●報告、敵城戦線我は在り ほう、と。寒空に息をついた。 もう3月も近いというのに、この国はまだまだ春とはいかぬらしい。 「この国の冬は、祖国よりも厳しいものではないと聴いていたのだがね」 それはつまり、それだけ自分がこの極東の島国に肌慣れしたということなのだろう。 非常に、喜ばしいことだと思う。まるで、外地の人間である自分が受け入れてもらえたかのようで。 「しかし、自分の無学さが本当に悲しい。渡来するのであれば、風土風習を事前に調査するなど当然であろうに。何故そこに至らなかったのか」 男は流暢な日本語で言う。当然だ。他国で我を通すなど、相手を自分と対等に見ていないということではないか。「ニホンゴワカリマセン」「コニチハコニチハ」。いずれも誇り高き祖国の人間として恥ずべき行為だ。 他者を敬え。己と対等と考えよ。そう、この国では郷に入りては郷に従えと言ったか。 「嗚呼、しかし本当に誤算だ。このような事態に陥るとは。まさかこの国が、火葬主義だったなんて」 立ち並ぶ骨の軍団を見て彼は嘆く。整列し、旧式な兵服に身を包んだそれらの前で彼は嘆く。 「これでは、これでは祖国の勇ましい顔が見られない。屍山血河の上に立つ、それでいてなお死兵の群れである彼らの相貌を窺い知れない。悲しいことだ。悲しいことだ。だが、仕方がない。仕方がないことだ。それが、この国の文化だと言うならば」 芝居じみた大仰さで夜空を仰いでいた男は、将校服のタイを締め直し、彼らに直る。祖国英霊達、それらが乗り移った骨の群れを。 「諸君―――戦争だ」 その言葉に、兵列は反応を返さない。当然だ。これは死者の群れ。言葉を発さず、心を正さず、生命を謳歌しない。 故に死者。故に死者だ。死人に口なしと、この国では言うのだから。尊重しよう。敬愛しよう。そうだ、死人は口を開かない。ただただ生者を貪るだけだ。 「そう、戦争だ。戦争をしよう。待ち望んだ戦争をしよう。たかだか一個中隊に満たぬ死兵の群れで、誰に捧げることもない首級を揚げよう。褒章はない。階級もない。守るべき大地もない。ただただ敵を。ただただ略奪すべき文化を。前方だけを見つめながら行軍しよう。火薬の臭いにやられる脳は燃えている。地雷の爆裂に怯える肌は焼けきっている。ならば何を恐れよう。何を恐怖しよう。最早諸君に、震えるべき臓腑すら備わっていないのだから」 軍帽を深く被り直す。気が高揚して、この先に待ち受けるそれが楽しみで仕方がない。獰猛に、犬歯を向いた。私は笑っている。今、今ここで笑っている。嗚呼、私は生きている。 そうだ、この国ではこんな時なんと言うのだったか。折角の祭だ。勢いづいた言葉がいい。探せ、探せ。嗚呼、そうだ。この国ではこんな時、開戦の合図にこういうのだ。 「トラ、トラ、トラ」 全軍全身。嗚呼、死兵の群れが来る。 ●自軍、北北東に敵影在り 連日、アーク内が非常に慌ただしい。タイル床の上を走る靴底の音。ろくに睡眠を取っていないであろう職員。そこかしこで張り詰めた緊張感。 戦いが始まるのだ。それは、熟練されたベテランも。目覚めたばかりの新米も。別け隔てなくその空気を感じ取っていた。 殺し合いだ。殺し合いが始まるのだ。死人の群れと殺し合い。彼らを向こう側へ送り返さねばならないのだ。 その為に、その為に自分達はここへ集まった。集められたのだから。 「今回の経緯について、ある程度は聞き及んでいるかもしれませんが。各々の認識に相違の無いよう、今一度資料に目を通しておいてください」 自分達に印字されたコピー用紙を配布しながら、『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は努めて事務的な態度を口にする。 だが、それに異を唱えるような者はいない。