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<混沌組曲・急>Con Molt Espressione

●銃弾は指揮を止めるか
「――いえ、止めねばならないのです」
『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア(nBNE001000)は言った。
「止めなければ全てが飲み込まれてしまいかねない――この、濁流に」
 彼女は言った。厳かに、ブリーフィングに集まった彼等に言った。
 正面の大モニターに見知った美女の姿が映し出されている。「意外に馴染んでいるのね、『塔の魔女』」と少し呆れたように、少し皮肉気に呟いた彼女の名はシトリィン・フォン・ローエンヴァイス。ドイツ最大のリベリスタ組織『オルクス・パラスト』の首魁にして『社交界の食虫花』という本人としては喜ばしくも無い渾名を頂戴する傑物である。
「貴方とは初めてだったかしら?」
「お噂はかねがね」
「お互い様ね」
 自身の名前に纏わる『エピソード』を良く知るアシュレイとシトリィンは社交辞令的に挨拶を交わしてお互いに似たような表情を浮かべていた。アークの通常の作戦にシトリィンが介する事は無い。つまる所彼女がここに顔を出したという事は名代(セバスチャン)では足りない事態が起きたという証左である。
「確認して貰ってもいいかしら?」
「はい。では、リベリスタの皆さんも整理しますので良く聞いていて下さいね」
「ああ」
 頷いたリベリスタを確認したアシュレイは彼等『一発の銃弾』が為すべき――未来に果たすべき重大な任務をゆっくりと語り出した。
「ケイオス様の『混沌組曲』に纏わるお話は聞いていると思います。彼の常套戦術は持久戦による嬲り殺しである――これは規定路線だったのですが。こと運命の寵愛厚きアークにこれを行うのは余り得策ではないと――これまでの戦いから彼は判断したものと思われます」
「やられた位は仕留めたから、か」
「その通りです。予備役も含め最大数千に及ぶアークの戦力『数』と『楽団』のそれは等価では無い。嫌な意味に受け止めないで下さいね。あくまで数を価値に換算した時の話ですから」
「……ああ」
 アシュレイのその目の金色は少しだけ揺らいでいるようにも見える。
「予想以上に芳しくない『結果』に苛立ったケイオス様は恐らくその指揮を転調させる。彼からすれば自分の楽譜(スコア)の通りに事を進めても敗れる心算は無いでしょうが、彼は自身自慢の『楽団』を消耗させたくないと考える筈。つまり、次の仕掛けはこれまでとは違う大きなものになるという話です。それに横浜外国人墓地で私が視た『ビフロンス』が絡んでくるのはほぼ確実と言えるでしょうか」
「犯人はキース・ソロモンね」と呟いたシトリィンにアシュレイは頷いた。バロックナイツの中では例外的と言える程にキースとケイオスは『いい友人関係』を構築している。アシュレイのレポートからアークのリベリスタやシトリィンもそれは知る所になっている。ソロモン七十二柱を調伏するとも言われる『魔神王』は友人の晴れ舞台への餞別に地獄の伯爵を貸与したらしい。『死体を入れ替える』とされる最悪の一体を。
「ケイオス様はその――『ビフロンス』と契約しているものと思われます。
 彼の異常な『不死』もその影響かと。本来は『ビフロンス』のものである『死体を入れ替える』能力も契約者であるケイオス様の力となり、我々の脅威となります。両者の相性の良さを考えれば『楽団』の持つ軍勢を三高平に送り込むに十分でしょう。それ自体を食い止める事は事実上不可能です」
 アシュレイの言葉にリベリスタは小さく唸った。万を軽く越えるであろうケイオスの軍勢は文字通り三高平を飲み込まんとするものだ。まさにアークが迎える史上最大と言うべき正念場はすぐ傍まで迫っている。
「ですが、それについては私が結界を張りますから。
 軍勢を『直接市内部に放り込む』という荒業だけは防げる見込みになっています。
 座標ポイントを市外周部に移された軍勢は基本的にアークの中枢部たる地下本部を目指して進撃してくる事でしょう。『皆様以外の』三高平市のリベリスタはこれを迎撃し、食い止めて、時間を稼ぐ――」
 言葉を切ったアシュレイはそこで力を入れ直した。
「――時間を稼ぐ、それが重要です。
 ケイオス様は慎重な方ですが、三高平市を攻める今回の『急』に限っては『必ず』前線に出ざるを得ない。ある程度所在のポイントが絞れる訳です。普段日本全国の神秘事件に広域探査を働かせている万華鏡の効果範囲を三高平市内に絞ればその効果は飛躍的に高まる。私が協力出来れば尚更、そうでなくても時間を掛ければ彼の居場所を探知する事は恐らく可能です。今回のこの状況に限っては。本拠決戦は最悪のリスクであると共に最高のチャンスでもあります。これが勝利の為の第一『引き込む』事」
「これは罠でもあるって事か」
「ええ。今回に限っては防御が最大の攻撃になる」
 リベリスタの言葉にアシュレイは頷いた。
「しかし、ケイオス様の居場所を知れたとしても彼に『不死』が伴う限り勝利の目は無いに等しいでしょう。『楽団』を崩す事はケイオス様自身を崩す事無しには成り立たないのですから。『ビフロンス』が彼と契約している限り彼が不死であると言うのなら――」
「――契約を破ればいいのね。道理だわ」
「シトリィン様が仰ったのが勝利の為の第二『破る』事です」
 アシュレイの言葉に今度はモニターの中のシトリィンが喋り出す。
「言っておくけど、貸しだからね? 生憎『オルクス・パラスト』の専門はドイツなのよ。『疾く暴く獣』辺りの動向は探りやすくても、勢力圏がイタリアのケイオスのアジトなんてのは専門外もいい所。『ヴァチカン』なんて――出来れば一生関わりたくない連中に頭を下げたんだから感謝して欲しいわよ」
「ああ、それは後で室長にでも強請れ。それで?」
「……軽く言うわね。面倒臭いのよ、あの男」
 水を向けられたリベリスタの切り返しに微妙な顔をしたシトリィンは一つ咳払いをして話し出す。
「『ヴァチカン』は流石にお膝元ね。『死を汚す』っていうケイオスの性質も合わせて看過出来ない敵だからなのでしょうけど――結論から言えば彼の『屋敷』の一つ。一番大きな拠点を『知っていた』わ。手を出さなかった理由は政治的なものも含めて色々特殊でしょうけど――『疾く暴く獣』と『ヨハネの黙示録』を争った百年前の戦争以来、『ヴァチカン』と彼等(バロックナイツ)は冷戦モードの睨み合いだから。
 まぁ、それは余談として。兎に角問題の『拠点』は特定した訳」
 極短期間で『話せない』組織との交渉を纏め、情報を引き出したシトリィンは流石に中々のやり手である。そのシトリィンに要請を飛ばした沙織、作戦を提案したアシュレイ、防衛準備を整えた三高平市、決戦の時に備えるリベリスタ達――目まぐるしい時間は誰にも平等だった事だろうが。
「私の『24、The World』は遥か西の地に事態を打開する『鍵』があると結果を出しました。つまる所、私はこれを『ビフロンスの契約』であると読んだという事です。まぁ、そういう訳で。皆様には今回の作戦でも最も重要と言えるかも知れない綱渡りの一端を担ってもらわなければなりません」
「ケイオスのイタリア本拠点の襲撃か」
「はい。ケイオス様に警戒を持たれない為には『混沌組曲・急』が始まってからそれを遂行するというタイミングが大切になります。皆様には先にイタリアに飛んで貰って――此方の連絡と共に仕掛けて貰わねばなりません。当然『別働隊』になる皆様は三高平市の防衛には参加出来ませんし、我々も皆様に助力する事は不可能です。多くの戦力を割けないこの作戦には万華鏡の助力さえ無く、僅か十名の精鋭で完遂する必要があるのです」
 アシュレイはリベリスタ一人一人の顔をじっと見つめる。
「ケイオス様を引き込み、位置を特定し、契約を破壊する。
 同時に勝利の為の第三を遂行――即ちこれを逃さず撃破する。
 勝ち筋は今の所これしか思いつきません。『契約』の有無自体も、その所在も実際の所不明です。しかし、これを信じてやり抜く以外にはないのです」
 言うは易し、行うは――言うまでもない。
 それでも決意と覚悟を決め、敢えて何も言わずに頷いたリベリスタにアシュレイは最後に『最も危険な一言』を付け加えた。
「皆様ならやれるって信じてます。一つだけ、ああ、一つだけ。
『24、The World』は探査……私の言い方をするとこれは『占い』なんですが。ええと、私の占いって『塔』しか出ないんですよね。その、まことに言い難い話になるんですが、ええと。原文って言うか、結果ママを意訳じゃなくて包み隠さず伝えるとですね」

