● 「困りました。割が合いません」 先輩は困っていた。 先輩は集金に行けと言ったのだ。現金を持って帰って来いと言ったのだ。 にもかかわらず、先輩の前にいるのは、薄ら笑いを浮かべた舎弟――後輩と、なにやら悟りきった顔をした小学生くらいの女の子だ。 やせっぽっちで小さいけれど、小学生なのだろう。不自然に潰れたランドセルをしょっている。 「え、でも、子供って高く売れるって――」 中途半端な知識は身を滅ぼす。 子供にそこで待っているように言いつけて、奥の部屋に後輩を引きずっていく先輩。 「あのですね」 「はあ」 「ばらして売るにしろ、そのまま売るにしろ、必要最低条件は、健康でぴちぴちしてることです」 微妙に頭の悪い後輩は、首を捻っている。 「例えばですね。ペットショップ行って、すすけたワンコと、ぴちぴちしたワンコがいたら、どっち買いますか。直感的に」 「俺、ネコ派なんで」 「じゃあ、ネコだったとして」 先輩は、自分の根気をほめてやりたい。と、切実に思った。 そもそも、後輩を経理にして、自分が回収に行くのが一番効率がいいのだ。 ぶっちゃけ、帳簿仕事は好きではないのだ。 そこをぐっと我慢して、集金に行かせたのは、手元に来る金がどういう種類の金かちゃんとわからせるための、実践訓練であったはずなのだ。 なのに、なんでこうなる? 「俺、弱ってるのを俺の手で元気にしてやりたいなあとか思うタイプで――」 「すいません。君が不幸な女に貢ぐ人なのを忘れていた僕が間違っていました。答えを先に言うと、大抵の買い手は、ぴちぴちしたのを買います。この著しく栄養状態が悪そうな子をその状態に持っていくまでのコストを考えると――」 「はい」 「今日の君は、お仕事してきたどころか、厄介者と厄介事を背負ってきて、収支的に大赤字です」 「俺、面倒見ますから!」 「別に、その辺はどうでもいいんです。君が光源氏計画してくれても構いません。そうするなら、君の給料からこの子の親の借金返済の暁まで天引きし続ければ済むことです。面倒なのは、この子が革醒者だってことです」 「そうなんすよ。この子、すごいんすよ。アーティファクトとかどこにあるのかズバッとわかるんですよ。俺のじいちゃんの形見とかどこにあるのか一発で当てるから、俺はこいつはすげえやって。しかも、宝の地図とかも書けるって!」 「君のあの汚部屋で?」 「すごいでしょ!?」 目がキラキラしている。 なんだってこいつはこういう業界にいるのだろう。 素直に、お天道様の下を歩ける稼業につけばいいんじゃないか? 「君、馬鹿ですね。つくづく馬鹿ですね。君は借金のカタに女の子貰ってきた。つまり、人身売買です。いいですか。今、楽団関連で停戦状態になってますけど、それ以外ではあいつら通常運転なんですよ? 正義の味方が、かわいそうな女の子革醒者を借金のかたに親からかっぱいで来た悪いフィクサードから保護にしに来たらどうするんですか!? あいつら、全く周囲の迷惑顧みないで暴れまくるんですよ!? この事務所壊されたらどうするんですか。大赤字じゃないですか!」 「え~、違いますよ。この子に金かかって金たまんねえから、借金返してほしいんなら、まずこいつ持ってってくれって親が寄こしたんですよー」 「それでもです! あいつら、悪人の理屈通じないんですよ!?」 「先輩」 「なんですか!?」 「あいつらって、誰ですか?」 教えたはずだ。一番最初に死にたくなければ覚えろと、このあたりの縄張りとけんか売ってはいけない相手を教えたはずだ。 「どこまで馬鹿なんですか、君は」 おかしい。こいつ、大学出てるプロアデプトのはずなんだが。 結局、身を持ち崩すやつというのは、どっかのねじがおかしいのだ。と、先輩は無理矢理結論を出した。 自分も含めて。 ● 「フォーチュナ――ではない。ほとんど力がないホーリーメイガス」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、端的に言う。 