● 「其のピアス似合ってるね。可愛い!」 不意に私、大内・歩美は声を掛けられ足を止めた。 街の真ん中で、笑みを浮かべた複数の男達が眼前に立ちはだかる。 どうやら敵意は無い様だが、真っ当な用事でもないのだろう。 「……あ、あの」 「一人だよね。ちょっと俺等と遊びに行かない?」 腕を掴まれた。 気弱そうなフリをしたのはどうやら間違いだったらしい。……あまり騒ぎは起こしたくないのだけれど。 「おいー、ガッつくなって、彼女怯えちゃってるじゃん」 「あー、ごめんごめん。ホラ俺ってせっかちだから。ねぇ、暇そうだしいいだろ?」 記憶を探ってみれば、彼等の行為はナンパと呼ばれる其れに分類されるらしい。 どうにもあまりタチはよろしくない様だが、私のとった対応の仕方も拙かったのだろう。 足を止めなければ、無視していれば、或いは気弱な態度さえ取らなければ、彼等も此処まで付け上がりはしなかったかも知れない。 まあ今更言っても仕方ないが。 「判ったわ。何処に連れて行ってくれるの?」 手を取り、上目遣いに見上げてみる。男達から、歓声があがった。 態度の急変にも疑問を抱いたものは居ないらしい。実に容易く、取るに足りない者達だ。 けれども私は彼等の目的に興味があった。ナンパをする男の、それも複数で強引に迫って来るとなればより尚更だが、目的は繁殖行為である。 繁殖行為が目的であるからこそ、この雄達は威圧的なのだろう。実に動物的な理屈である。 成程、実に興味深い。この世界の生き物の多くはそうやって子を成して多様性を増していく。 私も子を増やしてみようと思う。 ただ彼等の望む方法とは少し違う形になるが、無論興味が無い訳ではないのだが、十月十日かかる其の方法は些か冗長が過ぎる。 アークの探査能力の多くが対楽団に割かれている今は良いが、何時までも戦いが続く訳でもあるまい。奴らは何れ私を狩りに来ると、記憶が告げていた。 この身体の機能を妊娠によって低下させるのは得策とは言えまい。 卵巣から取り出した卵に私自身を混ぜ込みながら、歩く。唯同じ私を作っても意味が無い。手を加え、パターンを変え、子を産まねばならない。 私はおもむろに男の頬に手を当てて、口から卵を注ぎ込んだ。 一人ずつ、丁寧に、人間の其れとは違うけれど、彼等の望み通りに繁殖行為を行なっていく。 そう、この身体、大内・歩美の中に潜む私の事を、アークはアザーバイド『混沌』と呼称する。 ● 「諸君、連日続く戦いに疲弊はしているだろうとは思うが、すまない。新たな任務だ」 ブリーフィングルームでリベリスタ達を出迎えた『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)が口を開く。 逆貫の口調が、何時もより余裕を欠いている。恐らくは緊急性の高い任務なのだろう。 「先日、ある任務でリベリスタの死体を乗っ取った『混沌』と名付けたアザーバイドが一般人数名に自らの卵を産み付け、孵った子等が歓楽街を襲う」 アザーバイド『混沌』、三ッ池公園での戦いで一度は滅び、けれども先の楽団一派とリベリスタの戦いの末に復活を果たした異世界の化物。楽団が操った怨霊をも餌にした、全てを喰らう貪欲なる怪物。 其れが今度は繁殖を果たしたと言うのだ。 「卵の孵化を止める手立ては無く、そもそも孵化までには間に合いもしない。現れる化物の数は8匹。……元凶である『混沌』は既にその場から姿を消している」 リベリスタ達に3枚の資料が配られる。 資料 エネミーA:寄生型×2 人間の身体に寄生し、掌握するタイプ。知性も高い、指揮官型。 寄生した人間の身体は身体能力の強化や肉体の硬化等により強度を増している。口から触手を伸ばしたり、指を触手に変化させて攻撃を行う。 また『混沌』と同じく精神に対しての攻撃も行うようだが、詳細は不明。 寄生された人間に見た目上の変化は無く、人間としての意識も存在する。寄生した人間の肉体が使い物にならなくなった場合、近くに居る他の人間の身体に移動する。 エネミーB:融合変異戦闘型×2 苗床となった人間の身体と融合し、変異させた戦闘タイプ。