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<混沌組曲・破>黄泉比良坂<関東>

●境界
 日本書紀や古事記の記した『黄泉比良坂』の伝説は生者の領域と死者の領域を重く分かつ『封印』を生み出す事で話を結んだ。『本当にあったのかも知れない』古代の物語の中の『些か男を下げた夫』と『少し気の毒な妻』の存在は、つくづく古今東西この世界の何事も男女のドラマと切り離せないのだと教えてくれているようではあるがそれは兎も角として。現在のこの世界に重要なのは生と死は隣り合わせに居ながら――あくまで隔てられた存在同士という方である。
 生者は死者の眠りを妨げる事勿れ。
 死者も又、生者の領域を侵す事勿れ。
 当然と思われた定義は『神話のルーツ』の告げる教訓の一つに違いない。

 ――それなのに。まるで聞き分け無く、黄泉比良坂が開いたようだ。

●『黄泉ヶ辻』
 千葉県、千葉市。
「うーん、こりゃ凄い。所謂阿鼻叫喚ってヤツだねぇ」
 男が――黄泉ヶ辻京介が見知る日本の様子は早々見ない程に変わり果てようとしていた。彼は日本国内で最も強力と言われる七つのフィクサード組織の一『黄泉ヶ辻』の言わずと知れた首領である。七派の内で『最も陰惨で理解不能である』とされる彼以下一派のフィクサード達は日々神秘界隈に目を覆いたくなる程の事件を引き起こす事に余念は無いのであるが――
「俺様ちゃん、基本的に日本好きだしなー」
 ――独白めいて呟いた京介は現在進行形で日本各地を襲っている『混沌組曲』――つまりはバロックナイツ第十位ケイオス・“コンダクター”・カントーリオによる都市攻撃計画――に心を痛める事は無く、唯素直な賞賛を口にしているかのようであった。
 路地裏には京介の影法師が伸びている。
 ケイオスと『楽団』がリズムを変えたならその存在は遂には知れる所となる。万華鏡程では無くともフォーチュナを備え、『狂気劇場』を有する京介は自身に訪れた機会とその状況を必要な程度には把握していた。自分に用がある、そんな男が居たならば彼は狂喜せざるを得なかった。
「あっちからラブレターとか超クール」
 京介からすれば自身の対戦相手がケイオス・“コンダクター”・カントーリオで無かったのは残念無念の極みとも言えるが、『第一バイオリン』と言えばオーケストラでも花形である。バレット・“パフォーマー”・バレンティーノと聞けばそれは悪名高い死霊術士の一人なのだから贅沢を言っては撥が当たるというものであろう。そう気を取り直した彼はその指に嵌めた十本のリング――『狂気劇場』に問い掛けた。
「狂ちゃん、狂ちゃん。それに、ソイツ面白いヤツ何でしょ?」

 ――京ちゃんは気が合うかも知れないNE!

「人形にしたら盛り上がるよね。皆、大喜び?」

 ――向こうも同じ事思ってるYO!

 敢えて護衛や仲間等用意しないのは彼一流の流儀である。
「会うの楽しみだなぁ」
 まだ見ぬバレットなる男への興味をしみじみと呟いた京介はそこまで言ってから人気の無い路地裏に存在する気配の方に気を向けた。鼻の利く彼にとってそれは嗅ぎ慣れた臭いである。改めて確認するまでも無く、それが何者で何をしに来たかの想像はついていた。
「ねぇ、アークのリベリスタ君。君達も、そう思うよねぇ。
 芸術は爆発だ。マイナスにマイナスを掛けたら何になる?
 Yes。夢のあるロマンとロマンの科学反応ってヤツだね! ウルトラハッピー!」

 ――ヒェー! 京ちゃん冴えてるゥ!

「……………」
 無言で姿を現したリベリスタ達に油断は無い。
 軽い調子とは裏腹にギラギラとした殺気が一帯を包み込んでいた。黄泉ヶ辻京介の本質を示すその圧倒的に危険なオーラは今日の彼が酷い『飢餓状態』にあり『ご馳走を目の前にお預けされた獣である』事を伝えている。彼はお節介な事にリベリスタが動き易いように京介はこのロケーションを選んだのだ。『何故そうしたか』は敢えて語る必要も無いだろう。
「邪魔する心算なんだよねぇ?」
 京介は何時もの笑顔を浮かべたまま。
 主菜(メイン)の前の前菜(オードブル)を見回して――その魔性を解放した。肌を突き刺さんばかりのその刺々しい存在感はリベリスタ達が初めて目にする京介の『本気』である。状況が伝える意味は唯一つ。『今日のシーンはゲイムではない』というそればかりで十分だった。
 リベリスタの目的は別チームがバレットを食い止めている間に京介をこの一帯から引き離す事。約束された最悪の出会いを回避する事。目的は一つ、方法は委ねられている。但し、バレットは言うに及ばず、迎撃する気たっぷりの京介も交渉だけでどうにかなる相手でない事は火を見るよりも明らかだ。
「『辻』ってさぁ。道みたいな意味合いもある訳ね。
『狂介』に出会う『道』。つまり、この路地裏はリベリスタ君達の黄泉ヶ辻って訳?
 さあ、黄泉比良坂を振り向かないで駆け上がれ。一等賞なら生きて帰れるかも知れないよん!」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI  
■難易度:VERY HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年02月12日(火)00:20
 YAMIDEITEIっす。
 一月四本目。本気でおいでませ。
 尚、拙作リプレイ『<黄泉ヶ辻>その名は狂介』、『<黄泉ヶ辻>イリーガル・ゲイム』、『<黄泉ヶ辻>セレクト・ゲイム』辺りは一読しておく事を強く推奨いたします。
 以下詳細。

●任務達成条件
 ・黄泉ヶ辻京介をバレット・“パフォーマー”・バレンティーノと出会わせない
 ・リベリスタが三人以上死亡しない

※黄泉ヶ辻京介を撃破する必要はありません。

●裏路地
 京介曰く『リベリスタの黄泉ヶ辻』。
 日本を襲う騒乱の影響で人気は全くありません。
 又、京介自らが人払いをしているようです。リベリスタにとっては『やりやすい』状況ですが逆を言えばそれは京介自ら『リベリスタに付き纏う面倒臭いハンデをなくしている』という事です。つまり、そういう事です。

●黄泉ヶ辻京介
 外見は二十代後半程に見える茶髪の男。割とお洒落。
 国内フィクサード主流七派の一角『黄泉ヶ辻』を率いる首領。
『黄泉の狂介』の異名を持つ非常に危険なフィクサード。
 黄泉ヶ辻は閉鎖的な集団で他のフィクサードに比べて『何をやらかすか分からない』とされており、特に警戒されている集団です。
 両手の指に十本の銀のリングを嵌めていますがこれはウィルモフ・ペリーシュという高名な魔術師が作成したアーティファクト『狂気劇場<きぐるいマリオネット>』です。
 ジョブ等不明。めちゃんこ強いです。

●アーティファクト『狂気劇場<きぐるいマリオネット>』
 十本の指に嵌める銀色のリング。
 超遠隔射程を持ち、囚われた知的生命体や物体を自由自在に操ります。又、射程、同時操作数、操作時の戦闘力他技量はアーティファクトの使い手にかなり依存します。
 常人ならば一人を操る毎に発狂し、すぐに廃人に成り果ててしまう為「性急かつ直接的過ぎて面白くない」としたペリーシュは失敗作……としていましたが京介はその狂気を御す事の出来る特別な人間です。ハッキリと狂気に染まっては居ますがそれは生来からのものでアーティファクトによる影響ではありません。『狂気劇場』はペリーシュ・シリーズの例に漏れず意思と知性を持っていますが、全く奇跡的な事に二人は非常に仲良しです。所有者に破滅をもたらすアーティファクトが、より多くの破滅を効率的にもたらせる京介を自らの使い手、主人と認め従っているのです!
 但し操作開始時は二十メートル圏内に接近する必要があります。

●備考
 このシナリオと『<混沌組曲・破>Balletto op.22 O' pazzo』との同時参加は不可能です。
 同時参加を行った場合、当選を除外しペナルティが加えられますので御注意下さい。

●重要な備考
『<混沌組曲・破>』は同日同時刻ではなく逃げ場なき恐怖演出の為に次々と発生している事件群です。
『<混沌組曲・破>』は結果次第で崩界度に大きな影響が出る可能性があります。
 状況次第で日本の何処かが『楽団』の勢力圏に変わる可能性があります。
 又、時村家とアークの活動にダメージが発生する可能性があります。
 予め御了承の上、御参加下さるようにお願いします。

