●誰にでも出来る簡単なお仕事です。 「仕事としては、すごく簡単。だけど、多分すごくつらい」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、しばらく目を閉じていた。 これからリベリスタが受ける苦しみを、わずかでもわが身に受けようと天に祈るかのように。 これからリベリスタを過酷な現場に送り出す自分に罰を請うように。 やがて、ゆっくり目を開けると、ぺこりと頭を下げた。 「お願い。あなた達にしか頼めない」 苦しそうに訴える女子高生、マジエンジェル。 だが、断る。なんて、言えるわけがなかった。 ●お仕事内容は特濃ミルククリームドーナツを食べることです。 「ドーナツ」 山盛りにされた籠が、テーブルの上に出される。 矢印がドーナツの内部のクリームとかかれた部分を差し、「ここが危険」とイヴが手書きでキャプションをつける。 「エレメント。特殊能力は持ってないけど、エリューションである以上、一般人が食べると覚醒現象を促すことになる」 なに、そのバイオテロ。 「ちなみに存在としては非常に弱い。リベリスタなら胃で消化できる」 うわー、リベリスタの胃液、すごーい。 「幸い、現在とある手作りドーナツショップに発生が限定されている。今からそこの材料をを全部食べてしまえば問題ない。幸いこのドーナツはめったに注文されないので、みんなが独占できる。よかったね」 わーい、やったー。 「ここのお店、トッピング自由だから、味は変えられる。色々試しながら、何とか、全部食べてきて」 リベリスタの心を和ませるためか、イヴはお店のHPを画面に呼び出した。 森ガールが好みそうな、アーリーアメリカンな店内。 テーブルの上には、チョコレートスプレーや、手作りっぽいジャムやメープルシロップがかわいい容器に入っていて、『ご自由にどうぞ』って手書きポップがついている。 ――いうなれば、カレーでいう所の薬味? 「で、名前は、『特濃ミルククリームドーナツ』」 普通に美味しそうだけど。 「店のコピーでは、『一口食べるとお口の中がとってもミルキー。ぜひ当店特製コーヒーと一緒にお召し上がりください』」 わー、美味しそうだけど。 「論より証拠、おひとつどうぞ」 それは、たこ焼き大の一口ドーナツだった。なんか、人魂みたいな形してる。 ひょい、ぱく。 「今、食べ方、説明しようとしたのに――一気にほおばらないことをお勧めする」 いや、そんなこと言ってももう口に入れちゃ――。 柔らかでリッチな生地をかみ締めたとたん、中から溶岩のようにあふれ出してくる濃密なミルクの香りにキャラメル感、この上なく濃厚な、いうなれば喉の奥が焼け爛れるような灼熱感。 特濃違う、濃縮ミルクだ。 ドーナツ生地がなければ即死だった。 そのドーナツ生地も揚げてあるので、たった一個だというのに、ずっしりと胃にたまるこの重量感。 高密度。食い物にあるまじき高密度。非常食としてならいいかもしれない。 ドーナツ界の白色矮星や――。 すいません、濃いお茶下さい。 「そこですかさずブラックコーヒー。うっかりさんでない人は、尻尾のところを持って、コーヒーにつけてからどうぞ」 なんだと!? コーヒーとドーナツが出会うと、コーヒーの香りと香ばしさがクリームのしつこさを洗い流し、逆にクリームの風味がブラックコーヒーの渋さや酸味を優しく包み込むだとぉ!? 更に、コーヒーを含んだ生地から染み出す揚げ油の風味が、また複雑な風味を構成する……っ! ためしにコーヒーだけすすると、渋くて苦くてやってられない。 「ドーナツのためのコーヒー。コーヒーのためのドーナツ」 まさに分かち難い。 「ところが、こういうお店に来る女子って、こういうコーヒー好きじゃない。これ頼むと、もうこのドーナツ以外食べられない味だし。このお店、他にも美味しいものたくさんあるし」 ハードボイルドすぎるね。 「だから、これ、ほとんど誰も頼まないんだよね。一見さんが頼んで二度と頼まない頻度。