●歌姫は再び舞台へ この日の海は凪いでいた。 風も無く、波が立つ事もせず、唯、静かに。 穏やかを通り越したそれは――狂気さえ感じさせた。 これから、この場所で行われる事を、空が、海が、大地が、感じ取っていたのかも知れない。 「……」 傾国とも言える程の美貌を有する女が、海を臨む公園で佇んでいた。 その海は古の戦場。異国の民である彼女とてそれは聞き及んでいる。 『声』の操り手である彼女には、聞こえる。 この場所に蟠る、――幾多もの怨嗟の声が――無念の呻吟の声が――悲痛なる怨嗟の声が――折り重なって、滅茶苦茶な歌の様に、絡み合うその様が。 だから、女は歌う。彼等の代わりにその声を形にする。そして彼等の無念を、蘇らせる。 「――ひいっ!!」 途端、公園の一角から悲鳴が上がった。 ヴァイオリンを奏でる少年が居る。チェロを奏でる少年が居る。そして、この場に不釣合いな、ピアノを奏でる少女が居る。 その背後、銃を構えた二十程の――死体。唯の人とて見れば判る。嗚呼、だって彼等は確りとその脚で地を踏んで立ち、人々に銃を向けているけれど。 身体の何処かが、まるで今にも転げ落ちそうな程に腐り切っているじゃあないか。 「あの方の演奏を、より盤石にする為に」 「何よりそれを、シアー様が望まれる限り」 「皆様には此処で、……死んで、頂きます」 ――ご清聴、願います。 刹那、開幕するは血に塗れた饗宴。 歌姫は歌い、奏者は奏で、死人達は紅で舞台を彩る。 哀れ無辜なる観客達は、嘗て無念のままに死した兵達への贄の供物。 その身体を憑代として、彼等は現世に再臨す。 無念を晴らせと楽は唆す。その為の力を貸してやると言わんばかりに。 それが、それによる殺戮こそが、彼女達の――その主の望みなのだから。 しかし歌姫は、不意に歌う事を止めた。 招かれざる客であり、スペシャルゲストが、その場に姿を見せたのだから。 ●開演、来たる 「歴史の再現ですか……海戦にならなかっただけまだマシ、かも知れませんが」 『転生ナルキッソス』成希筝子(nBNE000226)が、苦渋の表情でモニターに映る女の姿を一瞥する。 其処には、純白を纏った美貌の歌姫――シアー・“シンガー”・シカリーの姿。 アークの前には一度姿を現しただけで、六道による三ツ池公園襲撃の際も姿を見せなかった彼女であるが、とうとう再び動き出したか。 「ともあれ、恐れていた事態が起きました。即ち、楽団の『楽器の調達』――『戦力』の増強及び、それによる、大規模な日本全国の襲撃です」 ブリーフィングルーム内に、俄かなどよめきが起こる。ケイオスとその配下たる『楽団』の暗躍は続き一進一退の攻防が繰り広げられていた事はアークのリベリスタなら周知の事実だが。 厄介な事にアークはポーランドの『白い鎧盾』と同じ一途を辿りつつある。『原資が無料(タダ)』のゲリラ戦の完封は不可能であるが故に。 「序曲、その終わりは今。ケイオスはそう判断したのでしょうね。実際、楽団は着実に一般人や革醒者の死体を得、その勢力を日に日に増している様子」 そして遂に、動いたのだ。ケイオスが、楽団が。万華鏡がそれを観測したのだ。楽団が事態を大きく震撼させ、動かす未来を。 「それが、先程申し上げた大規模な日本全国の襲撃、と言う事です。隠密行動に長けた彼等でさえ此処まで大きく察されるなんて余程の事ですよ」 と、言うのも。大規模なと言うからには聡明なリベリスタ諸君には推察出来る事であろうが、日本全国――それも、日本でも比較的大きな中規模都市の数々に致命的な打撃を与えようと言うのだ。 当然、都市は傷付き人々は皆殺し。それは更なる楽団の増強をも意味する。成ってしまえば手の付けようは無くなる事だろう。 「幸い、各地のリベリスタ組織やフィクサードでさえも黙って見ている訳ではありません」 前者は勿論の事、後者にとっても楽団は敵だと言う事だ。 「敵の敵は味方……とまでは言いませんが、恐山の千堂曰く主流七派もまた、一部例外を除いてアークと遭遇した場合でもこれを当座の敵としないという統制を纏めたようで、アークに関しても同様の統制を取って欲しい、との事で」 これを室長たる時村沙織は了承した。従ってリベリスタ組織のみならず、今回はフィクサード組織もアークの友軍となり得る。但し…… 「……『裏野部』と『黄泉ヶ辻』は除いて、ですが」 此処で一旦の間。リベリスタ達の状況整理の時間であるし、筝子の舌休めの時間でもある。 だが、ややあって筝子は再び口を開く。本職フォーチュナでないとは言え、説明をいつまでも止めている訳にもいかない。 