● ――元より、裏切られることには慣れていた。 死者と触れる穢れた餓鬼、生気と共に色を失った真白の髪の子。 周囲の人間は彼女を視るなり遠ざけるか、近づく振りをして裏切る事しかしなかった。 だから、少女は諦めた。 人と触れ合うことを、人を理解することを、諦めた。 たかだか生まれてより十も経たぬ年月で、少女はセカイに絶望したのだ。 それでも。 それでも、彼女が彼のバロックナイツ、ケイオス・”コンダクター”・カントーリオの傍にいたのは。 より高位の死霊使いである彼に、自らの『ともだち』を奪われることが、怖かったからだ。 醜くも迎合して、浅ましくも付き従って、 完結楽器。其れを与えられ、新たなコミュニティに於いても嘲笑の対象となった彼女は、けれども、必死に、彼らにすがりついてきた。 そうして、今。 「………………」 少女の周囲にいるのは、凡そ百を超えるか否かの死者の群。 周囲に、自分以外の死霊使いは居ない。 それがつまり、自らが単なる使い捨ての陽動として存在すると言う証左に他ならないことは、少女自身がよくわかっていた。 「……。あ、は」 小さく、笑う。 伸びた繊手が、傍らの死者をするりと撫でれば、死者に触れた箇所はボロボロと剥がれ堕ちる。 肉は腐り果て、骨すらも風化しかけた、耐久性すら碌にない死者。それが、彼女の最期の『ともだち』だった。 「はは……。あはははは」 望むものなど、何もなかった。 冷たい『ともだち』だけでも、一緒に生きて、普通の人のように日々を暮らして、老いて、死んでいく。ただ、そんな歪んだ平穏だけでも、良かったのに。 「はははは……あ」 少女は、笑い続けていた。 涙をぽろぽろ零しながら、それでも、何かの義務のように。 「……」 物言わぬ死者を、抱きしめて。 呟いたのは、ごめんね、と言う、弱く、小さなココロのしずく。 わたしがよわいから。 わたしが、ひとりだったから。 あなたたちを、まもれない。 ごめんね。ごめんなさい。ごめんなさい。 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。 語らない死者と、無き咽ぶ少女。 滑稽なともだちごっこは、それでも僅かの間だけ。 全てが終わるときは、あと少しなのだ。 死者と、少女。 彼らの、セカイが。 ● 「……『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア(nBNE001000)さんの予想は、もうお聞きになりましたか?」 ブリーフィングルームに集うリベリスタ達にそう問うたのは、『運命オペレーター』天原・和泉(nBNE000024)。 緊迫感の漂うその表情に是と頷くリベリスタの脳裏に響くのは、正しくその魔女による『予想』の言。 ――ケイオス様の次の手は恐らくアークの心臓、つまりこの三高平市の制圧でしょう―― 「……先ず、その予想の詳細をお伝えします」 言うと共に、和泉の背後に在る巨大なモニターが、三つの画像をそれぞれ展開する。 一つは、先の戦い――<混沌組曲・破>に於けるリベリスタ達の戦闘、もう一つは、古めかしい悪魔の絵、そして――嘗てアークのリベリスタが打倒したフィクサード、ジャック・ザ・リッパーの映像。 「彼女が予想した理由は主に三つ存在します。 一つは、皆さんの持久力が類い希なる高さだと言うこと。基本的なポテンシャルのみに留まらず、潤沢に過ぎるとも言える運命の恩寵を持つ皆さんを、死者として迎え入れることは、想像以上の困難を伴うと言うこと。彼らもそれを今回の件で思い知った以上、これ以上無駄な持久戦を行う気はないと推測されます。 