「ただ、ちょっと変わった――変な受信系不戦スキル――自分の近くにあるアーティファクトにピントが合うと、ずっとそれがどこにあるのか分かる」 対アーティファクト限定マスターファイブにサイレントメモリーとハイリーディング足したような。 「この能力の識別名『ここ掘れワンワン』ってことになったんだけど」 無表情だが、著しく不本意そうだ。 舌打ちしたりしない僕らのイヴちゃん、マジエンジェル。 「その子が今、『恐山』のフィクサードに借金のかたに売られたって言うか、保護されたって言うか――」 無表情だが、状況はさほど悪くないようだ。 「育児放棄した親に厄介払い的に押し付けられたその子に、衣食住は言うに及ばず、おもちゃに本にビデオ、子供に必要な愛情をうっかりたっぷりかけちゃう類の悪い人に育てられて、すくすくと――」 そいつら、LKK団ではないよね? 「恐山」 なら、ええ話やってことにしていいのかな。 その子のためにフィクサードから足洗ってくれるといいんだけどな、その人達。 いっそ、三人でアークに来たらどうだろう。 あ、そういう仕事? 「今回は、アーティファクトの回収。そのフィクサード達、彼女が組織に有為だってことを示さなくちゃならなくなったの」 革醒者は、皆組織に有益になるように育てる。 子供の頃からきちんと育てないと、春に赤くなる果物みたいになったら大変だろ。 革醒者として役に立たないのには、別のしつけがいるだろう。 「で、このまま育てて構わないってことにしてもらうために、チャンネルが合ったアーティファクトを探しに行くんだけど――」 あ、なんかこいつら三人、運なさそうな気配がする。 それも、見つからない方向の運がないじゃなくて――。 「ろくでもないの見つけちゃった」 モニターに出てくる、箱。 「アーティファクト。識別名『百禍箱』 近接距離に近づくと、毒が吹き出る時限スイッチがオンになる。噴き出すまで12ターン」 イヴは模式図を手書きし始めた。 箱の周りに黙々煙を書き出す。矢印を書いて、どくろマーク。 「更に、周囲に解除不能の毒が回るまで12ターン。その間に毒を解除不能にしているアーティファクトの鍵を開けて。中に停止ボタンがあるから。ただし、毎ターン、解除不能のBSがランダムで近接範囲で発生する。急いで」 「――念のため聞くけど、周囲ってどのくらい?」 「半径100メートルくらい」 「場所、どこ?」 「繁華街の中にある小さな社」 ご近所様全滅じゃねえか。 なんだって、今までそんな危ないものほっておいたんだよ!? 「危険だからと、地下10メートル以上掘り下げて上から石どかどかつっこんで、これでもかと土盛って、人が近づかないようにわざわざ社まで立てて封印されているのは、なかなか万華鏡に引っかからない」 危機に陥らない限りは。 「今行けば、そのフィクサードが手下と一緒に穴掘ってるとこに追いつくから。手間取ると、箱まで3メートルに近づいちゃう。そしたら、穴掘って箱出して、スイッチ押すまで12ターン。すごく忙しい」 ちなみに。と、イヴは言う。 「――スイッチ入ったら、フィクサード、女の子連れて逃げるから」 馬鹿やろ、お前、借金のカタおいて逃げられるかよ。売るためだぞ、売るためだからな。 「それと」 まだ、何かありますか。 「『百禍箱』は、二重底。他にも何か入っているようなんだけど、見えづらい。出来ることなら、それも回収してきてほしい」 ● ざくざく。ごとごと。 無駄に力仕事が得意な後輩。パシリに指示出しながら、快調に掘削中。 「はね、だね」 結構な深さを掘らなくてはならないので、パシリに翼の加護を使わせた。 「あ~、羽根だな、うん。羽根」 「みんなで天使みたいだね。ふっ君だけじゃないね」 「――そうだな、うん」 実際、フライエンジェもいるので、先輩は相槌を打つ。 