●ほぼ博愛主義 小さな囀りと鳥の姿がまるで蒼穹に落ちていく。 「嗚呼、この世界は美しい」 六月に覗いた空の晴れ間を眩しそうに見上げる男が居た。 「何時だって、この世界は美しかった。素晴らしく、代え難い」 黒いカソックを身に着けたパスクァーレ・アルベルジェッティ、その人である。 楽園とは目の前に在りながら誰も辿り着けぬからこその楽園なのか? 訪れる者、誰も無い。寂れた教会は重ねた年輪なりの古めかしさをその外見から伝えていたが、元は白かったくすんだ壁も、煉瓦を積んだ小さな手造りの花壇も、塗装の浮いた十字架も。手入れの丹念さが故に傷んだ印象よりはある種の味を見る者に伝えるものだろう。 「世界が美しいのは結構ですがね、神父」 『唯の晴天』に感動し、此の世への感謝と喜びを見出したパスクァーレに少し呆れたようにスーツを着た男が言った。誰も訪れない――訪れられない教会を訪れた彼は、それが故に神父にとっての稀人である。この場所に辿り着き得るのは元より不倶戴天の敵か、同胞かしか無いのだから。 「その……仕事は請けて頂けるのですかね?」 「ミスタ・サカナギの仕事、ですか」 答えを急かすように訊いた男にパスクァーレは微妙な反応を返した。 パスクァーレ、そしてスーツの男は神秘を纏い世界に挑む者――フィクサードである。 日本のフィクサード連合によるリベリスタ組織アーク攻勢は今回佳境を迎える筈となっている。男は主・逆凪黒覇の名代として今日パスクァーレを尋ねたのだった。 「はい。社長は何としても神父の力を借りたいと……」 「ミスタが私を頼るとは。余程、派手にやる心算と見えますね」 「ええ。今回は――倒しに行く計画です。 少なくとも前回とは違う。痛打を与える事が目的なのですから、それで神父に」 アークとそのリベリスタの力が侮れるものでない事は前回の戦いで分かっていた。フィクサード側の戦力は十分だがまともにぶつかれば被害が否めないのは確かである。短期で決戦の始末がつくとも限らない。そこで必要になるのが『蝮の毒』であり、強力なフィクサードの助っ人だった。 「……如何ですかね? 社長は十分なお礼をすると」 「礼等要りません」 様子を伺うように言った男にパスクァーレは首を振ってみせた。 「……と、言っても請けないという話ではありませんよ。 今度の仕事は人間を、或いはリベリスタを狩る――話なのでしょう?」 「あ、はい。ええ……」 パスクァーレの問いに男は曖昧に頷いた。 まるで世界の全てに慈しみ愛しているかのような聖職者の口から漏れた言葉は温厚で優しげな彼にはとても似合わない物騒な響きを秘めていたからだった。 「目的はリベリスタを誘き出し、倒す事。 計画はそれだけじゃないそうですが……神父の仕事はそこまでです」 「請けましょう」 パスクァーレは短く言って頷いた。 「不思議そうな顔をしますね?」 「ええ。その……『こういうやり方』は嫌う方かとばかり……」 「心外な」 呟いたパスクァーレは口角を僅かに吊り上げ、唇の端を歪めていた。 丸眼鏡の向こうの瞳が穏やかなまま静謐な狂気を湛えている。 「……っ……」 男は熱い位の陽気に確かな寒気を感じて気付けばその身を竦めていた。 「空が好き。花が好き。虫が好き。動物が好き。 空を滑る小鳥も、肌を撫でる風も、歌も書物も信仰も――この世界はいちいち余りに愛おしい。私は、『ほぼ全て』に博愛を説く事にしているんですよ――」 ――ほぼ全て。語る必要の無い、例外は? ●ヒューマン・キラー 「……そういう訳で、仕事」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の言葉は集まったリベリスタにとって想像のつくものだった。本部は今、久方ぶりの忙しなさに満ちている。『相模の蝮』こと蝮原咬兵の引き起こしたフィクサードの一斉蜂起は記憶に新しい所だが、今回はその続編……といった所か。 「今の所、蝮原本人の動きは確認されてない。 けど、多くのフィクサードが攻勢に出てきているのは前と同じ。 ……ううん。前よりずっと本気かも。どのフィクサードも今回は簡単に退く心算は無いと思う。少なくとも皆を本気で倒しに来ている……と思う」 イヴの言葉にリベリスタは頷いた。 