「それで……お集まり頂いた皆さんは既にお察しの事かと思いますが……歌姫シアーとその部下たるピアノトリオ、並びに彼等が操るネクロマンシー達を、この場所から追い出して頂きたい」 モニターに映る日本地図。筝子がハンドベルで指したのは、山口県下関市。 「この近くの海域は、さる有名な古の古戦場です。……どなたか、お判りになりますか?」 筝子の問いに、一人のリベリスタが答えた。 山口県下関市。その周辺に在る有名な古戦場、それも海域と言えば、ぱっと思い当たるのはひとつしか無い。 ――時は平安、事実上の平家最期の地、壇ノ浦。 「御名答です、此方をご覧下さい」 モニターの映像が切り替わる。既に襲撃は始まっていて、付近は地獄絵図と化している。 何やら、歌うシアーの周囲には人魂の様なものが無数に集まり、ひとつ、またひとつ、地に伏し動かなくなったものの下へと向かう。 そして徐に、彼等は立ち上がったかと思うと、まるで古の武人が如く鬨の声を上げた。 「……モニターの映像を見る限り、今迄の死霊術とはちょっと違うようですね……」 まずひとつ。リベリスタ達とて此処まで遠い時代の死者を呼び出し操るなんて事例、彼の楽団相手と言えども聞いた事が無い。 そしてもうひとつ。シアーを囲む『それ等』は確かにこの地で無念の死を遂げた平家一門のものだろう。ならば彼等は他者の死体を憑代にする事で蘇っているのか。これも今までの楽団の能力とは異なるケースだ。 「恐らく、シアー固有の能力でしょうね。現に彼女に同伴するピアノトリオの周りには、配下たる死者達の他に何も無い」 出来るのならばシアーに協力して、より効率良く憑依を行っている筈だ。 「現場に着く頃には百人程の武者が一般人の死体に憑依し皆さんの前に立ち塞がるでしょう。加えて前回配下に加えた元風紀委員会二十名。正しく数の暴力ですね。……幸か不幸か、武将クラスを呼び出すには至っていませんし、憑依と殺戮を一時的に中断はしていますが」 リベリスタ達には、その筝子の言い回しが気になった。 不幸中の幸いとも言える事象を『幸か不幸か』と言い表したのは何故か。 怪訝そうな表情のリベリスタ達の言わんとする所を察したか、筝子は疲れた様に溜息を吐いて見せた。 「……実は、皆さんが到着する少し前、話をややこしくしてくれてしまう方が乱入する様で……」 まさか、と眉を顰めるリベリスタ達。筝子は頷いた。 「そう……恐らくはお察しの通り、『友軍たり得ない』相手。『裏野部』の……『青嵐』嵐山鳴海です」 嵐山鳴海。裏野部幹部である宇宙藍牙に従う実力者。現在は幹部昇進に一番近いとされる男。 その彼が、何故か主の下を離れ、中国地方にてあるアーティファクトを手に入れたのだと。 「詳しくは後程配布します資料に目を通しておいて下さい。ハッキリ言って嵐山は手強いですし邪魔ですが、今回の目標はあくまで『楽団』。ケイオス率いる彼等は比べるまでも無く、嵐山なんて比ではない、最悪の相手です」 逆を言えば、だからこそ。捨て置く事は出来ないのだ。日本の平和は、未来は、明日は、偏にリベリスタ達に懸かっている。誇大表現では決してない。 「今回は……私も行きます。怖いけど……見送ったまま皆さんが帰ってこない事の方がもっと怖い」 だから、恐怖は押し殺して。いつもの様に恭しく会釈ひとつ。皆で護る日本の明日の為に。 「頑張りましょう。皆で、一緒に」 仲間と共に、明日を救え。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月22日(金)00:18 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●ホロビ 幽かに潮の香る海風が吹き抜けた。 季節相応の色を帯びる風の音はぞっとする程の冷たさと、現場には不似合いな澄んだ清涼感を十人のリベリスタに感じさせていた。 山口県下関市。死の繰り手が今日望んだのはこの日本の古戦場。 中国地方の端に位置するその場所はこの日本で教育を受けた人間が大抵は知っている有名な戦いのその現場であった。しかし、この壇ノ浦の海の底に消えた平家の武者達が直接蘇るのは困難である。如何な死霊術とは言えど、その年代は古過ぎるというのが大方の見方であるのは事実である。 「……所謂、魂は肉体を凌駕する……というヤツなのでしょうか」 しかして、『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)が呟いたその通り――他ならぬ『楽団幹部』であるシアー・“シンガー”・シカリーがこの壇ノ浦を『演奏』の舞台に選んだ意味は小さくない。 