 ――遥か西を向く靴に掛かったその鍵は金の野獣(ライオン)が寝そべる横に在り――

 アシュレイの『占い』が外れるならばリベリスタの勝利は無い。
 しかし、正解ならばそれは、その――
 これは――『混沌組曲』が再度開幕する、暫く前の出来事であった。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI  
■難易度:VERY HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年03月16日(土)23:48
 YAMIDEITEIです。
 三月一本目、とても特殊です。
 以下、きちんと概要を読んだ上でご参加下さい。

●任務達成条件
 ・ケイオスとビフロンスの『契約』を破壊する事

●ケイオス邸
 イタリアはパレルモ県に存在するケイオスの本拠点です。
 情報は秘されているものですが、イタリア最強にして世界最狂と『名高い』リベリスタ組織通称『ヴァチカン』はこの情報を握っていました。今回、シトリィンを介してこの場所の情報を得る事に成功しています。
 ケイオス邸はやや古いながらも非常に立派な豪邸です。欧州的な風情を感じさせる建物であり、広い庭とエントランスホールを有し、二階建ての他地下室も存在します。『契約』の形状や所在は不明です。

●使用人
 屋敷は執事の『ブルーノ・ベッカロッシ』をはじめとする十三名の使用人(フィクサード)によって守られ、維持されています。彼等は皆ケイオスと同じ死霊術士(ネクロマンサー)ですが、ある種の『潔癖症』であるケイオスの屋敷には死体等は存在しません。故に彼等の戦力は通常の『楽団』に比べて非常に限定的です。彼等の主な能力は以下。

・高い不死性を自身に施す技
・敵全体に致命を施す技
・雑霊を弾丸のように飛ばし複数対象に麻痺を与える攻撃
・恐怖と混乱を対象に植えつける範囲攻撃

 上記以外の敵の能力詳細は不明です。
 万華鏡が無い為、こういった情報は『ヴァチカン』の資料に依存しています。

●重要な備考
 当シナリオは『LV30未満』での参加を禁止します。
 又、『<混沌組曲・急>Con molt espressione』に参加が確定したPCは他全ての『<混沌組曲・急>』とつくシナリオに参加する権利を失います。

 参加資格が無い状態でこのシナリオに参加した場合、このシナリオに参加しながら他シナリオに参加した場合、その参加を取り消す措置を行います。又、この措置が行われた場合、LPの返還は行いません。くれぐれもご注意下さい。

●Danger!
 当シナリオはフェイト残量に拠らない死亡判定が存在します。
 くれぐれも覚悟の上での御参加をお願いします。


 難易度は『分かっている敵戦力や状況』に対してのものに限りません。
 万華鏡の探査が存在しない任務なので、非常に不明瞭が多く『何が起きるか』は不明です。
 以上、宜しくご参加下さいませ。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
デュランダル
鬼蔭 虎鐵(BNE000034)
ナイトクリーク
アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)
デュランダル
遠野 御龍(BNE000865)
デュランダル
斜堂・影継(BNE000955)
ソードミラージュ
天風・亘(BNE001105)
ホーリーメイガス
エルヴィン・ガーネット(BNE002792)
マグメイガス
風見 七花(BNE003013)
ダークナイト
一条・玄弥(BNE003422)
ダークナイト
熾喜多 葬識(BNE003492)
ソードミラージュ
ヘキサ・ティリテス(BNE003891)

●銃弾十発
「懐かしい、な……」
 見上げた太陽は心なしか何時も見るそれとは風情が違うようにも思えた。
「でも、感慨に浸ってる場合じゃないけど――」
『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)の可憐な唇から滑り落ちた『懐かしい』というその言葉は一団が今日居る場所をある意味で分かり易く告げていた。視界に広がる閑静な町並みは建築様式からして日本のそれとは異なる。異国情緒漂うと言えば簡単に説明出来るその風景は――日常的に彼等が見る世界の色とは飛んだ距離程にはその趣を変えている。

