●女の子成分が足りなさすぎる 「……名古屋様、一つお訊ねしても?」 アーク本部。口を開いたスタンリーは横に並ぶメルクリィを呼んだ。スタンリーは決して背が低い部類ではないが、この機械男と比べれば頭一つ分強の距離が開く。 その距離でメルクリィは「はい」と返事をする。若干――いや些か気まずい顔をしながら、視線はやや上。 『さよならスタンリー様 ~地球最期の日~』 ……そんな垂れ幕を眺めながら。 「何……ですか、スタンリー様」 「『何ですか』……それは私の言うべき台詞かと」 「え、えと……話すと長いんですけどね」 「簡潔にお願い致します」 「かくかくしかじかですぞ」 「……」 「……」 「……メタルフレームの血、鉄臭くて好きじゃないんですよね。……機械化部を牙で突き破る感覚はアルミホイルを噛んだ時のそれですし」 「かっ、噛まないで下さいねちゃんと説明しますから!」 それはちょっと時を遡る。 「時に蝮原様」 「何だ名古屋」 「お菓子パーティがてら、スタンリー様の歓迎会をしようと思うんですがどう思います?」 「スタンリー……あぁ、あのシケた面した懐刀か」 「本人は『元懐刀だ』って仰ってますけどね」 「へぇ。しかしお前等アークはフィクサードに容赦ないんだか寛容なんだか良く分かんねぇ連中だな。 ……まぁ、いいんじゃねぇのか? なんなら『ようこそ』じゃなくて『さよなら』とか書いて笑わせてみたらどうだ?」 「あ、いいですねー私あの人が笑ったところ生で見た事ないですし。『地球最期の日』とかも付け加えちゃえ」 「……嫌いじゃないぜ、お前のそういう馬鹿な所」 ……っていう。 「……」 スタンリーは黙り込んでいた。正確には何と言葉を発するべきか考えていた。 ――相模の蝮……貴様…… ――歓迎会? フィクサードの私に? 意味が分からん…… ――この糞ロボットが…… 無言のままのスタンリーにメルクリィは苦笑を浮かべる。 「う、『この糞ロボが』とか思ってるでしょ。でも、貴方は我々の仲間ですから」 行く宛も無いし、体調も未だ万全ではない。スタンリーは重要参考人としてアークに手厚く保護されている。打倒紫杏を目指すという点でもアークと一致しており、互いに協力しない手はなかった。 「……良い話で纏めようとしても無駄ですからね」 「あはははは……お手上げです。でももう準備、整っちゃってるんですよねぇ」 「……は?」 「私、『お菓子の世界』に住む『オカシな公爵』っていうアザーバイドのお友達がいるんですけどね。 その方に……ほら、二月でバレンタインじゃないですか。その事を伝えると『ホッホウ! ではしこたまお菓子を送りますネ!』って。 で、折角ですし皆でお菓子でも食べながらスタンリー様の歓迎会ができたらなぁ、と」 「フィクサードと共に菓子を食べたいなんて人。いらっしゃるんで?」 「いますぞ~ソースは蝮原様。それに貴方にもお友達いるじゃないですか」 「……何の事やら」 「素直じゃないなぁ……あ、お菓子が到着したようですぞ」 あれ、とメルクリィが機械の指で彼方を指さす。中空に現れたのはメルヘンチックな小さな扉、それがバンと開けば中から大量のお菓子が―― ※説明しよう! アザーバイド『オカシな公爵』はお菓子を作り出す能力があるのだ。 そのお菓子は天にも昇る気持ちになるほど美味しい。だがそのお菓子は『見た目がメッチャグロい』のだ! 「 」 SANチェック失敗。スタンリーダウン。 「スタンリー様? スタンリー様!? スタンリィイ様ーー!!」 血色の悪い顔を更に真っ青にして返事をしないスタンリーの肩を揺さぶるメルクリィ。 お菓子を配達し終え閉じるディメンションホールの傍ら、偶然通りかかった咬兵は何とも複雑な顔でそれらを見守っていた。溜息を吐いた。 「馬鹿ばっかかここは……」 「ばかばっか? あ、ナイス駄洒落ですぞ蝮原様」 「……実際、複雑だぜ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ガンマ | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月17日(日)23:19 |
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●甘い日、バレンタイン 「歓迎会なのにパティシエの選択ミスだと思うのです」 並んだ菓子に、その凄惨さにそあらは真顔で言い放った。アレが美味しいのは知っているのだが…… 「お菓子は見た目も大事なのです」 「バレンタインにお菓子! 心躍る組み合わせの筈なのに……筈なのに」 そあらとミリィの溜息が重なった。この光景はどういう事なんでしょうね、とミリィは傍らの咬兵に引き攣った顔で訊ねてみる。 「俺が訊きてぇ。まぁ味は良いらしいが……」 「はい、以前口にしたので美味しいことは分かっているんです。分かっているんですがモコモコテカテカして……」 そんなボヤキはアンジェリカが奏で始めたバイオリンの音色の中で靄になる。スタンリーの為にと奏でる歓迎曲。 尤も、肝心の彼はダウンしているようだが。 「メリクリさんも手伝って~」 「了解ですぞ~」 ぱたぱた、空色の翼をはばたかせるとらと、アンジェリカが用意した布団セットを手に彼女に続くメルクリィ。行く先はスタンリー。徐にこたつをセッティングしてゆくとら。 「あーん! スタ様が死にそう! こらっ、同志ティバストロフ! 同志マツダが死んじゃいそうですぞ!」 ンモー、とメルクリィにベルカが注意を一つ。しながら彼の真空管をキュッキュと磨き。 「いくら彼が猛者とは言え、いきなり公爵は難易度高過ぎるだろう」 「テヘペロ……!」 「テヘペロ! しかし実に嬉しいお招きである。いつもながらありがとう、同志!」 「こちらこそですぞ!」 いつも磨いて頂きありがとうございます、と笑むメルクリィ。