●The mouse that has but one hole is quickly taken. (逃げ穴が一つしかない鼠はすぐにつかまる) ――英語のことわざ ●ゼイ・カム・フロム・アンダー・ザ・マンホール 2013年 2月某日 神奈川県 某所 夜の住宅街を一人の女子高生が走っていた。 彼女は急いでいるのは一目瞭然だ。 なにせ、塾ですっかり遅くなってしまったのだから。 携帯電話の画面に表示される時間を見れば、既に22時を回っている。 時間のこともそうだが、それよりも彼女は不審者の類との遭遇を心配していた。 最近、この辺りで変質者が出たというニュースが回覧板で回ってきたのだ。 てっきり、その手の危険人物は深夜の繁華街といった治安が多少低下している場所にしか出ないと思っていた彼女。 それゆえ、彼女はそのニュースに衝撃を受けたのだった。 だからだろうか。 彼女は焦っているというよりは、怖がっている表情で走り続ける。 激しく走り過ぎたせいでずり落ちかけたスクールバッグの紐をかけ直し、彼女はなおも走る。 ある程度走った頃だろうか。 そこそこ広い公園が彼女の眼前に見えてくる。 それと同じくして彼女はほっと安堵した。 この公園が見えれば、家はもうすぐそこだ。 公園の中は開けていて、不審人物がいれば他の場所よりもわかり易い。 それに加えて、公園を通れば近道なのだ。 彼女は入口にある車両侵入防止用のバーの横を通ると、躊躇なく公園内へと入った。 公園内は静かで、人っ子一人いない。 安心した彼女だが、それでも歩く速さをゆっくりにしたりはしない。 ほんの少し休み、息も落ち着いた頃、再び彼女は走り出そうと足を一歩踏み出した。 前に出した足は前方にあったマンホールの蓋を踏みしめる。 ローファーの靴底がマンホールの蓋を打ち鳴らす音が小さく響く。 それに気付かず、彼女が走り抜けて行った直後のことだ。 再びマンホールを打ち鳴らす音が響き渡った。 ただし、音の大きさは先程よりもはるかに大きい。 それに驚いて振り返る彼女。 すると彼女の眼前でマンホールの蓋が飛び上がる。 まるで爆発でも起きたかのように飛び上がった蓋は、彼女の身長よりも高くに達したかもしれない。 そして次の瞬間、開いたマンホールの下から何かが飛び出した。 街灯の光でうっすらと見える限りでは、それは腕のようにも見えた。 異様な光景を前に驚く彼女だが、幸いなことに硬直してしまうのではなく、逃げ出すほうに身体が勝手に動いてくれたようだ。 腕のような何かは素早い動きで迫ってくるが、彼女が早くに逃げ出していたおかげで、すぐには追い付けない。 そのまま彼女が、腕のような何かを振り切ろうとした時だった。 ちょうど通り過ぎようとした別のマンホールの蓋。 それが彼女の眼前で飛び上がり、やはり下から何かが飛び出してくる。 走り続けている彼女だが、今度ばかりは距離も近く、何より進路上だ。 自ら捕まりに飛び込む格好となった彼女は、腕のような何かに足首を掴まれてしまう。 そして彼女は、悲鳴を上げる暇もなくマンホールの中へと引きずり込まれていった。 ●ヒット・ザ・エリューション・エレメント・アンダー・ザ・マンホール 2013年 2月某日 アーク ブリーフィングルーム 「集まってくれてありがとう」 真白イヴはアークのブリーフィングルームでリベリスタたちを出迎えた。 「今回はエリューションの討伐依頼。種別は、エリューション・エレメント」 静かに語り出し、イヴはモニターを動かす端末を操作する。 ほどなくしてモニターに映ったのは、フォーチュナの予知の映像だ。 映像の中では、女子高生が夜の公園を走っている。 その数秒後、マンホールの下から現れた何かに彼女が引きずり込まれる所で映像は終了した。 「これが今回の敵。どうやら汚水から発生したE・エレメントみたい。現場となった公園内百メートル――正確にはその地下にある下水道を住処にしていて、マンホールの近くを通りかかった人を襲うの。