「いえ、魔術師的に言うならば――それは『唯の概念』に過ぎないのでしょうね……」 命、肉体は遥かな時間の彼方に朽ち尽いて。紫月自身が半ば揶揄するように口にした『魂等という不定形』もとうの昔に霧散している事であろう。この場所に存在するのは肉体でも魂でもない。唯、尽きぬ無念という概念それそのものである。一千年の時を過ぎてもそこに留まり続ける怨念――無念が如何程のモノか、察しがつかぬ愚か者は居ないだろう。人間的感情から、人間という枠、くびきから解き放たれた感情は『壇ノ浦のステイタス』と化し、数百年と――静かにそこに存在し続けていた。 蟠る檻のようなその思念は本来そうであったものと最早判別がつかぬ程に変容しているのは明白。『歌姫』たる彼女を除けば、誰にも視る事は出来ない時に忘れられた落武者達のその名残が、些か遅い目覚めに鬨の声を上げたのが―― 「いちいちタイムリーと言うか何と言うか、のぅ……」 ――『回復狂』メアリ・ラングストン(BNE000075)の言う国営放送局による『平家物語』の披露の後だったのは奇妙な偶然であると言えるだろうか。 何れにせよ『場』に蟠る人の怨念を察し、その歌で『対象への憑依』という形を取る――シアーの死霊術は他の繰り手のそれとは毛色から異なり、同時に同等かそれ以上の厄介さを想起させるものであったのは間違いが無い。転がる一般人の死体が相手ならばリベリスタとてそう遅れを取る事はあるまいが、平家の怨念がその死体を突き動かすとあらば話は少し別である。 「今回は道化はなしだ。眼ン球開けて、依頼に当たるぜ」 加速し続ける状況は幾度と無く鉄火場を踏んできた『ただ【家族】の為に』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)の表情を厳しく引き締めるだけの『予感』を帯びていた。ある意味で『良き父親』であろうとし続け、又別の意味で『困った父親』であり続ける彼が――『父親の前の表情』を浮かべる時、決まってそこには死が臭う。誰が為を思うならば今の彼は死ねず。 「……」 「実はボクも怖いんだ、内緒だぞ」 「……はい、そうですね。ちょっと怖いですよね」 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003の様子をちらりと確認した虎鐵は娘と――くすりと幽かな笑みを漏らした『転生ナルキッソス』成希 筝子(nBNE000226)の『秘密のやり取り』を聞き取った訳では無い。しかし、彼にとって重要なのは『生真面目な性格からガチガチに緊張していた筝子を優しく解した』娘がそこに居るという一事ばかりである。この場に我が身を盾にしても守り抜かねばならぬ娘が在ると言うならば決意は尚更のものになった。 「不運に感謝しな」 口の中だけで呟いた虎鐵の言葉は果たしてシアーと自身、どちらに向いたものなのか―― (目の前には父の背中がある。いつでもボクを守ってくれる背中だ) 以心伝心、想いは伝わり。 「だから大丈夫」 筝子に告げる雷音の言葉にも信頼が滲んでいるのは言うまでもない。 「海……歌を奪われた歌姫の話を思い出しますね。もっとも、その後の歌姫は魔女へ化けたようですけど」 一方で何処か茫と『絹嵐天女』銀咲 嶺(BNE002104)の唇が対象を持たない言葉を紡ぎ出した。 「……何時の世も、女は男に振り回される、ですか」 自嘲を半ばに唇を歪めた嶺が『思った事』は他には知れない。 「最早、この戦いは日本の勢力絵図を塗り替える大きな物です。故に、負けられません……!」 面々は次々と首肯する。紫月の言葉は今更確認する必要がある事では無かった。彼女等十一人のリベリスタ達は『歌姫』シアー・“シンガー”・シカリーを食い止める為に壇ノ浦の地を踏んだのである。ケイオスの指揮が転調を迎えたのは暫く前の話。彼自身が『混沌組曲』と銘打った一連の事件群は序より破の時を迎え、日本全国に大きな被害を拡散し始めたのである。『楽団幹部』たるシアーの抑えに割けた戦力が唯の十一であったというのはある意味でアークと日本の置かれた危機的情報を如実に表していると言えるだろう。 「……で、どうなってるの?」 「状況は聞いていた通り――芳しいとは言えませんね」 水を向けた『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)に千里の距離さえ支配する――魔眼を備えた紫月が応えた。 「ま、臨機応変にね! 勝たないといけない訳だし!」 言うは易いが行うは難し――『臨機応変』はそういうものである。 恐らくは『敢えてそう言った』竜一の冗句(?)に紫月は微かな苦笑を見せた。 