「そういえば、この子の名前はなんていうんです?」 「親は、ポチとか言ってましたよ」 穴の中から、後輩が返事をする。 「犬じゃないんだから」 あるいは、犬みたいな扱いだったのかもしれない。 堕胎する金がもったいないから、あるいは、男を引き止めるため、とりあえず産むという選択する女もいる。 生まれたら育てなくてはならないということを考えない女達。 この街には、山ほどいる。 「まともな名前、ついてないんじゃないすかね」 パシリの一人がそう言う。 「仕方ありません。――マチ――真知。うん、そうしましょう」 「名づけ、はやっ!? 姓名判断とかどうなんすか、それ!?」 「君みたいな利口バカ、二人も要らないんです」 色々世話を焼いているうちに、幾分見られるようになってきた真知が、えっと。と呟いた。 「まっちゃん?」 自分を指差してそう言う。年より幼い感じがする。 「真知。ま、ち」 うんと頷く様子に、パシリの一人が相好を崩した。 「かわいくなりましたね。ほんとに売っちゃうんですかって、いて!」 先輩は、パシリの頭を殴った。 「子供にそんなこと聞かせて、ぐれたらどうすんですか!?」 「ぐれ……って」 ここにいる大人は皆カタギじゃないです。 「子供は子供らしいのが一番なんです。革醒者でいいなら、合法ロリははいて捨てるほどいるんですよ。なのに、わざわざ本物の子供がいいとか言う御仁はですね、そういうのを大事に……」 「いっす。先輩、言い訳はいいっす」 とにかく、アーティファクトを探せるとなれば、早々売られることはない。 この穴の中にあるものを上に上納すれば、とりあえずは丸く収まる。 「後、三堀りくらいです」 プロアデプトってのは、そういうのは暗算でわかるらしい。 後輩だけかもしれない。 「そーさん。だれかくるよ」 真知が、唐突にそう言った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月19日(火)23:01 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「交渉内容をすり合わせます。矛盾する事は言わない様お願いしますね」 『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)は、心ここにあらずといった顔をした『折れぬ剣《デュランダル》』楠神 L☆S 風斗(BNE001434)の耳をつかんでねじる時も無表情だ。 「聞いてんですか。余計なこと言うんじゃありませんよ」 「ううむ……敵が敵だけに、どうも「本題」よりも気になって仕方がない……あの女の子、何とかしてやりたい……」 すかさず反対側に狸の手が押し当てられる。むっちむっち。肉球と固めの狸の毛ととがった爪でこすられるとくすぐったイタがゆい。 「もう、黒部さんは忍んでるんですからね。絶対に黒部さんの方見たらいけませんよ。フリじゃありませんからね。その場合、危なくなるの、貴方じゃなくて黒部さんですからね」 『影なる刃』黒部 幸成(BNE002032)は、すでに別行動。参道脇の雑居ビルの壁面を移動。 存在を気取られぬよう影潜みも併用し、穴の中へすぐに飛び込める位置で待機する手はずになっている。 いつもと変わりなく見えるうさぎの様子に、風斗の表情は晴れない。 (フィクサードに育てられた子供、か。うさぎのやつ、変に気負わなけりゃいいが……) 『尽きせぬ祈り』シュスタイナ・ショーゼット(BNE001683)の胸には痛みがある。 うっかり口に出したら、血を吐いてしまうほどの痛みがある。 (……掃いて捨てるくらいあるわね。親が子供を捨てる、なんて。翼が生えたら捨てる親なんて、こっちから願い下げ) ふと、よぎる片割れの顔。 (……でも。あの子は今でも、心を痛めてるんでしょうね。馬鹿みたいに優しいから) まだ会いにいけない。