次に、これは『塔の魔女』の観測が主となりますが……横浜での戦闘を見て、彼女はケイオスにある干渉力が働いていると見たのです」 「……干渉力?」 鸚鵡返しに問い返したリベリスタの一人に、和泉は小さく首肯し、モニターに展開した悪魔の絵を指差した。 「ビフロンス。ソロモン72柱の悪魔が一つとされる魔神の名です。 彼女は、彼の戦闘――首を飛ばされて尚活動を可能としたケイオスに、此の悪魔の――更に言うならば、彼の友人、『魔神王』キース・ソロモンの力が働いていると踏みました。 伝承に於いて『死体を入れ替える』とされる彼の悪魔の能力ですが……現状、『塔の魔女』はこれを空間転移の一種だと考えています。つまり――」 「……その気になれば、アーク本部に死者を突然転移させることも出来る?」 「可能性は低くないでしょう。あくまで自らの譜面(スコア)にこだわる彼だからこそ、実際に事が起こるより早くこの件を把握できたのは僥倖でした」 和泉はそう言うものの、リベリスタからすればそれは対抗手段のない王手とほぼ同義である。 苦み走った表情を隠そうともしない彼らに、和泉は変わらず、最後の理由を提示する。 「そして、第三の理由は……彼、ジャック・ザ・リッパーの骨が、このアーク本部の地下に封印されている、と言うことです」 「……」 「自らの『公演』をより劇的に彩る彼からすれば、これは何よりも欲しいアイテムでしょう。 実際、仮に彼の手によってこの骨が奪われることがあった場合、私たちの大敗は最早避け得ぬものとなることは難くありません」 ――聞くだに、厄介揃いの状況である。 呻き声すら出そうな喉を何とか振り絞り、「対策は?」と聞いたリベリスタ達に、和泉も僅か、苦しげな表情で資料を見る。 「まず、敵方の死者の転移。此方はアシュレイさんによる大規模な結界の展開によって、ある程度転移の座標を狂わせることが可能とされています。 そして、敵の本丸――ケイオス・”コンダクター”・カントーリオの詳細な位置についてもまた、『塔の魔女』が『万華鏡』の機能を要することで可能とされていますが……此方は現在、リベリスタ達への討議結果待ちという状況です」 故に。そう、和泉は一言を置いて。 「……ケイオス探査についての結論は後暫しもしない内に出る筈です。 ならば私たちがすべきは、今可能なこと――敵方の戦力を、少しでも削ぐことに尽力しましょう」 モニターに、在る座標の映像を展開した。 ● 見えたのは、三高平市の外縁。 居住地区に触れるや否やとされる場所に於いて、『彼ら』は行軍を続けていた。 「……敵は”オーケストラオルゴール”コーデリアを主とした、死者100名前後から成る部隊です。 彼女――コーデリア自身の戦闘能力はあくまでアークのトップ級リベリスタを一人か二人相手取る程度のレベルであり、率いている死者も極めて耐久性が低く、ある程度威力のある攻撃を与えれば倒すことは極めて容易でしょう」 「……比較的やりやすい相手、ってことか?」 「……そうであったら、話は単純だったのですがね」 問うたリベリスタと、嘆息する和泉。 そうして、彼女は敵の詳細を予見した資料をリベリスタ達に配布する。 「生憎と、今回の敵はそう易い相手ではありません。 敵方の死者は何れも身体の各所に高濃度の爆薬を有しており、彼らが活動不能となるか、一定以上のダメージを受けた場合、それらの爆薬は即座に爆発、隣接する対象に須く大規模なダメージを与えて来ます」 「……!」 要するに、決死隊。 戦慄を隠せないリベリスタ達に、和泉もまた、僅かながら躊躇うような素振りを見せる。 「……そうは言っても、神秘能力を有していない爆薬である以上、皆さんに与えるダメージはさほど高くありません。 