●拾った命 世の中が案外平等でも公平でも無い事は今日日餓鬼だって知ってるさ。『文化的な国』のあちこちで『賞味期限が一日過ぎたから』ゴミ扱いになる大量の食いモンがありゃあ世の中で死ぬ人間の数はどれだけ減るか。ちょっと寒いから自動販売機に放り投げた百円がありゃ何人の子供が死なずに済むか。 別にそれ自体は問題じゃない。 命の価値も金の価値も人それぞれ、環境それぞれだ。 かくいう俺も六十億の人口の中から素晴らしい幸運を引き当て、日本人に生まれついた訳で。それ自体、もうかなりのラッキーだよな。 問題は、だ。この俺の心臓は生まれつきちょっと壊れてたってだけでな。先のが何処にでも転がっている幸運だとしたら、こっちは何処にでも転がってる不運だったって訳。禍福は糾える縄の如しってな。人生万事塞翁が馬。結局、その問題も革醒した日にゃ無事解決と。 お前等も俺も結局世の中上手く出来てらぁ―― 「――でもな」 夜の路地裏に溜息めいた白色が滲む。 リベリスタが相対した男は好き放題な独演をした後に唇の端をぐいと持ち上げてそう続けた。 「餓鬼の頃からずっと一緒に居た身近な『死(ヤツ)』ってのは案外気になってくるものらしくてよ。大抵の人間は死ぬと聞きゃ嫌なんだろうがよ。俺の場合――逆に拍子抜け。興味が沸いちまってな。その、無慈悲で圧倒的な現実(リアル)ってヤツに」 生き物が生まれ落ちたその瞬間から約束されている――それが死。それに例外は無く如何な不滅を謳ったとしても歴史にはそれを達成した魔術師さえも居ない。男――鳴神浅葱にとってそれは他人より身近なものだった。二十歳までは間違いなく生きられないと医者に宣告されていた彼は既に二十歳を大きく過ぎている。早く死ぬと決定付けられ、結局死にそびれた男は本気か冗談か『死』への憧れを口にしていた。 「高校辞めてからは世界中に『遊び』に行ったよ。 ソマリア、イラク、アフガニスタン、最近じゃリビアもか。 でもなぁ。一度離れた『アイツ』は俺の事なんてどうでもいいらしい」 アークの資料に拠れば鳴神浅葱は極めて危険な任務を好む傭兵である。そして、生と死の境界線を忘れた怪物であるとも記されていた。当然のように突きつけられた『運命』を逆に『剥奪』された彼は『何処までやれば再びそれが振り向くのか』を確かめる――危険なゲームに興じている。なればこそ、極東の空白地帯ならぬ極東の爆弾庫の名が板についてきたこの日本で――浅葱はアスファルトを血に染めた。物言わぬ肉塊と化した人間だったものは不運にも彼に絡んでしまったこの辺りのチンピラ達だった。 「アンタ達は、『俺の死』なのかい。それとも『唯これから死ぬヤツ』なのかね?」 楽しそうに話しかけてくる浅葱はどうしようもなく壊れている。 壊れた人間は壊れた人間を引き寄せるものだが―― 吹き抜けた冷たい風にリベリスタは己を試す時の訪れを確信した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月06日(水)23:45 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●影絵の舞台I 月のような――という形容詞は至極一般的に用いられるものである。 月のような、と称した時に受け手が抱くイメージは実に数多いだろう。 『遠く太陽(ほし)の光を柔らかく跳ね返す穏やかな』。或いは『幻想的で美しく光を奏でる厳かな』。 月は古来より多くの詩人のインスピレーションを強く刺激し、人に例えさせるのを止めないだけの魅力を秘めていた。数十億の人間の見上げる夜空に浮かぶ夜の主役は――だから『極めて冷酷な殺人鬼の形容』にも相応しい。 「蒼褪めた月が刃の上で居眠りをする――そんな時間でオーケーだろ?」 呟いた男は――鳴神浅葱という魔人は自らに相対する十人を前に事も無さげにそう嘯いた。 