● 「どうも臭ェ」 手の中で刃物を弄びながら、過激派<裏野部>の首領裏野部・一二三は独り言つ。 先日の七派首領会談ではああは言ったが、一二三の勘はどうしても楽団の動きに違和感を感じていた。 厳かなる歪夜、バロックナイツの一人であるケイオス・“コンダクター”・カントーリオが率いる楽団の狙いは、……先ず間違いなく同じバロックナイツである『The Living Mistery』ジャック・ザ・リッパーを討ったアークだろう。 今現在楽団から七派が受けた損害は全てアークのとばっちりとも言える。 しかし、だ。 一二三はケイオスと言う人物を然程詳しく知る訳ではないが、聞き及ぶケイオスの『指揮者』としてのキャラクターと今回の楽団の行動が一致しない。 余りに杜撰が過ぎる。 何故ケイオスは自分達七派と言う雑音を混ぜ込む真似を許したのか。 よもやバロックナイツの一人ともあろう者が部下の統制を取れぬ筈はあるまい。 或いは自分達が動く事は、ケイオスが描いた筋書きの上なのだろうか。 「……チッ」 小さく、舌打つ。 だが無論、会談で言った事を違える心算は一二三には無い。あの会談での言葉に嘘は無い。 今更誰がなんと言おうと、誰のどんな思惑があろうと、血を流さずしては終るまい。 怒り狂った考えの足りない部下達が、最高に可愛い馬鹿達が、敵対者への制裁無しでは納得しないだろう。 そもそも一二三自身も、余所者に舐められたまま済ませれる程に温厚では無いのだから。 「まぁ、ドレにするかだな」 机の上の三枚の写真を見やる。 思惑に乗せられて踊るのは業腹だが、待機の選択肢はハナから存在しない。 思考ゲームは黒覇や斎翁がすれば良い。思考を厭う訳では無いのだが、分類すれば一二三は如何しても本能型となる。 渦中に飛び込み、筋書きを見極め、引っ掻き回す。 ケイオスの居所が掴めれば其れが一番早いのだが、残念ながら彼の行方は遥として知れない。 故に狙うは、ケイオスの居場所か、全体の筋書きを知りえる者達。 一枚目の写真に写るのはバレット・“パフォーマー”・バレンティーノ。 ……だが此れは駄目だ。写真を見ただけで僅かではあるが、京介と、黄泉ヶ辻のリーダーに近しい匂いを感じる。 トリックスターは突けば楽しめはするだろうが、恐らく話にはならない奴だ。 2枚目のシアー・“シンガー”・シカリー。 彼女がケイオスの情婦であるなら、恐らく一番詳細な情報を持つのは彼女だろう。 頑なな美女の口を割らせる作業は、それはそれは楽しいに違いない。 だが一二三の直感は彼女もパスだと告げる。 写真の中の彼女、シアーの目は、非常に面倒臭い地雷に見えて、一二三のやる気を著しく削いだ。 そう言えば先日息子の前で女と絡み、非常に面倒臭そうな溜息を吐かれたばかりでもある。 結局残った候補は唯一人。此れも消去法で選び取るには些か剣呑が過ぎるけれど、モーゼス・“インスティゲーター”・マカライネン。 恐らくコイツが最適だ。 写真越しにも判る奥底に濁りを秘めた瞳に一二三はある種の共感を覚えながら、振り落ろしたナイフがモーゼスの写真を貫き、机に縫い止めた。 ● 「裏野部一二三とモーゼスがぶつかり、大阪の一角がまるごと消滅するだろう」 無表情に『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)はリベリスタ達に告げる。 しかし其の声には隠し切れない僅かな震え。 モーゼス・“インスティゲーター”・マカライネン、楽団3幹部の一人。 バレット・“パフォーマー”・バレンティーノ、シアー・“シンガー”・シカリーをケイオス・“コンダクター”・カントーリオの左右の手とするなら、モーゼスはケイオスの見えざる第三の手だ。 静かに、密やかに、長く伸ばされ、相手の喉笛を締め上げる。 一方の裏野部一二三は、最早説明の必要すらあるまい。主流七派が一つにして最も危険な集団、裏野部が首領。剣林百虎をこの国最強のフィクサードとするなら、黄泉ヶ辻京介を最狂のフィクサードとするなら、最凶はこの男だろう。 「モーゼスが大阪ビジネスパークにあるU字のツインタワーを音叉に見立て、共鳴と振動で全てを死で埋め尽くさんと目論む最中に、精鋭部隊を率いた一二三が乱入し、楽団と裏野部の蛇蝎相食む戦いが始まる」 巨大な力を持つ2つがぶつかれば、単なるまき沿いでも周囲に齎される損害も計り知れない。 しかし其れで2つの力が削りあうならば、非道な言い方をすれば損害に見合ったメリットがあると言う考えが出来なくも無いのだが……、逆貫は首を振る。 「勝つのが楽団であろうと裏野部であろうと、何ら変わりなくモーゼスの仕掛けは発動され、都市は死に包まれる」 裏野部は血と恐怖を欲し、楽団は死を欲する。二つが望む物に大きな違いはありはしない。 仕掛けが発動すれば全ての道路や建造物が崩壊し、莫大な数の死者が出るだろう。恐怖の宴がやって来る。 見過ごす訳にはいかないが、しかし其れを食い止めるには多大な危険を冒さねばならない。 「今回はビル内部に潜入するチームと、外部の抗争に介入する事で状況をコントロールし、内部の作戦成功率を高める外側の……、2チームを派遣する。諸君等は外側を担当して貰おう」 この大規模な被害が予想される状況においても、派遣される人数はたった2チーム分。 今、日本各地で楽団が一斉に次の動きを開始している。一箇所に割ける人数としては、此れが精一杯なのだろう。 だがあまりに此れは厳しすぎる。 「ああ、つまり私は諸君等に死地に赴いてくれと依頼している」 資料 北 一 ↓ 三 A ☆ B ? ↑ 二 南 ☆=ツインタワー A=楽団部隊A B=楽団部隊B 一=裏野部第一部隊 二=裏野部第二部隊 三=裏野部第三部隊(航空遊撃部隊) 飛行状態の為詳細な位置は不明。 ?=裏野部一二三 所在は不明 現場はツインタワーに向かい南北から裏野部が進軍して来ています。 その他詳しい敵データに関しては膨大な量の為後述。 「これはアシュレイ君からの情報だが、裏野部一二三の顔の刺青は其れ自体が『凶鬼の相』と言うアーティファクトなのだそうだ」 嘗てこの国の中枢での争いに破れ、鬼の烙印を押されて追われた物部が密かに伝えてきた邪法。 其の刺青を刻まれた者は、怒り、恐怖、妬み、憎しみ、ありとあらゆる負の想念を蓄え、力と化す事が出来る。 無論並の人間がそんな事をすれば刹那も持たずに狂い死ぬだけなのだが、一二三は違った。 「裏野部一二三は既に想像も及ばん量の負の想念を蓄えているが、奴は其れでもまだ足りんらしい」 一二三は血と死と恐怖を欲する。 裏野部と言う組織の性質も、一二三がそうであるが故にだ。 彼の組織のメンバーは、謂わば一二三にとっての料理人である。裏野部に向けられる怒りや恨み、恐怖は一二三の食事でしかない。 「君等の正義感が生み出す怒りすら、奴の力とされてしまうだろう。裏野部一二三との相対は出来うる限り避けて欲しい」 状況が其れを許すかは判らぬけれど……。 逆貫の口から溜息が漏れる。説明を終え、無表情を保っていた筈の彼の表情が、此処に来て崩れる。老兵の顔が歪む。 「限りなく危険度の高い任務だ。……戦いに赴く前の諸君に言うべき言葉ではないのかも知れんが、……出来れば生きて帰って来てくれ」 何時もの送り出しの言葉は出てこず、逆貫は依頼では無く願いを口にした。 ● 其の惨劇は突然に訪れた。 平和な日中に突然現れた異様な風体の男女達。 其の中に置いても更に目立つ巨漢、『メガロドン』鮫鬼・剛が、自らの姿に思わず足を止めた数名の通行人を巨大な戦槌で、……文字通り挽肉と変えた。 例え死霊術を持ってしても操る事は困難であろう程に破損した遺体。 此れが楽団の死霊術に対する裏野部流の回答だ。其れが可能な実力者ばかりがこの場には集っている。 「楽団ってのは殴っても死なないんだよな? チッ、ハズレかよ」 ―うらのべ、うらのべ! いっちにっのさーん!!!― 腰にぶら下げた通信機からやけにテンションの高い少女の声が漏れ聞こえてくる。 其の日の惨劇は、全てこの瞬間より始まった。 ―さーて裏野部vs楽団いよいよすたーとでーす。現場の戦況はこのわたし、『びっち☆きゃっと』の死葉ちゃんが隅から隅まで解説しちゃいまーす― 車がガソリンスタンドに向かって吹き飛び横転し、そして爆発炎上する。其処に眠る大量の燃料に火が移るまでに、然程の時間は必要としない。 死と恐怖を撒き散らし、彼等は進む。 しかし、そんな血と破壊に慣れ親しんだ裏野部の実力者達ですらこの日のこの時に置いては前座に過ぎない。 ―今日の目玉はなんと言っても― 裏野部一二三。 娘の声に、裏野部首領にして最凶の父親がニヤリと唇を歪めた。 敵資料 楽団部隊A A-1:『オルガニスト』エンツォ 天使の様に可愛らしい容姿をした、フライエンジェの少年。 ケイオス率いる楽団メンバーの一人。 日本は割と好き。特にゲームとかアニメーションとか漫画とかが好き。 死者を操り、不可思議な力を使う死霊術師。所持武器は持ち手のついたパイプオルガン『嘆きの聖者』。 A-2:『官能』エリオ 蝙蝠のビーストハーフの死霊術師。 アルトサックス『sexsax02』 半径数十m内の任意の対象(複数)に物理的な力を持つまでに至った濃い音を絡みつかせ、其の動きを縛る。 移動距離減、速度減、命中減、回避減、攻撃力減 を与える。 ペナルティを与える人数を一人に絞る事も出来、その際のペナルティは更に大きな物となる。 但しこのアーティファクトを演奏には他の能動的行動が一切取れないほどの集中力を必要とする。 A-3:『煽情』エルモ 蝙蝠のビーストハーフの死霊術師。 ソプラノサックス『sexsax01』 半径数十m内の任意の対象(複数)の動きを物理的な力を持つまでに至った濃い音で後押しする。 移動距離増、速度増、命中増、回避増加、攻撃力増 を与える。 ステータス増加を与える人数を一人に絞る事も出来、その際のステータス増加は更に大きな物となる。 但しこのアーティファクトを演奏には他の能動的行動が一切取れないほどの集中力を必要とする。 怨霊二体:人型で浮遊状態。遠距離神秘攻撃を行い、物理攻撃に対しての強い抵抗力を持つ。 通常の一般人の死者多数。 楽団部隊B B-1:『弦楽三重奏』ロマーニ ジーニアスの死霊術師。 自らの体に死者の腕を縫いつけ、右側面でヴァイオリンを、正面でチェロを、左側面でヴィオラを、たった一人で同時に弾く老人。 ケイオス率いる楽団メンバーの、比較的古参の一人。 死体の精密操作を特に得手としており、彼に操作された死体は生前よりも高性能を発揮すると言われる。 性格は割と陽気。 B-2:『調律者』ミオーネ ジーニアスの死霊術師。 両手に音叉を持った女性。其の役割は楽器の調律。 音叉で空気を震わせる広範囲攻撃(物神防無+麻痺)や、音叉の振動で無機物を破壊する事を得意とする。 精密操作を受けるフィクサードの死体 精-1:『天秤座』可槻・総 ジョブはプロアデプト。生前は三尋木に属するフィクサード。 所持アーティファクト:天秤座の聖杯 ターンの最後に、其のターン他陣営が自陣営に与えたダメージと同量のダメージを他陣営の誰かに与え、其のターン自陣営が他陣営に与えたダメージと同量のダメージを自陣営の誰かが受ける。 (3陣営入り乱れての場合でも、自陣営が他陣営に与えたダメージの総量が自陣営の誰かに降りかかると言う効果が其々の陣営に対して発動する) 精-2:火車地獄 ジョブは覇界闘士。生前は六道に属するフィクサードだった。所持するEXスキルは『火車地獄』。 『火車地獄』巨大な炎の車輪を放ち全てを焼き尽くす武技。物遠範、火炎、業炎、極炎。 通常の一般人の死者多数。 裏野部第一部隊 一-1:『裏野部の忌み子』裏野部・重 裏野部一二三の息子。年の頃は10を幾つか過ぎたばかりの少年。ジーニアスのソードミラージュ。 所持武器は『刃金』。所持EXで判明している物は2つ『コル・セルペンティス』と『忌み子』。 『刃金』 7つ武器と呼ばれる強力な武器の一つで、柄に赤い賢者の石がはめ込まれている。 この武器を用いての攻撃は、対象の物防を無視し、更にその物防の値をダメージに追加する。 『コル・セルペンティス』 蛇の心臓を意味する蛇殺しの技。目にも止まらぬ高速移動で敵の背後に回り込み、急所への一撃を突き入れる。遠、失血、必殺、致命。 『忌み子』EXP 一-2:『メガロドン』鮫鬼・剛 人並みはずれて大柄な男性フィクサード。種族はサメのビーストハーフでデュランダル。 特徴としては非常にタフでしぶといパワーファイター。水中呼吸を所持。 所持武器は巨大な戦鎚『ハンマーヘッドシャーク』。非戦EXスキルとして『ロレンチーニ器官』を所持。 非戦EX『ロレンチーニ器官』:空気中の僅かな電位差を感じ取る事で半径50m以内に居る生物を確実に察知出来る。 一-3:『マンドラゴラ』歪螺・屡 絞首刑になった男の精液から生じる植物の名前を称号に持つ20代後半の男。其の言葉は甘い毒。 ジョブはマグメイガス。所持EXは『マンドラゴラの悲鳴』と『マンドラゴラの雫』。所持アーティファクトは『虚弱の指輪』。 『マンドラゴラの悲鳴』 聞けば死に至ると言われるマンドラゴラの悲鳴。神遠全、麻痺、崩壊、Mアタック。 『マンドラゴラの雫』 麻薬効果を持ち、古くは鎮痛薬として用いられたとも言われるマンドラゴラの癒し。神遠単、HP回復、物神攻上昇。 『虚弱の指輪』 このアーティファクト所持者を除く、アーティファクト所持者の近接範囲に入った者は、虚弱の付与を受ける。 一-4:『爆轟』焔硝 爆破を心より愛する裏野部フィクサード。ジョブはプロアデプト。 所持EXは『爆轟』。所持アーティファクトは『連鎖爆破』。 『爆轟』 触れた手の平から爆発する思考を注ぎ込み、対象と其の周囲を爆殺する。衝撃波が発生する程の速度で燃焼を起こす為、威力が高い。近範、業炎、弱点、必殺。 『連鎖爆破』 左右一対の手袋型アーティファクト。EXスキル『爆轟』の発動の後、逆手でもう一度、連続して『爆轟』の発動が可能。(つまり2回攻撃) 裏野部第二部隊 二-1:『夜駆け』ウィウ 裏野部首領に仕える暗殺者のフィクサード。ジョブはナイトクリーク。 所持EXは『灼熱の砂嵐』『歪夜を駆ける』『物部』、所持アーティファクトは『影潜りの腕輪』。気配遮断や物質透過を所持している事も判明。 『灼熱の砂嵐』コピー品。敵全体に業炎と麻痺効果付きの強力な攻撃。 『歪夜を駆ける』不明。 『物部』EXP。 『影潜りの腕輪』1ターンに1度EPを消費する事で度影に潜って攻撃を完全に回避する事が可能。 二-2:『コイバナ』八米 刀花 裏野部に所属するフィクサードだが、恋に恋する乙女(笑)。