ただ、数が数である以上、油断は禁物ですし……何より、彼女、コーデリアの有するアーティファクトは、それらに更なる危険性を付加します」 ――『冷たさに触れる歌声』。 所有者に接近した者は、極めて高い確率で氷結のバッドステータスか、高いスリップダメージを負うというアーティファクト。 「現状、接近している場所が居住地区と言うこともあり、この地点を制圧された場合、三高平市の凡そ南半分が敵の手に落ちる可能性もあり得ます。 これを対処するためにも、アーク非所属のリベリスタ等にもある程度の応援を要請しておりますが、あまり頼りにはしないで下さい」 「……キツい、戦いだな」 「ええ。……ですが、だからこそ」 其れをくぐり抜ければ、得られるものは、きっと大きい。 言って、吃とリベリスタ達を見る和泉には、最早絶望の翳りなど無きに等しい。 或いは自らの命すら危ういという状況で、けれど、彼女は信じていた。アークのリベリスタ達という存在を。 ならば。なれば、こそ。 リベリスタ達は歩み出す。 混沌の先にある平穏。それを掴むため、その為だけに。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月16日(土)22:48 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 曇暗は既に戦場を覆い尽くしていた。 覗く光源は、並ぶ街灯の頼りないそれと、『彼ら』の内、幾名かが有するそれだけ。 最も――最も、その微かな灯りすら、無ければ良かったと。 「……酷い」 そう、『ルーンジェイド』 言乃葉・遠子(BNE001069)は、思わずにいられなかった。 相対するは百の軍勢。先頭に立つ少女――”オーケストラオルゴール”コーデリアは、相も変わらぬ無貌を以て、彼らをじっと観続けている。 取り囲む死体達の動きは、リベリスタ達が今まで確認してきた同系統の個体に比べ覚束ず、微かに擦れ合った部分だけでもぼろぼろと落ちる乾いた皮膚をして、耐久性の低さも酷く容易に理解が出来た。 「お久しぶりですねえ」 『スウィートデス』 鳳 黎子(BNE003921)の言葉は、何かを迷うように。 今や死地と化した三高平市。其に在りて尚も柔和な笑顔を浮かべる彼女に、コーデリアは「はい」と頷くだけ。 ――瞳は空虚。肌は死者と同じように青白く、声色と所作は作られた其れのように。 「………………」 瞑目し続けていた『Trapezohedron』 蘭堂・かるた(BNE001675)が、その声に緩りと瞼を開く。 嗚呼、似ている、と、彼女は思った。 自身が革醒を迎える以前。ちらつく死の影に怯え、見えもしない希望に縋り続けた日々の自分の姿。 其れは――其れは、『有る』が故に深い深い絶望に堕ちる彼女と、逆しまの同体だ。 ともすれば、「救いたい」、と。 思うて、首を振るう彼女。 今の今まで、何某かを救ったと思えたこともない双手を、 況や、その思いとは裏腹に、自らの理念が為に他を踏みにじり続けてきた我が身で、何を偉そうに。 「……今更、道を外れるなど、許されない」 吐き出した言葉の証左。自戒の鎖は、自己が殺めた死者の腕で出来ている。 戦場の空気は、寄り集めた死者達の死臭で芳しい。 只の一般人なら吐き気を催す空気の中で、『残念な』 山田・珍粘(BNE002078)は、眇めた碧の瞳を違わずコーデリアに向けていた。 (捨てられたと言うなら、拾ってみたいものですけど) ほうと吐いた溜息は、諦念か、期待か。 願うことは簡単だ。只、其れが叶うか否かは、あくまで彼女の心に委ねられている。 其処に出来ることはなく、それならば、今の彼女に出来ることだけを為すほか無いのだろう。 