●君が産まれた日 君の泣き声が祝福に聞こえたんだ。 それ以外何も聞こえなくなって。 誰かに急かされて君の身体を抱きかかえた。 笑ったんだ。笑ってくれたんだ。 俺は何度もお礼を言った。何度も何度も。 きっと君より俺の方がずっとくしゃくしゃの顔で泣いている。 見れば妻が笑っていた。 俺は慌ててお礼を言った。ありがとうと一度。 それで十分だと。一言告げて目を閉じた。 お前にようやく家族を与えてやれたと。笑って。 ありがとう。 俺に家族を与えてくれて。 俺の家族になってくれて。 ありがとう。 ――ありがとう。 ●俺が変わる日 「……それで?」 先を促すリベリスタに頷いて、『廃テンション↑↑Girl』ロイヤー・東谷山(nBNE000227)が笑顔で答える。 「産まれたのは元気な男の子デースよ。可愛いヨ」 「それはおめでとう。でもそうじゃなくて」 ハイハイわかってマスよーと手を振って。 「瀬戸家に産まれたコノ赤ちゃん。両親は幾度もアークと関わってきた、元フィクサードの家継と名門リベリスタ夜渡家の娘瑠香の夫婦デース」 この夫婦を中心にこれまで何度もアークを巻き込んだ事件が起こった。脳筋一家の夜渡家が家継の命を狙って襲ったり暴れたり色々と。そう色々と。 「で、今回は?」 どうせ事件が起こるんだろという響きにオーバーアクションで頭を抱えて見せ、ロイヤーが「That's right.」と口にした。 「コノ後、安静にと眠った瑠香と赤子と別れ病院を後にした家継がバトルに赴きマース」 病院を去る家継。その表情は硬く瞳は決意に色を染め、その手には手紙が握り締められている。 ――手紙? 言外の疑問に「今朝届いた脅迫状デースね」と頷いて。 「もしかしてまた『堕ちた者の楽園』が動いたのか?」 それは家継がかつて所属したフィクサード組織。凶悪なテロリスト集団。前回はそいつらが家継の命を狙ったのだ。 「これが届いた手紙の内容の模写デース」 ロイヤーが差し出す手紙を頭を寄せ合って覗き込んだ―― 『孫を引き渡せ。さもなくば――おお、おお恐ろしい! 恐ろしくてとても言えん! あーあ……全部お前のせいだからな!』 「どういうことだってばよ」 「わかるだろ。いちいち説明させんなしちめんどくさい」 説明を放棄しやがった! まぁ、ようは、つまり―― 「また夜渡家なんだな?」 わかってたよ。わかってましたよ。瑠香の恨みを買って孫に会わせて貰えない父親と兄弟連中がまた馬鹿をやらかすんだろと。わかってましたよ本当は! 「いい加減夜渡家を始末する許可が欲しいんだが……またリベリスタだから止めを刺すなって話だろわかりましたよ」 説明が楽でイイネと笑うロイヤーに悪態をついて。 「また家継を守れって言うんだろ。わかったよ」 「ノン。守るのは夜渡家デスよ」 …… 「は?」 意味がわからない。そんな表情のリベリスタに満面な笑顔を見せ。 「今回の件を一言で表しまショウ。『家継、ついにキレる』」 ●キレちゃった。 夜渡家の豪邸は廃墟と化し。 各所にそれぞれ倒れ伏した夜渡の兄弟達。 その一人ひとりに容赦なく止めを刺さんとする家継の表情に普段の面影はなく―― ぶちキレたヤクザ者がそこにいた。 「このフューチャーを変えてきてネ☆」 ……さらっと言うなぁ。 今朝手紙が届いた時も、家継は迷っていたらしい。瑠香と赤子を引き離さないで欲しいと、自分が代償になるなら何でもやると、そう言うつもりだったらしい。 だが。だがだ。産まれてきた赤子を抱きしめた。家族を抱きしめた。子供の頃に組織によって両親を失い、攫われて兵器として育てられた家継の。家族というものに憧れる家継の、その琴線に触れたのだ。 これだけは失わないと。手放さないと。そう決意した時、家継にとって大切な瑠香の親兄弟は家族を奪う外敵へと変貌した。 「家継は正気を失っていマス。