極めて危険な『逸脱者』。社会常識から、人間の在り方のくびきから解き放たれた人間ならぬ人間は時にリベリスタの敵となって夜の闇より滲み出てくる事がある。十代で革醒して付き纏う死の幻影から逃れ得た浅葱は皮肉にも誰よりも死に憑かれた怪物へと姿を変えたのだ。曰く彼は世界中の戦場を転々としたという。求めて止まない『死との交歓』を理由に薄氷を踏み抜かんとするような生き方をしていたのだという。「自分を慰めるような真似は御免だ」と自殺を歯牙にもかけない彼はかれこれ十年を過ぎる時間――誰よりも自殺めいた生き急ぎ方を辞める事は無かったのだ。 彼のような『逸脱者』が神秘世界の秩序を重んじるアークの敵となったのはまさに必然そのものであった。 故に全てを理解し、又最初から望んでいたかのような男は楽しそうに問い掛ける。 「アンタ達は、『俺の死』なのかい。それとも『唯これから死ぬヤツ』なのかね?」 「お望みの時間が訪れるかの保証はしかねますけどねえ」 「期待してるぜ、可愛いお嬢ちゃん」 「『死』に出会った後で『やっぱり前の女の方が良かった』なんて無しですよう?」 『スウィートデス』鳳 黎子(BNE003921)は再び向けられた水に応えるように、幾らかの皮肉と幾らか冗句を含んだ笑みを浮かべていた。 甘やかなる死を自認する彼女の手にした『双子の月』は眼窩を見下ろす冷たい月色に劣らぬ程に冴え冴えとした存在感を抱いている。両端に刃を持つ赤と黒の双頭鎌はその扱いに極めてシビアな熟練技術を要しながらも『命を刈り取る』に適した機能美をも有していた。 「生と死の境界線を忘れ危険なゲームに興じている……ですか これを馬鹿と言うのなら、きっと僕もバカなのでしょうね」 「禍福は糾える縄の如し……ああ、その通りだな。 豊かな国に生まれながら死を抱えて革醒したヤツもいれば、ゴミ溜めの中で飢えて死体と残飯を漁っていたら革醒したオレの様なヤツもいる。拾った命を捨てたいと思うヤツがいたって不思議じゃないさ」 「だが、面倒臭い死にたがりってのは――全く、鏡を見ているようで嫌になる」 「そうか? 俺は同類を見つけると嬉しくなる方だけどな」 自嘲気味に零した源 カイ(BNE000446)、『糾える縄』禍原 福松(BNE003517)と『無銘』熾竜 伊吹(BNE004197)の言葉に軽く浅葱が応えた。 「違うとすれば、戦いをゲームと言える程余裕は無い事凡慮故に、ただ我武者羅に挑む……それだけという事ですか」 「言っておくが、此方は必ず全員生還を果たすぞ。これ以上――失いたくはないからな。 それはそうとその死体、退かしたいが構わんな?」 「ご自由に。成る程、俺はフィクサード。アンタ達はリベリスタ。そりゃ、そうだ」 切り返したカイと伊吹はわざとらしく肩を竦めた浅葱に苦笑いを浮かべ、 「迷惑な死にたがりか。わざわざ望みを叶えてやる義理もないんだが…… 世界中で死を見てきても満足できねー馬鹿になんぞ、早々無駄手間割けねーっつの。馬鹿は死ななきゃ治らねーっつーし?」 『Spritzenpferd』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)は呆れたように頭を掻いた。 「やってやんよ! 逸脱者のひとりやふたり、潰せなくてどうすんだってな!」 「殺しているんだ、殺されもするだろう。いずれ、オレもな」 浅葱は言葉を並べたカルラと福松を眺めて『月のように穏やかに』笑っている。 ある種の和やかささえ感じさせる会話のやり取りが嘘のように――世界は冷え切っていた。 戦いを臨む僅かな時間に並ぶ言葉は詮無く。しかし無意味では無いだろう。 「僕は死ぬのも怖いし、戦うのも怖い。傷つくのは嫌だし、傷つけるのも嫌いだ。 