●synopsis 一世紀前、ロシアに存在したと云われる魔術組織『ハーオス』。 現在でも解明されぬ神秘事件たるツングースカ・バタフライの引き金にして、魔術を探究するロシアのフィクサード集団と言ってしまえば良いだろう。かの事件で有力な魔術師達を喪い、組織の中核がほぼ壊滅してしまった事により、近年まで忘れ去られていた名前であった。 現在に置いて『ハーオス』とその名を口にするのは彼らの祖国では無い。何の因果か極東の空白地帯と呼ばれる日本のリベリスタ達であった。 日本は彼らの望むもの――混沌の使者を呼びだすに適した地であったのだ。ただ、其れだけの理由で秘密裏に来日していたハーオスを保護し。観察するように命じた日本フィクサード主流七派『逆凪』により彼らは歴史の表舞台に上がったに過ぎぬのだ。 その存在そのものに興味を持った。其れだけだったのだろう。古き魔術組織を保護することは逆凪にとって何らメリットを産み出さなかった。いまや、彼らを援助するのは逆凪の分家のみだ。ハーオスにはもはや余力がなかった。だからこそ、彼らの味方とし、保護を行うのは逆凪分家の一部の者達だけとなっていた。 それも、ただの己の欲が為に――。 ● その目で幾度見た事だろう。魔法陣を囲い『混沌』を呼びだそうとする魔術師たちの姿を。飽きたのではない、呆れたのだと言おう。もとより逆凪の男は利口なのだ。特にこの凪聖四郎は才に溢れる若者だと言ってしまっても良いだろう。 これ以上の支援しないと一言で済ませてしまった聖四郎の言葉にハーオスの魔術師らの動揺は大きい。それもその筈だろう。『混沌の使者』を呼びだす事を神秘の探求だと喜んでいたのはこの男ではないか―― 「ラストチャンスとして一つ、君達に差し上げようか。イナミ、アレを」 「六道紫杏様が『混沌の使者』のデータから作り出したアーティファクトです。血を以って必ずやアザーバイドを呼びだすことが叶いましょう。但し、血は契約です。己の生命尽きる時、使者を制御する力は失われます」 そっと渡された水晶玉は聖四郎の恋人がその頭脳を下に作り出した最高傑作だとも言えよう。上位世界の住民を三分間もこの地に留められる――それがどんなに素晴らしい事か! 魔術師たちの血が『契約』だ。己全てを掛けて、使者を呼びだし、己らの云う事を聞かせる。以前ならアーティファクトなど無くとも出来た。其処からも聖四郎はひしひしと感じるのだ。ハーオスの魔術師達の力は全盛期と比べるならかなり衰えてしまっている、と。 血を以って契約する。現存する魔術師達十人は己の血を、己全てを掛けて『理想』を――混沌の使者の招来を行う事を決めたのだろう。 「召喚する。其れだけで良いのだろう? 俺は傍で見て居られないが君達の望み、これで叶えた事になる」 「――あの日の様に蝶を飛ばし、見返してやろう。逆凪の若者よ」 ● 「お願いしたい事があるの。ハーオスの魔術師の儀式を止めてもらう――というものよ」 単刀直入。『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)はお願い事を口にした。彼女がお願い事から話しだすというのは珍しい事ではあるが、それは急を要すると言う事なのだろう。 「ハーオス……これについては資料を用意してるわ。現地に向かいながらの確認をお願いしたいの。 私がお願いしたいのは彼らが『混沌の使者』を呼びだす可能性が高い。其れを防ぐか――それか召喚されてしまった時、『彼』を返すか倒すかをして欲しいの」 混沌の使者――ハーオスの魔術師が呼びかけ続けていた上位存在だ。其れが『召喚される可能性が高い』と予見者は云うのだ。 「入手できている情報をお話しするわ。 一つ、凪聖四郎がハーオスの魔術師に使徒の招来をサポートするアーティファクトを手渡している。 二つ、そのアーティファクト『霊雨の契』は六道紫杏の製造した物品であること。 三つ、『霊雨の契』によって使者の召喚が今までの物よりもかなり容易になっていること。 ――此れだけでもジョークで済ましてほしい様な内容よね」 皮肉そうに云う彼女にリベリスタ達は頷く。 容易になっている。以前なれば3分と20秒程度かかっていた儀式が大幅に短縮されているのだ。