●Danger!
 このシナリオはフェイト残量によらない死亡判定の可能性があります。
 又、このシナリオで死亡した場合『死体が黄泉ヶ辻京介に強奪される可能性』があります。
 該当する判定を受けた場合、『その後のシナリオで敵として利用される可能性』がございますので予め御了承下さい。


 今回の任務はあくまで『倒す事』ではなく『状況をどうにかする事』がメインとなります。
 ベリーハードに相応しい危険度と難易度になるでしょう。
 以上、宜しければご参加下さいませませ。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
インヤンマスター
宵咲 瑠琵(BNE000129)
インヤンマスター
ユーヌ・結城・プロメース(BNE001086)
デュランダル
楠神 風斗(BNE001434)
デュランダル
★MVP
蜂須賀 冴(BNE002536)
プロアデプト
廬原 碧衣(BNE002820)
インヤンマスター
桜田 京子(BNE003066)
ダークナイト
一条・玄弥(BNE003422)
レイザータクト
ミリィ・トムソン(BNE003772)
ソードミラージュ
ヘキサ・ティリテス(BNE003891)
クロスイージス
斎藤・和人(BNE004070)

●逸脱者I
「いいねぇ」
 端的で――熱の篭った賞賛は何処か陶然とした色合いを交えている。
 血風舞い、死が交錯する刹那を散り急ぐ花に喩える『美しさ』――それは確かに逸脱だった。
「いいねぇ、最高――」
 常日頃の壊れたテンションはそのままに、凡そ真面目な表情を浮かべた事の無い端正なるそのマスクには高揚ばかりが浮かんでいる。
 一瞬毎に首筋を掠める刃の影は冷たく、『黄泉ヶ辻京介をしても目で追えない程』のスピードはその意味を極単純に知らしめた。
 京介が「リベリスタの黄泉比良坂」とのたもうた戦場は全く――彼にとっても同じだったという事だ。殺される覚悟のない者に、殺しを語る資格は無い。ゲイムは――本来の彼に今日はその心算は無かったのだが――実は対等な程面白い。つまる所、圧倒的な強者であり続けた彼にとってもこれは望む所なのだった。
「そうですか」
 一方で短く返された言葉には殆ど感情は宿っていない。
「何れにせよ、私のやる事は変わらない」
 此方は凡そ熱を感じない、事実のみを切り取った『端的』である。
 荒れ狂う弾幕のような石が、マンホールが、万年筆が、ゴミ箱や乗用車までもが――閃光のように瞬く斬撃の前に原型を留めない。
「芸がありませんね」
 激しい動きに色を失くした髪が白色の闇のように揺れ、同じく白く染まった双眸は目の前で高笑いを上げる虚ろを正面から射抜いていた。
「いや何、まだまだこれから。もっとジャンジャン見せてくよ――!」
 言葉かは虚勢か、それとも双方が本音なのか――答えは常人の知り得る領域に無い。
 黄昏時、逢魔ヶ辻の五線上に『極上の運命』が踊り続けている。
 大本の曲を書いたのはケイオス・“コンダクター”・カントーリオなる魔人。
 しかし、この『千葉公演』はかの大芸術家が『混沌組曲』の名を与えた大舞台におけるイレギュラーそのものであった。
 猛烈に繰る指先で『狂騒曲(カプリチオ)』を奏でるのは楽団ならぬ別の悪魔――喜色満面に浮かべ死を迎撃する黄泉ヶ辻京介であり、その彼の空騒ぎに終止符を打たんと刃を振るうのは少女の望む『葬送曲(レクイエム)』であり、そんな彼女を全力で支えんとするのは――まさに血を吐くような仲間達の『鎮魂曲(レクイエム)』であった。
「……人生何があるか分からんもんだ」
 飄々とした調子の彼の考えている事は余人には中々分かり難い。
 ポツリと漏らした『住所不定』斎藤・和人(BNE004070)の言葉は実は今日の二回目であった。
 彼の言葉は単純に京介と関わる事になった今日を指しての事では無い。確かにそこに数奇な運命を感じたのは事実であるが、同時に奇妙な現況についての言及である。大方の人間の予想を裏切って戦いは激しく――見ての通り拮抗したものとなっていた。
 彼我の戦力は十対一。お喋りなアーティファクトを含めても十対二。さりとて、今日この場に赴いたリベリスタ達は全く状況を楽観視してはいなかった。彼等はむしろ自分達に与えられたこの任務が下手を打てば二度と戻れなくなる生死の境界である事を強く認識していた。
(それでも――『勝負になっている』)
 専ら守備を担当し、後衛のフォローを任されている和人は静かにそう呟いた。
 まるで昼行灯を気取るようにしながら、その実黄泉ヶ辻京介の全貌を探らんと意識を傾ける和人は――彼のみならぬリベリスタ達は――敵がどれだけ強大な存在かをこの幾ばくかの戦いの中で肌で感じ取っていた。だが『この瞬間、戦いは拮抗している』と言えた。
 それは喜ばしい事か。それとも、身を刺すような痛ましい事実なのだろうか――
 死力を尽くすパーティは攻撃し、守り、更に攻撃する。
 京介は一人。されど彼の両手指の繰る騒がしい演目は間断なく続く。
 例え一つを落としても、又他所からやって来る。時に地面から突き上げ、時に空から降ってくる。
 非常識じみた超遠隔射程を持つ京介は何が排除されてもまだまだと全く周辺に入念な準備を置いていた――本来はバレットと戦う為に。
 恐るべき戦闘の応酬は間断なく続き、一瞬の油断さえもリベリスタ達に許さない。
(……儘ならないものだな)
『ピンポイント』廬原 碧衣(BNE002820)が声に出さずに呟いたその『口癖』は特別な意味を持っている。
 クールビューティーの凛とした双眸は唯前を見ていた。
 倒すべき目標の僅かな隙も見逃さぬようそれを捉え、見据えていた。
 最上の戦闘論理を灰色の脳細胞の中で組み上げる彼女はこの瞬間に自分が何をするべきかを完全に理解している。冷静沈着でストイックな彼女は論理に長じるプロアデプトでかつ――研ぎ澄まされたシューターである。その集中(コンセントレーション)に乱れ等あるものか。されど。
「……本当に」
 僅か零れたその一言に感情が篭らない訳も無い。
 百の思考領域の内、僅か一を過ぎる戦闘外の思考を彼女でさえも追い払う事が出来なかった。
「負けられない」
 続いて響いた声はまるでその碧衣を――大半のリベリスタ達の心の声を代弁するかのようであった。
 掠れた声は――『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)の声は決戦の『黄泉ヶ辻』に揺ぎ無い決意を奏でるそれ。
「――この戦いは、負けられないのですよ!」
 彼女は『戦奏者』。戦場に勝利の凱歌を届けるもの。
 この世界が彼女の思うそれとどれ程までに遠くても。どれ程までに無慈悲な乖離を見せようとも。犀は投げられ、時間は元には巻き戻らない。砂時計の砂が落ち切るよりも先に――しなければならない事は常に目の前に横たわっている。
 指揮をしなければならない。勝つ為に。『これ以上』失われないようにする為に。
 何よりそれが彼女の望みで、せめての餞になるのなら――
「……っ……」
 ――光景を不意に滲ませる無様な雫が零れるのは、全てが終わった後でいい。
「望み通りかぇ? 京介」
「代役には十分。でも、俺様ちゃん欲張りだからねぇ!」
「ほほ、全くじゃな」
『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)が笑う。
「うむ。ならば心行くまで御代わりしていけ。
 ヤル気満々のお主を邪魔してやれれば十分かと思ってはいたが――
 妾も流石に『あてられ』た。これ程の馳走を前にすれば、腹を括らぬ訳にも行かぬ故な――!」
 前進した瑠琵の天元・七星公主が呪弾を放つ。
 間合いで無数に分かたれたその『呪符』は無数の鳥に姿を変え鳥葬の濁流の中に京介の影を隠した。
 それも僅かな瞬間の出来事。首を落とされた鳥がアスファルトに落下して染みのように消え失せた。
「それでも――そう、俺様ちゃん我侭なのよね! ケーキもアイスも皆好き!
 野球もしたいしサッカーもしたい。勿論、テレビゲームだって嫌いじゃないよ!」
「堪えぬヤツじゃな。尤も、それ位でなければつまらぬ」
 あっさりと切り返した瑠琵も瑠琵だが――当初にも増した欲求を微塵も隠さぬ京介はダメージを受けながらも実に楽しそうに笑っている。
 少年のように輝く瞳の上に乗る殺気の色彩は最早『リベリスタ達を前菜如きと看做していない』。黄泉ヶ辻京介なる男が見せる本気は或る意味で最大の賞賛であると言えるだろう。何事にも本気になる事は無い『狂気の天才』が熱に浮かされたように滾っている。彼は少なくとも今この瞬間はここに居ないバレットを、ケイオスを何事のようにも思っていないのだろう。子供が目の前の玩具に夢中になるように酷く近視眼的に、酷く純粋に『この場の敵』に惹かれている。
「元々、どっちでもいいじゃん? いや、両方でも良かったけどね。
 どれだけ追い詰めたら『こうなる』んだろうって思ってた。リベリスタ君達のそんな顔が見たかった。
 それが頑張る男の子でも可愛い女の子でもいいの。
 俺様ちゃん、今日生まれて初めてソレ見るんだけど。ねぇ――」
 ……一張羅をボロボロにされながらも意に介した風も無く、逆に気力を充実させているようであった。
「――ソレが『歪曲運命黙示録』ってヤツなんでしょ?
 インチキじみた異能! 選ばれた人間だけが発動し得る究極のズル!
 詐欺だよねぇ、痛いもん! 酷いよねぇ!
 ねぇ、冴ちゃん! 折角だから色々話も聞かせてよ!
 ねぇ、冴ちゃん。どんな気分? 俺様ちゃんにも出来るかな――?」
「いいでしょう。その首、落としてからゆっくりと――いえ、手短に」