懐中電灯が照らす一条の光に、彼女の『ともだち』が、酷く憐れに映った気がした。 「まあ、弱いのはつらいね。 わたしもさ。弱くて弱くて、涙もでないくらい」 自嘲。手にする単発銃を弄びつつ、『ならず』 曳馬野・涼子(BNE003471)が訥と呟く。 「死者やら音楽ってのは、どうにもならないところまで降りてきてくれたんだろうね」 「……私は」 好きに選べばいい、なんてのは強い奴の言い分だ。 選べなかった者が居る。選ばされた者が居る。 行く先を、掴めるものを、たかだか十を超えて幾許もしない少女が、物心ついてより延々と束縛され続けたその心を、自身は、仲間達は本当に理解しうるのか? 問うて、問うて、何度も自問して。 それでも、見つけられた答えが、この銃を向けることしか無かったのだから。 涼子の言葉に、微かな反駁を言いかけ、けれど、首を振って押し黙る。 彼女自身も、理解していたのだ。 現代の世に於いて、恐怖と悲嘆を振りまく『楽団』。 その中に居ることを選んだ――選ばされた今、彼ら、セイギのミカタに返せる言葉など、何一つ無いのだと。 けれど。 「……それが、お前の『答え』か?」 『神速』 司馬 鷲祐(BNE000288)は、その安易な逃避を、許さなかった。 「今のままで満足か? 望むものは何もないのか? これ以上、お前はそうやって他人に流されるままの存在で居て良いのか?」 「……っ」 両手に包むオルゴールが、ぎ、と軋んだ音を立てる。 『どういう生き方がしたい?』 彼が問うたのは、つまり、その一つ。 その一つが――こうも、彼女を揺さぶる。 それほどに、脆いのだ。この少女は。 「……俺は甘くはない。余計な手出しなどはしない。だが」 銀甲が包むナイフが、街灯の光を帯びて。 これだけは覚えておけ、と。 呟き、疾駆する彼の叫びが、戦いの号砲となった。 「前へ進むのなら、俺は手を伸ばし続ける!」 ● 『蒼』が死者を塵に変えた。 神秘に馴染みのない者であれば――或いは、革醒者であったとしても――そうとしか認識できない、疾く、鋭い斬撃。 鷲祐のナイフが閃き、死者の一人が肩口から……否、首の付け根から先を、根こそぎ失った。 傾いだその身が頽れるギリギリの状態を、一条の気糸を以て貫いたのは。 「『誰でも良かった』と言うのなら涙を見せるなよ」 『fib or grief』 坂本 ミカサ(BNE000314)。 双手の五指に光る『愛』と『憎しみ』が、旋律を奏でるように動く、それだけで。 「嘘吐きの、弱虫め」 僅か二撃を以て、死者は千々の塵芥と消えた。 告げたコトバは、弱すぎた彼女を殺すためのそれと同義。 揺らいだ面持ちを、軋んだココロを、黒の双眸は決して逃がさず、その視界に捉え続けている。 「当たるし、効いてる……けど、」 『blanche』 浅雛・淑子(BNE004204)が、唇を軽く噛む。 耐久性の低さと、敵方が鈍重故に精緻に攻撃を当てられると言うアドバンテージは、此方の予想以上にダメージを与えることが出来ている、ものの。 其れを加味したとて、やはりコーデリアの有するアーティファクト『冷たさに触れる歌声』は、その彼らの行動を縛り続けていた。 「う、あ……!!」 悲鳴じみた苦悶を上げる遠子の身には、既に薄氷がその身を拘束し始めている。 彼女だけではない。元よりこの場に集まったリベリスタ達の大半は、その克己心が五割を切るものばかりで構成されている。捉えるのは易いとは言えずとも、難くもない、 「待ってて!」 担う戦斧より片手を離し、指を弾く淑子。 其を起点に、彼女の瞳にも似た薔薇色の光輝が仲間達の氷を溶かしていく。 「――――――」 つい、と鮮やかな光を目で追う死霊使いに、迫る其れは、双刃。 