一種の暴走状態デースね」 それは幼少時に組織に施された教育のフラッシュバックか。 「暴走ね……どの程度の状態だ? 説得を受け入れる可能性は?」 リベリスタの疑問に返事はたった一つ。 「『戦闘状態に入った瑠香くらい』デース」 無理ってことがわかった。 屋敷に押し入った家継はふいをつき次々と夜渡家を血に染める。まずはこの未来を変える必要がある。 変えたとしてもそれは別の危険を生み出す。命を狙われたとあって家継を見逃す夜渡家ではない。同様にキレて家継に襲い掛かるだろう。凄絶な殺し合いも変えなくてはならない未来だ。 「夜渡家への襲撃はもはや変えられまセン。結果的に、家継と夜渡家のバトルも変えられません。つまり――」 一呼吸。いつもの脳筋一家夜渡家への対処はなんだったか。暴走状態の家継を止める方法は。答えはそう。 「全員ノックアウト。それが今回の任務デース」 力を示し頭を冷やさせる。脳筋一家に一番ふさわしい方法で。リベリスタは頭を抱えつつ頷くしかなかった。 「あ、そうそう」 言い忘れてマーシたと手を叩きリベリスタを呼び止める。 「赤ちゃんの名前、それぞれで考えておいてネ」 「……なんで?」 一瞬息を詰まらせた後の当然の疑問に、ロイヤーが微笑んで。 「無事解決した時、家継に男の子の名付けを頼まれる未来が軽く見えたんデースよ」 夜渡家は命名が微妙デースからねと、瑠香が本来つけるはずの名前が書かれた紙をぺらりと差し出した。 そこにはルビの降られた大きな文字が、妙に達筆で書かれている。 『瀬戸伊予柑』(せといよかん) |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:BRN-D | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月20日(水)01:47 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●ジハドをおこなう 『孫を引き渡せ。さもなくば――おお、おお恐ろしい! 恐ろしくてとても言えん!』 「さもなくば――の続きは何も考えて無さそうじゃのぅ」 手紙をくしゃりと握りつぶし、顔を上げた『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)の目に映るのはリベリスタ業界に名を馳せる名門夜渡家の豪邸。 これより始まる凄絶なバトル、自業自得と言えば正にその通り――思考は内部から響く破壊音に遮られ。 「始まったようじゃのぅ」 ――こんな事で家継の手を汚させる訳にはいかぬ。 「さ、喧嘩両成敗と行こうかぇ?」 「何なのこの家族」 突入する傍ら、これまでの経緯を纏めた報告書に目を通し、『道化師』斎藤・和人(BNE004070)の感想はこの一言に尽きた。 「瀬戸ちゃんもよくここまで耐えたよね。てかあの一家の行動原理って私利私欲じゃねーの?」 リベリスタとフィクサードのグレーゾーンな存在です。 そんな彼らが殺し合いに介入せんと飛び込んだ先で―― 家継と対峙する夜渡一家四人。両手を広げ口をかぱりと開き牙を剥く、夜渡家に代々伝わる秘伝の構えで待ち構えていた。なおこのポーズ二回目である。 「何なのこの家族」 和人がもう一度呟いた。 「ツッコミたい所はあるが、先ずは捨て置く」 居並ぶ強者に目を向けて『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)が踏み込んだ。 「夜渡玖也は何処にいる」 「此処にいるぞ新城拓真」 強者は強者を知る。嬉々として答えた玖也に二刀を突きつけ、拓真が腰を下げ構えた。 「死屍累々になって貰っても困るのでな、全力で介入させて貰う」 同様に盾扉を構え、三度目の対峙となる『絶対鉄壁のヘクス』ヘクス・ピヨン(BNE002689)は疲れるんですけどねと口にして。 