●『それ』は無粋な来訪者 大きな袋を抱えながら家路を歩いているのは、中学生くらいの少女だ。 綺麗に切り揃えられた長い黒髪を持つ彼女は、そっと空を見上げると少しだけ不安げに眉を下げる。 (すっかり遅くなっちゃった。お母さんに心配かけちゃう) 日はすでに傾きかけていた。だんだんと暗くなっていく辺りに急かされるように、少女は歩みを早める。 (いっぱい買いすぎちゃったかな。でも、これだけあれば失敗した時も安心だものね) 丸い瞳が、腕に抱えた紙袋をちらりと見やる。甘い香りが少女の鼻孔を悪戯にくすぐった。 慣れないお菓子作り故に失敗するかもしれないが、諦めずに何度も作り直そう。そう、少女は決意をかためる。 季節は冬。二月。密かに慕っている相手に想いを伝えるに相応しい例のイベントは、もう目前まで迫ってきていた。 この袋の中には、少女が勇気を出して買った甘い材料の数々が積み重なっているのだ。 (……受け取ってくれるといいなぁ) ゆっくりと目を閉じ、愛しい彼の顔を思い浮かべ、鼻歌交じりにはにかむ少女。 彼女の寿命は、あと五分。 甘い匂いに誘われて、気付いたら『それ』はここに辿り着いていた。 ここはいったいどこだろう。見慣れぬ景色にそう思ったのも、たったの一瞬だけだ。 後は、魅惑的なその香りの正体を探る事に夢中になるだけ。常日頃からそれを求めている『それ』にとって、さして難しい事ではなかった。 しばらく辺りをふわふわとさ迷い、『それ』はようやく匂いの元を見つける。 ――嗚呼、アレだ。アレ。アレ、欲しい。 ゆらゆらと、『それ』は良い香りのする袋へと近づいていく。 そうして、目が合った。袋を抱えていた、少女と。 先に響き渡ったのは彼女の悲鳴か。それとも、異世界からの来訪者の笑声か。 次の瞬間には、辺りには鮮血が舞っていた。 どろどろと、とろとろと。倒れ伏した少女を中心に、赤が広がっていく。 それはまるで、溶けたチョコレートのごとく。 ●阻まれた恋路 「アザーバイドの討伐、または送還をお願いするよ」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の小さな唇が、今宵の任務の内容を語る。 今回の対象は、カボチャを模した飴細工の頭とチョコレート色のマントの体を持つ、人間よりほんの少し大きいサイズのアザーバイドなのだと言う。 どうやらお菓子を好んでいるようで、被害者である女子中学生の持っていた袋に入っていたチョコレートの匂いにつられ、彼女に襲いかかったらしい。 アザーバイドは死してなお袋を手放さない彼女ごとお菓子を持ち帰る予定のようだが、これだけの量ではまだ満足出来ていないようだ。 他の者やお菓子を取り扱う店が狙われるのも、時間の問題であろう。早急な対処が望まれる。 「アザーバイドは、ギザギザとした歯でかじりついてきたり、ステッキから火の玉を出して範囲内にいる人達を燃やそうとしたり、気味の悪い笑い声をあげたりするよ」 その上、近づいてきた者達を、甘い香りで惑わそうともするらしい。 そして――。 「襲われた少女も、E・アンデッドとして革醒してしまった。そちらの討伐もお願い」 フェーズは1。長く伸びた髪で複数の者を縛りあげたり、甘い言葉で味方の傷を癒したりするようだ。 今から急いで現場へと向かっても、彼女を助けるのには間に合わない、とイヴは告げる。 そこにいるのは、もう恋する無垢な少女ではない。リベリスタ達が倒すべきエリューションなのだ。 「くれぐれも、気をつけてね」 イヴの声を背に、リベリスタ達は甘い香りと血の匂いが交じり合う戦場へと足を向けた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:シマダ。 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月15日(金)22:57 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●季節外れのトリックアンドトリート その不可思議は菓子を好んだ。甘い香りに誘われて、迷い込んだ先はボトム・チャンネル。 誘惑に耐え切れず、作り上げたのは一体の屍。 今宵リベリスタ達と対峙するのは、恋の甘い苦いも知らない、そんな無邪気で残酷なアザーバイド。 