● ――心臓と脳味噌と、心があるなら果たしてどちらであろうか―― 「……あれ? あんな所に廃墟ってあったっけ?」 「しらねっすよ! たっちゃん、肝試ししよう! 絶対いいってー!」 携帯電話を弄る指先は『廃墟』が其処にある事に対する違和感を失っていた。元からあった廃墟であったのか。果たしてその問いが『普通』出てくるものでないと言う事に彼等は気付かない。 馬鹿だから。 ゆっくりと扉を開いて仲間達と廃墟の中に入っていく馬鹿――青年達は違和感を感じられずには居られない。廃墟にある筈の黴臭さが感じられないのだ。周辺に広がる生温かさは冷たいコンクリートでできている筈の廃墟には似合わぬ空気である。 「た、たっちゃんっべーよ! ここ、お化け廃墟じゃね?? あれ、たっちゃん、たっちゃーん!?」 気付けば友人が姿を消していたのだ。青年は焦りながら窓を開こうとするが、その窓は何故か開かない。 触れた時に、己の掌が何か『柔らかい』物を触った気がしたのだ。そう、まるで生物の中であるかのようなそんな感覚に陥る。 「た、たっちゃんどこ!? もしかして……たっちゃんって廃墟の精霊じゃね!?」 彼がアホである事はさて置いても、この廃墟は「たっちゃん」が言った通り元からこの場所には無かったのだ。そう、突如、その場所に現れたソレは紛れもない異形。建物にはない筈の脈動を繰り返し体内に入った物を総て喰らうバケモノだったのだ。 ――その後、彼等は帰ってこなかったという。 ● 「……一言でいえば、馬鹿が居たわ。まあ、それは関係ないのだけど……」 呆れ半分、けれど目だけは真剣であった『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)はお願いしたい事があるの、と紡ぐ。 「メルちゃんと私、どちらも予知したんだけど――どちらも馬鹿を見たってことだけど――廃墟のアザーバイドが現れたわ。廃墟の、よ。廃墟『に』じゃないわ。廃墟『の』」 何度も繰り返し繰り返し言う世恋にブリーフィングルームに集まったリベリスタ達が首を傾げる。 廃墟『の』アザーバイドと言う言葉はつまりは廃墟その物なのだろう。背後のモニターに映し出された廃墟の写真。それがアザーバイドその物だと言う事だろう。 「……まあ、はい。こちらアザーバイド。識別名は手っ取り早く『廃墟』とするわ。 この廃墟。生き物よ。入口からこんにちはすると、簡単に言うなら……ごちそうさま、されちゃうわけで」 生き物の当たり前の行動なんだけれどね、と首を傾げてみせるその様子にリベリスタも微妙な表情を浮かべずには居られない。つまり、ボトムで言う所の建物――廃墟の姿をしたアザーバイドは生きている。中に入ってくる人間を捕食していると言う事になるのだ。 「いきなり廃墟が現れたってのに面白半分で肝試しをする人が絶えない。彼ら見事捕食されてるのよ。 だから、それを止めて頂きたいわ。心臓と脳の両方共を潰す事が大事になってくるわ。 両方潰せってのは厳しいでしょうし、脳味噌はメルちゃんにお任せして、皆には心臓をお願いしたいの」 曰く、『命』は『心』はどちらに宿るのかと言う定義である。心臓と脳味噌。そのどちらかが停止したとしてもこのアザーバイドは捕食を辞めずに生き続けるのだ。メルクリィが派遣するリベリスタが脳味噌を壊しにいくならば、世恋は心臓を潰す――と手分けした行動と言う訳だ。 「一度入ってしまえば窓は開かない、外に出る事はできないわ。出方は一つ、心臓を壊す事よ。 ……一応、いざって時の為に脱出用のアーティファクトを頂いてきたの。緊急時は此れを使って頂戴?」 淡い蒼い石のブレスレットを手渡しながらフォーチュナは廃墟の写真をじっと見つめる。入口は二つ。出口は倒さない限り現れないと言うのだからこれ程厄介な生物も存在しないと、呆れの色を込めて。 「潜入口は二つ。Aの入り口から心臓組は入る事になるわ。Bの入り口とは逆方向。心臓と脳の場所も逆にあるわ。其々のゴール地点は心臓と脳。道中は抗体さんってのが出現する様よ。例えばキラーT細胞さん、みたいなの……。うん、なんか強くはないけど数は一杯よ。 