 ――Wao! 京ちゃん今日はフラれる日!?

「フラれたの!?」
「手短に」
 水を向けられた『白髪白目の少女』は――『斬人斬魔』蜂須賀 冴(BNE002536)は京介と狂気劇場のやり取りに構わず、普段と変わらぬ淡々とした調子で応え、その手に奇妙に馴染んだ葬刀魔喰を握り直した。彼女が答えを変えたのは京介への皮肉の為では無い。そも、彼女は彼と冗談を交し合うような間柄では無い。総ゆる神秘を――神秘的悪徳を斬り捨てる彼女は言下に『あるもの』を否定したのである。
 黄泉ヶ辻京介を斬れたなら――名残を惜しむ間も無く終わりはそこだ。
 ならば、無駄口を叩く暇が長くあろう筈も無いという事。
「これでも最大限の譲歩です」
「もう一声」
「十分でしょう」
「いよいよ燃えてきた! 黒目黒髪も良かったけど、それも中々こう……萌え萌え?
 冴ちゃんを人形に出来るなら、俺様ちゃん死んでもいいよ!」
「ならば、蜂須賀弐現流、蜂須賀 冴。全身全霊にて参ります」
 
 ――戦いの幕間、僅かな言葉の応酬は冴の一方的宣誓で終わりを告げた。

「はッ!」
「――――っ!?」
 ブレる影。目を大きく見開く京介。
 少女の踏み込みはアスファルトを踏み抜き、再び『見えない斬撃』は絶対の禍のように振り下ろされた。
 示現流を起源とする彼女の剣技のその源流は一撃必殺を旨とする。名を蜂須賀弐現流とし、これを我流に昇華した彼女の『二撃』を追えた人間はこの場に居ない。まさに瞬時その場から消えた冴の斬劇は――これを殆ど自身の直感だけでしのいだ京介さえも置き去りにしている。即ちこの技の冴え、スピード共に『人間の領域』から程遠いという事だ。
 赤いジャケットが切っ先に裂けた。刹那音を失くした世界に遅れて騒音が戻ってくる。
「あっぶねー! 今、殺しに来てたでしょ!?」

 ――BAKEMONOじゃん! フィクサードの開きの手前だったNE!

「朝食に並ぶ趣味は無いなぁ!」

 ――それはアジ! 味な真似を! ……って、ひょっとしたら京ちゃん死んじゃうかもYO!?

「応援してよ!」
 命のやり取りをして尚、ふざける化け物共が何処まで本気で言っているのかは分からない。
 驚異的な敵を目の前にしても様子が変わらないのは『キャラクターだから』なのかも分からない。
 しかし何れにせよ少なからず二人のやり取りがノイジーなのは事実であった。

 ――フレー! フレー! 京ちゃん! ケーアイエルエルキルユーKYOちゃん! 愛してるZE!

「いぇーい! 勇気百倍! 狂ちゃんマン!」
 リベリスタは『化け物』を狩る者達なのだ。
 特に『斬人斬魔』の生き方は常に不器用で、常凪のようだった。
 迷う事無く、惑う事無く、抗う事も無く、唯斬るのみ。
 神魔万滅が彼女の持つ唯一無二の正義であるとするならば――その例外に『蜂須賀冴』の名前は無い。