其れは使者の招来阻止がより難しくなっていると言えるだろう。 「戦場には凪聖四郎はいない。ハーオスの魔術師が――枯渇した戦力でもなお理想を掴もうとする老人達が公園で儀式を行っているわ。逆凪は最早彼らと手を切った。そう言いきってしまっても良いでしょうね」 世恋の言葉は『今の彼らを倒せばこれ以上の彼らの活動は止める事ができる』と言うものだろう。 チャンスなのだ。逆凪の保護を受けず、弱り切った状態での招来。其れを止める事が出来るならば―― 「アーティファクト『霊雨の契』。これに血を以って契約を行う事で、混沌の使者の招来を容易に、そして招来後の『使者を制御』できる。使者を制御できる時間は三分間よ。アーティファクトは三分間しか持たない」 「其れは、何故」 「強すぎるの。そのアザーバイドの力が。……上位存在ってピンキリよね。強い物も弱い物も居る。危険な存在であることには変わりないのだけど」 此れが危険だと言う事は其処からも感じられる、と世恋はやや声を抑え目にして告げる。 「『混沌の使者』を制御するアーティファクト。その制御を受けているうちは使者はその力を普段よりも制限される。もしも召喚されてしまったら、その間――三分の間に使者を倒してほしいの」 其れを過ぎればアーティファクトの効果を失い、使者は自らの力全てを振りだすだろう。 「血の契約は此方にも有利に作用してる。その隙に倒してしまいましょう? ――情報が少なく、非常に難しい戦いになってくると思うけれど、気をつけて……」 ハーオスの魔術師たちの夢を閉ざす機会に為る。危険を承知で予見者はいってらっしゃい、と紡いだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月28日(月)22:55 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 『ハーオスの魔術師』。嘗てはロシアに存在した魔術結社の名前である。 その名は一世紀の時の流れの間に葬られた――かと思われていたが、極東の空白地帯たる日本での暗躍を繰り返し、日本フィクサード主流七派が一つ『逆凪』の庇護を受けて、その力を着実に取り戻していた、筈であった。 状況は好転するだけでは無い。一転も、二転もするのだ。 プールで泳げない子供の手を引く者が居た。其れこそがハーオスにとっての逆凪であったのだ。我武者羅にもがき、泳ぎ切ろうと脚を動かし続ける彼らの手は、ひょんなことで離される。手放しでは泳げない。泳ぎ方を知らぬ彼らは溺れるのみだ。 だからこそ、男は彼へと一つの水晶玉を渡したのであろう。『霊雨の契』と名をつけたアーティファクトは彼らが溺れぬ様に掴まるものにしては余りにも不安定な代物過ぎたのだろう。 だが、彼らは掴まらない訳には行かなかった。 人間は貪欲だ。呆れるほどに欲は尽きぬ。人間の欲望は底なし沼だ。一つ、満たしても別の欲が湧き立つ。 魔術師たちは『一世紀前に起こした神秘事件』の再来を夢見て、己らの力足らずを知りながらも幾度となくその召喚を繰り返していたのだ。ただ、『混沌の使者の招来』を夢見るのみ。 「過去の栄華に縋るか」 その気持ちは分からないものではないのだと『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)は実感する。唯、己の過去に栄光と言えるものがあったのかと問われればそれはまた別である。 過去、現在、未来。どれを掴みとるか、其れは人々によるのだろう。その中でウラジミールが『現在』をとったに他ならない。 「今を守るために過去を駆逐するのだ」 「ええ、飽く無き執念、悪無き執着とでも申し上げましょうか」 淡々と語る『原罪の蛇』イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224)とて興味がないわけではないのだ。知識の探求者であるイスカリオテは未知を既知に変える事こそが最大の喜びだ。己は未だ知らぬ事が多い。 神秘を探究し、其れに溺れていくハーオスの姿はある種ではイスカリオテと酷似する部位もあるのかもしれなかった。 