自分が死ぬために人を殺す彼は、僕とはまるで反対の人間だ」 独白めいた『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)の言葉にはだが――「だから、戦わない」という先が無い。 強い人間性を保持し続ける事は戦いの中での枷になるのかも知れない。死を恐れ、死を厭うその気持ちを『逸脱者』は笑うのかも知れない。されど設楽悠里という人間は『あくまで人間らしく道を選び続ける戦士』だった。戦いの度に赤く染まる白色の制服は彼がたゆたう生と死のBorder Lineそれそのもの。誰かが惰弱と吐き捨てるその弱さが自分の武器になる事を彼は長い戦いの中から知っていた。 「いいね――」 「――死に魅入られし狂人が! 終わりなき命等ないという事をその身を以て思い出させてくれる!」 何を思ったか目を細めて悠里を肯定した『真逆の男』を『紅蓮の意思』焔 優希(BNE002561)が一喝した。 改めて優希の剣幕から確認する必要も無く―― 「逸脱者などとご大層に。貴方は破綻しているだけの、只の人間よ」 ――唾棄するかのように吐き捨てた『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)の言葉を聞くまでもなく、道はまるで交わる事を知らないだろう。 「そこに訪れる死は決して極上でも何でもない。 貴方も、私達も、平穏に生きる人々も。誰も死なずに済ませる事だって出来る筈なのに……」 常日頃冷静なミュゼーヌからすれば大分『感情的』。彼女はそこで言葉を切った。 かつて自身に降りかかった理不尽なる災いを思い出し、その幻影を今は頭の外へ追いやって――一層強く声を張る。 「己の身勝手を振りかざすなら……光栄に思いなさい! 今日、此処で。無様な死を授けてあげる!」 「いいねぇ、そういう分かり易い反応。嫌いじゃないよ」 素晴らしい宣戦布告を受けた浅葱は満足したように唇の端を持ち上げている。 浅葱にも、リベリスタ達にも『この先』は理解されていた。あくまでシンプルに完全に――一分の隙さえも無く。 暗い闇の中に弾む白い吐息さえ何処か血生臭い。お互いに完全にそれをそうと認め合った『殺し合いのコンセンサス』は浅葱かリベリスタ何れかの辿るたった一つの結末を肯定しているかのようであった。つまる所、始まれば恐らく――夜の隙間から死が忍び寄る。 悲劇(トラジェディ)か喜劇(コメディー)か、恐怖劇(グラン・ギニョール)か。 気まぐれに上演される運命の戯曲のその演目を始まる前に選び取る事は出来ないが―― 並び立てぬ両雄が極上の舞台を踊ったなら――きっと最後はどちらかが死ぬのだろうと。確信めいた予感がある。 魔性の夜の空気が気付けば張り詰めていた。 口数が少しずつ減れば『その時』の訪れが近付いた事は自ずと分かる。 (ふふ、不滅の太陽以来のW・P印のアーティファクトね。 相変わらずの趣味の悪さ、素敵だわ。今度は不滅ではなく約束された死なのね。 嗚呼、どんな惨たらしい最期を見せてくれるのかしら。期待、だわ――) その美貌に蟲惑の色香を乗せ、じっと浅葱に視線を注ぐ――見る者が見たら『勘違い』したくなる位に熱っぽい『慈愛と背徳の女教師』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)の赤い双眸はその実、極度の嗜虐性ばかりを湛えていた。ウィルモフ・ペリーシュなる大魔法使いの作品を一体どんな好事家が好むのか? という問いへの答えがここにある。ある種、幾度か関わり合う事になった――或いは報告書を読む機会を得た彼の作品は優雅な佇まいに残酷さを遊ばせるお嬢様の心を捕らえたという訳であった。 「……♪」 可憐な姿には酷く不似合いな『えぐい』鉄球の鎖をその手に遊ばせて。ティアリアはその薄く形の良い唇を赤い舌でぺろりと舐めた。 ぞわぞわと背筋を駆け上がる危険な予感の兆候に瞬時に戦闘態勢を整えたパーティは月を背に死を捻じ伏せる男の姿を視た。 