● ケイオス・“コンダクター”・カントーリオの作曲指揮による混沌組曲事件は過日大きな転調を迎えた。 日本全国各地に少なからぬ被害を撒き散らした彼等はその戦力を増大した。アークのリベリスタの複数も犠牲になったこの激戦はしかし、彼等の健闘の甲斐もあり『楽団』とケイオスにとっては些か不満足なものとなったのである。 アークと七派、それ以外の日本の異能者をも巻き込んだ戦いは複数の楽団員を撃破するに到った。日本側が蒙った被害の量は比べ物になるものではないが、中核戦力の少ない『楽団』は消耗を嫌い新たな転調に舵を切ろうとしていたのだ。 『良く知る』その顔が悼みの『生』に慟哭した。動乱の三高平市を舞台にアークの心臓を守る戦いが始まろうとしている。 ● 「『塔の魔女』が、『コンダクター』は三高平に来るって言ってる」 『擬音電波ローデント』小館・シモン・四門(nBNE000248)の菓子を齧るカリカリと言う音が止まらない。 おっきいおっぱいの女の人怖いお年頃です。 「俺は、まだ難しいことは良くわかんないんだけど、『塔の魔女』が、ケイオスの手を三高平の直接制圧と読んだ理由はいくつかあるんだって」 手元のメモは、二頭身のイラスト入り。 イヴに説明してもらったようだ。 「一つ目ー。『楽団』はみんな一流のフィクサードばっかの実戦部隊だけど、普段は働いてない人を加えて最大数千にも及ぶアークに比べて、うんと少ない。だよなー、ステージにのり切らないよなー」 四門の頭には、定員オーバーでコンサートホールの舞台から転げ落ちるケイオスが浮かんでいるが、誰ものぞけていないはずなのが幸いだ。 「少数のネクロマンサーが多数のリベリスタに勝つには、それを圧倒して余りあるリベリスタのアンデッドがいる――当たり前だよな。忠臣蔵だと安心戦力は三対一」 おばあちゃん子の日曜夜は大河ドラマだ。 「あんたらのしぶとさは、それ系映画のアンデッド並みって、イヴちゃんが言ってた」 イヴちゃんは、新人にもう少し真綿でくるんだ表現をするべき。 「向こうもそれがわかったんだって? それなら持久戦ってことはないわな。仲間の死体が襲い掛かってくるってことは、今まで一緒に攻めてた奴が急に向こうに寝返るってことだろ? それが起こらないってことはー、見込んだ戦力の増大と敵の減少が起こらないってことだもんなー」 しゃべりつつ、カリカリ音は止まらない。 「二つ。『塔の魔女』が横浜で見たケイオスは、なんかチート状態だったんだって」 嘘じゃないから。と前置きする。 「首を刎ねられても笑ってたって、まじ? そんなでたらめあり? と思ったら、それがチートなんだって」 ほんとに嘘じゃないから。と、更に念を押す。 「『塔の魔女』はこの『何か』を、ソロモン七十二柱の『ビフロンス』って言ってるんだって」 ほんとにそんなんいるのかー? と、頭を捻っている四門はともかく、 ケイオスと特に親しい間柄にあるバロックナイツ第五位『魔神王』キース・ソロモンの存在を知っているリベリスタの表情は険しくなる。 「仲のいい友達から借りたらしいって聞いたんだけど、魔人って貸し借りできるのか?」 そういうでたらめが出来る連中だ。というと、四門はふーんと首をかしげる。 カリカリ音の速度が増した。 「『塔の魔女』は、空間転移の一種と読んでるんだって。『軍勢』を三高平市に直接送り込む事も可能――ずるくね?」 そういうことが出来る奴らなんだと繰り返すと、でも、ずるくね? と眉をひそめる。 「三つ目、ジャック・ザ・リッパーの骨がアーク地下本部に保管されているから。なんか、俺的にはうわーなんだけど」 おまえら、すげー。 と、四門は素直に賞賛した。 「で、俺、ケイオスってどっかで見たと思ったら、テレビとかでCMやってたのな。雑誌も読んだけど、すっごいのやるから、見にきてね! って感じだった」 ケイオスの巻頭ロング・インタビューが乗っている雑誌は本屋に並んでいるし、公演のCMが普通にTVで流れている。 四門のまとめは、きわめて主観的であろう 「そういうの堂々と言うようなのは、すっごいことすんのにうんと気を使うと思うんだ。花火とか、巨大衣装とか」 いや、それはない。 