もっとも、今回は今まで戦う事のなかった家継と戦えるのが楽しみと言えば楽しみか。 だから、理性の欠片でも残っているかを期待して――彼女はいつもの口上を唱えるのだ。 「砕いて見せて下さい。ねじ伏せて見せて下さい。この絶対鉄壁を!」 ――ボクたちなんか、妹が生まれたら全員で喜んで大事にしたのに。 皆が家族。皆が姉妹。フュリエの当たり前とこちらの当たり前は違うのかも知れない。けれど、嬉しい気持ちは共通のもの。だから『アメジスト・ワーク』エフェメラ・ノイン(BNE004345)は声を上げる。 「ね、喧嘩なんてしないで仲良くしようっ?」 そう口にして見渡せば。 「わしの首が狙いであろう? そうはさせん! させんぞおおおお!」 「私の首が狙いだな? そうはさせん! させませんよー!」 聞いてない。 「あのっ、折角新しい家族が産まれたんだから――」 そう口にして見渡せば。 「バトろうってことだよな? よーし楽しもうぜー」 「殺しあうってことだよな? よーしぶっ殺すぞー」 …… 「わしの奥義は百八式まで――おぱっ!?」 横からの爆風に全員吹き飛びました。室内の火炎弾は大変危険になっております。 「もうっ、喧嘩両成敗っ! いくよっ、キィ! 全力全開っ!」 エフェメラの叫びが聖戦のゴングとなって――全員が己が相手に飛び掛る! ●夜渡家前線異常あり 「赤ちゃんか……この可愛さの化身愛ちゃんに超任せて! それはもう可愛く可愛く……立派なオカマに育て上げますから! そんなわけでお孫さんを下さい」 ねっおじいちゃん――『ナルシス天使』平等 愛(BNE003951)のエンジェルスマイルが終わるより早く雄叫び上げて突っ込んできてます礼門さん。 「ワオ! なんでキレてるのおじいちゃん」 「色んな意味で当然だと思いますね」 愛を庇うように立ち塞がるヘクス。牙を剥いて飛び掛る礼門の身体は横からの攻撃に牽制されて。 「わらわが礼門を抑えるのじゃ」 弾丸を憑代に打ち出された式が礼門を支援する符術を消し飛ばせば、怒りの形相で瑠琵へと向きを変えその牙で襲い掛かる。 「父上は戦術というものをわかっておられない」 各所での激戦に誰もが傷を負っていく。気糸を複雑に操りエフェメラを激しく打ちのめした利史は、浮遊し誰しもを視界に入れて癒しの息吹を吹きかける愛を次のターゲットへと定めて。 「癒し手を叩けば戦線は簡単に崩れるものだ」 無防備に浮かぶその姿は気糸で簡単に捉えられる。ただし。 「それでは届きません。この絶対鉄壁の先には」 その重厚な盾扉は神秘の気糸すら易々と弾き。唖然としつつも、ヘクスが庇えないタイミングを狙えばいいだけのこと! 「こっちを癒すよー」 「ついていきます」 カーン。 「次こっちー」 「つきっきりです」 キーン。 完全ガード態勢でした。 「まぁ、小生も大概、人でなしではあるし」 ――まぁ、イイや。ボコろう。 夜渡家に対して何か言おうとして、面倒になったとばかりに『続・人間失格』紅涙・いりす(BNE004136)の振るう刃が暗黒を纏い。 「纏めて相手をさせて貰う」 拓真のガンブレードが激しい銃撃を繰り出せば。 すでにグロッキーの利史がふらふらと気糸をなんとか伸ばした。 「わ、私の計算では、こんなはずでは……」 気糸が愛に届くことはない。盾で巻き取った気糸を引っ張れば、ぱたりと倒れた利史は動かない。 「その計算に、この絶対鉄壁は砕けないということを加えた方がいいですよ」 「あ、この世の可愛さ全部の化身であるボクが死ぬわけないってこともね」 ヘクスの言葉を、愛がエンジェルスマイルで付け足して。 「カゾク、マモル」 「小癪な青二才がぁ!」 家継と礼門の決闘に巻き込まれぬよう立ち回り、瑠琵は式を飛ばしていく。 