● ケイオス・“コンダクター”・カントーリオの作曲指揮による混沌組曲事件は日本中に不安と恐慌を巻いていた。 死人が蘇り生者を襲う等という話は古今東西あらゆるフィクションが繰り返してきた『王道』ではあるが、実際に起きればこれ程恐ろしい事もそうは無いという事だ。 日本中のあちこちで起きた蘇り事件とその被害は時に終末の訪れと囁かれ、時に嫌悪の対象となり、ある種の畏敬を持つ者も現れた。 そして『序曲』が十分に浸透した事に満足したケイオスはその手に抱く闇の譜面(スコア)に新たなる命と躍動を与えんと動き始める。 日本全国の都市に力をつけた『楽団』の魔の手が迫る。彼等の繰るのは死体。彼等の求めるのは新たなる死。 死の尖兵となった者の中には『アークの良く知る人物』も居た……。 ● 「由々しき事態」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が、無表情ではない。 眉根が寄っている。 ごく僅かだが、いつもより表情が厳しい。 「ケイオスと彼が率いる『楽団』が日本とアークを狙って暗躍している事は知っている通り」 秋から年末にかけての『楽団』による蹂躙は、この極東の地を怯えさせるのには十分すぎた。 「ケイオスの思惑に基づいて『楽団』が徐々に攻勢を強めていく事は知れていたけど、今回恐れていた事態が起きた」 ケイオス配下の『楽団』は、来日以来、自分が『演奏』する為の戦力――『楽器』を揃えていたという事だ。 一般人は言うに及ばず、国内のリベリスタやフィクサードまで含めた襲撃事件の頻発は当然全てを防ぎ切れるものでは無かった。 リベリスタの数は有限であり、「生物」である以上、怪我もすれば、調子の出ないこともあり、ましてや死ぬのだ。 そして、死んで死体を持ち去られれば、そのまま向こうの手駒にされる。 それを警戒して戦うと言うことは、どこかで撤退ラインを引かなくてはならない。 捨て身でなければ勝てない場合、全ては向こうの勝ちとなる。 どれ程健闘しても『原資が無料(タダ)』のゲリラ戦を完封する事は出来はしない。 ポーランドの『白い鎧盾』が辿った状況と同じだ。 「結果的に一般人や革醒者の死体を得た『楽団』は戦力を増強している」 その戦力は直接的な「兵隊」としてもさることながら、「宣伝」としても効果絶大だ。 動く死人の気配は、ひたひたと神秘と関わりを持たずに生きられる幸せな人々の足元にも迫っている。 蔓延り始めた恐怖と社会不安。 ケイオスは、第一主題が浸透したと判断したのだろう。 万華鏡は彼等が大きく事態を動かすという未来を観測した。 「『楽団』は、隠れるのがそれはそれは上手。だけれど、もう隠せない程の大きな動き」 イヴの眉根がよったままだ。 「――あのジャックでもやらなかった」 朝の和やかなお茶の間に鮮血映像を振りまいて、潜在的な殺人鬼達を扇動するよりはるかにひどい。 「大規模な日本への壊滅的攻撃」 死体が地面の底から湧きあがり、はびこり、拡がる水銀のように、日常を地獄ですらない虚無に変えようとしている。 何もなくなるのだ。 死体が通り過ぎた後には、何も残らない。 全ての死体は次の土地で暴虐を働くのだから。 死体の行進、死体で埋め尽くされる大地。 ポーランドの悪夢、再び。 「日本各地に『楽団』の戦力を動かしたケイオスは、全国の中規模都市に致命的打撃を与えようと考えている。勿論、大量の死人が出れば『楽団』がより手をつけられなくなるのは言うまでもない」 リベリスタの脳裏によぎる、今までにまみえた『楽団員』達。 どいつもこいつも、ろくでもない。 死体と戯れ、死霊と戯れ、自分の命を死に近づけても、意に介さずに、音楽というネクロマンシーに耽溺する。 「各地のリベリスタは、そんなこと見過ごさない。自分たちの利益にしか興味のない連中も、それだからこそ、動き始めてる。縄張りや既得権益チャラにされて黙ってるような連中じゃないしね。七派のバランスが崩れるのはよろしくないって、お使いに来たどこかの誰かさんも言ってたよ」 モニターに写る七派からのメッセンジャー、千堂遼一。 『――主流七派については『裏野部』と『黄泉ヶ辻』以外についてはアークと遭遇した場合でもこれを当座の敵としないという統制を纏めたんだよ』 バランスをこよなく愛する男が天秤のこちらがわに乗れと言いに来たのだ。 「――同盟では無いが、アークにも同様の統制を取って欲しいと告げてきたの。沙織はこれを了承した為、今回は二派を除く彼等は事実上の友軍という形になる」 これは、いいこと。と、イヴは言う。 「彼等が死ねば『楽団』に余計な戦力が渡るのだからこれは好都合。こっちも損耗率が減る」 三つ巴になって喜ぶのは、『楽団』だ。 漁夫の利を狙って、出来た死体を奪えばいいのだから。 死体を出してはいけない。死体になりかけてもいけない。 ギリギリで乗り切るような危うい戦い方では、とどめをさされ、『楽団』の死体人形にされる。 「ハッキリ言えば、ケイオスはこれまでで最悪」 全てを自分の思い通りに進行させようと画策し、そのためには手間と時間を惜しまぬ緻密さと、それを実行しえる『楽団』を所持しているのだから。 気まぐれを起こさない分、こちらからの挑発にも乗らず、小手先ではその『楽譜』は破綻しない。 「だけど、最悪だからこそ見過ごす事は出来ない。大袈裟な事は何も無く、日本の秩序と平和がこの先も続くかはこの戦いに掛かっている」 死体の行進と拡散を止めなくてはならない。 「――勝って、帰って来て」 僅かによった眉。 万華鏡の巫女は言う。 全力を尽くして、最高の結果を勝ち取って来いと。 ● 「みんなの担当は、ここ」 宮城県仙台市。東北随一の百万都市だ。 「中心部は平野。移動が容易。更に幹線道路が多数通っている。ここを獲られると、恐ろしい勢いで死体が拡散する。封殺して」 モニターに映し出される、孔雀石色の瞳の女学生。 『楽団員・「一人上手」バルベッテ・ベルベッタ』 「主要幹線道路・国道45号線の基点部、市民会館から、東に向けて進軍予定。この道を死体で埋め尽くすつもりでいる」 ブロンズ像「水浴の女」の周囲に密集する死体の波。 「ケヤキ並木700メートルの内に封じ込める。最終防衛ラインはここ。ここを死体に越えさせることのないように」 今は体に雪をまといつかせた、体をくねらせる女性の銅像、『夏の思い出』。 「仙台のリベリスタ組織『ハバキ』と連絡がついた。定禅寺通りの車道からから他に抜ける小路や幹線道路の閉鎖してくれるって。皆は定禅寺通りの中央遊歩道をまっすぐ抜けてくる本隊に集中して」 もちろん、『ハバキ』を下支えできるに越したことはない。彼らが崩れれば、毛細管現象で死体は浸透していくのだから。 イヴは無表情だ。 