もう少し強くならなければ。あの子にかばわれるのは願い下げだ。 (さて、今回も足を引っ張らないようにせいぜい頑張りますかね) 「コーショー、ツマンナイ。チッチャイコ、アソブ、タノシソウ」 ルー・ガルー(BNE003931)が言う。 かろうじて衣服を身にまとっているが、隙あらば脱ぎ捨てようともぞもぞ動いている。 「――待て、で、お願いします」 (この世界、芸人だけで回るようには出来てないのよね) 『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)は、五年前までは普通に生活していたアラフィフである分、意見に重みがある。 今まで恐山はバランス重視、苺狂い、変な武器開発者ばかりがアークに関わってきた。 いつの頃からか、ついたあだ名が、「芸人恐山」。 ただし、それは、上層部あるいは特別枠だ。 そうすることでアークを油断させたり懐柔するのが、恐山の謀略かもしれない。 アークなんかと関わるもんじゃないと、普通の恐山のフィクサードは謀略の陰に隠れてお仕事に勤しんでいるのだ。 北浦と西村は、標準的な恐山の構成員といえるだろう。 (迫る納期、事前調査の不足、そして悪意無く厄ネタを持ち込む部下……わぁ、ブラック) 僕はもうだめかもしれない。とか、言い出すのではなかろうか。 「パンドラの箱、を思わせる、ね。誰にも渡さぬよう、封印してある…そんな、印象」 『無軌道の戦鬼(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)が、もつれかけたツインテールをさばく。 「何が出るかは、楽しみ……だね」 ● 「西村さんは、なんで北浦さんとこいるんですか?」 「俺が付き合ってた女の人が北浦さんからお金借りてて、朝起きたら北浦さんが。『この人が借金どうにかしてくれるって言いました』 って置き手紙と、ICレコーダー持って、枕元にいた」 「借金押し付けられたんですか」 「『貴方はばっくれることもで来ますけど、どうします?』って聞くから、『俺が返します』って言ったら、先輩、真顔で『遠洋マグロ漁船と泡のお風呂、どっちがいいですか?』 って。どっちも嫌です。って言ったら、『革醒者なら、命張るって手があります』って言うんだよね。それも嫌です。って言ったら、どんどん就職面接みたいになって、会計ソフト使えるって言ったら、雇ってくれた」 そのかわり、給料から借金棒引き。がっつり生命保険。 「大変ですね」 「うん、男がソープ嬢の泡の風呂があるって聞いたときはびっくりした」 「そこじゃなくて」 ● 「一旦止まって下さい! 罠が発動してしまう!」 先ず、うさぎの大音声。 きょとんとする幼女。土まみれの下っ端。穴の中を覗き込んでいる若い男――北浦。 「地中に封印された宝に罠が付いてるのは普通でしょう? 鵜呑みにしろとは言いませんが――」 「そちらへの害意は無い。まずは話を聞いてくれ」 風斗は武器を収めていると示す。 「――西村くん。後どのくらいですか」 「三分待たせないっすよ」 まだ発動していない以上、アーティファクトは3メートル下に埋まっているはずだ。それを三分? 話では穴の中にいるのはプロアデプトではなかったか? 「では、そこでストップ」 通常の射撃攻撃は駆け込んでこなければ出来ない距離。 真知を抱き上げて、北浦はにっこり笑った。 営業用スマイルという奴だ。 「アークの皆さんがなにか? 我々は所有者から委託されて掘削作業をしてるだけですが」 合法ですよ? と、わざわざ言うのは、アークの正義の味方振りをからかっているのかもしれない。 「我々は許可なくこれ以上近付きません。先ず一通り話を聞いて下さい」 「やぶさかではありません」 「最初に。我々の目的は罠の発動による近隣被害の防止、及び危険物である罠付き容器の回収です。