 ――まぁ、そういう訳で。皆様には今回の作戦でも最も重要と言えるかも知れない綱渡りの一端を担ってもらわなければなりません――

 ブリーフィングに集められたリベリスタ達が『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモアの切り出した『最大の作戦』を聞いたのは、ケイオス・“コンダクター”・カントーリオによる名演――『混沌組曲』と名付けられた恐怖劇(グラン・ギニョール)が山場を迎えた『今夜』よりも少し前の出来事であった。彼等が文字通り日付変更線を越え『昨日に戻った』のは暫く前の出来事である。遥か数千キロを隔てた海の向こうで展開しているであろう運命の交錯、呪いめいた音色も――穏やかな陽溜まりの満ちる欧州の片田舎までには届かない。イタリアは南部、シチリア島のパレルモを今日アークの精鋭であるリベリスタ達が訪れた理由は一つである。
「全く、俺がアークの命運を握ってるなんてよ。笑っちまうぜ」
「ケイオス邸から『契約』をちょろまかして破壊ですかぁ。キースとの接敵接触ありってだけで危険ですなぁ。
 ええ、ほんま。ま、でも……しやかて、何もせんとじり貧なことにはかわりゃぁしやせんやろ」
 苦笑い混じりに呟いた『ただ【家族】の為に』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)に『√3』一条・玄弥(BNE003422)が相槌を打った。
 彼等十人のリベリスタの双肩には日本は三高平で決戦を迎える数千に及ぶリベリスタとアークの命運が託されているのは間違いようの無い事実である。
「……理不尽、因縁、不死……いい加減、テメェはもうウンザリなンだよ」
 遥か『異国』の地、夜の下に君臨するであろう不死の王に届かぬ言葉を投げたのは『デンジャラス・ラビット』ヘキサ・ティリテス(BNE003891)である。
「反吐が出る。全部纏めて、喰い千切ってやるぜ!」
 全く、混沌の根源であるケイオスを絶たぬ事にはアークの勝利は有り得ない。まさに今始まらんとしている――彼の猛攻を食い止める為には彼自身を仕留める必要があるのは明白。極めて困難な状況に対してアシュレイの提案した引き込み、破り、叩く――三つの作戦プロセスの内、彼等『別働隊』に架せられた任務は『破る』事である。ソロモン七十二柱が一、ビフロンスと契約していると見られるケイオスは尋常ではない程に『不死』に親和している。通常の手段では大凡殺し切れないと考えられる彼を殺すにはこの契約がどうしても邪魔には違いない。アシュレイの『占い』はつまる所、ケイオスの本拠に事態を打開する鍵を見出した……という訳だ。オルクス・パラストのシトリィン・フォン・ローエンヴァイスを介して『ヴァチカン』からケイオスの本拠の情報を引き出したアークは指揮者の指揮を止める為の銃弾を密やかの内にイタリアに向けて放ったのだ。
「楽しい楽しいイタリア旅行! オトモダチとも一緒に行きたかったけど、チケット定員オーバー残念ね☆」
『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)は何処か楽しそうにそう言ったが――彼の言った『十枚のチケット』の意味こそアークが置かれたギリギリの状況と直接的にイコールする。アークと三高平の生命線を繋ぐ為のこの大勝負にかけられる戦力が僅か精鋭十名という状況は本丸がこれから迎える防衛戦の厳しさを何より如実に示していた。この『賭け』が成功しない限りアークに勝ちの目は薄い。さりとてアシュレイの不確かな占いにこれ以上の精鋭戦力を割けなかった事情はある。
「うーん、旅先の空気は格別だね☆」
「いきはよいよい……ってな。まぁ、失敗する心算はねぇけどよ」
 何時如何なる時も気負う事を知らない葬識の気楽さは兎も角、状況が厳しいのは肩を竦めた『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)のみならず、当の葬識も含めて――誰もが承知している事実であった。
 だが、畏れるならば元より『志願』等する訳もあるまい。
 この任務に赴く資格があったのは間違いなくアーク最高クラスの戦力を持つ少数精鋭だけなのだ。
「三高平で戦う皆の為に。一二三からボクを守ってくれたあの人に報いる為に。必ず契約の鍵は破壊する!」
「魔術師として、リベリスタとして。どこまで出来るか分からないですが――必ず死力を尽くしましょう」
 格別の想いを込めたアンジェリカ、静かに決意を口にした風見 七花(BNE003013)――リベリスタ達の胸には『五里霧中の不可能状況』にさえ怯まぬ確かな炎が点っていた。死を厭うならば逃げ出してしまってもおかしくはない状況である。元よりどれ程に望んだとしても『全員で戻る』事が可能かどうか――約束されていない任務である。アシュレイの占いが暗示した『金の野獣(ライオン)』を十人はバロックナイツ第五位『魔神王』キース・ソロモンと推測しているのだ。数千のリベリスタで今まさに迎え撃たんとしている『最悪の敵』の同格を僅か十名で相手取らねばならぬかも知れないのだから、それは言うまでもない共通認識である。
「だが、まだ俺達にはやれる事がある。俺達に出来る事がある。意気に感じない理由は無いぜ。コイツはご機嫌な状況だろ?」
「ええ。責任の重さと同じだけ――今日という日には『自身の為』、『誰かの為』に紡ぐ為の希望がある」
『影の継承者』斜堂・影継(BNE000955)の言葉に『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)が頷いた。
(ええ、例え遠く離れていても――想いはきっと力になる。だから迷いなく信じる道を行きましょう)
 彼女は夜を華やかに飛んでいるのだろう。踊るように美しく、あの自信に満ちた表情で凛と敵を討ち……
 瞳を閉じた亘の脳裏に過ぎった愛しいフロイラインの勇姿は、彼にとっては無限の勇気と力になる。
 負けられない。そして、報いねばならない。並び立たねばならない。間違っても、大切なあの一輪を手折られたりしないように――
(俺は、あいつらが居ればそれでいいんだがな。
 だが、あの場所が無くなったらあいつ等は悲しむだろうからな。父親としては――やってやらなきゃいけねぇだろ?)
 亘のみならず、虎鐵のみならず。十人の精鋭達は日本に友人を、恋人を、家族を残してイタリアの地を踏んでいる。己の戦いが大切な――守り抜かねばならぬ誰かを救う為の力となるならば。全ての困難も望む試練と言えるだろう。
 刻限は迫る。
「重要で危険な任務ですが……ふふ、逆に聞かせてあげましょう。
 ケイオスにアークが紡ぐ新たな生の歌を。そして――笑って帰りましょう」
「やっぱりぃ、今回ばっかりはどうしたって負けられないよねぇ」
 亘の言葉に咥え煙草から紫煙を燻らせた『外道龍』遠野 御龍(BNE000865)は大きく息を吐き出した。
 勝たねばならない。戻らねばなるまい。あの真白い雪のような少女は自分をじっと見つめて怒ったように言ったのだ。