「執念も執着も狂気に他ならない。一線を超えねば神秘の深淵など見えはしない」 「けれど、文字どおりに『本末転倒』しているわね」 この状況を何と称するか。フォロワーを失い、その手切れ金の様に渡された不完全な『玩具』に縋る様子。正に『本末転倒』である。 呆れの色の濃い『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)で有りながらも其処に同情がない訳では無かった。 周辺の人々に迷惑をかけないのであればそういうのだって偶にならありだ。そう、世界の凡ては素晴らしいのだ。それ故に何者かに縋り、行動を起こすハーオスなども理解出来ぬ訳でもなかった。ただ、其処に含む世界の不条理さ、彼らの欲を満たす為に生み出されると言う犠牲――残酷さは世界の敵対者だ。 創造主の望まぬ其れは『悪』でしかない以上、潰さない訳には行かぬ。そう『銃が扱える一般人』は瞬くのみだ。 ピン、と張り詰めた緊張感に、やけに冷たい風に煽られながら『尽きせぬ想い』アリステア・ショーゼット(BNE000313)は華奢な肩を抱きしめる。 「妄執、っていうの……? こういうの。何が何でも、後には引けない気持ちだけで動いてる感じ」 寒さからか、肩が震える。自分だって、何が何でも後に引けない事はある。そのうちの一つを、此処にいる仲間達は納得してくれるだろうか。 不安げな眼差しを周囲に向けるアリステアに『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)がへらりと笑う。 「ところで、アレは僕とは無関係のいきものだから」 「こ、これは拙者の愛しの息子でござる!」 夏栖斗の視線の先、『何とも形容しがたいがとても素敵なミドルネーム』を拝命してしまい、白目を剥いていた『ただ【家族】の為に』鬼蔭 N♂H 虎鐵(BNE000034)が涙を流しながら夏栖斗へと指差した。――筈であったがその指の先には『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)。 「あああ、違う。夏栖斗が拙者の可愛い可愛い息子でござる!!!」 ブリーフィングと全く同じやりとりにイスカリオテは全く愉快だと笑う。緊張が解けていく。広い公園の何処に多目的広場があるかなど、幾度か戦いに赴いた事のあるアラストールや虎鐡は知っていた。 彼らに付き従いながら、進むリベリスタ達の楽しげな姿はある意味では戦闘前の戦士達の意思の確認であるのかもしれない。 予見者が彼らを送りだした時に「危険な任務となる」と告げた。其々の緊張感の中に混じり込んだ、不安を溶かす様にリベリスタ達は笑いあうのだ。アリステアの願いの通りになるようにと。 「ねえ、私、皆と約束しておきたい事があるの」 痛いのも、辛いのも全部全部、癒して見せるから。自分が皆を支えるから。全員の視線がアリステアに集まる。紫色の瞳を細めて、彼女は優しく微笑んだ。 「――皆でいっしょに、アークに帰ろうね?」 ● 廻る風車は頭上に存在していた。早くしなければ、きっとアークのリベリスタがきてしまう。 焦りを感じながらも準備された魔法陣の上にアレークとチェレンチーは立っていた。彼らの指は其々傷ついていた。『血の契約の証』であろうか。 以前、六道紫杏のキマイラ生体実験時に行われた魔術師たちの招来儀式。その際に六道フィクサードが持ち帰った『混沌の使者』のデータはキマイラへと組みこまれ、より強化された。其れだけでは無かったのだ。凪聖四郎は六道紫杏に一つの依頼を行っていた。 無論、彼らは恋人同士だ。二つ返事で了承し、『六道の兇姫』が作成したアーティファクトこそが今、チェレンチーとアレークが頼みの綱にしている『霊雨の契』だ。 少量のみ摂取したアザーバイドのデータによって作成されたソレは不完全であった。だからこそ、魔術師たちの血を必要としたのだろう。能力全てを彼らに依存する。ある意味では生贄とにた作用だったのだろう。 『ラストチャンスだ』 そう言った男の声をチェレンチーは覚えている。此れこそがラストチャンスであるかもしれないのだ。