● 微温湯の様な世界だった。誰かが自分を完全に否定する事も無く、誰かを完全に否定する事もない。自分にとっての世界とは無機質な箱の様なものだったのだ。 生活していて『世界とは』なんて考える事はないけれど、それでも僕にとっての世界は空虚で、縋る物も無くて、子供染みた考えではあるけれど『誰も僕を理解してくれない』と思わせる何かがあった様にも思えた。 ――世界は常に僕を置いていく。 誰かが否定する訳でもなく、誰かが肯定する訳でもない、其れは僕を認めてくれる物が無かったのだと思っていた。其れが僕が歩いてきた足跡その物。僕を肯定するものは常に僕が創り上げるしかなかったように思えた。誰かが僕を認めてくれないと、それが脅迫概念だったのだろうか。嗚呼、けれど、それももう終わりなんだ。 「……だいじょうぶだよ、ずっといっしょだから」 一人、静かに呟いて。その声を聞く人が居ない事にだって気付いていたけれど。誰かが聞いて居なくたって、大丈夫だと言葉にして、醜い笑顔を見せた。 「僕がずっと一緒に居てあげるから」 だから、大丈夫だよ、と『もう一人の僕』を抱きしめた。分厚い書物は何処か、黴た臭いがした。 ● 何故かバールの様なものを握りしめて瞳を輝かせていた『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)はブリーフィングルームに揃ったリベリスタの顔を見回して、慌てて背中に隠してぎこちなく微笑んだ。 「あ、こ、こんにちは。お集まり頂き有難う。お、お願いしたい事があるの!」 手にした新しい玩具に夢中であった事は兎も角とし、机の上の資料を掻き集めた予見者は「魅入られるって怖いわね」と至って真面目な顔をして呟いた。だが、目線はバールに向いていた。 「一人の革醒者。ビーストハーフのマグメイガス。鏑木縹。彼は普通なら皆の足元にさえも及ばない子よ。 ――ちょっと、事情があって、強くなっちゃってるんだけどね」 もごもごと言い辛そうに言葉を発する予見者にリベリスタ達は首を傾げた。 「彼が手にしたのは『シュプールの揺篭』という名前の魔術書。アーティファクトね。……其れが、少し。 彼とはどうやら相性が良かったの。強い破壊衝動を与えると共に彼には強い安心感を与えているのよ。その衝動が自分を認めてくれている気にさせてくれたから」 「……それは、どういう?」 「彼は革醒して、自分に『不思議な力が宿った時』に誰かに縋る事も出来なかった。其処で『シュプール』という魔術書を手に入れれた訳ね。甘言は彼の心を掴むには簡単だったんじゃないかしら? 彼はシュプールに魅入られてる。彼は、魔術書の言いなりよ」 けれど、やってる事も学校の教室荒しであるとかそんなものだけど、と予見者は苦笑した。 縹が手にした魔術書には意思が込められていたと言う。其れがそのアーティファクトの製造者のものなのか、『物に意思がこもる』からなのかは知らないが、其れを抱え使用することでアーティファクトに宿った意思が所有者へと囁くのだ。 「『だいじょうぶ、一緒に居るよ? だって、私はあなただから』だなんて、言われたらゾッとするわ。 何処で、誰から貰ったのかなんて分からないけれど……けど、彼にとっては縋るべき物になったのでしょうね」 元から孤独癖のあった縹にとって初めての理解者だったのだろう。それが、言葉巧みに彼を我がものにした。彼へと齎される強い衝動は一般人であればその心を壊してしまうだろうが、幸い縹は革醒者だ。だが、それも長くは持たない。 「革醒者であっても、耐えきれないものは耐えきれない。だから、止めて欲しいの。彼が、アーティファクトに飲まれる前に。……彼はまだやり直せる、だから救ってあげて欲しいの」 世界は希望で溢れている、世界は絶望しかない。そのどちらでも告げてやればいい。彼を受け入れるも、突き放すもリベリスタ次第だろうから。 けれど、救えるのであれば救わずには居られない、それがリベリスタだ。 彼はまだやり直せる、誰かが彼に手を伸ばせば、きっと。 「私達は革醒者で、周囲にほら、こうやって、理解者や仲間が沢山居るわ。誰も自分を理解してくれない世界ってどれくらい暗くて哀しいのかしらね?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月16日(土)23:42 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ――誰かが僕を理解してくれなければそれはきっと『不完全』なままなんだ。 