ゴシックな衣装に身を包み、プロアデプトの技を使う。 アーティファクト『魂砕き』と『魂吸い』を所持する。所持EXは『赤い糸』。 『魂砕き』 無鋒剣型。刃金と言う名の鍛冶師がクルタナを模した非殺の魔剣。この武器所持者からの攻撃を喰らった者は、其の威力分のEPを消失する。ただしHPへのダメージは0。(%HITによる50%や150%等の増減は起きるが、物理防御や神秘防御による減少が起きない)この攻撃でEPが0になった者は精神を砕かれ戦闘不能状態に陥る。 一度攻撃をする度にEPを150消費する(スキルの消費に追加で)。 『魂吸い』 リップのアーティファクト。このリップの所持者が心身を喪失、或いは精神的に衰弱した状態にある者に口吸い(キス)を行った場合、口吸いされた者は口吸いした相手の操り人形と化す。 また口付けを行った相手が己の操り人形に念じれば、其の生命力を燃やし尽くしての自爆を行わせる事が出来る。 『赤い糸』 赤い気糸を相手の心臓に放つ。乙女心のなせる技。神遠単、弱点、魅了、Mアタック(大)。 二-3:『雪女郎』氷雌 裏野部に所属する女性フィクサード。裏野部内では実力者で名が知られている。 ジョブはインヤンマスターだが魔氷拳等も使用。 所持アーティファクトは『雪女郎』と『氷水晶』。所持EXは『陰陽・氷戦像』 『雪女郎』 このアーティファクト所持者の近接範囲に入った者はBS氷像の付与を受ける。 『氷水晶』 E化した石英の塊を材料に作られたアーティファクト。所有者に氷の力を与える。 『陰陽・氷戦像』 氷雌の陰陽術と氷水晶の力で、術者に忠実な氷の戦像を作り出す術。溜2。 氷戦像はタフで力が強く、また自爆で氷の飛礫を周辺に撒き散らす事も可能。 二-4:『嗤笑』露原 ルイ 非常に性格の歪んだ裏野部フィクサード。ジョブはホーリーメイガス。 所持武器は遠2距離まで届く射程距離を持つ伸び縮みするウィップ『アンチセオロジー』。所持EXは『ヘルドライバー』。 その他は不明。 裏野部第三部隊(航空遊撃部隊) 三-1:『爆撃機』久那重・佐里 裏野部に所属する若い女性フィクサード。種族はフライエンジェでプロアデプト。 特徴としては攻撃性能と命中が非常に高い。 EXスキルとして『ナパーム』と『クラスター』を持つ。 EX『ナパーム』神遠2範。鈍化、業炎。 EX『クラスター』神遠域。無力、崩壊、連。 三-2:『戦闘爆撃機』鬼弐・麗一 裏野部に所属する若い男性フィクサード。種族はフライエンジェでインヤンマスター。 命中と回避が高め。 EXスキルとして『火龍』を持つ。 EX『火龍』神遠2域。極炎。 所在不明 ?:裏野部一二三 裏野部首領。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月12日(火)00:05 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 上空には、強い風が吹いていた。 大阪ビジネスパーク。其の単語は、今や地獄と同義である。 大量の死者を引き連れたネクロマンシーの集団、バロックナイツが一人ケイオス・“コンダクター”・カントーリオ旗下の楽団と、この国に巣食う邪悪の中でも最も凶暴な裏野部がぶつかり合う場となっているのだ。 死者と悪鬼が喰らい合う。此れを地獄と言わずしてなんと言おう。 ヘリのパイロット、高原芳樹は降下したリベリスタ達の身を案ぜずには居られない。 自分の貧相な想像力では、これ以上なんて想像も出来ない最悪の場に、躊躇う事無く降下して行ったリベリスタ達。 彼等の為に何かをしたいと、芳樹は強く思う。彼等の中には芳樹の子供と同じくらいの年齢の者もいるのだから……。 だがけれど革醒者ならぬ自分に出来る事が無い事も、芳樹は同時に理解している。 唇を噛み締め、離脱の為に操縦桿を引く。出来る事は彼等の無事を祈る事のみ。 …………けれど芳樹はリベリスタ達の心配をする余り忘れていた。上空と言えど此処は戦場である事を。 不意に機体を衝撃が揺らす。理解及ばぬ事態に驚く芳樹の視界に映るは赤。血と炎と破壊の色。 「ご機嫌麗しゅう」 楽団、裏野部、両のフィクサード達の視線が、『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)の挨拶にリベリスタ達へと注がれた。 TWIN21、U字のタワービルを挟んだ北と南で其々展開される戦場の、南側への介入を始めたリベリスタ。 「悉く捻じ伏せてやるよ。この鬼蔭虎鐵がよ」 自身の肉体の制限を外し、色違いの両の眼を爛々と光らせた『ただ【家族】の為に』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)が咆哮をあげる。 其れは自分達の存在を声高にアピールする宣戦布告。けれど彼等がフィクサード達の注意を敢えて引き付けんとするにはもう一つ大事な理由がある。 「お久しぶりだね。なんか腹が立つけどいい事を教えてあげる」 視線に殺意を混じえながらも、裏野部に対して『天秤座の聖杯』の存在を伝える『狂気的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)。 本当は情報を与えてる暇があるならRising ForceにAlcatrazz、両手に構えた銃のトリガーを引き絞りたい。裏野部を悉く殲滅し尽くしたい。この怒りさえもが裏野部一二三の糧とされてしまう事が判っていても、虎美はそう望んでやまない。 けれど……、今回は其れでは駄目なのだ。 今回リベリスタ達が成さねばならない事は、戦況のコントロール。楽団と裏野部の戦いを長引かせ、一二三の内部への侵入を出来る限り遅らせる事。 無論其れは言うほどに容易い事では決して無い。唯何も考えずに戦うだけの方がどれ程楽だろうか。 決着を早めかねない危険因子を見抜き、取り除き、尚且つこの戦場に於ける鬼、一二三が焦れて、或いは飽きて動き出さぬ程度に戦場を回し続けねばならないのだから。 それも楽団5人、裏野部10人、流石に一二三には及ばぬとは言え何れも一流のフィクサード達を相手にだ。 動き出した鬼に捕まれば全てが終る恐怖の中で、けれどもリベリスタ達は牙を剥く。獣の様なあの男に、己の牙を魅せ付ける為に。 マナコントロール、ハイディフェンサー、プロストライカー、シャドウサーヴァント、流水の構え、其々の方法で力を高め、更には夏栖斗がアッパーユアハート、魔力を秘めた挑発を使い、死者達の注意を自分に向ける。火車地獄に天秤座、精密操作を受ける2体の特別な能力者の死体は兎も角、他の死者達は自律で動く。唯の言葉なら無意味でも、其れに秘められた魔力が彼等に失ったはずの怒りの火を灯した。 けれども己が牙を剥き出してみせるリベリスタ達の行動の中でも、特筆すべきはこの男、『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)が使用したラグナロク。北欧神話の世界における終末の日の名を冠した其の技は、上位存在である神の声に従い敵を殲滅する為の加護を仲間に与える。リベリスタ達の体の奥底に眠る力が、神々と巨人が潰し合う終末の日を戦い抜く為の力が、溢れ出した。 ● 「ふぅん天秤座……、ね」 手に握るクルタナを模した魔剣『魂砕き』を振るい、圧倒的な思考の奔流、J・エクスプロージョンで死者達を弾き散らした『コイバナ』八米 刀花が呟く。 蛇の道は蛇。国内フィクサードの情報に関しては、リベリスタ達より同じフィクサードである裏野部の彼等の方が時に詳しい。 天秤座の聖杯の事も無論彼等は知っていた。裏野部と同じく主流七派の一つ、三尋木のフィクサードに黄道12星座の名を冠した聖杯を使う者達がいる。……確か13個目の新たな聖杯に星の力を注いでいると言う本当か嘘かは判らぬ話もチラと噂で耳にした。 だが其の12個の中でも、TOPクラスの厄介さを持つのが其の天秤座である。危険視したリベリスタ達が、憎むべき敵である筈の裏野部に情報を提供せねばならぬ程に、其の存在は厄介なのだ。 最も、本来ならば肉体的なダメージに頼らない刀花は、天秤座にとっては天敵とも言える存在であったのだけれど……、吹き飛ばされ、糸の切れた人形の様に崩れ落ちていた死体達が、僅かな間の後に再び起き上がるのを見て刀花の口から溜息が漏れた。 どういった原理で死体が動くのかは判らぬが、魂砕きは相手の精神を砕き、戦闘不能に陥らせる武器だ。夏栖斗のアッパーユアハートが効果があったのと同じ様に、魂砕きも効果を発する。……しかし、例え死者達を戦闘不能に陥らせたとしても其の死体が消えてなくなる訳では決して無い。一時的に操作を断てても、再度の死体繰りの前に死者達は再び動くのだ。 打つ手が皆無な訳ではないが、此れは些か面倒臭い。 ちらと傍らに目をやれば、己に近付く死者を氷像と化しながら、手駒の作成に集中する『雪女郎』氷雌も天秤座の聖杯の名前の前に消極的な戦術を選択している。 死者の群れと天秤座の聖杯と言うコンビネーションに攻めあぐねる二人の裏野部女性。 されど力押しばかりが裏野部と言う訳では無い。 例えば裏野部にはこの男がいる。実力もさる事ながら、其の性格の悪さではこの場に集った裏野部の誰もが、そう、一二三でさえもが一目を置く『嗤笑』露原 ルイ。 ちらと空に目をやった其の男が、けけけ、と笑いをあげながら通信機に向かって尋ねた。 「ねーえ死葉。本日の天気は雨? 槍? そ・れ・と・も?」 通信機越しにルイの問いかけに応じた『びっち☆きゃっと』死葉、裏野部四八の声は、けれども響く轟音に掻き消されてしまう。 空より降り来るは炎を纏った、リベリスタ達をこの戦場に運んで来た輸送ヘリ。リベリスタ達の手助けをと願ったパイロットも、決してこんな形で役に立ちたかった訳では無いだろうが、ヘリは死者達を押し潰し、死者の群れのど真ん中へと突き刺さる。拉げた機体から漏れ出す燃料に炎が引火したのはその僅か3秒後。 爆発に砕けた死者達の破片が散らばる。メインローターが回転しながらすっ飛び、撒き込まれた死者を輪切りにして行く。 砕け散ったヘリが相手では、流石の聖杯も其の損害の代償を支払わせる事等できやしない。 例え其れを成したのが、上空より此方に向かう裏野部の第三部隊、航空遊撃部隊の仕業であったとしてもだ。嘗てリベリスタに防がれた天からの矢に代わりにと放たれた、彼等からの挨拶。 そして其の影で『夜駆け』ウィウの姿が戦場から消える。 ● 爆風吹き荒れた戦場に、星屑が煌めく。 極めて素早い動きから虎美が放つは、もう『弾』と言う言葉が相応しくない程の光の『柱』、スターダストブレイカー。 容赦無く放たれた其の一撃は、死者を飲み込み、其の身体を削り取った。 けれど体の半分近くを抉り取られても、死者達は意に介する事無く迫り来る。圧倒的な物量こそが楽団の本領であり、だからこそ天秤座が脅威となるのだ。 「死なないでください、皆さん。作戦に関係なく私の希望です」 其の一言に全ての想いを残して、敵陣に、死者の群れへと切り込んだ『スウィートデス』鳳 黎子(BNE003921)がクルクルと双刃の鎌、 双子の月を回転させる。赤と黒の三日月型の刃が、回転により満月を描く。 戦場を駆ける一匹の死神。軽やかに踊る様な、華麗なステップに合わせて満月が死者を巻き込み切り裂き砕く。ダンシングリッパー、其の軌跡は美しくはあれど大雑把で、彼女に近寄る者、或いは彼女が近寄った者を無差別に肉塊へと変える。 死なないで欲しい。普段の彼女を知る者なら耳を疑いそうな其の言葉は、……嗚呼そう言えば、彼女が記憶を受け継ぐ妹が命を散らしたのは、裏野部が居り、木偶が溢れ、一つの都市の全てが破壊されんとする戦場だった。今、この時と同じ様に。 双子の月の、黒に寄り添う赤はまるで彼女を思わせて。 虎が吼え、振るわれた獅子護兼久の刃に触れた死者が、砕け散る。 虎が、虎鐵が放ったのはメガクラッシュ。全身の力を武器の切っ先に集中させ、敵を弾き飛ばす技。けれども彼が愛刀を振るいし後に、吹き飛ばされる敵は居ない。 あまりの威力に並みの死者達では吹き飛ばされる前に砕け散ってしまうのだ。 最早人の成す所業とは思えぬ其の行為、極められた力は怪物と呼んでさえ生温い、正にフリークス。 黎子と虎鐵、二人の前衛が『天秤座』可槻・総までの道を抉じ開けんと奮戦する中、けれどこの少女にとっては道など全く無意味である。 本能的に練り上げられた呪力が魔炎となって燃え上がる。術者の意に従い、魔炎は龍の形を成していく。 本来其れは精緻な陰陽術の為せる技であり、術者と言うよりも闘士である少女、『フレアドライブ』ミリー・ゴールド(BNE003737)が扱える類の術では無い。 しかしミリーは其れを見取り、見盗り、模倣し、自らに合った物に変えて会得した。 炎への親和性、龍への憧れ、彼女自身の才能、何が不可能な筈の其れを為し得る要因となったのかは定かでは無いが、炎の龍は確かに完成して咆哮をあげる。 敵が其処に居るとさえ判れば、見えなくとも関係は無い。EX『火龍』が、死者達の壁を越え、其の向こうに確かに居るであろう天秤座に向かって炸裂した。 吹き荒れる熱風に前衛達が口元を手で覆う。焼けた空気は直接吸えば肺を痛める程の熱量だ。 けれど炎は確かに天秤座にダメージを与え、更には周囲の死者を焼いて道を開く。未だ死者達は蠢けど、薄くなった壁の向こうに確かに天秤座の姿が見えた。 僅かな射線を少しでも広げる為に宙へと飛び上がったは『ムエタイ獣が如く』滝沢 美虎(BNE003973)。 確かな考えがあっての行為では無い。其れは獣が敵を仕留める為に持つ天性のカンがそうさせたのだ。 「奮える魂の一撃はっ! 岩山をも砕くっ!!」 強い拍動によって流れを増した血液に、全身を駆け巡る戦いの興奮に、彼女の肌に赤みが宿る。其れは此れから振るわれる暴力の象徴、赤の狂戦士、レッドベルセルクだ。 古代インドの大長編叙事詩、ラーマーヤナに登場するラーマ王子が始祖であるとの伝説を持つ古式ムエタイ。格闘技では無く素手での戦闘技法である其れと覇界闘士の技を組み合わせた美虎のスタイルから繰り出されるは、宙を裂き真空の刃を生み出す蹴撃、斬風脚。 だがリベリスタの攻撃が激しければ激しい程に、天秤座の起こす揺り返しもまた苛烈である。聖杯によって空に生み出された天秤座から、リベリスタ達の攻撃の総量に等しい威力を秘めた光が零れ落ち、快の身体を貫いた。 如何にタフで強靭な肉体を持つ快であろうと、流石に其れに抗う術は持たない。彼を打ち砕くは、彼の仲間達の全力の重み。 