「無慈悲で圧倒的な現実、ですか。現実など、自分が見るに他ならぬというのに―― であれば、死もまた自分が見るに他ならぬということ。果たして、貴方と同じものを、私も観る事ができるのでしょうか」 「さあな。ただ……」 浅葱は最後の問いを向けた『カゲキに、イタい』街多米 生佐目(BNE004013)に緩く答えた。 「『それは、これから分かる』」 ●影絵の舞台II 「さあ、楽しませろ……いや、楽しんでいこうぜ。な!」 その顔を高揚に染めた『支配人』が高らかに呼びかける。 程無く始まった戦いは歴戦と言っても良いリベリスタ達にとっても特別な『劇場』であるかのようである。 その殺気を存分に開放した浅葱の動きは他の誰よりも早かった。 当然のように先手を打った彼がまず視線を向けたのは彼を迎撃する覚悟を決め、構えを見せた悠里だった。 (どれ位、やり合えるかは分からないけど――) Gauntlet of Borderline、その参式。拳を握った悠里は強く敵影を見据えた。 「お前のの感じ方について何か言うつもりはない。そう感じるのならそれはもう仕方ない事なんだろう」 その実、悠里には浅葱を憎む理由は無い。どうしても許せない理由も無い。さりとて、友人を、家族を、恋人を、この世界を――守りたいと強く願う彼と浅葱はどうしようもない程の隔たりが横たわっている。故に。 何時の日か――遠い未来に、或いは近い未来に。鳴神浅葱が設楽悠里の『世界』を侵す可能性は否めないのだ。 「だけど――僕はお前という災厄を、これ以上進ませない。ここで終わらせる!」 ――ここが、僕が境界線だ! 「だが、境界は歴史の中で書き換わる。善悪の基準も、命の価値も」 気を吐いた悠里の視界の中で嘲るように言った浅葱の姿が『ブレた』。 人間の反応速度を越える驚異的なそのスピードは獣の持ち物である。その力の源泉が戦場で培われた技であるのか、大魔道の造った呪いめいたアーティファクトの産物であるのかをリベリスタ達は知る由も無かったが…… 「――っく……!?」 ……重要なのは間一髪首筋を守った事で致命傷を避けた悠里の目が、リベリスタ達の目が浅葱の動きを追えなかった方に違いない。 ボーダーラインの白い制服が赤々と血に染まっていた。十数閃――確認出来ただけで、である――以上も閃いた斬劇はフラッシュ。あっさりと高い次元で技量をバランス良く併せ持つ悠里の余力を激しく削り取っていた。 「勘がいいじゃないか。お前も『彼女』には嫌われてるらしい」 殺す心算の浅葱に倒されなかったのは幸運。否、悠里の実力によるものだ。 「生憎……と、僕が欲しい女性は一人だけ、でね……」 悠里は身を苛む激痛にそれでも笑みを浮かべて見せ、そんな風に嘯いた。 そんな彼が脳裏に描いた人物の姿は言うまでもなく、言えば語るに落ちる所―― 「――お返しだ!」 鮮血に身を染めた悠里の拳が唸りを上げた。 ショートレンジでの戦闘は覇界闘士たる彼にも望む所である。 磨き上げた迅雷を迸らせん――そんな構えを見せた悠里に浅葱は受ける素振りを見せたが、これは彼のフェイントだった。 悠里の反撃はより良い機会を待っている。つまり、本命は――仲間の仕掛けのその後だ! 「先は――こっちだ!」 「へえ――」 浅葱に感嘆の声を上げさせたのは備えた異能で壁を地面のように踏みしめ、猛烈な勢いで走り抜けたカルラだった。 (相手に隙が見えないなら作るしかない。相手の武器はナイフと篭手 格闘の動きならある程度は読める。 速さは読みで対抗しろ。精密って事は動きはぶれないって事だ。他の皆の攻撃の隙間にねじ込め 敵の動きの終端を読んで狙え。 どれ程強くても敵は一人。この剣の鋭さも手数も全てその為――!) 戦闘思考、戦闘論理の奔流は繰り出された攻撃と同じく爆発的である。