そこへ。 「お菓子パーティーと聞いて! ……遊びに来たのは良いんだけど」 と、焔が得も言われぬ笑顔を浮かべて。 「ねぇ、名古屋。アレ、本当にお菓子……なのよね? お菓子ってのは……ホラ、アレでしょ。女の子が胸を躍らせるような華やかーなモノだったり普通しない? ソレとも私の考えが間違ってたのかしら? 嘘だと言ってよ、名古屋!」 ここまで一息。荒れた呼吸を整える。それから溜息。半ば諦めた目をしながら壁際でグッタリしているスタンリーを指差し。 「ねぇ、メインが倒れてるけど放置しててイイの?」 寧ろ記憶が飛んでいる方が幸せかもしれないが。蒼い顔の元懐刀。とらに引っ張られこたつ布団でグッタリしている。 「あぁ!? こ、この前助けたスタンリーさんの顔が前より青白く……! リ、リコルさんっ」 「承知で御座いますお嬢様! どうかお気を確かに……!」 主人たるミリィの指示が出た時にはもう、彼女のお付きメイドであるリコルが気つけ薬を手に駆け付けていた。 という騒動を知らず、リリは常の様に礼儀正しく『主賓』へ一礼を。 「初めまして。リリと申します。 私も六道紫杏を追っている身で、直接お会いした事はありませんが報告書などで貴方の事は存じております。 大変な思いをされたようで……お会いできて嬉しいです。今は同志、お仲間ですね。どうぞよろしくお願いしm」 ……死んでらっしゃる!? 「い、生きて下さい! お気を確かに!」 「しょうがない人なのです」 「もしかして俺が思ってたよりスタンリーって繊細……?」 お怪我はよくなったのかしら、と呟くそあらに「俺も公爵のお菓子初めてだけどさ」と毒々しい紫の脳味噌みたいなブツをもぐもぐしているクルト。 「だ、大丈夫か? 生きてるか?」 758を弄るか咬兵に嫌がらせか、そう思っていた竜一は「そうだ新しくきたスタンリーにアークというものを教え込もう」と目論んでいたのだが。既にスタンリーはSAN値直葬。つんつん突っついてみると薄ら目を開けた。 「よしよし、丸メガネ。泣け、今は泣くがいい。あいつだけが女じゃないさ。 大丈夫、流す涙は無駄じゃない。俺たちは、いつでも歓迎するからな。 君の様な不景気そうなツラの男を待っていたのだから」 同志よ、友よ――ようこそ、リア充撲滅委員会へ! 「……はい?」 スタンリーの肩に手を置き爽やかにサムズアップで微笑んだ竜一に、彼は眉根に皺を寄せる他に無かった。なんか勘違いしてるこの人。 「極楽?」 「遅いお目覚めね」 そこへかけられたのは少女と女の声。こたつの正面。頬杖のとら。傍らにはエナーシア。そして卓上には――とらが持ってきた成る丈マイルドな見た目のお菓子を、エナーシアがデコレートしてSAN値も安心な見た目にしたモノが。 (公爵の人のお菓子、私は好きなのだけどねぇ) 見た目で人を選ぶという意見もまあ理屈としては理解できるが……故そこを補って美味しく食べて貰おうじゃないか。 何でも屋は何でも出来るから何でも屋。様々な形の薄焼きクッキー、真ん中に穴が開いていたりするそれらに解体したお菓子を挟み込んで、チョコは接着剤代わりに少量。 そんなクッキーをとらはもぐもぐしながら、スタンリーを見遣っていた。 「……このコタツは貴方が?」 「うん、あったかいでしょ~」 「……有難う御座います」 「それじゃ、はい、アーン☆」 にぱっと笑って、差し出す菓子。躊躇うスタンリー。だったが、 「おひとつどうかしら。美味しいのですよ? 公爵だって善意で送ってきたのだから美味しく食べて欲しいはずなのだわ」 とらの笑みと覗き込むエナーシアの視線に負けた。躊躇いがちに身を乗り出して、僅かに一口。 「そのうちここが居場所になるよー」 その様子に満足するかの様にとらは笑顔を大きくした。 「未だ実感が湧きません」 「元フィクサードって事で色々気後れするかも知れないけど、そんなこと気にする人はまぁいないとは言わないけど、少ないから」 言葉を継いだのはスタンリーに挨拶へ来た悠里だった。 「正直、元フィクサードなんて珍しくないっていうか、バロックナイツのアシュレイさんがいる事に比べれば些細っていうか……あっ、言い遅れちゃったけど、初めましてスタンリーさん。設楽悠里だよ」 どうも、と柔く笑む。 「スタンリー・マツダです。お噂は予々」 悠里の名声は彼の耳にも届いていたらしい。「そうかぁ」と悠里は苦笑する。そのまま、壁にある例の垂れ幕を見て。 「……僕も歓迎会に『さよなら』はないと思う」 「ですよね」 「ま、まぁメルクリィさんもマムシさんも顔はちょっと結構かなり怖いけど良い人だから何かあったら相談すると良いと思うよ!」 「名古屋様は兎角、『相模の蝮』に易々と話しかけられるほど私の肝は太くないですよ 助言は感謝致しますが、と言う。嗚呼、悠里は思った。これから彼はアークの非常識さに揉まれていくんだろうなぁ。そうと思うと、ついつい優しい目になってしまう。 「……何か?」 「いやっ、なんでも! じゃあ、またね!」 濁す微笑みを残して、悠里は近くに在った公爵のお菓子を齧りながら去っていった。 とらはその背を見送りながら。 「時にフィクサードの主要七派にこたつを送りつけたら、皆外に出るのがイヤんなって、冬の間平和にならないかなぁ? 引きこもってれば、筋力が落ちて、長い目で見ると10%くらい戦力ダウンするかもだし~?」 「コタツもいいけどお菓子もね☆」 と、いつの間に入っていたのかコタツの中からニュッと顔を出したのは終だった。 「スタンリーさん初めまして☆ もうお体大丈夫? 公爵様のお菓子食べた?」 「……調理して頂いたものなら一口」 「えっ、そのままのを食べてないとか勿体ない!」 わさわさ這い出てきた終は微笑んだ。 「オレのお勧めはこれ☆」 ファッサァ。取り出してみせたのは――青カビのような物が盛大に生えたピラミッド型のお菓子。 