しかし、だからこそ其れで崩れ去る事など出来よう筈が無い。倒れ、仲間達に攻撃の手を緩めさせる様な事があってはならない。リベリスタ達全員が全ての力を振り絞らねば、この戦場を切り抜ける事等到底不可能なのだから。 奥歯を噛み砕きながら快は運命を対価に膝を折る事を拒絶した。 けれど地獄は、絶望は、まだまだほんの触りに過ぎない。 リベリスタ達が其の深さを知るのはこれからだ。 ● 僅かな攻防の間に、随分と死者の数は減ってしまった。 炎荒れ狂う戦場を裏野部達が進む。ブリーフィングでの戦力比較は、裏野部が不利であろうと予測したリベリスタ達だが、些か見積もりは甘かったと言えよう。 この戦いは裏野部が攻め手として始まった。楽団の能力を知り、其れでも尚勝利出来ると、首領の為の露払いに選ばれたのが彼等なのだ。精鋭中の精鋭の投入は、勝利の自信があるからこそ行なわれた。確かに天秤座の存在は脅威であれど、其れだけで一方的に敗北を喫する程に彼等は決して甘くない。 リベリスタの介入に、更には航空遊撃隊の奇策に、楽団の死者が大きく数を減じた今、勢いは完全に裏野部にあった。 しかしならば、リベリスタは今度は裏野部を止めねばならぬ。無論天秤座の排除の手を休める事も出来ないが、戦いの趨勢を裏野部のみに傾け過ぎる訳にも行かないのだ。 「素敵な武器だね。ちょっとその武器には因縁があってぶちこわしたいんだけど」 凄惨な戦場にありながらも、どこか可愛らしさを意識しながら歩む刀花の其の前に、立ちはだからんとしたのは夏栖斗。彼が視線を注ぐは彼女が手に持つクルタナを模した魔剣、魂砕き。 夏栖斗と刀花に直接的な面識は無い。行き成りの言葉に、不思議そうに首を傾げる刀花。 だが夏栖斗にとっては、魂砕きの創り手であった刃金に、その魂砕きを模した能力で、たった一撃で沈められたと言う苦い記憶があったのだ。……けれど、夏栖斗の肩を掴んだのは快。 「相棒、すまない。譲ってくれ」 言葉の上では願いであれど、其の手に篭められた力が有無を言わせない。 されどこの役目だけは、夏栖斗にも、そして刀花とは因縁を持つ『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)にだって譲れない。 「レナーテとは違う意味でこれ程に一人の女性を想った事は無いんだ。刀花さん、俺と踊ってくれないか?」 構えるは彼が護り刀と定めた砂蛇のナイフ。 さあ踊り狂おう命を賭けて。 「バッ、…………バカじゃないの恥ずかしいわね貴方!」 けれど刀花の反応は快が予想だにせぬモノだった。普通に其のかんばせを朱に染めて。 其の様はまるで年相応の少女の様に。……まあ快が恋人の存在を示唆している事に何の興味も示さない辺りは、特に略奪愛を厭わない、或いは彼女の望む過激な恋のスパイス程度にしか捉えていないのであろう、実に彼女らしいモノではあるのだが。 「でも本気で言ってるなら、この場は逃げてくれないかしら? ……今日は、とても遊んであげられないの」 恐らく首領が、一二三が今この場を注目しているであろう事を承知の上で、敢えて刀花はそう告げる。 其の言葉がどうせ無駄である事を知りながらも、其れでも彼女は言わずに居られなかった。 「此処で逃げ出す様な男が好みかい?」 無論逃げよう筈が無い。其の肩に背負うは数知れぬ命なのだから。 快の答えに刀花は諦めた様に、けれど美しく花が綻ぶ様に、微笑んだ。 「馬鹿ね。ヒーロー」 魂砕きの刃が煌めく。 「では自分の相手は君になるな」 快の言葉に浮かべてしまった唇の緩みを引き締めて、ウラジミールがコンバットナイフを向けた相手は生み出した氷戦像を付き従えた氷雌。 一応は快に刀花の相手を譲った形になるが、元よりウラジミールが相手と定めていたのは氷雌だった。 青臭く若い快の言葉に何かを感じるよりも前に、氷雌の相手を可能とするのがウラジミールの他に誰もなかったが為に。 「良いわよ。あっちの暑苦しい男よりはマシそうだもの。でもね、本当はね、貴方の後ろの女の子達を食べたいわ。私凄く楽しみなの。あの子達はどんな顔と声で鳴くのかしら? ねえ、オードブルは手早く片付けるけど、どうぞ悪く思わないでね」 氷雌が言葉に滲ませるは絶対の自信。 「故郷の寒さとどちらが上か確かめさせてもらおう」 全てを氷像と化す氷雌の間合いに、躊躇する事無く踏み込んだウラジミール。 氷雌の腕の皮膚が裂け、アーティファクト発動の反動に血が流れ出る。だがウラジミールは氷像を身に受けつつも絶対者の力で其れを押さえ込み、氷雌に対してナイフを振るう。コンバットナイフが一点の曇りも許さぬように鮮烈に輝き閃くリーガルブレード。……されど、ナイフを身に受けたのは氷雌では無く主を庇う氷戦像。 更には唯の一合の遣り取りで、ウラジミールと己の相性を察した氷雌もまた、その場を下僕に任せて下がり、新たな氷戦像を生み出さんと其の手に符を握る。 氷像が効かぬと見るいや否や、即座に物量で押す方針へと切り変える、想像以上に厄介で、尚且つ慎重な氷雌の動きに、けれどウラジミールは敢えて乗っかった。 複数に対する攻撃手段を欠くウラジミールでは、氷雌の氷戦像作成速度に殲滅が追いつかず、やがて潰されてしまう可能性が非常に高い。氷雌の物量戦に付き合う事は、本来ならば彼が最もとってはならない戦術だ。 しかし、今回に限ればウラジミールの目的は氷雌を引き付け時間を稼ぐ事。じっくりと腰を据えた戦術を彼女が選択するならば、両者の利害は一致する。 「タフガイ勝負としゃれ込もうか?」 盾で氷戦像の拳を捌きながら、ウラジミールは殊更に敵愾心を煽り立てた。 二人のクロスイージス、タフで頼れる男達に裏野部の女性達を任せ、残るリベリスタは天秤座を殲滅せんと更に其の火力を集中させる。 天秤座を護らんと飛び出した、もう一人の精密操作を受けた特製の死者、火車地獄を防ぐは夏栖斗だ。 死しても落ちぬ火車地獄の闘法と火力……、否、寧ろ死して『弦楽三重奏』ロマーニの達人級の精密操作を受ける事で、彼の能力は生前よりも高められている。 夏栖斗とて一流の、或いはそれ以上のマスタークラスの覇界闘士である。達人として、拳力だけで押し切られる訳にはいかぬプライドもあるが、けれども、其の火力を防ぐには夏栖斗が防具に仕込んだ火炎耐性のみでは不足が過ぎた。業炎に、或いは極炎に、火炎耐性のみで抗する事は不可能なのだ。 火勢に圧される夏栖斗が、其れでも崩れる事無く火車地獄と渡り合えたのは、後方支援を担当する二人、『破邪の魔術師』霧島 俊介(BNE000082)と『箱庭のクローバー』月杜・とら(BNE002285)の存在があるが故に。 俊介に刻まれた奇跡の痕、聖痕が輝く。其の手に握るは花染、いのちのいろにそまりゆく、護る為の力。彼の詠唱が語り掛けるは、希薄に感じ取れる高位存在の意思に対して、今此処に顕現せよと、其の息吹を顕し賜えと。 聖神の息吹が夏栖斗や、聖杯による傷を負ったままの快を癒す。そして俊介が癒しに、或いはその他の仲間達が攻撃に、消耗を考えず全力を振るえるのはとらの持つインスタントチャージがあったればこそ。 とは言え、快のラグナロクが効果を発揮し続ける中、通常の戦闘での消費のみならばとらがインスタントチャージを行なう機会は然程多くは無いだろう。寧ろ彼女自身も攻撃手として、バッドムーンフォークロア、呪力で赤の月を生み出して敵を貫く事の方が圧倒的に多い筈。 