通常有り得ざる『迂回』をもって悠里に注意を取られた浅葱の背後を一瞬で奪った彼は全速の勢いのそのままに鉄甲に包まれた拳の一撃を振り抜いた。しかし。 「――――!」 カルラの一撃が貫いたのはその場に残された浅葱の残像のみだった。 瞬時に視線を上げた彼が見たのは月下に逆さまに舞う殺し屋の影だった。 「逃がしません――」 「――成る程、いちいち大勢を殺(バラ)し慣れてる動きだけどな」 怪物めいた反射神経と跳躍力を見せた彼を即座に追撃するのはカルラと同じく壁を駆け、挟撃の形で位置を変えたカイと超人的な直観力で浅葱の動きを見極めんとした福松の二人だった。 カイの繰り出した気糸の煌きが放射状に夜を引き裂く。 対空に放たれたのはデッドリー・ギャロップ。闇に燦然と軌跡を残し、哀れな犠牲者を締め上げんとする死の御手にも「逃げねぇよ」と呟いた浅葱は驚くべきか宙空で姿勢を整え、絡みつかんとする糸をナイフで切り刻み、篭手で弾く。刹那展開された攻防は常人に見切れるレベルを遥かに越え――しかし、カイに臍を噛ませるものとなった。 (しかし、まだ――!) リベリスタ達はそのキャリアに比べて異常なまでに戦い慣れている。浅葱が多数を『狩る』術を知っているのと同じように、特に格上の敵との戦い方を熟知していると言っても良かった。 簡単に動きを捉えられるとはカイ自身考えては居なかったのである。彼の技は精密。その攻めは一手のみで終わるものでは無い。 「先に尽きるのはどっちのドラマかね? オレはそんなもん――趣味でもなんでもねぇけど、よ!」 オーバーナイトミリオネアが泣き叫び、濃縮された殺意を帯びた弾丸が浅葱を襲う。掠めた一撃にバランスを崩した彼は膝を折って着地した。 「一気呵成に――打ち倒す!」 「チッ――!」 優希の気合に短く舌を打った浅葱の反応は転じてパーティの展開を賞賛する意味合いを持っていた。 中衛の位置から遠く離れた敵を間合いごと掴んだ優希は天地をひっくり返すようにアスファルトに浅葱を叩きつけた。 「60口径の口付けが、貴方の心を射止めるわ!」 「全く……嬉しくなるね! アンタ等、最高」 それでも受身を取り威力を幾らか殺した浅葱は身体のバネだけで素早く起き上がり、即座に加えられた後衛ミュゼーヌの銃撃を外す。 息を呑む攻防は短い時間ながら――パーティは十人を向こうに回す怪物の在り方を知っていた。 戦意旺盛なる浅葱は『近付いてきた死』に瞳をギラギラと輝かせ、欲望を剥き出しにしているかのよう。 「生憎と私は御免だわ。付き合うのも――本当は御免よ」 「つれないねェ――」 「――あら、早速浮気ですねい」 袖にされた『安全圏の』ミュゼーヌにククッと笑った浅葱のナイフが更に仕掛けた黎子の大鎌と噛み合った。 「死ぬのがどちらか、殺すのはどちらか。占いという程の事は出来ませんがね、賭けはできます」 「いいね。乗った。まぁ――俺は『ついてない』けど、な」 ギリギリの鍔迫り合いの中に横たわるピロー・トークはまるで悪趣味な冗談のようだ。 至近距離で乱舞するカードの嵐は怪物を仕留める為の一つの手段に違いなかった。 如何な技量でも防ぎ得ぬある種の絶対性は『死』を語る彼女に似合いの必殺だった。 「さあ……ジョーカーが配られるのはどちらですかねえ」 流麗にステップを踏み、距離を取る。 (動きを見極めて――) 生佐目がやがて来るであろう好機の為に集中を見せる一方で、 「美女でなくて悪いが、俺で良ければ付き合ってやろう。 貴様には限りなく無意味な死をくれてやる。その無意味な生に相応しくな――」 「らああああああああああ――ッ!」 敢えてこの瞬間まで仕掛けを遅らせた伊吹の早撃ちが火を噴き、悠里の武闘が青い雷華を闇に散らした。 まさに鮮やかなる連携攻撃は浅葱の体力を相応に削り取っていた。倒すには程遠いが、ダメージは無い訳では無い。 