中の宝は別にいりません」 (損得勘定が速い北浦さんなら、言を重ねてるより条件だけ伝えて自己判断して貰った方が良い) うさぎは、行動誘導の類は諦めた。 「ふむ。どうぞ、お話を続けて」 罠の発動条件と解除方法を説明するリベリスタ。 但し鍵の位置は言わず、『停止ボタン』を『一時停止ボタン』と言った。 「なるほど」 北浦は、何度か頷いた。 「西村くん。この方たち、信用していいと思うんですが、どうでしょう?」 穴の中から声がする。 「嘘は言ってないと思いますよ。大体後三メートル下って感じですしぃ。ただ肝心の鍵と一時停止ボタンがどうなってんだか言ってませんよぉ」 あ~。と。北浦は相槌を打った。 「やっぱり、こういうときだけは頼りになりますね。西村くん、発動条件ぎりぎりのとこまで掘ってください」 「いいんすか」 「君が加減を間違えて毒ガス噴出したら、僕は君をおいて真知と若いの連れてダッシュで逃げます。慎重にやってください」 「ひでえ!」 「大丈夫です。僕は君の無駄な命根性の汚さを信じてます」 「そんなとこだけ信じないで下さい!」 いきなり穴の中と外で漫才を始める先輩後輩に、リベリスタは眉を潜める。 「ああ、皆さんはそのままそのまま。鍵お持ちなら、早めに出していただけませんか。うちの馬鹿でも二分きるのは難しそうですし、鍵は下に放り込んどいた方がタイムロスは少ないと思いませんか」 穴から、土が掻き出される。 「皆さんのお話ですと、鍵とスイッチをどうにかしない限り、毒ガス垂れ流しみたいですし――」 北浦は、あくまで愛想よく交渉してくる。 「危険なんですよね」 「ええ、それはもう」 「わかりました。その鍵、いただけますか?」 うさぎは、傍らの天乃を促す。 社の狐像から鍵と玉が取り外され、うさぎにもたらされる。 「解除を自分達でやるなら鍵をお渡しします。二重底の下の宝はどーぞ。箱だけ置いといて下さい。発動したら最後、毒を撒き続ける箱なんていらんでしょ?」 ことさら、危険を強調するうさぎに、北浦は、更に笑みを深くする。 「皆さんがこの箱にだけ用があるというのは、よく分かりました。そこで、提案なんですけど。皆さんが安全且つ確実に箱を処理なさるというのはいかがでしょう。胡散臭い恐山フィクサードにそんな大事なことを任せるより、ご自分で作業なさった方が安心と思います。その上で、よろしかったら、僕達に箱の中身だけいただけますか? 一応僕らもここまで掘りましたし、お駄賃として。僕たちはいったん安全なところまで下がらせていただきます。もちろん、皆さんを後ろから襲ったりいたしませんよ。皆さんのお仲間に監視していていただいても構いません」 あはははは。と、北浦は、笑い出した。 「ぶっちゃけましょうか。もう、あなた方が来たという時点で、逃げたくてたまらないんです。黄泉が辻の名前いうのもおそろしい方と会って生還する人達に、一介の金貸し風情が勝てる訳がない。そうでしょう? それに、今掘ってるの危険なものなんでしょう? そんなおっかないもの、わざわざ掘り出したりしませんよ。我々は」 だから、どうにかしたいなら、後はどうぞご勝手に。 穴から、西村や若い男が出てくる。 「どうぞ、がんばって掘ってください。僕らはそうですね、15分位したら戻ってきますので。いやぁ、うちの部下を危険に晒さずに済んで助かりました。皆さん、本当に良い方ですね。肉まんとかお好きですか?」 恐山のフィクサードは、さっさと参道を引き返していった。全員で。 ● 「ココホレガウガウ!」 一番最初に動いたのは、ルーだった。 犬のように両手でガシガシ掘っていく。近接距離、三メートル。 空気が変わった。 箱が発動したのだ。 杏里が辺りに守護結界を張った。 災いはこの結界の中にとどめなくてはならない。 「万が一交渉がうまくいかなかった場合と思って用意したのに!」 彩歌は道具一式持って穴に飛び込む。 これは交渉成功でいいのか? 