●Ripper's Edge 広大な屋敷だった。 それ以外に形容のしようがなかった。 「金はあるところにはある、というのがよくわかりますねぇ」 肩をすくめるスーツの男。グレーストライプのスーツに赤いシャツ、実にわかりやすいチンピラファッションに身を包んだ男――シンヤは白塗りの塀を見上げた。 神奈川県某所、時村本邸。 場所柄、元々人通りの少ない一帯ではあったが、今日は人気が全くなくなっている。通信の途絶。警察への鼻薬。そして、人払いの結界。 「ねぇ、シンヤ」 豪奢な金髪を背に垂らし、チャイナドレスの裾から脚を剥き出しにした女が彼の隣に立った。ピンヒールが、カツンとアスファルトを叩く。これから荒事を始めようという格好ではなかったが、シンヤは咎めはしなかった。そんなことが問題にならない実力の持ち主だということは、今更言うまでもない。 グチグチと言い立てるならば、向こうで煙草を吸っている石頭の方だろう。 「大丈夫なの? カレイド・システムって」 先の作戦にも参加していた彼女は、それが自分達の動きを見通すものであると勘付いていた。ならば、こんな奇襲など上手くいくはずがない。 「大丈夫ですよ」 だが、シンヤは奇妙な自信に満ちた声色で、彼女の懸念を否定する。 「名前にビビるなんて、馬鹿げていると思っていました。でも、あれは昔の名前で食っているわけじゃない。私にも理由はわかりませんが――」 ――『あの人達』が大丈夫と言うのですから、そりゃあ大丈夫でしょうよ。 そう語るシンヤの口調は熱に浮かされたようで、常日頃の冷静さを知る彼女には、ひどく冷静さを欠いているように感じられた。どれほど血に酔っていても、この男が判断を誤ったことなど無いというのに。 「高校球児なんですよ、私たちは」 怪訝な顔をする彼女に、シンヤは説明を続ける。全くの素人やリトルリーグの子供から見れば手の届かない高みでも、メジャーリーガーから見れば大差ないのだ、と。 彼は生涯忘れまい。 今回の作戦の成り立つ根拠を問うた自分が、『特別に』と引き合わされたあの二人。実力を測るつもりで手を出した仲間の老人が、瞬く間に『バラされた』、あの瞬間を。 普段ならば、シンヤ程の男が『ビビる』事はない。だが、その彼が『ビビらされた』のだ。それは最高の出来事だった。『伝説』との出会いがもたらした得難い衝撃は、今も彼を滾らせる。 「メジャーリーガーを疑っちゃあ、失礼というものでしょう」 シンヤは実力を見誤らない。あの二人は特別すぎる。 「おぅ、シンヤ」 陶酔の極みに浸ろうとしていた彼を、野太い声が引き戻す。振り返れば、パンチパーマの中年男。不快感を顔に出さないようにするには、少しばかりの努力が必要だった。 「なんでしょう、ヨシダさん」 「ワレ、準備はできとるんか。作戦は頭に入っとるな?」 それは蝮の仕掛けた安全装置。どうやら自分達はあまり信用されていないらしい――もっとも、その判断は正しいと言わざるを得ないのだが。 「ええ、大丈夫ですよ」 紫のスーツとかいつの時代の化石ですか、と内心でシンヤは嘲笑いながら、表情と口調だけは丁寧に答える。ちらと見れば、横に立つ女も笑いを堪えているらしい。 「殺しの機会を逃す私じゃないですよ。それはヨシダさんもご存知でしょう?」 「ハッ! ああ、違いないのぅ」 ヨシダも腹の中は侮蔑で満ちているに違いないのだが、言葉だけは同意してみせる。作戦には、シンヤ一派の力が必要なのだ。 (……とはいえ、『砂潜り』も千堂も、こそこそ動いているようですが) 彼の『上』は蝮への協力を命じたし、今、蝮と事を構えるのも得策ではない。しかし、首尾よくアークを潰したとして、その先は――。 「潮時、なのかもしれませんねぇ」 「何がや、シンヤ」 うっかり思考を唇に乗せてしまったことに気付き、シンヤはへらりと笑ってみせる。 「いいえ、何も」 ●時村沙織の電話 「ああ、お前か。出てくれて助かったぜ」 突然の電話の主は、『戦略司令室長』時村沙織(nBNE000500)。この男が、緊急の用もなく電話をかけてくることなどありはしない。果たして、その内容は疲れた頭に氷水を見舞うようなものだった。 ――時村本邸がフィクサード達に狙われている。 謎の密告者が告げた彼らの目的は、当主たる時村貴樹の暗殺。