一方で酷く痛めつけられた悠里の傷は、 「とにかく一人も倒させたくはないしね――」 口元に手を当て、場違いに華やかな笑みを浮かべるティアリアの施した浄化の鎧が救援した。 「――ほら、『劇』は皆で見た方が愉しいじゃない?」 彼女の口にしたのは口調裏腹に悪意である。W・Pの刻印の入ったアーティファクトを扱う『愚かな演者』が間違いなく踊る熱演をこの上なく楽しみにしているという……濃密な悪意の表れである。さりとて、今が『仕事の時間』である事は彼女も承知の上である。戦いの生命線は自分。唯一の回復支援役である自分である事を彼女は誰より承知している。 「それにしても……不滅を願うものと死を願うものの両方に出会えるだなんて。 不滅が迎えた最後、教えて差し上げましょうか。ふふっ♪」 「道具の素性に興味は無いんでね」 「あら、残念。でもそれなら心置きなく――まだ、アレは使わないの?」 「……いい気分だねぇ。美人に期待されると」 呟いた浅葱はアルファルトに折れた歯と口の中に溜まった血を吐き出した。 ティアリアの楽しみはパーティの試練でもある。 浅葱は死自体を恐れていない。 その表情は、パーティ全員にこれから来る嵐の訪れを予感させていた―― ●影絵の舞台III 「何処と無くアンタ、『死』の匂いがするな。運命の火が細ってるみたいな、そんな」 「余り嬉しい言葉ではありませんね」 「そうかい? ま、俺の勘ってヤツだが――」 カイは浅葱の戯言にそれ以上は構わない。 刹那を重ね続ける事が時になる。 連続した時間の中で常に最適解を選び続ける事がどれ程までに難しいかは改めて説明する余地さえ無いだろう。 しかし、生と死の境界線へと姿を変えた今夜の路地裏は――冷たい乙女の口付け(タナトス)を袖にし続けるという勤めをリベリスタ達に架す些か抗い難い困難を要求する難しい現場になっていた。 コンクリートの林を影が疾走する。 「……っ……!」 超スピードで壁を蹴り、空間を蹴り、弾むスーパーボールのようにリベリスタ達を出鱈目に斬りつけた浅葱に小さく呻いたのは中衛の位置で楔となり、壁となっていた生佐目であった。アークのリベリスタ達の中でも特別な身軽さを持ち、攻撃を避けるという意味合いにおいては格別の技量を持っていると言っても良い彼女ではあるが、攻撃を受ける頑丈さという意味では平凡の内であった。それでも彼女は仲間を庇い自ら――避けぬ事を選択していた。 (私は、弱い。だが、より有能な誰かの代わりに倒れる事が無意味だとは、思いません――) 噴き出した血と共に薄れる意識を青白く燃えた運命の灯火が辛うじて繋ぎ止めた。 我が身の傷を因果応報とお返しする生佐目のペインキラーが浅葱の肉体に痛みを刻む。彼女の動きで危急を逃れた福松は「ありがとよ」と帽子を抑え猛然と反撃に移っていた。彼の能力は守るより攻むるに適している。 戦いは壮絶なものとなっていた。 (少し、計算がいるわね) 支援役のティアリアはその力を振り絞り聖神の奇跡と浄化の加護を降臨させてはいたが、如何にマナコントロールによる余力のマネージメントを行おうとも何れ限界が到達するのは明白だった。浅葱の攻撃力は高く、気を抜ける時間は無い。戦線をギリギリの所で踏み留まらせているのは彼女の力によるもので、ハッキリ言えばそれをしても万全ではないからパーティの余力は削れ続けている。 「厄介な――」 「褒め言葉だろ。アンタ達も厄介だ」 「それは、どうもッ……!」 繰り広げられる攻防。カイの繰り出した死の刻印が浅葱を漸く捕らえた。 体力を奪い取る『蕩ける猛毒の口付け』は彼の眉を歪ませた。 しかし肩で息をするこのカイも含め、パーティの攻撃の命中率はここへ来て異常なまでに落ちていた。 逆境を得意とする浅葱は死の願望に絡め取られているに関わらず――全くもって『生き汚い』。彼をして『死に嫌われている』と称するその能力はパーティの技量を完全に引き離した。