「死ぬには寂しい場所だっただろう」 夜の住宅街を見やりながら、『破壊の魔女』シェリー・D・モーガン(BNE003862)が呟く。その瞳に宿るのは、憤怒の炎だ。 「向うの流儀で殺されたのだ。ならば、妾の流儀を通させてもらう」 体を駆け巡るその感情に、少女の瞳が鋭く細められた。じわじわとにじり寄る戦いの気配に、魔女は術杖-ENFORCER-を構え備える。 「常識は世の数、人の数だけあるけれど……流石に無粋すぎるわね」 「えぇ、全く無粋。幸せになりたかったろうに」 『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)の言葉に、『いとうさん』伊藤 サン(BNE004012)も頷く。 アザーバイドの世界でたとえそれが常識であったとしても、この世界でそれは赦されない。 (分かり合えないって悲しいよね。だから僕等は、戦争をするんだ) 一見無表情に見える伊藤の顔。けれど、純朴な彼の中では確かに、大きな感情が暴れ狂わんばかりに渦巻いていた。 「女の子、可哀想にねぇ」 『死刑人』双樹 沙羅(BNE004205)は、呟いた言葉の後に「殺しておいて、還すのは癪だね」と続ける。 処刑人が自ら手をくだしにきたのだ。ならば、する事といえば決まっている。 斬って殺して蹂躙する。手を血に染めたアザーバイドをむざむざと還す気など、沙羅には毛頭なかった。 「好きな子に告白する前に、か。なんというかやりきれないところがあるな」 少女の気持ちが踏みにじられてしまった事に、 『ダブルエッジマスター』神城・涼(BNE001343)の表情に普段の明るさはない。 けれど、どうにかしなければいけないのは事実だ。同情する気持ちはなくはないが、放っておくわけにもいかない。 「……因果な商売だぜ。全くな」 日は暮れ、血の香りが彼らの鼻孔をかすめる。武器を構えた涼が睨む先には、異形がふわふわと佇んでいた。 「チョコに釣られるとは……悪意はないのかもしれんがね」 その迷惑な来訪者に、『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE003364)は肩をすくめる。 「ただ、少女は災難だったな……。しかし事ここに至っては致し方ない」 ――須らく、撃破させてもらおう。 こうして今日もまた、リベリスタ達に因果な仕事の時間は訪れる。 『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)の瞳は、千里をも見通す。 碧色の隻眼が、世界の歪みの場所を探り当てる。異世界へと続く穴は、そう遠くには離れていない。 この距離ならば、アザーバイドを誘導するのもそう難しい事ではないだろう。幸いにも、辺りに人の気配はなかった。 道を阻むように置かれているのは、立て看板にカラーコーン。エナーシアの用意した通行止めキットだ。コーン同士を繋ぐように、ぴんと張られたテープが他者の侵入を拒んでいる。 『箱庭のクローバー』月杜・とら(BNE002285)の張った強力な結界の力もある。途切れた恋路に、無関係な一般人が迷い込んでくる心配はないだろう。 今宵此処に立つのは、リベリスタ達と異世界からの来訪者。 そして、物言わぬ死体だけ。ここはもう恋路ではない。戦場の上だ。 「此方は此方の流儀で行かせて貰いませう。さてと、覚悟は宜しいかしら?」 無関係ではない一般人……エナーシアの問いを分かっているのかいないのか、リベリスタ達の視線の先でアザーバイドは微笑んでいた。 さぁ、戦争を始めよう。場違いな程に楽しげな来訪者に、伊藤は告げる。 「その南瓜頭、焼いて燃やして喰ってやる」 ●口なし死人との恋語らい 開戦と同時に、舞姫が全身のギアを大きく高め、伊藤が自身の感覚を研ぎ澄ます。 「もう眠っていいんだよ。ごめんね、こんな救い方しか出来なくて」 伊藤が囁く先にいるのは、死んでしまった女の子。 可哀想な恋物語。実りもしなかった物語。 けれど、哀しい話はここでおしまいだ。 先手を取らせる隙など与えない。とらが伸ばした気糸が、アンデッドの体を縛り上げる。 惜しくも呪い縛る事は叶わなかったものの、着実にアンデッドの体力を削り取る。 