● 「……先輩、待っててくださいぃ。今、助けますからぁ」 石川県金沢市上空に流れ込んだ寒気は分厚い雲を作り出し、スモーキィグレイのその色は自身の大切な人が燻らせるタバコの煙によく似ていた。 冬の兼六園は一面のスノウ・ホワイトに覆われ観光客が全国から集まる名所であった。 しかし、見渡せば転がる死体の山と蠢く屍人形。オックス・ブラッドの血溜まりに彩られる凄惨な一面。 その数はざっと―――100体以上。 多勢に無勢。自分一人だけでは到底捌き切れない数の群れに少女の膝はガクガクと震える。 リベリスタに負わされた傷も癒えてはいない状況で。 それでも、彼女にはやらなければならない事があった。 いつも側に居た。 タバコを吸いながら悪態をつく先輩を。 文句を言いながらでも、少女の為のシステムを組み上げてくれる先輩を。 手の使えない少女の髪を結いあげてくれていた先輩を。 楽団の奏者によって、『屍人形』にされてしまった先輩を。 ―――助けなければならないのだから! 「先輩を返せえええええええええええええええええええええええ!!!!」 六道のフィクサード、ユラはメガネの奥に涙を浮かべながら、キマイラと共にゾンビの群れへと突進していく。 早く咲いた桜の花びらがひらりと雪の中に消えていった。 「あはは~♪ 人がいっぱい! 人形がいっぱい! たっのしー!!!」 ケラケラと嘲笑いながら無邪気な蝶が屍の上を羽ばたいていく。 バタフライ・イエローの髪の毛がふわふわと風に巻かれていった。 「助けて!!!」 「ぎゃあああああ!!」 グチャ、バキ、ミリミリミリ。肉を、骨を割く音がオーケストラの音色の様に響いている。 その音が何と心地よいことか。 純粋無垢で清らかな笑顔で、イリアル“アイリッシュハープ”イノセントは旋律を奏でていく。 楽しくて、愉快で仕方がない。 こんなに沢山の人形遊びが出来るだなんて、日本に来て良かったと少女は思った。 「ひいいいい――――――ッ!!!!」 一つ。 「いぎゃああああ!?」 二つ。 「やだ、やだ!来ないでぃあああああ!!」 三つ。 「あはは~! やった! 三連符♪」 無邪気で残酷で。人の命の重さなど理解していない。純粋すぎる蝶はひらひら踊る。 人間を弄ぶのが好きで、それが悪行だと言う事が分かっていない。 だから、腕が吹き飛ぶ様が面白くて。 両目が潰れる事が面白くて。 内臓がぐちゃぐちゃに混ぜ合わさるのが面白くて。 自分も面白ければ相手も面白いのだろうと。純粋に思っているのだ。 イリアルは愛情を持って屍人形を増やしていく。 愛情の何たるかを知りもしないのに。バタフライ・イエローの少女は愛を踊る。 「うぎゃ! 何、こいつ臭いよー!?」 屍人形の一体の前に立ち怪訝な顔をするイリアル。 白衣は血や泥で汚れきって、ボサボサの髪の毛をした男の人形。 懐にはタバコが沢山が詰まっているのだろう。それをイリアルは臭いと言ったのだ。 顔を覗き込めば濁ったスモーキィ・パープルの瞳が陰りを纏い能面の様な表情を出している。 生前のむくれた顔が嘘みたいに思える程の無。魂の無いただの人形。 「ま、いいや! コイツ強い気がするし! あはは~♪」 また、一つ。 イリアルの背後でアガットの赤を撒き散らしながら一般人が旋律に加わった。 ● ブリーフィングルームの巨大モニターに映しだされるのは白い公園を赤黒く染め上げる屍人形。 ケイオス・“コンダクター”・カントーリオの闇の譜面が動き出す。 無邪気に愛を踊るバタフライ・イエローも喜び笑いながらブラッディ・レッドの音色を奏でている。 モノクロームの旋律に色を加えるとしたら、凄惨なる赤色であろう。 「ケイオスの『楽団』が遂に動き出した」 緊張感を漂わせながら緑紅の瞳で語りかけるのは『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)だった。 いつも無表情で淡々と言葉を紡いでいく少女の顔が今日はどこか険しく見える。 イヴの隣に立っていたイングリッシュフローライトの髪をした少女が資料を配っていく。 