夕焼けの射し込む寂れた中学校の校舎の壁に指を這わせながら蔵守 さざみ(BNE004240)は小さく息を吐いた。誰かの操り人形――其れが無機物であっても意思を持つならば『誰か』と称しても良いだろう――であるとしたら資料で目にした少年の様になってしまっていたのではないか、と己の体を抱きしめた。 「……ぞっとするわ」 もしも誰かの操り人形になったとしてもソレに気付かぬまま、糸に操られたままであれば幸せなのだろうかと瞬くのみ。大きなグリモアールを背負い、鮮やかな金色の瞳を伏せた巴 とよ(BNE004221)は高鳴る胸を抑えて、グリモアールに縛り付けた紐をぎゅ、と握りしめる。 「鏑木、縹君」 声に出してみて、漸くその存在を実感した気がした。年が近いマグメイガス。魔術書持ちの少年。予見者が資料を読むその声を聞いて助けないと、と胸に過ぎったのは親近感からだろうか。放っておけないと感じたのだ。 「皆さんの邪魔に為らない様に、頑張ります」 「そんな、頼りにしてるよ? とよちゃん」 何処か緊張した面立ちのとよに人の良い笑顔を浮かべた『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)の言葉に小さく頷いて、仲間達の後ろを行くとよ。彼女の年齢は未だ11歳。教室に居ると言う鏑木縹という少年とあまり変わらぬ年齢だ。 その小さな少女の様子を見ながら悠里は実感するのだ。こんなにも小さな子が誰からも理解されないと思っている。救いの手を差し伸べる事は、まだ可能である筈なのに――辛いままではいさせたくない。 孤独は常に付きまとう。どれだけ傍に居て、寄り添う事が出来ようと愛は紛い物でしかないのだと論じた者も星の数ほど居るだろう。傍にいたとしても絶対に理解し合えないとそう決めつけていては望むもの等一つも手に入らないのだから。 「これで人は来れませんね。さて、いきましょうか」 張り巡らせた今日結界に『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)は邪魔者の侵入を許さないと告げる。無論、彼女の目的は『シュプールの揺り篭』という名前の魔術書を破壊し、少年を助ける事。彼女の両腕が救ってきた人の数はもう彼女も数えていないだろう。それだけ救ってきたというのに救える命を見捨てる筈がない。 「孤独を恨み、世界を恨み、魔術書に魅入られる。……何かを恨まずには居られないとは哀しい事ですね」 「きっと縹君にとっては住みやすい世界なのでしょうね。魔術書と二人っきりの『彼』の世界だもんね」 嘯く様に、春めく色づいた唇は肯定を示す。『骸』黄桜 魅零(BNE003845)は縹の住みやすい世界を否定する事はない。唯、それが『壊れゆく幻想』であるという事実をハッキリと理解しているからこその言動であったとしても。 から、と音を立てて横開きの扉を開く。鮮やかな紫の瞳が真っ直ぐに中で魔術書を抱きかかえてた少年へと向けられる。『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)にとっての孤独は遣り直せる岐路の途中であるのだから。 「――こんにちは、鏑木縹くんですね。私達はアークです」 周囲の革醒者と出逢う事の無かった革醒者。革醒者の集団『特務機関アーク』。手の届く範囲であるならば――遣り直せる幸運が其処にあるならば。戻る手を差し伸べる事だって厭わない。 「私は風宮紫月と申します。初めまして。――貴方と同じ、革醒者の一人です」 ● 人と言うのは無数に存在しているモノであって己が望まなくとも周囲に居るのだと言うのは物心つく前から知っている事であった。生まれた時から周辺には『人』が居り、自身が成長するにつれて周囲は見守ってくれる優しい隣人ではなくナイフを手にした敵である事をより深く、その身を持って実感する事になった。 言葉とはナイフだ。己が無意識に吐き出す言葉だって己に傷をつける。なれば、他者の言葉だって抉り、その心を傷つける。外傷と違って血が出ない。まるで文学的ではないか。