●黄泉ヶ辻
 時刻は僅かに遡る――
「最近黄泉ヶ辻関連の仕事が多い気はしてたけど、まさか頭と会う事になるとはねー」
 影法師の伸びる路地裏で長髪をかき上げるようにして頭を掻いたのは和人だった。
「人生何があるか分からんもんだ」
 彼と仲間達――十人のリベリスタ達の視線の先には一人の男が立っていた。
 茶髪にピアス、シャツの上には襟の立った赤いジャケット。彼等アークのリベリスタならば決して因縁浅くない『最悪』のフィクサードは和人が口にした通り国内主流七派『黄泉ヶ辻』の首領・京介である。
「愉快犯め迷惑な。引きこもってゾンビゲーでも堪能してればいい物を。友達ゼロで退屈ならクソゲー実況動画でも上げていろ」
 可憐な外見と裏腹に長い黒髪を靡かせ毒吐く『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)の視線は冷淡であった。
 このパーティに与えられた任務は説明するまでも無く『黄泉ヶ辻京介の撃退』である。
 バロックナイツ――ケイオスによる混沌組曲の本格始動は現在進行形で日本中を混乱の最中に叩き込んでいる。不幸な事に他のフィクサードとは一線を画し、この状況を大喜びする京介はアークにとって放置出来ない存在だったのだ。
(バレット側の人達が抑えている間に――京介をこのエリアから引き離す――)
 ちらりとアクセスファンタズムに意識を向けた『さくらふぶき』桜田 京子(BNE003066)は半ば自分に言い聞かせるようにその困難なミッションを再認した。
(連携と粘りが勝負。京介に余計な情報を与えないようにしないと……)
 敵同士のぶつかり合いをアークが調停しなければならない理由は『本来は無い』。
 しかし、頭の螺子の緩んだ二者の激突は決してこの世界に利するものでは無かった。
 此の世に秩序というものを求めたいと思うならば、唯死ばかりを望むバレット(トリックスター)と何もかもを滅茶苦茶に犯すタブー知らずの京介(トリックスター)は決して出会わせてはいけない二人だったという事である。凡そ『周りの迷惑』等という殊勝な事を考える筈も無い最悪のランデブーは激突の地――この千葉県の平和を酷く脅かし得るものだった。もう少し単純に言うならば二人が会えば、とんでもない数の人が死ぬ。バレットと京介の双方が実力者であるが故に。しぶとく執念深く『楽しみだけで世界を害せる者達』だから。
「きらきらひかるおそらの星か? そのまま天に還ってしまえ」
「何時でも皆を見守ってるYO!」
「そうか。ならばじゃれ合おうか。鱈腹食べて飢えを癒せ。肥えた豚になって空から無様に落ちるまで」
 京子が見据える光景で相変わらずのユーヌに楽しそうな京介が笑いかけている。
「……」
『穏やかかつ剣呑なやり取り』が示す意味を京子は知っていた。アークの任務が時に約束されているかのような痛みの刃を自身等に突き付ける事を『身を以って』知っていた。だからこそ京子は箱舟に乗り込む事を選んだ。鮮やかに咲き、呆気無く舞散った桜が最期に望んだ風景を守る為に。大切な友人が寂しさに泣いたりしないように。
 万華鏡の観測した惨憺たる未来は今回もリベリスタに運命を強いている。良く知る誰かを、仲間を、友人を死地に送りたいと思う者は無い。長い睫をそっと伏せたイヴの感情を敢えて言葉にする理由はあるまい。
 ならば京子の為すべきは――
「お前は――絶対に許されない!」
「死んでもテメェを行かせる訳にはいかねェ……!
 力の差なんざ関係ねェ! テメェを通しちまえば沢山の人間が殺されンだ!
 だから全力でテメェを止める!覚悟しやがれッ――!」
 その身の内で燃え上がる烈火のような怒りを押し殺し――殺せない『折れぬ剣《デュランダル》』楠神 風斗(BNE001434)、『デンジャラス・ラビット』ヘキサ・ティリテス(BNE003891)の口にしたのは最も単純明快なる正義の味方のその論理。
 許せない、だから誰かの為に――命を賭す。時に不器用で時に報われぬ生き方を呪いと称した者も、きっと居た。
「本気の京介相手ですかぁ。やだぁ」
「黄泉ヶ辻京介。私は貴様を斬りに来た」
 しかしリベリスタは惑う心算は無く、第一戦場に立てば惑う時間には遅すぎた。
 口調と裏腹に敢えてこの戦場を選んだ『√3』一条・玄弥(BNE003422)と、何時もの通り全く淡々と己が為すべきを為すばかりといった風の冴の口にしたその通り――事ここに及べば己が全力を捧げ、遂行するのみなのである。生きて帰る、その為に。
 凶行を『ゲイム』と称し、悪戯にリベリスタや他人の運命を弄ぶ気まぐれな猫のような京介はここには居ない。
「ふぅん?」と目を細めた京介の全身からは紫色の妖気がわざとらしいまでに毒々しく立ち上っている。少なくともこれまでリベリスタ達が見た彼と今日の彼が『全く違う』のは明白で――その『違い』は彼が今日のリベリスタ達を『遊び相手』ではなく『邪魔者』と看做しているというまさに証左であった。つまり、その事実が意味する現実こそ。
「漸くお主と遊ぶ好機が訪れた……という訳じゃな?」
『ゲイム』では腹が膨れぬ瑠琵が楽しそうに口にした『本気の殺し合い』のスタートラインに違いない。
「ま、少しは期待しておくけど――今日は余り時間も無いからねん?」
「こうしてもてなしに来たのだからあまりつれない事は言ってくれるなよ」
 まるで早々に殺すと宣告するかのような傲慢な京介の一言に洒落っ気十分に答えたのは碧衣である。
 目鼻立ちのハッキリした美貌に凛とした佇まいが良く似合う。パンクとロリータの合いの子を感じさせる黒をベースにしたファッション・セレクトは海の青か空の青か――名の通り碧く透き通る彼女の目髪と鮮やかなコントラストを作り出している。
「こんなにいい女を前にして、わざわざ男と遊びに行く事もないだろう? 折角なんだから──ここでゆっくりと遊んでいけよ」
 美人を袖にするのは勿体無い。据え膳食わぬは恥と言う。
 ハイ・グリモアールを手に「BANG」とばかりに指差した碧衣の指先が瞬かせた光は些か物騒なる戦場のピロー・トーク。
 京介の頬を掠めるようにわざと外した超高精密射撃は彼女の挑発で、宣戦布告で、同時に戦いの号砲となった。
 身をばっと翻した京介が哄笑を上げる。
「いいねぇ! そういうの! 碧衣ちゃん、愛してる! 俺様ちゃんと改造を前提に付き合ってくれない!?」
「では、まずはお互いを知る所から始めようか?」
「じゃー、後で家まで迎えに行くね! 赤いポルシェで!」
 相変わらずアークのリベリスタに無駄に詳しい京介は恐らく全員の名前と顔を把握しているのだろう。
 冗句は既に冗句の色合いで済んでいない。
「さあ、黄泉比良坂を振り向かないで駆け上がれ。一等賞なら生きて帰れるかも知れないよん!」
 一声と共に放射状に撃ち出された無数の光が風景をまさに異常な戦場へと摩り替えた。
 果たして――リベリスタが踏み込んだ魔境、戦いの幕はあっさりと上がったのだ。
 黄泉ヶ辻京介が両手十指に嵌める銀色のリングはかのバロックナイツ第一位『黒い太陽』ウィルモフ・ペリーシュのしつらえた最悪のアーティファクトの一つ『狂気劇場』である。『狂気劇場』は超遠隔射程を持ち、生物、非生物の区切りを無く総ゆる物体をフィールド単位で自在に操作するという悪夢めいた能力を持っている。しかし他の使い手と京介が一線を画した存在であるのは『まさに道具に使われる』と呼ぶに相応しく、決まって凄惨な運命を辿るペリーシュ・シリーズの使い手に比して彼はあくまで『狂気劇場』を支配する主人(マスター)であるという部分であろう。あのバレット曰く「本人以外にはまともに操れない」と称した品と『意気投合』する京介の異常さは今更語る必要もあるまい。
 光に引き寄せられ、或いは光によって浮かび上がった無数の物体こそ京介が得手とする『ブレーメンの音楽隊』である。