日本に潜入し暗躍していた『楽団』と交戦したリベリスタも居ることだろう。 身を潜め屍人形を増やしていた彼らの目的は自分が『演奏』するための戦力を整えることであり、すなわちそれは『楽器』を揃えていたに過ぎなかったのだ。 カレイド・システムが指し示したのは、それだけではない。 その戦力を持って大規模な襲撃を行う。―――全国の中規模都市に致命的ダメージが振りかかるのだと。 万華鏡が夢見たのだ。 「犠牲者が増えれば敵の戦力が増していく」 殺した一般人の数だけ『楽器』が増え、『楽団』の戦力は上がっていく。 覚醒者を『楽器』にすることが出来れば、より多くの力を手にすることが出来のだ。 「じゃあ、どうすれば……」 結論から言えば一般人の犠牲者をこれ以上出さず、『屍人形』を駆逐し『楽団員』を倒すことが出来ればいいのだ。 しかし、それは絶望的にさえ感じられた。 無邪気に屍人形を操る楽団員。 腕を切り落としても足を無くしても止まることを知らないゾンビ。 それに無残に殺されていく一般人は増え続ける戦力である。 緊張感と重圧感で目眩がしそうな程だった。 「先客が居る。多分、助けになる」 パラキート・グリーンの瞳と大きなメガネ。六道のユラとキマイラが巨大モニターに映し出された。 我武者羅にただ突き進んで行くだけの攻撃。やがて、ゾンビの群れに囲まれて見えなくなる。 資料を配り終えた少女がビクリと肩を震わせた。碧色の髪が揺れる。 モニターの細くなっていく声は自身の先輩をただ呼びつづけていた。 「彼女……六道にとっても『楽団』は敵」 国内主流七派……『裏野部』と『黄泉ヶ辻』以外の勢力は、こと楽団絡みにおいてアークと遭遇した場合、これを当座の敵としない。 そう、国内主流七派とアークの橋渡しをした千堂遼一が告げていたのだ。 アークにとっても『楽団』、『主流七派』両方を相手取っての三つ巴は避けたい。 ならば、楽団絡みの案件についてはアークも二派を除く、国内勢力には手出しをしないと誓約したのだ。 これは事実上の友軍となるだろう。 「僕も一緒に付いて行く!! だって、もう大人だから!!」 ブリーフィングルームのドアを勢い良く開けて入って来たのは、生意気そうな少年。 エンペラー・グリーンの瞳をしたフィリウス・ロイがドヤ顔をして立っていた。 「大丈夫なのか? 死ぬかもしれないんだぞ?」 「何!? 誰に言ってんの! この僕が死ぬ訳ないじゃん!」 しかし、こちらの戦力になる反面、死ぬことがあればそれだけ『楽団』の力が増すということである。 それでも、一人でも多く人手が欲しい今は頼もしいといえるだろう。 大袈裟な話ではなく、此処で防ぐ事が出来なければ日本という国自体が壊滅してしまうのだ。 「頑張って」 アークの白い姫と隣に立つ碧の少女がリベリスタをそっと見送った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:もみじ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月07日(木)00:04 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ウィスタリアの髪が揺れる。エメラルドの瞳が目の前に広がる『死』の群れを映し出す。 「あは。必死になって頑張る少女は素敵だなあ。無邪気で残酷な少女も可愛くて仕方ありませんけど」 三日月の唇でグラファイトの黒『残念な』山田・珍粘(BNE002078)那由他は笑った。 「うふふ……もちろん死地に敢えて赴く勇気の有る少年も格好良いですよ?」 友軍である元・六道フィクサード、フィリウス・ロイの乳白色の頭を撫でる。 「子供扱いするな! 僕は大人だぞ!」 口調は荒々しく生意気だったが、桃色に染まる頬は照れと嬉しさの表れだった。 エンペラー・グリーンの瞳が那由他を見上げる。目が合った。――――逸らせないッ! 何故だろう、傾いた那由他の顔にそこはかとない“恐怖”を覚えるのは。 あれ!? 頭に置かれた手が外れないよ! ―――少年は逃げ出した! 