私達は互いに影響を――支援を与えあう事はできないの。……向こうの無事を祈り此方を成功させるしかないのよ。彼等が出るためにも自分たちが出るためにも、ね。 あと、注意してほしいのがこの廃墟に入ると壁や床、天井に触れることで胃酸の影響を受けるわ。靴を履いてても服を着ていてもその効果は及ぼされるから、足元等にはお気をつけて?」 厄介な廃墟だわ、と嘆息してリベリスタを見回した世恋は心臓部分には少し強い奴がいるかもしれないと付け加える。 「少し、強い奴?」 「ええ、なんか――『たっちゃん』みたいなの」 誰だそれは、と問う前に、フォーチュナはご武運を、と手を振った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月03日(日)23:17 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 心臓と脳味噌。心が宿るとするならば果たしてどちらかしら――? まるでその問いの答えを求めるかのように別々の場所で稼働している二つの器官。突如現れたと言う『肝試しスポット』の廃墟は静謐を湛えた神秘的な場所と言うには何処か物騒な気配を纏っていた。 それもその筈だろう、一見唯の廃墟にしか見えないこの場所は実のところアザーバイドなのだから。幾らボトムの人間にとって親しみ馴染まれた建物と同じ形状でも紛れも無く生き物であるのだから。 「これも擬態の一種なので御座いましょうが面妖なお方でございますね!」 廃墟の前に立つには不似合いなヴィクトリアンメイド服。足元までも隠す長いスカートの中でぴっと正しい姿勢で立っていた『レディースメイド』リコル・ツァーネ(BNE004260)は今から戦闘に向かうにしては何処かこれまた不似合いな仕草をして見せる。 じっと廃墟を見つめた『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)の長い髪が風に靡き、絡んだ所にさっと櫛を通す。彼女付きのメイドであるリコルであるからこその行為なのであろうが、その慣れた手つきは戦場ではなく、日常を想わせるものだった。 「……有難う。それにしても、『食べるの』ですね」 生き物が物を食べるのは当たり前の話だった。無論、ボトムチャンネルの住民であるミリィがそれを確かめるのも仕方がない事だろう。建物とはその中に人を収容するものだ。屋根があり、壁があり、雨風をしのぐ人類の知恵とも言おうか。その建物が生きているだけならまだしもその体内で人を吸収してしまう――食べてしまうというのは常識を逸脱している。その逸脱を彼女たちは何と呼ぶかを知っていた。 「『神秘』を知らない彼等に自業自得という言葉を浴びせるのは少々酷な話でしょうか」 「うむ。だが、突如現れた『不思議』な建物に足を踏み入れるのは阿呆の所業だろう。 天才の僕としても阿呆が喰われたのは自業自得以外の言葉が見つからないのだ」 『神秘』と『不思議』。その言葉を使用するのはテレビの中の妙な特別番組でも、アニメやドラマでも無く現実に存在する年若い少年少女だった。その年代が『魔術』に憧れると言うのはよく聞く話だが少なくとも彼等は憧れている訳ではない。その身に『神秘』を宿しているのだから。 モニターが輝く様な光を灯した鮮やかな金色の瞳は眼鏡の奥で細められる。『ジーニアス』神葬 陸駆(BNE004022)が真っ直ぐに見詰めた廃墟は『崩界』に加担する。運命の寵愛を受けないその存在が世界を壊していくのはリベリスタである少年は放置できない。 くい、と眼鏡の縁に指を掛ける。ただでさえ崩界が進んでいると口にした言葉に『尽きせぬ想い』アリステア・ショーゼット(BNE000313)がきゅ、と指先を合わせた。アリステアにとっての尽きぬ想いは仲間達全員と共にアークへと返ってくる事。その安穏の時が崩れる事におびえる様に紫の瞳を伏せた。 「……大丈夫、だよね」 小さく呟いた。痛い物も、辛い物も全部癒し切りたくて。其れが叶わなかった事は自分の存在意義に関わった気がした。未だ幼いアリステアにとって為りたかったもの――天使さまのようなひと――は遠く、そして、届かない物にも思えたのだ。