「シークレットビックゲストとか」 それだ。 「『モーゼス・“インディゲーター”・マカライネンが三ツ池公園を襲撃した際、ジャックの残留思念を呼び出す事さえ出来なかった理由は、彼の『格』の問題であると共に、より強く此の世の拠り辺となる『骨』が別所に封印されていた事に起因する』」 手元のメモを棒読みにする。 カリカリと菓子を咀嚼した後、間違ってたらごめん。だけどさ。と、前置きして、四門は口を開く。 「これって、てめえの事務所じゃ格不足ってオファー蹴っ飛ばされる以前に、受付窓口引っ越してたってこと?」 身も蓋もないたとえだ。 「だから、ケイオスが地下本部を暴き、ジャックの骨を手に入れたら、こっちは落城。天下取られる。全国ツアーに出発」 そのたび死体が倍増。生きている日本人の方が少なくなるかもしれない。 「――この、絶対にここをケイオスから守らなければならない状況に際して、『塔の魔女』は二つ提案してきたんだって」 カリカリと咀嚼音。 「一つ目。三高平市に大規模な結界を張り、『コンダクター』側の空間転移の座標を『外周部』まで後退させるて。これで、いきなり天守閣まで来ましたっていうのはなし。ていうか、壁の中に転移しちまえって気持ち。やだよ? 廊下歩いてたら、いきなり死体が出てきたら」 カリカリ音が早くなる。視点がぶれている。想像しているらしい。 「二つ目は『雲霞の如き死者の軍勢の何処かに存在する『コンダクター』を捉える為に、万華鏡とアークのフォーチュナの力を貸してもらいたい』と言ってきたんだって」 俺、まだ良くわかんないんだけど。と、四門は前置きする。 「死体はどうでもよくって、それを操る『コンダクター』自身を倒さなくちゃ終わんないんだって」 ケイオスが操る死体は、アークのリベリスタ並のしぶとさということだ。 「だけど、『コンダクター』はそこらへんわかってて、すっごく隠れんのうまいし、探せなくするのもうまいんだって。だから、探す為に、その魔法の眼鏡貸して下さいって感じ?」 なんかいきなりメルヘンな図式になった。 「でもさ。様は、ホーム戦ってことだろ? 地の利は圧倒的。センタービルって本丸ってことだろ?」 そもそも、対神秘存在対策として設計された人工都市だ。 容易に侵攻させるような構造ではない。 「ぶっちゃけ、東京とかでやられるよりはましじゃね? ここでの決戦はすっげえ危ないのと一緒にこれ以上はないチャンスと考えろって言われた。俺らみたいに戦えないのや、普通の人はセンタービルにこもるから。あんたら信じて待ってるから」 ポジティブシンキング。 この街には、覚悟が決まった者しかいない。 「それから、敵軍の中には良く見知った顔もいるんだってな。前面に押し出してくると思うよ。多分」 カリカリ音がやんだ。 「来たばっかの俺がウことじゃないけどさ。俺が死体だったらさ。とっとと止めてもらいたいと思うよ。自分の死体が好き勝手使われんのやだよ」 だから。と言って、四門は大きく息をついた。 「これできっちり終わりにして、ちゃんと帰ってきてくれな。待ってるから」 ――箱舟の航海に今、過去最大の嵐が到達しようとしていた。 ● 「あ、説明入るな。今回の作戦は、防衛ラインを三つ引いて、楽団を分断。楽団員を狙い撃ちで死体を止める。なんとしてもセンタービルは守る」 四門は、あえて死守という言葉は使わなかった。 「あんたらにお願いしたいのは、ここ。第一防衛ライン」 三高平空港駅の近辺だ。 「楽団員・『泣きぼくろ』 ジューリオ・アンドレセン』。こう、なんていうか。マフィアのぼんぼんが音楽家になりましたーみたいな。黒髪、黒目、濃い顔、垂れ目に泣きぼくろ。なんか雰囲気がエロい。トランペット持ってる。なんかレイバック気味」 四門の視線がさまよいだした。すごくろくでもないなものを見ているっぽい。 「なんか、誰か追っかけてる。目の色がすっげー緑な女の子。嫌がられてる。そっちの子はちっこいラッパ持ってる。あ、でもめげない。これは、勘違い野郎? 脈ない。全然ない。ナイスアタックなの、ストーカーなの、どっち?」 いや、そう言われても。 