少年は躓き『積木崩し』館霧 罪姫(BNE003007)に抱きとめられた。 「はじめまして、私罪姫さん」 そのままラージャ・ルビーの赤に包まれる。今まで感じたことの無い、他人からの温度。 「もし良かったら合図に合わせて陣形を崩してくれると嬉しいの」 これが愛情(あたたかさ)というものなのだろうか。 愛を知らない少年は戸惑いながらも小さく頷いた。 ……死んだら生き返らない。それは絶対のルールだ。 『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)はダンディライオン・ゴールドの瞳を伏せる。 命に変えて救ってくれた人を取り戻したい。 そんな思いを何度しかたのかも分からない。数えきれない程、数えるのを辞めてしまう程、アクバールの砂の様にこの手から滑り落ちて行ったのだ。 「だからボクも君の『先輩』を助けに来たわかりやすいだろ」 フィリウスはユラが持つ『本物の擁制システム・ドムス』へ向けて通信する。 「ああ、フィリ坊生きてた、よかったぁ……リベリスタ? ―――何だか知らないですけどぉ、先輩が戻って……痛っ!」 そこで通信がブツリと途切れる。ザザザ……とノイズだけが聞こえてきた。 「後はいい? 絶対に僕たちは死なない、それだけは守って」 夏栖斗はフィリウスの幼い瞳を見ながら小指を絡めて『指切り』をする。 「ぼ、僕が死ぬわけないだろ!」 少年は存在を認めてもらえる、心配してもらえるのが嬉しくて得意げに笑顔(しんあい)を見せた。 ――――そこは地獄。 形容することなど出来ない程の死臭と犠牲者の悲鳴。 血の檻ブラッド・フィールドを打滅し、増える屍人形の群れ。 一角に白衣を血に汚したユラとキマイラの姿があった。目線の先には門司が居る。 「愛、だねぇ」 『続・人間失格』紅涙・いりす(BNE004136)はその燃える赤と黒の花を手に戦場を一番に駆ける。 彼岸の花が咲く様に敵を絡めとるいりすの指は細く繊細で、オリーブ・グレイ目には勇ましい獰猛さが垣間見えていた。 門司やグールの執着を引き付けることに成功したいりす。 『尽きせぬ想い』アリステア・ショーゼット(BNE000313)は想う。少女の心を。 ……声が聞こえる。強い想いを乗せた声が。ものすごく痛いよ。 「大事な人なんだね。助けてあげたいよ……。だけど……」 私たちの「助ける」意味が「もとの『人』という存在として」助けるという意味じゃないのが、悔しい。 アイリス・シルヴァの髪が雪を運ぶ風に流れていく。 フィリウスの君主という名の感情嵐がグールへと叩きこまれた。 夏栖斗はその拳を振るいながらユラの元へ駆けて行く。 「ねえ門司はもう死んでるのもわかってるよね? 傷つけるかもしれない、それでもいいんだよね?」 「御厨夏栖斗……。どんな形であれ、帰ってきて欲しいですぅ。早く、早く……!じゃないと」 その目には涙。三ツ池公園で対峙した時より弱り切った姿。 ああ、そうだ、僕だって同じだ。逝った彼女たちがどんな姿でもいい帰ってきて欲しかった。 暗闇の中で染まる赤に手を伸ばした夢を何度見たのだろう。 痛いほどに君の気持ちが分かる。だからこそ 「冷静になって、君もあっち側に行きたくないでしょ。ちがうな、逝かせたくないだ」 夏栖斗のダンディライオン・ゴールドの瞳が強い意志がユラに落ち着きを取り戻させる。 「わたし達はアークとして、そこにいる胸くそ悪い楽団を潰しに来ただけ。あんたの先輩を取り返すのはその過程。恩を売るつもりは全くないから、借りを作るとか余計なことは考えないで、使えるものは使ったほうがいいよ?」 『ムエタイ獣が如く』滝沢 美虎(BNE003973)は己の体内に流れる気を整えながら話しかけた。 それ以上の言葉は無かったが、幼い背中に感じる揺るぎなき虎の強さにユラは瞳を上げる。 「リベリスタ……ありがとですぅ」 ● イリアル、貴女はまだ幼いから本当の愛という物を知らないのね 愛とは一方的に押し付ける物じゃなく、互いに交わし合う物よ 「だから……私も貴女を殺(アイ)してあげる!!」 