問題は無い。元より危険は分かっている。 遠慮をする相手でも無い。倒しに行くのは彼等も同じ事なのだから。 「皆にお願いしたいのはこのフィクサードの相手。 名前はパスクァーレ・アルベルジェッティ。イタリア出身の職業、神父」 「……国際色豊かだな」 「フィクサード結社に請われて今回の作戦に参加するみたい。 一般人を餌にアークを誘き出そうとするのは他と同じ」 リベリスタは苦笑した。正義の味方の制約を考えれば悪役に多くの芸は必要無いらしい。 「皆が事件を阻止出来なければ往来は地獄と化す。 パスクァーレ神父は『効率良く人間だけを殺す』能力を持ってるの」 「……人間だけを?」 「うん。他には何一つ傷付けない。 アーティファクト『不完全な神の愛(パスクァーレ・アガペー)』は所有者が憎む者のみを害する。それ以外の力を持たないけれど……使い手のその心がぶれない限りは特別な威力をもたらすの」 「……その神父は人間を憎んでいるのか?」 イヴは瞳に僅かな逡巡を浮かべ、それから小さく頷いた。 「もうずっと前の話になるけど――資料に或るエリューションの討伐記録が残ってる。 個体名はアリーチェ・アルベルジェッティ。『リベリスタ』パスクァーレ・アルベルジェッティの一人娘。当時十三歳の女の子」 神父は愛を育んだ世界を愛する。 だから、愛を否定した人間とリベリスタを赦さないのか―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2011年06月30日(木)02:29 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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●狂鬼、独り 「――――」 息を呑んだのは『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)だった。 息を呑んだのはリベリスタ達だった。フィクサード達だった。 異常なる殺気は疾く、戦場を駆け巡る。 「――ったな……?」 喉の奥から搾り出されたその声は、掠れながらもやけによく通って響く。 深淵の洞の如き頭蓋の穴のその奥に――青白い焔が燃えていた。 触れれば容易に侵食する、余りにも真深い憎悪の色が揺らめいていた。 「今、言ったな!?」 割れた丸眼鏡の奥で血涙を流し、濁った瞳で敵を視る。全身の毛を逆立たせ、口から泡を噴きながら、見開いた眼は目前の敵を見やる。 『ほぼ博愛主義者』の理性は唯の一瞬をもって見事な程に吹き飛んだ。 憎悪と怒りは燎原を進む火の如く男を滾る獣へと変えていた。 狂い、狂い、狂い。 腐れ、腐れ、腐れ果て。 「――言ったなぁあああああああああああああ――」 「……っ……」 『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)――少女の顔が悲痛に染まる。 「パスクァーレ、神父――っ!」 声は虚しく。獣の絶叫と共に男は絢爛なる罪の十字を振り上げた。 立ち上る魔気は数秒前とはまるで別物。それは今更敢えて語るまでも無かったであろう、此方と彼方の完全な決別である。 ぬらりと輝く『不完全な神の愛(パスクァーレ・アガペー)』の切れ味が使い手の憎悪を糧にすると云うならば。 「気をつけろよ、奴さんこれまでとはモノが違う……!」 「本番はこれから……でしょうね」 全身を貫いた緊張に構えを取り直した『鋼鉄の砦』ゲルト・フォン・ハルトマン(BNE001883)の声に、然して面白くも無さそうに『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)が頷いた。 『少女に見える、少女程には可愛らしくない女』の感情の読み難い仏頂面は変わらない。変わらないが―― 「……何れにせよ、決着が近いという事です。『こうなった事』が良いか悪いかは別にして」 狂鬼の『醜態』に彼女は小さな溜息を吐いていた。 『怪物』に身をさらすのは流石の彼女でもぞっとしない。『出来れば』勘弁願いたい。 幼い美貌に皮肉な笑みが貼り付いている。 ●交差 時刻は冒頭より遡る―― 真昼の往来は蜂の巣を突いたような騒ぎの後、奇妙な静寂に包まれていた。 ――毒ガスだ! 早く逃げろ! ――出来るだけ遠くまで離れて逃げて下さいです! ゲルトから『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)から、それ以外から。 ――逃げないと死んでしまう! 特に『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)の言葉は単純ながら良く効いた。異臭と共にそんな声を耳にすれば結論は一つ。 逃げ出した人々が戻ってこないようにエリス・トワイニング(BNE002382)が強結界を展開すれば『準備』の方は十分だった。 「御気は、済みましたかな――?」 穏やかな声に視線をやれば――往来の向こうに男が居た。 黒いカソックに小さな丸眼鏡。大きな金色の十字を背負った男が居た。 彼の周囲で黒いスーツを着た数人の男達がリベリスタ達を睨んでいる。 「成る程、道理ですね。私が貴方達でもこういう手段を取ったでしょう」 『相模の蝮』蝮原咬兵の策動を受け、アークはその戦力を各地へと派遣していた。敵の狙いは分からなかったが、この場に集まった十二人のリベリスタ達が命じられた任務はこの男――パスクァーレ・アルベルジェッティと配下フィクサード達による殺戮を止める事であった。 「分かっていて……そうさせたと? 随分サービスがいいんだな?」 『捜翼の蜥蜴』司馬 鷲祐(BNE000288)の細い眉がぴくりと動いた。薄いレンズの向こうの銀色の瞳が男の姿を射抜いている。 『ほぼ博愛主義者』のパスクァーレがその例外である人間を見逃す理由は無い。 「趣旨変えでもしたか? 案外止めて貰いたかった――とか」 鷲祐の言葉は僅かな揶揄を含んだモノである。 パスクァーレは彼の言葉に目を小さく見開いて「まさか」と笑った。 「唯の人間なんてモノ、その気さえあれば何時でも狩れましょう。 私が本当に殺したいのはリベリスタ(あなたたち)なのですから――」 笑顔の神父は穏やかな語り口のままそんな物騒を口にする。 「……御気持ちは察します……が、その凶行は看過する事は出来ません」 言外に潜む意味を明敏に察し、長い睫毛を伏せたカルナが言った。 分かるのだ。所詮分かり合えない別個と別個とは言え。想いを共有出来ない他人に過ぎないとは言え。主の御元に身を寄せた彼がどれ程の絶望を抱いてここに到ったかが。 (娘サンと神父は気の毒と思っと…… ばってん、こん神父サンに、わしらの生き様ば見せてやる必要があるばい) 元より神父は必ずしも己の理解を求めては居ないのだ。 カルナの、『星守』神音・武雷(BNE002221)の理解は或いは的外れなのかも知れない。 関わりの無い立場だからこそ手を差し伸べようと思える――優越の類と謗られるモノなのかも知れない。 だが、それでも。 (愛する者を失う悲しみ、憎しみ。これから無くすかもしれない不安、判らない訳ではないのです。 あたしもここに来た時は一人だったから……今とても愛する人がいるから……) 「……人を愛していたために……逆に……愛せなくなったの?」 そあら、そしてエリス。 リベリスタの共感の幻想は――甘くてもまがい物では有り得ない。幾多の奇跡が生み出した此の世の悪い冗談がリベリスタである。万に一つの可能性を『容易く』手繰り寄せるからこその運命(フェイト)なのだから。 「わたしも貴方と同じ弱さをきっと持ってる。けれど、貴方は他人を憎んで逃げているだけです!」 舞姫はすらりと太刀を引き抜いて、そう吠えた。 傷の無いリベリスタ等何処に居るだろう? 身勝手な運命に翻弄され、人間で在り続けられなくなった出来損ない。それを最初から望んでいた人間がどれ程居るだろうか? 「必ず――止めてみせます!」 宣誓した。逸脱した彼にも届くように、届いて欲しいと強く凛と。 ●パスクァーレ・アルベルジェッティ 「それ程に憎いのなら、山奥で生きれば良かったのだ」 嘆息した『アンサング・ヒーロー』七星 卯月(BNE002313)の指揮と翼の加護を従えて。 「正直を言えば妥当と思うのですよ」 少女は、云った。 