紫月の見通す先――シアーの元には既に百を超える特別な死兵――『平家兵卒』が集まっていた。『武者』が姿を見せるのは時間の問題にも思われ、要素の一たる『裏野部』の有力フィクサード『青嵐』嵐山鳴海との開戦が始まっていた。悠長に時間を使っている暇は無い。パーティは『彼をも利用し』数に大きく勝る彼女と軍勢に痛撃を与えねばならない。寡兵でシアーを後退させるには、タイミングと仕掛けが重要なのは確実である。 「予定通りに……鳴海が敵軍に切り込んでから、挟み撃ち……でいいんだよな?」 「イライラすんだよ、ああいう女。いい加減、腸煮えくり返る……最低一発はブン殴る。今決めた。俺が決めた」 「ケイオスの葬儀はウチが出す! シアーの野望を挫くことでBBAの本性を露呈させたいわ!」 虎鐵に些か物騒な『消せない炎』宮部乃宮 火車(BNE001845)とメアリが意気を上げる。 「歌姫シアー……楽団員の中でも相当の実力者。 ですが、ここを――この程度を切り抜けられねば、ケイオス自身には到底及ばぬでしょうね。 易く見るわけではありませんが……貫くまで」 「あいつ等にとってはキサ達は数ある音符の一つでしか無いんだろうけどね。 音符1つ飛ばしただけで曲は死ぬ。キサ達を甘く見た事……後悔させてやる」 『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)は静かに呟き、一方の『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)は歳相応にそれよりはもう少し感情的に言った。 誰かの滅びを体現した古戦場に決意が滲み、幻聴めいたほらの音が鳴る。 (大勢の人達は、これからも普通の人生を送って幸せに生きていくはずだったんだ……それを……) 『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)は拳を握る。 誰も居ないからやるのでは無い。自分がここに居るからやってみせるのだ。 (……それをたかが戦力の為だなんて……そんなの……!) ギリ、と発達した犬歯が口の中だけで軋み音を立てた。 「間に合わなくて申し訳ない。でも、これ以上は――」 ――許さない。 演奏の結末を誰が知っている訳では無かったが、悠里が――リベリスタ達が掴みたいものは最初から一つに決まっていた。 ●響ク歌 「おあああああああああああ――ッ!」 嵐山鳴海の咆哮が切り裂く『戦場』は混乱に満ちていた。 歌姫の独善的な『コンサート』はすぐに彼を飲み込むかにも見えたのだが―― 「やるじゃないか」 「なかなかどうして――」 バイオリンを構える少年と同じくチェロを構える少年――チェーザレとレオーネの二人は『公演』に乱入した招かれざる客の暴れ振りにむしろ感嘆したかのような声を上げていた。何れも整い過ぎる位に整った美少年達は、 「……」 無言で剣呑な視線を送った『ピアニスト』の少女――メリッサと共にシアーに付き従い、彼女を護衛する三人の楽団員達(ピアノトリオ)であった。アークの阻止行動は兎も角、楽団からしても予定外のこの男――鳴海はこの戦いに際してアーティファクト『無銘の勾玉』を持ち出したのである。所持者の体力と物理攻防力を飛躍的に引き上げるこの品は物理的戦闘を中心とする死者達への対応については格別の威力を発揮していた。代償に『怒り』の感情を増幅された鳴海はその涼やかな細身の優男ぶりが嘘のように目を見開き、狂ったように暴れているのだが―― 「……これ以上の邪魔は……」 日本人を何処か馬鹿にしたような雰囲気のある少年達に比べ、メリッサは不快感を隠さぬ調子でそう言った。 三角形を描くように配置された三人の中心には眼を閉じたまま、極上の歌声を戦場に響かせるシアーが居た。彼女が歌う程に死者は力をつけるのだ。『楽団』の中でも異端であり、特に脅威である『歌姫』は自分の為すべき事とケイオス、この三人の少年少女以外にはその実余り興味が無い。『混沌組曲』も彼女にとって光り輝く理由は『ケイオスの作品だから』という理由に違いないのだ。 「兎に角、忌々しい連中が来る前にアレは片付けておかないと――」 メリッサの言葉はしかし遂行するには余りに遅きに失していた。鳴海と『楽団』の交戦のタイミングと、彼が場を混乱させる好機を狙っていたアークの連動は慎重な少女が対処を始めるよりも早かったのである。 「……来た……!」 レオーネの鋭い声を受け、チェーザレとメリッサの二人は視線を鳴海から『新たなる客』へと向けた。想定外の鳴海に対してこちらは想定内の箱舟の使者達。