「『一人上手』バルベッテ・ベルベッタの特徴は、死体をとことんまで操作し続けられるところにある。分解しても、分解したところが襲ってくる」 地面に切り落とした手首が足首をつかみ、はみ出た腸が首を絞める。 切り落とした指が耳孔に入り込んで脳みそをえぐり、抉り出された目玉は喉に飛び込んで気管をふさぐ。 「だから、彼女の『死体』は、恐ろしいほど効率がいい。それから――」 モニターの中で孔雀石色の瞳が瞬いた。 「――今まで戦闘行動をとらなかったけど、今回はやる気みたい。他の「楽団員」がすることは普通にしてくると思っていいだろうね」 十二月の三ツ池公園。 リベリスタ十人を敗走させた「楽団員」。 あの時も、彼女は死体を操ることに終始していた。 「それと、今まで獲得した手駒、死体女学生はもとより、六道の研究員の死体も使う」 三ツ池公園でリベリスタの足止めをさせられていたフィクサード。 死に至るアーティファクトを抱え、リベリスタを攻撃してきた。 何とか昏倒させ、彼ら語と脱出を試みるも、バルベッテ・ベルベッタは、彼ら四人を殺して死体にし、リベリスタを襲わせた。 北門までの数百メートルで、リベリスタ達は目も当てられない惨状に追い込まれた。 死亡者がいなかったのが幸いだった。 『子供の使いではないのよ?』 バルベッテ・ベルベッタはそう言っていたという。 「下手を打てば、死ぬ。覚悟を決めて」 ● みちのく、仙台。 十二月にはイルミネーションで光のトンネルと化す定禅寺通りも、この季節は太い梢を通りの隅々の張り巡らせるモノトーンのたたずまいだ。 乾いた空気はキンと冷え、不用意に吸い込んだ鼻の奥を痛くさせる。 くしゅくしゅと鼻をこすった孔雀石色の瞳の女学生は、かわいらしい臙脂色のケープとイヤーマフをつけて、うきうきと欅並木の下を歩いていた。 手には楽器ケース。いつもそばに置いている。 その背後を六人の寡黙な男女。おぼつかない足取りなのは、地面がぬかるんでいるせいかもしれない。 「ここね。テレビで見たところよ、バルベッテ」 「この木に何百万個も電飾がついていたのよ、ベルベッタ」 一人の少女の口から、二人分の声が出ているのだ。 「大きな木が一杯。今は雪をかぶってこれもきれいね」 「この遊歩道、お祭りのたびに模擬店が通ったり、即席の辻楽団が演奏したり、人が扇子を持って踊ったり、パレードが通ったりするのですって」 「芸術的ね」 「素敵だわ」 「この街の人は芸術に通じているのね」 「ここがいいと思うの。ねえ、バルベッテ」 「素晴らしい選択だわ、ベルベッタ」 「バレット様も、お前らなら大丈夫だろって言って下さったし」 「疲れてもがんばれって励まして下さったし」 「肉体労働も致し方なしね。がんばりましょう、バルベッテ」 「ケイオス様に喜んでいただくためならやむなしね。がんばりましょう、ベルベッタ」 「「バルベッテもベルベッタも、楽団に忠誠なの」」 くるりと後ろを振り返るバルベッテ・ベルベッタ。 「さあ、まずは六人から、何人に増やせるかしら」 「数えるのもばかばかしいくらいに増やしましょう」 「ここ、百万人くらいいるらしいわ」 「なら、電飾の数と同じね」 「くまなく」 「すみずみまで」 「細心の敬意と愛情を――」 「音楽は愛を表現するものだもの」 バルベッテとベルベッタは、皆さんのいいお友達になれると思うのよ? 「「ごきげんよう。杜の都の皆さん。イタリアから来ましたバルベッテ・ベルベッタと申します。音楽を愛する皆様に敬意を表して――」」 細断コロラトゥーラ。 雲ひとつない乾いた青空を貫き響き渡る、天使の喇叭。 一音で殺し、一音で御する。 「一人上手」は、死体調達に優れているとの尊称。 イタリア車が暴走する。信号待ちで止まっていた車の列に無造作につっこむ。 六人の男女――死体女学生と死体研究員が、壊れた車のフロントガラスを叩き割ると中から運転手を引きずり出し、炎上している車から生存者を引きずり出し、何事かと来る野次馬の中に飛び込み――。 死体が死体を生み、生者を呼び、死体に変え、生者が死体に。 そして、行進が始まる。 光のトンネルを美しく見せるためにお揃いにされた近隣ビルのミラーガラスに飛び散る鮮血と火柱。 46メートルの道路を挟んだ合わせ鏡に無数の赤い花が咲く。 「「さあ、奏でましょう。混沌組曲を」」 一人の少女の喉から、二つの声。 吹き鳴らされる、高らかな喇叭。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月07日(木)00:09 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 車で現場に出来るだけ近づいて、後はダッシュだ。 交差点には打ち合わせどおりに地元リベリスタ集団『ハバキ』が展開している。 「アークの新田さんすよね」 地元言葉だとわかりにくいと思うんでと、仲間に冷やかされながら標準語でしゃべろうとしている連絡役のハバキのメンバーに 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)は、はいと返事をする。 「どうしてこっちに来てくれたんすか」 特に深い意味はない。 手が届くところにならば、いくらで手を伸ばして守るゆえの『守護神』の異名だ。 楽団対策にごった返すブリーフィングエリアで、仙台戦に参加が決まったのは偶然のことだ。 だが、気づく。 地元リベリスタがアークの面々を見る目は、安堵と憧憬と奮起だ。 (なんか、すっげえ面子) (今、向こうで打ち合わせしてんの、『アリアドネの銃弾』だろ) (あの銀髪の子『尽きせぬ想い』だろ、かわいー) (いや、あの子、おじさん趣味らしいぞ。お前、若過ぎ) (うっわ、そらせん、まじ出席簿!) (ミラクルナイチンゲールってほんとに男なんだ) (あの眼帯、『LowGear』だ! めっちゃ早いんだよ) (『鉄壁の艶乙女』、『箱庭のクローバー』――。うっわ、ガチ守りで来たよ、アーク!) (他の二人も見たことある。嬉しいな。なんか燃えてきた) (仙台大事ってことだよな! まじで勝つ! んで、アークの人、無事に帰す!) さざなみのようなささやきの中。 絶望的な状況に現れたアークの面々は、『ハバキ』の士気を上げていた。 死に立ち向かう者には、明日への希望を。 明日の次の日のために、戦うのだ。 だから、新田はこう付け加えた。 「――蔵出しの季節だし。宮城県の新酒守りに来たってことで」 「すぐそこにも、藩御用達のでっかい造り酒屋がありますよ」 ハバキのメンバーは軽口を叩く。 「ケヤキ並木で食い止める理由はいくつかあって、この――地下鉄に降りてく階段があるんです。ここに入られたら終わりだ。