「で、そいつが、女の子の真似こいて、飛行場駅から市内に入ってくる線路と道路が平行に走ってるあたり、わかる? そこを東に向かってるそこから南東に曲がって、道なりに南進すると――」 ゴールは、センタービルだ。 「えーと。楽団員としては、特に、個人の攻撃能力が高いとか、死体の動きがいいとか、数がすっごく多いとか、そういう特色は、ぶっちゃけない」 ないのか。 「顔は、すごく濃いハンサム。というかお色気系」 いや、そういうのはいいから。 「逆に言うと、そういう目立つ特色ないのに『楽団員』なんだよ。ってことは――」 油断していい相手じゃないってことか。 「アーティファクト『粉砕クラッシュノイズ』 ロータリートランペットってやつ。強く吹くと、すっげえ衝撃波が出る。ダメージもひっでえけど、隙とか圧倒ってレベルじゃないから。崩壊だから。そこを死体に攻められたらちょっとしゃれにならなくなる」 気ぃつけてな。と、四門は言う。 「生きて帰ってきてくれな。あんたらがこんなのにやられたら、俺はすごくいやだ。こんなのに大事なリベリスタ、30人も出さなきゃいけないのかと思うと、俺は涙が止まらない」 ほんとに涙ぐみながら、四門はテーブルの上に紙袋の中身をぶちまけた。 「待ってるからな。ちゃんと帰って来いよ。待ってるからな」 途中で食ってと、菓子をリベリスタの前に押し出した。 「後、曽田さんって人も行くんだって」 七緒の資料をガン見した後、四門は言った。 「なんか、めんどくさそうな人だけど、よろしくな」 ● 『コンダクター』は、彼が納得の行く音を出せば、楽団員の個性はどんと受け止める。 三高平空港駅から東に延びる線路上に、その男――楽団員『泣きぼくろ』ジューリオ・アンデレセンが立っていた。 引き連れた死体は百を超え、ただよう腐臭を濃い香水で打ち消している。 「かわいいベーべ。君と一緒に行きたかったのに、君はまるで臆病な小鳥のように僕の手をすり抜けてしまう。恥ずかしがりやさんだね」 ジューリオ言うところの「かわいいベーべ」は出来るだけこの男と離れようと、全く別方向に転移していった。 「いつまでも子供ではいられない。君の初めての男になりたいんだ、ベーべ」 ラテン系特有の暑苦しい美貌の男が自分抱きポーズで無駄に濃いまつげを震わせている。 「ベーべ。君は東から。僕は北から。君より先にセンタービルに着いて見せよう。恋の翼は高い城壁さえも飛び越えるのさ」 ロメオを気取るが、引用された台詞は英文学だ。 「ああ、君が僕を追いかけてくるのさ。なんて素敵なんだろう。追ってきてくれ、早く。君のために主題を贈るよ、バルベッテ」 目が潤んでいるが、彼の周りにいるのは物言わぬ死体だけだ。 「そして捕まえたらもう放さない。君のために最高の部屋を用意しよう。君も君の操る死体も霊魂もみんな僕のものだよ。君にとりついた悪霊ベルベッタも僕が祓ってあげよう。バルベッテ、元の君に戻っておくれ。あの頃のように僕に微笑んでおくれ。君が僕を毒蛾でも見るような目つきで見るのはみんな悪霊の仕業なんだわかっている」 その目は遠くを見ている。 「さあ、行こう。死体達。愛が全てさ。愛は勝つ。愛と勝利。素晴らしいモチーフだ。きっとコンダクターもお気に召すだろう」 さあ、箱舟の徒よ。 「楽団」が来たぞ。ここまで来たぞ。 鳴り響く毒蛾の喇叭は、振り向かないコルネット奏者に捧げるカノン。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月11日(月)23:22 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「誰も逃がさない」 楽団員『泣きぼくろ』ジューリオ・アンドレセンは、色男だ。 横倒しにされ、運転席から破壊される電車。 「誰にもこさせやしない」 鉄道は寸断された。復旧には日単位は懸かる。 「街一つなら一晩かからない」 『粉砕クラッシュノイズ』は、今では時代遅れのロータリー・トランペット。 優男の口説き文句のように、柔らかく甘い音がする。 「バルベッテ」 ジューリオは、愛しげに呟く。 「君に会いに行くよ、バルベッテ」 線路から伝わってくる振動。 