使者さえも呼び出せない、力の弱まった『ハーオスの魔術師』が蝶を羽ばたかせる最期―― 「蜂須賀弐現流、蜂須賀 冴。参ります」 魔術師たちの行いは断ち切って見せる其れこそが『斬人斬魔』蜂須賀 冴(BNE002536)がこの場所に立っている理由であろう。 一度、防ぎきれず、二度目、この場所で止める事が叶わなかった魔術師たちの夢。作り上げられたのは使者たちを召喚する土台であったのだ。己の未熟さが生み出した結果だと思わぬ訳には行かぬだろう。 「二度とこの事態を招かぬ様にしましょう」 土を踏みしめる。学生靴の底はしっかりと公園の土を蹴った。己の手によく馴染む鬼丸の切っ先が真っ直ぐに魔術師へ向く、抜き出した葬刀魔喰から揺らめく魔力は作り手(まじょ)の笑みを想いださずには居られない禍々しさを放ちだす。 真っ直ぐに突っ込む彼女を支援する様に『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)の極縛陣。魔術師たちの体を強烈に鈍化させようと彼が念じる結界だ。結ばれた印は素早い動きを禁じる。彼とてその場では燻ぶっていない。前進しながら魔術師たちの動きをその両眼で捕えている。 「混沌が、使者様が生み出されるのですね」 たん、と地面を蹴る。『もぞもそ』荒苦那・まお(BNE003202)は魔術師たちの中へと飛び込んでいく。ブラックコードは敵を切り裂く、まるで踊る様にまおはブラックコードを引いた。喰い込んだ肉を抉り、全てを切り裂く、彼女のその身を援護する様に背中合わせに布陣するのは夏栖斗だ。 「ご機嫌麗しゅう。爆破させて手前の命までなくなる。そんな覚悟があってここにいるのかよ」 トンファーの様に改良した巨大鉄扇は振るわれる。その目にもとまらぬ武技は真っ直ぐにアレークやチェレンチーを斬り裂こうとし――他の魔術師が彼らを庇う。魔術師の体に咲かす鮮血の花。夏栖斗の声に魔術師たちは笑う。 「無論。我等は『蝶の羽ばたき』をこの目で見れさえすれば良いのだ」 「……そうかよ。なら絶対に止めてやるっ! 目的を達成しても生きてなきゃ意味がねぇんだよ!」 ケダモノを、獣であり、人間であり、そして何かを守るために何かを傷つける『己』そのものであるかのような√666を握りしめて、夏栖斗はまおと背中合わせに立つ。 救う。それは何時も彼の心に刻みつけられている言葉であった。少しでも沢山の人を救わなければならない。『大も小も救う』と救えない小さな命を救うことを信条とした彼らの意思を継ぐと決めていたのだから。 自身が咎人あることなど、知っていた。その手が血に汚れた事だって自ら人を殺すことだって――救えずに咎を背負うことだってあった。 「絶対に、止めてやるからな! まお!」 「はい、御厨様。やってやりましょう」 丸い瞳で周囲を見回して、まおは、夏栖斗は周囲の魔術師へと視線を送る。この場に居る魔術師は敵だ。けれど、理不尽で失われる命など害悪でしかないのだ。 「人様に迷惑かけないんなら、私、嫌いじゃないわ。御老体」 儀式を行うアレークやチェレンチーをしっかりと視界に捕えながら対物ライフルを構えたエナーシアは地面を蹴る。彼女の超直観は冷静に敵を見極めようとしているのだ。弾丸をはじき出す。抜き打ちの連射が真っ直ぐに魔術師たちを捕えて行く。 「せめて引導を渡してやるのが貴方達に出来る全てだわ」 「引導、か。面白いな、小娘!」 「何でも屋『JaneDoeOfAllTrades』はお別れでも受けたまるのよ!」 彼女の銃撃に続き、КАРАТЕЛЬを手にしたウラジミールは近場の魔術師を斬り付けた。フツの結界により魔術師たちの動きは遅い。故に、リベリスタの行方を遮る魔術師達もこの時点では存在していないのだ。光を帯びたコンバットナイフ。彼の刃の輝きは曇る事が無い。 過去にさえも囚われず、己の今だけを見据えるウラジミール。過去に縋る魔術師。両者の視線が交錯し、ウラジミールは笑うことなく真っ直ぐに言葉を投げかける。冷静沈着、己の態度で魔術師たちをコントロールしようとするかのような意図さえも伺える。 「死んで何を残すかというが、貴様らは何も残せはしない」 「いいや、残る。