ともすれば生死に関わる事態になることは熟知している。であれば、その足並みにひとつのズレも許されはしなかった。 よって以下に、ことここに至ったあらましを綴るとする。 今回の件に関して、いざ闘争という空気でアーク内を満たしたのは。収束して、アシュレイの「ケイオス様の次の手は恐らくアークの心臓、つまりこの三高平市の制圧でしょう」という言葉にあったと言えるだろう。 あの塔の魔女が三高平制圧と読んだ理由は、みっつ挙げられる。 ひとつ、ケイオス率いる『楽団』の構成数は、精鋭といえどアークのそれと比べれば極少数であるということ。アークのリベリスタはこんなにもしぶといのだ、そう感じたケイオスが、ジリ貧を嫌うであろうことは確実と思われたのである。 ふたつ、アシュレイが横浜で見たケイオスにはある『干渉力』が働いていたこと。伝承に聞く『ソロモンの悪魔』。憑いているモノを推測するに、おそらくは空間転移の一種を使用するものである。故に、あの楽団は、軍勢は。ここに直接送り込むことも可能であろうと。 みっつ、ここにあれが、あの骨が、ジャック・ザ・リッパーの骨が存在しているということ。以前にフィクサードがアレの残留思念を呼び出すことすら出来なかった理由は、彼自身の『格』と、より強いこの世の寄る辺たる『骨』がここにあるということ。これを奪われれば、アレが、あの凶気が再来するのである。敗北は必至と考えられた。 これ故に上記の結論に至ったアシュレイは、ふたつの提案をする。 ひとつは、大規模な結界により『軍勢』を敷地『外周部』にまで後退させるというもの。 ふたつめは、「雲霞の如き死者の軍勢の何処かに存在するケイオスを捉える為に万華鏡とアークのフォーチュナの力を貸してもらいたい」という非常に危険なものであった。慎重な故に高度な隠蔽術を使用するケイオス。それへの対策とした提案は、アークにとって究極の選択であった。 だが、防衛能力の高い三高平市での決戦は大きなリスクを伴うものの千載一遇のチャンスとも言えた。 敵軍。その中には見知った顔もあるだろう。その歪な生から解き放ってやる為にも、この災害を振り払わねばならない。 「あなた方にお願いしたい地点はこことなります」 和泉は机に広げられた市内地図の一点を指さした。障害物のさしてない場所だ。変な奇襲に合うこともなかろうが、同時にこちらも身を隠す場所がないということであった。 「死兵の数はおおよそ200。対するこちらは20名であたります。数の差は厳しいものですが、敗退は許されません」 部屋に設置されたモニターが動く。そこに映しだされたのは、将校服に身を包んだ男であった。 「彼が『楽団員』。ゾルグ・レディオラリア。所謂『戦争狂』として知られており、単体での性能も元より死兵の指揮に長けています。彼が健在である限り死兵の精度は通常よりも高いものであると考えてください」 この格好は、伊達ではないということか。 「無論。勝利を臨まれるのは当然ですが、それ以上に皆さんの生命も優先されます。勝つこと。生きて帰ること。どうか、よろしくお願いします」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:yakigote | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月15日(金)23:46 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●構え、戦陣一風に胸中伏せり 戦争。私が愛してやまないもの。その魅力にとりつかれたことが、異常だというのは理解している。きっと私の脳は腐っているに違いない。