「 」 「カビっぽい部分は甘さ控えめの和三盆糖みたいに上品な味わいで後味にミントみたいな清涼感ですっと溶けていくし、生地はふかふかというかもちもちというか形容しがたい食感だけど超病み付き間違いなし! 中のクリーム? クリームなのかなあ?」 「 」 「すっごい美味しいよ!! 騙されたと思って一回食べてみ……スタンリーさん? スタンリーさぁああん!」 「お菓子の見た目がだめなの?」 「お菓子は危なくないですよ」 グタァとダウンしたスタンリーの抜け殻を終が慌てて揺さぶっていたそこへ、現れたのはひよりとまおだった。「はじめましてなの。ひよりなの」とスカートの裾を摘まみちょんと挨拶をする前者、目をぱちくりさせる後者。 「安全って解ってもらうために、まおは試食したいとおもいます」 はいっと挙手をしたまおは言うが早いかマスクを取り払った。現れる蜘蛛顎。それを裂けんばかりにぐぱぁと開いて、絶えず伸縮を続けるピンク色の海栗の様なブツを一気に頬張り、バリグチャァ。 「わ、メロンパンと干しぶどうの味がして美味しいのです。これはスタンリーおすすめできるとまおは思いました」 ぱぁっと表情を明るくして、口の端にうぞうぞと蠢くピンク色の食べ残しを付けたまま。 「気持ちは有難いのですが」 スタンリーは微笑を浮かべていた。白目だった。グロイ。グロイよ! 「それじゃあ、めかくししたら、いいと思うの」 緩い頬笑みを浮かべて、ひより。 「見た目がこわいお菓子から、見た目がこわいおいしいお菓子になれば食べられるの。見えなくても、しんぱいないの、食べさせてあげるの」 はいこれ、と取り出すリボンでスタンリーの目を隠して。が、彼は相変わらず沈黙している。 「だいじょうぶ、どれが食べたいか、右・左・まんなかから選んで? たぶん、どれもおいしいの」 (多分……) 言葉の端々に突っ込み所が満載だが、好意を裏切るのも気が悪く。 「では右を」 「えっ。い、いきなりそれいっちゃうの? うひゃあ……あっ、えっと、はい、あーん」 「あの」 「あわわ、なんかでたの。うわー……。あっ、だいじょうぶ、だいじょうぶなの」 「何が大丈夫なのか詳しく」 「ほら。甘いにおいがするの。おいしそうね?」 困ったので目隠しを取られる前に食べさせておきました。何だかんだで物凄く美味しいので複雑な顔でもぐもぐしているスタンリー。ひよりも自分が食べる分には平気なのでぱくぱくうまうま。 嚥下して目隠しを外して息を吐いたスタンリーへ、まおが話しかける。曰く、凶悪なキマイラと戦い生還した事は凄い事だと。 「だからスタンリー様も大丈夫だってまおは思いますよ」 「……ありがとうございます」 緩やかに笑んだ。つられる様に少女も笑った。 一方では、 「メルクリィ……いつもいつもありがとな。実は俺、お前の事が ぐはぁ」 怪盗の能力で咬兵に化けメルクリィとほもほもしようとしたエーデルワイスが咬兵にバキューンと撃たれて隅に転がってたり。 それはそうとお菓子だ。 「ふふふ、このグミ最高……このモツっぽい感じが実に……野生を呼び覚ますぞーわおおーーん!!」 ベルカは元気一杯がふがふもにゅもにゅごっくん、口の端っこからだらーんとブツを引っ提げながら幸せそうだ。 「私、この前の時に、一生懸命味わいながら食べて味の再現ができないか、家で挑戦してみたんだけど……どうしても無理だったわ」 そう呟くのはニニギア。故に、待ち侘びていたのだ。公爵のお菓子を口に出来る機会を! そういう訳で割り切っていこう。あの見た目も何度も見てるからそろそろ慣れ……ない。慣れない。 「緑や紫がてかてか……恐ろしい色ですよ……」 ああ、でも、おいしい。美味しいのだ。目を閉じれば普通に最高に幸せなのだろうが、ついつい目を開けてしまう。きっと怖いもの見たさ。そして、スタンリーを始め同じ様にお菓子の見た目に対する仲間達の反応も楽しみたくて。 美味しいんだから、我慢の必要はない。蜜帆は年齢相応にはしゃいでいる。 「お菓子! お菓子食べ放題! これは女の子の夢だわ! お腹いっぱい食べ……」 やだ……凄くぐろい…… 一転。蒼褪めた顔。 「お菓子は見た目からって言うじゃない。いくら美味しくても精神的なダメージが……」 でも食べる。震える手でそっと掴んで、一口。そこからはもう楽園だ、美味という幸福が彼女を迎えに来る。 「おいしい! びっくりだわ! こんなお菓子初めて食べたかも!」 きらきら目を輝かせて……でもやっぱり見た目で躊躇してしまう。 と、そのモツっぽいソレを鷲掴む手が一つ。山田・珍粘――否、那由他・エカテリーナが虚ろな目をしながらバリムシャア。 「チョコを渡す相手も居ない私は、此処でお菓子を食べてろってことですね……」 美味しいじゃないですか、もぎゅもぎゅ。だが目に湛えた光は何処までも暗い。 「足りない、足りないですね。私のお腹を満たすには深い絶望を宿した暗い心が必要なんです。そんな心をソウルバーンしてモグモグするのが美味しいのにここは明るい気持ちばっかりで……」 ぶつぶつ。一方で蜜帆の目がキランと光る。私の目が黒いうちはぼっちの存在を許さない。そんなこんなで。 「ねぇ、これすっごく美味しかったわ。貴方のオススメも教えてくれない?」 那由他の顔を覗き込めば、不意打ちに目を丸くする彼女。 その付近では雪佳が、異次元菓子を前に神妙な顔をしていた。 「俺も甘い物は……まぁ、嫌いじゃないんだが」 眉根を寄せているも、本当は甘いもの大好き。恥ずかしいから公言していないだけ。 (これは本当に美味いのか?) 物を見た目で判断してはいけない事は勿論理解している。アザーバイドの測り切れない『非常識さ』も承知している。 それにしたってこれはどうなんだ。 呆然。思ってから脳内でかぶりを振る。決してアザーバイドの文化を否定したい訳ではないのだ。 (……これも異文化交流だぞ、俺……!) うむ、と頷き、覚悟を決めて――恐る恐る一口。 そして、駆け廻る衝撃。宙を漂う様な幸福感。 「この口の中で粉雪の如くとろける柔らかな甘さ。何という絶品……!」 甘い、美味い、やばい。 そこへ「おーい」と声をかけられ、見遣ってみれば那由他の隣で手を振る蜜帆が。一緒に食べよう、と。レディの頼みを断るのは男の道に反する。隣に座る雪佳であったが…… 「でも、おかわりは……う、うむ。夢の様な味は、ひと時の夢だからこそだ」 これ以上食べるのは、ちょっと。 そんなこんなで那由他はふと、やさぐれた心を感じ取った。見遣ってみる。スタンリーが。 ふむ。 (あの方も色々大変のようですしね。仕方有りません) なので、彼の近くへ。 「こんにちは。如何ですか?」 美味しいお菓子を手に、ニッコリ。他意は無い。仲間の心を食べたりなんてしませんよ? 優しいよ? エカテリーナウソツカナイ。 「おーい、はじめましてー。アークの者だぞー。これからよろしくお願いします、同志マツダ!」 顔色も戻ってきたかな? と、ベルカも両手いっぱいにモツっぽいグミを満載しながら登場。 そしてマツダSAN値直葬。 「スタンリーさんって意外と免疫力が無いのでしょうか? もしかして受け入れちゃってる私達の方が可笑しいのでしょうか?」 様子を見守っていたミリィは思い至って微妙にショックを受けていた。 それはそうと。気を取り直しては、いつもの様に隣に居る咬兵へと。 「蝮原さん、バレンタインなのですよ! えっと、用意してきたんですけど、受け取ってもらえますか……?」 「ほぉ? そいつぁありがてぇな。喜んで頂こう」 「! ありがとうございます!」 大喜びに表情を綻ばせる少女、その頭をポンと撫でる無頼。 その近くでは、リコルが皆の為に給仕に勤めている。美味しいお菓子のある所には美味しい紅茶や珈琲が必要だ。 「それにしても所変われば食文化も変わりますが、食べ物の形状も大幅に変わるものでございますね……」 折角来たのだ、一口も食べないのは逆に失礼だろう。という訳で、主人の傍にキチンと座し。 「では、失礼して……いただきます!」 思い切って一口。 ……これは。 「た……大変美味しゅうございます!!」 表情を輝かせて、手にしたお菓子を見る。やはり目に見える事柄だけで全てを判断してはいけないなぁ、としみじみと思うリコルなのであった。 だが未だにお菓子へ手を伸ばしたり引っ込めたりしている者もいる。うぅ、と焔は苦い表情を浮かべると傍らのメルクリィへ視線を遣った。 「ねぇ、名古屋。先ずはお手本見せて貰ってイイかしら? 分かってても……こう、自分から手を出すのは勇気がいるのよ」 「「ふむ」」 重なった声は、メルクリィと源一郎。視覚的衝撃が強すぎるお菓子。それでも味わって貰いたい。ダウンリーと焔を見て。 「手を借りるぞメルクリィ」 「合点ですぞ源一郎様」 という訳で、成る丈見た目がマシなお菓子を持ってきて。 「如何に問題無く味わえる代物か、今一度ご覧あれ」 メルクリィ、と源一郎が彼を呼ぶ。美味そうな表現を頼む。そんな視線に頷く758。 「肩の何某が割られた衝撃をそのまま美味に変換した様な勢いを希望する」 「えっハードル上がった」 「さぁ」 「えーっと」 うまいっ! \テーレッテレー/ 「こうですか」 「流石だ。さて二人よ、これは『斯様にメルクリィが絶頂する程の逸品』故」 黙って互いの顔を見る焔とスタンリー。前者はそろーっと食べ始め、後者は見守る構えだった。 「メルクリィ」 「はい源一郎様」 「折角故以前食した絶品の菓子を全て一度に食して貰いたく」 「……一度に!?」 「メルクリィならば入ると我は信ずる」 「ふむ、では半分コしましょう!」 「致し方なし」 頷いて、椅子に座って。 しかし――源一郎は思う。やれ、箱舟には節介焼きが多い事。 (……我も其の一人か) 見守る賑やかさ。 「チョコレートリキュールはいかがですか~!」 快の声が快活に響く。というのも、発注ミスで新田酒店を圧迫している大量のチョコレートリキュールの在庫を少しでも捌く為だ。 「名古屋さん、このチョコレートリキュールおいしいよ! ホットミルクで温かいカクテルにするとお勧めだよ!」 「お、では頂きますね! いつもお疲れ様ですぞ~」 労う言葉の近くでは、リリが難しい顔をしていた。 スタンリーがアレな状態なのはこのお菓子が原因なのだろうか。思いつ、一口。 「おや、意外と美味しいですね」 神秘は見た目に拠らないものだ。視線をスタンリーに向けて、その傍へ。「お近づきの印に」と、 「こちら如何でしょうか。しっかり下味を付けたからあげに、チョコレートをかけたものです」 「……唐揚げにチョコ、ですか?」 「私も最初見た時驚いたのですが……これが意外と美味しいのですよ」 その言葉を訝しむ男。それでも、しばらく考えてから小さく一口だけ。 「……、悪くは、ないですね」 「でしょう。世界は本当に色々な『不思議』に満ちていますよね」 「誰かさんの言葉を借りるなら複雑ってやつだな」 こんにちは、と話しかけたのはクルトだった。 「フィクサードを歓迎なんて、意味わからんか?」 「正直、そうですね」 静かに応えるスタンリーは、廃墟で錯乱していたあの男とは別人の様だ。「まぁ」と傍に座したクルトは頭の後ろで両手を組む。 「こう言うとこも、アークってことだ。俺もお前さんに大した敵意を持ったことないしな……そもそも敵として会った事なんかないだろ?」 聞いた話だけではそうそう敵意は持たんよ、と。スタンリーは黙している。考え込む様に。構わずにクルトは続けた。 「なぁ、スタンリー。拾った命、好きに生きればいい。でも」 視線を六道だった男へ。薄く笑みを浮かべて。 「どうせならアーク慣れした方が楽しいよ、きっとな」 「……そうですね」 そっと頷いた。そこへ雷音がやって来る。 