「この体に駆け巡る怒り、ただでは済まんぞ」 シェリーが魔法陣を展開。魔女の名を冠するに相応しい膨大な魔力が、少女の体から溢れかえる。 リベリスタ達の攻撃に迎え撃つように、アンデッドも己の凶器である髪を振るう。 伸ばされた怨嗟が、前衛にいたリベリスタ達へと巻き付いた。とらの身体にアンデッドの呪いがまとわりつき、彼女の行動を阻害し始める。 相手は、ただの恋する乙女だったもの。少々心は痛むが、仕方ない。涼は瞳を閉じ、一度深呼吸をする。 (自分がしない分他の人間にさせるのか、って言うとそれもまた違うしな) 次に瞼を開いた時に、その茶色の瞳に迷いはなかった。 涼のまっすぐな一撃が、アンデッドに叩き込まれる。更に、追尾するかのようにもう一発。 その拳に、手加減なんてものはない。全力で少女の体力を削っていく。 「我が光にて邪気を打ち払わん。行くぞ諸君」 シビリズの放った神々しい光が、辺りを照らした。とらを縛っていた呪いが打ち砕かれる。 更に、シビリズの体を輝かしいオーラが包み込む。ただでさえ強力な彼の守りが、更に固められる。 「やぁ、思い出しなよ。君の名前は? 今月の14日は何の日?」 沙羅が、アンデッドへと問いかける。しかれども、その死体は答える術を持たない。 それでも、彼は問いを重ねる。 「14日にやりたかった事は? 君のその紙袋を離さない意味は?」 何度も、何度も。彼女の答えを待ち、問い続ける。 「ねえ、そのチョコ頂戴☆」 とらもまた、アンデッドへと言葉を投げかける。 袋を手放す気配のない相手に、「けちー」とむくれた素振りを見せる。 「いいじゃんそんなにあるんだし。それとも、誰かにあげる予定?」 「……想い人の名前は?」 とらと沙羅の問いに、アンデッドが答える事はない。生前のものとは似ても似つかないであろう、くぐもった唸り声だけがその喉からこぼれ落ちる。 「思い出しなよ、終わる前に、全てが手遅れになる前に」 ――君の無念、引き継いであげるって言ってんのさ。 記憶もなく、理性もなく、自身が何故ここに立っているのかすらアンデッドには分からないのだろう。 どうして自分が袋を手放さないのか、その意味さえも。 これ以上待っても、返答が呟かれる望みは薄い。ならば、せめて殺す時はさくっと。それでいて、楽しく。 アンデッドの身体に、赤い鮮血の花が咲いた。たとえ相手がもう死んでいようが、それでも沙羅は殺す。 殺された彼女を殺す。遺体だろうが、ゾンビだろうが、死刑人は戦いを楽しむ。 エナーシアは、袋や顔に当たらない場所を選び、アンデッドを狙い撃つ。まずは少女に安息を。精密な射撃が、アンデッドの体を貫く。 『あなたに、彼女の心を悼む気持ちはありますか……?』 アザーバイドと対峙するは、金髪の戦姫。舞姫。相手の頭に、彼女はハイテレパスで直接語りかける。 言葉は通じない。けれど、アザーバイドの興味が舞姫へと移る気配を確かに感じる。 シビリズの言っていたように、相手は悪意の無いただの獣なのかもしれない。 そうであれば、二度と来ないよう痛めつけて叩き返すだけだ。 けれど、もしも少女の心を侮辱するならば……。 舞姫の問いに、アザーバイドからの答えはない。代わりとばかりに、興味深げに『それ』は舞姫の持っていたモノを見やっていた。 手に持っていたチョコレートを、『戦姫』は見せつけるかのように揺らす。 『……これが、欲しいですか?』 返事の代わりに、アザーバイドが舞姫に鋭い牙をむけた。ギザギザとした歯が、舞姫に襲いかかる。 ……そう、これで良い。全てはリベリスタ達の作戦通り。 仲間達をなるべくアザーバイドの視界に入れないように位置取りしつつ、舞姫は相手の興味を自身に引き付ける事に専念する。 なるべく相手を笑わせぬよう、なるべく炎を出させぬよう。牙での攻撃を誘発させる。 餌はチョコレートであり、舞姫自身だ。 その間に、他の仲間達はアンデッドへと攻撃を続ける。とらの気糸が、今度こそアンデッドの体を呪い縛る事に成功した。 この好機をリベリスタ達が逃すはずもない。涼の鋭い一撃が、息つく間もなくアンデッドへと撃ち込まれる。 殴り飛ばすのは、やはり良い気分ではない。それでも、遠慮するわけにはいかなかった。 少しでも早くこの戦闘を終わらせる。殴る時間など、短いほうが良いのだから。 