不安が、少し胸によぎる。其れを振り払う様に息を吸い、どんよりとした雰囲気を纏った廃墟を見上げて、小さく笑った。 「廃墟とか探検って、わくわくするよね。未知との体験、みたいな!」 「そうですね。こういうのってRPGとかで見た事ありますよ!」 無表情をハイゼンベルクで覆った『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)が心なしか楽しそうに見えるのは何故であろうか。アリステアの言う通り、それが生き物では無く、簡単な『廃墟体験』であれば楽しいのであろうが――ゲームの中では蠢く生物の腹を掻い潜り『財宝をゲットせよ!』というステージでも存在しているのだろうか。 「それにしても、このメンツで挑むには、ちょっと狭いな、この廃墟」 くつくつと笑った『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)が見回したのは此れから廃墟の中には居る事になる仲間達の顔だった。見知った仲間達から感じる安心感は何であろうか。廃墟と言わずにいっその事、城だって攻略して見せると言うのは彼の決意の表れであろうか。 確かに数々の戦場をこなしてきた仲間達から生まれる安心感は大きいのだろうが、『パニッシュメント』神城・涼(BNE001343)は見上げた先の巨大な廃墟に驚きを隠せずにいる。 「……廃墟の、アザーバイドて。スゲェな。廃墟」 快の安心感は確かに仲間達を安心させていただろう。だが、現場に来て見て目にするとその存在を改めて実感すると言うのはよくある話だ。その言葉が純粋な感想であるのか、それとも心に生まれた不安であるのかは涼しか知らない。ぽん、と涼の肩を叩きゆっくりと扉を開く快は自信を溢れさせたまま、鈍い音を立てながら扉を開いた。 「さて、廃墟攻略といきますかね」 ● 『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)は外見の与えるイメージとは裏腹に長い時を過ごしてきた。メイドという役職で有るからか、それとも大企業での職務の影響かは判らないが知識は豊富であった。 「生物学的には脳が心の在り処なんでしょうけどね。ただ、心臓は心の動きに敏感に反応しますし……、心因性の病気は脳に限らず身体にも影響を与えます」 考察を行うには言葉はいくらあっても足りない。殲滅式自動砲の名のついた巨大なアームキャノンを細い方に担ぎあげ、開け放たれた扉の奥を見つめる。 「廃墟、廃墟。……廃墟は良いものなのだけどねぇ。実用性から廃墟好きになったと云うのは珍しいかしらね」 対物ライフルにマウントされたライトが奥を照らしだす。何も変わりなく見える廃墟の内部は仄暗く、『いかにも』といった雰囲気を作り出している。テーマパークのお化け屋敷であればもうちょっと風情に気を配るであろうか、少々雰囲気に欠ける廃墟であれど『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)が廃墟が好きだと云う事には変わりない。 「寄り道ができないのが残念」 「エナーシアさんは何かみたい物が?」 ライトで周辺を照らし、最初の一歩を踏み出そうと用意する快の問いに何処か残念そうに唇を尖らせたエナーシアが「マッピングしたかったの」と答えた。廃墟に入り、帰ってきた人間が居ない以上その内部は未知その物だ。フォーチュナ達の予知は二人とも『真っ直ぐ進めば付く』という何とも頼りないものであったのだから尚更に気になってしまう事は咎められない。 「うむ、私も少し気になってしまう所はあるな。正義は二の次――とは言ってられないか。 建物を模して人を捕食するのだろう? ボトムに適した形態なのだろうか、非常に興味深い」 『閃刃斬魔』蜂須賀 朔(BNE004313)の言葉はある意味、他の世界から来た『アザーバイド』という種その物との邂逅を喜んでいる様にも感じられた。建物は喋れない、それ故に他のチャンネルでどの様なものを捕食してきたのかを問いたい気持ちもあるが、其れを問う事は難しいだろう。 