今回に限っては好都合だけど」 おいしいのにね。 いや、これ大量に食べるとなるととんでもないことになるんじゃないか? ふと、カップの中を見る。 一個のドーナツ食べるのに、すでに小さくないマグカップの半分がなくなっている。 「スキルは有効。熱々のコーヒー染み染みドーナツほおばって焼け爛れた口内粘膜も、甘さとカフェインに疲れた胃壁も、おなかの重さも、バッドステータスなら回復可能。だから、心配しないで」 逆にいえば、たかだか食べ物でバッドステータス起こすほどの状況にならないと回復も出来ないってことですね? どっちかというと、心のダメージが心配かなー。 「とにかく、普通の人が食べたら危険。エリューションを増やす訳には行かない。放置したら、側にいるこのお店の人や機材まで覚醒する可能性がある」 来るんじゃなかったと顔にありありと描いてあるリベリスタを叱咤するように、イヴがまじめなことを言い始めた。 「今回は、『ささやかな悪意』とは全く関係ない、町のドーナツ屋さんのレシピと材料と作った星辰の位置がちょっと神秘に片足つっこんじゃっただけ。これ、食べきってしまえばもう問題ないはず」 確かに、善良なドーナツ屋さんがノーフェイスになったりして、やばいドーナツを作るやばいドーナツ屋さんになったら大変だ。 エリューションの芽が小さいうちに積むのが肝要。 「このドーナツ屋さんは、幸い年中無休24時間営業」 ぶっちゃけ、「完売」の札が出るまでは帰れません。 逆に言えば、それで万事OKなのがわかっているのだけが救いなのだ。 「戦闘にはならない。ばかばかしいと思うのもわかる。ストレスがたまると思う。でも大事な仕事」 イヴは、もう一度頭を下げた。 「お願い」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月29日(火)22:37 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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● 「甘いものは別腹! しかもアークの経費!! こんなにおいしい仕事があるわけない!!!」 『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)、わかっているなら安心だ。 「ぶ、ブリーフィングルームでドーナツ食べすぎたかも……うっぷ、車で揺られてると気持ち悪――」 『やわらかクロスイージス』内薙・智夫(BNE001581)、リバースアンドドロップからの生着替え。ポロリはどうかな。 ● 「我々はドーナツを要求する。それもひとつや二つではない、全部だ!」 アメリア・アルカディア(BNE004168)の気合の入った注文。 ほどなく、目の前には、かぐわしいブラックコーヒーと揚げたてほかほかダンプドーナツ。 コーヒーにつけて食べるドーナツは、お行儀悪いが美味しいのだ。 美味しいもの、正義。と、ウェスティアは目を細める。 「――って訳で今回は逃げる要素がまったく無いよね」 窓の外、はるか遠くの雑居ビルの屋上から照準を店内に合わせている、逃走阻止スナイパーさんに手を振ったりしている。 まったりモードで、ドーナツ食べる?ってジェスチャーに、「今はいい。ありがとね」と、手ぶりしてくれるぬるさだが。 そのやり取りに戦慄が隠せないのが、今回のいたいけな新人リベリスタ、門倉・鳴未(BNE004188)。 (アークって、なんなんだ……!) リベリスタに親身な特務機関です。 (二番目の任務……任務って言っていいのかコレ。ドーナツを食えと!) 命のやり取りとおやつ食べが同列でいいの? 口の中に広がる甘さと重量感。ほっぺが落ちる。 (これを……50個だと……) 無茶言うな? でも、実際、銃構えている人と双眼鏡のぞいてる人がいる。 双眼鏡の人が、明らかに鳴未に向かって「ファイトっ!」