● バロックナイツが一人、ケイオス・“コンダクター”・カントーリオ。 一流の音楽家であり、希代のネクロマンサーである彼が作曲し、指揮を執る『混沌組曲』は過日に大きな転調を迎え――日本中に少なからぬ被害をもたらした。 一連の事件で複数の犠牲者を出したアークの混乱と痛みが未だ治まらぬ中、事態は早くも次の局面を迎える。 横浜外国人墓地での戦いでケイオスの能力を看破した『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモアが、恐るべき未来を語ったのだ。 ――ケイオス様の次の手は恐らくアークの心臓、つまりこの三高平市の制圧でしょう―― アシュレイがそう読んだ理由は三つ。 まず一つ目は、彼我の戦力的な問題だ。 ケイオス傘下の『楽団』は一流のフィクサードを集めた実戦部隊だが、予備戦力を含めれば数千にも届くアークに比べると構成員の数そのものはごく少数に過ぎない。 先の戦いで何名かの『楽団』メンバーが討ち取られている事実と、ケイオス自身が肌で感じたであろう『アークのリベリスタのしぶとさ』を考えた時、彼らが持久戦を嫌うのは当然の流れといえる。 二つ目は、ケイオスがその身に『有難くない存在』を飼っているということだ。 横浜で、かの指揮者は首を刎ねられても笑っていたというが――アシュレイはこの時、彼に干渉していた『何か』の正体をソロモン七十二柱が一『ビフロンス』と推測した。 それは同時に、『魔術書ゲーティア』を所有するとされるバロックナイツ第五位、『魔神王』キース・ソロモンが親友たるケイオスに力を貸している可能性が高いということでもある。 伝承では、『死体を入れ替える』とされるビフロンスの能力を、アシュレイは空間転移の一種と予想した。ケイオスの能力と最も相性が良い魔神の力をもってすれば、死者の『軍勢』を三高平市に直接送り込むことも可能になる筈だ。 三つ目は、かつてアークが討ち取った『生ける伝説』――ジャック・ザ・リッパーの遺骨が三高平市に保管されているという事実である。 以前、『楽団』の木管パートリーダーたるモーゼス・“インディゲーター”・マカライネンが三ツ池公園を襲撃した際、彼はジャックの残留思念を呼び出す事すら出来なかった。それはネクロマンサーとしての『格』の問題もあるが、ジャックにとってこの世の拠り辺となる『骨』が別の場所、すなわちアーク本部に封印されていたという点に起因する。 芸術家らしい喝采願望を持つケイオスは、自身の『公演』を劇的なものとするための労力を惜しまない。彼がジャックの骨を狙ってくることは、ほぼ確実だろう。 ケイオスがアーク本部を制圧してジャックの骨を入手した場合、大敗を免れないばかりか、手のつけられない事態に陥ることはほぼ疑いようがない。 この状況に対し、アシュレイはアークに幾つかの提案を持ちかけた。 まず、三高平市に大規模な結界を張り、空間転移の座標を『外周部』まで後退させること。 そして、死者の軍勢のどこかに存在するケイオスの位置を特定するべく、万華鏡とアークのフォーチュナの力を借りること。 前者はともかく、後者はあまりに危険な申し出ではある。 ただ、無限とも言うべき『楽団』の戦力を打ち破るには指揮者たるケイオスを倒さねばならない。 ケイオスの慎重な性格、そして彼が持つ隠蔽魔術の精度を鑑みれば、それがいかに困難を伴うか考えるまでもないだろう。 言わば、『塔の魔女』は究極の選択をアークに突きつけた形になるわけだが――しかし、防衛能力の高い三高平市における決戦は千載一遇のチャンスでもある。 無論、負ければ後は無い。敵軍の中には、アークのリベリスタにとって『よく見知った顔』も含まれるだろう。歪められた『生』に囚われた者たちを取り戻すことも含め、かつてない激戦になることは疑いようがなかった。 果たして、箱舟は過去最大の嵐を乗り越えられるか―― ● 『――来たぞ。皆には至急、指定するポイントに向かってほしい』 幻想纏いを通じて届いたのは、『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)からの一報。 