肉体的な戦闘能力は3種の中で最も高い。 獣じみた外見を持ち、爪や牙を用いて攻撃を行う。タフで力も強く、速度が速い。 エネミーC:融合変異繁殖型×4 苗床となった人間の身体と融合し、変異させた繁殖タイプ。戦闘能力は3種の中で最も低いが、タフさのみは他よりも上となる。 見た目は触手人間。触手を伸ばし人間を捕え、卵を植える。触手で巻き付いての捕縛の他、触手の先の針を突き刺し麻痺、死毒、氷結等の何れかのBSを選択して注ぎ込む攻撃も行う。 卵の孵化には30分の時間がかかり、卵を植え付けられた一般の人間はBタイプかCタイプのエネミーに変化する。 「さて諸君が現場に辿り着く頃には、この8匹による被害が既に出ている状態だ。現場は夜の歓楽街、人通りが多いとは言わないが、……そのかわりに状況を把握しての自主的な避難を期待出来ない」 店の中に外の音は聞こえぬだろうし、一匹でも店の中に入れば客等に逃げ場は無いだろう。 そして何より問題なのは、 「最優先排除対象はCタイプだ。先も言った通り、卵の孵化を止める手立ては無い……。こいつに卵を産みつけられた人間は、卵が孵化せずとも処分しなければならない。アザーバイド如きが随分な真似をしてくれたものだ」 そう、敵は今回繁殖を目的としている。 逆貫は深くため息を吐く。 「以上だ。私は伝えるべき事を全て伝えた。私の仕事は此処までだ。諸君、急いでくれ。諸君等の健闘を祈る」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月06日(水)23:17 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 惨劇は突然に訪れる。 最初の犠牲者は酔った男と、客であった男を表まで見送りに来た女の二人。 自分達に近付いて来る異様な風体の八人組に、最初に気付いたのは女だった。 酒が入り、機の大きくなった男は、女の前で良い所を見せようと、八人組をやぶ睨みしながら近付き、……そして触手に捕らわれた。 理解を超えた出来事に息を呑んだ女は、咄嗟に店の中へ逃げようと地下への階段で、ヒールの踵を折って滑り落ち、やはり伸びた触手に巻き付かれてしまう。 男も、女も、区別無く、混沌の子供達、アザーバイドによる繁殖は行なわれる。 不幸は連鎖するのだろうか? 女が階段を滑り落ちた音に、店内の誰かが気付きドアを開いて様子を見に来た。 人が卵を植えつけられる光景を目の当りにする恐怖。 そして混沌の子供達は苗床となった人間の脳から知識を引き出し、理解し、学ぶ。ああ、こう言う場所には人が一杯居るのだと。 リベリスタ達が其の歓楽街へと辿り着いたのは、既に幾許かの犠牲が出た後であった。 身を縛り吊るされ、口腔内どころか食道にも触手に押し入られた女性が、胃の中へと卵を植えられる。 呼吸の出来ぬ苦しさに、恐怖に震える女性の頭が、けれど突如飛来した物体に砕かれ真紅の液体を撒き散らす。 手の内へと戻った血と脳漿に塗れる乾坤圏を腕に嵌め、『無銘』熾竜 伊吹(BNE004197)は一つ、深い息を吐く。 この現場へ、リベリスタ達は最速で駆け付けた。だがそれでも、フォーチュナの予見通りに、犠牲者は出てしまう。 リベリスタ達に何の落ち度が無くても、間に合わない事は変えられぬ運命であった。 宙を走るかまいたち、『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)の斬風脚が、既に卵を植えつけられて路上に倒れて大分経つ男性、……孵りかけた卵が腹をボコボコを蠢かせる苗床を真っ二つに切り裂いた。 嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 人殺しなんてしたくない。 こみ上げる吐き気に、悠里の目尻に涙が滲む。でも誰かがやらねば、被害はますます広がってしまう。 「殺されたくなかったらここから離れろ!」 悠里の口から漏れたのは、汚物ではなく絶叫。心からの願い。 此処が、繁華街のど真ん中で、尚且つ昼間であったなら、彼の願いは叶ったかも知れない。 