頭蓋を揺らす銃声と、鼻を曲げる火薬の匂いと、満ち溢れた死の大群で。嗚呼、狂っている。きっときっと狂っている。 夜は、怖いものだ。視界が通らない。有利に立てない。暗い。深い。死を感じる。死が臭う。充満している。嗚呼、それは今日この日に限っては錯覚ではないはずだ。この先、この奥、この向こう。薄暗く見通しの悪いあの中に、死者の軍勢が待機しているのだから。 「しばらく戦争ごっこに付き合ってやりましょうか」 ごっこと揶揄する『ピンクの害獣』ウーニャ・タランテラ(BNE000010)の物言いは、呆れたようには聞こえない。当然だ、敵対者に抱く精神性などカテゴライズすればひとつにしか収束されないものなのだから。つまるところそれを、敵愾心と呼ぶのだが。戦争をしたいというのだ。いまさらだろう。 「気が済んだらさっさと帰ってね。平和主義のこの国にあなたの居場所はないの」 「ただ只管に闘争のために、ってか」 闘争の匂い。闘争の匂い。闘争の匂い。鼻を突く火薬と腐敗の臭いが『群体筆頭』阿野 弐升(BNE001158)の頬を釣り上げる。 「いいね、実にいい。そうでなけりゃあ、此処にきた甲斐がない!」 笑う。笑おう。笑え。これから待ち受ける死に合いの歓喜に打ち震えろ。それを求めてやってきたんだろう。奇遇じゃないか。こっちだってそれを探してやってきた。 「群体筆頭アノニマス、いざ尋常に参る!」 「やれやれ、戦争狂相手となると苦労しそうだな」 ウォーモンガー。戦争卿。侵略の為に闘争するのではなく。護国の為に紛争するのではなく。戦争するために戦争している本当の気狂い共。行き過ぎた地獄主義者。『足らずの』晦 烏(BNE002858)は、短くなった紙巻きの火を潰すと次の一本を咥えた。金具の擦れる音。闇中にひとつの点を作り、紫煙をくゆらせる。 「揃いの軍服に銃まで用意とはな。まぁ判りやすいのは嫌いじゃないがね」 「同志晦の仰る様に一次大戦……いや、更に遡ってナポレオン時代の戦列歩兵の有り様にも見えますね」 ハラショー戦争の犬。そんなケダモノ共への感想を、『リング・ア・ベル』ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)。 「ならば我々は神風と冬将軍の加護を受けている! 貴様らがごとき侵略者がどれだけ進軍しようと、蹴散らしてくれるわ!」 多少時期はずれではあったが、彼女の威勢は実に勇ましかった。 「楽団、まさかこんな所にまで来るとはね!?」 『骸』黄桜 魅零(BNE003845)が少しだけ騒がしい。嗚呼、敵だ。そうだ、敵だ。敵が来るのだ。こちらから出向くのではなく、ここにここにこの場所まで敵が来るのだ。 「私の大事な居場所なの、壊される訳にはいかないわ」 そうだ、護らなければならない。何者にも代えがたい。ここを奪われてはならないのだ。 「これ以上来るなら覚悟なさい。殺されて、帰れなくても文句言わないでよね」 「戦わなかったら皆平和で笑顔じゃないか」 『いとうさん』伊藤 サン(BNE004012)は言う。だから戦争なんて大嫌いだ。どうして戦うのだ。恐ろしいではないか。悍ましいではないか。争いあうから血が流れるというのに。争いあうから争いあうというのに。死ぬのは怖い。痛いのは嫌い。当然だ。だから。 「正当防衛だ。殺してやる」 自分の言葉に、疑問を感じない。きっと、ネジがずれている。誰かに言われても、わからないほどに。 「戦争でゴザイマスカ。宜しい。その戦争、買いましょう」 『攻勢ジェネラル』アンドレイ・ポポフキン(BNE004296)の言葉にはためらいがない。お使いをひとつ頼まれた。それだけのような気安さで、彼は闘争に頷いていた。戦士としては、正しいのだろう。敵がいるのだ。撃滅すればいい。