 しかし、リベリスタにとってこれは目新しい手品では無い。
 律儀に驚く観客(オーディエンス)は戦場には無く。彼が倒すべき相手であるならばそれも当然だった。
『狂気劇場』の操作開始射程が二十メートル範囲である事を知るパーティは浮かび上がった電柱やマンホールに構わずまずは素早く陣形を整えた。後衛は身を翻し京介から大きく距離を取る。前衛は勇敢にその前を塞ぐ。但し操作の危険を忘れた訳では無い。
「成る程、流石!」
「此処が黄泉比良坂だと言うのなら誰一人失わずに駆け上がるのみ。
 貴方自身も努々忘れない事です。其の道は貴方自身が転がり落ちる事を望んでいる事を――!」
「ヒュゥ」と口笛を吹いた京介にミリィが強く言い放つ。
 瞬時にスイッチを入れ替えた彼我は素早く戦いの準備を整えている。
「さあ、行きましょう――勝つ為に!」
 胸の内に巣食う弱気の虫を今だけは追い払う。抜群の戦術指揮能力を誇るミリィが更に戦いを練り、攻勢教条を組み上げた。
「まさに、黄泉比良坂送りにされそうな相手じゃありやすが……」
 周囲を、頭上を席巻するのは『狂気劇場』の騒がしい演者達である。
 溜息を一つ、戦場をじとりと見回して動き出した玄弥の反応はそれに次ぐ。
「まぁ、やるしかありまへんが……」
 玄弥の血色の悪い肌と痩身は何処か執念深い爬虫類を想起させる。
 グラスの瞳は何処かフィクサードめいた――陰湿な光を湛えているようにも見えた。
「けけっ、貧乏暇無しってねぇ~!」
 彼は一先ずはその内にある『リベリスタとしては褒められない』本質的欲求を封印し、迸る暗黒で飛来する物体を纏めて撃ち抜く。
 ぐるぐると周囲を旋回する『狂気劇場』の操作物は本丸たる京介を覆い隠すように射線を細かく塞いでいる。彼を叩かんとするならば肉薄するにせよ、撃つにせよ厳重なる守りが邪魔になるのは明白だった。攻防一体に織り成す『狂気劇場』を完璧に使いこなしているのだ。その脅威は恐ろしい程に完成度が高く、黄泉ヶ辻京介が『天才』である事を嫌と言う程知らしめる理由になる。
 しかし――
「そんなもん、承知の上だってんだよッ!」
 吠えたヘキサだけに留まらず、パーティはその京介をこれまで幾度も観察していた。
 自分の『ゲイム』にリベリスタを巻き込む傲慢な京介と『戦う』事を忘れた者は居なかった。
 アークの資料室に残された報告書(レポート)はリベリスタ達の執念である。心を痛め、苦しみ、嘆き、それでも何時の日か必ずやって来る――京介に一矢報いる日の為に積み重ねられた確かな武器であった。
『狂気劇場』が強い事は分かっている。圧倒的である事は分かっている。
 だが、リベリスタ達の戦いは元より『敵がどうだから』では無く『自身等がどうするか』にかかっているのだ。
 技量が届かぬならば集中を重ねれば良い。弱味を知り、強味を知れば戦い方があるのは確かだった。
 弱者の戦いと笑えば強者も何れ足元を掬われよう。『手数』は兎も角敵は一で、味方は十。
 京介本体は兎も角、操られた唯の物体如きはリベリスタの力には及ぶまい。
 至極理に叶った判断はヘキサに、
「さて、少しは――いや? 大分認識を改めて貰おうかのぅ?」
 目を細めた童女のように可憐な術士――老獪なる瑠琵に初手よりの集中の手をもたらした。
(問題は狂介が操るモノの選び方。大きさ、位置、距離、操作可能数――)
『少なくとも三十二以上』等という情報ではまるで不足である。それは勝つ為には足りない情報なのである。
 強敵の一挙手一投足を観察しその隙を窺う彼女の目には愉悦にも似た不思議な光が点っていた。
 伝説を貫き、散り急いだ宵咲の――彼女は宗主である故に、そこにそれ以上の理由が要るものか。
「私達が勝利する可能性は一分にも満たないかも知れない――だが、そんな事は些事でしかない」
「ジャックに比べれば貴様程度、大したこともないっ――!」
 目の前に悪が居る。刃の届く距離に悪が居る。止められる瞬間が、運命がここにある。
 前に出た冴にとっても、風斗にとってもそれは確かに『幸運』だった。
 行く手を遮る邪魔者を冴の一撃が弾き飛ばす。彼女を抜くようにして京介を目指した風斗も次なる壁に妨害されるが――
「無駄に広い範囲が厄介だな? 大人しく人形劇でもやっていればいい物を」
「でも――『狂気劇場』そのものと操られた物は別」
 ――その間にも京子とユーヌが次々と組み上げた術式は戦場に『新手』を出現させている。
「簡単には――やらせませんよ」
「使い捨ての盾なら代わりは幾らでも」
 京子の、ユーヌの狙いは明快である。
 式符・影人は影を繰り人を繰る――陰陽が奥義の一端。二人は踏み込む前衛の身代わりとなる影人を作り出す事で『狂気劇場最大の危険』を防がんとしていた。パーティは京介を倒す――倒せないまでも阻止する為にここに来た。ならば、彼等の戦いの悉くが、能力の悉くが『対京介』を念頭に練り上げられたいた事に疑問を挟む余地があろう筈も無い。
 七派首領であるとは言えフィクサードが辛うじて人間である以上は――京介の耐久力とて無限ではあるまい。
 同時にこれ程までに大掛かりな『狂気劇場』を展開するその能力も永遠のものでは有り得まい。
 致命痛打たる『リベリスタの直接操作』を可能な限り防ぎ、暴れる劇場に楔を打つ。一手ずつ丹念に集中を練り上げて少しずつでも京介の余力を削ぎ落とす。両者が体力を回復する手段を基本的に持っていない以上、削り合いの勝負になるのは確実である。
 分が良い悪いの話はさて置いて、死中に活を求めねば座して死ぬばかりなのは明白だった。
 その中で要と呼ぶべき存在になるのが、
「ヤバイってのは見りゃ分かるけど――気ぃ張ったところで死ぬ時ゃ死ぬし、ま。自分らしくゆるーく行きましょ」
 持ち前の防御能力を生かして後方に降ってきた自動車を受け止めた和人とその彼が身を挺して庇った碧衣の二人である。
 超頭脳演算は常に戦いの最適解を求め目まぐるしく碧衣の視る世界を変えている。
(真っ直ぐ、撃ち抜く――)
 瞬時に百の状況のシミュレートを果たした碧衣は九十九のパターンを捨てて唯の一つを選び取る。
 青い目の見つめるその先を無数の盾が阻んでいるが、彼女にとっては意味を成さない防御である。
 撃ち出された閃光は迸り間合いを灼き貫く。
「おっと……」
 アーク最高級の精密性、長距離射程と貫通性を併せ持つ『狙撃』は敵陣深く京介まで到達し、彼のバランスを大きく崩した。
 砲台たる碧衣を前には流石の京介も余裕綽々とは行くまい。
 言うまでもなく京介とリベリスタ達の技量の差は絶大である。しかして『初めて彼とリベリスタが遭遇した事件』で他ならぬ碧衣と八咫烏の末裔が素早く制圧されたのはまさに二人が彼にとって危険な存在だったからである。
 突き詰めた一念は悪魔にさえ届き得る。
 他の全てで遠く及ばずとも彼さえも脅かさんとする狙撃能力は――『そんな能力が存在し得る事は』屈辱に塗れ、地に伏せ、忸怩たる想いを抱えながらも戦う事を辞めなかったアークが研鑽し続けたまさに一振りの刃であった。
 ミリィの指揮、支援能力然り、直情な風斗の威力然り、和人が見せた防御力然り、京子やユーヌの対応力も又然りなのである。
 かつてのアークには無かった力がここにある。経験がそこに存在していた。
「成る程ね。世の中には早々無敵は無いって訳だ。ま、些細な話だけど」
「人型を取る操作物がどうかは分からないが――どうもその手札はお前を『庇う』ような芸当は無いようだな」
 刃を交わす程に見えてくるものはある。結果が示す事実は京介を攻略する一歩に成り得るもの。
 小さく頷いた和人の察した『推論』を碧衣が補強した。
「中々、やるねぇ」
 初めてリベリスタが京介と出会ったその時、彼は罪の無い人間と心を壊したリベリスタと繋ぎ合わせた死体を操作していた。
 他ならぬこの場のユーヌが怒りの付与をもって自身に引き付けようとした際、京介は言ったのだ。

