● ――ケイオス様の次の手は恐らくアークの心臓、つまりこの三高平市の制圧でしょう―― 魔女が告げた『予測』。精鋭揃いの『楽団』を率いる『指揮者』の思惑は、圧倒的数を誇る『箱舟』との持久戦を避ける事だけでは無い。 彼が身に飼うのは親しき『魔神王』から借り受けたモノ。恐らくは――ソロモン七十二柱が一『ビフロンス』。 死体を入れ替える。そんな伝承を持つそれの能力は空間転移。『指揮者』に最も合致する魔神は、その力で容易く死の軍勢を此処、三高平市内に送り込む事が出来得るかもしれないのだ。 その上。この地には『箱舟』の心臓以外にもう一つ、『指揮者』にだけは奪われてはならないものが存在する。 『あの』ジャック・ザ・リッパーの骨。血染めの聖夜で倒した殺人鬼は今箱舟の地下に眠っている。芸術家は何時だって喝采を望む。それは『指揮者』も例外ではない。 公演は常に劇的に。それを果たす為に伸ばされる手が求めるのは殺人鬼の骨。死者の拠り辺となりうるモノと、『指揮者』の技量が合わさればその先は容易く想像出来る。 負ける事も、奪わせる事も出来ない。その状況で魔女は迫ったのだ。究極の決断を。 三高平。『箱舟』の心臓である此処は落とされてはいけない拠点であると同時に、堅牢な砦でもある。此処での戦いはリスクと同時に、千載一遇のチャンスでもあるのだ。 慟哭が響く。望まぬ死と言う名の生を背負う者達を目の前にして。リベリスタは戦わねばならなかった。 ● 「急を要します。手が空いている方は共に」 一言。『常闇の端倪』竜牙 狩生 (nBNE000016)の声は、常より何処か焦っているようだった。資料を手渡す間も惜しみながら。立ち上がった青年は小さく楽団です、と告げた。 「予想通り攻めて来たようですね。……しかし、ひとつ『イレギュラー』が紛れ込みました。響希君の予知です。楽団員が――」 あの、『烏ヶ御前』を連れている。告げられた言葉に張りつめる空気を感じながらも。青年はその表情を動かさない。 「彼女は鳥取の山中に眠って居る筈でした。その上、実力も確かだった。アシュレイ君の言葉を借りるならば『普通の奏者が操る事が出来る筈が無かった』のです。 けれど。連中は死体を手に入れた。拠り辺を得たなら次はその演奏です。……その奏者『達』は、役目を分ける事で不可能を可能にしました。 フロットラとフレデッツァ。双子の少女です。……妹が奏でるのは死者を呼び戻す音色。姉が奏でるのは死者を操る音色。双子だからこそ出来る、寸分のずれも無い演奏が、御前を動かしています」 遥か遠くで、聞こえているであろう音色。微かに眉を寄せた青年は、けれど、と付け加える。 「その操作は、常に全力の演奏を強いられます。……故に二人は死者を操る事が出来ない。それを補う為に、ヴァイオリニストが来ています。 ……多くの死者を操るのは彼です。彼を止めれば恐らく、死者は眠りにつく。御前も同じです。双子を片方倒せば弱体化が叶うでしょう。両方倒せば言わずもがなですね」 もう内容を覚え切ったのだろう資料を握り締めて。青年はゆっくりとドアを開ける。 「我々に任されたのは、御前の操り手、フロットラの処理です。……全力を尽くしましょう。では」 互いの武運を。それだけを告げて、青年は歩き出した。 ● まるで泣いているようだ、と思った。 流れ落ちる黒檀の髪が揺れる。試しに手で顔を覆わせてみればなおの事。感情何て残らない死体なのに。 人の様で人でないそれは、泣いている様にしか見えないのだ。目を覚ましたくなかったと、もう誰も傷つけたくなかったと。 「……愛とか恋とか、素敵よね。憧れちゃう」 くすくすと。哂った声。それを聞きながら、弦を震わせる青年は酷く詰まらないと言いたげに肩を竦めた。 「愛だ恋だと夢見がちでご苦労様だな」 それに殉じて死んだなんてなんて人間らしいのだろう。結局最期までひとにはなれなかったというのに。手に入れた資料を思い出しながら、呆れた様に溜息をついた。 重なり合う音色が響き渡る。細く細く。