それ以外に必要はない。躊躇は、自分かそれ以外の生命を危険に晒す。 「――さぁ戦争でゴザイマス。大胆不敵痛快素敵超常識的且つ超衝撃的に勝利シマショウ」 装備確認を行なっていた『九番目は風の客人』クルト・ノイン(BNE003299)が顔を上げたことが、任務開始の合図となった。此処から先、死体が200。うめき声がするわけではない。腐敗した肉の香りが漂うわけではない。それでも、居るだろう。自ららが屍山血河の軍勢は。この期に及んで戦争を戦争を渇望する群衆が。 後を振り返る。自分と、19と。戦力差10倍の戦い。それでも敗北の言い訳にはならず、逃走の理由にもならなかった。 ●倣え、敵影発見と抜剣よろし 敗北するまで戦う。勝利するまで戦う。なるほど、確かにこの世には。そういった輩も存在するらしい。勝敗に一喜一憂がないかと問われれば首を横に振れはしまい。皆、何らかの形で勝利するためにのみ戦っているのだから。 そこに、それはいた。それらは、いた。 200とふたりの小さな軍集団。数えられはしないが、数に間違いはないだろう。開けた場所だ。伏兵が居るとは考えにくい。逆に言えば、自分達も奇襲など望めないということでもあるのだが。 よって、こうして対面している。200と20で対面している。 トーン。 夜にドの音が鳴り響いた。それが合図であったのか。死兵が動きを見せる。 進軍開始。防衛開始。よって戦争の火蓋は切って落とされるのである。 ●揮え、銃弾嵐火の心境如何に 勝てば終わるのか。そう言われても否定するだろう。無論、敗北も同じ事だ。戦争が終われば次の戦争をするまでだ。次の戦争が終わればその次の戦争をしよう。戦争を。戦争を。戦争をしよう。いつまで経っても終わらない。死んですら、終わらないのだから。終われやしないのだから。 バリケード代わりにと、横並びにされたトラック。トラック。可燃物を取り除いてやれば、いかなライフル銃とは言えそれを破壊することなど容易には叶わない。 進軍してくるあれら。しかししばらくは集中砲火への防御となろう。 ベルカはこの時間を使い、準備を整える。超常回路により接続された神経系への情報共有。動作の効率化。最適化。癖、緊張、高揚。それらが起こしうる強張りの一切を緩和し、ヒトが持ちうる最良のコンディションを顕現。謂わば可能性の最大発露。戦闘状態における現時頂点の維持。 背中に、鈍い衝撃。身を預けている遮蔽車両の限界が近いのだろう。そのタイミングを見計らい、掌中に出現させた鈍光のそれを起動させ、脳内でカウントする。 1・2・3。 投擲。着弾。同時炸裂。 戦果は確信している。こちらにも待機の余裕はない。ならばするべきはひとつだった。 「我々に後は無い! 我が魂の祖国たるこの大地の為に……урааааа!!!!」 突撃。 「ゾルグさんよ、アンタの名乗りを聞いてないぜ。古式に則るなら、大見得を切らなきゃ締まらねぇよ。愉しもうぜ、この戦場を」 鼓舞の突撃声と共に、弐升は飛び出していた。身を竦ませる亡者共へと得物を振るう。 即死刑台の刃を拵えた大戦斧。死を持って尚立ち上がるそれらの首を跳ね飛ばす判決。 だが、その暴風の向こう側から襲い来る銃弾は、彼の身体に雨霰と突き刺さる。突き抜ける。穴の空いた身体。砕けた骨。停止する内臓。自分の意識よりも上位にある何かが、膝を付け、倒れろ、死ねと命令してくる。跪きそうになる。 それがどうした。 興奮した脳髄は痛みを感じない。こんなところで死にやしない。そんな運命からは程遠い。遠い故に干渉事項に値するほどの願望は叶わず。されど故にここで朽ちるに値せず。 「この場こそ、俺が望んだ極地! 一人でも陣。烈風陣、その大言壮語は今此処で吐かせてもらうぜ」 再度死者が爆ぜる。