 ――頑張るねぇ、ユーヌちゃん? でも操られる木偶に自由なんて無いんだよ。引きつけたいなら俺様ちゃんを何とかしなきゃ。

 木偶に自由は無い。木偶が怒りや麻痺で動きを止める事は無い。
 しかして、裏を返せば――それは『人形』に自律性が無いという証明であった。
 マリオネットが動き回るのはあくまで繰り手である京介の指が生きているから。
 数十以上の対象を同時に精密操作する京介の見ている世界――超感覚は京介以外の誰にも知り得るものではないが、少なくとも彼は操作する物体を事実上の盾にする事はあっても、操作する物体で自身を常に完璧にガードする事は出来ない様子である。能動的なユニットではなくあくまで物体。『狂気劇場』に存在する限界は京介を傷付け得るチャンスであった。つまり『狂気劇場』は射線を制圧する事で敵の接近及び遠複全の攻撃を阻めても、貫通範囲の『大雑把』な攻撃を比較的苦手にしているという事だ。
 戦いは続く。短い時間を引き延ばし、数瞬に数限りない死線を描き。
 京介の十指が華麗に動き、上下左右からリベリスタ達を押し潰さんと数十以上にも及ぶ『敵』が迫り来る。
 彼等が踏みしめる地面――アスファルトさえもその例外には無く。割れ砕け足元から噴き上がった硬い弾丸に風斗は激しく傷付けられた。
「くけけっ、けったいな厄介ってトコですなぁ! 想像通りな程度には!」
「遅いぞ? 当てる気があるのか?」
 唇をぺろりと舐め、身軽に攻撃を避けた玄弥はその動きを読んでいた。ユーヌは挑発めいて鼻で笑う。
 戦いは続く。
「確かに操られている対象には効果が無いようですが、貴方自身はどうなのですか、京介」
「――ここで引いてちゃテメェと同じ舞台にも上がれねェ!」
 冷静に問い掛けるようにそう言ったミリィが、気合の一声を発したヘキサが時間差でフラッシュバンを投擲する。
 横合いから出現したパチンコ店の看板がミリィの放った神秘の閃光弾を撃墜した。しかし、その内に飛び込んだヘキサのものは別である。
 迸る閃光。
「うっわ、強烈ぅ!」
 衝撃は確かに彼に有効打を与えている。目の前を白く焼かれた京介は頭を振ってその影響を追い払おうとしている。
 しかしてこのクリーンヒットにも彼が動きを失った様子は無い。
「でも、こんな程度で俺様ちゃんを止めようって――あんまり虫が良くないかい?」
 言下にそれ以上の影響を否定した京介は余裕めいている。
 それは『逸脱者』が故なのか、それとも何らかのアーティファクトによる効果か。
 その辺りは不明だが、パーティは嘯く京介を前に退く気配は無い。止まらぬならば他の方法を試すまで!
 戦いは続く。あくまで続く。
「さぁて、どんなもんでしょ?」
 覇気を感じさせない調子の『食えない』玄弥が今一度その身より噴き出た漆黒を京介周辺に伸ばしたかと思えば、その次の瞬間に十分な集中を重ねた瑠琵が京介の動きを遂に捉えた。
「さぁ、どんどん次を――おっぱじめようかぇ?」
 陰陽、その奥義が一『式符・千兇』が京介の防御を突き崩す。
 打撃力としても低くない鳥葬が京介に痛打足り得ないのは想定の内。
「死んでもテメェを行かせる訳にはいかねェ……!」
 それでも隙が出来た事は確かだった。玄弥や瑠琵とは対照的な迸る気合を口にしたヘキサは猛烈な勢いのままに飛び込んだ。
「へぇ、お見事」
 自らが『一瞬』こじ開けたその道に飛び込み、連携良く仕掛けたヘキサに玄弥が小さく呟く。
 脚部装甲とも言うべき彼の『得物』は低く駆動音を鳴らし、火花を散らしていた。
「纏めて喰い千切ってやるよ……この、ウサギの牙でなァッ!」
 爆発的なスピードから多重繰り出されるHEXA-DRIVE――彼曰くの『うさぎのおおきば』は咄嗟に身を翻し、首をスウェーさせた京介の頬を掠め血を散らす。パタパタと散った微かな赤色が告げるのは皮肉な事にこの京介が生きた人間であるという他愛も無い事実である。
「オレたちはリベリスタ! 命を懸けて『守る人間』だ!
 テメェみたく何も無ェ、カラッポなゲス野郎とは、意思の強さが違ェンだよ!」
「守れば偉いの? 壊せば偉くない? それってちょっと単純過ぎない?」
 飛び退がる京介はむしろ嬉しそうに滴る血を舐め、見得を切るヘキサに笑い。更に追撃するリベリスタの姿を見た。
 それは――
「――今ですっ!」
「おおおおおおおおお――ッ!」
 ――京子の声に応えた、この絶好機を待っていた風斗だった。
(踏み込むのは最大の危険。でも、必要な挑戦。最大のチャンス――これしか方法が無かったなら、きっと私も。姉さんも――)
 瞼の影に過ぎる舞散る桜の花弁に京子は小さく頭を振った。彼女の意志に応えた影人は、獣の如く咆哮した風斗を庇うように展開した。
 狂気劇場が紫色の糸を伸ばす。京子は直後自分が式符のコントロールを失った事を自覚するも、京介の魔手をすんでで阻む。
「何て非常識な……でも」
「斬れるか――いや、『俺が斬る』!」
 風斗は京介の『危機』に次々と飛来する物体に構わず強引にその場を突き抜けた。
 唸る大剣に赤いラインが迸る。風斗の気力――怒りの高まりと共に覚醒した『もう一つのデュランダル』は爆発的な威力の余波を迸らせる。
 砕けるアスファルトが破片を宙へ跳ね上げた。刹那の一撃。捉えた手応え。だが、浅い。
 即座に視線を上に向けた風斗を高く跳んだ京介が見下ろしている。
「残念! ちょっとは――効いたけどねん!」
「貴様――」
 ヘラヘラと笑う京介の顔が――『奪い続ける者』の存在それそのものが、直情な少年には許せない。
『又奪った』癖にまるで足りないと言わんばかりの彼の顔が言葉にも出来ない程に唯、許せなかった。
「まだまだ。それじゃ風斗ちゃん、大事なハーレムは守れないよん?」
「抜かせ外道――ッ!」
「ちょっと、うるさい」
 京介の宣告と同時に敵陣が内に呑まれた風斗が濁流のような攻め手に膝を突く。
 運命に縋ろうとまさに情け容赦の無い集中暴力は彼の体力を根こそぎ奪うに十分であった。
「しかし、驚いた」
 着地した京介は半ば感嘆したかのように小さく零した。
「コレが正義の血潮? 宿命DNA? フツーの黄泉ヶ辻(うちの)ならもう三回は死んでるよねぇ!」
 アークのリベリスタの特徴と呼べる武器は三つ。
 一つ目は万華鏡による精密探査。敵の能力や布陣、傾向を予め察知し戦略を組み上げる能力は任務の成功率を飛躍的に高める。
 主流七派は愚かバロックナイツ――アシュレイでも太鼓判を押す世界最高峰のフォーチュナ能力は決して侮れるものではない。
 二つ目は『まさに例外的に運命に愛された』リベリスタ達の持つ至上の『しぶとさ』である。
 世界の何処を見回しても存在し得ない程に潤沢に運命を備えた戦士達は単純な生存率もさる事ながら、『敗北さえ情報の一つとして次の勝利の為に積み重ねられる』という点において敵からすれば厄介の一言であろう。今回も戦いも京介の能力をリサーチした過去の任務が大きな役割を果たしているのは言うまでも無い。
 三つ目は――まさに今パーティが展開する戦いそのものであった。ともすれば『甘い』と謗られる程のウェットさは弱さであり、強さでもある。互いへの信頼感は時に邪魔になる事もあるが、フィクサードには無い――多くのリベリスタ達も持ち得ない奇跡を果たす為の連携を戦場に点す。個々の実力で劣っていたとしても――日本五指以内の確実な京介に『やり方を認めさせる程度』には素晴らしい。
「でもさー? ねー? 疲れない? そういう生き方」
「ぐはっ……!」
 地面に転がった風斗の腹に京介の爪先がめり込んだ。
 途端に色めき立つリベリスタ陣営に京介は実に満足そうな笑みを浮かべた。
 のた打つ彼に加えられる容赦の無い暴力は風斗の闘志を煽るもの。
(まだやれる。この程度で……動け、立て、戦え……!)
 動けぬならば動かそう、まるでそう言わんばかりである。
 京介の指先がちょいと動き『狂気劇場』が傷んだ風斗の身体を彼の身体を沿わぬ形で起き上がらせた。
「馬鹿な――」
「馬鹿も何も、そーゆー世界じゃん?」
「くっ……!」
「辞めろ――ッ!」
「辞めない」
『狂気劇場』に阻まれた冴に『打ち込まされた』風斗が絶叫する。
「辞めないよ、絶対に!」
 襲い来る風斗を流石の冴も一刀で斬り捨てる事は出来ない。
 見ればいよいよギアを上げた京介はこれまでより格段にその操作量を増やしていた。
「『狂気劇場』第二幕はっじまるよー!」

 ――Yeah!