地下鉄で死体運ばれるし、線路一本で、泉――元はベッドタウンで、人口が集中してます――や、長町――高速道路に乗れます――に直結してるんです。そこへの入り口はこっちで閉鎖します」 示された地図。 溢れた死体がどう動くか、地元民の視点で書き込まれた矢印は絶望色で塗り潰される。 「道路もそれに平行する形で旧奥州街道が通ってます。まっすぐ青森だの東京まで行きます。あと、アーケード街――七夕わかります? その飾りぶら下がるとこなんですけど、人は一杯。商業施設から地下にもいける。仙台駅まで、大体一キロくらい。それと。この道路、このまままっすぐ行くと、海岸沿いを通る国道45号線そのものになります」 なによりやばいのが。と、言って、ゴール地点脇の二つの建物に、大きな丸が二つ。 「こっちが仙台市役所。こっちが宮城県庁です。ここに死体がなだれ込んだら、行政ストップします。行政とまると、弱い人から逃げられなくなります。宮城の人間は俺らが絶対死守します。ここから先はやらせません。だけど、それで精一杯です」 だから。 絶対に譲れない700メートル。 ここで、全ての死体を磨り潰して、屍肉の山にしてくれ。と。 北の誇り高き男たちが頭を下げた。 ● 「この手の相手は初めてだ」 『刃の猫』梶・リュクターン・五月(BNE000267)の指が『LowGear』フラウ・リード(BNE003909)の手をそっと包み込んだ。 「怖いが全力で挑む」 小さく震える指をねじ伏せる意志の力。 「フラウもいるから大丈夫だ。オレは誰かを守るためになら強くなれるよ。その誇りもその骨の髄まで全部愛してあげる」 五月の指先が伝える温かさが、十二月の夜の冷たさを乗り越えさせる。 (子供の遊びじゃねーのはコッチも同じだ) 『子供の使いではないのよ?』 一人の喉から二つの声。 そう言って、「一人上手」バルベッテ・ベルベッタは、まだ生きていた六道の研究員に止めを指し、死体に変えると、助けようとしていたフラウ達を襲わせた。 (これ以上テメーに渡すモノなんて、何一つ無いっすよ?) 何一つ、渡していいものなんかない。 (今度はうち等が勝たせて貰う、バルベッテ!) だから、一緒に征こう。 一緒なら、きっと大丈夫だ。 ● 重なり合う冬木立。 佇む『オデュッセウス』 整然と並ぶケヤキ並木は、都市のど真ん中であるにもかかわらず、静謐な異郷の大聖堂の回廊のようだ。 「来る前に写真で見たよ。この通り。素敵なところだなぁ……って、思ったの」 『尽きせぬ想い』アリステア・ショーゼット(BNE000313)は、目の前がぼやけるのを感じる。 泣いているのではない。煙が目に染みるのだ。 晩翠通りを越えて、多重衝突事故現場――バルベッタ・ベルベッテのスタート地点に近づいてくる。 「……なのに……」 底冷えする空気。 その上に熱。炎と油と人が焼けるたんぱく質の臭い。焦げるアスファルト。 「目の前のこの光景は何……? どうしてこんな、酷いことを……」 死体の喉から漏れる空気がうめきに聞こえる。 死体は、悲しんだり怒ったり笑ったりしない。 あくまで観測する方の投影であり、そう見えるだけだ。 「灰は灰に。塵は塵に。土は土に。その魂は主の身許へ」 『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)は、犠牲者の魂の平穏を祈る。 「ありがとうございます。俺はこの人達のこと知ってる訳じゃないけど、でも祈ってくれてありがとうございます」 そう言って、ハバキの連絡役は、ハバキ全部にアークの言葉を周知させるために走っていく。 「正念場。ここから先は意地の張り合いだ」 「でこっぱちの譜面通りっていうのは気に食わないね」 『箱庭のクローバー』月杜・とら(BNE002285)のころころ変わる口調に、最近少しばかり男言葉が増えたことに気づいている者はいるだろうか。 同じ口から発せられる同じ言葉でも、それを発している心が違う。 今の『とら』は、少女の体の中にいる『男』なのだから。 今、この体の中で眠っている『今まで戦っていた少女』が目覚めなければ、死んだことになるのだろうか。 いや、その『彼女』とて、『本来』の人格ではない。 誰も覚えてなければ、死んだも同然。 「たっぷり不協和音入れて、デコに熱取りシート貼らせてやろーぜ☆」 とらは、笑う。 少なくとも、そんないつ死ぬともわからない『ココロ』を沢山抱えながら、とらは今を生きている。 「ケイオス様、別におでこじゃないわよ。オールバックなだけで」 「ああいうのは秀でた額って言うんだわ」 「それに冷却シートなんて安っぽいもの、似合わないわ。氷枕か氷嚢、もしくは柔らく絞ったタオルよ」 「そもそも、あなた達程度の不協和音――」 「「バルベッテとベルベッタが、和音に組み入れてあげるから、そんな無駄な心配しなくていいのよ?」」 「水浴の女」の台座にちょこんと行儀よく膝をそろえて腰を下ろした、楽団員。 「一人上手」バルベッタ・ベルベッテが、「細断コロラトゥーラ」に口付けながらリベリスタの前に姿を現した。 「バレット様は大好きよ。『おまえら』って言ってくれるし」 「ケイオス様も大好きよ。『今吹いたのはベルベッタだけですね。バルベッテも一緒に。二人でもう一度吹いて下さい』って、聞き分けて下さるし」 「バレット様は、テキトーだけど」 「ケイオス様には、道具だけど」 「「バルベッテにもベルベッタにも、それ程度で充分だわ」」 西から吹き込んでくる風は、極限まで枯らされた冷気の爪だ。 「何なの。雪もそんなにないのに、何でここ、こんなに寒いの」 「お顔ぴりぴりするわ」 「こんな寒いとこに来てるだけで、いかにバルベッテもベルベッタも楽団に忠誠なのかわかるってものよ」 楽器を小脇に挟み、両の頬を手でこする様は、他の少女楽団員とは違う生活感が溢れている。 彼女は生きている。 「「さあ、『一人上手』がお相手するわ。お友達になれるといいのだけれど」」 青みの強い緑。 孔雀石色の瞳が閃く。 死と再生の象徴である蛇を殺す、艶やかな肉食鳥の色。 何度も何度も立ち上がるリベリスタを屠って、従順な死体に変えるのを厭わない、一見女学生。 「バルベッテちゃん、ベルベッタちゃん」 やや黄身の強い明るい緑。 『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)のキャンパスグリーンの瞳が、楽団員をねめつける。 「会いに来たよ」 三ツ池公園で、最も死体に傷つけられたのは、研究員を助けようとしていた旭だった。 傷の治りは遅く、死ななかったのが幸いとまでいわれたのだ。 「――全力で、殴りに来たよ」 「なら、連れて帰ってあげたいわ。だって、ご縁があるみたいだから」 日本語、あってる? 