ってした。 (ええい、俺はここで負けるような男じゃない!そう、俺達にはこのコーヒーと言う強い味方が――) 動揺を隠すためにすすりこむブラックコーヒー。 黒い液体が前歯の辺りを通過した辺りで、自分の犯したミスに気がつく。 (これ直接飲んじゃダメだったァーー!) ――君、この仕事向いてるかもしれない。 常に脱走を試みているウェスティアやアークに来て間もない鳴未は知る由もないが、スナイパーなど、簡単な仕事と言えども、通常いるものではない。 脱走王の智夫がすでに車中リバースでテンパっている上に、予備軍のウェスティアがいるからの緊急シフトだ。 遡ること、十数分前。 「あ、あの……すみません。職員の皆さん、僕の服は……? 想定してないから用意してなかった?!」 装備は自分で調達。そのための購買部。 「ちょ、拙者男の娘なのに、冬にこの格好はどう見てもHENTAIですYO?!」 問い詰めたい。なぜ、クロスイージスの装備がエッチな水着なのかと。 男性用なのにちっちゃい三角ブラが付いている点について、小一時間ほど問い詰めたい。 「このような仕打ち我慢ならん! 拙者、急に持病の癪が出てどうにもならないので帰――」 アークの別働班は、お店でかわいいグッズと一緒に洋服も扱っていることを知っていた。 40秒後、智夫に着替えという名の森ガールコーディネートが届けられた。 三高平市名誉女子二号、着替えがあることは幸せですね? ● 「いや、弱音吐かない。あたしは強い子。シスター、みんな、あたしに力をー」 アメリア。とりあえず消化吸収力を。 「50個……と聞いた時は、それだけでいいのか?と思ったが、智夫に『一人で食べるには多すぎる量』 と言われて、目から鱗」 『むしろぴよこが本体?』アウラール・オーバル(BNE001406)、もしかして:気づいてはいけないタイミング。 「スタンガンとクロロフォルムで背後から忍び寄って一撃必殺! にしておくよ」 『猟奇的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)、射殺は一般の店ではまずいという常識的判断。 ● 「うん、おいしいなあ。でも、確かにちょっと重いね。で、今何個食べたっけ――まだ10個? マジ……?」 上機嫌だったウェスティアの顔が青くなってきていた。 「気分的には20個は食べてた心算だったんだけど……いやせめて15個は食べてるよ、ちゃんと数えてよ あはははは、悪い冗談だなあ」 笑いが虚ろだ。 (……物理的な意味で胸が熱くなってきた) アウラール、あなた胸焼けよ。もしかしたら逆流性食道炎かもしれません。 (お約束とはいえ、いつも拙者が逃げるのが不思議でならなかったが、おかしいのは俺の方だった) ふと見ると、拙者という森ガールな脱走王が「持病の癪が――」と呟いている。 (今までわかってやれなくて、すまなかった。脱走王) アウラール、あなた訓練されすぎよ。 (――でも、それとこれとは話が別ですよね! だからいつものように、こう言おう) 「逃げちゃ駄目だ、ミラクルナイチンゲール!たくさんの人が、君の助けを待ってるんだ!!」 主にここにいる13人が。一人減ると、ノルマが増える。 智夫の聴覚を刺激し条件反射中枢に訴えかける言霊。 献身するリベリスタ、ミラクル☆ナイチンゲール、降臨! 変身はしない。 「た、例え……が待ち受けようと頑張るのがミラクルナイチンゲールの、つ、勤め、です」 震える声で、智夫が――いや、ミラクル☆ナイチンゲールが呟く。 決まり文句がきちんと聞き取れないと座りが悪いので、皆自然にミラクル☆ナイチンゲールに視線が集まる。 「――寒いじゃないですか。温かいお汁粉とか、そういったものが美味しい季節ですよね」 ぽそぽそ。定まらない視線。 お汁粉ドリンクコーンポタージュ生クリームたっぷりココア。 だって、帰り道にあったか~いが充実してる自動販売機が! 