「ハ……ッ!!」 鷲祐の銀閃を、 或いは、黎子の豪断を、 見交わし、潜り、空いたその身に攻手を叩き込む彼の矮躯に、鷲祐達も舌打ちを隠せない。 「……迂闊に年上振れませんねえ」 黎子の苦笑は、焦燥と大差ない。 死霊使い独自のスキル構成から見て、彼女もまたその本領は後衛にて発揮されるものと相違ないだろう。 其れをして――純然たる前衛方の両者に拮抗するか、或いは紙一重の上を往くポテンシャルは、成る程、確かに歪夜十三使徒の配下足るに相応しい。 「……ですが!」 声と共に、かるたが繊手に抱く携行砲台が雄叫びを上げる。 バラ撒かれた銃弾の雨が、死者を時と共に貫き、砕くその様は、使い手の痩身からはまるで想像もつかない狂気の顕現。 「幾らあなたが強くても、『一人』では私達には勝てません!」 だから――と言う願いを、 次いで、叫ぶことが出来なかったのは、強さか、弱さか。 「………………」 対して、少女は何も応えなかった。 その身より起きる音は、きりきりと、オルゴールの螺子を巻く音だけ。 「今のあなたは侵略者。誰だって反撃するわ。それは分かって」 淑子が、乞うように言葉を上げる。 少女は、応えない。応えない。 けれど、 其れを無為だと、誰が決めつけられようものか。 「でも、今からでも遅くないの」 繰り返し、吹き上がる薔薇色のひかり。 使い手のココロを具象するようなそれを、少女は無貌を以て眺めている。 「あなたを受け止める場所はここにあるわ。少しずつ、お友達になりましょう」 ――伸ばした細腕を、掴む勇気が、あなたに有りますように。 死者の直中に在りて、尚も『生』を強く強く想わせるリベリスタ達。 形骸の死者達が彼らに群がるのは、そう――灯りに群がる、羽虫にも似ていて。 「……山田さん」 「那由他です」 ミカサが自身の気糸で吊り上げた、行動不能寸前の死者。 それを――ぐん、と死者の群れに投げ入れると同時、珍粘の黒死病が、其の死者を含めた幾体かの『死にかけ』を巻き込み、起爆。 目にも灼き付き、耳にも離れぬ絶音が、彼らの平衡感覚を微かに弱めて、 その後、十数体の死者が物言わぬ黒塊と成っている事が、彼らの『策』が成った証左に代わっていた。 「自分達を受け入れてくれる所が欲しい。でも、それが無くて苦しい?」 死者を、『ともだち』を、 次々と失う少女に、問い掛けたのは、珍粘。 「それなら、自分でその場所を作ってはみませんか。 どうすれば良いのかは、私にもまだ分かりません。 それでも、温もりも冷たさも、どちらも大事に思うのなら――」 其の言葉が終わるより早く、 駄々っ子のように空を薙いだ腕を合図に、死者の群れはより苛烈に、リベリスタへと襲い来る。 俯いたその表情は、何かを堪えるように、強く強く、瞼を閉ざしていた。 ● ――単純と言えば単純な作戦である。 リベリスタ達は先ず最初に死者の一体を倒すことで、その威力、範囲、倒すまでに掛かった大凡のダメージを計り、その後に『ギリギリで死なない死者』を作成し続けていく。 一定数が成った時点で、遠子の複数攻撃、或いは珍粘の広域攻撃によってそれらを一斉に起爆、敵方への大幅なダメージを計ろうという作戦である。 が、 「……っ、ちぃッ!!」 戦闘が進んで幾許が経つか。 敵方は確かにその数を減らしてきてはいる。けれど、 それよりも、リベリスタの側は消耗を色濃くしている。 前衛で死者の攻勢を、或いは爆発を受け止めている鷲祐を始めに、ミカサ、涼子、黎子の四名は、運命の変転どころか、絶息も斯くやと言うべき状態である。 理由は、等と野暮なことを問う必要も、恐らく無いだろう。 何故と言って、この作戦にはあからさまに穴が有りすぎる。 