「目覚めろ、オレの野性!」
「景気よくかかって来いや! 全部受け止めてやんよ!」
 消耗して尚、むしろ意気軒昂。テンションを上げたヘキサが気合を入れ直し、和人が次々と襲い来る『狂気劇場』に身体を張る。
 碧衣を死守する構えの彼は傷付きながらもその仕事を諦める事は無い。
 しかしてパーティが受けるダメージはここにきて加速度的に大きなものになっていた。
 リベリスタ達は運命に縋り、死力を尽くして圧倒的な現実に食い下がり続けている。しかしそれも一時の凌ぎに過ぎまい。
「逢い引きの代金は割り勘だろう? 無理にでも毟るがな」
「癒し系の俺様ちゃんはトゥルースリーパーみたいな感じ?」
「疲れさせているのは誰か分かるな? 分からないなら早く気付け。むしろ、そのまま――苦しんで死ね」
 眉を少しだけ動かしたユーヌが配した影人は『狂気劇場』の脅威から仲間達を守らんとするが――影人の性能はその術者の能力に依存する。ユーヌ・プロメースという術者が避ける能力の持ち主であり、受けて止める事には劣る以上、盾としての限界はあくまで相応である。
 攻勢に出た京介は『狂気劇場』による操作攻撃に加え自身が前に出る事でそのプレッシャーを一気に強めている。
 碧衣の光線が間合いを貫き京介のジャケットに穴を開ける。パーティの攻撃も確かに彼を傷付けた。
 しかし、相手は黄泉ヶ辻京介である。受けた被害が同じであるとはとても言い難い。
「うわッ! 何だこれ、ふざけんな! 離せ!」
 京介の右手の『狂気劇場』が風斗に続きヘキサをも捕まえた。
 京介の左手が直接放つ五本の光線は鋭利なる刃のように身を翻したユーヌの小さな身体を切り裂いた。辛うじて致命傷を避けただけ、という有様の彼女は血溜まりの中に崩れ落ちていた。
「これで二人目。いや――」
「京介――!」
「ちくしょおおおおお――ッ!」
 風斗とヘキサが互いに互いの腹を抉る。
「――風斗ちゃんもお片付けして、三人目。
 煩いのは御近所迷惑だから丁度いい――と思ったら全然駄目じゃん」
 びしゃびしゃと辺りを赤く染める鮮血。仲間達の悲鳴に目を細めた京介は軽やかな口笛を吹いていた。
 アメージング・グレイス。神を嘲るメロディがパーティの不安と苛立ちを煽りに煽る。
 結論は明らかだった。予想以上の善戦を果たせたと言っても――仕留めるにはまだ遠い。
 通用する、と倒し得るは全く別物だ。戦えると勝てるもそれは然り。『ムラ』の塊である京介の力はテンションによって上下するらしい。それをこれだけ『引き出した』パーティの健闘は特筆するべきものと言えるが、或る意味でそれは徒花と言えるものでもあった。
「京介よぉ、てめぇの狂気っていうんはなんぞねぇ?」
「うん?」
「唯のサイコパスを周りが狂気と思っているのか、それともなんぞもっとクレイジーでルナティックなもんを孕んでるのかが気になるねぇ」
「うーん。俺様ちゃん、良く言われるの。
 皆言うのね。『黄泉ヶ辻スゲー』、『京介ぶっ殺す』、『お前だけは許さない』etc……
 でもさー、俺様ちゃん正直分かんないの。俺様ちゃんだって普通に生きてるだけだしさ。
 そりゃ他の人と違うかも知れないけど、人間個性があるから面白いんでしょ? 道徳の授業で他人は尊重しましょうとか習ったし。
 ほら、うちの妹とかもフツーだし。フツーって言うと傷付くの。可愛いね? おかしいね? 面白いっしょ?」
 肩で息をする玄弥の問い掛けに饒舌なる京介はケタケタと笑っていた。
 京介がサイコパスの一種である事は確かにその通りだろう。しかしその狂気の本質を言葉にするのは難しい。彼のみならず他にも存在する逸脱者の形は様々だ。しかして同じ事をすれば同じように『逸脱』するとは限らない。『普通のサイコパス』なんて言葉が存在するのかどうかは知れないが、少なくとも京介は『普通以上のサイコパス』に分類されるのだろう。彼はあくまで悪意的にしか動かないのだ。そしてそのスイッチの感受性は異常なまでに研ぎ澄まされている。サイコパスは他人への不共感、他者に対する冷酷さ、無慈悲から結果的に何らかの問題を起こす事態は確か在る。しかして、そういった場合の殆どはその人物にとっての何らか『そうしたい理由』が存在している事が殆どだ。理由の多くには『社会性』が関連し、少なくともそのサイコパスが京介で無ければ起こらぬ悲劇は確実にある。
 サイコパスが一般社会に溶け込めるのとは異なり、絶対悪めいた黄泉ヶ辻京介には決してその結論が生じ得ない。サイコパスと悪は常にイコールでは結ばれないが、サイコパスと京介、悪と京介は必ずイコールで結ばれ得る。サイコパスと悪の傍迷惑なエンゲージが産み落とした忌み子は最悪な事に『やりたい放題出来る力』という祝福さえも受け、社会の枠の外で大笑いしているのだ。
 これをモンスターと呼ばずして何と呼ぶ!?
「ああ、そうだ」
 不意に京介は納得したように頷いた。
「強いて言うなら青春って躊躇わない事かな!
 そうそう。名残惜しいけど、まだバレットちゃんも残ってるからねぇ――」
 テンションを上げに上げた『好調』の京介は事も無げにその先を口にしている。
「こりゃひでぇわな」
 訳が分からない玄弥が舌を打つ。たった今言葉を交わした自分が的になるのは知れていた。
 高い技量を持つ彼だからこそ猛攻さえ幾らか凌げる。それでも凌げる量には限度があり、各個撃破を始めた京介はその彼さえも四人目に沈めた。
「あと六人?」
「それでも――斬る!」
「露払いは私が――」
 ミリィの放った神気の輝きが冴の行く手を阻む壁を焼いた。
 二刀を手にした冴の雪崩の如き連続攻撃は破滅的なオーラを撒き散らし怒涛の如く京介を攻め立てる。
 攻勢に出た京介を守る駒の数は減じており、京介自身もまた冴との打ち合いを好むかのように口角を持ち上げる。
 刀と刃めいて鋭利な彼の糸が絡んでは弾き合う。
 リベリスタとて黙ってやられている訳では無い。
「落ちろ――ッ!」

 ――叩くのはそういうお店だけにしてYO! おねえちゃん!

 冴の打ち込みと前で立ち回る和人をブラインドにした碧衣の極細の気糸が『狂気劇場』本体を捉え、京介の指を跳ね上げた。
 攻防最中の京介に出来た大きな隙を冴は見逃す事は無い。
 だが、数が減れば攻撃力も連携も減じるのは必然だ。
 倒さぬ限り戦力が低下する事の無い一個とあくまで力を束ねる事で対抗する十個。
 十個が六個に減ったならば力のバランスが堰を切るように崩れるのは自明の理であった。
 横たわる絶対的な『差』。解さぬ程愚鈍な者はここには無い。しかし、それでも。
「ひょっとして、駄目だと思ったら。勝てない相手だから諦める? 失敗しても仕方ない――なんて。そんな風に考えると思ってます?」
「……恐怖演出ってそういうの大事だと思わない?」
「諦めませんよ」
 声を荒げる事は無く、決して折れる様子は見せず。傷付きながらも穏やかに強い――京子は言った。
「追い詰められてからこそ、私はもう一度戦う意思を取り戻す。
 死なないなんて思ってないよ、覚悟は出来ている。でも、アークにはね――」
 そこで言葉を切った彼女は覚悟を口にしながらもあくまで前を、黄泉比良坂のその先を見ていた。
 本気で戦ってこそ、何処までも抗ってこそ――この仕事は達成し得る。直感に従って、追い込まれても笑って挑発して見せた。
「――アークにはね、あのジャックを本気にさせた人が居るんですよ。
 京介くんはバレット程度の小物とやりあって喜ぶ程度の器なんですか?
 文句があるのならバロックナイツの一人でも倒してみたらどうですか?
 勿論、私達が京介くんより先に倒すつもりですけどね!」
「今日はいい女に事欠かないなぁ! 桜田の国子ちゃん! じゃなくて京子ちゃん!」
 知っているならば、話は早いじゃないか――
 影人が踊る。京子が幾度と無く繰る術式は仲間を幾度と無く救ってきた。
 引き剥がされたドアがそんな彼女にぶち当たる。唸りを上げた古いエアコンの室外機が小さな身体を硬い地面に叩きつけた。
 彼女は言葉通り起き上がろうと足掻き続ける。矜持の為に仲間の為に自分の為に。美しく咲く花(うんめい)を手折るのは何時だって無遠慮な男の手である。動かなくなるまで彼女は滅茶苦茶に叩きのめされた。
「――後、五人」
 カウントは遂に半数を数えた。
「潮時ですか」
「話を聞け――狂介」
 退くならば限界と考えたミリィと瑠琵に京介は何処か動物的に小首を傾げた。
「――ケイオスの居場所、知りたいかぇ? 知りたいのならば教えてやる。故にこの場は退け」
 ケイオスと京介の化学反応は良い事態を招くまいが目の前に差し迫るパーティの全滅と確実に破滅的な事態を引き起こすバレットとの遭遇だけは避けねばならぬと考えた彼女の言葉である。京介は興味を引かれる材料なしにこの場を退くまいと考えた彼女の思案が間違いだったとは言えない。
「んー。そういうのはいいや。今はリベリスタちゃん達を皆殺しにするのが一番大事」
 そこにあった誤算はその身から匂い立つオーラを当初の三倍にも増した京介のテンションがもう上がり過ぎていた事実ばかりである。
「人間をただの白紙だって言った奴がいるけどさ。黄泉ヶ辻はどういう事だか分かる?」
「さあね。言った奴に聞けばいいんじゃない!?」
 首筋を伝う冷たい汗に和人は苦笑いを浮かべていた。
 最悪の事態。最悪の状況。打開する術は――
(皆に力を、最悪の運命に抗う為の力を!)
 ――打つ手は無く。ミリィが運命に縋っても天は助けてくれる様子さえ無かった――これまでは。
「狂介――」
「――いえ。ならば、こうする他は無いのでしょう」
 静かに瑠琵を制し、燃えるような力を――目の前の悪を『斬る』為の力を欲したのは冴だった。
 青い炎が足元から彼女の身体を這い登る。最後に判断した彼女の声を天は聞いた。その声は黄泉比良坂の先に届いたのだ。
「正義とは、人によって違うもの。百人が居ればそこには百の正義がある。
 万人に正しいと言われる正義等無いのかも知れない――いや、無いのでしょう。ですが……」
 何時だって苛烈な炎は誰よりもまず少女自身を焼き尽くさんとするかの如しであった。彼女が己が最期を自覚しながら天に求めたのは力。唯、圧倒的な力。この局面さえ塗り替えられる力。黄泉ヶ辻京介を倒し得る程の唯の力の塊。
 それは似合いで――この瞬間まで可憐な彼女には不似合いなままであった。
「……それでも、私の正義はここにある。神秘によりこの世界を害するモノの根絶。
 私の正義を世界中の全員が否定したとしても――私だけは肯定しましょう。して、みせましょう」
 力に羅針盤が必要だと言うのなら、それは少女の正義である。
 鮮やかに暗闇を切り裂いて――歪みの世界に降臨せよ、奇跡(デウス・エクス・マキーナ)。
「こりゃ、第三幕が必要だ……もっともっと本気の本気のそのまた本気? ちょっと、しんどいかもねぇ!」
 蜂須賀冴が望んだのは敵の打倒。
 運命歪曲黙示録が望みを叶える為の鬼札ならば――『足りぬ分』を彼女自身が購ったのは天の配剤か。
 青い炎をその身の内に飲み込んだ冴の黒髪、黒目は嘘のように反転し――白色のそれに変わっていた。
 自身が忌む化け物(ノーフェイス)と成り果てて、黙示録を喰らった獣は少女のなりのまま幾度目か繰り返した一言を敢えて言い直して今、告げた。
「黄泉ヶ辻京介――貴様を斬る」