吹き抜けた風はすすり泣きの様だった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月14日(木)23:19 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 恋を追い求め続ける内に力を得る。其処だけ聞けば、その在り方はまるで自分とも似通う所を持つようで。『炎髪灼眼』片霧 焔(BNE004174)はサックスの音色響く戦場の先を見詰めた。 けれどきっと、彼女と自分は違うのだろう。今となってはそれを確かめる術は無く、自分は彼女の事を何も知らないけれど。それでも、今拳を握る理由は存在していた。 死のにおいに満ちた風がふわりと髪を揺らした。泣き声にも似たその音。穏やかな眠りから女性を引きずり出し、あまつさえ涙を零させるなんて。 「拳を振るう理由何てソレだけで十分でしょう? ――そうよね?」 振り向く。頼れる仲間が其処には確かに存在した。乙女の拳は無限大の力を秘めているのだ。恋に憧れるのなら尚の事。確りと拳を打ち合わせて、燃え立つ瞳を前に向けた。 「さぁ、私達の戦いを始めましょ。全ては皆で明日を掴み取る為に、ね」 其の声に、応える様に。唸りを上げる重たい風切音。手に馴染んだ相棒を、地面へと叩き付けて。『墓掘』ランディ・益母(BNE001403)は息を吸う。この後ろにあるもの。必ず守らねばならないもの。その為に此処に立つ全ての仲間へと。 「奴らは所詮人形の死兵、だが俺達は違う。生きる死兵の怖さを教えてやれ!」 死者は死を恐れない。恐れると言う感情さえ彼らは持ち合わせない。だが、自分達は違うのだ。死の恐怖を知っている。痛みを知っている。苦しみも絶望も知っている。 けれどそれでも、それを恐れない。どれ程の痛みも苦しみも。果たすべき志の前では全てが無意味だ。紅の瞳が前を見た。流れ落ちる黒。思い入れのある色だった。けれど、あれは違う。あの子ではないのだ。あの子は漸く、欲しかった幸せを得て居る筈なのだから。 「――俺に続けぇ!」 ならばそれすら全て倒すべきもの。振り抜かれた厚い刃が巻き起こす烈風が切り開いた空間に滑り込む影は二つ。ふわり、暗黒色が覆う華奢な身体の周囲で舞う紅。『続・人間失格』紅涙・いりす(BNE004136)は瞳が瞬きもせずに目の前の敵を、その先の、人影を見詰めた。流れ落ちる黒。白に映える紅。 幾度も見たかんばせは何時かと同じ様に美しく。けれど、余りに何かが足りなかった。嗚呼。何だか、君は何時でも泣いているね、なんて。呟く声は自分のものでありながら、何処までも違うものの気がした。 永遠は無かった。命にも、結んだ指先にも。形は残らず、けれど残ったものは確かにあって。それを知っているようで、いりすは知らない。けれどそれでも。約束だった。彼女が終わりを望むのなら。何時だって何処だって、『僕』は駆けつけるのだ。 「それが地獄からだろうとね。……大丈夫、君の悲しみは終わらせるよ」 やさしいゆめにおわりがあったように。二振りの刃に纏わる漆黒が滴り落ちるように広がって、目の前の死者を食らい尽くす。その横合いで、ふわりと舞い上がる『衣装』。『逆月ギニョール』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)の中で響く、ギアの切り替わる微かな音。 精巧な少女人形の如き容姿と成熟し切った大人の心。相反するそれの境界を体現するかの様な彼は、その表情一つさえなんら特別なものへと変える事無く死地に立つ。此処が何処であろうと、敵が何であろうと。それは心を揺らがす物足り得ない。 「ま、命とお家は守っていきましょ」 何処までも何時も通りに、全力を尽くすだけ。何処までも静かな彼の背後。灯りを弾いた刀身に映り込む懐かしい姿に、『破邪の魔術師』霧島 俊介(BNE000082)は小さく、溜息にも似た吐息を零す。 「……よぉ、お姫様、今回は捕らわれのお姫様って感じかな?」 泣くなよ、と。声をかけた。握り締めた刃は託された祈りだ。掌に吸い付く柄が震えた気がした。これはきっと怒りだ。彼女を護り続けた一人の騎士の。任せろ、と。今一度それを握り直す。 この力は未だ足りないかもしれない。花の為に血で染めた刃を持っていた彼には見合わないのかもしれない。けれど、それでも。