政治的・金銭的にアークを支えているのは時村家だ。当主暗殺ともなれば、アークを巻き込んでの混乱は避けられないだろう。 「おかしな事に、カレイド・システムがそれを感知していない。情報にどれだけ信頼が置けるかは微妙だが、本邸と連絡が取れないのは確実な事実だ」 現時点で既に連絡が取れない。それは、事態が既にのっぴきならない所まで進んでいることを示していた。だから、本邸の近くに居た自分に声がかかったのだろう、とも判る。 「例のフィクサードの再攻勢で本部はばたついてる。そうでなくても、今から本部の戦力を送ったところで間に合わないだろう」 付近のリベリスタに連絡を取って戦力を編成するから、すまんが本邸の方に急行して親父のガードに当たってくれ。そう言う沙織の声に、誰が諾以外の返事を出来るだろうか。 すまんな、ともう一声断って、彼は謎の電話がもたらした情報を伝え始めた。本邸に侵入しようとしている連中が、どんな奴らなのか。 「それと、もう一つ」 いくつかのチームについて説明を終えた沙織が、付け足すように言った。もし赤黒いジャックナイフを持ったシンヤという男に行き当たったら気をつけろ、と。 「手練揃いのフィクサードの中でも、かなりの使い手らしい。くれぐれもコイツには注意を怠るな」 その名前には聞き覚えがあった。アークのリベリスタ達が戦ったフィクサードの一人――シンヤ。配下も一筋縄ではいかないという報告を思い出す。 「今回は蝮が監視役をつけたから、途中放棄もしないだろうということだ。いいか、時間を稼げば援軍も送れるし、連中も長引くのは嫌がるだろう」 守り切る事を考えてくれ、と言い残し、電話は切れた。電話一本で死地に向かわせるにしては、なんとも情緒の無い切り方だった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月可染 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年06月30日(木)02:36 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● それは、双方の予期した戦いだった。 予見できなかったのは、『何処』で、『誰』と戦うか――。 「シャアアアア!」 迸る気合。『臆病強靭』設楽 悠里(BNE001610)の長い脚が生む真空の刃が、先頭の大男を切り裂いた。 「僕たちの力を見せてやる! やらせてたまるもんか!」 紅に染まる秀麗な頬。彼は、目の前の敵が何者なのかを知らない。それを教えてくれたのは、悠里に続いてこの巨漢へと迫る若き虎。 「うっす、久しぶりっすねー。シンヤでしたっけ」 後に続くスーツの男――シンヤへと気軽に右手を挙げながら、『新米倉庫管理人』ジェスター・ラスール(BNE000355)は巨体の懐にするりと潜り込む。 「まずはあんたから潰すっすよ、回復手なのは割れてるっす」 握り締めた左の拳から突き出すのは、刺し貫くことに特化した刃。波打つ脂肪を浅く裂き、猫じみたその身のこなしで大男を翻弄する。 「おや、見た顔が何人かいますねぇ」 グレーのスーツに身を包むシンヤは、突然の遭遇にも動じない。奇遇ですねぇ、と赤黒い短刀を振りかざし、僅かに身体を沈め――次の瞬間には、後ろ手に悠里の背を深く突き刺した。柔らかい土は足音さえ残さない。 「いいえ。偶然ではありません」 問わず語りの言葉に答えたのは、最後方に控えた『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)だった。普段は柔らかな微笑を湛える彼女も、今は緊張に強張っている。 「何故、因縁のある者が『たまたま』ここにいるのか――」 「つまり姉ちゃん達は外からすっ飛んできたってこっちゃな」 訛りのきつい言葉でカルナを遮る、悪趣味なスーツの男。配島の野郎、何やっとんねん――ぼやく男は、何かに気付いたかのように目を丸くする。 「つまり、ワシらの計画はだだ漏れっちゅうことか」 なんでや、と判りやすい表情を見せる男に答えるのは悠里。 「簡単だよ。裏切り者がいるのさ」 「お前達の中にいるユダは、アークに勝利して欲しいらしいからな」 要は売られたんだよ、と『影使い』クリス・ハーシェル(BNE001882)は冷たく告げた。