「丁度良い機会、とことん殴り合うと良いのじゃ」 もっともこの状態にするまでの苦労はそれなりに。暴走中の家継はまっすぐ礼門に向かってはくれず、礼門に次々と手駒を増やす機会を与えてしまっていた。誘き寄せる一手があれば被害はもう少し少なかったかもしれない。 ――影人の殲滅は仲間に任せたいのじゃが。 思考を共感したかのようにエフェメラが矢を放つ。複数の影人が火炎弾の爆風に巻き込まれ――煙の中から奇襲を仕掛ける! 「えっ、きゃあっ!」 トップランカー相当の実力を持ち、その中でも超回避を誇ると評される礼門。その影人の一人ひとりもまた高い実力と数の暴力で戦場を支配する! 「速くて捉えられないよっ!」 数の多さは陣形を物ともせず後衛をも巻き込んで。運命の支えでなんとか耐えるエフェメラの身体に次々と押し寄せる影人の腕が迫り―― その全てが暗黒に呑み込まれ消滅した。 この戦場で確実に礼門を捉えれるのは瑠琵の放つ式くらいのもの。ならば、集中を重ねればよい。 いりすが淡々とした動作で二振りの刃を重ね合わせれば、歪みから生じた一際大きな闇が呑み喰らう。 それによって生み出された影人の隙間を縫って、薄刃を手に『閃刃斬魔』蜂須賀 朔(BNE004313)がトップスピードで駆け抜ける! ――孫を抱かせて欲しいなら素直にそう言えばいいものを。 その嘆息も湧き上がる笑みは隠せない。 「感謝しよう。貴様らの愚行のお陰で良き強敵と戦う事が出来る故に」 動きを見据え、癖を読み取り。集中を重ねた薄刃が振り向く礼門に一太刀で深手を負わせた。 「君は懲りるという事を知らんのか。素直になれば瀬戸君も取り成してくれように」 その家継の振るう刀に巻き込まれ深手を負いながらも、表情を変えず朔が吐き捨てる。 「その程度の事も出来ないから奥方に逃げられたのだろう?」 古傷が抉られた。 「レモンさんはわがまますぎっ! 一緒になって喜べば誰も悲しまないのに、何で一人だけで喜ぼうとするのっ!」 少女に説教されてすでに涙目です。 「こんな事を続けていたら遠からず孫にも嫌われるぞ?」 どこか楽しげな瑠琵は礼門に反論する間も与えず続ける。 「それ以前に脅迫状の件が瑠香に知られたら如何なるか」 ――親子の縁も切られて二度と逢う事は無いじゃろう。 「お主は夫失格、父親失格、祖父失格な三冠王じゃよ」 言葉と共に放たれた式がゆっくりと礼門に迫り――白目を剥いて微動だにしない三冠男を床に叩きのめした。 「どけよオッサン!」 「そう噛み付くなって三男坊」 激昂し振り回す房雄の二刀を盾で止め、飄々と構える和人。家継に向かおうとしても適宜に立ち位置を変える和人に足を止められ、強行突破もその堅牢さに阻止される。 「はいはーい、瀬戸ちゃんにはお触り禁止ねー。どーしても殴りたいってんなら俺を潰してからにしな!」 それが出来ないから苦労しているのだと、焦りは募るばかりなり。そして原因は何も堅さばかりではない。 「大好きなねーさんの為に今までどんな事したの?」 「そりゃもう愛し合ってる二人だからな! 冬場は姉さんの飲み物を懐で暖めておいたり俺達のハネムーン旅行を三年計画で予約したり色々さ!」 興奮する房雄に和人は笑顔で答える。 「うわーおじさんマジドン引き」 「があああ!」 言葉遊びで主導権を握れば、若さだけの房雄など何するものか。 ――説得とか、ここまで突き抜けてると何言っても揺らがねーだろうからさ。 故に己がペースに巻き込む。精神的な疲弊を誘えば、房雄の消耗は目に見えて。 「おっと、どうやら時間のようだな」 突然の和人の言葉に眉を寄せれば、押し寄せる新手がその答え。 「我流居合術、蜂須賀朔。推して参る」 「それ、立ってられるかのぅ?」 メインディッシュの前菜だと嘯く朔の一閃が、瑠琵の放つ無数の式が房雄の身体を穿ち――片膝ついて見上げれば、鉄の塊が眼前に迫っている。 