さあ道は開けたぞ戦友共。そこの戦狂いをぶちのめして来い。 空いた隙間。その向こうに敵将の姿を確認し、クルトが駆ける。 走る、走る。そうだ、数における戦力差が著しいのであれば。その頭を潰すという選択肢は極めて正しい。 それが軍兵となれば尚更だ。トップをなくして戦い続けられる集団など極稀の存在であり、そういったやつばらであるならば、自分達に勝ち目などないのだから。 接近。だが、その直前を死兵によって阻まれる。そうなるだろう。ウィークポイントをみすみす潰させる馬鹿ではないだろうから。だが、そんなものはこちらも想定しているものだ。 「敵が死体をどれだけ操れようが、俺の間合いにいる限り安全圏はない」 赤光に輝くクルトの腕。振るえば、この世において煉獄が亡者を焼いた。火炎で出来た死体の壁。その先を狙いすまし、豪脚を振りぬいた。 己の肉体を離れた技術の総量が、尚牙を向いてゾルグへと到達する。 それが意外であったのか、見えないものの手応えを感じていた。 炎が晴れる前に、歩を前へ。走を前へ。 火粉を纏いながら。 「燃えろ燃えろ燃えてしまえ。この国は火葬主義なのだ。全部燃えろ!」 できうる限り、けたたましく。できるのならば、狂ったように。伊藤は火炎の雨を降らせていく。降らせていく。 倒れた死兵。骨の群れ。その大腿骨を踏み折り、胸骨を踏み割り、頭蓋を踏み砕きながら進軍する。燃えろ燃えろ。何もかも、何もかもだ。何もかもが燃え尽きてしまえ。 その矛先を、否。矛先は常に全周囲に向けながら、意識を敵将へと移す。これだけやっているのに笑っている。こんなにも地獄に近いのにあいつは笑っている。 なんだあいつ。なんだあいつ。怖い。怖い。いくら狂ったように叫んでも、いくら触れたように喚いても。震えが止まらない。 怖い。怖い。戦争が怖い。死ぬのが怖い。まだ生きたい。生きたいから。 「必ず皆で生きて帰る」 理想だ。これだけ死に取り囲まれながら歌う理想主義だ。それがどうした。言葉にしろよ。何度でも。叶えろよ。だから。 「生きて帰るぞ!」 「私はメディック……じゃなくて」 癒しの文言を記載したウーニャの符が、味方の傷を吸い取っていく。痛みを、弱りを、死を吸い取って朽ち枯れていく。黒い炭のような塵となって、夜闇に紛れればわからなくなった。 敵が多い。だが、誰ひとり道半ばで倒れさせるつもりなどなかった。誰ひとり、欠けて失わせるつもりなどなかった。全員生存。それこそが癒し手としての使命であり矜持である。 特に、顔に覚えのない味方達の消耗が激しかった。見知った連中は良い。無論、彼らをないがしろにするつもりなどないが、失わせてはならないという必死よりも、彼らとならば生きて帰れようという安心が上回っていた。 知らぬというのは、無名ということだ。実績がない、経験がない、名声がない。それは決戦という舞台においては致命的な虚弱である。 だが、それでも。死なせない。死なせはしない。必要ならばこの身も挺す。生きて、帰るのだ。誰ひとり欠けることなく。 「Здравствуйте戦争卿。貴方が死を指揮スルのであれば、小生は生を用いて抗いマショウ。勝負でゴザイマス」 アンドレイの宣言に対し、意外にもゾルグは頭を下げていた。 「申し訳ない。かような地で、北国の者と出会うとは。やはり文化への知識が薄い。申し訳ないことだ」 どこか、ズレている。そう感じたのは、この距離でもまだ彼が笑っているからだろうか。 多少なり自惚れていたとしても、戦局は自分達に有利である。確かにこの数の差だ。気を抜けばひっくり返されてしまうのだろうが、ひとえに相手の武器は銃。この接近戦に持ち込んでしまえば、包囲している側こそ扱いづらい。 「来たからには勝利あるのみ。退く訳にはゆきませぬ。攻撃あるのみ。