●逸脱者II
 かくて物語は冒頭に帰結する。
(もう……嫌です。誰かが目の前から消えていくのは。
 その為に私は、今……此処に居るんです! 此処に、居るのに!)
 言葉には決して出来ない――してはいけないミリィの想いはまさに声にならない慟哭だ。
 京介を殺す為の力を存分に振るう冴とその決意を認め支える仲間達の攻勢は京介をこれまでには無い次元で追い詰めつつあった。
 一撃を振るう毎に走る飲み込まれそうな激痛に冴の顔は歪みに歪んだ。それでも彼女の攻勢が止む事は決してない。
 瀑布の如き刃の嵐は一撃一撃が至上の重さとキレを見せている。
 気付けば京介は操る事を辞めていた。その両手、十本の指でワイヤーを繰るように冴にリベリスタ達に直接攻撃を加えていた。黄泉ヶ辻京介の殺しの為の戦闘は彼が『生存』する為に見せた初めての姿勢であるとも言えた。
「どっちが、死ぬかな!?」
 逃れようと思えばそれは容易く。
 長い時間を持たない冴はこの後死ぬ。ノーフェイスを認めぬ彼女は誰が許しても自分を許す事は無い。
 だがそれを知るが故に京介はこの場を退かないのだ。退けば永遠に叶わぬ再戦は余りにしのびない。彼にとって極上の女を抱かずに去るのと全く同じ。「恋愛運が最高だね」と嘯いた彼の表情と口調が少し変わっている。屈託無く人生最高レベルの殺し合いに興じている。
「無論、双方です」
 冴の切っ先が京介の胸元を引っ掻いた。
「邪魔だ! こんなもん!」
 襤褸になったジャケットを一瞬で脱ぎ捨てた京介は十本の指で十条の刃を放つ。
「段々目が慣れてきた。見えてきたぜ、冴ちゃんの動きも白いパンツも」
 鬼丸、魔喰の双刀で光を切り散らした冴は戯言に小さく鼻を鳴らす。
「ならば、それ以上で倒すのみ――」
「行けッ!」
 死闘は連携を忘れて居ない。今一度の攻防で放たれた『狂気劇場の爪』を吠えた和人の身体が阻んだ。
「……っ……!」
「そのまま――」
 珍しく不満気な顔をした京介の上半身を碧衣のピンポイントが仰け反らせた。
 息を漏らした彼は咄嗟に後ろに跳び退がる。
「これで――終いにせい!」
 瑠琵が最後の力を振り絞って放った式の鳥葬を更に直角真横に跳んだ京介が辛うじて避ける。
 だがこれは全て――
「――お願いします!」
 ――瞳に溜めた水滴を言葉と共に宙に弾けさせたミリィの組み上げた戦術――指揮の内であった。
 身を低く獣の最後の戦場は『黄泉ヶ辻』。乱れるも覚悟を決め迎撃の構えを見せた京介は笑っていた。
 閃く二刀。魔喰が跳ね上げられ回転して舞う。残る一手鬼丸が京介の首を落とさんと横薙ぎに迸る。

 ――血が、散った。

 冴の鬼丸は京介の首の寸前で止められていた。
 彼がブロックに差し出した左腕、半ば程まで食い込んでいる。
 断ち切るに及ばなかったのは一瞬だけ早く、彼の糸が彼女の四肢に絡みついていたからに他なるまい。

 ――雷音さん。私の唯一の友。

 貴方は無事でしょうか。泣いたりしないでしょうか。
 貴方と友人になれて私は嬉しかった。それを伝えていない事だけが――

「未練です――」
「――バイバイ」
 冴の表情に穏やかさに似た何かが降りたのと京介の一言が響いたのは同時だった。
 少女の四肢は引き千切られ、瞬時にバラバラに分かたれた。
 最後の言葉も無くその瞬間は余りにも呆気無く。
「冴さん――!」
 ミリィの声に応える者は――嘘のように『もう居ない』。
「いってぇ……こりゃ、暫く左手は使えねーわ」
 呼吸を乱した京介は食い込んだ鬼丸を引き抜き放り捨て、落ちかけた左腕をだらりとぶら下げたまま残るリベリスタに目をやった。
 汗ばんだ肌、荒い呼吸、その癖に妙にギラつく目。
 露骨に戦力を減じさせている癖にその『やる気』は些かも衰えていない。
「さあ、第三幕の続きと行こーか!」

 ――ちょっとタンマ!

 京介を制したのは予想外の声だった。
 自分に目をやった京介に瞬く『狂気劇場』が答えを返した。

 ――今ので京ちゃんのコンディションがもう駄目。全然駄目。

「駄目じゃないよ。まだ俺様ちゃんイケるし」

 ――駄目ったら駄目。これ以上京ちゃんが弱ったら、俺が京ちゃんを食べちゃうから!

『狂気劇場』はあのウィルモフ・ペリーシュの作品である。
 宿主を破滅させるのは基本設計の内、宿業とも言える。
 有り得ない忠告は有り得ない友情が故であった。「そっか」と呟いた京介から毒気が消え、やがて破顔した。彼の中で何が起き、どんな心理的な変化があったかは当人以外の誰にも分かるまいが――何れにせよ彼は大きく身を翻した。
 但し、冴の『パーツ』に巻きついたマリオネットの糸はそのままに。
「君達の勝ち!」
「っ、待つのじゃ!」
「――待て!」
「待ちなさいっ!」
「ちょっと――待った!」
 奇妙な程に清々しく明るい声でそう言った京介に向けて声を揃えた瑠琵、碧衣、ミリィ、和人……リベリスタ達が駆け出した。
 彼が言わんとする所は知れていた。パーティと戦えぬコンディションで京介がバレットとやり合う筈は無い。負けを認める京介の言は即ち撤退を決めたという意味を持つ。だが、敗れたならば――『彼女』はここに置いていけ。
「俺様ちゃんも――バイバイ!」
 だが、言葉も虚しく伸ばした手は京介が右手一本で操った全盛には程遠い『狂気劇場』に阻まれた。
 伸ばした魔糸をフックのように掛け、ビルの屋上に消えた京介を追う術をパーティは持っていなかった。
 京介の呼んだ『黄泉ヶ辻』に静寂が訪れた。
 誇るべきなのだろう。
 常勝無敗ともされる首領に負けを認めさせたのだ。
 誇るべきなのだろう。
 リベリスタの戦いは数千の――ひょっとしたらば数万の人命を救ったのだから。
 誇るべきなのだろう。
『逸脱者』はこの戦場に二人居た。
 誇るべきなのだろう。
 誇るべきなのだ。
 誇るべき……
「何が……、何が誇れるものですか……っ!」
 ミリィの声はこんな時にも良く通る。
 空は嫌気が差す程に晴れていて、運命は今日も最後の最後でリベリスタ達を裏切った。
 戦奏者の奏でた勝利の音は何時もと違う、錆びた鉄の味がした――

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 YAMIDEITEIです。

 プレイングの無いステータスに意味は無く。
 ステータスの伴わないプレイングも又無力です。
 対京介仕様の大したビルドアップだったと思います。
 死亡判定や歪曲発動を伴う成功を『実質失敗』と見る向きもあるかも知れませんが、少なくとも私はベリーハードでそういう成功を出しません。
 誇って良いです。
 緒戦からの戦闘で『通用』したのはプレイングとステータスによる奮戦です。
 確率七割の歪曲は成立の目が高くても不成立の可能性も十分です。
 誇って下さい。
 歪曲を発動しただけならば京介には勝てません。
 これは皆で勝ち取った成功と呼べるでしょう。

 シナリオ、お疲れ様でした。

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死亡・行方不明
蜂須賀 冴(BNE002536)