代わりは必ず遂げて見せよう。 「彼女の気品と気高さは護ってやんよ。……此処まで回復手が集まったんだ、誰一人命を落とす事は許さねーよ!」 生かし守り、眠らせる為に。刃を取ったリベリスタの戦いは始まっていた。 ● 癒しとは時にどんな武器より力を持つ。倒れなければ負けは無いのだ。倒れなければ死は無いのだ。それを可能とするだけの力が、此処に立つリベリスタにはあった。 「灰は灰に、塵は塵に、死者は死者に。……全て返しましょう」 穏やかなアルトの声が招き寄せる癒しの烈風。死臭に満ちた其処を切り開く希望の風は容易く仲間の傷を癒していく。死を汚すもの、とは良く言ったものだった。生と死の境目を知る『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)は、死霊を操る術を是としない。偽りの生を許さない。 癒し手は彼女一人ではない。戦闘に回った俊介、そして、 「神火よ、焼け――!」 聖なる十字架が齎す神の力の一端。それはまさしく禍々しく歪んだ生を打壊す為の神罰なのだろう。癒し手が一人来栖・小夜香(BNE000038)の翼から舞い落ちた羽根が地面へと落ちる。一度ついた眠りだ、そのまま眠らせてやればよかったのに。其れさえ許さないのが死霊使い。 騎士まで居ないのは救いだろう。常に癒しが万全である様に。気を配りながらも小夜香は望む。全ての死者に、安らかな眠りを。全ての生者の、生存を。その為に尽くせる力があるのならば、全て注ぐと固く決めて。 「人間風情に操られるなんて悔しいでしょう? ……もう少し辛抱してね」 囁く程の声。彼女達だけでなく、凛子の指示の下動く増援リベリスタ達の手も厚い回復に貢献していた。しかし、脆弱な彼らは死者に狙われる。女鬼の視線に容易く倒れる。迫りくる亡者の手手手手手手。それから護る様に。打ち放たれたのは無数の気糸。『常闇の端倪』竜牙 狩生 (nBNE000016)は任された援護射撃を何処までも正確にこなしていく。 数々の支援に後押しされる様に。握り込まれた拳が、紅蓮の炎を纏った。爆ぜるそれよりもっと鮮やかな紅の髪。力一杯振り抜かれた焔の拳が齎す業炎が、敵を一気に焼き払う。肉の焦げる臭いと、死の気配。胸が悪くなる様な空間に、けれど彼女は足を止めない。 只管にサックスを奏で続ける少女と死線を交える。御機嫌よう、と浮かべた笑みに含まれるのは、乙女の夢を嘲笑ったものへの怒りだ。そんな彼女の傍らで、閃く鈍い鉄の色。巨大な鈍色の扇が軽やかに、敵の攻撃を受け止め流し弾いていく。 「櫻さんの……あの『人』の死を穢す事は許さない」 決して味方になる事は出来なかった。相容れる事は出来た筈で、けれど運命はそれを許さなかった。『トゥモローネバーダイ』レナーテ・イーゲル・廻間(BNE001523)は覚えている。交わした言葉も、彼女の最期が、誰よりも『人』であった事も。 だから、この行いは絶対に許さない。彼女が彼女であった事を否定する言葉も、決して。自ら引き寄せた死体の腕はレナーテに致命傷どころか明確な傷さえ与える事が出来ない。護る事に秀でた力は確かに、全体の消耗をぎりぎりまで押さえていた。 「……貴女達が何をしたか、身をもって知りなさい!」 死者の海を掻き分けて。この手が届いたならば必ず此処で仕留めて見せる。そう思うのは彼女だけでは無かった。いりすの暗黒が敵を喰らい、それを補佐するように、エレオノーラの靴が軽やかに地を踏む。圧倒的速力が生み出す残像さえ、置き去りに。 駆け抜けた彼のナイフが死体の首を跳ね飛ばす。直後、飛んで来た味方の魔術は、纏う衣装の裾さえ焦がさない。紺色の瞳が、緩やかに瞬いた。 「避けられない方が悪いわね、こればかりは」 捕え所の無さを体現するような。軽やかな踏破は止まらない。そんな彼の視線の先。サックスの音色の儘に動き続ける女鬼の唇が小さく零したのはリベリスタには意味も知れぬまじないの言の葉。聞き覚えのあるそれに眉を跳ね上げて、俊介が唱える破邪の詠唱。刻み付けた聖なるまじないが、視界の先の死体を跡形も無く焼き払った。 押し出される様に迫る死者の爪が、見覚えのある技が身を傷つけて、眩暈がした。