「先日はお疲れ様だ。どうだ? 体の調子は」 「何とも言えない状態ですね」 主にSAN値直葬式で。苦い顔の彼に口直しと持ってきた緑茶を差し出しながら、雷音は柔らかく笑んだ。 「三高平の皆は皆、変わっていて、個性的で……それでいて『優しい』だろう?」 何だかんだで、スタンリーを気にかけての行動なのだから。 辛い事も勿論ある。この世界はいつだって意地悪だ。 でも――優しい時間も確かに、存在しているのだから。 「スタンリー、君も幸せになっていいのだ」 「……、だとするならば」 スタンリーは呟いた。多分きっと、今のこの状態は、『幸せ』なのだろうと。 全て失った。なのに、居場所がある。話しかける者が居る。生きている。 「ボクは君が無事で本当によかったとおもっている。君を大切におもう『彼』もいるんだ、ボクにとっても君が『大切』になりたいと思ってるのだ。 ……なんだか変な話をしてしまったな、つまらなかった、かな?」 視線を逸らす。返ってきた男の声は、「いいえ」だった。 「私は貴人方に感謝しております。貴人方が支えてくれたから――私は死なず、此処に居ます。 ですから。……『大切』な貴方の、皆様の力となる事が、今の私の望みなので御座います」 私に出来る事はありますか? 少女を見遣るその目を、雷音は見上げて。ふむ、と。 「君はお菓子作りが得意と聞いた。もしよかったらレシピをおしえてもらえないかな? 喫茶店でも振舞いたいとおもうのだ」 「仰せのままに、お嬢様」 微笑んだスタンリーは、雷音にクッキーのレシピを伝え始める。 ●バレンタインキッスを君に 「ひいいい、なんっすかこの現代アートみたいなお菓子は!」 美味しいらしいが何と言うか。千幸は異世界お菓子にはわはわしていた。ウワァ。そういう訳で頂く前に用事だけ済ませてしまおうばびゅーん。 「テリーくーーん! どこっすかぁーー!!」 「お?」 「わあっ、思ってたより近くに居たんっすねっ」 びっくりした、と苦笑して。それからハイッ! と差し出すのは、 「チョコの飴っす!」 え、俺に? ガスマスク男はキョトンとする。 「テリーくんじゃなくって……これを、もしジョニーくんに会えたら渡してほしいんっす」 自分より会える確率が高いと思って、と千幸は肩を竦める。 「あれからじわっと罪悪感がわいてきちゃいまして……カードにも書いときましたが、防寒具いただこうとしちゃったお詫びっす。 ほんとは自分で渡すのがスジってもんなんでしょうが、このとーり! 宜しくっすよぉ!」 「で、俺の分は?」 「テリー君には無しっすよ? だって可愛い彼女からチョコ貰うんっすよね!」 このこのぉ。肘で突っつき、それじゃあマタネと笑顔で駆け去っていった。 のは、レイラインがズゴゴゴゴッとテリーの背後に居たからだ。 「テ~リ~……なんじゃ今のは」 「えっあっいやこれはあの子があんちゃんにって渡してきて」 「わらわというものがありながらー!」 フッシャーと飛び掛かる! と見せかけて。逃げようとしたテリーの背中にどーんと抱きついた。 「にゃんてなー! 冗談じゃ、分かっておるわい」 「んだよ~ビックリさせんなよー」 己が身体の前面にある彼女の手をぎゅっと握って、「俺の一番はお前だから」と。 その言葉が、嬉しくって。レイラインは彼の羽にすりすりと頬擦りをする。ふわふわ。温かくて柔らかい。 そのまま埋もれていたいけれど――顔を上げるや、いつもよりヤケに高いテンションで彼女は笑った。 「さーて一緒にお菓子食べようなのじゃ! それにしても相変わらず変な色じゃのう。にゃふふ」 そうだな、と応えるテリーには、本心を悟られないように。 空元気。 大丈夫だと脳内で繰り返した。 何ともないから、大丈夫。 「……」 テリーはいつになく笑う彼女をじっと見ていた。それから徐にガスマスクを脱ぎ捨てて。 「おい」 「? ……っ!」 手を引いた。引き寄せた。重なる体温。零の距離で。目を閉じて。 「俺、頭わりーからよくわかんねーけどよぉー」 額同士を合わせ、手を握り締める。どうしたんだ。その違和感を言葉に上手く出来ないから、行動で示す。 それに。 その優しさに。 じわり、浮かぶ涙と一緒に、我慢していたものが堰を切る。 「わらわは……この手で、罪の無い人達を……」 懺悔するのは先日沖縄で犯してしまった罪。止め処ない涙。 「テリー……ひっく……てりぃぃぃ……うあぁぁぁん!!」 今だけ、ちょっとだけ、胸を貸して。 明日には、元の自分に戻るから。 「大丈夫。俺が傍に居てやるよ。地獄の果てまで付き合ってやる」 ぎゅっと彼女を抱きしめる。深く優しく。たった一人の女の為に今までフィクサードとして築いてきた全てを捨てたのだから。 包まれる温もり。レイラインはその優しさに、そっと目を閉ざす―― ――そして泣き疲れて寝てしまって、チョコを渡しそびれてしまって、後日届けに行かねばならない事実に気付いて赤面したのは、また別のお話。 ●バレンタインキッスを君にの裏でたやすく行われるえげつない行為 「蝮さん! 本当に上質のチョコレートリキュールは、アルコール度数と甘さを控えめに仕上げた上品な仕上がりなんだ。ストレートなら、きっとキューバ産の葉巻なんかに合うと思うよ!」 励む快の声。 その一方で、竜一は血が出る程唇を噛み締めていた。 「くっ……早速、リア充の気配!!」 第三の目が疼く。その先には、テリーとレイライン。 (だが……数々の戦いが、俺を磨き上げた……!) 握り直す拳。 強く地を蹴る足。 「喰らえ、テリー! いや、リア充よ! これが、悲しみの一撃だあああ!」 竜一の拳がテリーに迫る…… 「ふう、いい仕事したぜ」 残るチョコレトリキュールは僅か。息を吐く改。 と、守護神アンテナに不穏な電波が届く! (あ……あれは竜一!) また性懲りもなく……見過ごせない。守護神()的に考えて。 