「さて、正義を為すとしよう」 「うん、皆で頑張ろう。あのね、皆、一つだけ約束してって、言っちゃ駄目?」 伺う様に、白い翼を揺らして、不安げな紫色の瞳が前を往く仲間達を見つめる。言葉に躊躇うアリステアを促す様に「ショーゼット」と掛けられた陸駆の言葉に、きゅ、と指を合わせて、優しく微笑んだ。 「絶対に、皆一緒に、帰ってくる。約束しよう?」 「ショーゼット、大丈夫だ。僕らはリベリスタは護り抜いてアークへ帰る事が仕事なのだからな」 さて、往こうか、と手を差し伸べる少年に頷いて、出口のない『迷路』の――仲間が照らしたライトの先を見つめてふわりと浮きあがる。アリステアが突入前に、と施す翼の加護が仲間達にとっては有用なものとなっていた。廃墟は普通の建物では無い。生き物の体内なのだ。無論、中ではその生殖活動に必須と為るのであろうか消化液や胃液が存在している。下手に足をつく、手をつくなどをしてしまう事で触れる消化液が与えるダメージ蓄積を避けるために一番の策であったのだ。 「ほら、みんな、足元はコレで大丈夫だけど、他は触っちゃダメだよ? 気をつけてねっ」 アリステアの言葉に頷いた陸駆が殿を務め、最後、ゆっくりと扉が閉まる。振り向いて、眼鏡の奥の瞳が少しばかり見開かれた後、ゆっくりと瞬く。 ――ふむ、おもしろい。 口の中で言葉にしたそれは、振り向いた先にあった筈のものが無くなっていた事に対する言葉だった。出入り口が無い迷路は不安を与えるものでしかない。照らすライトの先に浮かび上がる存在に身構えた涼、リコル、朔。 「おっと、早速のお出ましか」 真っ直ぐ進めばゴール地点が見える。量にとって真っ直ぐ進む事は苦手では無かった。前衛に布陣した彼がとん、と地面を蹴る。小さな羽根を得て居ても彼は飛行という選択肢をとってはいなかった。アリステアの呼び掛けに慌てて飛び上がるものの、背筋を掛ける様な悪寒は紛れも無く生物の肉壁を蹴った感触を伝えたのだ。 ちり、と身体に感じた痛みこそが消化液なのであろうか、直ぐに跳ね上がった涼はその勢いのままに真っ直ぐに『抗体さん』へと飛びかかる。名前のみを見れば弱そうにも思えるソレは殿能力を持ち合わせているかが判らない。コートの袖口から滑りだす様に現れたイノセント。その刃が浮き上がる抗体を破壊する。 「さあ、有罪判決を下してやんぜっ」 まるで結晶の様に、崩れる其れの背後、迫りくる抗体に対して浮き上がっていたリコルが己の肉体の力を最大限に爆発させた。双鉄扇が音を立て開かれる、最大限の力を込めて叩きつけたヘビースマッシュが前衛に飛び出す抗体のバランスを崩すと同時、煌めいた薄刃がその抗体を破壊する。 「雑魚など相手にしている暇が無いのでな」 「ええ、後ろへは通しません。わたくしはお嬢様の盾にして剣!」 長いスカートが翻る。浮き上がったまま走る彼女らの後ろから、背後の奇襲に気をつけながら、放たれる真空の刃。敵が現れる場所など『天才の演算』で完璧に割り出す。脳内で組み立てられる演算式が、弾きだす結果は最後尾であり、前衛の動きを把握できる陸駆ならではの行動であった。 「それじゃ、さっそく一枚目の切り札を切るとしますか」 ライトで照らした中、中衛位置で笑った快の切り札――加護を味方に与える『ラグナロク』――がリベリスタ達を支援する。守護神の左腕を真っ直ぐに伸ばして、立ち向かうその様は正しく敢然なる者だ。彼の支援を受けて、それでもなお守りを固めるミリィが施す支援は指揮官である彼女の効率動作の共有だった。 「これ以上の犠牲者を出さない為にも、私達が此処で止めて見せる。――任務開始。さぁ、戦場を奏でましょう」 その言葉と共に同機された動きは真っ直ぐ進む長期戦の中では十分な加護を与えている。中央付近で銃を構えて、狙いを定める。狙われずらい菱形の中心部、その銃は撃ちだす訳では無く調査を第一にしている。 「ふふ、私は銃が扱える程度の一般人なのですよ?」 エナーシアは神秘をその身に宿している。けれど、彼女は一般人であると考えている。その身体に何の影響も出ていなかった。運命に愛された一寸した一般人。それ故に『神秘』なんてものは信じない。