予知の映像を見る限りでは、同一の個体が複数いる」 説明しながらイヴは再び端末を操作する。 予知の映像に次いで表示されたのは、公園内の地図だった。 「公園内にあるマンホールは八つ。敵は用心深い性格みたいで、マンホールから身体を出すのはほんの少しの間のようね。それ以外は地下にじっと潜んで、獲物が近付いてくるのを待っているの」 イヴの説明とともに、公園の地図に赤い丸が八つ表示される。 おおかた、マンホールを表すマーカーだろう。 それによれば、マンホール同士の間隔は十メートルほどあるようだ。 「マンホールの位置は判ってるから、予め待ち伏せすることはできるけど、敵は意外と素早くて、すぐに引っ込んじゃうから気を付けて。それに、元が水だっただけあって、物理的な衝撃は多少なりとも吸収しちゃうくらいには軟らかい身体をしてる」 そう言いながら、イヴはもう一度、予知の映像を再生した。 「さっきも見てもらったけど、同一の個体が……それもある程度まとまった数がいるかもしれないから、そっちにも気を付けて。もしそうなら、たとえ一体一体はそれほど強くなくても厄介だから」 あらかた説明し終えたイヴは、何か言い忘れたことがないかを確かめるように考え込む。 ややあってイヴは付け加えた。 「地下に潜ったままの敵がどうやって獲物の接近や位置を認識してるのかについて、確証はまだない。それを特定できれば、いくらか討伐が楽になるかも」 イヴがそう口にすると、リベリスタたちは、ああでもないこうでもないと考え始める。 彼等一人一人の目をしっかりと見据えると、イヴは言った。 「何の罪もないあの子が犠牲になることは防がなければならないし、このまま放っておけば厄介なことになる。それを防ぐ為にも――みんなの、力を貸して」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:常盤イツキ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月24日(日)23:33 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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● 現場の公園で囮を務める『もう本気を出す時じゃない』春津見・小梢(BNE000805)は一言ぼやいた。 「今日のアークのお仕事は下水掃除になりそうです。あー早く帰ってカレーが食べたい」 意図してカレーの事で頭を一杯にし、『迂闊な獲物』を装う小梢。 そして小梢はマンホールの蓋に足を乗せた。 静かな公園にマンホールを踏んだ時特有の金属質な足音が響き渡る。 小さな足音はさほど残響することもなく消えるが、代わって何か金属を叩いたような音が次々に聞こえてくる。 その音は次第に数を増やし、間隔も短くなる。 「深さ3メートル、距離5メートル……近づいてきてる!」 まだ音が小さい内から、『薄明』東雲 未明(BNE000340)の耳は敵の接近を捉えていた。 敵の接近を知らせてから間髪入れず、未明は再び早口でまくし立てた。 「結構早い……! もう距離1メートル……小梢の真下に来たわ! 深さ2.5……2……1――地上に出るわ!」 目を閉じて音に神経を集中させつつ叫ぶ未明。 未明の声に重なるようにして金属製の蓋が大きな音を立てる。 そして、声と音が重なる中、マンホールの蓋が勢い良く跳ね上がった。 跳ね上がった蓋の下からは汚れた水が僅かに固まってできたような腕が飛び出す。 汚水腕は半ば不定形の体質を活かして手首から二の腕部分を伸ばし、小梢の足に掴みかかった。 「マンホールから汚水ですって。やーねー」 ぼやく声は気だるげだが、それとは裏腹に小梢の動きは俊敏だ。 ビーストハーフ特有の尋常ではない反射神経で汚水腕に反応すると、即座にサイドステップ。 