後世へ我等が『名』が。そしてその名を知った『後世の魔術師』が我等の後を継ぎ王を呼びだす――違うかね!」 希望論。希望的観測は、時に個の感情を加速させるのだ。後世の魔術師、牽いては彼等の跡継ぎたるハーオスの魔術師。潰えた野望を再び叶えてくれるであろうソレ。果たしてそれが真実になるかは分からない。 現に『魔術師』として神秘に興味を持っていた一人の男は手を離してしまっているのだ。故に、ハーオスの感情を暴走させたのだろう。此処で成功させれば誰かが、『混沌の王』を呼び出し、『ハーオスの魔術師』となると。 1か0かしかないのだ。成功するか失敗するか。生と死の分かれ道とも言えようか。ここで魔術師たちが死に絶えても模倣する人間がでるのではないか、彼等の浅はかな考えは自己顕示欲と合わさり更に具体性を帯びたのだろう。 「その野望、叶う事はなかろう。諦めるでござる!」 獅子護兼久を握りしめ、虎鐡は己の肉体全ての力を出し切ろうと、生命力さえも攻撃力に変えていく。真っ直ぐに敵陣を目掛けて歩む虎鐡の目は変わらず魔法陣へと向けられていた。 鮮やかなオレンジ――見据えるは左の青もだ。『家族』の為に、全てを守ると決めたから。可愛い娘が待っているから、大切な息子がこの戦場に居るから。 「必ず止めてやるでござる。今度こそ潰すでござる!」 息子の『止める』が誰かが命の為ならば、虎鐡の『止める』は二人の可愛い子供の為にだった。血の繋がりなんて関係ない。ただ、愛しい子供達――家族を守るためにこの場を彼は乗りきる事を決めているのだ。 祈りは常に自身の為に在るのだ。 なれば、祈りが己そのものであるなれば? 「繰り返すたび、繰り返すたびに小さくなる理想と言うのは何と物悲しいものか! メイガス!」 「されど、其れさえも乗り越え大いなる理想を感じるものが居るかもしれぬだろう」 祈りの騎士はブロードソードを握りしめ、全身のエネルギーを護として固める。理想を思い求めるか、現実を求めるか。祈りこそが至高、祈りこそが自身の存在であるアラストールは『理想』さえも超越し、ただ、己の祈りを求めるのみだろう。 アラストールの視線は背後で周囲の魔力を己の中に取り込み、緊張した面立ちをしているアリステアに向いている。一緒に帰ろうと、そう約束しようと笑った彼女。癒し手である彼女が狙われる可能性だって十分あるのだ、突撃したいとはやる気持ちを抑えアラストールは彼女へと視線を配ったままだ。 夏栖斗のセットしたタイマーに視線をやりながらアリステアはぐ、っと指先を合わす。祈る思いで、彼女は癒し続けるのみだ。最初が肝心だと、そう分かっているから。 脳内の演算が、しっかりと組み立てられている。イスカリオテの笑顔を受けて、魔術師の背筋にぞわりと何かが伝った。鈍くなる体を引き摺って魔術師は中央で攻撃を行うまおや夏栖斗へと攻撃を繰り出す。無論、魔法陣を守る事も忘れていないのだ。 アレークやチェレンチーは実感していた。――今から、儀式を始めなければ。 「ッ、やらせませんよ」 「お嬢さんのお相手は私が行いましょうか」 魔術師とは思えぬ身のこなし。黒いローブに包まれた体を引き摺って冴の前へと現れた魔術師が手にしている者はナイフだ。投擲される其れは光の飛沫をあげて無数の刺突を繰り返す。学生靴の底が地面を擦る、剣を握りしめたまま、反撃を繰り出すのみ。耳朶を擽る呪文は理解さえも出来ぬ何処かの言葉。 造語であろうか、それとも。『神秘』は現実世界では定義付けられない何らかであるから『神秘』なのだ。其れを手伝うアーティファクトの効果を得て、儀式は簡易的になってしまっている。焦りを感じないわけがないだろう。 周辺を散らす。踊る様に、ブラックコードを引きながら、頬を裂く魔術師の攻撃に、捲いたターバンが地面に落ち、闇へ紛れる。額に及ぶタトゥーは鮮やかな色を表す。ぎょろりと蜘蛛の瞳で見回してまおはくすりと笑った。 「召喚するんですよね。大丈夫ですよ。それって、やっと倒すチャンスがやってきたということでしょう?」 まおは決心しましたから、と彼女は傷を負っても気丈に笑う。常の位置となる天井もない。マスクで覆った口元が嗤っている。蜘蛛は嫌いな者には容赦などしないのだ。