黒衣に身を包んだ少女の言葉は、感情を挟まないだけにより一層の動揺を与える。 「裏では、もっと確実な手段を取っているだろうがな」 あえて笑ってみせるクリス。パンチパーマの男の頬を、一筋の汗が流れた。 「信じるか信じないかはキミの勝手だけどね」 アタシの知ってることを教えてあげる、と『ガンスリンガー』望月 嵐子(BNE002377)が後を続ける。親子ほどの年齢差にも、彼女は臆さない。 「『砂潜りの蛇』が、キミ達の大切なお嬢様を狙ってる。助けに行ったほうがいいんじゃない?」 ちなみにアークも向かってるけどね、と付け加える嵐子。 「お、おいシンヤ……」 「落ち着いてくださいよ、ヨシダさん」 誰が言うともなく、手が止まっていた。黙って聞いていたシンヤが、うろたえるばかりのヨシダへと苦笑いを向ける。 「なるほど、砂蛇が裏切ったというならありえる話です。リークも不思議じゃありません」 所詮私達はアークを潰すために手を結んだだけですから、『その後』を見越した動きは当然でしょう、とシンヤは続ける。 「で、今から屋敷に向かって、間に合うと思いますか」 幾度も人の血を、人の命を吸ったナイフ。それを玩具のように弄び、嘲りさえ滲ませて彼は諭すように言った。 「それに、手ぶらじゃそれこそ蝮の立場がないでしょう。もちろん、お姫様も」 見捨てられるでしょうねぇ、といやらしく笑う。それはリベリスタ達にとっては意外な展開だった。シンヤこそ、程々で切り上げたいと思っているはずなのに。 「そんな悪手を勧めたとあっちゃあ、私まで睨まれます。お忘れですか、うちの『上』は、あなた方に全面協力しろと言ってるんですから」 「せ、せやな。よう判った」 得心した風情のヨシダを見て、クリスは心中舌打ちをする。 (先にあれを殺しておくべきだったか) 彼女はいまや理解していた。シンヤが忌避したのは、ヨシダを通じて上層部に顛末を報告されること。明白にサボタージュせずとも、無能と判断されれば、彼にとっては面倒なことになる。 「ねぇ、つまり」 後方から投げられた艶やかな声。チャイナドレスにピンヒール、戦場には似つかわしくない衣装の女が、扇を掲げる。 「やっちゃっていいって事よね?」 返事は聞かず、ばさりと振り下ろされる扇。次の瞬間、荒れ狂う稲妻の嵐がリベリスタ達の視界を灼いた。 「各地の騒動はこの為の陽動だったか」 剣林弾雨の戦場にあって、『百獣百魔の王』降魔 刃紅郎(BNE002093)は泰然とした様子を崩さない。 「だがさせぬさ。この時、この場所に我が駆けつけたからにはな」 王の道は知っている。今こそ死中の活を掴み取らなければならないのだと。手にするは雄渾なる鉄槌。巨大な棍棒を持つ男へと、闘気の籠もる一撃を叩きつける。 (よりによって、シンヤ達がここに来ているとは……) 『深闇に舞う白翼』 天城・櫻霞(BNE000469)の片眼鏡が、光を受けて煌いた。交渉が失敗したならば、後は全力を尽くすしかない。 「だが、貴様らの好きにさせるつもりはない」 精神を細く尖らせ、気の糸を練っていく。射程の届くターゲットは――爪甲の青年。 「――悪縁はここで絶たせてもらう」 強靭なる不可視の糸が、男を縛る。同時に飛び出したのは、まさしく幻影の域にまで速度を高めた、白き旋風。 「やあ、こんにちは」 それは色素の抜けた白い髪。ナイフ一本で鮫刃の剣を受け止めたシンヤへ、『人間失格』紅涙・りりす(BNE001018)はむしろ陶然として囁く。 「いいね、『敵』としてはともかく、ソイツは悪くない。――その玩具、貰いにきたよ」 ちら、と面白げな表情を見せるシンヤ。一瞬の後、絡み合う視線に込められたのは、精神まで射抜く凶悪な殺意。 「そうですね――私は煙草臭いのが嫌いなんです」 禁煙できたらあげましょう、と冗句を叩く彼に、そりゃ無理だ、とりりすは肩を竦めた。 ● 火力の集中はリベリスタだけの特許ではない。 「あうっ!」 実弾と魔弾、都合三発が悠里を穿った。ゆっくりと膝をつく白い軍服に、次々と咲く血の花。 (――このまま倒れちゃおうかなぁ) 生来の気弱な性質が顔を出す。大事なことは、いつだって流れに任せてきた。 だけど。 「……負けるもんか」 最後に残ったプライドが、運命の力を引き寄せる。 