いよいよ、ケイオス率いる『楽団』が三高平市に侵攻してきたのだ。 『時間が無いから簡単な説明に留めるが……死者たちの数はおよそ百二十体。うち五体が元革醒者だ。 彼らを率いているのは、チューバ奏者の『ジェルトルデ・ラヴァネッリ』、 そして、その妹のユーフォニアム奏者『ジェルソミーナ・ラヴァネッリ』の二名」 ラヴァネッリ姉妹は先日にアークと交戦しており、その際に手傷を負わされている。 姉のジェルトルデは、妹を傷つけたアークのリベリスタを憎み。 妹のジェルソミーナは、自分を傷つけたアークのリベリスタに対して恋情にも近い歪んだ想いを抱いているという。 『連中の目的は防衛ラインを突破することだが、隙があれば積極的に止めを刺しにくるだろう。 自分達の欲求を満たせる上に、革醒者の死体で戦力を増強できるからな』 これまでの戦いと比べても、今回は敵の数が多い。 三高平市に住むリベリスタ達が総力を挙げて守りについている現状、抑えきれない規模ではないだろうが……時間が経てば経つほどこちらの損害が増え、『楽団』に革醒者の死体が渡るリスクが高まるのは自明の理だ。 味方の犠牲を最小限に抑え、かつ最大限の火力で『楽団』を叩く――そんな戦術が必要になるだろう。 必要な情報を一通り提供した後、数史は張り詰めた口調で続ける。 『負けられない戦いなのは言うまでもないが、それ以上に命を大切にしてくれ。 ……もう、誰かが欠けるなんて勘弁だ』 幸運を祈る――そう告げて、黒髪黒翼のフォーチュナは通信を終えた。 ● 白銀のユーフォニアムを携えた少女は、ワンピースの裾を軽やかに揺らして微笑みを浮かべる。 思い出すのは、自らを切り刻み、刺し貫いた音速の双刃。空中から舞い降り、鎖骨から胸を深く抉った剣の一撃。 あの時の痛みが蘇るとともに、火照るような熱が全身を支配する。 ――嗚呼、愛しきアークのリベリスタ。 ――彼らと交わす死の口付けは、さぞや冷たく甘かろう。 歪んだ恋に身を焦がす少女の隣には、黄金のチューバを肩に担いだスーツの女。 彼女の脳裏では、最愛の妹が傷つけられた瞬間が無限にリピートされていた。 白い肌を裂く刃と、雨のように降り注ぐ血。小鹿のような脚を射抜いた、煌くオーラの糸。 腹の底から湧き上がる怒りが、心中にじくじくと燻り続ける。 ――嗚呼、憎きアークのリベリスタ。 ――彼らの死を汚し楽器となせば、さぞや気分が良かろう。 物言わぬ死者たちを引き連れ、それぞれの愛憎を胸に抱いて。 低音を奏でる金管の姉妹は、目指す場所へと進む―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月11日(月)23:25 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 幻想纏い越しに届いた、敵襲の一報。 張り詰めた声でそれを告げるフォーチュナに、『ミックス』ユウ・バスタード(BNE003137)はいつも通り笑って答えた。 「それじゃ、行ってきます。どうにかしてきますとも!」 リベリスタが急ぎ駆けつけたのは、港湾地区の駐車場。 戦場になることを見越していたためか、車の影は無く、照明が煌々と一帯を照らしている。 チューバとユーフォニアム――二本の金管楽器が奏でるワルツにのせて、死者の群れがこちらに向かっていた。 「遂にここまで攻めてきましたか、彼らは」 敵軍を見据え、『戦士』水無瀬・佳恋(BNE003740)が小さく息を吐く。 予め想定していたとはいえ、いざ“その時”を迎えると、やはり腹に据えかねるものがあった。 頭頂部から飛び出した二房の髪を風に靡かせ、『シトラス・ヴァンピール』日野宮 ななせ(BNE001084)が愛用の戦鎚を握り締める。 かつて武器を交えた敵手、その死を汚した『楽団』の姉妹に対して思うところは多い。 前に視線を向けたまま、佳恋が「とはいえ――」と続ける。 「感情のみで戦うのは避けるべきと習いました。 