浮かべた笑みのまま、彼女は踊るのみ。踏み出すたびにブラックコードは肉を抉る。蜘蛛の脚の様に蠢くその糸は彼女の意思のままに周囲を切り裂いた。 背中合わせの幼い少女。彼女の言葉を聞きながら、夏栖斗は炎を散らす。夜に鮮やかな赤。黒い糸が、赤い炎に照らされて、光る。互いを巻き込まない様にと気をつけての攻撃はその背中を離れさすには容易い。魔術師の攻撃を喰らおうと、全てを燃やしつくす勢いで、夏栖斗は自身の周囲を薙ぎ払う。 癒し手が動いた、とエナーシアの超直観が告げる。癒しを謳う魔術師の姿を彼女は逃さない。其の侭銃が弾丸を打ち出して彼を撃とうとするが他の魔術師がそれを遮る。踏み出して、虎鐡は剣を振るう。 前衛へと飛び出す魔術師とて存在している。彼等は全員がマグメイガスであるがそれ故に他の職スキルを十分に熟知していた。虎鐡の背後から飛び出して魔槍深緋でそれを受け止めたフツは笑う。背後には行かせはしない。機法一体は衆生の想いを、救いを、誓いを一心に表す。 「よお、ハーオス。背後には行かせないぜ?」 黒いサングラスで覆われた瞳を細めて笑う。目上の人間、確かに魔術師たちは年上であるが、その格は下であろう。世界に仇為すものを敬う必要などないだろう。 『さみしいしょうじょ』がフツの想いに呼応するようにくすくすと笑った――気がし、フツは口元を歪める。 「おごれる人も久しからず――ヒトの夢は儚いんだとよ。春の夜の夢の様なもんだな!」 タイマーの刻む時が、進んでゆく。遺産管理局研究報告書の頁に指を滑らせながらイスカリオテが周囲へを焼き払う神秘の閃光を繰り出す。だが、フィクサード達へはその効果を十分に与えられていない。 ブラックタロットへと指を滑らせる。彼は神秘探求同盟第零位。愚者の座に立つ者。論理的に破綻し、人格に問題を抱えているという自覚はある、神秘を追い求め、未知を最大の悦びとする。それ故に他がどうなろうと知った事ではない――だが、其れを悟られる程、イスカリオテは短慮ではない。 虚言の蛇はくつくつと喉を鳴らし、ハーオスと問いかける。彼の鼓膜を叩く様に響く詠唱の呪文。其れすらもこの研究所に刻みつけてやろうか。 「ツングースカバタフライ。あれは過ちだった。混沌の使者の召喚の失敗――そして、大爆発」 何かの資料を辿る様に、眼鏡の奥で赤い瞳を細めてはイスカリオテは告げる。これこそ彼の神秘探求。 「――だが、そもそも何故、あんな物を召喚する気になったのか」 探究心は時に破滅を齎すという。 ――行く末はどちらであるか。 タイマーの秒数が次第に減っていく。電子盤に書かれた文字に視線を配りながら、冴は真っ直ぐに魔術師を切り裂いた。デッドオアアライブ。数を減らす、動きをも阻害する様に相手に死を与えるのみだ。 それは誇りに非ず、義務に非ず、愉快に非ず。ただ正義を為す為だけに。 為すのは正義の二文字であると、その身全てを掛けて己の存在を知らしめる様に剣を振るう。二刀の刃は魔術師を切り裂いては血に濡れる。其れさえも気にしない。 「悪は滅すのみ――!!」 ただ、その一言に尽きるからだ。魔術師たちの攻防も強い。無論、癒し手を狙った攻撃は両者に行われるのだ。アリステアが癒し手である事は魔術師達も直ぐに気付いた。リベリスタが癒し手を狙うのと同じ様に魔術師たちとて癒し手を狙った。彼等は遠距離の攻撃を得意とする『マグメイガス』だ。幾ら行方を遮られようと攻撃を食い止めるには至らない。 「大丈夫、だよ。皆は攻撃に集中して!」 全員が痛いと思っている。アリステアは其れを実感している。癒し手であるからこそその傷がどれほどのものであるかを分かっているのだ。だから、痛いなどとは言ってられない。 傷を負うリベリスタを癒し続けるアリステアは歌い続けた。焼き払う閃光、其れに乗じる様に繰り出される弾丸が、前線で魔術師たちを相手にする二人の仲間の元へと援護を行う様に繰り出される。 庇い手を行っている魔術師を吹き飛ばそうと渾身の力で刀を振るう虎鐡とて、焦りを感じていない訳ではない。ぐ、と足に力を入れて、癒し手の元へと真っ直ぐに走る冴の往く手を遮るものも全て、彼女はその刃で弾いた。 前線位置は混戦状態だと言えるだろう。