舞い降りろセ●ール神! ブワッサァアア! \メルクリィさーん!/ ぶわっ。 コキャッ。 テーレッテー ※具体的に言うと、偶然近くをばびゅーんと走りぬけたルアが巻き起こした風に蹌踉めいた竜一の隙を突いた快が後ろから彼に近付いて首をコキャっとへし折って悪行を防ぎました。やったね! ●やつとあいつとみんなみんなで 「どっかーん★」 「ルア様ー♪」 むぎゅーっと抱きついてクルクル。いつもの様にメルクリィが高い高いをしてくれて、ルアはほわほわとした幸せにころころと笑った。 そのまま肩車されている姿勢で、背負ったウサちゃんリックをゴソゴソ。 「あのね、エスターテちゃんと一緒に作ったの。メルクリィさんにあげるね!」 手作りチョコだよ! とピンクとショコラのラッピング。驚きと喜びに目を丸くするメルクリィ。花の形のメッセージカードには、彼の似顔絵と手紙が書かれていた。 『メルクリィさんへ。 初めてアークで会った時からもう随分と時間が経った気がするね。 その時から変わらないメルクリィさんの笑顔と撫でてくれる手が大好きなの♪ ありがとうの気持ちを込めて。ルアより』 「……えへへー」 照れ半分、でもそれ以上に嬉しさ一杯。そんなルアを、メルクリィはぎゅーっと抱き締めた。 「ありがとうございますね、こちらこそ――これからも宜しくお願い致しますぞ!」 「うん、よろしくねーっ!」 きゃっきゃとはしゃぎ、自分の髪を撫でる機械の手に小さな手を重ねた。視線が合えば、ニッコリと。 一方では、そあらがスタンリーの傍に居た。 「あの時はひっぱたいたりしたですけれど正気に戻ってよかったのです。痛かったのでしたらごめんなさいですよ」 「いえ、寧ろ感謝していますよ。あのまま正気に戻れていなかったら……」 今自分はここに居ない。共に死闘を乗り越えた者同志の奇妙な絆。 本当に奇妙なものだと、そあらは小さく苦笑する。それからふと、件のお菓子を視線で示し。 「ところであのおかしの攻略法は目隠しをしてですねぇ」 「……先程やりました」 だがどうしても、どうしてもなんか。 「ふむふむ、見た目も楽しみたいのでしたらそあらさん特製のお菓子食べるです?」 しかしそあらは抜け目ない。という訳で取り出したのは(´・ω・`)な顔をした苺フレーバーなポップチョコ。頂きます、とスタンリーが齧ると(´・ω となって…… 「かわいそうな気持ちになるのです」 「……」 「よぉ、スタンリー。相変わらず顔色悪ぃなぁ?」 そあらが(´・ω・`)としている時に、顔を出した瀬恋がヒラリと片手を振って現れた。 懐かしいあのヤロー。唐突に顔を近づけるやメンチを切る。 「アタシをボコにしといてノウノウとツラ出すたぁいい度胸だな?」 「……貴方には私を殴る権利が御座いますよ、坂本様」 間近の眼光をじっと見返し、『貴方になら殺されても構わない』と言外に言う。 その、堅っ苦しい真面目さに。瀬恋は思わず噴き出し笑った。 「ジョーダンだよ。ノサれたアタシが悪ぃんだ。そのオトシマエはそのうちキッチリつけるけどな」 実に彼女らしい一言と共に隣に座した。姿勢正しく座っている男とは対照的に、マイペースに背凭れに身を預け。 「ま、ココはマムシのオッサンやアタシみてーにフィクサード上がりなんざ珍しくもねぇ。気楽にやりゃいいさ。 あと、次に六道の姫さんが出てきたらアンタと取り合いになりそうだけど、そんときゃ早い者勝ちだからな」 「……仰せに儘に、お嬢様」 「誰がお嬢様だよ……まぁいいや。そゆわけで、お近づきの印ってヤツにこれやるよ」 と。意地悪く笑いながら。 瀬恋がいきなりスタンリーの眼前に突き付けたのは、見た目が特にグロい菓子だった。 「食えよ。今ココで……って伸びてやがる」 「あっ! スタンリーがしんでる!」 無駄に女子力の高い声でウーニャが机に突っ伏すグッタンリーを指差した。 「はしゃいでる場合かよ」 まぁこれはこれでザマミロだけどと思いながらの瀬恋の声に、ウーニャは「そうね」と苦笑して。 「元六道なのにグロ耐性0なんて手のかかる人ね」 「……Bugger!」 ボソッと呟いた「くそっ!」という『素』をウーニャは聞き逃さなかった。ほら大丈夫? その背を摩る。 「最近周りが殺伐してるから誰かを甘やかしたい気分なの。私の目に止まったのが不運と思って付き合ってね」 上げられた蒼い顔の、赤い髪をぽんと撫で、少女はにっこり。 そういう訳で、スタンリーが落ち着くまでウーニャはその背を撫でてやり。 「ほら、紅茶と普通のお菓子」 作ってきたから、と淹れたての紅茶にハート型のガトーショコラ。お皿に盛る時は生クリームを添えて、シュガーパウダーの粉雪を降らせて見た目も奇麗に。フォークを入れれば、中から真っ赤なフランボワーズソースがとろりと顔を覗かせた。 「はい、あーんして」 ハートが付きそうな口振り。一瞬反応に困るスタンリー。 「……私だって相応に小恥ずかしく思ったりするんですからね」 一言、目を伏せ口早に言うとそれを一口。濃厚なチョコレート生地に、練り込んだアーモンドプードルが香ばしい。 「美味しい?」 「……えぇ」 「ね、お菓子作り得意なんでしょ。今度食べさせてね」 『はい、あーん』ってね。悪戯っぽく笑うウーニャに、スタンリーは諦めた様に「仰せのままに」と答えたのであった。 バイオリンの演奏が終え、アンジェリカはいそいそとお菓子を手にしていた。ぱくっと一口。やっぱり美味しい。 と――綻ぶ表情でもぐもぐしていると、視界に咬兵の姿が映る。あ。どうしようか。躊躇は僅か、顔を少し赤らめながらもそぉっと傍へ。 今日着ているのは中等部制服なのでちょっと恥ずかしい。それを察してか、咬兵は薄く笑みながら「似合ってるぜ」と言い遣った。少女の顔の紅が濃くなる。 「公爵のお菓子、食べないの……?」 その照れを隠す様に問うた。「別に」と返ってきたので「じゃあ」と少しもじもじしながら、取り出したのはとあるお菓子。 