 ――もし死んだりしたら、泣いちゃうから――

「可愛い女の子を泣かせるのは罪だなぁ。まぁ――うん、しっかりいくかぁ」
 十人は今一度各々の役割と取るべき作戦を確認した。
 ケイオスの屋敷はそう遠くない場所にある。仕掛けるタイミングは日本から合図が来る事になっていた。
 衛星携帯電話を片手にした影継が心なしかそわそわと手元のそれを弄っている。
 通話の相手となる予定の――あの荘厳な神父はどんな声でどんな状況を告げるのだろうか。
 ややあって。
「――時間か」
 コールの音に影継の――パーティ一同の表情が引き締まる。
 遥か異国の地で己が出番をぶす一同には『混沌の夜』は分からない。
 されど、為さねばならぬは――何よりも鮮やかに運命の日に際立っている。
 賽は投げられた。出来るかでは無い。叶うかでも無い。つまり、やる他は――無いという事だ!

●突入!
「まさかここでトラック乗るとは思わなんだぁ」
 ギアをトップに入れてアクセルを踏み込む。
 幾度と無く繰り返した運転は――大型トラックならば一番馴染む。
 マスタードライブを駆使する御龍にとってそれを手足のように扱う事はまさに『容易い児戯』そのものだ。
「運転手は運転がお仕事ぉ。さぁて、暴れさせてもらうとするかぁ――」
 加速したトラックは郊外の平穏な空気を異質なものに変える『異物』。
 その進行方向には端正な顔立ちの屋敷が静かに佇んでいる。
「――我は御龍様だ! アークの暴龍とは我の事だ!
 さて始まりだぁ! 盛大にド派手に行くぜぇこれが日本のカチコミだぁ!」
 運転席で一声吠えた御龍に助手席のエルヴィンが「ヒュウ」と器用な口笛を鳴らした。
 リベリスタの立てた作戦は驚くべきものだった。
 大胆も大胆。大型トラックで直接屋敷に突っ込むという『とんでもない』ものである。
 ハンドルを握るのは御龍。彼女を守る役割を負うのがエルヴィン。リベリスタ達は荷台に待機し、迎撃に出てくるやも知れぬ敵に対応するものである。あわよくばコンテナの高さを利用して直接二階に移動を……という部分もあったが、これは飛行能力でも揃えねば困難である。しかして、作戦の大枠はその可否に関わらず変わらない。十人の狙いはあくまで『ケイオスとビフロンスの契約の破壊』である。
「ワオ! ド派手な侵攻! ケイオスちゃんもこの有様には閉口☆」
 持ち前の千里眼こそ、ケイオス邸の防御に阻まれたが――機嫌良く言った葬識の気分は最高潮。
 屋敷を覆う鉄柵を十トン以上の大型ダンプがへし折り引き裂く。丁寧に整えられた庭の地面を抉り、エントランスに向かう石畳を砕き。咆哮を上げる巨大な鉄の弾丸と化したトラックはケイオスの屋敷に向けて突っ込んでいく。
「何だお前達は――」
 屋敷の敷地に侵入した『暴走トラック』に一早く気付き、飛び出してきた使用人の一人に、
「お邪魔しますが――失礼!」
 驚異的な反応速度を見せた亘が低空飛行で肉薄した。狙い澄ましたその瞬間に最高の集中力を発揮した彼はレンズの向こうの青い瞳を見開いて、まさに銀の飛沫が散るかのような斬撃を不意を討たれた彼に叩き込む。
「――!」
 迸る己が血飛沫さえも、忘我の魅惑。
 風のように吹き抜けた少年の鮮やかなりしその一撃に意識を奪われた使用人に更にリベリスタ達は猛攻を仕掛けた。
「蹴り倒す!」
「バラバラにしちゃおっかー☆」
 ヘキサ、葬識の攻撃にぐらりと揺れた使用人の顔が歪む。
 屋敷の方から異変を察知し現れた新手が運転席の御龍目掛けて精神を狂わせる恐怖の気配を撒かんとするが――
「させるかよ!」
 ――想定済みでこれを庇うエルヴィンがそうはさせない。
 伊達に非ず『絶対者』の肩書きを持つ『ディフェンシブハーフ』はこと『全ての状況に耐える』という点においてアークでも他の追随を許さないスペシャル・ワンの一人であると言えた。妹と実に『対照的な能力』を持つ彼はトラックの直撃を避けんとした――あわよくば横転を狙った敵の思惑をこの瞬間完全に挫いている。
「テメェらは邪魔なんだよ――ぶっ殺すぞ」
 言うまでも無い、仮に邪魔をしなくても結論は大して変わらないだろう。
『娘の目』も無ければ血が疼くのも仕方ない所か。道化染みた普段の態度とはまるで違う――虎鐵の眼光は別人のように獣めいている。
 飛び出した。リミットを外した巨体の膂力は獅子護兼久の一閃に規格外の破壊力を与え――使用人の身体を木っ端微塵に吹き飛ばす。
「おっと、すまんな。手加減が出来なくてよ――!」
 虎鐵の言葉は揶揄である。
 死霊術士との戦いは『殺したまで』では終わらない。