この世に魔法が無いのだから、王子様がお姫様を助け出す物語だってないのだから。 「神秘などと言うものは地図の上の怪物へとしてやるのだわ!」 目の前の抗体を真っ直ぐに見据えた深い紫の瞳が見開かれる。凡ては『神』の御示し。神の啓示が彼女に何かを告げる様にその目が、銃口の向く先に存在する抗体の能力を解析する。 結果は、直ぐにでも仲間へと伝えられた。ふわりと浮き上がって、構えた巨大な殲滅式自動砲が真っ直ぐに打ち出す弾丸が抗体を蜂の巣の様にしていく。何者も逃さない勢いで打ち出される弾丸。 「どうも、神秘掃除が得意なただのメイドです。掃除の時間ですよ」 照準を合わせる様に見開かれる右目。幼さの残るかんばせに浮かぶ表情は余裕。ひゅ、と撃ち漏らした敵を貫く弾丸。撃ちだしたマクスウェル。ついで構えられたシュレーディンガー。笑みを浮かべたあばたが楽しげに笑った。 「翼の加護とラグナロク、ああなんてエリューションは素晴らしいんだ!」 エナーシアが伝えた『弱点』を狙った1$シュート。的確に落ちて行く硬貨をも逃さぬ精密射撃がド真ん中を撃ち抜いた。 道中に飛び出す抗体に対して、リベリスタ達が捕った布陣は菱形であった。アリステアの与える回復はリベリスタ達の体力を支援し、傷を負いながらも進んでいく事ができていた。現れる抗体達はどれも『想像』と合致する程に細胞などの形はしていなかった。あばたの言った『RPGみたい!』の言葉は正に的を得ていたのだろう。 「スペランカーと参りませうか!」 「ひゃっほー! いいですね! っと、どけ。どきなさい。我々は貴様ら如きではどうにも出来ぬ死の病原体なのです」 下に構えたシュレティンガーが放ち続ける弾丸が、翼の加護を得ても、飛ぶ事を考慮しなかったあばたが慌てて浮き上がる。道中は危険が一杯だ。消化液対策は幾ら翼の加護を得ていても使わなければ意味がない。 「……病原菌かあ。人の体も、こうやって悪いものが入ってきたら排除する様なシステムがあるんだよね」 回復を歌いながら飛び交う病原菌に目を遣って、体内に廻る魔力を感じ、胸に手を当てる。あばたが言う様に彼等にとってのアリステア達は『病原菌』には違いない。アリステアの体だって病原菌が入れば、このように対抗するのだろうか。廃墟にとって、彼女らが外部の敵であることには違いない。必死に対抗する抗体に申し訳なさを感じながら目を伏せた。 「――でも、ごめんね」 此処に一緒にいる皆を外に帰す為だから。強烈な閃光を全身から放ち出す。自分たちが異物であって、それを拒否し、撃退しようとするのは当たり前のことだけど。 「手加減はできないんだ」 だって、皆で一緒に帰ろうねって、約束したんだもの――! ● どれ位を進んだであろうか。天才はずっと来た道を覚える為に努力をしている。アリステアの手首で揺れる青いブレスレットのアーティファクト。進むごとに不安が募るのはテーマパークのお化け屋敷と同じであろうか。 「これでどれくらい進んだんでしょうか?」 「随分と来ました、お嬢様、もうすぐでございます!」 お嬢様には指一歩触れさせない。クラシカルなメイド服を揺らす。明るいリコルは共に居るミリィの元へと行かせはしないと幾度も幾度もその肉体に宿る力を爆発させていた。 一つを視てはいけない。全てを視る。其れこそが戦いにおける基本。彼女の主人の戦闘指揮は彼女の意欲の向上にも繋がっていた。誰かを守るために人は強くなるのだと云う。 一歩、真っ直ぐに踏み込んだ涼の刃が抗体を切り刻む。踏み込んだ、そのままの姿勢で炸裂した爆裂クラップス。にぃ、と口元に浮かんだ笑みは其の侭に魔力のダイスが爆裂する、其処に咲いた爆花が周辺を呑みこんで、援護する様にモニカの弾丸が飛び交った。 「残念だな、お前にツキがなかったんだ。何って、傍にいた事がツイてなかったってことだな」 「そもそも、こんな『害悪』に体内をうろつかれる時点で随分ツイてないんですけどね」 邪魔ですよ、と撃ちこむそれ。モニカの右目のスコープ愛でモノクルスコープがきゅる、と音を立てて照準を合わせる。弾丸は抗体を逃すまいと捕え続ける。 エネミースキャンを使用して、廃墟内を調べ尽くす様に見まわしたエナーシアが警戒したのは消化液の降り注ぐ地帯だ。