運命が燃える。嗚呼、悔しかった。神様なんて大嫌いだ。己が振るう力を齎すものであろうとも。要らないものばかりを与え何も救ってくれやしないものなんて誰が愛してやるものか。感謝など欠片も無い。けれど。 「気に入らないな、楽団が。女の恋愛沙汰を馬鹿にすんなや」 今此処で、敵を倒す為ならば。忌むべき力だろうと一つ残らず使ってやろう。どれ程大変なものを起こしてしまったのかも分かっていない馬鹿な演奏者に、恋する乙女が無敵だったと教えてやろう。その証明とも言うべき、彼女をもう一度眠らせてやる為に。 「……何故この死体を目覚めさせたのですか」 「『特別』が良かったからよ? わたしたちの特別な演奏にふさわしい、とーっても素敵なお人形がよかったの!」 サックスの合間。楽しげに笑う声を耳にしながら。魔力の一矢を放った凛子は冷やかにその切れ長の瞳を細めた。つまらない自尊心の為なのだとしたらそれこそまさに命取り。呆れたように首を振った彼女の横で、小夜香が紡いだ癒しのまじない。 吹き荒れるそれはどんな狂気さえ打ち払う。圧倒的数との混戦は、どれ程手を尽くそうと後衛にも手が及ぶ事を意味する。前衛を支え続ける癒し手たちの傷も浅くはない。飛んで来た攻撃から庇う様に、身を投げ出した名も知れぬ誰かが地に伏した。下がる事さえ許されずに引き裂かれる者も居た。 どれ程優秀な指示であろうとも、複雑であればあるだけ実践は難しい。失われるものなんて見たくはなかった。レナーテの手が伸びる。身体ごと、死体と仲間の間に滑り込んで。レナーテはその攻撃を受け切る。彼女とて無事では無かった。 「これ以上は奪わせない、私が立っている限り!」 それに抗うのが自分の役目。燃え飛ぶ運命の残滓が瞳の奥で瞬いた。膝は折らない。そんな彼女の声に応える様に、振り抜かれたランディの大斧。唸りを上げたそれが、圧倒的なまでの烈風を生み出し、死者の壁を裂いた。 ● 抱える想いは借り物かもしれなかった。この願いは偽物なのかもしれなかった。得た記憶も想いも全てはヴェールの向こう側の様に熱が足りなくて。けれどそれでも。触れれば痛い程に鮮やかなあの日は、約束は、願いは、確かに『此処』に存在するのだ。 「――偽物が本物に劣る物ではないと言う事を教えてやる」 二つの軌跡が交じり合って。けれど決して同じにはなれない。零れ落ちた意思は誰のものかも分からなくて。けれど、今は。今だけは、その全ては『自分』のものだ。漸く届いた女鬼へと、いりすは手を伸ばす。何時かの記憶で、重なった青白い手は其処には無かった。 奇跡は起きない。春の夢は一瞬で、網膜に焼き付いて離れなくて。息を引き取った筈の記憶が胸の奥で声を上げる。愛しているよ、と。囁いてやれば彼女は泣き止んでくれるのか。歌う様なまじないが止んだ。何もかもを食らい尽くす様な魔力が拡散する。 眩暈がした。それでも。振るわれたナイフは櫻に浅くない傷を与える。立て続け。軽やかに地を蹴ったエレオノーラの斬撃は、一度では止まらない。頬を濡らす鮮血を拭い取って、彼は冷やかに微笑んだ。 「あたしが聞いた櫻の力がこの程度だとは思えないのだけど」 恋も知らないお嬢さんでは扱い切れないのか。冷やかな挑発は己に攻撃を集める為のもの。この戦いに私情は無い。優しい想い出を混ぜ返す趣味の悪さを感じはしても。けれど、強いて言うのなら。 「……貴女の尊い選択を侮辱した楽団は命を以って償って貰うわ」 望むままに最期を迎えた彼女の選択だけは、汚されてはならないものだ。善悪も何もなく。自己の選択とは、常に尊ばれるべきものなのだから。ぼたぼたと、紅が地面を染めていく。俊介の前、レナーテは取り落としかけた扇を握り直す。 失われていく血に比例して体温はどんどん下がっていく。死の寒さとはこういうものだろうか。それでもレナーテは倒れない。もう、彼女の手を汚させたりしない為に。背筋を伸ばした。肩を並べる事は出来なかったけれど。彼女の言葉は確かに自分の背を押し、今を作ったのだ。 「貴女のそんな姿を……『人』ではない姿を見たくはない。もし何かを覚えているのなら、力があるのなら抗って!」 届くとも知れぬ声だった。敵は誰なのか。