「やられるもんか……僕の心は、折れたりなんてしない!」 立ち上がり、一気に走り抜ける。ターゲットは後方の美女。引っかいた爪から、どくんと吸い上げられる生気。 「そうだ、それでいい」 前に出ていたクリスが、硬質の声に甘やかなメロディを乗せて傷を癒す。その背には、隠すことを止めた黒い翼。 「……流石に強いな」 彼女の冷静な視線が戦場を俯瞰する。敵の前衛の少なさを見て取り無言の連携で狙うのは、後方への直接打撃。それは、強大な敵への最大のアドバンテージとなっていた。 「この戦に迷いはない! 前回の我だと思うなよ!」 奇しくも実現した再戦。屈辱の記憶が刃紅郎を焦がす。だがそれ以上に重いのは、背中に背負う二人の少女。 「おおおおおおっ!」 目の前の巨漢へと叩きつける鉄塊の一撃。押し戻すことこそ適わなかったが、強かな手応えを感じる。交わす視線。――さあ、来い。 「やったな~」 ごすん、と。大人の身体ほどもある棍棒が、刃紅郎の側頭部にめり込んだ。暗くなる視界。途切れそうになる意識を、必死に堪える。 懐には二体の縫いぐるみ。獅子王には似合わないそれが、仄かな温かみを感じさせて。 「カルナ、我の背は貴様が守れ」 「はい、今度こそ――」 不器用なエールに頷き、カルナは書を掻き抱いて祈りを捧げた。主よ、御身の恩寵をどうか勇士達に。涼やかな風が吹き、魁偉な体に刻まれた傷を癒していく。 「ふぅん、いい目になっていますね」 皮肉げな笑みを浮かべるのは、りりすに深手を負わせたシンヤ。 「ええ、今なら――いい人殺しになれますよ、あなた」 「戯言を……!」 激昂する刃紅郎をよそに、カルナの静かな瞳は乱れない。それを見て、ますますシンヤの笑みは深くなる。 「キングを取られたら負けなの。それくらい判ってる、守りきってみせる」 ショットガンで弾幕を張り、糸の罠を逃れた青年を牽制する嵐子。剥きだしの脚も、可愛らしい臍も、今は緊張に汗ばんで気持ち悪い。 「でも、アタシをポーンだと思ったら痛い目見るんだから!」 銃弾の雨は青年をまともに捉え、肉に突き刺さり抉っていく。やった、と握る手。だが、彼の動きは止まらない。一瞬の内に詰められる距離。 「嘘っ……!」 「おっと、何処に行く気っすか?」 こんなに楽しい戦いなのに、とジェスターが割り込む。交錯する爪と刃。既に傷を負ってはいたが――。 「オレが戦える限り、ここは意地でも通さないっすよ!」 まだ戦えるとばかりに、バトルマニアは不敵に笑う。 「あっちはあっちで楽しそうだね」 荒い息のりりす。立ち上がること三度、既に運命の力すら使い捨て、それでもヨゴレザメは執念深く獲物を狙う。いい加減しつこいですねぇ、と呆れるシンヤを鼻で笑い、彼女は得物を構える。 「勝つ時は小狡く勝って、負ける時は浅ましく負けるって決めてるだけさ。『敵』でも無い相手にはね」 鮫頭のキャスケットはどこかに落とした。交代しようとしたクリスは手で追いやった。どのみち、カルナだけで皆を治癒しきるのは無理だ。 「十秒でも。一秒でも。君の時間を奪えれば、それが僕の勝ちに繋がるのさ」 小柄な人食い鮫の鋭い歯は、シンヤの腕を引き裂き――。 「……価値の無いモノを捨てて、勝ちを拾えるなら……悪くない……だろう?」 「ええ、違いないですね」 脈動するナイフが、りりすの意識を断ち切った。 「隙だらけだな」 刃紅郎と巨漢が、互いの巨大な凶器を振るい合う。その決闘は、野蛮にも、崇高にも見えて――しかし櫻霞の冷徹な思考は、ただの巨大な的、とも認識している。 「さて、貰うぞ」 無造作に放った気糸は、正確な狙いで大男の胸を貫いた。おお、と唸る巨体が、血を吐きつつも、もう一度丸太の如き得物で刃紅郎を強かに打つ。 「悪いが、手助けさせてもらった」 「……許す」 櫻霞へと短く告げて、王は宣誓のように鉄槌を高く掲げ――振り下ろした。頭を避けたのは強敵への敬意か。地響きを立て、どう、と巨体が崩れ落ちる。 「戦いの倣いだ、詫びぬが――貴様もまた勇者だった」 「王さ……」 カルナがすかさず傷を癒そうとしたその時。 パン、と。 軽い音がして、壊れた人形のように刃紅郎の頭が揺れた。そのまま、魁偉なる王もまた、血溜りに沈む。殺意の弾丸を放ったのは、敵味方の誰からも『忘れられていた』ヨシダ。 