美しく磨かれた革靴の先で感じるそれは、ジューリオが行こうとしている方向から向かってきていた。 「そのための障害など、皆磨り潰していこう。君が好きそうなかわいい子は君のために連れて行こう」 ジューリオには、バルベッテの好みはわかるのだ。本人以上に。 ジューリオにわからないバルベッテのことなんて、ジューリオは全くバルベッテの視界に入っていないってことだけだ。 ● リベリスタから見れば、空港は右手側。 守るべきセンタービルは左後方だ。 足元を前後にまっすぐに走る線路から立ち上る鉄と赤錆の匂い。 はるか眼前の駅は、すでに死体に蹂躙されている。 「この街は私達が住む町。皆と一緒に過ごした思い出の場所――」 『ライトニング・エンジェル』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)の白い翼が、彼女を重力のくびきから解き放つ。 「楽団なんかには絶対渡さないよ。大切なものは全部守りきるんだから!」 ソードミラージュは、互いに気合を入れあう。 「過剰回復にならないように。相互で足りない分は援護。出来る限りの戦線維持を試みて。回復の手が余るならマジックアローで少しでもダメージを入れていくのです」 やらねばならないことを指折り確認している『Fool believer』名護・玲(BNE004229)を微笑ましく見守るホーリーメイガス達。 「どんなことがあっても、アークはきっと、先輩さん達はきっと、楽団サン達を退けるのです!」 「君も、数に入ってるよ」 そう言われて、大きく玲は頷いた。 「……もう、誰も。僕みたいな人を出さないように」 だから、先輩達の力になる。 「べーべだってよ。正気じゃねーな。死体集団を武器にしてるって時点で十分壊れてるがな」 『刹那の刻』浅葱 琥珀(BNE004276)は、普段乗っている電車が横倒しになって、駅が破壊されているのを見て眉をしかめる。 日常を壊されるのは大嫌いだ。 地面に伸びる影が、寄り添う。死体より影の方がずっといい。 「多くを巻き込めるならバッドムーンフォークロア。敵がばらけて効率が悪いなら弱った敵へライアークラウンでの止めを狙うか」 ほぼ同レベルのナイトクリークはサクサク決めていく。 「ジューリオが射程に入ったらば、最優先で狙い巻き込む」 よっしゃあと、割と体育会系だ。 「怒るのは嫌い。ボクがボクでなくなっちゃう気がするから」 フュリエの中でもおっとりした『The Place』リリィ・ローズ(BNE004343)は、沸き立ってくる感情に未だ慣れない。 「怒り」は、芽生えたばかりの、砂漠で感じる渇きにも似た、痛いものだ。 「でも、あの人はどうしても許せないの。止めなくちゃいけない。誰も、死なせたくない」 「姉妹」達は何も言わないがリリィの心の動きをわかってくれる。 それぞれのフィアキィが、戦場に立つための準備をなした。 八潮・蓮司(BNE004302)が符を繰ると、空気から喉元からこみ上げてくる不快さがなくなった。 ほっと息をつく一同に、蓮司は笑った。 「強くない結界っすけど、無いよりずっとマシってことで」 それが、生死を分けることもある。 少なくとも、蓮司によって結界が維持されている限り、負担が軽減されるのは間違いない。 「んじゃ、刀儀と鬼人で自己強化して、氷雨でみんなで目標絞って各個撃破ってことでいいっすか」 これも経験と、まとめ役をやらされているのだ。 ミステランの相談に乗っている『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)も、インヤンのことはインヤンに、と言って、口出しして来ない。 「陣形や交代条件は智夫ちゃんが指示待ち。影人で、戦闘不能の人を後方に――」 (ま、信じる、なんて言われたら逃げるに逃げらんねーや。未来の嫁さんとかもいるかもしんねーしねぇ) 三高平市で生きると決めたからには、その可能性は高い。 良縁を祈らざるを得ない。 (ゾンビなど、ダイエットに比べたら……っ) と、自らを鼓舞するミラクルナイチンゲールモードの『やわらかクロスイージス』内薙・智夫(BNE001581)みたいなのに引っかかってはいけない。 