全長二メートル、重量凡そ六十キロの重器を扱うにモニカは余りに可憐過ぎる。 本来は対戦車に開発されたそれを人型目標に向けようというのだ。その威力はむべなるかな。 「愛とは偏向的なものですからね。 人間という例外があるからこそ、彼のその他万物への愛が成り立つのでしょう。 その点、実に理に適った『博愛主義者』と言えますね――」 九十七式自動砲の銃身を支えるのは本来の前足二脚、後脚では無い。 身長百五十センチに足りないメイド服の少女が効率運用には分隊を擁する旧皇国の遺物を軽々と取り回す様は軽い悪夢。 腕に備え付けられた銃身が言葉と同時に火を噴いた。 装填七発。反動で僅かに後退した少女の腕から放たれる無慈悲な弾幕(ハニーコム・ガトリング)は例外を認めない破壊の雨である。 「私は貴方と違い、敵とあらば良い子も極悪人も等しく撃ち殺す平等主義者です。 ……しかして、殺るか殺られるか。戦場のルールこそ、最も分かり易く公平なルールだとは思いませんか、パスクァーレ神父」 壮絶な弾丸の雨にフィクサードの陣営は泡を食う。 「問答の心算はありません。愛と平等は決して交わらぬものです」 「ああ。全く同感ですよ、Signorina」 しかし、憎悪の声を上げるフィクサード達とは一線を画して神父は微笑んだまま。 「問答の時は遥か! 『復讐劇』の幕は私が死ぬまで降りはしない!」 芝居がかった声は皮肉な晴天の下に朗々と響き渡る。 戦いは既に始まっていた。 激しい敵に対抗するリベリスタ――パーティの作戦も単純明快である。耐久と白兵戦に勝る鷲祐、舞姫、『駆け出し冒険者』桜小路・静(BNE002221)、『天翔る幼き蒼狼』宮藤・玲(BNE001008)のカップルが前に出て敵をブロックすると共に叩き、そあら、カルナ、エリス、卯月といった面々が支援。それぞれ前衛と後衛に配置されたクロスイージス、武雷とゲルトはそれぞれ前後衛をフォローする『壁』である。 そして絶大なる制圧力を発揮するのがモニカともう二人―― 「貴方は本当は誰よりも娘が大事であったのだろう。 だけどリベリスタだ。エリューションは相容れない存在だ―― 誰かの愛を狩りながら、愛する誰かを例外にした――憎しみという黒い心に逃げたんだ!」 「神父様とは経験も重ねた年月も大きく差があります。 私如き若輩がただ言の葉を紡いだところで心には届かないでしょう。 だから、私は……唯思ったことを、ありのままに」 ――冷然としたモニカとは対照的に声を張る『少女らしい少女』、雷音、そして慈愛と憐憫を滲ませるカルナである。 雷音が複雑に印を切る。光の軌跡が現世に光る奇跡を引き起こす。 「――来々、氷雨っ!」 「――例えその剣に貫かれようとも、運命を賭して語り続けましょう」 澄み渡る空より叩き付けられる冷たい氷の雨は槍の如く敵陣を突き刺し、神聖なる光が辺りを灼いた。 物理、神秘両面から『場』を叩き潰すモニカと雷音、カルナの攻撃は数在る敵を叩くには有効。 戦いは続く。 敢えて動きを遅らせていた『最速の』鷲祐が敵陣に飛び込んだ。 「俺は愛する奴がいる。今俺はそいつからの愛を背負ってここにいる。 愛はお前のと何も変わらない、神ですら手出しできない俺の、俺達のモノだ」 高い跳躍からの急降下、両手の短剣から繰り出される強襲は鋭く黒服を斬り付けた。だが、彼の視線は殆ど神父を捉えている。 「お前の愛も、今も変わらず活きている。でなければこんなにも人を憎むわけがないからな」 「この……!」 「うらぁっ!」 態勢を取り戻そうとするフィクサードの陣形を静の一撃が乱した。 続くのは舞姫。迎え撃つのはかの神父。 「全力で、行きます!」 猛攻にフィクサード達は早くも傷み始めていた。 怒り得物を振り上げたデュランダルの前に、 「神父、あんたも人間とね? なして人間ばきらっと?」 武雷が立ち塞がる。 雷撃を纏う強烈な一撃にその巨体は打たれるも、 「今、あんたと話してる訳じゃなかとよ!」 驚くべきか、強靭なこの男は目前の敵の一撃などぎょろりと睨むばかりでモノともしない。威圧に怯んだフィクサード達は顔を赤くして彼に集中攻撃を加えるが、 「皆さんの傷は――あたしが癒すのです!」 「助かったとね!」 