けれども其れでも彼女を支援役と評すのは、とらの存在が刀花と相対する快にとっての命綱であるからだ。 任務を成功させたら、この任務を斡旋したフォーチュナ『老兵』陽立・逆貫に褒めて貰おうと心に決めるとら。 嗚呼、きっと彼は褒めてくれる事だろう。彼女が望むなら幾らでも。 でも、それ以上に、彼が願い喜ぶ事は、とらが、この可愛らしい少女が、生きて再び彼に笑顔を見せてくれる事。凄惨な地獄に、命も、笑顔も失わぬ事だ。 だが、地獄は願いを嘲笑うかの様に、リベリスタ達の努力を踏み躙らんとするかの如く、牙を剥く。 炎と爆発が、天秤座と、そして天秤座を討たんとするリベリスタ達をも巻き込み天より降り来る。中でも炎は、先刻ミリーが放った火龍と酷似した……、否、正確には本来の其の技の持ち主、オリジナルの使い手である『戦闘爆撃機』鬼弐・麗一の手に拠る物だ。 裏野部航空部隊、リベリスタ達が一定の警戒は払いつつも、何ら対策を見出せなかった悪魔達が縦横無人に戦場を荒らす。 そして楽団も、圧されたままでは終われない。随分と其の死者の数を減らした楽団だが、しかし『調律者』ミオーネ、音叉を用いて広範囲に対する破壊を得意とする彼女にとっては、寧ろ能力の使用に遠慮が要らぬ状態になったとも言えるのだ。 1度、2度、3度、複数回軽く打ち合せ、其の振動数を調節した音叉をミオーネは地面に触れさせた。地が、アスファルトが、コンクリートが、砂となって砕け、地に巨大な顎門を開く。リベリスタの、或いは裏野部の足元が陥没し、もしくは亀裂となって彼等を飲まんと荒れ狂う。 そして、また天秤座が光を零した。 ● 行き成り足元に開いた亀裂を、けれども獣の本能とも言うべき超反射神経で察した虎鐵は大きく跳ねた。 振り被った虎鐵の牙、獅子護兼久が狙う先は天秤座。宙からの落下で威力を増した其の一撃に対し、しかし先んじた天秤座は骸と化した身体の何処に秘めていたのか大量の気を発し、全身から複数の気糸を伸ばして自らに迫るリベリスタ達を迎撃する。 「う、がぁッ!」 自らの勢いもプラスされた糸の勢いに、肩を、胸を貫かれた虎鐵の口から苦痛の呻きとも獣の咆哮とも判別のつかぬ、血混じりの声が漏れた。 だが其れでも虎は止まらない。止まれない。 「この……、戦いだけは、負けられねぇんだ!」 振るう刃が天秤座の胸から腹を大きく切り裂く。先程まで蹴散らしてきた有象無象の死者とは違い、天秤座は虎鐵の一撃にも砕け散る事は無い。 虎鐵のメガクラッシュに弾き飛ばされた天秤座の身体を追うは黎子。双子の月を二振りの鎌へと分離させて放った、竜巻の様な回転切りが周囲の死者ごと中空の天秤座を捉えた。 けれどダンシングリッパーを放った黎子が感じた手応えは軽い。周囲の死者達は問題なく切り裂けた、だが肝心の天秤座は……。 生者が攻撃を避ける時、普通は其の攻撃範囲から完全に逃れようとする。ギリギリの見切りを行なう場合でも、精々服一枚、皮一枚しか切らせない。それ以上は肉裂け血を噴くダメージを受けるからだ。 けれどロマーニが精密操作で操る死者は違う。黎子の赤の三日月が頬を切り口が裂けても、黒の三日月が喉を抉ろうとも、死体が戦闘の為の機能を損なう事は無い。其の程度ではダメージとは呼ばぬ。 ほんの僅かに首を動かし、刎ね飛ばされる事だけを避ければ充分だ。死者は痛みも無ければ怯えもしない。躊躇いなんて生じよう筈も無い。 最小限の回避しか行なわぬが故に、次に放たれる反撃はより鋭く刺さる。攻防に置ける肉体の損傷を恐れない、其れが死人の、操り人形の最大の怖さだ。 しかし其処に更に畳み掛けるは美虎の脚より放たれたかまいたち……、斬風脚と、利き手に炎を纏ったミリーの薙ぎ払い、焔腕だ。2人の覇界闘士の少女の猛攻が天秤座の身体を打ち据える。 二人の動きに迷いは無い。例えどんなにしぶとくても、この敵だけは倒し切るより他に道は無いのだから。 俊介の聖神の息吹が仲間達を癒す。其れは正に命綱。此れが切れればリベリスタ達は奈落の底に真っ逆さまだ。 余りに危険なフリークライミング。 傷口を塞がれた三人目の覇界闘士、夏栖斗が細く長く息を吐く。体内の気息を整え、肉体が最高のパフォーマンスを発揮出来る様に。 次いでの夏栖斗の動きを目に捉える事が出来た者は居ない。達人のみが可能とする一切の無駄を排した最小限の動きで放たれた武技は空を裂く衝撃と化して、血枯れた死体である火車地獄に、血の代わりに彼の炎を散らして鮮やかな花を咲かせる。 実体を捉えられる事無き虚の一撃、季節はずれに咲いた火ノ花、虚ロ仇花。 どてっぱらに穴を開けた火車地獄と、夏栖斗の拳が交わり弾ける。 ● 混戦。戦いは激化する。 黄泉返りたる死者の最たる特徴は、やはり其のしぶとさだ。 肉裂き、骨砕かれようと、這いずり回る。無論其れは天秤座とて同様に、完全に崩し去らねば其の動きは止まらない。 強力な力を持つE・能力者達の攻撃を集中的に浴びながらも天秤座は耐え抜き、リベリスタ達には計4回の光を零す。 無駄に的の多い楽団や、ダメージを与える戦術を取るのが航空部隊のみである裏野部側は兎も角、リベリスタ達はその一度一度に運命を対価とした踏み止まりを余儀無くされる。 フィクサード達も運命を削れど、リベリスタ達は其れに倍する量の被害を受けているのだ。 しかし、其れでも彼等は怯まなかった。 「今日ってば、超セクシーなぱんつ穿いてきちゃったしー、見せらんないよっ☆」 潰えんとする天秤座の最期の光を浴びたのはとら。けれど彼女は笑顔を、そして可愛らしい軽口も絶やさずに倒れる事を拒絶する。 とらの武器はバッドムーンフォークロアだけでも、インスタントチャージだけでもなく、揺るがぬ態度。其の明るさは過酷な戦場に於いては救いだ。 どんなに深いダメージを其の身に刻まれようと彼女は揺るがない。苦痛に対して無知だからでは無く、弱さと強さと深い苦しみを知るが故に。其れは時として危うさでもあるのだけれど……。 戦いに傷付く仲間達を、癒すは俊介。 「最後まで、諦めんなよ! 俺が諦めない限り終わらせてたまるか!」 飛ばす檄は、徐々に不利へと傾いていく戦況を彼も感じ取っていたのだろう。 だが厳しい戦いになる事は最初から判っていたのだ。 「なぁ花染、護るって楽しいな」 奮い立たせる様に、己が愛剣を握る手に更なる力を。 脳裏を過ぎるは、この剣を自分に託した騎士が、最期に見せたあの時の表情。 リベリスタ達は、諦めずに粘り続けた。 虎美の星屑、美虎の迅雷、黎子が舞う死のダンス。 振り絞られる力。後の事は考えず、今この戦いを生き抜く為に。 なのに、それでも、矢張り、崩壊は訪れる。 天秤座が潰えるとほぼ同時、リベリスタ達の中で最初に倒れ伏したのは、新田快。 快の心臓を、刀花の薬指から伸びた赤い気糸が貫き、魂を砕かれた快が崩れ落ちたのだ。 倒れた快の姿に、刀花は僅かに目を伏せる。 普段ならば、そう、快が踊りと表現した様に、刀花は興味を持った相手に対してはまるでダンスでも踊るかの様に、相手の反応を確かめ、引き出し、刃を交えて語らう。 けれど今日この日、快を襲ったのは容赦なく相手を叩きのめす為の剣だった。 異常に的確に急所に叩き込まれる刀花の技。肉体同様に精神もタフな快であれど、防御を無視する魂砕きで、的打を連打されては耐えれよう筈が無い。 