一際大きな音をたて床にめり込んだ頭を一瞥し。 「そんじゃ次行こうかね」 和人が飄々と次のターゲットに笑いかけ。 ●一部コメディ度数ゼロでお送りいたします。 「アークには強者がいっぱいいると聞くが――アンタは格別だなぁ新城拓真!」 周りの家族が倒れても、戦いを愛しこだわるその態度は変わらない。玖也は自分を相手にしながら、未だ自分に剣を向けない相手にむしろ喜びを感じていた。片手間で凌げるというならばそれだけ手強い相手なのだから。 周囲の決着がつくまで銃撃で支援し、長く玖也の攻撃に耐えていた拓真の傷は少なくない。けれど空間に干渉するエフェメラの支援の力場が深手を遮り、振りまかれる愛の献身を身に受ければ、攻勢に出る余力は十分に! 「随分と待たせたな」 改めて構え直す拓真に笑って玖也も付き合う。盾と打棒に対するは拓真の双剣。 ――随分と硬いので有名らしいが……お前を叩き壊させて貰う。言葉は覚悟。負けられないその意思、その力。 「我が双剣、耐え切れるか!」 同時に駆け出した二人。大きく吼えて剣が薙ぐ。盾の表面を火花が滑った。 「簡単に潰れてはくれるなよ?」 打ち付けられた棒に額は割れ、それでもその剣は止まらない。一撃。二撃。それで足りなければ四撃。猛攻が玖也の体勢を崩せばガンブレードの連射がその身を穿ち。 身体が動き続けてる。本能ではない。理性の先で。一撃、一撃に技術、力、魂の全てを込めて。 「夜渡玖也。お前を叩き伏せてこそ、俺の剣はまた一歩進む事が出来る! 全力で来い!」 玖也を相手に選んだ理由は強くなりたい想いただ一つ! 十数撃を越えてなお玖也は立ち続ける。強者のぶつかり合い、魂のぶつけ合いに両者嬉々として吼えあった。互いにそういう性分なのだ。終わるのが勿体無いという思いさえある。 それでも決着はつくものだ。最後の一撃を受けて鍛え抜かれた肉体は限界を迎える。笑って相手を讃え、そのまま巨体を地に沈め―― 拓真の勝利は恐らく仲間の支援あってこそのもの。それでもその意思は決して負けることはなく――拓真は最後の相手へと足を向けた。 夜渡家の全滅。それはすなわち最後の決戦――いや、聖戦を意味していた。 家継の暴走は未だ止まらず、倒れ伏した夜渡家に構わず刀を振り回し。 「させんぞ! おぬしの手を汚させる訳にはいかぬ!」 瑠琵が急ぎ礼門の身を引き寄せ式符を放つ。符の牽制は攻撃を鈍らせ、その攻撃をヘクスが引き受ければわずかな負傷で済んでしまう。 「こんなものですか? 楽しみにしていたのですけど」 サディスティックな笑みもヘクスならではの余裕か。 「さあこの可愛さの化身愛ちゃんが癒していくからね」 倒れた夜渡家の面々をその背で庇いながら、愛が仲間に吹きかける癒しの吐息がそのわずかな傷も打ち消して。 それでも家継は止まらない。その歩みを止めるのは誰ぞ。 「硬ぇだけじゃねーんだよ」 和人が渾身の一撃を叩きつける。悲鳴も上げず睨めつける視線に急ぎ盾を構えれば、思った以上にその衝撃は少ない。 見れば自分と家継の間の大気がその攻撃を歪ませ阻害させていた。 「無理しないでねっ!」 微笑むエフェメラの声に、ウィンクで答えて得物を振るう。 「この時を楽しみにしていたのだ。この場で最強たる力、見せてもらおう!」 声を弾ませ朔が薄刃を閃かせ、素早い切り込みが家継に傷を負わせていく。 だが家継は朔に目もくれず歩を進めた。家継の獲物は夜渡家なのだ。刀の切っ先は倒れ伏す房雄に向けられて―― 「君は瑠香君の家族を奪うのか?」 足が止まった。朔の言葉は家継の本質に向けられた。家族を望み家族を想う、家継にとって瑠香の家族もまた、護りたいと思っていたものなのだから。 満足げに頷き、再び朔が走り出す。 「今は私に集中して貰いたいものだ」 駆け寄った朔の身体が家継の懐に入る。