集中を重ね攻撃に移る事でパーティはこの状況を打開せんとしたが、有効打と共に手数も減れば攻勢が鈍るのも確かであった。逆に言えば浅葱をそこまで追い込んだのはパーティの力だが、今夜の戦いはそれでは終わらない。 「――『もっと』だ!」 「……懲りないわね!」 渇望の怒鳴り声と同時に浅葱の姿が変化する。 彼の心臓に根を張った沈まぬ太陽――悪い冗談――が金色の根を更に伸ばした。 服は裂け、上半身は裸になっている。左胸を中心に血管が異常に浮き出ているかのように線状の『何か』が盛り上がっている。目は血走り、呼吸は荒くなり、口元からは収まらぬ涎が滴った。常軌を逸したかのような浅葱の肉体はそれでも急速に復元を始めていた。 「今度はリジェネレート……それも異常な速度……!」 口の中で呟いてギリ、と歯を鳴らしたのは執拗に太陽を落とさんと狙いを定め続けたミュゼーヌであった。 「今度は」の言葉の通り。お代わりは一度目では無かった。 まずバッドステータスが効かなくなった。次に全ての能力が跳ね上がった。安全圏がなくなる程に射程が伸びた。そして今度は圧倒的な復元能力である。 まるで彼女を嘲笑うかのように『性格の悪いアーティファクト』はその力を発揮していた。 「チッ、またかよ……!」 器用な対応力を見せ『効き方』が変わったと見るや否や攻め手をB-SSに切り替えた福松が舌を打つ。 圧倒的な技量、ここまで追い込むにもパーティは傷を負い、余力を失くし、運命にも縋っている。それだけの代償を払いながら得た成果さえ、見る間に消えていくのだからたまらない。 鳴神浅葱は本当はもう既に浅葱では無いのかも知れなかった。 全身に巣食ったアーティファクトが彼という人間を突き動かしているようにさえ、思える。 詮無い想像に答えは無く、唯ハッキリしているのはそれがどうしようもない程の強敵だという事ばかりであった。 「でも、それでも――」 誇り高き銃士の血を引くミュゼーヌの青い瞳は惰弱なる諦めを良しとしてはいない。状況に前に出た彼女は手にしたリボルバーマスケットで強襲からの零距離射撃さえ敢行してみせる。『相棒』の気持ちに応えて火を噴く針穴さえ通さんとするかのような『精密射撃』は『体力の回復で動きの落ちた』浅葱の上半身を激しく仰け反らせた。その動きが何処か人間離れして見えるのは――そういう事なのだろう。何れにせよ彼女が撃ったのは寸分違わず鳴神浅葱の左胸である。 「こうなったら意地比べだ! 絶対に――踏み越えさせるもんか!」 悠里は疲労を隠せない仲間を激励するように吠えた。 敢えて口に出す事で勇気が沸くのは間違いない。しかし、それでも戦いは無情の連続であった。悠里が幾度目か繰り出した渾身の一撃が目の前から掻き消えた浅葱の動きに外される。纏めて繰り出された急所への一撃はパーティを次々と傷付けた。限界寸前だった悠里の身体はくの字に折れ、血濡れたアスファルトに沈み込む。 「死は喜ばしいか? 一度手を離れた物だからこその無い物強請りが。 死ぬという事は、何もできなくなるという事だ。その絶望的な無力を目前にし、貴様は何を思うのか。 本当に、何も思わないのか――!」 膝はダメージに震えている。それでも意志の力で一歩前に出た優希は怒鳴るように言った。 「それでも尚死を抱き留めて極上の快楽を得るというのなら惨たらしく死ね。 その引導は俺が渡す。この俺が――渡してみせる! 貴様の身体も運命もこの拳で薙ぎ払ってくれる!」 可能であるか不可能であるかと――決意は全く逆だった。 優希は攻める。極限までリミットまで、叩いて叩いて叩いて、叩く。 ミュゼーヌだけではない。悠里だけではない。優希だけではない。 「倒せる可能性が僅かでもあるのなら……抉じ開けられる!」 的の動きを縫い止める殺人術も黎子を阻むには至らない。『貫く意志』は刃よりも尚鋭い。 (しがみついてでも動きを止めろ 噛み付いてでも傷を刻め――) カルラは目を大きく見開いて今一度持てる全力で浅葱を攻めた。 