笑う女学生の目は、捕食者の目だった。 ● 「圧倒的な物量ね……面白いわ」 『マグミラージュ』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)は、小脇に出席簿を抱えて、仁王立ちだ。 十になるかならないか。チームでは一番見た目が幼い。 不安げに見ている『ハバキ』のメンバーの視線。 ソラには慣れっこだ。これは新学期、最初に顔を合わせたときの生徒の視線と同じ。 ひしめく死体。 血と肉と臓物と。 侮ることがあってはならないが、必要以上に怖れてもいけない。 「この程度でどうにかなる私達では無い事、見せつけてやろうじゃないの!」 教師らしい鼓舞。根拠はないが信じ込ませる説得力。 伊達に、授業開始二十分後、「今日はここまで。以降、自習!」で生徒の小理屈をねじ伏せていない。 その小さな背中に、仮初の翼が宿る。 「皆――ハバキの皆さんも出来るだけよってください。すぐに済みますから……」 『やわらかクロスイージス』内薙・智夫(BNE001581)の装備は、ミラクルナイチンゲールという訳ではない。 しかし、先の戦いで、フラウや旭を支えきれず敗北に至った悔しさが、智夫を「ミラクルナイチンゲール」として立たせていた。 (最終防衛ラインを突破されぬ事を最優先。次に仲間とハバキの面々が倒されぬ事を優先し行動) 現地入りする前に、仲間達に伝えてある。 もしものときは、死者殲滅を優先する。 「死者の行進を止めるのが――」 次の瞬間、仲間が倒れても、だ。 「ミラクルナイチンゲールの務めです!」 ● 間合いが詰まる。 初速=最高速。 フラウの一歩は、リベリスタの中でも抜きん出て早い。 それでも、フラウは足並みが揃うのを待つ。 バルベッテ・ベルベッタの死体の恐ろしさは、いやというほど味わっている。 三人分の戦闘範囲を保つのが精一杯の遊歩道。 防波堤としての役目をより強固にするため、やや前に出る快を中央とし、杏樹とフラウが左右に展開した地上前衛の頭上で、旭と五月が空の前衛として展開する。 変則陣、五人がかりの壁。 その後方に、アリステア、とら。 更に、智夫、ソラ、きなこ。 アリステアと、『鉄壁の艶乙女』大石・きなこ(BNE001812)は、目を見交わす。 各々、神秘の許す限りの味方――車道に展開するハバキも含めて――を回復させるのだ。 46メートルの定禅寺通りの橋から端までを二人がかりでフォローする。 この布陣で、定禅寺通りを守りきる。 デスマーチの始まり。 体一つ分浮き上がった五月は、死体の集団を見下ろした。 リベリスタを取り囲むように、左右から側面に回り込もうとする翼包囲。 車道に下りた死体には、ハバキのリベリスタが飛び掛る。 杏樹よりもたらされた指示により、一体の死体に複数で飛び掛り、氷と炎で応戦する。 しかし、ハバキの戦力で死体に臨んでも、一体に三人以上でかからないと互角には戦えない。 はみ出さないよう押さえておくのが精一杯だ。倒すには至らない。 押し負ければ、一気に瓦解する。 ならば、押し負けないだけの力を。 世界の終わりの戦いの名を冠した加護を請う快に応えるのは、いかなる神仏か。 少なくとも、この都市の滅びを是とする存在ではない。 最前列三人のみ。 リベリスタ達はそう決めていた。 中途半端に死体に傷をいれる訳には行かない。 千切れた手足を投げつけ、腹から内臓という名の肉縄が飛び出してくる。 リベリスタならともかく、ハバキに攻撃されたらことだ。 だから、やるなら、即ミンチ。中途半端な傷を負ったものを大量に作るのはうまくない。 刹那、フラウの姿が三つにぶれる。 切り裂かれる死体。冬コートの買い物客。手に提げられたままの買い物袋の中身が散乱 する。 間髪いれずに放たれる杏樹の銃弾、至近距離。 その真芯が外される。僅かに感じる命中のブレ。 前に突っ込みながら攻撃するのと、後退しながら攻撃するのでは勝手が違う。 いかに移動距離を最小限に抑えようと、間合いから離脱しながらの攻撃は手元を狂わせる。 それでも骨盤から上が綺麗に吹っ飛ぶ。 ボーリングのピンのように転がる三対の脚を、『死体』が『拾った』 「使えるものは何でも使うべきよね。バルベッテ」 「日本語で『もったいない』というのよ、ベルベッタ」 死体が、人間の下半身を盾にしながら、じりりじりりとリベリスタに追いすがる。 「日本語で面白い言葉を覚えたの、バルベッテ」 「何かしら、ベルベッタ」 「日本では、ドミノ倒しのことをね、将棋倒しというのよ」 プリーツスカートの裾をかわいらしく持ち上げて、えい。と、バルベッテ・ベルベッタは、死体の尻を蹴る『真似』をする。 途端に、前へ。死体が、無秩序に。リベリスタに向けて、なだれ込んでくる。突進してくる。お行儀よく整列なぞせず、無秩序に。重なり合い、押し合い、へし合い、ああ、この間テレビ中継で見た、バーゲン会場に突進するおばちゃん連中みたいじゃないか。 「飛んでれば大丈夫と思ったの? 残念」 折り重なりあう人間の上。 生きていれば圧死してしまうのも、もはや何の問題もない。 だって、死体は死んでいるから、自分の上に誰かが乗っても怒ったりしない。 踏みつけあい、折り重なりあい。 誰かの背中を踏み台にして、誰かの肩に足をかけ、誰かの頭に乗り上げて。 ミキサー、ミキサー、逆巻く人津波。 回避する。すぐそこに迫った腕が、五月の、旭の足をつかみに来る。 見下ろす。 下は地獄だ、地獄の釜の蓋を開けた状態だ。 死体が手を伸ばしてくる。死体の沼だ。 あそこに落ちたら、五体を齧られる。引き千切られる。 生きたまま、八つ裂きにされて。 バルベッテ・ベルベッタの人形にされる。 いつかテレビで見た、チアリーディング。 人が何重にも肩車して塔を作るのは、どこの国のお祭りだったろうか。 物量、物量、人海戦術。 なぜ、楽団が恐れられるのか。 いかに優れたリベリスタであろうと、結局人間が変質したものである以上、圧倒的質量には耐えられない。 痛みも恐れも持っていない死体の軍勢。 ああ、53――54年前のポーランドの悪夢を知っているかい? 「ねえ、知ってる? 地獄の門は人間で出来ているのよ?」 天使の喇叭が聞こえる。 元は、CMソングの軽快な民謡。 「「『楽団』の前に立ちふさがるというのなら、一切の希望を捨てていらっしゃい」」 ばらばらと切り裂かれ落ちていく死体。 黒猫は、空中を踊るようにして、紫水晶色を帯びた日本刀の影を宙に残す。 剣士の重たい太刀筋での軽剣士の技を取り回し、当たれば大きい。 だが、切り裂いた死体の動きは止まらないドロリと割かれた腹からまだ湯気を放つ生暖かい臓物が大蛇のごとく放たれる。 旭の脳裏に、最初にバルベッテ・ベルベッタに遭遇したときの死体の苛烈さを蘇る。 