『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)にとってこの地は自身が生を受けた場所である。 そして、両親を両足を失った場所でもあった。オリオン・ブルーの瞳が憎悪と殺意に染まる。 自身が故郷とする場所を汚された報い、思い知らせてやらなければと。 「それに私が愛するのは、三千さんただ一人よ!」 初めて手綱を取ったのはこんな雪がちらつく聖夜前日の湖畔。 水面に映る光が煌めいて、幻想的で綺麗だった。―――それから幾度、愛を囁いたのだろう。 ミュゼーヌのマグナムリボルバーマスケットから放たれる弾丸は、雪を切り裂き死者の群れへと飛来した。 しかし、彼女の砲弾幕を持ってしても屍人形は崩れない。 腕が千切れ、足がもげようとも動き迫り来るのだ。 一般人等為す術もなく、アガットの赤に身を染め上げ死に至る。 『本屋』六・七(BNE003009)は逃げ惑う人々を誘導していた。 怖く無いわけじゃないけど、でも……知らない振りは出来ないな、こんなふざけた事は。 「何をしてくれてるの、楽団とかいうのは……?」 ポツリと呟く声は吹風に押し流されて消える。けれど、今やるべき事はこの人達を逃がすこと。 「わたしが相手してるうちになるべく遠くまで逃げて頂戴!!」 モリオンの黒を抱く瞳は逃げ惑う人々を強く励ましていく。 七が居なければ、倍以上の人数の犠牲者が出たであろう。 それでも、彼女一人ではどうすることも出来ない人数が屍人形へと姿を変えて行った。 未だ混乱の極みを得ている一般人の間に立つのは罪姫だ。 イリアルに見つからぬよう、ステルスを駆使し好機を待つ。シトロン・ゴールドの瞳が笑う。 スノウ・ホワイトの風に運ばれる小さな輝く羽はアリステアの加護である。 七と罪姫以外の背にペール色の翼が羽ばたきを見せた。 その羽でユラの隣に立ったのはグラファイトの黒。 「お久しぶりですねユラさん。大丈夫、今の私達は貴女の味方!」 三ツ池公園でユラに重傷を負わせたのは那由他本人であった。 負い目?……いえ、私はそんな感傷持ちあわせていませんから。 ただ、貴女の頑張る姿が愛おしいと思っただけです。ふふふ、本当ですよ。 「要は楽団を何とかすれば全部解決。貴女の望みも叶うってすんぽーです」 ゆらりと那由他の足元からグラファイトの黒たらしめる深淵の闇が吹き上がる。 「味方と思えなくても、利用すれば良いんですよ。ねぇ、ユラさん?」 「分かったから、それ以上近づくなですぅ!」 ―――ユラが那由他目掛けて攻撃を放った。 否、正確には彼女の後ろに迫る屍人形の群れにだ。 「うふふ、ありがとうございます」 言いながら那由他はユラに迫り来るグールをブロックする。 ―――――阿鼻叫喚のブラッドカーニバル。 屍人形を使ったアガットの赤で彩られた凄惨なサーカス劇場。 ぽーんと首がボールの様に飛んでいく。繋ぎ合わされた人間で人輪潜り。 「あはは~♪ たっのし~!!」 人間を切り離してマジックの真似事。けれど、それはもう元には戻らない。 大量のグールの群れにリベリスタは囲まれる。 離れないように、分断されないように。終わりのない演劇で踊らされる気分。 ああ、けれど。 一人だけ見当たらない。 アリステアの回復が届かない。 罪姫はただ一度の好機を願っていた。 たとえ、その身がグールの攻撃を受けようとも。 巡るチャンスを逃さぬよう、金色の瞳が集中を重ねていた。 ● 「男冥利に尽きるだろ。あんなイイ女は、なかなかいない。だから、さっさと戻ってこいよ。王子様」 闇を纏いレッド・ブラックのリコリスが言葉を紡ぐ。 それに反応した門司のヴァイオレットの煙が、いりすを包み込み爆砕した。 赤霧を散らすいりすの暗灰の瞳には嬉しさが滲み出ている。 そうでなくては面白く無い。 紅涙を冠する一族に生まれ落ちた……否、生まれ出ル赤は強きを好むのだから。 イリアルは無邪気に笑いながら屍人形を増やしていく。犠牲者は既に二十を超えていた。 七が居なければ倍以上の被害が出ていただろう。 道を拓ける様にフィリウスとクリスの二重螺旋が交錯する。 夏栖斗と美虎の拳が目の前の屍を穿つ。 ミュゼーヌの弾丸の嵐が着弾する。 