敵方のアーティファクトが持つ拘束能力を知りながら、メンバーのウィルパワーの低さは兎も角として、回復役すら自身の自律が覚束ず、 二、三撃を当てれば即時に沈む『木偶』を前に、わざわざ死にかけの状態で残し続けるなどと言う好機を、敵が逃す道理もない。 元より、コーデリアとて範囲攻撃での殲滅は容易に予想がついた以上、『死にかけ』の死者が出来上がれば、それは敵味方を選ばぬ爆弾と成りうる事は既に当然と考えていた。 だから、彼女は死者に命じ続けていたのだ。 「――さよなら」 幾度目かのコトバを以て、 『死にかけ』の死者が、ミカサの傍で『自害する』。 爆炎、轟音、塵風が広がって、 傾いだミカサの身体が、頽れる。 「ミカサ……!」 「……悪いね。こんな場所だ。加減は出来ないよ」 唸る鷲祐を背に、涼子が彼の襟首をひっつかんだ。 そのまま、遠投。 革醒者の膂力を以てして放り投げられた彼が、凡そ敵の攻撃に当たりにくい位置まで吹き飛んだのを見て、涼子は軽い首肯を見せる。 「こんな、こんなの……!」 状況は正しく地獄に相応しい。 総数が100を超える死者の勢だ。しかも、それらが次々と爆発し、味方に少なからぬ被害を与え続けている以上、最早状況は長く保たない。 けれど、遠子が叫んだのは、それが故でなく。 「あなたは――それでいいの?」 「……っ」 自分の『ともだち』に、死ねと言う彼女。 縋るべきものもなく、唯一つ、彼女にとって其れだけが大切な物であったはずなのに。 それでも――嗚呼、分かり切っていたことなのかも知れない。 元より、スキル構成も、アーティファクトの範囲も、『楽団』と言うスタイルをしても、前衛に出る必要のない彼女が、わざわざこうしてアーティファクトの反動さえも恐れず踏み出すと言うことは、 「……憐れ、ですねえ」 優しいふりをするのは嫌いだ。苦手だし、何よりそれを彼女が望むとは思えない。 それでも――黎子は、そう言わずには居られない。 黒く染めた身は、固まりきらぬ死者の血と、自身の出血で赤く朱く染まっていた。 自らの手にする武器と、まるで同じになったような偶然にくすりと嗤いつつ、黎子は、そうして前に出る。 「死んでもらいます。怖がるのも恨むのも自由にどうぞ」 ……見捨てますね、と。 口の形だけで、仲間達に言った。 繰り返した剪断は幾度目か。さしものコーデリアをして、それを避け続けるほど幸運ではなかった。 切り裂かれる白い腕。あふれ出た血の温かさに、彼女の皮膚が焼き尽くされる。 「――あ、う、うぅ」 うずくまりながら、それでも。 撃ち放った死霊の弾丸。返す刀に黎子もまた倒れ、残る仲間達も、その身を強張らせてしまう。 ――憐れだ、滑稽だ。 言うのは最早何度目だろう。自分を自分で傷つけ続け、残ったたいせつなものすら、共に死ぬなんて下らない理由で易々と捨て去ってしまう。 臆病者で、寂しがりや。 涙を零して、傷口を、火傷を必死に堪えて、何度も、何度も、彼女はリベリスタ達を睨み続けていた。 「……嗚呼、良い覚悟だね」 涼子が、口の端を歪めた。 後衛の彼女も、前衛陣が崩れ始めたことで死者が雪崩れ込み始めている現在、倒れるのはそう遠い未来でないとしても。 構えた銃口は、僅かにも震えていない。 ――わたしとアンタの運をくらべようじゃないか。 彼女の顔を、握るオルゴールを、次々と撃つ涼子。 傷と共にどろどろに熔けていく身体を、痛ましくも、けれど淑子は見逃さない。 リベリスタ。フィクサードに相対する者。それを選んだのは、彼女自身なのだ。 残る僅かな死体の群れに放つリーガルブレードが、その首を易々と砕いた。 血と臓物と骨と、ああ、全く酷いセカイだ。 こんなのは終わりにしよう。