あのときは、仲間が食われかけていた。 「させない」 いち早く振るわれる炎の帯が、容赦なく臓物を灰にした。 山から吹き降ろしてくる風で四散する。 宙に浮いた、五月と旭は格好の的だった。 後方から飛んでくる引きちぎれた手、腕、足、内臓。 血臭と汚物。生理的な嫌悪感。 リベリスタ達は、出来るだけ死体を損壊させないように気を使って戦闘していた。 なのに、まだ「手をつけていない」死体がなぜアウトレンジから攻撃してくる? 決まっている。背後で絶妙に切り刻んでいるのがいるからだ。 バルベッテ・ベルベッタ。 「死体にするってことは、死なせなきゃいけないのよね」 「つまり、生命活動できない程度に壊さないと」 「何のために車つっこませたり、連れてきた死体に襲わせたりしたと思ってるの?」 「肉体が致命的に壊れたから、死んでるのよ?」 「頭潰れたり、腕が取れたり、おなかから何か出てきちゃったりしたから、死ぬのよね」 「はじめっからある程度ばらばらなのも用意してるに決まってるでしょう?」 「基本よね」 「武器の準備は大事だもの」 「バルベッテ。前から思っていたのだけれど――」 「ベルベッタ。そうね。間違いないわね」 「「あなた達、バルベッテとベルベッタを馬鹿だと思っているんでしょう!?」」 哄笑。 「そうね。コルネット吹くしか能がないわ。頭いい人に任せることにしましょう、バルベッテ」 「そうね。死体操るしか能がないわ。頭使って戦う人に任せることにしましょう、ベルベッタ」 皮をかぶった骸骨が、死体の海を踏みつけて、リベリスタに向けて突進してくる。 「バレット様がおっしゃったわ。『ずいぶんやせっぽっちの連れてきたな』」 「でも、こうもおっしゃったわ。『でも、お前らなら、うまい具合に使うんだろ』」 吹き鳴らされる細断コロラトゥーラ。 バルベッテ・ベルベッタは、コルネット奏者として相当なのは間違いない。 楽器について全くわからない者にも、彼女の喜びと奮起が伝わってくるのだから。 「「バルベッテもベルベッタも、『楽団』に忠誠なの」」 「「うまい具合に使うわ、もちろん!」」 フラウと旭と智夫の目が見開かれる。 わかっていた。わかっている。ちゃんと覚悟はしてきた。 あの日救い損ねた四人――六道のフィクサード・死体研究員が、リベリスタに牙をむく。 オマエタチノセイデコウナッタ。オマエタチガキチントコロシテクレナカッタカラ、コウナッタ。 オマエタチガキチントオレタチヲスリツブシテサエクレテイタラ、オレタチハコンナシタイニナラズニスンダノニ! 死体はそんなことは言わない。 だから、そう発声しているように聞こえるならば、それは――。 「うふ。お茶目」 「まだ、声帯が使える状態でよかったわね」 ――ネクロマンサーの戯れ事だ。 「ろくでもないことばっかりするっすね、楽団ってのは!」 フラウの怒りは、振るわれる魔力剣に現れる。 その太刀筋、まさしく雷光。 「ねえ、片目ちゃん。あなた、さっきから上に浮いてるかわいい黒猫ちゃんを気にしてばっかいるようだけど。人の心配してる場合じゃないのよ?」 (このタイミングか!) 反応できたのはソラだけだった。 快は、旭目掛けて雪崩れかかる死体の山からの猛攻に耐えている。 いかに守護神といえど、一度に二人はかばえない。 それまで、回復詠唱の下支えをしていたソラは、詠唱を攻撃に切り替える。 聞き及んだ後衛陣がその穴を埋めるべく、呪文を強力なものに切り替えた。 タイミングも、そもそもどんな行動をするのかすら予測できない、バルベッテ・ベルベッタ。 奇妙奇天烈ザッピングシンキングだったらしい。 頭の中をのぞいた仲間が顔面蒼白になるほど。 面倒な奴が来たと思ったものだが、その通りだった。 皮をかぶった骸骨。 識別名は、喜・怒・哀・楽だった。 今は全然見分けがつかない四人が、漏れなくフラウに飛び掛る。 ソラが放つ雷の鎖が引き回されて、届く限りの死体と研究員、念入りに周囲の破片も放電の元に消し炭に。 速度に生きるものにして魔術師。 ダブルネームに多重行動。遊んでサボりながら教職をこなすには、常人にはわからない方向の努力が必要だ。 即状況に対応する敏捷さと器用さが、フラウの命数を繋ぐ。 「大丈夫、フラウ。オレがいる」 とっさに魔力剣を逆手に持ち替え全力防御に徹するフラウに、五月は叫ぶ。 黒猫は守られる者ではない。 「幸せをくれる皆を守るのはオレの仕事、オレがオレである証だ」 そして、フラウは五月の「お姫様」だ。 「お姫様」に性別は関係ない。 無償の愛を注ぎたくなる、愛しい者をそう呼ぶのだ。 「オレが出来るのは斬る事。皆で生きて帰る為の努力だ――!」 フラウ目掛けて、最適化した攻撃を執拗に入れる研究員に覆いかぶさるように黒猫の群れがダイブする。 黒猫は、元来幸福のしるし。 黒猫に通り過ぎられたら不吉というのは、幸運が逃げることのメタファーだ。 ならば、黒猫の幻影に飛び掛られるとどうなる? 少なくとも、弱点をえぐられる。 「五月さん、フラウさんに近寄っちゃダメです! 混乱してます! 間合いから離脱して下さい!」 智夫が叫ぶ。 クロスイージスは、凶事に取り付かれた人間に目端が効く。 いかに加護によって意志力強化されていても、束の間混濁した意識のまま剣を振るうこともある。 人混みの間から突き出てくる、手、手、手。 ああ、どいつもこいつも敵に見える。 ならば、切り刻むしかない。 フラウの間合いから外れるため、隊列が乱れる。 その隙間に死体が入り込む。 関節が外れて伸びきった手首が膝の下までたれている。 グルンと腕を振り回し、肉のムチがソラに向けて振るわれる。 「そんなのふるわせてらんないっしょ♪」 とらの道化のカードが、死体の掌を縦に裂く。 その手をつかんで手繰るようにして、きなこは死体を前列に押し込んだ。 どさくさで、頬の肉がえぐれている。 加護による再生で、しゅうしゅうと傷が湯気を立てるが今この瞬間痛々しいことに変わりはない。 「――新田さんがちょこっと前に出てる分、一人崩れると、後衛まで来ますね」 最後尾で、陣の動きを見ていたきなこは、早々に自分の例外方針を切り替えた。 事態はそれだけ逼迫している。 「フラウさん復帰するまで、前に出ます。ハバキさんへの回復ちょっと抜けますけど、よろしく、お願いします!」 「了解! その間回復に専念するから!」 アリステアが応じる。 中衛・後衛の声がけは徹底していた。 自分達だけではない。 ハバキのポテンシャル維持が、この場の趨勢を支配する。 彼らは生きている限り心強い味方だが、死体になったら攻撃に特化している分手強い敵になる。 「きなこさん、耐久力にはちょっと自信がありますよ!?」 宙に浮く盾の影。 聖書を胸に携えて、完全防御だ。 