紙一重で小梢は汚水腕をかわす。 小梢を捕まえ損ね、一瞬だけ手持無沙汰になる汚水腕。 それが致命的な隙となった。 小梢を追って伸びきった腕に『咆え猛る紅き牙』結城・宗一(BNE002873)がバスタードソードをフルスイングで叩きつける。 下から上にかけて剣を振るい、打ち上げるような斬撃だ。 軟らかい身体のおかげで、物理的な衝撃に対して多少の耐性はある汚水腕。 しかしながら、宗一の圧倒的なパワーによって叩きつけられる斬撃はさすがに効いたようだ。 まだかろうじて腕は繋がっているものの、その衝撃で汚水腕は地上へと引きずり出される。 地面に転がった汚水腕は、まるで釣り上げられた魚のように跳ねまわる。 「未明!」 宗一が叫ぶと同時、汚水腕は這いつくばってマンホールの中へと戻っていこうとする。 「まったく、こんな寒い日に水のエリューションとか勘弁して頂戴!」 その後頭部――もとい、手の甲に未明はバスタードソードを叩きつけた。 渾身の力で叩きつけられた剣は、衝撃に強い軟体であろうとも関係なく粉砕した。 木端微塵に砕け、汚水腕は水滴となって四方に飛び散る。 しかし、そこで活動を停止したのか、やがて蒸発するように消えていく。 「マンホールから手が出てきて引きずり込まれるなんざ、悪夢と言うかホラーだろ。しかし、こんな腕のようなエリューションでもしっかり知能はあるんだよな。油断は出来ねえ、しっかり踏ん張ってやらねぇとな」 刀身を振るって汚水を落としつつ、宗一は言う。 まだ僅かに残る汚水腕の残滓を見下ろす宗一の目は、汚いものをみるかのようだ。 汚水が変異したエリューションである以上、間違ってはいないのだが。 宗一と同じく刀身を振るい終えた未明は、彼の隣に立って相槌を打つ。 「そうね。都会の下水道には白くて目の退化したワニがいる、なんてどこで聞いた話だったかしら。手が出てくるのはトイレの話だったと思うけども」 剣を構え直す未明と宗一。 直後、未明の耳はまた新たな音を捉えた。 どうやら、先ほどの個体が小梢を狙ったのに呼応して集まってきたようだ。 ● 「……! 次が来る、場所は少し遠く――『マンホール3』! 近くにいる人はお願い!」 素早く3の番号を振ったマンホールを振り返る未明。 「心得た。ここは妾たちに任されよ」 2の番号を振ったマンホール前方5メートルの位置で待機していた『破壊の魔女』シェリー・D・モーガン(BNE003862)は未明の言葉に頷くとともに、『LowGear』フラウ・リード(BNE003909)に目くばせする。 「了解っす! 視界良好! よぉーく見えるっすよ!」 シェリーとの目くばせの後、フラウは目線を下に向ける。 透視能力に加え、暗視の異能も持つフラウには、下水道の中を進む汚水腕の様子が手に取るようにわかるのだ。 凄まじい速度で這うようにして、点検用の梯子を昇る汚水腕。 汚水腕がマンホールの蓋を開ける瞬間を目視で確認したフラウは、その瞬間を狙って魔力剣で斬りかかる。 「逃げられる前に押し出してヤルっすよ!」 それと同時に飛び出す汚水腕。 両者の攻撃はほぼ同時。 あたかもクロスカウンターのように両者の攻撃は殆ど差のないタイミングで互いに肉薄する。 だが、僅かに汚水腕の方が早い。 (握った拳にスイング気味の腕……フックっすね!) 瞬間的に見えた相手の挙動から攻撃を推測するフラウ。 フラウが身軽さを活かしてバックステップしようとする瞬間、二人の動きを少し離れた所から観察していた『』門倉・鳴未(BNE004188)は汚水腕の手の形がおかしいことに気付いた。 確かに腕をスイングさせつつ拳を握ってはいるが、汚水腕は振りかぶった直後に親指と人差し指を突き出す。 「カッター、フラウの方向! 気をつけろ!」 鳴未からの警告と、自身の身軽さがフラウを救った。 フラウはバックステップの直前で動きを即座に変更。 サイドステップで横にそれる。 