壁――天井や床も含むソレを触れることで効果を与える其れが影響を与える可能性もある。その部位を発見すれば、エナーシアは直ぐに仲間達へと伝えた。 「消火液でベトベトとかひわいなのです」 「そういう『ひわい』なのは、こういう所じゃない方が嬉しいんだけどね」 そう笑って、エナーシアの指示に従う快がモニカを庇う。同じ形の抗体が与える効果はハッキリと判っている。その身体能力の強さを生かし、仲間達を庇いながら、進む快を癒すアリステア。後ろから追いかけてくるものには陸駆が対応を怠らない。 右翼左翼と展開させた布陣は、厚い加護や癒しの恩恵を受けてそれでも間に合わない傷があれど、運命を代償に立ちあがる事ができる彼等にとっては造作も無かった。 ――曰く、ココロは何処に宿るのか。 前衛を進む涼が瞬く。其れと同時にリコルがお嬢様、と声を掛けた。薄刃を握りしめ蜂須賀羽織を揺らした朔の唇に浮かんだ笑みは、捕食者のものだった。 正義を第一と置く蜂須賀家の異端児。正義を為す素晴らしさは解る。其れが絶対ではない、強きものと戦うのみだ。 「……少しは骨がある奴がいると聞いたが」 その先、広くなったフロアに存在する脈を立てるハート型の『モノ』。 ソレが何であるかなど、朔は誰かに問う事はしない。周辺に一度に出てきた量とは比べ物に為らない量の抗体が現れる。朔が握りしめた刃が薄く煌めいた。 「心臓は堅いらしいな。だが私には関係ない」 一で斬れぬなら十、十で斬れぬなら百、百で斬れぬなら――千、万、億……。 何度だってその刃を貫き通すまで唯切り続ける。 鞘を手にし、だ、と飛び出した朔の刃を受け止める影がある。其れは交代では無く人を形作っていたのだ。ギン、と音を立てる、浮かびあがったまま、血を滑り瞬いてゆるりと笑った。 「ふむ――この刃を貫き通す、閃刃にして千刃。 それがこの蜂須賀 朔の太刀だ――我流居合術、蜂須賀 朔。推して参る!」 わらわらと集まる抗体が往く手を遮る、ぱちん、と豪快な音を立てて閉じた扇。リコルが緩く浮かべた笑みは彼女の知識欲を刺激する。この目の前にいる『抗体さん』は人間のものと同じなのか果たしてどうなのか。 「わたくし共であれば抗体はリンパ球で作られますが、廃墟様もそうなのでしょうか?」 「さあ、どうだろう!」 リコルの声に応じた『モノ』に一斉に視線が集まった。朔の刃を受け止めた先。棒切れを握りしめた男の姿。 ――アレは何だろう、いや、言葉にすると馬鹿らしくて堪らないのだが。 フォーチュナが口にしていたのだ「馬鹿だわ」と。ミリィも陸駆も揃って自業自得だと口にした男が其処に立っていたのだ。やれ肝試しだ、やれ遊びだと乗り込んだ先は生き物の体内であったと言うのだから笑う事も出来ないのだが。 蠢くハートの形をした物体の目の前で仁王立ちしている――よく見れば脚が無い――阿呆が一人。少し強い奴、とフォーチュナが口にした相手であろうか。 「……随分、間抜けがいるな」 思わず零す陸駆。同じ感想を抱いたのだろうか、呆れた目をしたエナーシアが対物ライフルを向けたのも仕方ない事だろう。瞬いたリコルが、落ち着き払った表情のまま首を傾げている。 「哀しいお知らせがあるのでした」 「どうかなさいましたか、エナーシア様。あの方が何か……」 「アレが、『たっちゃん』なのだわ……」 EMP(エナーシア・マジ・プリティ)という言葉が何処かに言ってしまうほどに呆れかえった表情だった。目の前でドヤ顔、仁王立ち、そして何故かナウでヤングでイケイケらしいお兄さん――っぽいものがリベリスタ達を見つめている。 「アホにしか見えないが、アレがたっちゃんなら倒せば解決だろう? 天才的な結論だ」 再度与えられた翼の加護。地面に付かないまま不安定な足許に、慣れてきた陸駆がひょこりと顔を出す。きらん、と光った眼鏡が放ったのは眼鏡フラッシュ……ではなく、アブソリュート・ゼロ。最高の眼力は真っ直ぐに『たっちゃん』を捉えては離さない。 「りっくんすぺしゃる絶対零度だ」 ふん、と鼻を鳴らしたその隙に、道中にも存在していた抗体達がリベリスタへ向けて襲いかかる。