可憐だが、中身は残念男子だ。 「敵に突破されぬよう防ぐのを最優先。次に仲間が倒されぬ事を優先しますね」 智夫は、にこ。と微笑む。 「戦闘不能の人は後ろに投げちゃいますね」 柔軟に事態に対処するため、装甲は柔らかだが、その生き様はクロスイージスなのだ。 「リコッタさんもそれでいい?」 はいと答える『レディースメイド』リコル・ツァーネ(BNE004260)と智夫は、共にドーナツ屋で体重を増やした絆がある。 「耐久力の無い者の隣に、ある者を置き、フォローしやすく。陣を崩さないようそのままヘビースマッシュで敵を迎え撃ちます!」 よろしくお願いします。と、クロスイージスは頭を下げあう。 セラフィーナと『スキン・コレクター』曽田七緒(nBNE000201)は、攻撃位置のすり合わせ。 「暴れ大蛇やB-SSをお願いします。位置は前衛、固い味方の隣あたりをサポートお願いします」 フィンガーバレットを鳴らしながら、七緒はわかったと笑う。 「また、ジューリオのトドメにヘッドショットキルを」 死と生の境界線を綱渡りしているネクロマンサーは死ににくい。 綱を切ってしまえば、地獄へまっさかさまだ。 「あたしの腕だと、ほんとにとどめにしてくれないとクリーンヒットしないかもね。零距離でぶっ放すから、ちゃんと転がして、出来れば縛り上げてよ」 語尾が伸びないお仕事モードだ。 アンナは、七緒に言い含める。 「無理せず生きて帰るのよ。うさぎの落ち込んだ無表情見るのはゴメンだからね」 『戦闘以外でぽっくり死にそうなリベリスタ』 が、戦闘で死んだら洒落にならない。 この不摂生な元フィクサードの世話を焼く共通の友人の顔を思い出していた。 「その場合、アンナは生き残ってんだよねぇ?」 「まあ、そうでしょうね」 「んじゃ、あんたががんばれ。あたしはあたしの持ち場がんばる。鼻血ふく覚悟はしてるから」 アンナに治されると効き過ぎて、鼻血ふく。 アンナは神秘は心底嫌いなのだ。対していた結果がこれだ。実際言われると、複雑な心境だった。 ● 密集陣形でリベリスタは、死体の削りにかかる。 (ちょっと不安だから……) リリィのフィアキィが、駆け出すセラフィーナの体を不可視の力場で包み込む。 最前線、セラフィーナがアークでも指折りのソードミラージュであることはわかっているのだが、それとこれは話は別だ。 年若の『姉妹』にするように、心配になってしまう。 セラフィーナの大業物・霊刀東雲が時を切り裂き、出来た空白が凍りつく。 異質な空間に囚われた死体は、時間から隔離され血を噴出し続ける氷像と化す。 ここぞとばかりに、ソードミラージュは己の身の数を増やして彫像を切り刻む。 迫る死体は手当たり次第にリベリスタに襲い掛かる。 智夫から溢れる神威の光。 高位存在の怒りに触れた浴びた死体の動きが鈍る。 無理矢理動かされている死体といえども、逃れられないものはある。 リコッタも鉄の扇を振り回す。 お嬢さまに風を送るためのものではない。目の前の敵を粉砕するためのものだ。 リリィの青いフィアキィが氷の属性を帯び、リリィの肩から放たれる。 (味方はいなくて、なるたけ巻き込める所っ!) 凍りつかせることは出来なかったが、死体は白く凍てつき皮が爆ぜる。 (集中しなくちゃ――) リリィは戻ってきたフィアキィの冷たさに身震いしながらも、前を見据える。 琥珀の体が拍動し、溢れだす忌まわしいモノ。 楽団員、赤い月の夜の伝説を知っているか。 呪力で練られたイカサマにさえ、力が宿るのだ。 凍てつき光に貫かれた死体にも、赤い月は平等だ。 体に抱える「ヤバ気な何か」の数だけ呪われろ。 ● 死んでいるから、腕の骨がへし折れる強さで殴ってくる。 土用波のようにたたきつけてくる純粋な数の暴力にもちこたえられるのは、せいぜい10秒。 回復が途切れたら、その瞬間に沈んでしまいそうだ。 柔らかな力場が最前線のリコッタの体を包みこんでいる。 厳しい表情をしたフュリエ達が、懸命にフィアキィに働きかけているのだ。 それでも、身体は悲鳴を上げる。 未だ、ジューリオ・アンドレセンの姿が見えない。 それこそが、楽団の運ぶ絶望。 