 少なくとも容易く再利用出来ない程度には破壊せねばならぬのは確かである。小器用な芸当を見せる『木管パート』をはじめとした『楽団員』が怨霊を操る事は知れていたが、それとて全ての死霊術士の持ち技ではないのだから。
「行けッ!」
 傍らのエルヴィンに言われるまでも無い!
「おおおおおおおおおおおりゃああああああああ――!」
 割れたフロントガラスに構わず、ハンドルを強く握った御龍が気合と共に身体を前傾にする。
 玄関前で状況を阻まんとする使用人も無勢では無力である。
 激しい破壊音と共にトラックの巨体が玄関を突き破り、その頭をエントランスホールに突っ込んだ。
 辛うじてトラックから退避した使用人が退こうとするより早く――
「一気にやりまっせ~」
 弱り目に祟り目、綺麗に黒い閃光を合わせて瞬かせたのは玄弥。
「させないよ――」
 呟いたアンジェリカの放った道化のカードが窮余に不死の魔力を纏った使用人の身体に突き刺さり、
「――撃ち落とします!」
 更には七花が魔術刻印で練り上げ、Rousalkaと愛用の魔導銃より放った魔力の奔流が四色の光を間合いに引いて直撃した。
 死霊術士の十八番、生き汚さとて破れば破るる。アンジェリカの精密な一撃は的確に彼から獲得した不死性を奪い取り、威力に勝る七花の一撃はその体力を大きく削り取った。亘、ヘキサ、葬識、虎鐵の連携と同じく。この玄弥、アンジェリカ、七花の動きは見事である。
 そして――
「いい加減、手品の種は割れてんだ!」
 ――この連携を『締める』のは大戦斧を上段に構えて走る影継である。
「さあ、斜堂流を見せてやるぜ! 止められるもんなら止めてみな!」
 怯んで態勢を立て直さんとする使用人の『遅い』動作を待たずに爆発的な一撃を振り下ろす。
「――ハァ!」
 これで――二人。十三人の使用人達の実力を影継は自分達より上と読んでいた。そしてその計算は間違っていないだろう。後衛の編成からなる十三人と十人のリベリスタの純戦闘力を比した時、どちらが上なのかは『やってみなければ分からない』がそれは間違っても有利という訳では無い。だが、虚を突き、敵陣の足並みを乱せば各個撃破は可能なのである。『十人の戦力を束ねて動くリベリスタ達は、敵が状況に気付き固まるまではそれ自体にアドバンテージを持っている』。損害は軽微なまま容易く二人を仕留め、邸内への侵入に成功したのは戦果である。使用人達の『裏をかき』、『足並みを乱す』という意味では一見無茶にも思えるこの作戦は有効だったと言えるだろう。
「作戦通り二階から――」
 七花の言葉にトラックから降りた全てのリベリスタが頷く。
 エントランスホールより伸びる階段をパーティが素早く駆けて行く。
 元より何処に『契約の鍵』があるのかは分からない。その正確な正体も掴めては居ない。
「まぁ、虎穴に入らずんば虎児を得ずってねぇ~」
 探索がある程度博打になるのは全員が承知している事実である。『金の野獣(ライオン)が寝そべる横』なるリドルのような占いを『寝室』と読んだ玄弥とパーティは『問題の人物』が居るかも知れないゲスト・ルームを一先ずの目的地とした……という訳だ。
 しかし、パーティのその動きの間にも状況は刻々と変化している。
「ここが何処だか分かっての行動か」
「いや、東洋人――日本人か。ならばこれは――」
「――『箱舟』!? まさか、何故ここに……」
 イタリア語で飛び交う慌てた声はすぐにその数を増していた。
 早々と二人を仕留めたパーティの奇襲もそれ以上に及ぶものではない。
「チッ……」
 影継がカーブを描く階段を駆け上がり、二階の廊下から吹き抜けの下を見下ろして舌を打った。
 彼が瞬時に確認した敵の数は十一。流石にケイオスの屋敷を預かるだけはある……と言うべきか。
「連中は二階か。焦る必要は無い。ここより戻さぬ事を優先に考えろ」
 混乱から早々に立ち直り、状況『概ね』理解した使用人達は恐らくはこの場のリーダーである執事服の男――恐らくは『ブルーノ・ベッカロッシ』の言葉を受け、冷静さを取り戻していた。
「今――『焦るな』とか言いましたよなぁ?」
 扉の一つを蹴破り、ベッドルームの中を一瞥した玄弥が呟く。
「『連中が焦らなくてもいい理由』ってのはぞっとしませんや」
「ああ、いい知らせなのか悪い知らせなのかは分からんが――」
 影継のリーディングは使用人の一人から『極めて重要な情報』を読み取るに到っていた。
「――二階には、やっぱり『第五位』がいるみたいだぜ!」
 影継がそこまで言った時の事であった。
 果たして――パーティの予想は、彼の言葉は圧倒的なリアリティを伴って現実のものに変わったのだ。