戦闘は回避され、確実に自分たちで作業し、掘り出されたアーティファクトを持ち逃げされることもなく、安全が自分たちで確保されているのだから、成功だろう。 構成要素は、間違いなく成功だ。 「今回は根こそぎいかない分、スピード勝負ね」 彩歌は、以前、地中深く根を伸ばす植物型アザーバイドを嫌というほど掘りぬいたことがある。 「人生何が経験になるか分からないわね……」 おかげで、掘削計算に補正がかけられる。 野生と理性で掘り進む。 急にルーの体が炎に包まれる。が、ルーの体には引火しない。 絶対者は炎や氷では止められない。 体が重い。腕全体が下がるような負荷を感じる。 「――悪いけど、動きが止まるようなのは一切無効よ」 彩歌のスコップも止まらない。 風斗が穴に駆け寄る。 「そのロープ引っ張って! 土が邪魔!」 穴の中から彩歌の声と共に、ロープが投げ上げられる。 風斗は必死にロープを引っ張る。うさぎも他のバケツを穴に投げ入れた。 みるみる穴の外に小山が出来る。 それまで穴にすぐ降下できる壁にへばりついていた幸成が、音もなく穴の中に飛び込んだ。 中から石をつかんで上に力任せに投げるのを風斗が外で受け取る。 リベリスタ達は無言で作業に没頭する。 シュスタイナは、穴の中にまで効果を浸透させるため、穴の中をのぞき込みながらの詠唱を続けた。 炎を吹き、雷に晒されながら凍らせられる彩歌が倒れないよう全力を尽くす。 「出た!」 「箱の処理、お願いします!」 「うむ、楠神後輩。しかと託された」 「ココ、セマイ、クライ。ヤリヤスイヨウニ、ソトニダス!」 箱を加えると、ルーは恐るべき跳躍で穴から飛び出していく。 天乃が穴の壁を伝って手を伸ばす。それをつかんで、彩歌が穴から出る。 直ちに鍵が開けられ、複雑な留め金に意識を集中する幸成、彩歌、ルー。 忍と戦闘計算機と野生の勘の競演だ。 「噴出した毒にて行動不能にならぬうちに、停止スイッチを押せるならば最善で御座るな」 幸成の呟きが現実味を帯びてきていた。 カタカタと鳴動する百禍箱。 正確に時間を計測していたわけではない。今すぐ毒をあたりに撒き散らしだしてもおかしくはない。 「二重底の下の「何か」がアーティファクトだと仮定して、たとえば効果を止めるとか、逆に良い効果を得るのに必要なのが「寿」の玉じゃないかなー、と思うのよ」 懐中電灯で照らしながら、杏里が言う。 「まずはこの留め金を外さねば。先陣仕る!」 忍び鍵の知識が役立つときが来た。 緻密な留め金を指でたどる。 元通り閉じろと言われたら、ちと困るほど複雑な留め金。 かぱりと開いた箱の真ん中、半球状のくぼみの底に鏡文字。 「玉を下され!」 投げ渡されたそれを穴に性格に装着する手元がもどかしい。字の角が引っかかってうまく入らない。 指先が鈍っている。行動阻害系の不調を食らったようだ。 「貸して」 彩歌が替わる。僅かな補正。ことんと定位置に落ちる玉。 箱の鳴動が止まった。 「二重底の下は? 触ってみる時間があったら、それを組み合わせてみるのを試してみたいかなー」 確かに、ことこと音がする。 かぱりと開いた二重底の下。 何かあると思った瞬間、それはゆらりとゆらいで掻き消えた。 もう、コトリとも箱は音を立てることはなかった。 ● 「お待たせしました。この子が一緒に来るってきかなくて。八時回りましたから、寝かせたいんですけどね」 コンビニおでんと肉まんと一緒に、恐山のフィクサードは、ほんとに来た。 「僕はこのまま帰っちゃおうかなーと思ったんですけど、サシイレスルってきかないもので。え? アーティファクト、なくなった? こちらとしては、穴の中のものが処理できたというだけで、充分ですので」 リベリスタ達は、無言で恐山のフィクサードを見る。 謀略の恐山は、自分たちのソースは減らさず、利益だけを掠め取っていく。 「恐山には託児所とかないと思うのよ。