心を傷つける、など目には見えないと言うのに『ある』と認識してしまっているなど! ――誰も僕を理解してくれない―― それが甘えだなんて判らないほど『続・人間失格』紅涙・いりす(BNE004136)は子供では無かった。幾ら『他人』に囲まれようと、結局は独りと同じ。孤独に堪え切らなければ、周囲など皆異邦人である事等いりすには判っていた。ただ、判っていたとしても、甘えだと認識して居ても自分から踏み出せるほど大人には為り切れないのだった。 「……似てるのかもね、何となく。ただの戯言さ」 口にした所で自虐的な笑みが浮かぶ。鰐の牙を出して、ゆるく笑みを浮かべてから、仲間達が教室内に揃った事を見回した。魔術書を抱きしめた少年の表情が変わる。刺激しない様に、不自然でない様に、息を吐いて薔薇色の瞳を伏せ『blanche』浅雛・淑子(BNE004204)は踏み出した。 震える縹の肩を見つめ、幼い頃に得たその髪と瞳を想いながら淑子は「わたしは」と縹へと声を掛ける。 「わたしは浅雛淑子と言うの。どうか、よろしくね?」 「何しに来たんだよ」 「……ねえ、あなた革醒者でしょ? 私もなの。だから、アークに来ない? 勿論無理強いはしないわ」 誘い文句を切り口に、彼女はあくまで揺り篭には触れない様に声を掛ける。無論、警戒の強い彼にジーニアスである紫月が革醒者だと告げても彼は理解を示さなかった。ヴァンパイアの牙を持つ淑子とて髪の色や瞳色は常人のソレと違えど見せないものは見えないのだから、彼は『自分と同じ存在』であるとは認識しない。 「こんばんは、には未だ早いしこんにちは。まあ、どっちでもいいわね。私達、同類なのよ」 「――証拠は」 「こんにちは、僕は設楽悠里。僕たちは君と同じ力の持ち主だよ。証拠に為るかは判らないけれど」 屈んだ姿勢で、膝をついて口を開く。唇から毀れたヴァンパイアの牙は紛れもない革醒者の証であって、縹は瞬く。この場で外的に変化が出ているのはヴァンパイアである悠里と淑子、メタルフレームである魅零とビーストハーフのいりすだった。魅零やいりすにも目を配り、『同じ』であるのかと、少しは考えた様にも見えた。 「改めて、君の名前を教えて貰って良いかな? 初めてあった同胞だろうから、少しだけお話しをしよう」 「……鏑木縹。さっき其処の女がアークとか言ってたけど何? そういうコスプレグループ?」 魔術書をぎゅ、と抱きしめた縹に紫月は唇をきゅ、と結び目を閉じる。彼女が発するマイナスイオンは縹の緊張を和らがせる為のものだろう。一般人にとっての『非常識』を『常識』にする彼女は目を閉じ、口を動かさないままに縹の頭へと直接言葉を送りこむ。 『聞えますか? 外見だけでも納得して頂けないなら、感覚的に認識している筈ですが、此れが証明になりませんか』 「あ、頭の中に声!?」 「ええ、此れが私達が貴方と同じ証拠です。私達は貴方を迎えに来ました。貴方の力が私達には必要です」 その言葉に、縹はぐ、と詰まる。必要だと述べられる。それが自分への理解を示している――と言う事になるのだろうか。紫月は告げる、仲間を失ったばかりだと、自分達に宿った力を悪用する者が居り、それを振り翳す者がいると。 「ワルモノって、お前らが理解してないだけじゃないのか。どうせ、僕の事だって」 「違うわ、わたし、わたしはね、両親に拾って貰ってからずっと家の敷地から出た事無かった。 そんなわたしだけど、こうして仲間が出来たのよ。私を理解してくれたのよ? ね、だから……」 淑子は緊張を表す様に白い頬を鮮やかな赤に染める。ぐ、と胸にあてた手。緊張を孕んだ薔薇色の瞳は真っ直ぐに縹を見据えて、それから、と紡ぎ出す。 「来れなくったって仲間に、そ、それから……もしよかったら、だけど。お友達にも、なって貰えないかしら」 少女にとって、面と向かって友人にと申しこむのは初めての経験だった。女の子は優雅であれ。当たって砕ける覚悟を胸に、駄目かしら、と伺い見る。瞬いた少年は視線を逸らし魔術書を抱きしめた。 彼の心にあるのは根本的な『友人がいない』孤独ではない、自分を理解してくれないという孤独。微温湯の様な世界は『彼』を否定しない。――友だって、自分を否定すると思うから。 「あ、あの、わ、わたしは少しだけ気持ち、わかります。 革醒者だって知らなかったけど……わたし、髪が赤いとか目が光ってるって避けられてましたし、仲間はずれでした」 緊張を胸にとよは紡ぐ。苛められた時は痛く思った。名前だって馬鹿にされた。