「ガキども、いい加減どかんかいっ!」 「王様っ……!」 ● 泥沼の戦いは続く。 シンヤ一派が採った集中攻撃は、殊に前衛へ甚大な被害を強いていた。だが、後方に回り込んだ悠里が聖職者の手を止め、拳銃の少女の注意すら引いたことが、この際は優位に働く。ジェスターとクリスの猛攻の前に、爪の青年が陥落したのだ。 「無様ですね、鼠のように逃げるばかりですか」 だがその代償として、悠里は集中砲火を浴びる羽目になった。黒衣の聖職者が十字を掲げれば、魔力の矢が供物の羊を嬲る。たまらず足を止める悠里。だが、彼の瞳には強い意志が宿る。 「――例えどんなに無様でも、情けなくても」 聖職者もまた傷ついていた。ならば、一人では倒せないとしても。 「僕たちは絶対に君たちを通さない!」 ぶん、と足を振り抜いた。真空の刃が奔り、男のアルバを十字に裂く。同時に鳴り響く破裂音。 「ホントはね、ちょっと悔しいんだ」 敵を蹴散らす、と言えない自分が。そこまでは嵐子は口にしない。だけど、仲間と一緒なら戦える。それだけは、本当にしてみせる。 「こう見えても、ちっちゃな頃から戦ってんだから! チェックメイト!」 連続で吐き出される散弾は、まさしく蜂の群れ。嵐子の銃撃が、ついに聖職者を射程に捉え、血の海に沈める。 「ちょっともー、ちょこまかと!」 予想外の展開に、少女が声を荒げた。銃把を鈍器代わりに、鉄槌にも劣らぬ一撃が振るわれる。ゴッ、と響く鈍い音。その一撃で倒れた悠里には目もくれず、少女は嵐子へと視線を向ける。 その時、強い力が少女の足首を引いた。 「……絶対に誰も……死なせない」 うわ言とともに彼女の足首を掴んでいたのは、意識もないはずの悠里――。 「会えて嬉しいっすよ、だってまた戦えるんすから!」 「それは光栄ですねぇ」 クローの要領で異形の短剣を振るい、ジェスターはシンヤと渡り合う。新たな傷を無数に刻んだ身体は、既に限界を超えている。 「役目はあるんすが、でも楽しいものは楽しいっす!」 小刻みなステップから速度を活かして斬り込む変幻自在の業。りりすには及ばぬまでも、その身軽さはかなりのもの。 「ほら、そっちはどうっすか!」 「くっ……!」 それは奇跡か、掴み取った執念か。シンヤの苦しげな声。牽制の意図で放った突きは、持ち主の予測すら超えて右脇に深く刺さる。 「シンヤ!」 後方の美女が素早く魔力を編んで放った弾が、狙い過たずジェスターを貫いた。糸が切れたように崩れ落ちる若虎。それを踏み越えるようにして、襤褸のマントを纏う少女が迫る。 「退かないというのなら、刺し違えてでも止めてやるさ」 クリスに従うのは忠実なる影人形。力ある篭手と共に伸びる影の刃が、シンヤの肩を傷つける。 「アークはこの世界の希望だ。絶対に潰させるものか!」 「調子に乗らないでよね!」 割って入るドレスの少女。だが、その動きは不自然な体勢で固定される。まるで、吊り下げられた操り人形のように――。 「邪魔はさせない――さあ、幕といこうか」 それは、局面の最後の一手として櫻霞が伏せていた、最悪の罠。十重二十重に巡らせた気糸が、少女を絡め取り、シンヤの守りを剥ぐ。 だが、赤いナイフはクリスの肩へと突き立ち、血を供物にして主人の傷を癒す。 「クリスさん……!」 カルナの喚んだ涼やかな風が、少女の傷を塞いでいく。結局のところ、彼女の齎した奇跡は全てが間に合ったわけではない。だが、彼女の献身こそが、崩れそうになる戦線を繋いでいたのだ。 「諦めないでください、私も……諦めません……!」 それこそが、生と死を分けた戦場の分水嶺。 遠く、笛の音が鳴った。 「――蝮が、退きますか――」 呟くように言って、シンヤは二、三歩後ずさる。その顔に浮かぶのは、常の余裕をかなぐり捨てた、怒り。 「私達も引きますよ、ヨシダさん。……くだらない」 リベリスタ達は、またも追う事が出来なかった。前衛の殆どを欠いた状態では、追えば死ぬと判っていた。 それでも、今は寿ごう。彼らは猛攻を耐え切った。耐えて、生き延びたのだ――。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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