強い決意を示すそあらの紡いだ癒しの微風が傷んだ武雷を強力に賦活する。 パーティの制圧力は相当のものだ。だが、敵が倒れないのは―― 「皮肉なモノだ。今の私でも神性は扱える。いや、今の私だからでしょうか――?」 圧倒的な神父の火力――天使の歌を紡ぐその魔力が原因であった。 人間が嫌いな彼が仲間を支援をするというのは若干の予想外になっていたが、 「傷付いた娘と私を最後まで匿ってくれたのは、ミスタ・サカナギだったのですよ」 成る程、彼の博愛の例外には『フィクサード』は入っていない。 一進一退で繰り広げられる攻防は熾烈なものとなった。 卯月の援護を受けながら繰り返される全体攻撃は効果的だったが、無論敵を捉えぬ事もある。 「――ッ、あ……!」 隙が出来る。敵の連撃から続く神父の閃光は物自体がまるで違う。 「く……!」 生命線の後衛を庇うゲルトからも余力が大分失せていた。 手酷い神気は不殺の誓いをそのままに敵の全てをさらう破滅的な威力を湛えていた。 鮮烈な光の波が退いた後には倒れた仲間の姿がある。 「アリーチェさんは、リベリスタだった頃のあんたを好きでいたんじゃないのか。 胸を張って誇れる、人の心を持っていた頃のパスクァーレさんに戻ってやれよ!」 倒れた玲を庇い静が吠える。 「はは。分かっていて私は狂っている」 神父は歯牙にもかけなかった。 ――パーパ! 『アリーチェに似た扮装とイタリア語で』そう呼びかけた舞姫の一声までは。 ●アガペー ――かくして物語は冒頭へ帰結する。 彼にとってそれは余りにも絶対的な禁句だった。 動揺を狙ったその声はある意味では奏功していたが、神父は理性と連携を引き換えにまさに荒れ狂う暴威と化していた。 「わしは……もしもフェイトば全て失っても、この世界ば全部愛して死んでやっと!」 十字剣は決意ごと武雷を切り裂いた。 支援を失いフィクサード達は倒されていく。狂眼の神父はそれに構いもしない。 当の舞姫が、健闘を見せた静が、遂にゲルトが倒された。 「……っ」 唇を噛むそあら。カルナは叫ぶ。 「どうか、反転してしまった愛を再び正して下さいっ!」 重傷を負いボロボロになっているのは彼も同じ。 「威力程に感じる貴方の御息女への愛。人に殺されるならば幸福な最期かもしれませんね」 地面に叩きつけられながらも、辛うじて運命を繋ぎ止めたモニカが厳しい姿勢から神父を狙う。 「愛と憎しみは表裏一体。ならば憎悪の内に死すは即ち、愛に殉じて死ねるということで――!」 不敵な饒舌は最初と変わらず。正確無比な銃撃が神父の片腕を吹き飛ばした。 おおおおおおおおお……! 人はこんな音を発する事が出来るのか、そんな獣の慟哭。 最早誰にも届かない、愛を語る術さえ失った――男の絶叫だった。 「大きな攻撃が来るです……!」 警告。そあらがパーティを回復するがそれは気休め。 「目を覚ませ……!」 決着の時は近い。 血に染まった腹を片手で押さえながらも鷲祐の速さに翳り無く。 「……己から逃げるな。パスクァーレ・アルベルジェッティ!」 片腕で十字剣を掲げる神父と青い雷光が交差した。 そして。 ●運命はかく語りき 「貴方は神を信じれなくなったのか 娘が天国に行き、何れ来たる福音の日を信じれなくなったのか。 娘の傍に立つことを諦めたのか。貴方は彼女を愛することをやめてしまったのか」 ゲルトは悲しく歌う。 「ならば俺が信じよう。俺が愛そう。貴方の娘を貴方を。 そしてこの世界に生き、主の下に召されるその全てを」 狂鬼は逃れ、静けさを取り戻した往来で雷音は空を見上げた。 (すべてのものを愛する事。世界を愛する事。 ボクは、ボクから両親を奪ったこの世界が好きなのだろうか?) 浮かんでは消える詮無い疑問は少女の小さな胸を締め付けた。 彼女が手にした端末には、虚ろな世界の確かな繋がり。送りたい相手へのメッセージ。 ――愛してくれてありがとうございます。今日は早く貴方に会いたい。 嗚呼。初夏の空は、見事な位の青だった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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