とらのインスタントチャージの支援ごと、無理矢理押し切った刀花の息は荒い。元より振るうには精神力を必要とする魂砕きを、連続して3度も使う羽目になったのだ。彼女の限界も遠くは無い。 「……本当に馬鹿よ」 息を整えながら刀花は小さく呟く。この日、この戦場でなければ、何時か訪れる異なる戦場で彼と踊れたなら、どれ程充実した時間が持てただろうか。裏野部一二三と言う鬼が見守る戦場でなければ。 口付けを、魂吸いを、刀花が躊躇ったのはほんの一瞬。だがその一瞬が快の命を救う。 「死ねっ!」 刀花と快の間に撃ち込まれた弾丸は、虎美のAlcatrazzから。 「もう朱子みたいに誰か死ぬのはごめんだよ! お前ら消えろっ! 死ねっ!」 Rising Forceが次の弾丸を吐き出し、大きく飛び退いた刀花と快の間の空間を押し広げる。 そして其の空間に割り込み、2つに分離した大鎌を左右から振るうのは、先程虎美が名前を出した朱子の姉、黎子。 「させませんよ。……絶対に」 口調も硬く、其の視線には殺気を乗せて、黎子は武器を一つに戻して刀花に襲い掛かった。 だが倒れた快は格好の的だ。リベリスタ達なら、倒れた敵を殺せば楽団に利用される事を先ず考えるだろう。しかし裏野部は、殺した敵は楽団に利用される前に死体を破壊する方針なのだ。 つまり、降り注ぐ攻撃は2度。裏野部航空部隊、麗一の火龍と、『爆撃機』久那重・佐里のクラスターが、快を中心に放たれた。 炎と爆風吹き荒れた後、其の中心に在ったのは、砕けた快の肉体……では無く、相棒と呼ぶ男の体に覆い被さり、2度の攻撃から身を持って彼を護った夏栖斗の姿が。 何時の日だったか、倒れた夏栖斗を快が庇った時と同じ様に、後先を考える事も無く、ただ絶対に失ってはならない相棒を護る為だけに、夏栖斗もまた全ての力を使い果たす。 「夏栖斗!」 義理の息子の窮地に叫び、駆け付けようとした虎鐵が、けれど不意に弾けた様に横に飛び地面を転がる。 ほんの寸前まで、虎鐵の首が存在した空間を薙いだのは、ルイが振るう伸び縮みするウィップ、アンチセオロジー。 「けけけけけ、鋭いじゃん」 にやつくルイは、序盤の遣り取りを除けば此処まで裏野部の同僚達に回復を飛ばすのみで目立った動きは取っていない。 しかし其れは彼が何もしていなかった訳では決して無く、ルイは戦況を、リベリスタを、楽団を、『見て』いたのだ。 其々の相性を、戦いの流れを、そのキレる頭と捻くれた性格で、分析し、次なる手を探り出す。 「ねえ氷雌、時間の無駄は止めときなよ。どっち狙った方がラクかくらい分かるでしょ?」 ルイが最も厄介だと判断したのは、崩れる事無く氷雌と二体の氷戦像を相手取るウラジミール。だがルイはウラジミールを厄介だと高く評価すると同時に、彼以外に氷雌を食い止めれる者が居ない事もまた見抜く。 氷雌だけにで無く、刀花、航空部隊にさえも指示を出して戦場を嗤笑が動かし始める。裏野部達は知っている。ルイの性格の悪さと頭のキレを、彼こそが最悪の一手を導き出すであろう事を。 「そろそろクライマックスだからさあ、クビ繋げときたけりゃ頑張らないとねーえ!」 其の言葉の真意は……、直ぐに知れる。 「自分のものみたいに使ってくれるじゃない!」 夏栖斗に代わって火車地獄を抑えるはミリー。彼と彼女が拳を交えるのは此れが2度目。 彼が死んだ戦場で、彼女は彼を倒す事も、生かす事も、何も出来ずに唯死を見届けた。 火車地獄の拳は生前よりも鋭い。だが其れをミリーは認める訳には、死体となった火車地獄の拳に屈する訳にはいかない。 だって、でなければ彼があまりに哀れじゃないか。同じ闘士として、死して魂宿さぬ拳の方が、操り人形である方が、強く在る等許せない。 怒りと誇りを焔に変えて、放ったミリーの焔腕は……、けれど不意に動きを鈍らせた火車地獄に、技を放った彼女自身が思いもよらぬ程見事に突き刺さる。 胸を貫く手刀が、火車地獄の肉体を燃やし始めた。炎を操り、阿鼻地獄に属する十六小地獄の中で異例の十七番目、彼等を統べる阿鼻の副官ですらあった使い手が、炎によって滅んで行く。 ミリーの炎と火車地獄の炎が混じり合い、そして片方が消えた。 丁度其の時、火車地獄を操る音の先であるロマーニの胸が、ウィウに植え付けられたオーラの爆弾により、弾け飛ぶ。 ● 「Cor Serpentis」 ずぶりと、『オルガニスト』エンツォの胸から刃金の刃が生える。 年の頃の近しい2人の少年、エンツォと『裏野部の忌み子』裏野部・重。年若くも一流の実力を持つフィクサードである2人は、幾つ物共通点を持ちながらも、けれど其の性向は激しく異なる。 兄や師の庇護を受け、自由気ままに振舞うエンツォと、歪んだ愛故に父を殺す事を目標とする重。 しかし2人の戦いの明暗を分けたのはその性向の違い等ではなく……、重の刀の柄に光る赤の石。重が賢者の石を所持していた。唯其の一点に尽きる。 だらりと四肢の力が抜けるエンツォの身体。以前彼が口にした、不死身の所以は霊の憑依によりしぶとさを大幅に上昇させる術であった。けれど必殺の一撃の前には、その術も効果を現さない。 楽団員の殺し方は、死ぬように殺すか、死ぬまで殺すか。 「……まあ、こんなものだよね。君達が死を弄ぼうとも、僕等は死を与える、若しくは死その物の裏野部だよ。此れなら幹部格も父さんの手を煩わす間でも無いかな」 嘲るように、重は突き刺した刃をグリと捻る。だがその嘲りは油断と同義だ。 例え年若い子供であろうと、不死身の術を攻略されようと、エンツォは厳かな歪夜十三使徒・第十位『福音の指揮者』ケイオス・“コンダクター”・カントーリオが旗下の楽団員である。 「――カにするな。……っ、僕なら、兎も角、ケイオス様の楽団をっ! モーゼス小父さんなら兎も角、バレット様をバカにするなっ!!!」 ずぶずぶと刃が己の胸を切り裂く事も気に留めず、重を振り返り拳を繰り出すエンツォ。 運命を対価にした踏み止まりを行なったのだとしても、あまりに無茶な其の行為は、けれど虚を突かれその拳を腕で受け止めざる得なかった重の片腕から肩までの骨を砕き折った。 げに恐るべしは常日頃パイプオルガンを抱えて振り回している人並外れた膂力。 二人の身体が離れ、エンツォが地に崩れ落ちる。 北側の戦場で、楽団側は既に2体の怨霊と多くの死者を消耗し、そして裏野部側では『メガロドン』鮫鬼・剛が物言わぬ骸、……或いは消し炭と化していた。 けれど在る意味当然の様に剛にトドメを刺したのは仲間である筈の裏野部の、『爆轟』焔硝が放った左右あわせて二度のEX。一度目で殺し、二度目で其の死体を処分する。其の行為に躊躇いは欠片も存在しなかった。 だがそのあまりに裏野部らしい行いも、其れでも未だ楽団を些か甘く見過ぎている。 エンツォの2人の兄である『官能』エリオと『煽情』エルモが所属するは、楽団の中でも木管組だ。 金属製の木管楽器であるサクソフォーン、2匹の蝙蝠が奏でるには実に相応しい楽器だが、其れはさて置き木管組のリーダーであるモーゼス・“インスティゲーター”・マカライネンの特技の一つは怨霊召喚。 無論リーダーであるモーゼス程の腕を2匹の蝙蝠が持ちえよう筈は無いが、其れでも時間を稼げさえすれば、仲間に殺され、更には死体の破壊まで受けた凄まじい怨念を怨霊化する事位は出来るのだ。 