きなこの仕事は。 「ちょっとやそっとじゃやられません! 超合金ですから!」 ● かわいい子供の姿をした天使が吹くラッパは、こんな音がするだろう。 「細断コロラトゥーラ」 形状は、コルネット。本来なら、ブラスバンド。 管弦楽のオーダーの中に組み入れられることはきわめて異例――ケイオスの柔軟性の表れと言ってもいいだろう。 今、抜けるような青空に向けて吹き鳴らされているそれは、死体を操るものとはまた違う音色。 それは、この場を天国と錯覚させる、至高のもの。 本来ならば天国に旅立つはずの罪なき霊魂が引き寄せられて、何の不思議があろうか。 エンジェルリング。 キラキラと輝く光輪が、バルベッテ・ベルベッタの周囲に集まる。 その数、数十。 これもまた神秘。 慈しむ様に、光輪に唇を寄せる女学生は宗教画の一部のようにも見える。 『中間報告:なお、『楽団員』による使用が確認された技は以下の通り――』 リベリスタの脳裏に浮かぶ、作戦資料。 輪の中、かすかに浮かぶ人の顔。 「やめろ……」 杏樹の口が動いた。 『その魂は主の身許へ』 届かなかった。届く前に、『楽団員』の虜にされた。 『――霊魂を遠距離攻撃の手段とする』 えいっと、女学生が手を振ると、天使の輪が、人の霊魂でできたチャクラムが、リベリスタに向けて放たれた。 体を襲う激しい痛み。まるで霊魂の肉体が死に至った痛みを共有したかのよう。 無力感に襲われる。 たすけたかった。せめて、その魂だけでも救いたかった。 命をもてあそばれて、体を使役されて、魂さえも使い捨てにされる。 「もったいないわ。あるものは全て使うべきよ」 「そうよ。せっかく消した命の炎、使い切らなくてはいけないわ」 一人の口から二人分。 リベリスタからの反射攻撃をあっさり受け取って、臙脂色のケープを自分の血で染めながらもけろっとしているバルベッテ・ベルベッタの言い草に、杏樹の中の何かがぶつりと切れた。 (――くそったれ、この馬鹿天主! 全知全能じゃなかったのか!? いつか、絶対に殴る! 殴りつけて今日の不手際を弾劾してやるからな!!) 杏樹が、このちょっと無愛想でお人よしのシスター崩れが、『キングオブイリーガル』の号を背負うに至るほどの重い罪。 それは、「神への不敬」その一つに尽きる。 「冒涜」ではない、「不敬」。 神を愛し、祈り、なのに、これっぽっちも「敬ってない」 働きが悪い怠け者親父にやきもきする娘のようだ。 厚みのないエンジェルリングは、この世のものなど何の意味もないと、装甲を紙のように切り裂いてリベリスタの肉を斬る。 吹き出る血が止まらない。 ひいぃぃぃいという飛行音が、魂の嘆きにも聞こえる。 しかし、射線が通るということは、杏樹の銃も届くということだ。 「エイメン」 その頭撃ち砕いて、今すぐ殺す。 不可視の殺意が、「楽団員」の「命根性」を次元の彼方に蹴り飛ばす。 「暗黒街の人はどこの国でも怖いわ、バルベッテ」 「ジャポネーゼ・マフィアよ。ヤクザというのよ。ゴクドーよ。殺されちゃうわね、ベルベッタ」 「「バルベッテもベルベッタもか弱いから」」 死体の壁。 ボンっと音を立てて吹き飛ぶサラリーマンの頭。 「死体を盾にして、こそこそ逃げ隠れするのが一番ね」 「ネクロマンサーに直接攻撃なんて、掟破りもいいとこよね。まだ死体たくさんいるのに」 「日本語でオヤクソクというのよ、テレビで見たわ!」 ● (なるべく、こっち、こっちに来て……っ!!) 詠唱の隙間、きなことアリステアは車道を見回す。 少ないとはいえ、死体は車道にも出て、逃げ遅れた犠牲者を増やしている。 あるいは。逃げ遅れた一般人を逃がそうとしていたハバキのリベリスタを襲っている。 簡単だ。まずは、一般人を殺す。新たな死体はコルネットの調べを耳にして、また生きている誰かを襲う。 助けたいあなたが、私を殺す。 時間がたつほどに、路地裏で血の臭いがきつくなる。 (死なないで……っ!) 回復詠唱の効果は流動的で、そのときによって誤差が出る。 たった三メートルの移動でも、視線が通らなければ、癒しの奇跡を浴せない。 (何で、建物の影に入っているの。もっとこっちに!) でも、そこにいないと、一斉に死体が飛び掛ってくるのだ。 目が合う。大丈夫。と、がんばると。治してくれて、ありがとうと。目顔で頷く人に、せめて頷いてみせるしかできない。 「一緒に頑張ろうね! 絶対に乗り切ろうね!」 アリステアが叫ぶ。 助けに来る。この死体を全て片付けて、必ず助けに来る。 「よっし、前向いて行こう、皆! ここでくたばるために来たわけじゃないっしょ♪ 後で牛タン美味しいお店教えてね!」 あらん限りの大音声。 とらが、六道研究員に道化のカードを飛ばしながら叫ぶ。 あちこちから、任せろ! 打ち上げ上等! 幹事立候補! と、軽口が飛んでくる交差点。 晩翠通り、道幅36メートル。 「一音残らず聴かせて。わたし達が欲しかったんでしょ? 余所見して手に入るほど安くないよ」 旭は祈るような気持ちで、バルベッテ・ベルベッタを挑発する。 (どうか横道にそれないで) リベリスタ達は呼吸を合わせて、一気に10メートル下がる。 その後を、死体が――ついてこない。 通りの向こう。 横断歩道を渡り損ねましたという顔をして、バルベッタ・ベルベッテが立っている。 「あなた達がほんとに欲しいわ。だから」 と、孔雀色の瞳が笑う。 「よそ見しないと手に入らないでしょう? こんなに減らされてしまったんだもの。補給のお時間よ」 今来た小路や交差点を封鎖しているハバキのリベリスタ目掛けて、死体の津波が進路を変えて。 智夫がとっさに撃ち出すジャスティスキャノン。 確かに死体に命中し、その目は智夫を向いて、歯をむき出し怒りを表面に出したのに。 その体は、ハバキのリベリスタを襲うのに忙しい。 ごきりと首の骨が折れる音がする。 「ねえ、死体は死んでいるのよ。怒りなんか覚えやしないわ」 「万が一覚えたとしても、それを無視して制御してこそのネクロマンサーよ?」 「死体の思惑なんて、知ったことではないわ」 天使の喇叭が吹き渡る。 福音も攻撃も届かない。覚悟の上で渡った道路。 多重行動できたソラの天使の歌がかろうじて届く。それも道の片側だけだ。 次の挙動に至るまでの数瞬が永遠のよう。 (2回目以降、敵が追いかけて来ないなら) 快は、釣る方法は考えていた。 しかし、初回で釣れなかったら、何が起きるのか。 陣形を崩さないことに考えが集中してしまっていた。 相手は大量の死体であり、怒涛のように道路に溢れてくるものだと「盲信」してはいなかったか。 「楽団」の死体は、バルベッテ・ベルベッタの元、統率された軍隊である。 あるいは、リベリスタ達はうまくやりすぎたのかもしれない。 