一人ぼっちは寂しくて、嫌だと少女は『少女』の完成で告げるのだ。 「だから、わたしとも友達に、なりませんか? わたしはあなたに皆との楽しいを感じて欲しい。 アークは本当に優しくて、面白い人ばかりだから。あなたと一緒に『楽しい』をしたいんです」 「――いいね、理解してくれる人が居て」 ぼくには、いないのに。 その言葉に悠里は身構える。二人の、年の近い少女の言葉が届くか届かないか、それは彼次第だけれど。 「僕は中学生の頃に革醒して、二年ぐらい一人ぼっちだった。だから、寂しい気持ちは判るつもりなんだ」 「でも、今は」 続く言葉は無い。抱きしめた魔術書。凛子の視線が『シュプールの揺り篭』へと動く。彼女には大体予想がついていた。次に紡ぐ言葉が何であるか。 「魔術書(オレ)を奪ってまたお前を孤独にするぞ? ――ですか?」 浅はかであれど、その言葉を紡ぐであろう魔術書の変わりに、彼女は続く。魔術書を奪いに来たのではなく孤独を奪いに来たのだと告げても、それが『片割れの自分』であると彼は信じているから。 何かが――彼と同じ姿をした者が、その場にふらりと現れた。 ● 絶対に傷つけやしない、と決めていた。流れる水が如き構えで攻防自在の動きを整えた悠里の目は真っ直ぐに魔術書へと向けられている。 「援助します。……誰も傷つけやしません」 凛子の与える翼の加護。小さな翼を得て、魅零は真っ直ぐに縹を見つめた。赤い瞳が湛えたのは不安の色。救いたい、救いたいと願い続けていた。魔術書で廃人になってしまうなんて避けるべき事である筈なのに彼の形成する世界を『壊す』事が正解であるかを見いだせなくて。 「……縹君、お願い。お姉ちゃん達の言う事聞いて?」 『聞いちゃいけないよ、縹』 リーディングを行う淑子が魔術書が告げる言葉を魅零へと伝える。魅零が紡ぐのはブリーフィングで聞いた魔術書の効果だ。其れが『仲間』であるわけがないとそう告げる。彼のちっぽけな世界は、微温湯の様な世界はまるで汚泥であった。ずぶずぶと沈む様なその場所は彼を捕えて離さないのだから。 「そんなものなんて救いにしないで、誰にも理解されないなんて哀しい事言わないで!? この場に居るリベリスタは貴方を理解したいのよ! 偽善じゃない、本心よ。私達はお人好しなの。 ――『お人好し』が誰かを救いたいと願って何が悪いっていうの!?」 「小生は君の為ならこの身に宿った『運命(いのち)』だって惜しくない。覚悟ってヤツはこういう時に見せるんだ。 小生と君は似てる、似てるさ。でも似てるって同じじゃないんだ。同じなんて何処にもないんだよ」 魅零の体を攻撃する偶像が、『シュプールの援助』が彼女を耐えず傷つける。癒し手である凛子がその意思を固め、援助していたとしても防御線に為るリベリスタでは一方的な暴力を振るわれ続けてるのと変わりない。 シュプールのみを見つめて息を吸い込んだ。鰐は誘う様に言葉を紡ぐ。アッパーユアハート。それはある意味では澱んだ死に魅入られる瞳をした鰐の本心で合ったのかもしれない。 「小生は、君にはなれないし、君は小生になれない。ただ一つの『我』だ。それを誇ればいい」 誰だって寂しがりだ。魅零が土足でその世界に踏み込むことを決めたのも、いりすが彼を肯定するのだって。独り善がりのお人好しが沢山いるとそう縹は笑った。嘲るでもなく、泣き出しそうな顔をしたまま。 「――ねえ、ここはお気に入りの場所なのかしら?」 ぽそりとさざみは呟いた。隠していた武器は既に彼女の拳を包んでいる。微温湯はさざみにとって丁度良い場所であったのかもしれない。それを知らないまま目隠しをされて居れば幸せであった筈なのだから。 「正しいだけが全てじゃないわ。悪も正義も全てある。誰だって、傷つきたくないし居心地のいい場所に居続けたい。 違う? だから、貴方の意思でソレを手放したくないって言うのなら、それもいいわ。精一杯、抗いなさい」 「――言われなくったってッ!」 どうせ、だって、と言い訳の様に吐き出すのは子供の悪い癖だと知っていた。抗う事なんて所詮『意地』であることだって判っていた。幼い少年の指先が魔術書をなぞる。それがどれくらい大切な存在であるかなんて判り切っているのだから。 「友達って言うのは、一方的に何かをさせる関係なんかじゃないよ。独りだった君を始めて判ってくれたそれが君を利用しようとしてる事は認めたくないだろうけれど。 