兄達に回収されたエンツォに代わり前に出るのは、先程までは裏野部所属だったサメのビーストハーフの巨大な怨霊。 ● 「雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄っ!」 流水を思わせる滑るような足捌きの懐への潜り込みから、一転破壊的な闘気を篭めた掌打を打ち上げアッパーカット気味に氷戦像に叩き込むは美虎。 彼女の手を覆うは、魔獣双拳デーモンイーター。魔を以て魔を征すの理念の下に創られし、魔を砕く為の拳。たかが氷が砕けぬ筈があろうものか。 アーティファクトによって増幅された土砕掌の浸透する気が、氷像の内側に皹を刻む。 そして光を放つはウラジミールのリーガルブレード。 ガキリと、氷戦像にコンバットナイフが楔の様に打ち込まれ、入った亀裂が中の皹に繋がり……、そして氷の像が砕け散る。 美虎の加勢により、囲まれていたウラジミールが再び自由を取り戻す。だが既に状況はもう取り返しの付かない所まで進んでしまっていた。 制空権を握る裏野部航空部隊は正にやりたい放題の攻撃を仕掛けている。 彼等がルイの指示に狙ったのは、回復役である俊介。更に彼を庇わんとするとらにも、容赦なく爆撃は降り注ぐ。 爆風渦巻く後には倒れ伏す、戦闘不能となった二人の姿。特に俊介を庇ったとらの傷は深く、危険な状態となっていた。 逆に庇われた俊介は意識も残り、言葉も話せる状態であったが、寧ろ其れだけに苦しみはより深かった。 自分を庇い、不覚傷付いたとらを癒したくても指一つ動かせない。癒しの力を繰り出せない。彼女は自分を庇って傷付いたのに……。 なまじ意識が残るだけに、嘆く事が可能なだけに、俊介の心に刃が刺さる。もう護る事が、出来やしない。 リベリスタ達は倒れた者を殺させまいと回収し、庇い、力を尽くして……、でも戦場を覆うのは絶望だ。空はこんなに青いのに、空から降り来るは破壊のみ。 愛刀を杖に色違いの瞳を怒りで滾らせ、天を見上げる虎鐵には……、けれども空飛ぶ悪魔達に彼の破壊的な力を届かせる手段が無いのだ。 虎鐵ではない、黎子や美虎も手を伸ばせど掴めぬ天に、己が力を振るう事が叶わない。死神の力を持てど、血に染まった狂戦士と化せど、切り裂いた傍から絶望の闇は忍び寄る。 快、夏栖斗、俊介、とら、倒れた仲間達を背に庇い、そして自身も血塗れの虎美は両手の銃の引き金を引く。放たれる星屑は地上の裏野部達に確かな痛手を与えるが、敵のホーリーメイガスは未だ健在である。 空飛ぶ悪魔達に手が届くのは虎美と、命中には難あれどマリーのみ。だが虎美は良くて後一撃を繰り出せるか否かの体力しか残していない。。 この不利な状況にもリベリスタ達の心は未だ折れない。だがそんな彼等を塗り潰す様に、裏野部は、弱った獲物に群がる獣の如く貪り喰らう。心折れぬならせめて泥塗れに汚さんと踏み躙る。 炎が渦巻き、氷に凍て付き、けけけと厭らしく男が嗤う。嗚呼、そして砂が吹き荒れた。 故に、此処でゲームオーバーだ。負傷者がリベリスタ達の定めた撤退ラインに達し、継戦能力が尽きるとほぼ時を同じくして、一度は運命を対価に踏み止まったロマーニが枯れ木の様な身体を血に染め、命を散らす。 ロマーニとウィウ、どちらの格が上であったかと言う問題ですらなく、唯只管に相性が悪かったのだ。 死体の精密な操作に特化したロマーニと、忍び寄り命を奪う暗殺者であるウィウ。至近距離まで近付かれてしまえば、ロマーニが取れた手段は数少ない。 そして其れはロマーニのみでなくミオーネとて同様だ。広範囲攻撃を得意とする彼女にはロマーニを巻き込まずにウィウを排除する方法が無い。 ロマーニは一流の死霊術師にして、楽団においても古参の部類に入るフィクサードだ。同じ楽団内に、エンツォ、エリオ、エルモと言った弟子達すら居る。 だがロマーニは知っていた。自分の天才の器にあらず、例えばインスティゲーター、パフォーマー、シンガーは言うに及ばず、才のみで言うならロマーニは弟子であるエンツォにも劣る。 長く生き、研鑽を積んで技を練った。自負は在る。けれど同時にコンプレックスも抱えていた。 もし、彼等の様な天賦の才があればこの様に無様に倒れはしなかったのに。 「――ケイオス様。申し訳、ありませぬ。この老が、貴方様の組曲を汚してしまう不甲斐なさを、途中で席を外すご無礼を、どうか、どうか……」 人が、生まれた時より刻むリズム、ロマーニの心音が、停止した。 「ロマーニ老!」 古参であるロマーニの死は南側の楽団部隊の壊滅と同義だ。例え命を賭したところでミオーネ一人では稼げる時間など知れている。 そして其れは今ミオーネが行なおうとしている様に、ロマーニの死体を動かしてみた所で同様なのだ。 つまり、鬼の出現条件は整っている。不意に伸びた手に、ミオーネの首が無造作にもぎ取られた。 「よう、きばのないけものども」 出来たばかりの生首を指先で回して弄ぶのは、裏野部一二三。 ● 死に体に近いリベリスタ達に、けれども裏野部からの追い討ちは行なわれなかった。 此処に集った裏野部達は、ほぼ皆、アークのリベリスタに対しては何らかの含むところがある。 特に手痛い敗北を喫した経験がある航空部隊の2人等はリベリスタ達の殲滅を進んで行なおうとしたのだが、一二三は其れを許さなかった。 その理由は唯一つ。引き上げていくリベリスタ達の殿に立つウラジミールの瞳が、自分に対して恐怖も恨みも怒りも、負の想念と呼ぶべき物を何一つとして抱いて居なかったが為。 「オマエ等の目的は時間稼ぎだろ? 良いぜ稼がせてやるよ。大サービスだ。10秒だけくれてやる。オマエの名を名乗りな」 其れは純粋な興味だ。 裏野部一二三の名を知る殆どの者は、憎むか怒り狂うか怯えるかはさて置き、彼を前にすればまず平静では居られない。そもそも其の名を知りさえしない木っ端ならば、相対しただけで其の恐怖に心臓を止めて命を差し出す。 要するに、どちらにせよ餌にしか成り得ない存在だ。無論食べ応えに違いは有れど、餌である事に変わりは無い。一二三とは生物としての格が土台から違うのだ。 例外があるとすれば国内でなら他の7派の首領達位のものだ。だからこそ一二三は時に彼等を疎ましく思いながらも、対等の存在として交流を持っている。 「ウラジミール・ヴォロシロフ」 彼等に比べれば小さな力しか持たぬはずの、短く名乗ったウラジミールは、一二三にとっては珍しい変わり種であったのだ。 一二三の前で名乗りを上げる。其れがどれ程胆力を必要とする行為か、他ならぬ一二三が一番知っていた。 「覚えててやるぜリベリスタ」 故に其れは賛辞でさえある。 けれどウラジミールの胆力は、一二三が思うよりも更に、いや寧ろ図々しい、ふてぶてしいとの言葉が似合うのかも知れないレベルで。 「待て。自分はまだ、貴殿の名乗りを聞いていない」 とは言え、其れはほんの些細な出来事に過ぎない。 ウラジミールの胆力が如何に評価されようと、稼げた時は僅か。 南側部隊の壊滅を受けて北側の楽団は逃走する。 裏野部一二三とその郎党は悠々とタワーへの侵入を果たした。地獄は舞台を移し、更に悲劇と絶望の色を深めゆく。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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