死体の海の中見える楽団員の姿は、一発逆転勝ちの勝利の鍵だ。 それが見えない。 いつ尽きるとも知れない死体の海の中から、小瓶を探さなくてはならない焦燥感。 琥珀は、前の死体の海に目を凝らす。 過程を飛び越えて、いきなり結論へ。本質を見抜くのだ。 そこにいるとは考えられなかった。だが、そこにいるのだと答えが出た。 「――愛の為に勝利を誓った男が、逃げ隠れだと?」 だから、挑発する。相手のプライドを逆なでし、大事なものを踏みにじる。 「バルベッテさんが憐れすぎるだろ。あー、それとも同レベル? 何かあったらすぐ逃げる人? 楽団ってそんな奴らばかりなの? だから物言わぬ死体しか、部下を得られないってのか!」 「――それが、ネクロマンサーの『スタイル』 だ」 死体の海が割れる。 「僕のことはともかく、バルベッテや『楽団』 への侮辱は許し難いな」 毒蛾みたいな優男だ。と、フォーチュナは言っていた。 「貴方様がジューリオ様でございますね?」 リコッタの表情は目をすがめる。 「申し訳ございませんが、これより先は通行止めです。お通しできません」 「悪いが、シニョリーナを待たせているんだ。どいてくれるなら、なるべく痛くないようにしてあげるよ」 死体の通ったあとに生者は楽団員だけ。それが楽団の仕様だ。 「――勘違いが過ぎるお相手に好意を寄せられてバルべッテ様はお気の毒でございますね!」 リコッタは語気を強める。 「自分が気に入らない部分を悪霊呼ばわりでございますか……毒蛾を見る目で見られても仕方ございませんね。ロメオ気取りのドンキホーテ様?」 琥珀とリコッタの腹が丸くへこんだ。 目玉が裏返る。口からへこんだ分の血が吐き出される。 一瞬、リコッタの目の前に主の金の髪が通り過ぎ、琥珀の脳裏に誕生直後の半生から再生される。 凝縮された空気。耳をつんざく割れた音。 ロータリー・トランペットの音は柔らかく厚みがある。しかし、強く息を吹き込むと音が割れるのだ。 「粉砕クラッシュノイズ」 割れた音が空気を圧縮し、投槍のように四方八方に打ち出される。 「本当のバルベッテを見てないからそんなことが言えるんだよ。あいつが変わったのは、ベルベッタが死んでからだ。とりつかれてんだよぉぉ!!」 それまでの優男然とした言動が慟哭に変わる。 うるさい、黙れ。お前の世迷言に耳を貸している暇はない。 楽団員、コンダクターも楽譜を変更しなくてはならなかったアークのリベリスタのしぶとさを肌で知れ。 主もどこかで戦っている。 こんな所で倒れている場合じゃない。 運命は常に諦めない者を愛している。 「姿見せたのが運の尽きだぜ。狙い撃ちにしてやっからな――」 琥珀は毒づいた。 恩寵を代価に、立ち続ける。 勝利の鍵は、手の届くところにぶら下げられた。 ● 希望は、人を驚くほど気丈にする。 「――守るために来たの」 リリィのフィアキィから光の玉が分離して死体の頭を打ち砕く。 アークのみんなが傷ついているというから、次元を超えてここにきたの。 「だから、ボクは止めるよ」 そのために来たんだから。 「愛は勝つ? 良いねぇ、同感だ。けど、それはそっちにだけあるもんじゃねーっすよ!」 蓮司は、傷ついた仲間が復調するまで、前衛を維持するのを自分の役割にした。 まだ蓮司の氷雨では死体を凍らせるどころか、まともにダメージを入れるのも危ぶまれる。 だからこその全力防御だ。 痛いのはいやだが、見捨てて逃げるのはもっといやだ。 まだ急所をずらすというのがよく分からないので、まともに食らって、意識が遠のいて来る。 恩寵も使ったが、それでも逃げない。 今、ここで逃げたら、真ん中にいる連中まで素通しだ。 「お待たせ! 鼻血出るほど治してあげるわよ!」 開き直ったアンナの召喚した高位存在は詠唱がお気に召したのか、景気よく傷を癒してくれた。 結果、蓮司の体は完全修復と言うより、鼻の奥が熱くなる。 (まじで……?) アンナに普通に癒されても平然と受け止められる神秘の器を育てなくては。 でないと、ちょっとかっこ悪い。 「ジューリオ、貴方の恋は叶いませんよ。バルベッテの方には精鋭が向かいました。もちろん、精鋭以外も大勢です」 セラフィーナは事実を口にする。 