「あの、これボクが作ったんだけど……良かったら食べて」 「これは?」 「三不粘……『歯につかない、箸につかない、皿につかない』っていう意味の、面白いお菓子だよ……」 へぇ、と興味深げに咬兵はそれを一口。 「美味いな」 「有難う、嬉しい……!」 真っ赤な顔に幸せそうな笑顔が咲いた。 「優しい所もあるんだねー」 そんな隣、ハサミをチョキチョキしながら葬識が笑っていた。 「神出鬼没浸出奇抜なのが俺様ちゃんだよ。葉巻って美味しい? 一本ちょうだい☆」 「ガキにゃ早ぇよ」 「成人済みだよ」 その言葉に、仕方ねぇなと渡される一本。 ではでは。吸い口を自慢の鋏で作って、火を点けて。ふわり。煙。 「ん、わかってはいたけど、煙たいね」 「言ったろ、『ガキにゃ早い』って」 「蝮原ちゃんは甘いものって好き?」 「美味いもんが好きだ」 「俺様ちゃんは大嫌い 獄獄甘いこの世界みたいで寒気がする。ねぇ蝮原ちゃんは人を殺す時どう哲学する?」 唐突にリドルを一つ。答えの出ない質問一つ。 「殺しに哲学のクソもあるかよ」 呆れた様な物言いだった。彼は哲学やら美学やら、そういったモノとは正反対に生きる男である。 「俺様ちゃんにとって殺しは生き様で美学だよ。愛してるから奪い取りたい、自分だけのものにしたい、解体して中身を観たいんだ」 『ヒト』の心が知りたいんだと葬識は言う。「へぇ」と咬兵は答える。好きにやりゃ良いんじゃねぇの、と。 「こうやってさ殺したい相手の隣で一緒に葉巻を吸うことがある――なんて、運命の女神様は気まぐれだね☆」 「殺したい、か。好い加減聞き飽きた台詞だぜ」 ぶっ殺してやる、殺してやる、かれこれ何度言われた事か。葬識は笑った。遠くで歓迎を受けている腐別のフィクサードを眺めながら。 「咬兵」 と、煙を吐いた咬兵の名を呼ぶ者一人。真っ直ぐ彼を見遣るのは虎鐡だった。 「拙者、今まで喫茶店スキルを行かせてなかったのでござる。だから咬兵……接待させろでござる」 「へぇ?」 興味深げに咬兵が片眉を持ち上げた。そこへ差し出すのは、スコーンと紅茶。 「拙者が持ってる喫茶店調理スキルを全て解放して作ってやったでござる。 本当は仁蝮組から情報収集をした結果咬兵の好物のミートスパゲティを作ろうかと思ったのでござるが冷めてしまうと不味いでござるからな……」 「お前、何処でそれを……」 それはそうと。必ず驚かせる出来を提供してやると意気込んでいた虎鐡の作品は―― 「……悪くねぇな」 とても美味しかったそうです。 ●お菓子大好き! 「うむ、見た目は良くないが美味しいの持ってきたから一緒に食べよう」 「ですな。いただきまーす」 メルクリィの傍にちょんと座り、陸駆はお行儀よくイタダキマス。友達と一緒に食べるお菓子はとても美味しい。 と――陸駆は視線に気付いて、メルクリィを見遣った。ハッとする彼の目に、心配の色があったのを天才は見逃さなかった。 「安心しろ、この天才はたとえ依頼が失敗しても必ずもどってくる。貴様はそれを笑顔で迎えてくれたらいい」 そのまま真っ直ぐ見て、言う。 「いつもただいまを言ってやる。ちゃんと、かえってくるぞ、なんてったって僕は天才だからな! 荒事は天才に任せるのだ! あいきゅーも53万あるしな! だから、貴様はおかえりなさいというのだ。――言えなかったあの子の分まで。 「なるべく、心配させないように考慮はする」 頷いた彼の頭を、メルクリィは優しく撫でた。 「ありがとうございます」 約束ですからね。差し出す小指。絡めて紡ぐは、約束の歌。ゆびきりげんまん。 「全くこの時期は甘いものだらけであるな。まぁ皆が楽しんでいるならばそれも良いが……」 「優希も甘いのは苦手なんだもんな?」 翔太、優希、互いに持参した甘くない系の菓子を美味い美味いともぐもぐしながら。 「アレ食うのも躊躇われるしなぁ……挑戦してみたいとこでもあるが、俺は止めておくよ。優希はどうする?」 「フ、挑戦せよと言われたら、後に引く事はできまい! さあ翔太、このよくわからぬ菓子達の味見をしてやるとしようか」 食べるとなれば冷静に、意を決し、どんなものでも。 で、滅茶苦茶美味しいから反応に困る。 「……あ、蝮原も良かったら食わねぇ? まぁ葉巻吸ってるから甘いのなんてあわねぇだろうしさ、良ければだ」 持ってきたのだけどよ、と言葉に困ったので取り敢えず翔太は咬兵に話しかけてみる。話しかけるのは初めてだが、まぁいっか。 「その辺に置いときゃ勝手に食う」 「はいよ。そういや、あんたがアークに来てから結構経つけども。もう、このノリ慣れたか?」 「……慣れねぇとやっていけねぇ」 「それもそうか。いつもお疲れ様であるな、柿の種で良ければ是非にだ」 苦笑する優希。しかし、何だかんだでアークもバレンタインは盛況だ。 「全く大した祭り好き達だ。まあそういう所が悪くはない」 口元を綻ばせて優希は皆を見る。六道だったあの男もここに少しずつ馴染んでいければ良い。心の中で密やかに応援を。 そんな視界の先にはニニギアが、通りかかったメルクリィに「公爵様にありがとうって伝えてね」と笑いかけている。ほのぼの。だが他方リアルファイトも展開されていたり。 「うおおー!」 「くっ……」 久嶺とヘクス、取っ組みあってぐりぐりゴリゴリお菓子の食べさせあいっこ(物理)。 久嶺がヘクスの口に押し付けているのは手作りチョコ、ヘクスが同様にしているのは公爵製の『ぱっとみ人の目玉に見えるけどよくよく見るとなんか小さい生物とか銀色の名状しがたいものが泳いでる様に見えて見る見る内にSAN値が減るね』と言いたくなる生温い物体だ。 ごろんごろん。ギリギリギリ。咬兵の脚元にまで。 「あぁ、蝮の御兄さんは御無沙汰しています」 「あ、ごきげんよう、蝮原さん! なんかちょっと久々に会った気がするわねっ……!」 