そのおかげで、なぎ払うレーザーのように放たれたウォーターカッターを無事回避するフラウ。 とはいえ、すぐ横を噴射された水が通り過ぎていくせいで、水しぶきがフラウにかかる。 「フラウ、大丈夫か!」 思わず声を上げる鳴未。 汚水のしぶきがかかったフラウは顔をしかめている。 だが、幸いなことに怪我らしい怪我はしていないようだ。 「……って、あーあ。一張羅が汚れちまったじゃねーっすか」 ウォーターカッターを避けられたことで隙を呈する汚水腕。 そこにすかさず鳴未が魔力の矢を放つ。 フラウに集中していた所に飛んできたせいで、汚水腕は魔力の矢を避けられない。 直撃をくらって、驚いたように跳ねた後、汚水腕は指鉄砲の銃口を鳴未へと向けた。 「オイオイ、テメー等の相手はうちだろ。余所見してると怪我じゃ済まないっすよ?」 しかし、ウォーターカッターが噴射されるよりも、フラウが動く方が早い。 魔力剣を振るい、フラウは決して止まらないかのような澱みなき連続攻撃で汚水腕を斬りつけていく。 少しずつ切削されるようにして、汚水腕の肉片ならぬ『水片』が飛び散っていく。 やがて小さな『水片』の一つになるまで切り刻まれた汚水腕は、そのまま蒸発するように消えていった。 敵を完全に倒したことを確かめるべく地面を見下ろしたフラウ。 念の為にそのまま地中を透視したフラウは、また新たな汚水腕が接近していることを察知する。 「もう一体! こっちに近づいてるっす。この分だと、飛び出すタイミングは――」 下水道を進む汚水腕を目で追い、地上に出現するタイミングを計るフラウ。 だが、シェリーはそれを遮った。 「構わん。既に三番目の蓋が開いているのだろう。ならば、出てくるのを待つまでもない」 事もなげに言うと、シェリーは異能の力で魔炎を手の上に生み出す。 「たっぷり味うがいい」 シェリーは手から魔炎を放ち、それを先ほど二本目の汚水腕が蓋を開けたマンホールへと放り込む。 異変はすぐに起こった。 そして、効果もすぐに現れた。 蓋の開いた『マンホール3』からそれほど離れてないマンホール――隣に位置する『マンホール4』の蓋が下から打ち上げられたように、数メートルの高さを垂直に飛ぶ。 直後、蓋の後を追うかのように汚水腕が飛び出してきた。 飛び出してきた汚水腕は身体中から煙、もとい水蒸気を噴いており、飛び出した直後に転がった地面の上でのたうち回る。 「穴の中に潜むなどするからだ。これはいい蒸し焼きだな」 シェリーの言葉通り、のたうちまわる汚水腕はまだ身体中から水蒸気を吹き出し続けている。 噴き出す水蒸気はその後も止まることなく、やがて汚水腕はそのまま蒸発していった。 ● その頃、シェリー達から少し離れた所にあるマンホールの近くでは『天邪鬼』芝谷 佳乃(BNE004299)が気を引き締めていた。 「アークのリベリスタとしての、はじめてのお仕事ですわね。相手は引っ込み思案な方のようではありますが、是非とも愉しい経験にしたいものです。E・エレメントにどこまで感情があるか判りませんが、痛めつけたり、痛めつけられたり、というのはなんとも刺激的で素敵なものです故に」 佳乃の近くで待機している『渡鳥』黒朱鷺 仁(BNE004261)はそれを聞き、微笑半分、苦笑半分の表情だ。 「おっ、気合いが入ってるね。まあ、ちょっと物騒ではあるが。頑張ってな」 一方、佳乃は本気で心を躍らせているようだ。 「んー、何とも楽しみですこと」 それには仁も再び苦笑する。 「楽しみ、か。でも相手は汚水だぞ。好き好んで戯れたい相手じゃないな……というか、汚水のエリューションか。なぜに手なのかは分からないが、あまり意味はなさそうだな。汚水なら汚水らしく、浄化されるのを待っていればいいものを」 そう言ってふと足元を見下ろした途端、仁の眼差しが鋭くなる。 仁は超直感で汚水腕の一体がすぐ近くにいることを察知したようだ。 「お喋りは終わりだ。