次いで戦場に飛び交ったのは、炎。 「インドラの矢よ。全部全部。燃やしてくれ」 伊藤のド鉄拳……彼の覚悟が、戦場に炎の矢を降らす。 それは全てを燃やしていく。この理不尽な話も。心臓が止まった女の子も。心臓を止めた悪い奴も。 舞姫と相対しているアザーバイドは、彼女を甘い香りで惑わそうとする。 しかれども、彼女の速さには追いつかない。素早く身をかわした舞姫に、初めて彼奴は狼狽したような素振りを見せた。 呪いに縛られたアンデッドは動けない。それを狙うシェリーに、戸惑いはなかった。あるのは、怒り。そして、崩界を阻止するという遺志。 小柄な少女の唇が紡ぐのは、魔曲だ。四色の魔光が、アンデッドに向かい放たれる。 「砕けよ。せめて安らかに眠るが良い」 とどめに、シビリズの重い一撃が叩き込まれる。 恋をしていた少女は倒れ伏し、もう二度と起き上がってくる事はなかった。落ちた袋を、アザーバイドに奪われる前にシェリーが回収する。 とらは動かなくなった少女の体を、ひと目のつかない場所へと移動させた。横たわる物言わぬ遺体に、空色の羽を持つ少女は呟く。 「待ってて、すぐ迎えに来る」 弔う時間などない。まだ、戦いは終わっていないのだ。 アザーバイドは、リベリスタ達を煽るようにケケケと声を出し笑っている。 ●粋がる無粋は生きたがり逝きたがる 夜の住宅街を、リベリスタ達が走る。それでいながらも、彼らの攻撃の手が緩まる事はない。 その影を追いつつも応戦するのは、ふわふわと浮いた南瓜頭のアザーバイド。 舞姫と沙羅が持っているチョコレートに誘われ、『それ』は迷い込んでいく。自身を苛む、甘い罠へと。 交戦しながらも辿り着いたのは、アザーバイドにとって見覚えのある場所であった。 ぽっかりと開いた、世界の歪み。彼奴が本来住んでいる世界に続くホールのある場所へと、リベリスタ達は誘導する事に成功したのだ。 『ここにいると、攻撃されるよ。逃げていいんだよ?』 とらからの言伝を、舞姫がアザーバイドに伝える。 相手は異形の存在。倫理観は、恐らくこの世界の者達とは違う。 問いかけるだけ無駄かもしれない。説得など無意味かもしれない。それでも、とらはその南瓜頭に言葉を投げかける。 『帰ったら伝えてよ。うちらに手を出したら、ただじゃ済まないってさ。もう痛い目に遭いたくないっしょ?』 嗚呼、けれどもアザーバイド。お菓子が好きで、無邪気で残酷。とらの気持ちすら、汲み取る気などないようだ。 南瓜頭が、リベリスタ達を威嚇するかのように杖を振るい上げる。 「そ。それが答えなんだね。おっけー」 とらが頷き、他のリベリスタ達も武器を構えた。 こちらが不利になったら、アザーバイドは無理矢理にでも穴へと押し込む。けれどまだ余裕のある今は、全力で戦うのみ。 少女を嘲笑いリベリスタ達の事すら嘲笑うその異形に、舞姫が言葉を告げる。それを合図に、再び舞台の幕は上がった。 『貴様を絶対に、赦さない』 ――このボトムで微塵も残さず砕け散れ。 舞姫の瀟洒な攻撃が、戦場を彩る。とらの放った道化のカードがそれに続き、アザーバイドの体を切り裂いた。 涼の一撃はやはり速く、まっすぐで正確だ。誘導の時に矢で貢献した伊藤も、前へと踊り出る。 二人の男の拳が、続け様にアザーバイドに撃ち込まれる。 彼奴も黙っているわけにはいかない。アザーバイドが、杖を振るい火の玉を放ち辺りを燃やしつくす。 確かに、アザーバイドの神秘的な力は強力だ。けれども、魔女はそれをも上回る。 「善悪は問わぬ、むしろ語る舌を持たん。ただ滅と知れ!」 シェリーの放った魔曲が、アザーバイドの身を焦がす。シビリズは後方へと下がり、エナーシアに傷を癒す生命の力を付与した。 「残念ね、私は齧っても……甘く無いわよ」 アザーバイドの大きく開いた口に、エナーシアは容赦なく鉛球をぶち込む。 「この世界に来たなら、この世界の常識に裁かれなよ? さぁ、ボクの快楽を引き出しておくれ!」 沙羅も、アザーバイドの血を吸い上げる。 美味しそうな強者を、全て食べつくさんとばかりに。弱い者をいじめた彼奴を、驕りたかぶる彼奴を潰す。 仲間と連携しながらも、再び素早く舞姫がアザーバイドへと斬り込んでいく。 涼の攻撃がアザーバイドの命を削りとり、とらのカードが不吉を呼び込む。 「言ったろ? その頭燃やして喰っちゃるって。