うちらなら面倒も見れるし、その子が幸せになると思わない? 男手一つで子供をきちんと育てるのは大変だと思うさー。ましてやそんな仕事じゃ、無理だと思うよー?」 杏里は、正論を吐く。実際ここらは治安が悪い。 「だって実際、夜中に子供連れ出して何やらしてるぐらいでしょ? そんなの続けてたら子供の成長にも良くないさー」 その子供は、嬉しそうにコンビニ袋を傾けないようにしながら、リベリスタに向かって歩いてくる。 おでんの汁を気にしているのだ。 「その2人が好きですか?」 差し出された袋を受け取りながら、唐突にそう聞くうさぎに、真知はこくんとうなずいた。 うさぎは、極薄く、でも嬉しそうに笑った。 「だ、そうです。これで連れてったらこっちが人攫いですよ」 わらばーは守らないといけないさーと不満げな杏里をなだめにかかる。 「お前たちがその娘を大事にしているのはわかっている。だから、この場でお前たちをどうこうするつもりは無い」 風斗も不承不承そう言う。 「アークには恐山の連中はちょくちょく訪れてる。お前らが来たって問題はあるまい」 北浦は、あぁ。と、頷き、西村の尻を蹴った。 「これは、あげます。そっち向きの人材ですし。借金だけ一括精算してもらえれば」 「ひどいっ! 先輩、俺ちゃんと自分で稼いで金返します!」 「だから、向いてる仕事で稼いで、効率よく返してくださいよ」 「やです!」 あ、僕は正義の味方なんて冗談じゃありません。と、笑う金貸し。 「…ねぇ。アナタの力は、誰のために、何のために使うの? ……今すぐじゃなくていい。落ち着いて、ゆっくり考えてみて? 人を癒す力を、貰ったんでしょ?」 真知に向かってそう言うシュスタイナに、西村は、うううっと喉を鳴らした。 「――君、中学生くらい? 真知は君の半分の年だよ。まだ、自分のことだけ考えてていい年だよ。ホントは君もそのはずなんだ」 グルンと北浦をむく西村の目から、涙がちょちょ切れている。 「アーク、おかしいっすよ! 何でこんなちっちゃい子がヤクザんとこに来てんすか! なんか皆未成年っぽいっすよ!」 「君、自分もその端くれってわかってます? ついでに、革醒者は見た目どおりの年とはかぎらないとも教えたはずです」 北浦は、温かいうちに食べてね。と、シュスタイナに肉まんを渡した。 「僕は、もって生まれた力とかくそ食らえと思ってます。癒し系に生まれたから、この先尽くして尽くしんぼ? ありえない」 人間、自分のために生きていいはずだ。 「だが、その子の将来のことを考えるなら、ヤクザな組織にいつまでもいさせるのはどうかと思う」 アークの施設で育った風斗はそう言った。 いいところだ。皆で寄り添いながら生きていける。 「……アークには、覚醒者の子供たちが集まっている孤児院がある。もしものときは連絡をよこせ」 自分の携帯アドレスを書いた紙を渡す風斗に、北浦は少し目を丸くした。 「うわぁ、すごいコネ貰っちゃいましたよ。黒字です。そちらもなにかありましたら、こちらに。ちゃんと法定金利内の普通の金貸しなので、お気軽に」 風斗は、恐山系列の金貸しの名刺を貰った。 「堅気にするなら、貴方方も堅気になるべきです。悪党にするなら、キッチリその様に育てるべきです」 うさぎの無表情がこわばっている。 「そこを半端にして、後で苦しむのは貴方達じゃない」 溢れ出しそうな感情が、面の皮一枚が防波堤になって押さえている。 「その子だ」 火砕流の余波の火の粉をまとったような言葉に、北浦は目を伏せた。 「ご意見確かに承りました。どっちを選ぶかはこの子です」 西村が、真知を抱き上げた。きゅっと抱きつく細い腕。 「僕らが、『する』 もんじゃない」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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