空を仰ぎ見た三人の視界の中、ぐんぐんと大きくなるのは――『降って来た』リベリスタ達のその姿である。 「ヒャッハー! パーティの時間なのじゃ! 妾等も混ぜて貰おうか!」 声を上げたメアリである。鳴海には必要以上に接近せず、かつ暴れ回る彼を『支援』出来、『挟撃』するに都合のいい場所がパーティの降下の狙い。メアリの翼の加護により空を舞ったパーティは近場の高台より直線的に戦場を超え、紫月の千里眼と超直観を誘導に歌姫と彼女を守護する三人に近い地点まで『開始場所』をショートカットする事に成功していたのだ。 「歌姫、貴女はこの私が射抜いて御覧に入れましょう。それが私の覚悟、そして……為すべき事です!」 凛と響いた紫月の声にゆっくりとシアーはその眼を開けた。 彫りの深い顔に乗る瞳は特に魔力を帯びている訳でも無いのに見る者の心を何処か寒くするもの。 「……そうですか」 「人の為とか酔っ払っちゃあ、何でもかんでも好き勝手ぶっ壊しやがって……心底、ムカつくぜ!」 何処かテンポとピントのずれた静やかな返答に烈火の如き憤怒を見せたのは火車であった。 長々と問答し、お互いの正義を並べ合うような間柄でも無い。戦場の最中に飛び込んだリベリスタ達の動きは極めて迅速であった。この場に『降りた』という事は同時に『大きなリスク』を背負った事とも同じである。日本全国で断続的に続く『楽団』との戦いの全てがそうである事と同じように、この場も生死を占う危険に満ちているのは言うまでも無かった。 「お前達は――絶対に許さない!」 悠里は繰り返した決意を敢えて当人達に告げ、地面を激しく蹴り上げた。 咄嗟の反応で自身等に続く『道』を死兵で埋めたレオーネに構わず悠里のその腕は、 「乗っからせて貰うぜ! 潰し直したらぁ! 負け戦専門の落ち武者共もよ――!」 並びかかった火車の鬼暴はその気質をストレートに表すかのような獄炎を前方の空間全体に暴れ回らせた。 鬼業紅蓮の名を冠する炎系武技の奥義の一は死者達を容赦なく取り囲み焦熱地獄に咽ばせる。 「大変な数ゆえ、妾も神気閃光で応戦じゃ。満遍なくダメージを与え百万ドルを打ち破ってくれる!」 「チッ――」 すかさず神気を瞬かせたメアリに舌を打つチェザーレ。 死兵は頑健だが、暴れる鳴海の破壊力はリベリスタ以上である。捨て置く訳にはいかない。 「……焔獄、舞いなさい!」 紫月の放つ『インドラの矢』は神話に謳われる破壊力に恥じる事は無く敵陣全体を赤く染め上げた。 「一気に行くのだ!」 火攻めの次は素早く陰陽の呪印を結んだ雷音の出番である。 「――來來、氷雨!」 無数の氷の煌きが――曇り空の下に舞い踊る。 しかして敵陣に氷の雨を降らせた彼女の術もこれまでの攻撃と同様に『三角形』の中心に佇む歌姫には毛先程の傷も与えてはいない。 「……やはり、アーティファクトをなんとかするほうが先になりそうだな」 神の嘘さえ逃さない万華鏡は敵の手管を解している。 されど、最後にその『トリック』を看破するのは現場の戦士達に違いない。 (……やれるか……いや、やらねばならないのだ……!) 深淵を覗き込み、魔術を知る雷音の両目が『楽団』の力の源泉を探らんと光を帯びる。 死者を操作するのが『楽器』ならば、シアーを守護するその力は……何処か。 神秘的な少年少女達の衣装を、装飾を、そこにある違和感を雷音の視線が探す。 鬼業紅蓮の連発に次ぐ、神気、炎矢、氷雨による弾幕はリベリスタ達の『戦い慣れ』を示すものと言えるだろう。 元より『楽団』との――死霊術士(ネクロマンサー)との戦いは短期決戦が命脈である。不意を突き、油断慢心を狙い、可及的速やかに『本丸』を攻略する事のみが勝ち筋であると知れば『やりよう』はあるという事だ。幾度と無く舐めさせられた辛酸は無意味なものでは無い。ポーランドの『白い鎧盾』が出来なかった事も、アークは成し遂げてみせようという意地がある。 「よぉ、また会ったな? すまんが……テメェらを叩き潰す。この鬼蔭虎鐵がな?」 「シアー様には近付けさせない……!」 当のシアーは無言で小首を傾げたままだが、三人の部下達は挑発めいた虎鐵に強い感情を向けている。 「坊主に嬢ちゃん。出来るなら――やってみな!」 獅子護兼久が唸りを上げる。身軽な回避型には分の悪い虎鐵だが、そのパワーは死兵なる相手には格別に効く。 「おっと、やり過ぎちまったか?」 「お前――!」 パーティの攻撃に傷んでいた敵の一体を木っ端微塵に粉砕すれば、惚けた彼の台詞もピアノトリオを苛立たせるには十分だ。 一方で初撃猛火の勢いを駆るリベリスタ達は一気に展開を加速させんとしていた。 「――やあやあ、彼こそは! アークにその人ありと謳われた『鉄腕<ガントレット>』なるぞ! 