しかし血の色を闇が覆い、酒に、色に、気を大きくした愚者達は、其の叫びを聞いても好奇心を刺激されるだけであろう。 悠里の叫びに興味を惹かれたのは人間ばかりでは無い。眼前で苗床を台無しにされた混沌の子供達が、分かれて店内を襲っていた仲間を呼ぶ。 犠牲を防げぬ悔しさを怒りに変え、繁殖タイプの混沌へと振り下ろされた『すもーる くらっしゃー』羽柴 F 壱也(BNE002639)のはしばぶれーどは、割り込んだ戦闘型の爪によって受け止められた。 熟練のデュランダルたる壱也の膂力にも、戦闘型は揺らがず押し切れない。刃と爪が火花を散らす。 「囲んで退路塞げ! 一体たりとも逃がしはしない。行くぞ!」 力強い宣言と共に、『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)が発動させるはラグナロク。 リベリスタ達の身体に、加護の力が宿る。身体に活力を湧かせ、精神をも賦活する倒れぬ戦士と生み出す加護が。 「よぉ、これ以上ガキ増やすのはやめようや」 色違いの瞳で敵を見据え、獅子護兼久で薙ぎ払うは『ただ【家族】の為に』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)。 戦闘型の混沌の子供であれば、或いは其れを受け切れたかも知れないが、虎鐵が狙うは先ず最も先に殲滅せねばならぬ繁殖型。 動きの鈍い繁殖型の触手を、獅子護兼久が切り飛ばし、紫の体液が夜の宙に舞う。 とは言え、仮にもあの混沌の子供達だ。そう易々と倒せはしない。 「――――アーク」 路上に居た子供達の中で、最も容姿の変異が少ない、瞳に理性の色を残す、寄生型、或いは混沌の特性を最も色濃く受け継いだ指揮官型は、聞き取りづらいが確かに其の言葉を口にした。 母から受け継いだ記憶に宿る、何れは母を脅かすであろう敵の名を。 膨れ上がった子供等の敵意に、虎鐵の懐でカオスシードが脈打つ。夢を通じて、彼等の故郷を垣間見る事が出来る混沌の種子……。 初期段階で路上に居た混沌の子供は繁殖型2、戦闘型1、指揮官型1。残る四体は既に近場の店内だ。 伸びる触手を、咆哮と共に切り払う虎鐵。けれど其れはフェイクの攻撃。切り払われ、宙に舞った紫色の体液が虎鐵の視界から本命の触手の一撃を隠す。 攻撃には無類の威を発する虎鐵も、防御に回れば隙は出来る。獣の如き超絶した反射神経で何とか本命の触手に反応するも……、彼の刃より触手の先端で光る針が一瞬早く……、虎鐵の身体は氷と化す。 2度閃いた戦闘型の爪に、壱也の身体が朱に染まる。胸部の、腹部の、肉が抉られ、切り刻まれた。 壱也には怒りはあれど油断も、相手への侮りも、欠片も存在していない。唯、戦闘型の動きが彼女の想像を少しばかり上回っていただけだ。 苦痛と恥辱に壱也の表情が歪む。だがしかしで、壱也の本当の真価は此処からだ。一呼吸する度に、彼女の傷は徐々に塞がり行く。 其れはラグナロクの加護の力だけでは無い。壱也は元々強い回復力を其の身に秘める。故に彼女は見た目以上にしぶとく、想像を遥かに越えて粘り強いのだ。 ● 2階の窓を突き破り、ビルから更に一体の戦闘型が降って来る。右の階段を下り、左の地下からの階段を上り、一体ずつ、計二体の繁殖型も這いずり現れた。そしては更には指揮官型も……。 視界に揃う八体の敵の姿。増援の彼等が出て来た店内がどうなっているかは、想像するに難くない。 けれど出てしまった犠牲を、此れから『処分』せねばならぬ人の数を、想像して嘆く暇はリベリスタ達にはなかった。 先ずは眼前の敵を一刻も早く。 「漸く御揃いか。愚図で悪食な寄生虫め」 吐き棄てる様な『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)の毒舌は、しかしその実は魔力を秘めた挑発の言の葉、アッパーユアハート。 其の言葉に、混沌の子供達は今まで知らなかった感情、取り込んだ人間の記憶の中にはあっても、決して自らの物ではなかった怒りを知る。 