だけど、僕らは君を利用しない。僕は君が助けたい。君の友達に為りたいんだよ!」 「……っ、でも!」 曰く、人間は生まれながらにして孤独なのだと言う。愛とは偽善であるのだと言う。それを幼い少年が何を知った様に語るのか。そう言われてしまえば縹にとって返す事はできなかった。自分を否定する事も無く、ただ、傍で『居る』その存在がどれ程彼の世界を侵食していたのか。偶像が縹に与えるダメージを考慮してそれを仲間が与えそうになる攻撃から庇ういりすの視線が、揺れ動く。 「孤独を埋める事は人を傷つけることなのですか。孤独感は消える事は無いでしょうけれど……それでも、優しく人と人が接することでその気持ちをほんの少し埋める事が出来るのです」 抱きしめようと、歩み寄る、傷ついても、真っ直ぐに向けた凛子の視線から逃れる様に、近寄る彼女の体を縹は両手で押す。慌てた様に転がり落ちた魔術書に対して魅零は自身の体に募った痛み全てをぶつける様に全てをぶつけて行く。 ついで、狙い撃つように放たれた紫月の弓は彼女の想いを表す様に真っ直ぐに魔術書へと突き刺さる。 「――救い、いえ、掬えるなら幾らだって手助けがしたい。私はそう思い馳せ参じたのです。お人好しでも独り善がりでも良い。共に来て下さるなら」 出逢えた幸運を共に分かち合える筈だから。拒絶の色の濃い縹にうっすらと涙を浮かべた魅零は叫ぶように彼へと近寄る。救うと決めた、壊すと決めた。――それが揺るぎない思いであるから。 「世界が悪いって他人のせいにするのはいい加減にしてよ!? そんなのに頼るのはいい加減にしてよ!? 自分の脚で立ちなさい!! 安全な世界に逃げるってのは卑怯者の遣り方よ!?」 「じゃあ、どうしろって言うんだよ!? 誰だって理解を示してくれないんだ、僕なんて、どこにも――」 ずる、と少年の脚が崩れる。見下ろす様に、魅零はその前に立った。彼の様子を見つめ、さざみは視線を逸らす。嗚呼、気付いてしまった操り人形はもう泣く事しか出来ないのだから。 「私がいつでも隣に来てあげるから。だから、直ぐに呼んで頂戴。私だって……寂しがり屋なのよ」 見上げる視線に魅零は夕日のさしこむ教室でそう告げる。微温湯の様な世界が崩れ去る様子に、いりすはゆっくりと歩み寄る。いりすだって人が怖い。いりすだって縹という少年が怖かった。 「カッコつけてるけどさ、小生だって君が怖いよ。でも友達から初めてみようぜ。そうすりゃ、きっと楽しいよ」 「……私は、貴方の事が知りたいわ。だから、教えて?」 視線を合わせ、淑子は優しく笑う。その言葉に、焦げた表紙の魔術書をじっと見つめていた縹の瞳に涙が浮かぶ。 『シュプールの揺篭』を抱え上げ、じっと見つめていた悠里は縹の近くに歩み寄り、優しく笑った。敵を見る目では無い、敵を狙う目ではない、ただ、友人を想う様に、優しい笑顔を浮かべて。 「――よく、頑張ったね」 小さい頃から自分が違うと思うのは辛いことだと思う。それは判っていたから。屈んで視線を合わせて笑った悠里の袖を少年が小さく掴む。 ほっと息を吐いた凛子は思うのだ。世界は辛く、厳しく、そして、哀しいけれど、それでも捨てたものじゃない。 こうして出逢えた事が一種の幸運である筈なのだから。アークはとんだお人好しばかりですねと幸せそうに笑みを漏らす。彼が独りじゃないと、そう判ってくれればいいのにと願いを込めて。 「ほら、かえろ?」 傷ついた身体で手を伸ばす。まっすぐに、とよは想いを湛えた瞳で。一緒にアークへ行こう。一人ぼっちが怖い事だって知っているから。金の瞳は真剣そのもの。 伸ばしたまま、誰よりも弱い事を自覚していたから。訴え続ける事しか、言葉と言うナイフしか振り翳せなかったけれど。 その手にそっと、少年の指先が触れる。瞬いて、ゆっくりと笑って、とよは俯いた。 嬉しくて、安心が心を満たしているから。浮かんだ涙は、堪える様にへらりと笑った。もう一度、今度は懇願するのではなく、静かに、ただ、何気なく友人へ告げる様に。 「――だから、友達に、なりませんか?」 窓から夕日が差し込んで、ゆっくりと影を伸ばした。静まる教室には少年の嗚咽だけが響いていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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