畏れ多くも天下泰平! 無病息災! 健康祈願がため、日本を騒がす怨敵征伐に参った次第! 遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よ! 設楽悠里、此処に在り!」 「僕かよ!?」 ――竜一が『冗句めいた』所では無くそう言って、悠里は思わず声を上げた。 「唸れ――雷切!」 それでも竜一が『冗句めいていた』のはそこまでである。リベリスタ達が繰り出した弾幕に少なからず傷付けられ怯んだ死兵達の真ん中に彼は躊躇無く踏み込んだ。四方八方より死が香る文字通りの『死地』で備えた二本の刃が躍動した。足元より敵を叩き巻く烈風は、まさに結城竜一なる現代の戦鬼が時間の彼方に敗れ去った猛者共に見せ付けた獣の咆哮であった。 「本来は美人には優しくするのが流儀なんだけどね――」 珍しく歯切れの悪い竜一の視線が彼方に佇むシアーを見た。 シアーは確かに美しい女だ。情念に溢れた女であるとも云う。しかし、彼女の愛は情は女怪のそれである。『最も上手く死を汚す者』に捧げられた無限の愛は現世に彼の望む『混沌』を呼び寄せる以外の意味を発揮しない。リベリスタには知る由もないがシアーは同僚であるバレットが幾らかの嘲りと共に呆れて見せる程には愚直なのである。あの裏野部一二三が「面倒臭い地雷」と称した女なのである。 「……必要はありません」 「そう言うと思った」 「貴方達があくまでケイオスを邪魔すると言うならば、私はそれをも『歌う』まで」 ――そう、フェミニストめいた竜一の歯切れさえも悪くする狂気は確かに最初から渦を巻いていた。 それはシアーが愛する男(ケイオス)さえも持ち得ぬ『逸脱』である。バレット・“パフォーマー”・バレンティーノも、モーゼス・“インディゲーター”・マカライネンも、『楽団』を構成するフィクサード達の大半が持ち得ぬ『逸脱』であった。 「シアー、貴女はじきに魔女になる。王子様に選ばれず、お姫様になれなかった女の子は、魔女になるしかないんですから」 『女の勘』も馬鹿にならないものだ――直接接すれば否が応にも分かる『事実』に内心だけで肩を竦め、告げた嶺にシアーが応える。 「じきに、とは? 百年を越え、二百年に及ぼうかという私の時間ではそれには足りませんか」 「永遠が無い、と言いました。それとも、『お姫様』である女の、嫌味に聞こえますかしら?」 「奇妙なものですね。何十年と生きていない女が、その十倍に近い時を生きる私にそれを仰る。 ですが、それは余計なお世話になりましょう。歌う事しか出来ない海の魔女(セイレーン)はその意味を知りながら、今を生きているのですから」 シアーの答えに嶺の端正な顔が幾らか歪んだ。 『女の勘』はやはり今日は冴えている。理解したくなくとも、『同じ妙齢の女』なればこそ理解出来る情念があるのは確かだった。 (愛してくれる人に気付かないなんて、かわいそうなお姫様) 嶺はふと別の案件で相対した楽団員の事を思い浮かべた。 短いやり取りから彼女が察したのはシアーが『女としての自分をあのケイオスが愛する事はない』という事を知っている、理解している、とうの昔にそれを諦めている――という実に虚無ばかりが残る『結論』であった。そして同時に『それでもケイオスの傍に居る事を願った愚かな女』の力の源泉がそこにある事も容易に知れた。 ――シアー・“シンガー”・シカリーの『逸脱』は全てを愛する男に委ね切った『依存』である。 彼女は故に善悪を考えない。 彼女は故にケイオス以上の価値観を一切に持とうとしない。 彼女がピアノトリオに見せる『情』とてケイオスを前にしたならばどれ程のものなのか…… ミサを終えた後の日曜日、イタリアの片田舎、田園地方の白い家で愛用のバイオリンを手に取る音楽家と一時の『コンサート』に興じてくれると言うのならば永遠の幸せを願いたくなるものではあるが。残念ながら至上の自己顕示欲を微塵も隠さぬ大芸術家はそんな器では有り得ない。シアーの望みが例え何処にあってもである。いや、シアーの望みは常にケイオスの望みと同じなのだ。『世界的名演』を望む男の才が尽きぬ限り――彼女の望みもそれと全く等しくなろうが。 愛は魔法。女を狂わせるのは何時だって叶わぬ愛である。 シアーは色を持たずにたゆたう『罪』そのものだ。女は自身を染め抜く男の色を自分の色だと信じ切っている。 一二三の直感は馬鹿には出来まい。当のケイオスの見解は実に興味深いが――こういう女を世の男の多くは畏れるものだ。 「――ならば」 一瞬だけ言葉を切った嶺の表情が凛を帯びる。 「ならば、羽衣の舞――とくと高覧あれ!」 