 ――うるっせぇなぁ……

 やけに通る声が二階のリベリスタ達の鼓膜を叩く。
 総身肌が怖気立つような圧倒的な存在感がそんな単純な一言と共に頭をもたげていた。
 ギィ、と少し錆びた音を立てて廊下の奥の部屋の扉が開く。『まだリベリスタ達が探索していない部屋の扉が開いた』。
「……人が寝てる時にあんまりガンガン騒ぐんじゃねーよ」
 豪奢な金髪を揺らし、頭をボリボリと掻きながら億劫そうに現れたのは高貴な美貌に野獣の気配を点す魔人。自信家の瞳(サファイヤ)を少々の眠気に細めた――『推定』キース・ソロモンその人だったのである。

●キース・ソロモン
「――――」
 息を呑んだのは亘だけでは無い。
 場に居る全ての人間が――階下のフィクサード達までもが――その瞬間、ほんの瞬間だけ全ての動きを止めていた。
 研鑽を積み、実戦を積み重ねてきたひとかどの戦士だからこそ分かる事がある。
「……死の匂いが満ちてやがるな」
 乾いた声で呟く虎鐵。
 一同を凍りつかせたのは相応の戦士の相応の実力故に知ってしまう『敵の力のそのレベル』である。
 未熟者には決して到達出来ない――謂わば直感的な理解は百の言葉よりも雄弁に自身を納得させる現実と変わる。
 つまり、何よりも分かり易く言うならば。
「……俺様ちゃん、嬉しくなっちゃったよ!」
 目を爛々と輝かせた葬識に歓喜の声を上げさせた事実とは――即ち、キース・ソロモンがこれまでアークが相対した『人型』の中で疑う余地も無い程に頭抜けて『最強』であるという単純回答である!
「……最悪だぜ」
 甘いと言われようと無理と言われようとそれでもヘキサは諦める人間ではない。
 誰も失わずに勝つ、遂げるという目標が――失いたくないという願いがどれ程儚く、難しいものであるかを知っていてもである。
 抗い続けるしかない、最後の瞬間まで――来るべき時に全力で抗う、そう誓う少年にとっても目の前に広がる状況は余りに厳しいものだった。
(交渉が成功すれば最高……ただある種友人想いの彼なら一悶着ありますか)
 亘は油断無くキースの一挙手一投足に注視している。
 ビリビリと肌を突き刺すような危険な予感は欠伸混じり、寝惚け顔のキースがまるで戦闘態勢を用意していないというに関わらず強くなる一方なのである。階下のフィクサード達が焦らなかったのは『ケイオスの親友であるキース』が二階に存在していた事に起因するのだろう。だがこれはリベリスタ達からすれば最悪である。キースの動向は完全に読めないもの。仮に彼がリベリスタ達を明確に排除する敵と看做したならば、全ての命脈は完全に尽きてしまう。
「……オマエ等、何?」
 首を左右に動かしコキコキと鳴らしたキースは何処か気安くリベリスタ達に問う。
「キース様、それは侵入者でございます! 不埒者が当家を急襲し……」
 リベリスタが回答を返すより先に階段を登ってきたブルーノが声を上げる。
「主がキースか」
 ポツリと漏らした御龍の口調が『戦いの時のもの』に変わっている。
 前門の虎、後門の狼めいた状況にリベリスタ達は半身で構えを取っている。「じゃあこれがアーク」と呟いたキースはそんなパーティを興味深そうに眺め回して様子を伺っているように見えた。
「お初にお目にかかる。鬼蔭虎鐵だ。別に覚えなくてもいいぜ」
「はっは、キース・ソロモンだ。虎鐵よ、ま、一つ宜しくな」
「……お前には虫けらみてぇにしか見えねぇかも知れねぇがな」
「んな事ねーよ。オマエ等、なかなかどうして立派なもんだぜ。『あの』ジャック倒したんだろ? なぁ、ヤツは強かっただろ?」
 臆せず嘯いた虎鐵の首筋を生理的に浮いた汗が流れ落ちた。
 友好的な調子なのに、会話はまるで首筋に刃でも当てられたかのようなプレッシャーを孕んでいる。
「俺様も一度ヤツとはヤってみたかったんだけどよ。……ま、死んじまったらそこまでだよな」
「てめぇがキースか。てめぇもアークと喧嘩したい口けぇ?」
「まーな。オマエ等、結構強そうだしな。つっても、ケイオスの邪魔をする気はねーけどよ」
 玄弥に答えたキースは奇妙な緊迫を孕むその空間で一人気楽な調子を保ったままだった。
 リベリスタ達が動かぬ理由は、使用人達さえ動かぬ理由は明白である。キースの気分と、キースの意向がこの場を完全に支配しているという証明である。パーティはキースを『動かさぬ』ようにせねばならないし、使用人達もまたキースの存在に『呑まれている』。彼がリベリスタ達と『会話』している時に、下手な刺激をすればどうなるかを……本能的に察しているかのようだった。
「しかし――聞いてもいいかい?
 何でオマエ等、ここまで来た? いや、想像はつくがな。ビフロンスの契約か。
 どうして、それに勘付いた? 相当なレベルの魔術師でもなけりゃ、難しい話の筈だがな――?」
 試すように聞くキースに即座に答えるリベリスタは居なかった。
 口振りからしてキースは『協力者』の存在に気付いている可能性は高い。『バロックナイツ最大の敵がバロックナイツである』という公然の事実を状況に当てはめれば、『協力者』が何者かを推測するのも難しくは無いかも知れないが。
 態々真実を『教えて』やる義理は当然無かろう。
「魔術を理解する人間が居たら気付くなら――それはそういうこと。ボク達の味方にそんな人が居てもおかしくはないよね」
 アンジェリカの『上手い』答えにキースは目を細めた。
 アシュレイは確かに『仲間』ではないが、今回の戦いについては『味方』である。嘘は無い。
「キース様! キース様、どうか御助力を!」
 ブルーノの言葉に空気が震える。
「バロックナイツが何人居ようが構うかよ! 全員倒す覚悟なんざ、とうの昔に出来てんだ!」
 思わず全身に力を漲らせた影継が吠え、キースがリアクションを返すより先に葬識が口を挟む。
「ねぇねぇ、キースちゃん。キースちゃんは強い何かと戦いたいでしょ?
 俺様ちゃん達アークはどう? アークはお勧めだよ。今すごい勢いで強くなってるし――でも。
 まだ、発展途上中。果実に例えたら青いまま。アークはもっと強くなるよ。美味しくなるよ。
 グルメなんでしょ? お友達の失敗をフォローして果実を熟す前にもぎ取る――どっちが魅力的かなあ?
 ここまでこれたアークを少しは評価して欲しいんだけど!」
 葬識の言葉に続いて今度はエルヴィンが声を上げた。
「もう少しハッキリ言えばよ――アンタの干渉が無きゃ既に俺達が勝っていたはずの戦いだ。これ以上の横槍は無粋だろうよ、魔神王!」
『交渉』とは互いにメリットがあって初めて成り立つもの。
 リベリスタ達の主張が『交渉』と呼べるものかどうかは微妙な所ではあるが。元よりこの作戦はキースとの交戦を想定していない。リベリスタ達が状況の寄る辺とするのはキースの『性格』、『性質』、『嗜好』ばかりである。
「オマエ、何て名前? オマエ、最高。そーじゃねぇと嘘」
 永劫にも感じられる短い沈黙の後、キースは影継を指差し、それから深い深い溜息を吐き出した。
「だが、それ以外は――辞めろよな、そーゆーの。すげぇ萎えるからよ」
 その言葉はブルーノに向けられたものであり、葬識に向けられたものであるようだった。
 どっちもどっち、といった風である。
「言っただろ、俺は。『ケイオスの邪魔はしねぇ』って」
「は?」
「だから手出ししねーっつってんの」
「ですが、貴方様はケイオス様の大変親しい御友人ではありませんか!?」
「だからこそだろ」
 ブルーノは状況の危険性を知っている。怪しい雲行きに声を上げた彼にキースは言う。
「アイツ本人が助けてくれって言うなら喜んで手を貸してやるけどよ。
 バロックナイツともあろう者が勝手に手を貸されて喜ぶかよ。こりゃアイツの公演だ。
 分かるか、ブルーノ。トモダチだから手を出さねぇんだ。
 そんなもん、オマエの力を疑ってるっていう――ケイオスへの侮辱だろ?
 そんなもん、俺がやられたら――全力でソイツをぶっ殺すレベルだぜ?」
 彼が殺すと口にすれば心臓を掴まれたかのような威圧感が吹き付けた。
 リベリスタならぬ常人ならば精神にダメージを受けかねない程の。
 意図を要約するならばキースの言葉は自分が断固として『誰かに言われてそういう気になった訳では無い』と主張しているのだ。
「そっか、そーゆー友情もありかぁ」と頬を掻いた葬識は納得したようにそんな彼を眺めている。
 しかし、キースの言葉は批判的であった葬識にせよ、ブルーノにせよ馬鹿にした調子はまるで無く、全く毒気というものが無い。思った通り素直に不満を述べ、自分の心算を披露した風。そんな彼が手を広げるとそこには何処からか古びた装丁の魔術書が現れた。
(――ゲーティア!)
 魔術知識を修め、深淵の一端を覗く七花にはその正体がハッキリと理解出来ていた。
 嵐が渦巻くような不吉な魔力がキースを中心に空気を軋ませている。
 伝説級のアーティファクトのその存在感はそれを正統に継承する魔神王(そろもんのまつえい)と当人と同等、同質のもの。
(伝説の魔術書、ソロモン七十二柱を統べる彼の力の源泉……)
 その異常さを痛感出来る魔術師は表情を微かに歪めて、状況をまんじりともせず見つめている。