こういう状況だからこそ、冷静に対処をしないといけませんね」 より内側で防衛線を敷く仲間の負担を軽くするためにも、ここを突破させるわけにはいかない。 幻想纏いの回線を通して、『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)が周辺を固める援軍のリベリスタ達に呼びかけた。 「楽団員と元革醒者の相手は我々にお任せを。 貴方がたは、一丸となって通常の死体兵の抑えに回って頂くようお願いします」 可能な限り無理はせず、死者を出さないようにと要請する彼女に続いて、『刃の猫』梶・リュクターン・五月(BNE000267)が念を押す。 「此処で死んだって誰も得しない。笑うのは其処の姉妹だけだ」 死者を操る彼女らの前で命を散らすということは、その兵隊になると同義なのだから。 鼻に引っ掛けたサングラスの位置を直しつつ、『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)が呟く。 「一応は退けたとはいえ、取り落とした相手だからな。 こちらの本陣まで食い込んでくると言うなら、今度こそ迎え撃って、刈り取る」 彼の声を聞き、『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)がナイフを握る両手に力を込めた。 (みんなが出来る事を精一杯頑張ってる……だからオレも頑張らなきゃ) ――もう、誰も奪わせない。 一つだけ露になった赤い瞳で、死者の群れを――否、その奥に立っている筈のラヴァネッリ姉妹を見詰める。 「無用な戦いなんてしなければ、誰も怪我もせずにすむのに……」 僅かに目を伏せた『大雪崩霧姫』鈴宮・慧架(BNE000666)の囁きは、戦場の喧騒に儚く吸い込まれていった。 敵軍の先頭が、約20メートル地点に達する。 決意と誇り、怒りに執着、そして憎しみ。 双方の思いが渦巻く中、戦いの幕は切って落とされた。 ● 先手を取ったリベリスタは、全員で足並みを揃えて中間地点まで前進する。 目標は敵の全滅ではなく、ラヴァネッリ姉妹の撃破。 他者を癒す手段を持たないメンバー構成で、持久戦はあまりに無謀すぎる。優れた火力をもって敵陣を突破し、短期決戦で大将首を取るのがリベリスタ達の狙いだった。 「チャオ☆ ラヴァネッリ姉妹! ――妹さんはこないだのお怪我はもういいのかな?」 陣形のやや後方から、終が明るく呼びかける。身体能力のギアを大幅に上げた『やる気のない男』上沢 翔太(BNE000943)の声が、後に続いた。 「わざわざアークにまで来るとはね……良いぜ、相手になってやる」 剣の切先を姉妹の方に向け、もっと強い奴らじゃなきゃ俺達は倒せねぇぜ――と挑発する。 過日の戦いで自分に深手を負わせた彼らの姿を認め、白銀のユーフォニアムを操るジェルソミーナが嬉しげに目を細めた。黄金のチューバを肩に乗せたジェルトルデは、対照的に眉を吊り上げている。それは、妹を傷つけたものを許さないという意志の表れだろう。 「まずは派手に叩いておくか」 進軍する死者の群れを射程内に収めた鉅が、全身から呪力を解き放った。 バロックナイトを再現する赤き月が不吉に輝き、血の色に染まった死者たちを蝕んでいく。 対するラヴァネッリ姉妹は傍らの死者を盾にしつつ、それぞれの身に霊を降ろした。 気紛れな運命(ドラマ)を引き寄せる、ネクロマンサーの技――。 流石に、彼女たちも先の戦いを踏まえて守りを固めてきたか。 それはそれで、想定の範囲内だ。いずれにせよ、こちらの方針は変わらない。 紫の双眸に澄んだ光を湛え、五月がラヴァネッリ姉妹に宣戦布告する。 「御機嫌よう。アークのリベリスタ、メイだ。――誇りをかけて、いざ勝負をしよう」 何よりも誰かを護ることに貪欲な彼女にとって、“誇り”とはそれを果たすための力。 誇りのために、この剣を振るうのだ。 「鈴宮慧架、推してまいります」 続いて名乗りを上げた慧架が、鋭い蹴撃で真空の刃を生み出した。 序盤は敵の数を減らし、姉妹を守る壁を除いていくことが肝要。 