繰り出された嶺の光線が刀を振り上げ、竜一に斬り掛からんとした複数の死者を貫いた。 僅かな踊り場に遊んだ女の情念も『少女』にはまだ無縁なものである。 「声がある限り破滅を歌い続けるって言うのならその声を奪うだけ――いい加減に、耳障り!」 強い言葉でシアーの歌を否定した綺沙羅は牙を剥く大波のようにパーティを飲み込まんとする死者達に纏めて氷雨を叩きつけた。 死兵も応戦を始めたが、攻め手と受け手の切り替わりは瞬時に為せるものではない。 「まだ、いけるのだ――!」 動きの良いパーティを支える一因に余りにも的確な雷音の戦術指揮が寄与しているのは言うまでもなかろう。 「一振りで終わらぬならば、二度でも、三度でも――」 白銀の騎士槍はそれを繰る奏者たるノエルのステップに応え、誇り高く破滅を謳う。 (……押し切るしか、無い!) パーティの攻め手は激しく、範囲弾幕を基本とした攻勢は強力な平家兵卒さえも緒戦では圧倒したように見えた。殆ど暴れるだけの装置と化している鳴海が相当数の敵を引き付けている事も奏功している。少なくとも、シアーを除く『楽団』の三人が多少なりとも焦る程度には先制攻撃は鮮やかなものになっていた。 しかして、『楽団』はそれでも『楽団』であり、今日のパーティの相手はシアー・“シンガー”・シカリーである。 ――――♪ 今一度目を閉じたシアーが魔性には似合わぬ清涼な歌声を戦場に響かせた。 シアーの歌を受けた死者共の動きが目に見えて鋭く速くなる。同時に虎の子の戦力とも言える『元・風紀委員』の死体共がリベリスタ達の撃破に動き出した。接敵を余儀なくされる前衛達は潮目の変化に早々に気付く鋭敏さを発揮した。 「成る程、ここからが本番という訳ですか」 刃と槍を噛み合わせたノエルの表情が微かに歪む。 「だが、この程度!」 吠える竜一が高く剣戟を泣き喚かせた。その表情が引き締まったのは小さくない意味を持っている。 「チッ――」 繰り出された複数の攻撃を舌を打つ火車は避け切れない。口の端から息が漏れ、痛みにその表情は歪んでいた。 それでも。 「ああ、公演なんざ――客居なきゃ成り立たねぇ そうだろ? なあ!」 全身からそのテンションを浮き上がらせたかのような火車の口角はそんな状況にもかえって笑みに持ち上がる。 炎を帯びたその拳は敵が彼に集る程にその冴えを増すかのよう。傷を負う程に――余力を失う程に高まり続ける彼の集中力と戦闘力は宮部乃宮火車のアイデンティティーとも呼ぶべきものだ。この程度、想定の内と言わずして何と呼ぶ!? 「さあ来い! もっと来い! テメェ等とっくに終わってんだ! 負け犬共がぁ!」 反撃の反撃に繰り出された拳が襤褸の死体を貫通した。 戦いは続く。攻防は続く。死者は幾体も倒れ、パーティの余力は削られる。 何よりシアーの無事を最優先するピアノトリオは結界の維持の方に力を割いてはいたのだが――動き始めた状況は決して芳しいものとは言えなかった。 「……最悪ね、いちいち」 唾棄するように呟いた綺沙羅はこの戦場の状況を良く理解していた。 パーティの攻勢能力は高い。逆に継戦能力は、 「ええい、忙しくて目が回るわい!」 思わず声を上げたメアリと雷音のの支援能力に頼る形である。多くの『楽団』戦と同じように勝とうと思うならば可及的速やかな攻略は必須と言えるが、それを許さないのが現状を作り出す『楽団』という敵である。要素の綱引きが何れにも転ばなければ待つのは持久戦であり、これは『楽団』側の得手となるのは明白だった。 澱みの古戦場に響く歌姫の声に怨嗟が低くコーラスし、運命の花は皮肉な程に青く燃える。 「……ええい、面倒な」 メアリはブレイクフィアーによる憑依の解除を試し、雷音は陰陽・星儀にそれを頼った。 さりとて、シアーの秘術とも言うべきその業は『その程度』の対処で破壊出来るものでは無い。 「じゃが、白い鎧盾と同じと思うなー。アークの執念を舐めんなー。 何人連れ去られても! 涙をながして亡き朋友を屠り、勝つ。それがアーク戦士よ!」 メアリが吠える。 攻勢は未だ鈍らず、されど余力を削られ続けるリベリスタ達。ピアノトリオはあくまでシアーに降りかかる火の粉を払う壁となり、聖域(サンクチュアリ)で歌を奏でる歌姫は狂乱の戦場に全く頓着しない白い花のようだった。 焦れる、しかし『死』の近い攻防はどれ位続いただろうか。 『変化』はリベリスタに待ち望んだ形で訪れた。 「――特定したのだ! 三人の、ブローチ――」 力の限り声を張ったのは肩で呼吸をする雷音である。 パーティの力が尽きるより早く、彼女が告げた事実は聖域を崩す鍵であった。 