同時に、逆側から飛び出した拓真の双剣も。 強者との戦闘は望むところ! 腕を磨く二人の剣士が左右から同時に家継を激しく切り裂いた。咆哮を背に聞いてそのまま駆け抜ける――その腕を強く引き寄せられ。 「――っ!?」 その膂力。無造作に放り投げられた身体に無遠慮な一撃が繰り出される。大蛇に呑みこまれた獲物の如く、叩きつけられた身体は地に沈んで動けない。再び家継は歩き出す。 ……いや、その運命を代償に朔はもう一度気合の声を上げ刃を振るう。足を切りつけられバランスを崩す家継に、リベリスタ達の一斉攻撃が集中した。 一際大きな雄叫びを上げ、繰り返す大蛇の一撃が周囲を吹き飛ばし朔を再び地に落とし。 けれど限界は来る。 突如彼を包み込んだ暗黒の瘴気。闇の中で人切りの刃が閃いて――無数の斬閃が軌跡を残す。 家継が倒れた後で、立っていたのはいりすだけ。 さて、恒例となった正座タイム。 ふて腐れて座る夜渡家の面々の中で、大きな体を萎縮させる男が一人。暴走が収まった以上、生真面目な家継は自身の行動を恥じていた。 「ま、ま、折角家族も増えたんだしっ。仲がいいのが一番だよっ♪」 「ええ、ヘクスは楽しかったですしね」 エフェメラとヘクスに慰められ、家継は深々と頭を下げた。 「ありがとう――君達には本当に助けられた」 瑠香の家族を奪っていたら、きっと自分を許せなかった。息子に顔向けできなかっただろう。 だから―― 「君達の様な人物に育つように、子供の名付け親になってくれないか?」 「翔希というのはどうだろう。この先の未来。希望へと翔けていけるように」 ……この子も、色々と苦労をしそうだしな。夜渡家を一瞥する拓真の言葉に家継は苦笑を隠せない。 「『勇気』でどうだ! 愛と勇気のふたつの看板で、将来ボクのオカマバーを任せられる逸材にまで成長してくれる事を祈って!」 愛さん、それだとお互いしか友達がいなくなるアレっぽい! いや希望も許されるか。 「調べてみたけど、女の子にピッタリな名前が多いよね柑橘類。使えるとしたら清見とか……文旦とか?」 和人が名前辞典をめくりながら呟けば。 「男子の名前は橘というのはどうかね」 柑橘系繋がりで朔も案を出す。 「何を言ってるんじゃ。赤ん坊の名前は『伊予柑』以外ありえん」 腹を痛めて産んだ母親がそう決めたのじゃからのぅとは瑠琵の意見。 「究極的に言えばさ。名前なんて無くても生きていけるだろ」 ――だからこそ、それには意味があるんじゃないかしら。 いりすは語る。名前とは親が子供に贈ってやる最初のモノなのだろうと。 「君ら二人で考えて、贈ってやるのがいいって、小生は思うのさ。『すだち』とか。柑橘系の響き且つ羽ばたく様なイメージで」 ――あれ、何か結局、口出しした気もするけど―― それぞれの意見を吟味して、瑠香と相談するよと微笑んで――家継は帰っていく。 後に残ったのは半壊した夜渡家の豪邸のみ。 「……今回、わしらそんなに悪かったかなぁ」 礼門の呟きに誰も答えず。 ●家族が増えました 後日、アークに届いた一枚のはがき。 「家族が増えました」 簡潔なメッセージは両親どちらのものか。 小さなはがきの中を狭しと映る笑顔の赤ん坊。あの家族思いの不器用な男はどんな表情を見せているやら。 視線をずらせばはがきの隅に書かれた大きな文字が目に入る。カラフルな色で刻まれたそれが、この赤ちゃんが以後呼ばれることになる名前なのだろう。 『瀬戸 すだち』 しばらくはがきを見つめていたが――ひょいと配達人に投げ渡し。 「まぁイイか。小生、悪くない」 呟いていりすは今日もどこかへと―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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