快が最初に言った『一枚目の切り札』のお陰でリベリスタ達の戦線は保たれている。 「何? 『たっちゃん』らしきもの? 手なり足なり頭なりなんなに撃てばソレが『一番』だろ!」 あばたは砲台だった。中衛真ん中位置におりながら繰り出す精密射撃。飛び交う遠距離攻撃などで傷ついたあばたに庇い手はいない。 「大丈夫ですか?」 「これが砲台の定めでしょう!」 声をかけると共に、真っ直ぐに広がる閃光が周囲を焼き払わんとした。周辺に存在する消化液。内装が普通の廃墟でありながらこうして存在する抗体達。真ん中の『阿呆』とて侮れない。 「本当にアザーバイドは何でもアリですね。壁や天井、床、どれをとっても身体の一部なんですから。 文字通りお腹の中にいる。――彼等にとって私達は餌か毒か。出来れば後者で有りたいですが!」 戦場を奏でる様に、アンサングが刻む旋律は周辺を焼きつくすものだった。 その旋律は誰が為に――嗚呼、その答えは何時だって決まっている。その旋律は常に『戦奏者(しきしゃ)』の為なのだから! 燃やし尽くさんと広がる光の中、未だ動き回る男の影が朔の腹へと刃を突き立てる。棒切れであれど使い道によって大きな威力を保つ事をリベリスタ達は見を持って知っている。瞬いて、一歩後ずさる策の後ろから飛び込む涼。はためくレイヴンウィング。裾から顔を出したノットギルティが刻みつける様に、黒いオーラを纏いこむ。 「ギャンブルは嫌いじゃねぇんだよ。俺の手札はどうかな? ――21だ」 放たれた其れが『たっちゃん』の頭を横殴りにするように、攻撃を加える、飛び交う抗体が、彼の身体を狙う前にモニカの弾丸が貫く。素早い連射が射抜くのはたっちゃんだけではない、苑背後の心臓を――嗚呼、だがそれを庇う影がある。やはり抗体達も心臓が大切なのだ。 「それは人と変わりないのね、細胞核とか弱点が見つかればbetterね?」 くす、と笑い、エナーシアはたっちゃんと心臓の弱点を探す様にじっと見据えた。遠距離攻撃がアリステアに向けられる事に彼女が、慌てて振り返る、手を伸ばしても間に合わないと目を見開いたアリステアの前に、快が笑った。 「守りは俺が任された。攻め手は預ける!」 「おにぃちゃん――大丈夫、癒すのは任せて!」 庇われたアリステアの声に頷く快。攻撃手として攻勢を強めるリベリスタに対するたっちゃんは一人。無論、彼等の一斉攻撃を受けてはその耐久も持たないだろう。 瞬いたエナーシアが対物ライフルを其の侭構えて仲間へと注意を促す。どくん、と蠢いた心臓が周囲へと施した回復がたっちゃんの攻勢をより強める結果となる。 「――さっさと排除してやるのだわ」 生み出される抗体を焼き払うミリィ。攻撃を受ける仲間達を癒し続けるアリステアが祈るように、癒しを乞う。襲い来る攻撃があばたの運命を消費する。攻め手が誰も倒れる事無く動けるように、総布陣していた快自身もその体力が高いと云っても動き切れない事もあるのだ。 「貴様一人ではないからな。後衛は任せろ。何のために僕が居るのだ」 絶対零度が射抜く其れに、身を固くしたたっちゃんへ向けて真っ直ぐ斬り込んだ朔の刃が、その速度を生かして抉りこむ。 「――私が用事があるのはその後ろの心臓なのでな」 たっちゃんの攻撃で消耗して居ても、朔は攻勢を弱めない。往く手を遮る様に存在する抗体をリコルが殴り、その背後からエナーシアが撃ち抜いていく。 「死後も彼等に作り替えられ、戦わされているのですね。そこから、解放してあげます!」 光り輝くミリィの閃光が周囲を包み込み、見える範囲全てを逃すまいと撃ち抜いたモニカの弾丸が、たっちゃんの胸を貫いた。 「あばよっ」 ――いや、お前それを言っている場合か。 姿形を失うたっちゃんの後ろ、息衝くソレを目にして、朔が鞘を握りしめて笑う。切り刻む。光の飛沫をあげるその攻撃は全てを逃がす事はない。 ● 倒れた変なやつの背後で蠢くもの。それが心臓である事は誰が見ても明らかだった。どくん、と音を立てる。 「ハートを撃ち抜く、と言ってもロマンチックさの欠片もないわねぇ」 そう言って、対物ライフルを構えたままのエナーシアの目の前で蠢く抗体が、心臓を覆い隠そうとする。