バルベッテ・ベルベッタに油断も慢心もさせない、ここまでほぼ完璧な、彼女に危機感を抱かせる見事な戦いぶりだった。 それゆえに「一人上手」は考えざるを得なかった。 通りを閉鎖する地元リベリスタは、大きな道路ほど突破を阻止するため、精鋭を置かざるをえない。 ずらりと並ぶ、良質の兵隊候補をどうして見過ごして歩ける? 仲間の死体を見て青ざめ、呆然としている素敵な顔を更に自分の軍勢に加えたいと思うのは、言ってみれば、楽団の本能だ。 「どうして、こんなひどいことが出来るの……?」 アリステアは、声を絞り出す。 さっき見交わした顔が死体の列に加わっていた。 大丈夫じゃ、なかったじゃない。 「だって、ケイオス様がなさりたいとおっしゃるから」 「それに付き従うのが『楽団』の勤め」 「「バルベッテもベルベッタも『楽団』に忠誠なの。誰に命令されている訳でもないわ。そうしたいからそうしてるのよ」」 晴れやかな笑顔。 「「だって、『楽団』でいることが、とても楽しいんですもの」」 部活動が楽しいと笑う女学生。 「「そのままボーっとしててくれると、バルベッテもベルベッタもラクチンなのだけど」」 「あなたたち、とてもうまくやっているのよ」 「でも、死体は増えていくの。そう決まっているのよ」 歯を食いしばるしかない? 快の喉の奥からくぐもった声が出る。 今この瞬間、できることがある。 だが、まだもうしばらくは持続時間に余裕がある。アークのリベリスタには必要ない。 だが、ここで使わないという選択をするくらいなら――、「新田快」などやめてやる。 体の底からごっそりと掬い取られる魔力。 肉よ裂けたままであることなかれ、気力よ途切れることなかれ、心よ傷むことなかれ、我らを苛むものに禍あれかし。 いざや、もののふ。 今この場所が天下の分け目。世界の水際と心得よ。 身命を賭して、敢然たれ。 今、ここで、自分の生きる場所を守る人間にとって、ここが世界の全て。 いつだって最終戦争だ! 「――加護を」 手指が届かないなら、せめて神秘を。 「頼む。これ以上、死んでくれるな――っ!!」 「――思ったよりしぶといのね」 「心を先に殺すつもりでいたのだけれど」 バルベッテ・ベルベッタが死体の波を手元に戻す。 数はむしろ減っている。 いや、一般人の代わりに、革醒者の死体が組み込まれたと考えれば、補給というのは過ちではない。 だが、それもバルベッテ・ベルベッタの計算からいくと、かなりのマイナス修正だ。 ラグナロクの恩恵。 アークのリベリスタが取って返すまでのワンチャンスに殺しきれる数に限りがあった。 「あまり増やせなかったけど、充分と思うの」 「さあ、独奏の時間よ。ノンストップで吹き続けましょ」 「ここからは」 「ちょっとすごいわよ?」 ● よくもまあ、そこまで酷使できるものだ。 バルベッテ・ベルベッタの「独奏」を見聞きした者は、皆そう言う。 指の動きと唇の動きと口の中の動きと音の数。 情報量が、死体操作を支える。 技量と、それを受け止め増幅するアーティファクト。 一度吹けば、後は死体を操り続けてくれる「細断コロラトゥーラ」をあえて吹き続けるバルベッテ・ベルベッタの使う死体は、最上級のレイザータクトの旗下にあるようだ。 ラグナロクの効果さえ、焼け石に水に思える大打撃が叩き込まれる。 哄笑のようなうねる旋律。 畳み掛ける死体の軍勢。リベリスタの死体は、武器も使うのだ。 快の背後、四人の前衛。 つまり、射線が取れる攻撃目標も四人。 数で来る敵にとって、多少の分散など痛くもかゆくもない。 皆等しく襲えば済むことだ。 適度に削れたところで、止めを刺しに死体研究員だけではなく、ハバキのリベリスタの死体が波状攻撃を仕掛けてくる。 後方に下がり続けると決めたのは自分たちだが、追い詰められた気がする。 どんどん「オデュッセウス像」が遠くなる。 ふっと、腹の底が冷えた感じに、杏樹は眉をしかめた。 魔力がこころもとない。 二丁拳銃から吐かれ続ける神秘の弾丸を支える気力の底が見え始めている。 「杏樹さん!」 呼びかける声と共に、背後にふっと柔らかな気配。精神同調による魔力譲渡。 途端に腹の底に再び熱がこもる。 「やっちゃって下さい!」 にこ。と、微笑む智夫に、このときばかりは盛大に鉄火を以って応えなくてはなるまい。 五月は、恩寵を代償に宙にとどまり続ける。 「倒れたって何度だって――オレは誰かを守る事に貪欲だ。何処まで言ったって誰かが泣くならその涙を無くすのがオレの仕事だろ」 指は、日本刀を握り締めて放さない。 まだ振るう力は残っている。 「まずは、死にそうな黒猫ちゃん、もーらったー!」 「黒猫ちゃんも近寄ったら危ない子だものね!」 いかに回復陣が重厚であろうと、間に合わない。 今、かろうじて踏みとどまっている五月がまともに攻撃を受けたら、地に墜ちる。 フラウの目が見開かれる。 十二月、三ツ池公園の悪夢。 ギリギリで生きていた六道の研究員の脳を音で造作もなく破壊したのは、あの女だ。 「――避けろ、五月! 帰るんだろ? だったら最後まで諦めるなよ! うちも、お前も!」 フラウの喉から血が吹き出るような声が漏れる。 五月の足首を、誰かがつかんだ。 喉元まで悲鳴が上がりかける。 「大丈夫」 五月の足をつかんだのは、快だった。 「俺が守るよ」 声を共に、背後にそっと押される感覚。 その反動で、死体の津波の中に身を投じる形になる快が、上空の旭に叫ぶ。 「構わん! 俺ごとぶっ放せ!」 (仲間を巻き込まずに) そうしたかった。だから、ここまで細心の注意を払って仲間が範囲に入らないように位置を調整しながら振るってきたのだ。 旭は、自分の炎の見境なさを知っている。 今、それは旭だけにできる仕事だ。 見えるものも見えないものも、旭の手の届く限りの全てを区別なく焼き尽くせ、と。 自分ごと、この死体の壁を焼き尽くせと、守護神が言う。 好きな色は赤。きらいな色も赤。全てを赤で埋め尽くす。 ここで、焼き尽くさなければ、自分の手は汚れなくても、快は死ぬ。 クリスマス、クラッカーイベントでチラッと見かけた幸せそうな横顔。 何のための鍛錬だ。何を守るための鍛錬だ。 自分の罪悪感を減らすためではないだろう!? 「あ、あ、あああああああああああああっ!!」 沸きあがる炎の壁。 細かく引き千切れた死体を、灰にする。 快の耳の中に入り込もうとしていた指も。 目をえぐろうとしていた手も。 鼻を噛み切ろうとしていたあぎとも。 快を中心にして、快ごと焼き尽くす。 「赤い凶戦士」の号は、しゃれでつけるものではない。 『守護神』の防御力を以ってしても、かすり傷ではすまない威力。 駆け出しのリベリスタだったら、大装甲の下で蒸し焼きだ。 