その身を縛るものに好きにさせていいのか。叫んで、不意に交わった視線を感じた。殺意の含まれないそれは、遠いあの日と同じ優しさを含んで居るようで。気付けば、風は止んでいた。 「届く訳ないじゃん、愛とか恋とか、夢見がちで笑っちゃう!」 「笑いたかったら、笑えば良いわ。……でもね、笑った分覚悟しなさいよ」 どんな暗闇の中でも鮮やかな、灼熱のいろが流れた。踏み切ったと認識した頃には跳ねる鮮血。鮮血と肉塊の道で奏者と自分を繋いで、焔は真っ直ぐに敵を見据える。恋に恋する事が、悪い事だと焔は思わない。まだ知らぬその感情に憧れながら、少女は人を想うと言う事を知るのだから。 抉れた肩を押さえる奏者と視線を合わせる。覚悟はいい? 薄く笑えば、僅かにその足が引いたのが見えた。逃がさない。その命は、必ず此処に置いて行って貰う。笑ったのだから、笑った分だけ思い知らせてやろうじゃないか。 「私は既に出来ているわ! さ、魅せてあげる、乙女の本気って奴をね!」 「例え鬼でも、人じゃなくても、焦がれる気持ちは誰だってあるんだ。そんな彼女の生きざまを馬鹿にするなら覚悟しろよ!」 白金が煌めいた。託された其処に残るのは怒りだったのかもしれない。錆一つ残らないそれを正面に構えた。護る為の刃だ。聞こえてるんだろ、と囁けば、刃に映り込む紅の瞳。手が重なった気がした。開けた道を駆け抜けて、振り上げた刃が顔を覗かせた月光を弾く。 「力貸せよ蕾、お前の大事な姫様、護るからよ――!!」 叩き下ろす。金属の触れ合う音。その形を歪めた楽器の音色が鈍る。生まれた大きな隙を、リベリスタは決して逃さない。もう泣くな、と。小さく囁いた。安らかな幸福を願っていた。眠って居る筈の地に、花を添えてやった事もあった。 覚えていてね、とあの日彼女は言いたかったのかもしれなかった。動きを止めた櫻を見遣る。嗚呼。こうして何度視線を交えたのだったか。鮮やかなようで遠い記憶に、僅かに目を閉じる。 「未だ、成功しては無いが……思い描いた技を、魅せてやる」 私情は挟まない。けれど今だけは。幸福な終わりを穢したこいつらだけは、別だ。爆発的な闘気が、研鑽された魔力が、一気に競り上がる。墓掘りの刃が唸った。明確な『死』を予感させるそれに怯える楽団員には構わずに。 叩き付ける。爆発する全力。紅が噴出した。重力に従って、散り落ちるその血飛沫はまさに紅之櫻。笑って死んだ櫻の、もう居ない誰かの、そして自分の。生き様を、最期を、未来を。その手が届かなくとも、持てる全てを注いだ、一撃だった。 頬を濡らすあか。拭う事もせずに、振り向いた。立ち尽くす女鬼が笑った気がして。遠ざかっていく、あと一つのサックスと、ヴァイオリンの音色。逃げたのだ、と理解する間もなく。傾ぐ、細い身体。 ありがとう、と囁いた気がした。眠る様に崩れ落ちた櫻の身体を受け止めて。いりすは緩やかに、溜息にも似た吐息を一つ、零した。 「――本当を言えば、」 僕は、あの時に君に殺して欲しかったんだ。囁いた。何時だって置いて行かれるばかりだったけれど。叶うのなら一緒が良かった。それが叶わないのなら。せめてその手で終わりを与えて欲しかった。 操り手を失ったそれはもう二度と動かない。眠るように美しいままのかんばせに跳ねた血の跡を、そっと拭った。だから今度こそ。失敗しないと、伸ばした手にきっと彼女は首を振ったのだろう。 何時までだって、待っているわと笑った気がした。冷たい身体を、そっと抱え直してやる。もう、彼女は泣いてはいなかった。酷く穏やかで幸せそうに、いりすの腕の中で眠るその顔を横から覗き込んで。俊介は静かに、白金を収めた。 「おやすみ姫ちゃん、騒がして悪かったな」 全てが終わったら、また、同じ場所に連れて行ってやろう。汚れた着物では無く、新しいものでも与えてやれば良いだろうか。戦いの終わりはまだ見えない。 ただ、何処からかさくらのはながひとひら、静けさを取り戻した戦場を横切って行った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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