もう、彼の子が苦しむ顔は、見たくなど無い。 「防御・回復に長けた方はご協力を! 多少の連携齟齬は問題ありません! 共に踏みとどまる意思を持つことこそが、繋がって力となります!」 高々と声を上げるかるたが、それと共に彼方よりの旋律を歌い上げる。 遠子のインスタントチャージを以てどうにか連発を可能としているが、それとて長くはないだろう。 敵にしても、味方にしても。 「……俺に出来ることは限られている」 滑稽な少女と、蒼い竜。 距離にして凡そ3メートル。僅か、一歩を踏み出せばその首に手が届こうという距離。 「過去の行いは贖わなければならない。 お前の想いが、それを乗り越え、未来に繋がるなら」 言葉を止めて、鷲祐は『彼女』を見る。 コーデリアは、虚んだ瞳を『彼女』に合わせて、気づいた。 涙を零していた。 その身が震えていた。 必死に語りかけるコトバは、嗚咽混じりの其れだった。 「……貴女とお話がしたい」 『彼女』は――遠子は、必死に手を伸ばして、コーデリアを求めていた。 「好きな本や音楽の事、ティータイムに並べるお菓子の事……」 ――あとは、お前次第だ。 突きつけたナイフの向こうで、言った鷲祐。 「あなたと、お友達になりたいよ!」 コーデリアは、その時、痛みを忘れた。 此処が戦場だと言うことを忘れ、自分に語りかける相手が敵だと言うことを忘れ、 その時、心にあったのは、自分がどれほど愚かしい存在だったかという、それだけ。 「……ああ」 微かな一瞬が、永遠にも思えた。 その永遠の中で、コーデリアは『それ』に気づいた。 「そう、だったん、ですね」 くすり、笑った彼女は、けれど、死者の方へと歩み出す。 何を、と。 誰もが問おうとした、その矢先。 「リベリスタ」 手にしたオルゴールが、膨大な呪力を巻いて。 「わたしは、あなたたちが、だいきらいです」 屈託無い笑顔で、嘘を吐いた。 それと同時、オルゴールを起点に、彼女と、彼女の周囲を巻き込んだ死霊の弾丸が、この戦場に於ける、最後の爆音を響かせた。 ● リベリスタ達は、唯一つを失念していた。 この依頼の目的は、死者とコーデリア、『双方』の殲滅であったと言うこと。 目の前の少女がどれほど憐れでも、救いたいと、そう願っても。 アークは、その感情を不要とし、故にこの依頼目的を定めた。 だから。 「……『だから、彼女の行為は、結果的に助かった』」 訥と、かるたが言葉を吐いた。 戦場は最早静寂の最中だ。焼き尽くされた死者は唯炭が散乱しただけの場所と大差なく。 故に――その中で、彼女の亡骸を必死に探す遠子の姿が、とても痛ましく見えた。 「…………」 意識を取り戻したミカサは、そんな遠子の肩を叩く。 振り返る彼女に差し出されたのは、焼き付き、変色しきった、オルゴールのシリンダー。 「……君の救いになるかは、解らないけれど」 それだけを告げた彼に、遠子は礼を言いながら、唯、そのシリンダーを抱きしめていた。 ――『ただ、思うよ』 見えるセカイは何処までも静寂だ。 幾多の死者と死線を交わし、一人の少女のココロをつなぎ止めようとした名残など、何処にも残ってはいない。 ――『一人は寂しい、誰かから必要とされたい、認められたい。その心を満たすのがこれだとしたら』 それは、かつてミカサが最初に彼女と出会った戦場の跡にも似ていて。 だから彼は、あの時言いかけた言葉を、思い返していた。 ――『それを砕きに、俺はここに来たんだね』 あの時とは違う意味の言葉。 それを叶えることだけでも出来た自分達に、せめて、今だけは平穏を、と。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|