消火剤をぶちまける勢いで、ソラ、きなこが召喚した天使の福音が辺りに響き渡り、快の体にくすぶる炎の気配を打ち払う光を智夫が放つ。 一息つく暇などある訳もなかった。 辺りに響く上位存在の慈悲の旋律を切り裂く、天使の喇叭。 死体を操る行軍曲が、冬の青空を切り裂く。 業炎に巻かれ、炭となりながらも聳え立つ地獄の門を打ち崩し、新たな死体がじりじり後退するリベリスタを追う。 『地獄の門』をくぐる者よ、一切の希望を捨てよ。 ――くぐったのは、死体達の方だ。 「ほ~らほらほら、不運になっちゃえ♪」 人より余分に影を背負ったとらが用意していたのは、偽りの赤い月の夜。 死者も再葬される、不吉な夜。 「俺は、この後友達特製和牛牛筋煮込み食べるの。このぽんぽんに収めるまで死ねないっ!」 生への執着が、場を支配する。 そして、かぶせられるように。 アリステアの審判の閃光。 聖なる神の寵愛の痕跡を持つ者だけが放つことが許される神聖な光。 杏樹の唱えた祈りに応える、圧倒的な光圧。 「……ごめんね。ごめんなさい」 アリステアの目の前で、死体の肉が粒子に変わって四散する。 『灰は灰に』 「でも。勝手に操られるほど悔しいことはないと思うから、もう終わりにするよ」 人の形が崩れていく。 『塵は塵に』 「だから、安らかに眠って」 この人達に連なる人達は、みつからないこの人達の帰りを半ば諦めながら探し、待つことになるのだろうか。 『土は土に』 アリステアは、赤い大地の上で抱いた問いを繰り返す。 納得できないから、繰り返す。 「どうしてこんな、酷いことを……」 (何で痛い思いをして戦うのか。戦いによって何を得られるのか) ● リベリスタの後退する足が止まる。 大きく前後に脚を開いて、体をねじるブロンズ像・「夏の思い出」が視界に入る。 ここがデッドラインだ。 「あきらめたの?」 未だバルベッテ・ベルベッタの操る死体の数は両手両足の指に余る。 リベリスタにも欠員は出ていないが、バルベッテ・ベルベッタの損耗率もリベリスタの予測をはるかに下回る。 死体を酷使するが、無駄遣いしないのだ。 「誰が、そんなことを言った。拳が届くなら神様でも死体でもぶっ飛ばす」 杏樹が、拳銃を構えなおす。 杏樹さえいなくなれば、バルベッテ・ベルベッタは遠距離からの「必殺」を恐れ、死体を壁にする必要はない。 だから、死体は執拗に杏樹の手指をかきむしり、かじりつこうとしていた。 その死体を拳で撃退してきた。すでに、その手指は真っ赤を通り越して黒く染まっている。 「意地で踏ん張るしかないっすね」 フラウが、不敵に笑う。 旭は、腕に絡む炎を隠そうともしない。 集中攻撃を受けた跡が痛々しい。 「わたしは、絶対負けない!」 全員、とっくに声は枯れている。 生き延びるためなら、のど位いくらでも割ってやる。 「ココは通行止めよ!! Uターンして家にでも帰りなさい、芸術家さん!」 そらせんが、女学生に下校を宣告した。 「悪いけど、まだ帰れないわね」 「一人上手」は、指を折りながら何かを勘定している。 「もう一がんばりしないと、叱られてしまうわ」 後に退けない体勢でのインファイトでは、分は死体の方にある。 死体は、一斉に快に襲い掛かった。 数の暴力だ。 全体攻撃詠唱も、視線が通らなければ効かない。 快を今食っている奴は、死体に隠されてまともに見えない。 「あなたが要みたいだから」 「あなたを連れて帰れれば、帳尻は黒字よ」 「キンボシと言うのよ。テレビでやってたわ!」 死体の肉壁の向こうから、二つの声がする。 「行かせない。ここで止めるのが、ミラクルナイチンゲールの務め。そうだよね、そうだよね、快さんごめん!」 智夫の「ミラクルナイチンゲール」の選択は、死体を鈍らせる真白き閃光。 死体と、バルベッテ・ベルベッタの動きが刹那鈍る。 「素敵な音色だ。けど、オレはこの刀で凡て一閃する」 五月が肉壁の一角に歩を進め、紫色の刀身に宿る闘気一閃。 気圧に合えかねて、死体がぶっ飛ぶ。 「狙えるもんは、狙うっすよ!」 最速を目指す者の、音速の刃の洗礼を受けろ。 しぶく血液。自分につけられる傷にはけろっとしていたくせに。 がっと、鈍い音。 細断コロラトゥーラに、うっすらと傷。 「「きゃあああああああああっ!!?」」 尾を引く悲鳴。頭が真っ白の麻痺状態だ。 この機を逃す杏樹ではない。 「今度こそ、本当にエイメンだ。くたばれ、楽団員!」 必殺の弾丸が、バルベッテ・ベルベッタの頭を貫いた。 同時に、イタリア車と冷凍車がつっこんできた。 ● 「残念だわ、この街が欲しかったのに」 「残念だわ、あなたたちも欲しかったのに」 「いいお友達になれると思ったのだけど」 「無理は禁物ね。また頭吹っ飛ばされたら困るもの」 「恩寵使わされるなんて、びっくりよ」 「「――それでは皆さんごきげんよう。バルベッテもベルベッタもとてもお名残惜しいわ。また、お会いできるといいのだけれど!」」 退くと決めたら、後はすばやい。 アンコールは、1フレーズだ。 「耳を塞いで! 衝撃波がくるっ!!」 旭は、屋内駐車場を思い出していた。 「鼓膜やられるぞ!」 フラウは、三ツ池公園を思い出していた。 『細断コロラトゥーラ』が、空気を激震させる。 死体を盾にしてイタリア車に転がり込むバルベッテ・ベルベッタ。 その後冷凍車に飛び込む死体。 リベリスタの追撃をものともせず、穴だらけにされながらも楽団員は退場して行った。 後に残るのは、血と肉と焦げ付いたケヤキ並木。 ● 「――約束があるんだ。必ず帰るって」 ようやく、まともに声が出た。と、快は思った。 握り締めた砂蛇のナイフからうまく指がはがれない。 破邪の刃が、かろうじて急所を守っていたのだ。 快の、装甲からはみ出した部分の全てが、無残なことになっていた。 恩寵にすがって、快はまだ生の側にいる。 「ありがとうございました。本当に――街への浸透、なしです」 満身創痍のハバキのメンバーが、アークのリベリスタに握手を求めた。 「ひどいお怪我させてしまいました。ご無事に帰したかったんですけど、すいません……」 でも、どうか、と、ハバキのメンバーは続けた。 「死体になったあいつらを止めてやって下さい。俺達はここを離れられない。どうか、お願いします。お願いします――」 嗚咽が響く。 天国の喇叭が鳴り響いた後には、地獄。 だが、それは通り一本で済んだ。 セイレーンの美声に惑わされなかったオデュッセウスの加護もあったのかもしれない。 リベリスタ組織「ハバキ」の事実上の崩壊と引き換えに、仙台市中心部は確かに死者の蹂躙を免れた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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