「踏み越えるんだ、こいつを。あいつも! 嗤いたきゃ好きにしろ、力だけの異常者が好き放題する世界なんぞ……何度殺されたって、魂が砕けたって、絶対に認めねぇ!」 絶叫めいた彼を無慈悲な浅葱の暴力が蹂躙した。 櫛の歯が抜け落ちるように脱落していく戦力はパーティが崩壊し始めた事を意味していた。 「いっ……てぇな……!」 ティアリアを庇うように動いた福松が激しく傷付いた。 戦意旺盛たる彼は即座に愛銃を連射して獣を追い払わんとするも、表情から余裕が失せつつあるのは他の仲間と全く同じと言って良い。 「いよいよ責任重大だわ……!」 嘯くティアリアも聖神の奇跡の発動の追いつかぬ限界近くまで追い込まれつつある。 「せめて、もう一撃を――」 「おああああああああ――!」 歪曲の運命さえ願って。それだけの決意を胸に秘め――食い下がり続けた生佐目に言葉を上手く発するのが難しくなった浅葱が咆哮した。 「――っ、あっ……!」 腹部を切り裂かれた生佐目の身体が遂にぐらりと傾ぐ。 限界間近のパーティは最後とばかりにそれでも集中攻撃を束ねていく。 「何れにせよ俺は倒れるまで付き合ってやるさ」 自覚して『馬鹿な性分』とシニカルな笑みを浮かべた伊吹の乾坤圏が深く浅葱を切り裂いた。 「命懸け……事これに於いては誰にも遅れを取るつもりは無いのですよ!」 宣言通り、我が身全てを敵を貫く槍と心したカイが捨て身とばかりに浅葱を攻める。 限界間近のパーティは総力を振り絞るも、浅葱はこれにも倒れなかった。 ゆらゆらと上半身を揺らめかせた浅葱は本能のままに吠えた。強き敵を屠る為。また自分を袖にした『彼女』に恨み言を言うように。 ――『もっと』だ! 劇的なまでの変化は次の瞬間、浅葱の身体を膨らめ――それから急激に萎ませた。 パーティが待ち望んだ瞬間はまさにこの『鳴神浅葱の限界』であった。紙一重、薄氷を踏む戦いは―― 「勝てた……?」 ――ミュゼーヌが、呟いた。 リベリスタ達の視界の中、浅葱のその身体は『左胸に飲み込まれるように』どんどん小さくなっていく。捩れ、歪んだ鳴神浅葱の表情は『元の人間らしい彼のもの』に戻っていた。しかし苦痛に歪んだその顔はとても待ち侘びた『恋人』を迎えているようには見えないものだった。「やっとかよ」と小さく漏らした浅葱はこの事態さえ疎んではいない。しかし、沈まぬ太陽のもたらす苦痛はそれ程に凄絶なのだろう。 「あは……♪」 前髪を張り付かせる汗を拭う事も忘れたティアリアの表情が輝いていた。 彼女はまるで「唯苦しいだけ。それだけではないでしょう?」と言わんばかりである。 果たして――浅葱の左胸が光り、辺りを白い光で染める。 光が引いたその後には鳴神浅葱なる人物の居た痕跡は無く唯の一枚のメダルが転がっていた。 「成る程ね」 メダルをその白い指で拾い上げたティアリアは合点がいったかのようにそう小さく呟いた。 顔のあるメダル――バッドジョークのその表面には良く良く見ればあの鳴神浅葱のデスマスクが刻まれている。良く良く見なくてもその最後である筈の表情が苦痛のそれのまま刻一刻と変わり続けているのを見た時、彼女の嗜虐的探究心は今夜も大いに満たされた。ペリーシュ・シリーズを良く知る彼女はここで断定。 「ふふ、待ちに待った良い破滅を♪」 狭い世界で『永遠に死を繰り返す』浅葱に手向けるように満足気なお嬢様は薔薇の微笑みを零していた。 「La comédie, elle a finit, ferme le rideau! やっぱり――死ぬのってそんなに楽しい事じゃないわよね?」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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