怒りのままにユーヌを引き裂かんとする戦闘型の、けれども進路に割り込むは快。クロスイージスである彼は、仲間の盾である事こそが本分だ。故に快は、折れず曲がらず、硬くしぶとい。 とは言え、如何にユーヌが最適の位置取りをしようとも、無論増援の幾体かは範囲から漏れる。特に他に比べて動きの遅い、だが決して見過ごすわけには行かない繁殖型が。 そんなユーヌの取りこぼしをフォローするのは、『俺の中のウルフが叫んでる』璃鋼 塔矢(BNE003926)。 彼の魔力銃から打ち出された弾丸、呪印を刻まれた符の代用であるそれが、宙で鴉に変じて繁殖型を貫き通す。 式符・鴉が混沌の子供に齎す怒りは、けれども塔矢の心を焦がす其れに比べれば未だ温い。被害を撒き散らした本体に、今は手の届かぬ元凶に感じる胸糞の悪さを、彼は銃口に篭めて引き金を引く。 引き付けた敵を包み込む様に包囲を試みるリベリスタ達。……しかし、足りない。 敵の数に比して、リベリスタ側の前衛、包囲を行なえる者が少なすぎるのだ。相手が愚鈍な獣であれば、互いが互いの邪魔をするよう、足りない人数でも効果的に包囲が行なえたやも知れぬ。だが彼等の眼前に居るのは、人を取り込んで進化しつつあるアザーバイドだ。特に指揮官型の高い知能は、リベリスタ達の動きの意味を看過し、指揮に其れを反映させる。安易な包囲は通用しない。 けれどだからこそ、彼は、『破邪の魔術師』霧島 俊介(BNE000082)は其の為の準備を重ねた。仲間達に庇われながら。 「あんがとさん。準備おっけーだ。それじゃあ檻でも作るかな!」 其の努力が、今此処に実を結ぶ。力が解放され、半径50mの空間が現実とは違うもう一つの異空間と化した。 溜め込んだ術式で空間を作り、広げ、そして結んで隔絶する。『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモアがアークに齎した技術の一つ、高度な魔術である陣地作成を始めて実戦で使う俊介の身体は、緊張と極度の集中に大量の汗で濡れていた。 指揮官型の混沌の子が、不意に変わったあたりの雰囲気に不思議そうに首を傾げる。 今回作成された異空間の目的は、子等が襲おうとする一般人の排除。 漸く戦いに集中できる舞台が完成したのだ。何の遠慮も懸念も無くなったリベリスタ達の害虫駆除が始まった。 ● 次々に繰り出される雷を纏った武技が、己が身を庇わんとする触手を焼き切って本体を打ち据える。 魂の悲鳴の様に、けれどもだからこそ冴えて放たれる悠里の壱式迅雷に、重ねて撃ち込まれたのは乾坤圏。 バウンティショット、白の腕輪は伊吹の手により速度を得て弾丸と化す。急所を打ち抜かれ、繁殖型が揺らぐ。 ……しかし、其れでも驚嘆すべきは繁殖型のタフさだ。触手を失っても、痛打を受けても、尚もあわよくば眼前のリベリスタ達に卵を植え付けんとする其の繁殖欲。或いは、苗床となった人間の性欲がそれ程に強かったのか。新たに生み出した触手が、再びリベリスタを狙い始める。 「……流石の進化速度だな。やはりあいつはこの世界にいちゃいけねぇ」 呟き、刃を振るう虎鐵。仲間達と比べても、頭一つ飛び抜けた虎鐵の攻撃力に、しぶとく粘った繁殖型の一体が崩れ去る。 虎鐵の色違いの瞳が見据えるのは、彼等を生み出した元凶の混沌。あの一昨年の聖夜に空から降り、未だにこの世界を蝕まんとする悪性。 アレは必ず自分が倒す。虎鐵の瞳がそう語る。だが眼前の子供達は、其れを許そう筈が無い。ずぶと彼の胸を貫いて掻き回すは、ユーヌのアッパーユアハートから逃れた一体の戦闘型の爪。 氷を纏った拳が走り、眼前に引き寄せられた一体の繁殖型を凍らせる。魔を宿せし氷の拳、ユーヌが放つ魔氷拳。 複数の敵を引き付けたユーヌが、未だに立って戦い続けれる理由は唯一つ。傍らで彼女を庇い、彼女の盾となる快が居るから。 この戦いで快の果たした役割は非常に大きい。繁殖型が植え付ける、氷結、麻痺を無効化し、地味に指揮官型が行なっていた精神への攻撃、本体であった混沌が周囲の精神力を無差別に貪り食ったアレと同種の力を、ラグナロクの精神賦活で相殺している。 