全身を巡る“気”を制御した彩花が金剛の陣を敷いて闘いの構えを取り、ユウが極限の集中で自らの動体視力を高める。 数種の重火器を掛け合わせたような“殲滅式自動砲”を構えた『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)が、無言のまま戦場を視界に収めた。 吐き出される無数の砲弾が、死者たちを蜂の巣にせんと襲い掛かる。 怯まず前進する死者の群れを迎え撃ちながら、ななせがラヴァネッリ姉妹に声をかけた。 「お久しぶりです。まだこんなことやっていたのですね……」 人の死を汚す彼女らとは相容れぬと分かっていても、口に出さずにはいられない。 白鳥の羽根を思わせる長大な愛剣「白鳥乃羽々・改」を振るって迫り来る敵を防ぐ佳恋が、素早くラヴァネッリ姉妹との距離を測る。 早急に死者の群れを蹴散らし、姉妹への道を開かなくては―― そんな中、元革醒者と思しき二体が終と翔太のもとに向かう。 死の印を刻もうとする死者の攻撃を二刀で受け流し、終が口を開いた。 「ジェルソミーナさんは、どんな高い壁でも乗り越えてくるロミオがお好みかな?」 道を阻む死者たちの奥に立つジェルソミーナと視線を合わせ、微笑みを浮かべる。 「いいよ☆ この壁を乗り越えて、君の胸にナイフを突き立ててあげる☆」 味方を巻き込まぬよう外側に数歩踏み込み、終は双刃を閃かせた。『時』を刻む斬撃が氷の霧を生み出し、周囲の敵を瞬く間に呑み込む。 ジェルソミーナのユーフォニアムが悦びと情熱のリズムを奏でる中、死者の群れを眺める鉅が軽く舌打ちした。 「相も変わらず、数だけはうじゃうじゃとキリのない……」 赤き月の輝きで呪いを撒き散らしつつ、持ち前の観察眼で元革醒者の死体を特定する。 終と翔太に向かった二体は、ナイトクリークとデュランダル。姉妹の少し前に立つのが、おそらくクロスイージスだろう。残るスターサジタリーとプロアデプトは、やや後方に控える二体か。 戦場に響き渡る低音の金管二重奏が、物言わぬ死者たちに虚ろなダンスを舞わせる。 奮戦するリベリスタ達を眺める『楽団』の姉妹は、それぞれの面に薄い笑みを湛えていた。 姉のジェルトルデは、憎き者を蹂躙する瞬間を待ち。 妹のジェルソミーナは、愛しき者の屍と添うことを夢見る。 異なる歪みを抱える二人の望みがリベリスタの命であることは、もはや疑いようがない。 「姉妹揃って、随分と素敵なご趣味ですこと」 彩花の可憐な唇が、冷淡に言葉を紡ぐ。 鮮やかな象牙色のガントレット――“雷牙(Lightning Fang)”に雷光を纏わせ、彼女は疾風の武舞を展開した。 華麗かつ大胆な動きで打撃を叩き込んでいく彩花と足並みを揃え、五月は“紫丁香花”――レェスとフリルをあしらった和風のゴスロリドレスを揺らす。 「君達の笑顔は嫌いだ」 しなやかなフットワークで自らの残像を生み出しながら、黒猫の少女は決然と声を放った。 「――他人の誇りを踏みにじる笑顔、オレはソレが嫌いだよ。 かわいいジェルトルデとジェルソミーナ」 刀身にアメシストの輝きを帯びた“紫花石”を一閃し、囲みに楔を打たんとする。 「まだ一年に満たない新参者ではありますが――」 戦線を押し上げるべく死者たちの隙間に身を割り込ませた佳恋が、すかさず白鳥の剣を羽ばたかせた。一瞬のうちに巻き起こった烈風が、敵の動きを封じていく。 「アークの剣として鍛えてきたこの身、今は貴方たちを討ち滅ぼすためにあります」 佳恋が凛と声を響かせた直後、燃え盛る炎を纏った慧架が傷の深い一体を仕留めた。 素早く前進したななせが、両腕に構えた“Feldwebel des Stahles(鋼の軍曹)”を勢い良く振り上げる。 「いくよっ、『軍曹』!」 全長1.5m以上に及ぶ巨大なハンマーが唸りを上げ、雪崩の連撃でもう一体を地に沈めた。 「ご自慢の兵隊さんたちも大したことないんですねー。 そんなことじゃ、またまた妹さんを傷物にされちゃいますよー?」 後列にまで及ぶ死者の攻撃に耐えながら、ユウが愛用の改造小銃“Missionary&Doggy”を構える。