 ――さあ、俺様が命じるぜ!

 やがてキースがその内の一ページを開き、朗々と『詠唱』したならば。本の中から握り拳程の白い水晶のような球体が浮かび上がる。
「ほらよ」
「!?」
 キースはそれを実に無造作にブルーノに放り投げる。それからリベリスタ達の顔を見回して言った。
「オマエ等の目当てはソレ。契約の鍵。後は好きにすればいいんじゃねーの?
 ブルーノが勝てばオマエ等おしまい。オマエ等が勝ったなら――流石のケイオスもヤバイかもな」
「キース――さん――何て言うか、変な話かも知れない。
 でも、ボクは……代わりにじゃないけど……貴方を『歌いたい』と思ったんだけど……」
「ハッハ、いーね。カッコ良くやってくれ、お嬢ちゃん。
 三十分後オマエが生きてたら……あのシアーにも負けない、きっといい感じのを聞かせてくれよな!」
 アンジェリカ――リベリスタ達にとって正念場はこれからか。
 信じ難い――しかし独自独特の行動論理を微塵もブレさせないキースは『どちらの味方もしない』で一貫している。
 恐らくは彼は『ケイオスの味方』ではあるのだが、『ブルーノの味方』では無いという事だ。
 彼はどれ程人当たりが良くてもバロックナイツ。『友人』の頼みは聞いても、さもなくば己がルールに忠実である。
『契約の鍵』をキース自身が持ち続けたならばそれは自動的に許容外の加勢になるし、何処かに隠しても然りである。無論、キースは『鍵』をリベリスタ達に渡す心算も無い。あくまでそれはブルーノの責任下に預けるからこそ意味があるという事なのだろう。
 推測にしか過ぎないが――『今の』を邪魔したならばリベリスタの命は怪しいか。
(自分がやられて嫌な事はしないって……道徳で習ったような……ってそれ所じゃねえな!)
 ぼんやりと詮無い事を考えたヘキサはその両足に力を込め直した。
 展開は結果的にリベリスタ達にとっては満点に近い状況を作り出しているのだが……それも勝てばこそである。
「これで良し。出来れば勝てよ、ブルーノ。オマエの淹れるアールグレイは最高だから」
 他人事のように軽やかに、場違いに穏やかに人好きのする顔で笑うキースは引き攣った顔をしたブルーノに頓着していない。
「ああ、だが。そうだ。オマエだ。兄ちゃん、一個だけケイオスに代わってこの俺様が訂正しておくぜ」
「俺か?」という怪訝な顔をしたエルヴィンに彼は頷いた。
「オマエはさっき俺が手を貸さなきゃもう勝ってたって言ったけどよ?
 あんまりバロックナイツを――いやさ、ケイオス・“コンダクター”・カントーリオを舐めんなよ。
 俺は『見てた』んだぜ? 卵が先か鶏が先か。
『ビフロンス』が無いならそもそもアイツは攻撃喰らうようなタマじゃねーっつーの!」