来るぞ――」 佳乃に言うと、仁はすぐ近くのマンホールを踏みつけて音を鳴らす。 数秒後、そのマンホールの蓋がはね跳び、汚水腕が飛び出す。 「待ちわびておりましたわ」 うっとりした表情と声音で言う佳乃。 汚水腕が飛び出す瞬間を狙って佳乃は居合で銘刀「冬椿」を一閃。 絶妙のタイミングで汚水腕を斬りつける。 だが、汚水腕もただ斬られるだけではない。 一部を斬り飛ばされて『水片』を飛び散らせながらも、左半分が繋がっている腕を振るって佳乃を殴りつける。 右カーブを描き、佳乃の胸を直撃するフック。 その衝撃で佳乃はすぐ後ろにあった公園の遊具に激突する。 鈍く、大きな激突音が辺りに響く。 「お前さんっ……! 大丈夫か!?」 慌てて佳乃を振り返る仁。 顔を上げた佳乃の口端からは少しの血が流れている。 だが、仁の心配とは裏腹に佳乃の表情と声音は先ほどのものに輪をかけてうっとりとしていた。 「まぁまぁ。やってくれます、わね」 それを見た仁は、今度は唖然と苦笑が入り混じった表情になる。 「そりゃ結構」 といつつも、仁は汚水腕の注意を佳乃から自分に向けることも忘れない。 言語が通じるか知らないが、身振り手振り、表情を加えてやれば多少は苛つくだろう――そう判断した仁。 彼は大げさなジェスチャーをしながら汚水腕に言い放つ。 「さっさと地下に引っ込んでくれないか? 鼻が曲がりそうだ」 挑発の効果があったのかは定かではないが、汚水腕は仁を新たな標的としたようだ。 身をしならせて仁に殴りかかる汚水腕。 「生憎、剣の持ち合わせはないんだ。鉛弾でも食っていろ」 一方の仁は冷静に敵の動きを見極めつつ、落ち着いて右手の銃をポイントする。 トリガーを引く仁。 あっという間に仁は全弾を撃ち尽くす。 近距離からの連射を受け、もともとちぎれかかっていた汚水腕は、手首の上辺りからちぎれ飛ぶ。 ちぎれた手と僅かな手首が目の前に転がってきたのを踏みつけ、押さえ込んだ所に仁は左手の銃を向ける。 再びあっというまに仁は全弾を撃ち尽くし、汚水腕の手を粉微塵にする。 硝煙を上げる両手の銃から同時に排莢しつつ、残った上腕部を見やる仁。 その視線の先では、地面をのたうつ上腕部に佳乃が刀を突き立てている。 ちょうど、とどめを刺した所のようだ。 「流石にヴァンパイアの方でも、この腕から吸血はなされませんわね?」 快楽と恍惚でうっとりしたまま、佳乃は仁に問いかける。 すると、仁は本日三回目の苦笑とともに答えた。 「汚水に食らいついた日には娘になんて言われるか。煙草ですら気を使って娘の前では吸わないというのに」 ● 仁と佳乃のいる位置から更に離れた所にあるマンホール前でも、戦いが繰り広げられていた。 「逃げ穴が一つしかなくても最強ねずみであるあたしは見事逃げ切ってみせるですぅ。てか、汚水とかくちゃい。さっさと終らせるですぅ」 そう言いながら、『ぴゅあで可憐』マリル・フロート(BNE001309)は魔力銃を構えた。 マリルの近くに立つ『続・人間失格』紅涙・いりす(BNE004136)は鋭敏な聴覚で汚水腕の動向を探っている最中だ。 「来るよ……『マンホール6』――!」 いりすの予告した通り、6番目のマンホールが開いて、そこから汚水腕が飛び出す。 だが、汚水腕はすぐに中へと引っ込んだ。 汚水腕に乗ったままだったおかげか、蓋はそのままマンホールの上に落ちたようだ。 かと思えば、たった今出てきたマンホールの隣――7番目のマンホールの蓋が持ち上がる。 「そこね――」 すかさず『マグミラージュ』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)が魔力の矢を放つ。 だが、またも汚水腕は咄嗟の動きでマンホールの中へと引っ込んだ。 代わりに魔力の矢を受けて、蓋の中心に穴が開く。 綺麗に蓋が戻った6番目のマンホールと、穴の開いた7番目のマンホールを見るマリルは、憤懣やるかたない様子でまくし立てる。 