彼女を含め、姉妹と因縁のあるメンバーが気を惹く隙に、前衛たちで突破を図るのが今回の作戦だった。敵がこちらに執着を抱いているというなら、利用しない手はない。 自分を睨むジェルトルデの視線を受け止め、天に向かってトリガーを絞る。 無数に降り注ぐ火矢が、駐車場をたちまち炎の色に染めた。 ● リベリスタ達は少しずつ、しかし着実に歩を進めていく。 たった10mほどの距離が今は十倍にも感じられるが、姉妹が死者に庇われている以上、射線を確保するだけでは足りない。何としても道を作り、守り手を排除する必要があった。 呪力で不吉の赤月を生み出す鉅も、黙して砲弾をばら撒き続けるモニカも、次第にダメージが蓄積しつつある。誰一人として、傷ついていない者など居なかった。 強力な全体攻撃で壁が薄くなったところに、五月が滑り込む。高速の剣舞で死者たちを斬り伏せながら、彼女はジェルソミーナを真っ直ぐに見た。 「君の痛みは君の想いか、君を突き動かす行動理念か」 恋するユーフォニアム奏者の視線は、主に終と翔太の二人に注がれている。 死を従えるがゆえ、少女は生の痛みに焦がれるのだろうか。 望むものを与える彼らを、ひたすらに求めるのだろうか。 「――ソレと同じく、オレも護る事に貪欲だ。似てはないかな? ただの戯言だが」 恍惚とした光を湛えるジェルソミーナの瞳が、ふと五月に向けられる。 一瞬、その口元に穏やかな微笑が浮かんだ。 「早々に終わらせましょう」 佳恋が、烈しい剣風をもって周囲の死者を薙ぎ払う。 全体的に耐久力に優れるこのチームも、回復支援がほぼ見込めない現状では長く戦えない。 誰か一人でも倒されてしまえば、戦況は大きく傾くだろう。 あと少し。あと少し―― 逸る気持ちを抑えつつ、慧架が風を斬る蹴撃で死者を両断する。 姉妹のうち、特にジェルトルデに的を絞って挑発を続けるユウが、前に立つ仲間から敵の気を逸らすべく反対側に動いた。 「このまま纏めて燃やしちゃいましょうかー♪」 天からインドラの火を落とす彼女に、死者たちが手を伸ばす。 スターサジタリーの屍が放った弾丸が、ユウの胸を貫いた。 折れかけた膝を自らの運命で支え、体勢を立て直す。まだ、もう暫くは持ち堪えられる筈。 特殊な呼吸法で己の傷を塞いだ彩花が、威風を纏って敵陣を睨んだ。 死の臭いで満たされたこの戦場にあっても、彼女は決して揺らぐことなく、凛として立ち続ける。 血を流す全身から力を振り絞り、リベリスタ達は反撃に移った。 姉妹との間に立ち塞がる死者たちに狙いを定め、五月が動く。眼前の敵を見据えながらも、彼女の言葉はジェルソミーナに向けられていた。 「君との死の口付けは遠慮したい。口付けは甘くて、暖かいものだよ」 自分は未だ体験したことはないが、『楽団』の少女が夢見るそれが歪んでいることは分かる。 「其れさえも、死をもってしか感じられないなら――君を一閃しよう」 言葉とともに繰り出される、渾身の一撃。一枚目の壁が砕けたのを見て、佳恋がすかさず距離を詰めた。 アークのリベリスタとして。世界を守るために身を捧げた防人として。 剣を振るうことを、決して迷いはしない。 荒れ狂う闘気を孕んで、白鳥が大きく羽ばたく。二枚目の壁が吹き飛ばされ、残るは姉妹を庇う死者の盾。 そこに肉迫したななせが、ラヴァネッリ姉妹に声を投げかけた。 「――日野宮ななせです。前回はご挨拶できなくてすみませんでした」 持ち前の再生能力で自らを癒しつつ、“鋼の軍曹”に全ての力を集中する。 「今回は、その分も思いっきりぶっとばしますねっ!」 散っていった敵手への思いを込めて、彼女はハンマーを振り抜いた。 盾を失ったジェルソミーナが無防備になった一瞬を突き、終と翔太が動く。二人の姿が不意に掻き消えた直後、鋭い斬撃が相次いで少女に浴びせられた。 翔太を追おうとするデュランダルの屍を、鉅がオーラの糸で絡め取る。 度重なる死者たちの攻撃でコートは血に染まり、既に運命の恩寵すら用いていたが、その動きに淀みはない。 「そう長くはもたん、とっとと下手くそ共に引導を渡して来い」 屍をきつく縛り上げ、仲間に視線を送る。 