「体重が、既に――キロ、増えちゃってて……」 三高平市名誉女子二号は、普通の男の娘なの。 どんなに飲んでも酒やけしない一号の形状記憶合金みたいなミラクルボディじゃないの。 「うん、わかった。これ、食べたらまた大変なことになりそうなんだな――」 気持ちを汲むぜ、さっき目からうろこが落ちたばかりだし。 「――だけど、僕らのミラクル☆ナイチンゲールはこんなことでくじけない」 容赦ないアウラールのナレーション。 「う、ううう」 涙ぐむなよ、かわいいから。 「た、体重増加が待ち受けようと、頑張るのがミラクルナイチンゲールの務めですっ!!」 その言葉に、全ての『炎髪灼眼』片霧 焔(BNE004174)が泣いた。 (き、気にしたらダメね! 食べる、食べるのよ焔! 私達のドーナツロードの先にドーナツ屋さんの未来があると信じて!) 焔とミラクル☆ナイチンゲールの目が合う。 我が身を肥えさせる、世界への献身を誓い合った。多分。 「「すいません、追加お願いします……」」 私達の、「リベリスタ、胸焼けドーナツ編」、は終了してない! なんとなく沸き起こった拍手がなし崩しに終わる頃。 (さて、俺もノルマを果たすとするか) アウラールは、ぽちゃんとドーナツをコーヒーにつけた。 (『違うって! イベシナだと思ったんだって!』) 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)は、開かない扉のことを思い出していた。 「守護神のタフさに期待☆」 虎美の合法ロリ笑顔が眩しい。 「作戦は了解した。常時バッドステータスが発生する上、長期戦は間違いない。俺はラグナロクを使用し、毎ターンブレイクイービルで皆を支援するよ。おおっと、毎ターンスキル使うからドーナツ食べる手番が無いや! ハハッ!」 対最終戦争用軍勢強化加護使用すんな。うっかりつっこみいれたら、反射が来るだろ。 「ハハッ!!」 二丁拳銃使いの乾いた笑い。ハードボイルド。 「守護神の、タフさに、期待☆ 」 繰り返す。これが最後通牒だ。 独特の薬品臭。サイドワインダーの警告音のごとき放電音。 「これまでか……舞姫さん、君だけでも逃げろ! 此処は俺が食い止め……あの、舞姫さんそれなに……?」 うつろな目をして、コーヒーに砂糖をアル・シャンパーニュして、コンデンスミルクをラ・ミラージュしていた『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)の肩が揺れる。 (大ピンチです! クールなセクシー美女で評判の舞姫ちゃんが、珈琲は苦くて飲めないお子ちゃま味覚だとバレたら、イメージダウンになっちゃうじゃないですか!? 事務所的にもNGです!) 「きょ、今日はカフェオレの気分だから、ミルクとお砂糖をたっぷり入れて、セレブに頂こうかしら?」 動揺を隠せない舞姫。 「コーヒー飲みに来たんじゃないんだから、ドーナツつけてー」 虎美は先任軍曹。 ドーナツ食ったらいかんではなく、ドーナツ食わんといかん。 ダンプからのイート。 (ぐはぁっ! 特濃クリームと甘ーい珈琲が極上のコラボで舌を刺激して……、らめぇっ! こんなの飲み込んだらおかしくなっちゃうっ! だけどリバースも事務所的に激しくNG!) もうそのネタはやった。 「おしぼりでございます!」 『レディースメイド』リコル・ツァーネ(BNE004260)が、舞姫の顔面崩壊の窮地を救った。 「コーヒーを取り替えていただきましょう。お皿も空いておりますね。シュガーポットも空になっているので――」 身に染み付いた習性がリコルをこまごまと働かせる。 そのせいで、リコルのドーナツは冷めていくばかりなのだが。 「いいから食べて。メイドしなくていいから」 「けれど、ティータイム中に皆様を無為に立たせる等、わたくしにはできないのでございます……!!」 「ティータイムじゃないよ」 訓練されたリベリスタ達は、リコルに向けて、どこか透明な笑みを浮かべた。 