「もぐらたたきみたいに出たり入ったりするなですぅ。大人しくやられるといいですぅ」 直後、再び6番目の蓋が持ち上がる。 やはり即座に魔力の矢を放つソラ。 そして汚水腕もやはり、素早い動きで中に引っ込もうとする。 だが、先ほどとは違ってソラが狙ったのは蓋であった。 魔力の矢が蓋を砕いたおかげで、マンホールに入っていこうとする汚水腕が丸見えだ。 そこに向けて、マリルが精密射撃を行う。 手の甲から上腕にかけてを撃ち抜かれる汚水腕。 それでも汚水腕は止まらず、マンホールの奥深くに逃げ込もうとする。 しかし、銃弾に続いて飛んできた暗黒の瘴気を受けて、活動を停止したようだった。 ● 「皆さん、お怪我は大丈夫かしら?」 五体の汚水腕が倒された後、『大食淑女』ニニギア・ドオレ(BNE001291)は詠唱によって癒しの息吹を具現化し、仲間たちの傷を癒していく。 「もう少し戦いは続くようですから、ご無理をなさらないでくださいね」 ニニギアに黙礼すると、宗一は先程までの戦いを思い起こす。 「倒したのは五体。予知から得られた情報によれば、これで半分か。まだ、気を抜けないな――」 汚水腕の数を確認しながら、剣を構え直す宗一。 彼の言葉に未明が頷く。 「ええ。さっきから連中の動きが変なのよ」 「変?」 聞き返す宗一に、未明は考え込みながら言った。 「なんていうか、今までは獲物であるあたしたちのいそうな位置に集まってきたじゃない……でも、今は誰もいない方向を目指して進んでるっていうか。しかも、同時に一箇所へ集まってるみたい。音が集中しつつあるもの」 その時、激しい地響きが辺り一帯を襲う。 「な、何だ……っ!?」 驚きつつも、宗一は冷静さを保って周囲を見回す。 そんな彼の眼前で、地面が爆発したように轟音が鳴り、土砂が飛び散る。 次の瞬間、巨大な汚水腕が目の前に現れたのだ。 なんと合体した汚水腕が、アッパーカットで地面を突き破って地上に出てきたのだ。 「まさか……合体、したのか?」 宗一が呟くと、シェリーが言う。 「成程――切り札、というわけか。だが、切り札を出した時点で負けよ。どうせなら最初から使うのだったな」 それには未明も同意見のようだ。 「合体変身は強力だけど、追い詰めてるってのが分かって精神的には楽よね。折角まとまってくれたんだから、一気にいきましょ!」 現れるなり、汚水腕は最初に目を付けた獲物――小梢へと殴りかかる。 巨大な腕によるフック。 その威力は想像に難くない。 だが、全身のエネルギーを防御に特化させ、守りを固めた小梢はそれを受けても倒れなかった。 そして、それが汚水腕にとって大きな隙となる。 汚水腕が次の動きに移るよりも早く、シェリーが四色の魔光を放つ。 四色の魔光に貫かれる汚水腕に向けて、今度は鳴未とソラが魔力の矢を放つ。 続いて仁とマリルが銃弾を叩き込む。 その後、いりすが暗黒の瘴気を、ニニギアが浄化の炎を浴びせた。 更に、フラウと佳乃が左右からクロスするように斬りつける。 「さぁ、フィナーレだ。クタバレ、糞野郎!」 フラウの言葉を合図にジャンプする宗一と未明。 二人は跳躍状態から大剣を叩き付けた。 大上段の斬撃で、真っ二つに断ち切られる汚水腕。 巨大な二つの『水片』は、左右に倒れた衝撃で砕け散り、そのまま蒸発して消えていった。 ● 「初体験、堪能させていただきましたわ。やはりこういうのは、何とも”いい”ですわね」 戦いを終え、快楽と恍惚の余韻に浸る佳乃。 その横ではシェリーが油断なく周囲を見回していた。 「変質者とは、流石にやつらの事ではないだろうな。最後に不審者が公園に居ないか見回りしてから帰るとしよう」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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