「……何やってんだお前等」 「止めないでくださいませ! だって、アタシのチョコ食わないのよ、こいつ! せっかく作ったのに! コイツ、ぶっ倒す!」 「第一ですね、チョコを溶かして固めただけで手作りと言うのはいかがなものかと思うんですが」 そんなこんなで真っ赤な顔だわお菓子でべとべとだわ。実際複雑だぜ。 「ぜぇ……はぁ……不毛だわ、やめましょう……お菓子もったないし……アタシの勝ちでいいわよね」 「別に良いですが、ヘクスは負けてないですからね」 肩で息をしながらようやっと離れた。息を整えつつ、久嶺は何とも言えない顔で見守っていた咬兵へと見返る。手作りチョコを投げ渡しながら。 「あ、これ、蝮原さんへのチョコよ。ちょっぴり大人なビターなヤツ。お礼は三倍返しでいいわよ!」 「ほう? 俺におねだりか」 「うふふ、冗談冗談、いらないわよ、いつもお世話になってるからね」 ありがとよ、という咬兵の言葉にニッコリ笑う。さて、と傍らのヘクスは眼鏡のズレを直しつつ。 「用事がすんだら帰りましょうかね。家にチョコケーキを冷やしてありますから」 何だかんだで、仲良し二人。 ●貴方に会えて良かった 「スタンリーさんお酒飲む? 飲むよね! はいこれお近づきの印!」 快は相変わらず酒店無双をしていた。「貴方『アークの守護神』の……」と言いかけたスタンリーにチョコレートリキュールを手渡して。チョコレートリキュール要りませんか~、と会場の人混みの中へ。 「……、」 スタンリーは受け取ったそれへ視線を落とし。それから、ふと顔を上げてみれば。 「「あ」」 声が重なった。目を丸くしたヘルマンが、そこに居た。 「スタンリーさん大丈夫ですか倒れたって聞きましたけど!?」 「……お陰様で」 「もう! そんな細っこいからそうなるんですよ! ちゃんとご飯食べてます?」 「食べてますよ、餓死しない程度には」 「餓死しないていどじゃ足りませんよ! せっかく今日はお菓子パーティですし……たくさん食べて大きくなりましょうね!」 「大きくって貴方――」 成長期の子供じゃあるまいし、という返答は、純度100%笑顔のヘルマンが差し出したグロ菓子のSAN値直葬に飲み込まれた。 「 」 「すっ スタンリーさん!? うわあああスタンリーさんがナイアガラバックスタブぅうう!!」 しばらく美しい花々の映像をお楽しみ下さい。 「……」 一方で、エリエリは机の下の物影で三角座りをしていた。今日は姉妹と一緒ではなく、一人。というのはヘルマンをおちょくる為。 (どうせレイラインおばあちゃんは彼氏とらぶちゅっちゅだし、ヘルマンさんも新しいお友達とやらにむちゅーでしょうし! そいつの顔を拝んでやるのです!) 「痛い痛いちょっやめ ウワアー」 不定の狂気なスタンリーにガブガブ噛まれまくっているヘルマン。 を、エリエリはただ眺めつ。 (けっして、嫉妬してるわけではないです!) 敵を知り、弱点を知り、邪悪ロリ的に付け込む為! 「……どうせえりえりなんて友達とかいって、新しいおもちゃを買って忘れられる古いお人形さんですよふーんだ」 泣いてないもん。お菓子がじがじ。 そんなエリエリを更に遠くから眺めている僧職系男子が居た。フツさんである。 なんとなく寂しそうだしな、と思うのは――理由は幾つか想像できるが――自分にも同じ様な体験があったから。 だからといってそれを慰めるのもなんだ。「一緒に混ざればいいじゃないか」と言っても、それが出来る子でもないらしい。だから、背中を押したりはしない。 「……なんか立場逆じゃないです?向こうのほうが邪悪っぽくないです?」 ボソリ、呟いたエリエリへ。 「オッスエリエリ、コレも食べるといいぜ」 「あっフツさん」 色々食べれば気持ちも落ち着くだろうから、どんどん食べさせよう。差し出すお菓子。無言で受け取り齧る少女。その様子を、横目に見護りつつ。 「エリエリは人形じゃないから大丈夫だヨ」 さりげない、何気ない、易しい声の励まし。ピタリと止まるエリエリ。 「あれっエリエリさーんそんなとこでなにしてるんです! こっちきてお菓子たべましょうよ!」 直後に彼女に気付いたヘルマンが手を振った。エリエリはフツを見、それからヘルマンを見。 「……仕方ないですねぇ。まっ暇潰しになるから行ってあげないこともないです」 素直じゃない少女はふんと鼻を鳴らし、笑顔のフツに見送られては『友達』の元へ。 「えと……大丈夫ですかスタンリーさん生きてる?」 エリエリから本日何度目かのグッタリ中であるスタンリーに視線を移し、ヘルマンは心配げにその顔の前で手をひらひら。反応がないから心底ヒヤッとしたが、 「……大丈夫じゃないですが死んでませんよ」 ずれた丸眼鏡を直しながら溜息を吐く吸血鬼。良かったぁとヘルマンは胸を撫で下ろした。それから、浮かれた仲間達の声をBGMに。 「どうです、アークは。賑やかでめちゃくちゃで、わたくしは結構こういうの嫌いじゃないんですけど……えっと、わたくしがこれ言うのはなんかおかしい気もするんですが……」 照れ臭くて苦笑。 思えば奇妙な縁だった。 こんな日が来るなんて思いもしなかった。 笑いながらも泣きそうになって、でも笑った。 「アークへようこそ。改めて、これからよろしくお願いしますね」 差し出した手。 を、スタンリーは何処か驚いた目で。次いで、ヘルマンの双眸へ。 何か言おうとした。だが、今更無粋か。何処か張り詰めたモノが切れた様な、生来の笑みを緩やかに浮かべて。 「……あぁ。宜しく頼む」 手を取った。握手。フィクサードもリベリスタも、掌は温かい。 ●ごち 最後は皆で、「御馳走様でした」。 『了』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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