「ドーナツを食べるだけの簡単な――」 とても苦しくて、できれば逃げたくて、それでもあると聞けば依頼を受けてしまう。 「『仕事』 だよ」 誰も死んだり怪我したりしない、とても幸せな、仕事だよ。 「知らなかったのか? アークの簡単なお仕事からは逃げられない」 アメリアの手にダンプドーナツ。 「食べないってんなら、無理矢理でも口に押し込む。食べきれないって言うのなら、あたしみんなの分もがんばって食べるけど――」 まずは食べてよ。 リコルは、差し出されたドーナツを食べた。 「――あまっ」 「ねー!? 人生でも初めて、バカップルの様子を見せつけられた位甘い気がするよ。でね、このコーヒーがにっがいの。あたしはお子様なのである。ただでさえ苦いのは苦手なのに甘さとの落差で悶えても仕方ないと思うんだ……あと二つそのまま行ってたら、ドラマ判定させられるところだった。うん、忠告は聞くべきだと思いました。でもオススメの食べ方だと、おいしい。これなら数行けると思う――」 それまで満腹感と戦いながらもくもく食べていたアメリアが堰を切ったようにリコルに話し始めた。 「わたくしはイタリア出身でございますのでコーヒーも揚げ菓子も得意でございます!」 その意気だ! 『あの時、一緒にドーナツ食べたね』 その思い出が、ひょっとすると今後の戦いで効を奏すかもしれない。 そういえば、いつだったか、この面子の何人かでカレー食べたっけ。 今、たすけになってる、か、なー。 ● 「戦闘だけがリベリスタの仕事じゃない。特に俺のような戦闘向きじゃないオッサンは、こういう所で貢献しねえとな」 『チープクォート』ジェイド・I・キタムラ(BNE000838)、「……ああ、正直な所、ユウに騙されたよ」と言い出す13秒前。 「わー。お仕事なら仕方ないですよね! うんうん、今日ばかりは体重計のことなんか忘れないとー。ねー、ジェイドさん。いっぱい食べましょうねー♪」 『ミックス』ユウ・バスタード(BNE003137)、「ウィンナーコーヒーにはソーセージが入っていません」と豆の知識を披露する12秒前。 「……ひとつ待て、俺。このヘビィ級ドーナツ、体重を気にする可憐な乙女達に、50も食べさせて良いものか……? いや、良くないッ! 乙女達よッ、俺にドーナツを分けてくれッ!!」 鳴未、フェミニストの心意気。だが、一人は、男だ。 ● リベリスタ達は、コーヒー+ドーナツの最適解を評価していた。 しかし、ベルトを緩めるか否か苦悩する頃には、舌が麻痺してきていた。 「――抹茶だ! 誰か、抹茶をくれ!」 鳴未の目が据わっている。 「この甘ったるいクリームとドーナツ生地に合いそうなドリンク。工夫させてくれ!」 この手のテーマがしっかりしたお店に、抹茶はあるでしょうか。答え、ありません。 「あ、ド甘いドーナツにメープルシロップの組み合わせ……好きかも!」 ユウの華やいだ声に、リベリスタの目は胡乱だ。 「まさに上質なお菓子にメープルシロップをブチ撒けるがごとき所業ッ!! そのまんまですね!――あっ。たちくらみしてきた」 「水飲め、水」 今回ユウに引きずられるようにして来たジェイドは、とにかくサポートに腐心している。 「コーヒーは飲み慣れてるが、ドーナツはな。そろそろ若くねえし、胃もたれしちまいそうで……」 コーヒーにドーナツはポリスのマストアイテムであって、探偵は付き合い程度で充分なのだ。 ジェイドは、ユウのドーナツにメープルシロップをかけてやる。 世話を焼くことで食べる事の辛さを誤魔化そう、という作戦だ。 噛み締めて味わうから辛いのだ。そっちから意識を引き剥がすのだ。 (胃薬飲んでどうにかってレベルでもねえしな。気合でどうにかしねえと――) ついでとばかりに、アーモンドクランチも振りまいてやった。 「――エイミーが言ってた事とか思い出すんだ」 アウラールの腹が光っているのは、凶事払いの光を放出しているからだ低燃費。 