、そうなの?」 嶺は精神が尽きた仲間の補助で手一杯であった、己の力を削って仲間に力を渡すのはこの編成の軸と言えるだろう。 その途中で嶺は自らの子宮たる部位を抑えて、嫌悪な顔を香我美に向けた。己へ矛先が向いてくれれば、他の妊婦達や仲間に攻撃が行く手間が消えると信じて。 しかしだ、香我美の目的はリベリスタが到着した時点で胎児の収集から、如何にこの場から逃げるかが先決である。 扉を塞ぐリベリスタの削除。更に後衛陣のブロックの削除。 香我美一人でこれを行い、精神を尽きさせてリベリスタを壊滅寸前に追い込んでいる実力はあるものの。 少しばかり、時間をかけ過ぎたか――否、リベリスタが頑張り過ぎたか。 「可哀想に、裏野部のスパルタは大変だね。どちらを選んでも死地だNE☆」 「そうは、思いませんわ……弱くて生きていける世界では無いのは知っているでしょう?」 裏野部なんて、深すぎる闇に足を踏み入れるなら尚更の事。 「あの世で悔い改めろ」 「く、こ、のぉぉお!!」 杏樹の弾丸、もはや炎を纏わせる力は残っていないものの、それでも繋いだ精密な魔弾が後衛陣を荒らしたソードミラージュの脳天に穴を開け。 「うらのべうらのべいっちにのさーん! 今日の研修は全員首だー!!」 嶺に精神を回復させてもらった灯璃のハニーコムが、部下の命を根こそぎ摘み取った。 「破界器なら俺の中に溶けちゃってるから意味ねーぞ」 ギシリ。 軋むベットの上。ハヤテの上にいりすは乗っかっていた。 ダイジェストに状況説明をすると。 刃と刃を交り合わせて幾度にも。身を曝して傷つけ合った二人だが、血の刃の加勢があるだけいりすの方がフェイトを使ってまで消費が大きかった。 だがハヤテが部下の最後の一人が死んだのを見て任務の失敗を確信し、隙が生まれてそこを押し倒したいりすであって。 ――時は戻って、いりすは短剣を振り上げ彼の脳天目掛けて振り落とす。即座、その手首を掴んで止めたハヤテ。 「戯れたいならアリスがお勧め」 「やる気なしだね。君らの殺しにゃユーモアが足りない。無頼気取った所で、保険かけるような手堅さが、見え隠れするのよな」 「よく解ってんじゃねーか。首領命令だ、失敗できないってやつ……だったんだが」 そのままハヤテは空いている拳をいりすの眼前に突き出す。 「なら、やる気無いのはなんでかね」 「命令されんの……嫌いなタチなんだよ、ほっとけ!!」 その拳から漆黒の光が溢れ出る――シュヴァルツ・リヒトの光を受け、いりすは後退し、ハヤテはベッドから起き上がった。 「面白いなオマエ、一人で此処までやってくるとか化け物かよ!」 いりすはそのままハヤテに再び音速の刃を放ち、彼の肩に突き刺さった。それを抜き取り、ハヤテは返すと言いながら再びのシュヴァルツ・リヒトを放とうとしたその時だった――。 ――カラン、と落ちた生神女。尽きかけの精神を振り絞って返した葬識のソウルバーンは此処で防御を貫き、香我美を射抜いた。 「覇界闘士がそんなもの握ってたら力出せないでしょ?」 落ちたそれ、葬識は蹴り上げて部屋の天井に針が刺さった。逆様の女神は今だけ正位置に向いている。それを杏樹が魔弾で射抜き、破壊した―― 「いやん……そんなぁあ!!!!」 未だけろっとしている香我美は地団駄―― 「ヲイ!? ちょ、アリス!!?」 ――衝撃波がリベリスタと一緒にハヤテまで襲った。 「ご機嫌斜め?」 葬識が香我美に問えば。 「興醒めですぉぉおお!!」 鬼の形相だ。 「こンの糞共、仕事道具は大切ですわぁ!! 私は首領からの命令は絶対ですのぉ、全員灰屑にしてヤりますわぁぁぁぁ!!!」 裏野部の幹部という名は伊達では無いか、殺意の波動だけで空気が揺れた。 おそらく、ここからが本番なのだろう。精神が尽きた前衛に、倒れ伏しそうな後衛達。だがまだ諦める訳にはいかない。 むくり。 埃が舞う範囲の中心で立ち上がったのは。 「いってェな!!!」 ハヤテのペインキラーが香我美の頭を打ったのだった。 「三途見えたぞコラ!! いっくらキレても攻撃に巻き込むンじゃねェ!!」 「ああああんっ、ダム、ごめぇんなさいぁああんっはぁんっあんっやぁんっっ!!」 突如目の前で繰り広げられる裏野部による仲間割れ()。 床で丸くなる香我美にハヤテは足で打撃の連打連打連打連打。―――しばらく時間が経った所で、ふとハヤテはリベリスタを見た。 「帰る。部下教育も胎児収集も大失敗だ。これ以上居る意味あンのかよ」 「いやぁん、ダムゥウ! 一二三様になんて説明すればいいかしらぁぁふえええん」 「知るか、潔く殺されろ!!」 二刀の刀を閉まったハヤテは香我美の襟首を掴んで、何事も無かったようにリベリスタの間を通り抜けていく。 だがミリィはハヤテの前に立ちふさがった。 「そう言って、外の患者を襲うのであれば行かせる訳にはいきませんが」 「ああ、信用ねェな。遊び足りねェリベリスタの嬢ちゃん達を止めといてくれるならなんもしねェで帰ってやる」 振り返る。背後で、ぐるぐと灯璃が今にも飛びかかってきそうにしているのがミリィには見えた。 「その言葉、信用できるのですか」 「俺は頭は悪ぃが相方残して死ねねェ」 じゃあな、と言いながらハヤテはミリィに血だらけの手のひらを横に振った。 終わりは非常に、あっさりしていた。 「定時に……上がれちゃいそうですね」 呟いたミス・定時な嶺は、現場の血臭に鼻を抑えた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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