……言葉通じないっけ。でも、殺意は伝わる?」 これ以上この世界で、好き勝手やらせるわけにはいかない。 これが伊藤のやり方。どこまでも純朴。どこまでも傲慢。どこまでも人間味に溢れた、彼の戦い方。 「怖いか? 僕だって怖いさ。暴力はいつだって怖いしアザーバイドなんて怖くて怖くて堪んないさ!」 だからこそ、伊藤は倒す。だからこそ、彼は殺す。――戦争をする。 「ここで死んでくれぇえええ!」 だからこそ、全ての想いを込めた拳を、その異形に向かい振るいあげるのだ。 異形は笑う。辺りに響き渡るは、気味の悪い笑い声。 己が押されている事を知らぬのか、知っていてなお笑うのか。 痺れるような感覚が、リベリスタ達に襲いかかる。 けれども、沙羅にはそんなものは通用しない。要のシビリズも、優れた観察眼で笑う気配を感じ取ったエナーシアに庇われ、害を逃れていた。 「シビリズさんも、偶には逆の立場というのはどうでせう?」 そのエナーシアにとっても、南瓜の笑いは脅威ではない。 「有難う。どうにも新鮮すぎるな」 普段庇う事の多いシビリズは、苦笑しながらも光を放つ。味方の邪気が即座に払われていく。 「迂闊に妾の射線に入るでないぞ。今は加減ができん」 紡がれる詠唱。シェリーの周囲に、魔法陣が展開していく。 「彼女の未来、想い。その命を以て贖いとする。手向けだ、消え去れ!!」 強力な砲撃が、アザーバイドに向かい放たれた。 「知らないでしょ? 何気なく潰した命の重み。殺したのなら、殺す覚悟しているんだろう?」 沙羅は齧りつく。その命すらも食らわんとばかりに。 相手が死に恐怖し、絶望に堕ちる様を、死刑人は楽しむ。 「愉快に楽しく蹂躙してやるから、あの世で詫びろ。弱者たる少女にだよ!」 劣勢に陥ったアザーバイドは退路を探す。しかしどこもかしこもリベリスタ、帰り道が見つからない。 見やったホールの前に立つシェリーは、体を張ってでも逃走を許さないつもりだ。 迷い込んだ来訪者は、ここでようやく自身が還る路が阻まれている事を知った。無粋な異形に出来るのは、この世界の流儀で裁かれるのを待つのみ。 「苦いものは嫌いかしら?」 連撃。エナーシアのライフルから放たれる神速の弾丸が、アザーバイドの急所を貫いた。 甘いものを求めた彼奴が最期に食らうはめになったのは、皮肉にも苦い苦い鉛弾。 崩れ落ちるように倒れ伏した『それ』は、それきり二度と起き上がってくる事はなかった。 もう南瓜の笑い声は聞こえない。異世界へ続くゲートも破壊された。 辺りには、静かな夜が広がっている。今宵の任務は終わったのだ。 「本当に秘めた思いを伝えられずに終わる、てのは悲しいもんだな」 もし自分がそうなった時は、さっくりと伝える事が出来たら良い。 そう思う涼が想いを馳せるのは、誰の姿か。もし語られる日がくるとするならば、それはいつか、彼自身の口から紡がれる事だろう。 「ごめんね。仇は取ったよ。おやすみなさい」 伊藤の言葉の先にいる少女の瞳は、閉じられている。もう二度と開く事はない。 ようやく眠りにつく事が出来た彼女に、伊藤は花を手向けた。 「……ハッピーバレンタイン」 この季節に相応しい、一つの言葉を添えながら。 ●甘い香りのラブレター 葬儀の日に、弔問客にチョコを配る一人の少女の姿があった。 聞くところによれば、バレンタインに故人と一緒に作ったチョコを配る約束をしていたのだという。 小さなチョコレートを手渡してきた少女、とらの前で、一人の少年は膝を折り泣き崩れた。 それは、誰にも知られる事なく終わるはずだった物語。伝える事が出来なかったはずの想い。 けれどリベリスタ達の手により、彼女の気持ちは今一度形となり彼の元へと辿り着いた。 二月の某日。甘い香りに包まれて、少女は眠る。 しかれどもその表情は、まるで甘い夢でも見ているかのように、誰かに愛を囁くかのように、存外安らかであったという。 その表情と配られたチョコレートに、弔問客の幾人かは悟った事だろう。 ……嗚呼、故人は、恋をしていたのだ、と。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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