ユラの大雪霰が乱舞する。 ――――しかしである。 リベリスタが消滅させたグールの数は僅か十数体。 増えていく数の方が圧倒的に多い。多いのだ。 イリアルの元にたどり着くには未だ分厚い死者の群れが立ちはだかる。 一体一体から受ける攻撃を、避け受け流し弾いてみせるが、十、二十の殴打が積み重なれば血が走り青あざができて行く。 「笑えてくるね、この物量作戦。戦争は数だといったもんだよ」 口の端から流れる血を拭いながら夏栖斗は群がる死者へとファイヤ・レッドの炎を纏った拳を振るった。 「奮える魂の一撃はっ!腐山をも砕くっ!!」 夏栖斗の拓いた場所に美虎の怒雷が響き渡る。フォクシー・ブラウンの瞳は屍の其の先、アイリッシュハープ奏者へと向けられていた。 オリオンの瞳から突き抜ける散弾は本隊後衛へと向かう敵の足止めをしている。 けれど、追いつかない。倒れたグールの上を踏みつけて迫る軍勢。 積み重なるグールは翼を持つアリステアの足を掴み地へと引きずり落とす。 「アリステアさん―――!」 いち早く気づいたミュゼーヌが声を上げるも灰色の死の群れに飲まれて落ちていく。 シルクの様に真っ白な羽がアガットの赤に塗りつぶされる。踏み潰される。 アメジストのフェイトが燃える。 「まだだよ……! 皆でいっしょに、アークに帰るんだから!」 倒れるわけには行かない。誰一人として死なせてたまるもんか! 死体を操ることが愛なんて、ぜんぜん分からない。 エメラルドのワンドを掲げ聖なる息吹を仲間に捧げるアリステア。 そんな一方通行に、お人形を動かすみたいに、それが愛なんて……。分かりたくもないよ! 「でもな、僕達もヒーローじゃないけど助ける力はあるんだ!」 ●Emperor Green 死者の壁に阻まれながら、突き進むリベリスタ達を嘲笑うかの様に増え続ける軍勢。 それでも“ミュゼーヌの射程圏内”へと歩を進めた本隊。 マスケット銃を構え照準の先に見えるバタフライ・イエローの心臓目掛けて引き金を引く。 「私のアイ、受け取りなさい!」 撃ちだされた弾丸は音速を超えジョーンドナープルの軌跡を描きイリアルを穿った。 アガットの赤に彩られ胸に穴を開けたフィクサード。 屍人形の動きが緩慢になって行く。 七が一般人を避難し終え本隊に加わった。 戦況が動き出す。――――チャンスであった。 「Duc terraemotus!!」 フィリウスが罪姫に言われた通り陣形を崩す為、ユラへと通信する。 「consensu―――」 ユラの周りに魔法陣が表れ肥大化し地面へと消えた。 瞬間に揺れ動く大地とせり出す岩柱の群れ。 グールを押しのけ吹き飛ばしイリアルへと至る道を作り出す。 これぞ、好機。 ―――待っていた。 罪姫は待っていたのだ。 回復すら届かない場所で 運命を燃やしながらこの好機を! 罪姫が虚ろな瞳でイリアルを眼前に捉える。 集中に集中を重ねた、たった一度の攻撃(チャンス)を真空の刃に乗せ叩きつけた。 フィクサードの持つアイリッシュハープの弦が数本、ビィィンと音を立てて切れる。 途端、本隊後衛に纏わりついていた死者の群れが崩れ落ちた。 数にしてざっと三十。 「こんばんはイリアルさん、私罪姫さん。今宵貴女を殺(アイ)しに来たのよ」 シトロン・ゴールドの瞳が笑う。小さな牙を見せながら嘲笑う。 「あ、でも駄目かも。貴女の愛し方、まだまだお子様だものね?」 イリアルも連られて笑う。痛いのに可笑しい。 「あはは~♪ 痛いな~! でも、お前、楽しい! だから!……いっぱい殺(アイ)してあげる! お子様だというその方法でお前をアイするよ! どう? 嬉しいだろう♪」 ミュゼーヌが穿った傷は確かに致命傷だったのだ。 けれど、イリアルは倒れない。 屍人形と同じように起き上がり、攻撃の手を罪姫に向ける。 呼応するように死者の群れが罪姫に覆いかぶさった。 止むことのない攻撃に耐えること叶わず。 アリステアの回復も届かない場所で罪姫の身体はラージャ・ルビーに染まって行く。 数十体に囲まれ踏み潰された足の骨はぐしゃぐしゃで―――立つことすら出来ない。 ―――情動などまるで無い。 作業の様な殺人(アイ) 愛 殺 アイ 「ああ……罪姫さんここで、死んじゃうかな」 首に巻かれた包帯が赤黒く染まり、纏ったドレスは茶黒に変色していく。 瞳に映るスモーキィ・グレイの空から降る雪が白かった。 罪姫の青白い頬を口から溢れた赤黒い血が流れて行く。 遠くでいりすの声がした。 けれど願いは届かない。 ――――――運命は曲がらない。 積木がガラガラと音を立てて崩れていく。 イリアルの手が罪姫に差し向けられた。 「友の命を助けるのは、君主である僕の努めだ!」 イリアルへと向かうエンペラー・グリーンの少年はモナルカを敵に叩きこむ。 フィリウスは右肩が思うように動かない。 研究室で刀を突き立てられ抉られた傷は未だ完治していなかったから。 それでも、手を握って名前を呼んでくれたアイツと抱きしめてくれたコイツの為なら何だって出来るって思うから。 その手で罪姫を殺(アイ)そうとしていたフィクサードに攻撃が当たる。 「お前……邪魔したな!!」 罪姫の死とフィリウスの生が交換される。 イリアルの愛は邪魔された怒りへと変わりフィリウスへ向いた。 罪姫に振り下ろされるはずだった殺人(アイ)全て、フィリウスへと飛来する。 「約束守れなくてごめん、夏栖斗。アイツにも……ご、め……んて……」 ――――フィリウスはスモーキィグレイの空に舞った。 少年の小さな身体は見る事すら躊躇われる程の、無残な紫色の打撲痕に覆われる。 骨が折れ中から飛び出し、在り得ない方向に折り曲げられた四肢。 罪姫は手を伸ばした。死体になって行く少年に。 ……私が殺(アイ)したかったのに 彼女の意識はそこで途切れた。 友軍へと向かった死者達のお陰で七は罪姫を助けだす事に成功していた。 本隊もそちらへ移動する。 ユラが創りだした一度のチャンスを逃したくないリベリスタはそのままイリアルへと畳み掛けた。 「やっと会えた。やっと会えたよイリアルちゃん。あは。でも一方的な好意を愛とは言わないんです」 それをちゃんと教えて上げないと……彼女流のやり方で! うふふ…捕まえてギュってしたいなあ 那由他はその血をグラファイトの黒に変えイリアルへと叩きこむ。 「何、お前、怖いんだけど~!」 いりすの黒い衝動は壁になるグールを払いのける。 続く壁は未だ厚い。 「あはは~♪ 面白いこと思いついた! 邪魔したコイツで~!」 既に屍人形とされたフィリウスの瞳は濁りヘドロの様な色をしていた。 そこから繰り出されるのは、さっきまで敵を打っていたモナルカ。 氷と雷の二重螺旋がアリスとユラを襲う。 身動きが取れない二人をグールの群れが貪って行く。 門司に仕掛けられた打撃をいりすは避けるが、その先には屍人形が居た。 クリスの大豪落下で踏み潰されたグールがピクピクと動いている。 イリアルの胸に咲き乱れるアガットの赤は夏栖斗が放った仇花。 「フィリウスを、門司を返せ……ッ!!!」 「とらカッター!!」 美虎の真空虎脚が血の花に彩りを加える。 ミュゼーヌのマグナムリボルバーマスケットから寸分違わぬ精密さで弾丸が撃ちだされた。 それでも、フィクサードは倒れない。死なない。 ケタケタと笑い声を上げながら、バタフライ・イエローの髪を揺らす。 群がる屍屍屍。 デッド・カーニヴァル。 七はグールに阻まれイリアルの元に辿りつけなかった。 眼前の人形を蹴散らしても幾十の攻撃の手を交わすことが出来ない。 目の前がアガットの赤に染まって行く。 フェイトは既に小さな子どもを連れた親子連れを庇って燃やした後だった。 スモーキィグレイの空から降る雪は真っ白で 地上の庭園はペンキをぶち撒けた様に 赤く 紅く 染まっていた。 死の色に彩られていた。 そこはイリアル“アイリッシュハープ“イノセントの遊び場だった。 その日を境にミュゼーヌの生まれ故郷には血色の不協和音が響き続けていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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