無論無傷と言う訳にも行かないし、注がれた死毒に関しては痩せ我慢以外の対処も持たぬが、それでも俊介の、アークでも有数の回復力を誇る癒し手が背後に控えるならば、耐えようとして耐え切れぬ事は無い。 餌に食いつき引き寄せられた敵に、はしばぶれーどが雷のオーラを纏って叩き付けられた。 「これ以上、被害増やさせてやるもんかっ」 絶対に負けない。此処で必ず倒し切る。展開された陣地とて永遠に保たれる訳ではない。 これ以上の被害を絶対に出さぬ為に、壱也は刃を振るう。 どれだけ敵を倒した所で、あの夜の公園で、元凶たる混沌から逃げるだけしか出来なかった自分を許せそうには無いけれど。 塔矢の掌が邪を退ける聖なる光を放つ。仲間達の身を蝕む災いを退ける光、ブレイクフィアー。 決して見習いと言う訳では無いけれど、集った他の仲間に比べれば実戦経験に劣る塔矢。 だが、だからこそ彼は、自分の役割を非常に良く心得ていた。その場その場で必要とされる行為は何か。己の力で成せる事は何か。 自分の攻撃の手を緩めてでも、仲間達を活かす。 麻痺を、氷結を祓われ、動きを取り戻した仲間達が、また一体繁殖型を打ち倒した。 けれど此処で、リベリスタ達にとって予期せぬ事が起こる。 否、想定はしていたのだ。そうであるかも知れないと。だが其の起こり方は彼等の想定とは少し違って……。 不意に、一体の指揮官型、……最初に異空間に囚われた違和感に首を傾げていたその個体が、作成された陣地より脱出する。 全員で脱出する訳でも、更に犠牲者を増やす可能性のある繁殖型が脱出する訳でもなく、指揮官型が、たった一体で異空間から逃れた。 「俊介!」 「了解!」 快の促しに、即座に応じて陣地作成を解除する俊介。指揮官型の動きに常に気を払っていた快と、敵がもし逃れれば即座に陣地作成を解除すると決めていた俊介だからこそ、タイムラグは一瞬で済んだ。 其の一瞬で指揮官型が稼げた逃走距離はほんの僅か……、だったのだけれど。 「ヤツから討とう!」 次いで快の口から飛び出た『提言』に、しかし戸惑ってしまったた仲間達の動きが鈍る。 優先目標から外れる相手、事前の取り決め、共通認識とは全く違う順序を行き成り持ち出されては、眼前の敵との遣り取りに集中しながら其の是非を思考する事等不可能だ。 寄生されているだけならばまだ引き剥がせるかも知れない、出来る事なら救ってやりたいと願うやさしい彼らには尚の事。 せめて指示、指図、指揮であったなら、強い信頼関係に結ばれていた上での其れなら、もしかすれば即座に反応した者も居たかも知れないが……。 逃げる其れの意図を察したもう一体の指揮官型は、リベリスタ達の其の戸惑いに浸け込む様に防御を放棄しての徹底的な攻勢の指示を出す。 不意に強くなった敵の圧力に、隙の出来たリベリスタ達の身体から血飛沫が舞う。 ● 如何に隙に浸け込もうと、徹底攻勢をかけようと、リベリスタ達の優位を揺らがすには至らない。 しぶとく粘り続けた手強い最後の戦闘型に続き、結局寄生体を引き剥がす事も不可能だった指揮官型も倒れて崩れる。寄生体に強化された肉体は、寄生体を失おうとも最早普通の人間では在り得ない。 けれど彼等は、混沌の子供達は、リベリスタと子供の戦闘情報を本体にフィードバックする指揮官型の一体を逃がし切った。次に生まれる子等の為に。 追う事は、或いは可能だったかも知れない。けれどもそうしたならば、この付近で植え付けられた卵は孵り、そして再び被害の拡大が始まるだろう。 すべき事は明白だ。……例え其れがどんなに気の重い、植え付けられた卵が蠢く苦しみに救いを求める一般人を、救いを求める手を払って処分する事だったとしても、誰かが……、否、孵化までの残りの時間を考えれば全員が手分けしてやらねばならぬ。 そうして、この世界は維持されるのだから。 リベリスタの苦痛と苦悩を糧に、世界は今日も在り続ける。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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