先祖は、祖父達は、我等に遺訓を残しマシタ。『勝利まで戦い抜け、勝利無くば生命無し!』」 気にするな。狂っているのだ。あれが。そう思うことにする。そう思うことにした。 「урааааа!」 「痛みを知れ、ゾルグ!!」 全軍の維持と侵攻力を底上げする。ならばと魅零は思うのだ。力押して良いと。 自らの刃を逆手に持つ。鎖骨から脇腹まで、躊躇なく自分を斬り裂いた。 「ギャハハハハハハハハ!!」 飛び散る鮮血。赤い肉。赤い肉。赤い肉。痛い痛い痛い痛い痛い痛いの痛いの手前に飛んでいけ感染れ滲め混じれ開け捻れ曲がれ失え終われ凝り固まれ! 笑う将校の身体が、自分と同じように裂けた。自分よりも深く裂けた。嗚呼痛い。なんて痛い。感情がたかぶる。収まりが効かなくなっていく。 「楽団員……私は貴方達を許さないわ。罪もない子が楽団の事情で殺されるのを見てきた。もう、あんなの起こさせないんだから。この三高平でケリをつけてやる。生きて外に出れると思うんじゃないわ!!」 自分の傷に触れる。痛い。なんて痛い。嗚呼ははは、嗚呼嗚呼キャハハ。げらげらげらげらげら。 「歯ァ食い縛りなさいよ!! この、●●●●共が!! 日本から、出ていけ!!」 銃声が響く。銃声が銃声が銃声が響く。この轟音の連続を、ひとりの人間が行なっているのだなどと。神秘世界に触れた者でなければ到底信じられはしないだろう。 烏の銃弾は、ひとりの弾幕は。死兵の腕を吹き飛ばし、銃を失わせ、攻撃手段を次々に削ぎ落としていた。 強化された死兵に加え、この数差。確かに、驚異的ではある。あるのだが、状況ひとつでそれが有利にも不利にもなるものだ。既に白兵の距離にまで縮まったこの戦争において言えば、量よりも質がものを言っていた。 そろそろだろう、と。片手で新しい紙巻きを咥えながら胸中につぶやく。そろそろだ。死兵は数を減らし、ゾルグ本人もまた戦闘において疲弊している。まさか死に場所を求めてやいまい。戦争を好むのなら、戦争を知っているのなら、そろそろ引き際だろうと踏んでいた。 「トラ、トラ、トラで始まった戦争の結末はだな」 最後に投げかける。これでしまいにしようと。これでオチをつけようと。 「残念ながら、敗戦なんだぜ」 ●歌え、行軍前進は華形と知れ 副官の顔を見る。よくついて来てくれた男だ。だからこそ、彼はここで果てるだろう。私を生かすために果てるだろう。それを恥とは思わない。逆の立場ならそうしている。誰の生命が優先されるべきかなど、客観的に理解している。彼もまた、そうというだけなのだ。 「ふむ、ここまでのようだ」 「はい、ここまでのようであります」 「致し方ない。では副隊長、さらばだ」 「はい、隊長殿。お元気で」 戦っていた自分達の覚えている限り、彼らフィクサードふたりが交わした会話はこれだけだった。これだけで、ゾルグは踵を返し、残ったピアノの席へと副官が座る。 奏でられる曲は同じ。曲調も同じ。何もかもが同じ。それ故に長くは続くまい。 それを、知っている。分かっている。だから、攻め立てはしない。ひとり戦場を去る大将首を追いはしない。ここを守れと言われたのだから。ここを守りに来たのだから。 1分に満たぬ、最後の闘争。それを凌ぎきれぬ彼らであるはずもなく、曲目は実に半端な一節でふいに終わる。 「兵どもが夢の後ね」 それは、事切れた名も知らぬ死霊術師と、再び死を取り戻した骨の山を前にしては。 言い得て妙だと、そう言えた。 しかして戦争の劇面は、他へと移る。 了。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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