オーストラリアに行った遠恋中の彼女を思い出す。 「俺がプレゼントした服も形見の懐中時計も肌身離さず身に着けてるって、言ってたっけ――『海に入る時も、そのままですよ』 『時計は錆付いちゃうだろ』 『大丈夫ですよ、かいちゅうだけに!』」 この漫談師を放置していいの? 「……さすがミス・パーフェクト、親父ギャグまで堪能だったなんて」 遠い目をすんなよ。ドーナツ食えよ。 「はいお兄ちゃんあーん……私が食べてあげるねずっと食べさせてもらうのもアレだし……折角だし、膝の上に乗っちゃおうかなっ照れない照れない大丈夫だって家でいつもやってる事だよほらそのままぎゅってして……私頑張れそうだよお夕飯はちゃんとお兄ちゃんの分は用意するから安心してね――あ、店員さん、お代わり!」 虎美先任軍曹、通常営業中。 ● 「ハードボイルドを保つのも楽じゃねえ。特にこういった依頼はな」 「私一人しか見えない? 見せてあげるよマスターテレパス(映像つき)で」 「量が耐え難い……はっ、大丈夫ッス! 俺は逃げないッス!」 「しっかりしろー。ただでさえハイライト無し目なのに、これ以上濁ったら死んだ魚みたいになっちゃいますよう」 「後は……、任せたわよ?」 「いやもう、これ放っとくか」 「誰だ、テーブルに珈琲でダイイングメッセージ残したの!?」 「むしろ刻む! 私とお兄ちゃんのラブラブっぷりを!」 「更に危険なドーナツに進化させてから、狩るか!」 「この状況ってば……もしかして助けて差し上げられるチャンス? いつも割とフォローして貰う事が多い私が! 逆に!」 「……口直しでもないとさすがに飽きるかなこれ」 「カレー味のドーナツってありませんか?」 「ぐふっ」 「きっとギィちゃんあたりが見つけて――あ、ギロチンさんのことな」 「『竜一なら虎美の隣でドーナツ食ってたぜ』 って何の違和感もなく証言できるように叩き込んであげるよ! 砂糖たっぷりあまあま映像を!」 「カフェインと糖分の大量摂取、長時間の戦いで意識が朦朧――」 「――いいからお前もしっかり食えよ」 「必ず食い切って見せるッス!」 「そしたら、褒めて貰えるかもしれませんですよ!?」 「笑顔から本音がこぼれてます!?」 「人間がどんどんドーナツ化してしまいます。残念ながらもう救う方法はありません、出来るのは被害を最小限に食い止める事だけです、僕を嘘吐きにしてくださいとか言うに決まってるぜ」 「いやいや、もしかしたら撫でなでしてくれるかも……ひょっとしたらそれ以上のことだって!」 「油で揚げた高カロリーのがいいんですけど」 「『あーん』ってしてくださいよー そしたら私もっと食べられますからー♪」 「というか、もうどうでもいい……」 「後は……任せたぞ……ガハッ」 「お兄ちゃん私ちょっと逃亡者お仕置きしてくる私とお兄ちゃんがラブラブだって証人は逃さないよ」 「……嘘です、真面目に食べます」 「あーん?」 「狙撃怖い狙撃怖い」 「体重? 何の事でしょう?」 「……俺、騙されてないか?」 ● そして、皆食べた。エリューションめ。消化してやるぞ、ざまあみろ。 ストレスの果ての達成感が、リベリスタを『訓練』する。 「オリジナルグッズみたいなのはないのかなー」 アメリアは、小物の物色に余念がない。 「あ、お土産にお勧めのドーナツ10個くらい――流石にちょっとさっぱり目のやつでお願い……」 ウェスティア、お土産購入。自腹で。 皆で沢山食べたから、辞書みたいな厚みの飲み物無料チケットもらった。 「体重……」 「よし、ダイエットだ」 「……運動しなくちゃな……」 呟く面々。 我に返ると、ずっしりと腹だけが重い。これ、皆脂肪と糖分と炭水化物なんだぜ。 ――歩いて帰るか。三高平まで。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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