「彼女が落ちるのも時間の問題です。貴方もここで足止めしている事ですしね」 リベリスタが何かを口にするたびに、ジューリオの死体の動きに乱れが生じる。 ならば続けない手はなかった。 「好きな人を、失ったら。どう思うですか」 ジューリオは、玲の叫びにきょとんとして、笑い出した。 「ネクロマンサーというのは幸せな存在なんだよ」 滔々と語る姿はこっけいでさえある。 「愛しい者の死体とともに戦うと言うのは至高の喜びではないかな?」 自己陶酔甚だしい。 「僕がバルベッテを好きだと言う気持ちは、何人たりとも侵食できない。コンダクターでさえ。神でさえだ! ならば――」 盲信できる者は幸せである。 「恐れることなど何一つないだろう?」 玲は、なおも説いた。 「奪われた人の気持ち、考えて、下さい! です!!」 「我々は何も奪っていやしない。死ごときに別たれるなら――」 常識は通じない。人の気持ちがわかるなら、楽団員などにならない。 「その程度だったと言うことさ」 死体のプレッシャーはかなり薄らいでいた。数はおよそ半分。 しかし、前衛のほとんど全員が恩寵を浴し、もはや後がない。 ジューリオを巻き込むように攻撃していたため、死体が分布がまだら状になり、これ以上の範囲攻撃はかえって効率が悪い。 闘将の戦闘経験が囁く。ここが攻め時だ。 「この回復で最後です。総員、攻撃専念。ここで一気に片をつけます!」 篭城していた兵が最後に腹を満たして城門を蹴り破って攻めに転じるのと同じ戦術。 待ってましたと、蓮司は符のカラスをジューリオの頭上の架線にけしかける。 切れる架線。バチバチと火花。 「今日の天気は雨のち電撃らしーっすよ。頭上と足元に注意ってね!」 パンッとひときわ大きく爆ぜる。 「――舐めた真似をしてくれますね」 ジューリオにダメージを与えることは出来なかったが、怒らせるのには成功したようだった。 ● リベリスタは苛烈だった。 もう後がないのはわかっていた。 全ての死体を倒す力はない。 ジューリオを倒せなければ、残った死体に蹂躙される。 回復要員のアンナも裁きの光を撒き散らし、玲もマジックミサイルを飛ばす。 ダメモトで飛ばした蓮司のカラスが大当たりして、周りから歓声が上がる。 その場にいる全てのリベリスタの殺意が楽団員を追い詰める。 琥珀から不運を載せた道化のカードがプレゼントされたジューリオは、がくりと膝を折る。 「あれは、バルべッテ様……!?」 リコッタは、瀕死のジューリオの判断を鈍らせようと適当なことを口にする。 目に血が入ってまともに見えない、ジューリオの不運。 バルベッテのことは手に取るようにわかるのだ。こんなところに来る女ではない。 駆け寄る人影。若い女。 バルベッテではない。 バルベッテの目は、孔雀石色。セラフィーナの目は、赤だ。 「貴方が殺した人の痛み、その身を持って知りなさい!」 人を断罪する目は赤い。 幾度も突きこまれる太刀。 降りしきる光のしずくは、七色に反射する。 「まるで、バルベッテのコルネットの音色のようだ――」 ジューリオにとって美しいものは全て、バルベッテに起因する。 琥珀の気糸がジューリオを縛り上げる。 「七緒、とどめ!」 ギリリと糸を引き絞る。 「ナイクリなのに必殺に頼ってごめん、この礼はいつか必ず!」 「今よ、七緒さん!」 声を受け、七緒は駆け出した。 旧知の者達の脳裏に、走れたのか。と場違いな考えが掠めた。 喉笛を蹴り倒し、額にフィンガーバレットを押し付けて、七緒はにやりと笑う。 「はぁい、色男。最高にいい顔して。一緒に遺影も撮ってあげる」 ドタマに狙いを定めたマジ殺しの一発。ベストショット、ベストヒット。 「女のと一緒に焚き上げたげるわ」 楽団は、金管パートの編成を変えなくてはならなくなった。 もう甘い音のトランペットは、コルネットを口説かない。 応えられたことなど、一度もないが。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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