自ら大物を狙いに行くのは難しいが、そこに向かうメンバーのサポートは出来る筈だ。 「――ミーナ!」 妹の危機を見たジェルトルデが叫ぶも、彩花の方が速い。 「行為の是非はともかく、その仲睦まじさは素直に羨ましく思います」 間合いを越えて気配を捉えながら、彼女は「ですが……」と言葉を紡いだ。 「私にとって、貴女がたは倒すべき敵以外の何者にもなりません」 冷厳な声とともに繰り出された一撃が、ジェルソミーナを地に叩きつける。 雪崩の如く強烈に、霧の如く朧に。緩急をつけた動きで踏み込んだ慧架が、そこに追撃を見舞った。 「死者に手向けを、魂に救済を。冒涜せし者に鉄槌を――!」 ジェルソミーナに憑依していた霊が引き剥がされ、瞬く間に消滅する。 「妹さんの可愛いおてては、捉えていますよー。今度はへし折っちゃおうかな♪」 なおも挑発を続けるユウの気糸が、ユーフォニアム奏者の右手を射抜いた。 楽器を取り落とし、ジェルソミーナが歓喜に顔を歪める。 「あはっ……あはははっ……!」 運命(フェイト)を削って立ち上がった妹を守るように、ジェルトルデが霊魂の弾丸を放った。 直撃を受けた終とななせが運命を燃やし、死者たちに狙われたユウが力尽きて倒れる。 深手を負った身に鞭打ち、ななせが終の守りについた。 「一気に行け」 翔太の声に応え、終が二振りのナイフを構え直す。 刹那、彼とジェルソミーナの視線が交錯した。 笑うのを止めて、少女は青年を見詰める。 「ずっと、一緒にいて。いいでしょう?」 意外なほど、その言葉は切なげに響いた。 「――ごめんね」 優しい拒絶とともに、終は二振りの刃でジェルソミーナを切り裂く。 「まだやる事があるから、君のロミオにはなってあげられないんだ……」 間髪をいれず繰り出されたナイフが、少女の心臓を過たずに貫いた。 ● 左胸を紅に染めたジェルソミーナが、ゆっくりと地に崩れ落ちる。 ジェルトルデがつぶらに目を見開いた瞬間、残る死者たちが彼女の怒りを映したように荒れ狂った。 倒れたユウを庇った五月が、猛攻に晒されて運命を燃やす。 ふと、死してなお微笑むジェルソミーナの顔が視界に映った。 末期の痛みは、彼女にとって甘く感じられただろうか――。 ジェルソミーナの亡骸が操られる前に、終がジェルトルデに攻撃を仕掛ける。 「妹さんまで道具みたいに扱うの?」 狡い言い方だと分かっていても、これ以上、敵を増やすわけにはいかない。 「ミーナは私の妹だ。ただ一人の家族だッ!」 撃ち出される霊魂の弾丸。 腹に風穴を穿たれたななせが膝を折り、慧架と翔太が運命を削る。 「私は……皆と生きたいっ」 誰も死なせはしないと慧架が叫んだ直後、彩花が弐式でジェルトルデを引き倒した。 歪んだ愛情も、深い憎悪も、彼女には無縁のもの。 少なくとも、この姉妹に同じ感情を抱くことなど有り得ない。 「――貴女がたの愛憎に呑まれるつもりはありませんよ」 ジェルトルデが彩花を睨んだ時、援軍のリベリスタから通信が入った。 『死体の群れがそっちに動いた、気をつけてくれ!』 鉅が、微かに舌打ちする。眉一つ動かすことなく、モニカが“ミディアムハニーコム”――援護射撃を敵に叩き込んだ。 彼女も既に運命を差し出していたが、ここで退くわけにいかない。 「思い通りには、させません……!」 佳恋の居合い斬りがジェルトルデを捉えた直後、残りの死者たちが間に割って入る。 妹の亡骸を死者に抱えさせると、『楽団』のチューバ奏者は迷わず撤退に移った。 勢い良く雪崩れ込む死者の群れが、追撃に動いたリベリスタを阻む。 「くっ……!」 慧架の目の前で、敵の姿がみるみるうちに遠ざかっていった。 次に会うことがあれば、その時はきっと復讐の鬼と化していることだろう。 「何度来ても、守り抜いてみせます」 揺るがぬ決意を込め、佳恋が強く拳を握った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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