元よりシアーを退かせねば勝ちが無いならば、彼女を攻略するのはリベリスタ側の必須である。 「待ってた」 死力を尽くす悠里はその消耗を隠せない。眼鏡にはひびが入り、白い制服は泥と血に汚れていた。 「百万ドルトリニティ――今度こそ、僕達が破る!」 だが、それでも意気を失わず軒昂たる彼は幾度目か彼自身が『境界線』と呼ぶガントレットに熱い炎を宿し、迸らせた。 「この先へは一歩も行かせない。僕が――僕は境界だから!」 前を灼いた悠里のアシストに仲間達が続く。 乾坤一擲の攻勢は戦場の勝敗をまさに分けるターニング・ポイント。 「安全圏ばっかりいるテメェを……今度こそ引き摺りだしてやる。今まで好き勝手やってた借りをここで返してやるぜ?」 「させるか――!」 「邪魔するのならば、突き崩すのみだ!」 死者の波が割れた瞬間を見事に捉え、跳んだ虎鐵の刃が上段に振り下ろされた。 レオーネが威力の余波にたたらを踏む。バランスを崩した彼が端正な少年のマスクを歪めるのと、 「悪いが少しどいてくれ。俺は、そちらのお姫様に用があるのさ」 『本来は子供に本気を出すのは気が引ける』竜一の鋭い斬撃が閃いたのはほぼ同時の出来事だった。 雷音が看破した百万ドルトリニティ――赤いブローチが宙を舞う。一が崩れる事は三位一体が崩れる事と全く同じ。 「聞き飽きたのよ、その歌も」 綺沙羅の白い指先が放った――式符が間合いで鴉へ姿を変えた。 「だから、もう黙って居なさい」 全ての害を通さない結界がその機能を失えば、綺沙羅の術は確かにシアーの元へと届いていた。 「……」 喉元を掠めて外れた鴉の嘴にシアーは温い表情を浮かべていた。それは聖域が壊れた事への失望であり、聖域を壊した少年少女への嘆息であり、『ケイオスの敵』を実感した興味の芽生えでもあったのだろう。 「以前の約束を憶えていますか、歌姫。──この一矢、貴女に捧げましょう」 カムロミの弓――その弦がキリキリと音色を奏でた。 名が体を表す紫月のアメジストのような双眸は狙いを外さぬシューターの強い意志を秘めている。 果たして空気が震えれば彼女の放った魔弾は狂い無くシアーの喉へと向かっていた。 「危ないっ!」 その計算を幾ばくか狂わせたのは――その身を挺してシアーを庇ったチェザーレの存在ばかりである。 自身を貫いた一撃に彼の呼吸は大きく乱れた。よろめいた彼はそれでも震える膝で地面に立ち。シアーを尚も防護する様子を崩さない。 「独創性が無い! 表現力が無い! 客考えて無い! 無い無い尽くしでキリが無ぇ! それを、三文芝居って言うんだ。分かったか!?」 火車の追撃が少年を抉る。 イタリア語で――意味不明な怒鳴り声を上げたチェザーレが最後に見たのは、 「――わたくしは『正義』を貫くだけです」 その悪、全て有罪(ギルティ)を体現する女の白銀の槍の煌きだった―― ●ホコロビ 結論から言えばアークの攻勢は『ヴァイオリニスト』チェーザレ・インカンデラを仕留めるまでに留まった。 少年の死に百万ドルトリニティの維持を完全に諦めたピアノ『デュオ』は直接的攻勢を強め、幾らかの不快感をその表情に乗せたシアーも又、アークのリベリスタ達を強く排除するべき敵と認識した為である。時同じくして鳴海が倒れればそれ以上の攻勢をリベリスタ達が続ける事は不可能になったのである。 「……嗚呼、ケイオス……」 冴え冴えと青白く輝く月の下。死者達が溢れ返る悪夢めいた光景は指揮者が望んだ彼の楽曲そのものである。死者の列に加わる予定の無かった鳴海と、チェザーレの姿があるのは少々の予定外ではあったのだが。 彼女を守った聖域は今は無い。チェザーレは死に、トリオは崩れた。 悲しくなかった訳では無い。長く共に居た彼は歌姫にとってもそれ相応に大切な従者だったのだ。 「嗚呼、ケイオス……」 だが、シアーは熱情を込めて、二度目。彼の名を呼んだ。絵画のように夜に佇み、月にその声を届けようとする歌姫の頭の中に、チェザーレ・インカンデラはもう住んでいない。 褒めてくれますか。 私は貴方の役に立っていますか。 「――聞こえていますか。満足ですか。私は、貴方の傍に居られるでしょう?」 シアーは孤独に歌い、孤独を愛するように目を閉じる。 ――素晴らしい。だが、もう少し。例えばBパートはcaloroso。君の美しさをもっと情熱的に感じたい―― 大仰に、少しの洒落っ気と気難しさをもって――瞼の裏の指揮者が彼女の歌をアンコールした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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