撃ち抜く弾丸が、序でそれを支援するモニカの弾丸が。傷つき運命を燃やしてでも前衛で立ちまわっていた涼と朔の往く手を広げた。 「おにぃちゃん、おねぇちゃん、今だよ!」 アリステアの声に反応したのはミリィだ。殺意の視線が真っ直ぐに射抜く事で心臓の鼓動が瞬時に弱まりを感じた。襲い来る抗体の群に笑った陸駆が自身の頭脳に、流れる考えを物理的な圧力に変えて凡てを薙ぎ払う。 踏み込んだ朔の刃が、幾度も幾度も叩きつけられる。光の飛沫をあげ、煌めく薄刃が堅い心臓を攻撃し続ける。涼の拳が唸る。一寸したギャンブルだ。ルーレットが回り続ける。あたりには居る確率は三分の一。だが、其れも嫌いでは無い。 「俺はギャンブルも嫌いじゃあないからな……!」 どくん――。 鼓動が強くなる。周辺に存在する抗体が回復するのに合わせて、モニカとエナーシアの弾丸が只管に撃ち抜いた。 モノクルスコープが撃ち抜こうと焦点を合わす。アリステアが与え続ける小さな翼を駆使した侭に大きな武器をその肩に担ぎあげ、唇に浮かべた笑みを隠さない。短いスカートのフリルが揺れる。スカートの中のドロワーズが見えてもモニカは気にしない。輝く様な銀の瞳が合わせた照準。 「蠢くだけならば何だってできますよ。心がある場所が何処か。その答えは何処にあるんでしょうね。 ――潰れてみればその答えが自ずと出るんじゃないですか? 多分、それが答えですからね」 答え合わせは、その身を持って行えばいい。 モニカが撃ち出す死神の魔弾が真っ直ぐに心臓を貫いた。カンッ、と鈍い音を立てるソレの硬さに、リベリスタは怯まない。 抗体達の攻撃が仲間の運命を削る事に快は悔しさを隠しきれなかった。 もっと広く、手が届けばいい。――もっと広く、手を伸ばせればいい! そうだ、『できる』かどうかは己が『やるか』どうかなのだから。強欲になればいい。 護り刀を握りしめる。彼を他人が何と呼ぶのか。守護神と呼ばれたのではないのか。 「強欲になればいい。俺が護るだけだろ? 護る事を望まなきゃ誰も護れない――!」 「約束を守るんだ、願いは一つだけ、だから、皆――」 頑張って、と祈るアリステアを庇う快が前進する。押し切る様に、その刃が光を纏い斬り込んだ。 癒しが仲間を包み込む。ミリィの瞳が真っ直ぐに見据えたその先、心臓は彼女の瞳に凍る様に震えた。 「守りを固めようと私達には無意味ですよ。貴方達にとっての天敵さんは私達だったようですね?」 それが『生き物』であることをミリィはしっている。其れが何であるのかを陸駆は判っている。 二人の指揮官の瞳が捉えて離さないその心臓が蠢く事を辞めた瞬間を見計らい、笑みを浮かべたモニカが撃ち出す弾丸は真っ直ぐに滑り込んだ。 モニカの弾丸が抉る様に入りこんだその隙、エナーシアの銃弾が共に刻みつける。 「愛情ってのは、こうやって伝えるものなのでしょう? bye――!」 びき、と音を立てる。決して鮮やかとは言えない赤を周辺に撒き散らし動きを辞めた『心臓』が解ける様に消えてなくなる。その背後、大きな扉がある事に気づき、リコルは瞬いた。 古びた扉が出入り口と同じものであると気付き、陸駆は「出口か」と小さく声を出す。其れが勝利の証であることに――共に皆と帰れる事にアリステアはほっと息をついて、羽を揺らめかせた。 差し込む光が、外である事を体感し。傷ついた体を引き摺ってリコルは振り仰ぐ。 「お嬢様、こちらです」 「外――!!」 はあ、と息を吐いたミリィに続き、外を目にして目を伏せた朔はその手に残る心臓の感触にぎゅ、と拳を固める。快が幻想纏いを使い、他方向へと向かった仲間達へと連絡を行えば未だにあちらは戦闘中であった。この廃墟がどうなるか。それは今の時点では彼等は解らない。 「んで、まあ、外ってわけですか」 頬から流れる血を拭い、外へと出た涼が振り仰ぐ。未だその中は生物である様子を残し蠢いていた。 ――そのココロが宿るのは何処か。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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