●紅玉(ルビー)
 命を削り合い、血で血を争うような闘争がそこにあった。
 荒れた戦いはやがて二階から一階エントランスホールに戦場を移し、運命の軋む音を白い五線譜の上に置いている。
「例え我が身体がどうなろうとも――」
 その身を蝕む傷も痛みも血に濡れ、咽ぶ暴龍を止める程のものでは無い。
「――引き裂かれようが、もがれようが! その首を取るのはこの、我だ!」
 痛覚さえ置き去りにして暴れ回る御龍は幾度と無く破滅的な威力を誇る真・月龍丸を振り回す。
「十人ぽっちと思ったか!」
 歯を剥き出し、目を見開き。怒鳴るように、叫ぶように気を吐いたのは影継だ。
「アークの全てが俺達の味方だ! どんな不可能も、今は――俺は、突き抜ける!」
 青く瞬く運命は赤い戦場に花を咲かせ続けた。
 遥か数千キロの彼方でバロックナイトに咽ぶ三高平に届くように。
 その光の迸りが彼等に勇気を点すように。
「彼女の笑顔を脅かす者は――何人たりとも許さない! 今、切り拓く未来を――自分は絶対に諦めません!」
 間近に臭う死さえ置き去りにして、最速を謳う亘は戦場を吹き抜ける風となる。
『格上』との死線に満身創痍。『普通にやれば勝てる筈も無い』相手に挑み続ける風となる。
 誰が為か? 愚問だ。己が為で、彼女の為で、全て守るべき人々の為である!
「俺には待ってくれてる人がいる……だから絶対帰らねぇといけねぇんだよ!」
 唸りを上げる虎鐵の刃が使用人の頭を割った。ぐらりと崩れかけた彼は「我が死を糧に! ケイオス様に勝利を!」と声を上げた。
 倒した所で別の死霊術士が死した仲間を操作する。
 彼等の何れもが『それを確かに望んで死した』。
「大した忠誠心だぜ、お前等……!」
 影継が賞賛に似た声さえ零した堪えぬ敵は確かに――圧倒的なまでに粘り強くパーティを苦しめ続けていた。
 だが、それでも。
(ここで俺達が負ければ、三高平の皆が……レイが、殺される……!)
 使用人達がケイオスに捧げるべき忠誠があるのと同じか――いや、それ以上に。
 このエルヴィンには、リベリスタ達には負けられない理由があったのだ。
「命を賭けてどうにかなるなら、そんなチップ……欲しけりゃ全部持ってけよ――!」
 乱戦めいた状況に味方が余力を失えば後衛より前に出る事さえ厭わない。
 エルヴィンの極めて頑健なその体力と気力は衰えぬ闘志を聖神の奇跡に変えて幾度と無く仲間の危機を救援した。
「まだまだやりまっせ~!」
 使用人達の攻撃を受けて崩れかけた玄弥がそれでも両足を踏ん張り運命でその命脈を繋ぎ切った。
(今回は、今回だけだとしても――私は魔術師として皆の役に立ちたい!)
「こいつはすげぇ。助かりましたや」
「はぁ、はぁ……」
 肩で息をする七花が放った大天使の吐息は窮余の玄弥の体力をこの瞬間、完全な状態までに賦活していた。
 今回だけは、等とはとんでもない話だ。彼女の魔術は一級品。
 玄弥の爪が飛びかかる死体を阻み、甲高い鉄の悲鳴を辺りにばら撒く。
 長期戦に対する備えを『それぞれ』が持つ二者の戦いは時間を追いながら、極めて壮絶なものになっていく。
「――見えた!」
 まさに『見切る』動きで敵の連続攻撃を見事に掻い潜ったアンジェリカが痛打を加えた。
「俺様ちゃんも、そろそろいい所見せとかないとねぇ!」
 戦いが『死』を間近に帯びる程、生き生きとその動きを増す葬識は魂を侵食する暗黒の魔力を以って使用人を引き裂く。
 動きを増すと言えば――傷付く程にその集中力を増すヘキサは暴れに暴れていると呼ぶに相応しい!
「――走って、跳んで、蹴ッ飛ばす! ってな!」
 唸りを上げるHEXA-DRIVEが火炎を散らしながら恐るべき蹴撃を幾度と無く敵に叩きつける。階上の――手摺の上に座って戦闘を眺めるキースが「へぇ」と声を漏らす程の動きは強かにしなやかに――外見から似合わぬ程のまさに『うさぎのおおきば』そのものであった。
「オレは誰も死なせたくねェから戦ってた。けど今回の事件で……一体何人の人間が死んでったンだろーな?
 分かってンだよ。誰も死なせないで勝つなンざ無理だ。戦いってのは、そんなに甘くねェ。
 けど、だけれど。だから死んでも構わねーし、仕方ないって割り切れるハズも無ェだろ。
 後悔しねーように、どうにかなるンじゃねェ、どうにかすンだ。
 失いたくねェならそうするしか無ェ。どんな無茶でも……オレは……」
 唯、思いの丈を叫ぶ。
「オレは、自分の生き方にだけは嘘つけねェンだよ――!」
 ハッキリと忌憚無い事実を言うならば、実力は使用人達が上回っていた。
 しかして彼等は『キースに頼り』、リベリスタ達は最初から『己のみを頼んでいた』。
 そこにあの――『魔神王』が居る事を知りながら、この場所にやって来た。彼がどうあっても中立までの存在で、自分達の味方にならない事を知ってここに来た。最悪彼が敵の味方をする事も承知で、彼の存在がなくとも己が不利である事を承知でこの場所にやって来た。
 絶大に強固なメンタリティは時に『多少の差』を覆す。
 リベリスタ達は『瀕死までに傷付いた』。誰一人無事は無く『皆が死の間際まで追い込まれた』。
 だが、それでも折れる者は無く。傷付き磨り減ったのは敵も同じなれば。
 圧倒的なリベリスタ達の戦意はやがて――力に勝る使用人達さえ呑み込み、彼等を駆逐し始めていた。
「ああ、いいなぁ。オマエ等」
 手摺に腰掛けて素晴らしく均整の取れた長い足をぶらぶらとやりながらキース・ソロモンは呟いた。
 誰に言うともなしに、誰に聞かせるともなしに。いや、血の海に沈み続けるこの場で彼以外の誰かが『聞ける筈も無いのだ』。
「いいなぁ、オマエ等。いい感じだ」
 戦場を眺め、ぶらぶら、ぶらぶら。
「マジで美味そうでよ。そいつ等よ。俺が片付けたら俺と遊んでくれんのか?」
 凝視するように眺めて。
「嗚呼、畜生。腹ぁ減ったぜ――」
 ぶらぶら、ぶらぶら、ぶらぶら、ぶらぶら。
 大して無い『堪え性』を全て動員して辛うじて踏み止まっている。
 足を動かして薄い唇を舐めたキースのその目は――今、ぶちまけられた一面の赤より深く、咽ぶような血の臭いよりも鮮やかに。悪魔に呪われた大粒のルビーのように禍々しい見事な朱色を湛えている――

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 YAMIDEITEIっす。

 穏やかな午後、イタリアの片田舎の屋敷にダンプで突っ込む。
 これについては絵的にも映えるし、作戦としても予想外で素晴らしい。
 万華鏡が存在しない為、非常に不明瞭の多い状況に粘り強く対応したかと思います。『逆転』は気合と根性も含めた総合評価。一般に高難易度では精神論だけで出来る事はありませんが、皮肉な事に精神論なくて出来る事も無かったりしますから。
 今回、敵の戦闘力設定は非常に高いです。
 死亡者複数と紙一重です。状況を考えれば十分に健闘かと思います。
 パーティが『我に返った』時、キースはそこには居ませんでした。
 ブルーノは死に、『契約の鍵』は破壊されています。

 シナリオ、お疲れ様でした。

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追加重傷
鬼蔭 虎鐵(BNE000034)
アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)
遠野 御龍(BNE000865)
斜堂・影継(BNE000955)
天風・亘(BNE001105)
エルヴィン・ガーネット(BNE002792)
風見 七花(BNE003013)
一条・玄弥(BNE003422)
熾喜多 葬識(BNE003492)
ヘキサ・ティリテス(BNE003891)