数は魔術師の方が少ない――だが、どれも実力は確かなものであった。1分間で全てを倒しきると言うのは難しい物があったのだろう。魔術師たちとて人間だ。魔法人を壊される可能性を考え、数名が魔法陣と術者を守る様に布陣していたのだ。 ギリギリの範囲。実力者揃いのアークであれどあと一歩届かずだ。癒し手のアリステアがぎゅ、と祈る様に手を組み合わせる。 イスカリオテの鼓膜へと届いていた呪文が、終わる。 「――きますよ!」 「まお! 混沌のお出ましだ!」 「混沌様、折角の倒す機会をまおは逃しませんよ」 魔法陣は煌めく。そして、ついに『ソレ』が現れたのだ。 ● 二人の魔術師が囲んでいた魔法陣の上には扉が存在していた。歪んだ、何とも禍々しい扉である。その禍々しさは冴の手にする葬刀魔喰にも匹敵していたであろう。 ギィィ。 醜い音を立てて開くと同時に鳴り響くはその場に似合わぬファンファーレ。奇妙で奇怪、言葉にするもおぞましいデタラメな音楽を奏でる触手を生やした大きなアザーバイドがその場で奏で続けている。 その姿を見るのは冴や虎鐡、アラストールらにとっては幾度目になろうか。だが、動きは鈍い。アザーバイドの動きは六道紫杏の製作したアーティファクト『霊雨の契』によって制御されているのだ。うねりながらその手を伸ばすモノ。 「………混沌の、使者……?」 アリステアの背筋に走る悪寒は何であろうか。その光景や一言で称するならば『気持ち悪い』に尽きる。奇怪なアザーバイドがこの場に生み出されたにすぎないのだ。直ぐ様にリベリスタ達の布陣は変化した。 回復を行える魔術師を標的としたソレが一点に集中したのだ。 「ほんっと、笑えないよね。混沌の使者? そんな笑えないもの呼び出されてもこまるんだけど」 √666が唸り声を上げる様に振るわれる。真っ直ぐに貫く様にソレは使者の体へと向かって行った。飛翔する武技は鮮やかだ。獣は唸り声を上げる。獲物を喰らう様に、逃さない。巨大な鉄扇が振るわれる音さえも獣の唸り声に聞こえた。 嗚呼、それは夏栖斗の戦意の唸りであろうか。真っ直ぐに貫くその武器が鮮血の花を咲かせる。続き、光を纏うブレードソードを振るうアラストールは魔術師たちへと『細工』を施しながら攻撃を行う。 何とも見っとも無い様であろうが、癒し手を庇い続けていた魔術師の体力は付き、地に伏せた所をアラストールは口に物を詰め、縛り上げておいたのだ。その意図や簡単だ。 ブリーフィングルームでウラジミールやアラストールが会話していた物に起因しているのだろう。 『戦闘不能者は一名を自決出来ない様に――』 『自決の可能性尾あるのか……。じゃあ、布でも噛ませて縛って転がしておけばいいのかなぁ……』 確かにその行為は冴の言う様に手番の消費を行ったが、念には念をと言う訳であろう。アラストールは元より混沌の使者の召喚を防ぐ事は不可能だと考えていたのだから。魔術師たちを殺せばアーティファクトの効果がなくなりより強化されたアザーバイドを相手にしなければならなくなる。 「偉そうな雰囲気ですね。でも、まおには効きませんよ? 触手べちべちで音がうるさいアザーバイド様なだけです。 まおには混沌でもなんでもありませんよ。失敗でしたね。やーいやーい」 「アザーバイドなだけ……ボトムに住まうのにそのような事を言うのか」 ゆらりとゆれるオーラは死の爆弾を作り上げる。蜘蛛の糸の様に伸びあがるブラックコードがその爆弾を運ぶのも混沌の使者だ。蠢く使者の目の前で攻防を行う魔術師たちを見つめ、傷を負いながらまおは笑う。唯のアザーバイド。そうは言いきれないのがこのボトムに、最下層に住まう人間である。 彼等は上位種族だ。故に人間よりも強く、そして人間とは理解あえない考えを持っているのだ。 アザーバイドは『分かり合えない』そして『驚異』なのだ。実力あるアークの面々であれば、アザーバイドなど倒してしまえる簡単な生物であるのかもしれない。上位世界の住民と言っても知れてしまっているのだろう。 「リベリスタよ、貴様らの怯える『R-type』とてアザーバイドだ。その中の上位であってミラーミスと分類されているだけであろう? 其れの何処が『アザーバイド』なだけだと申せるのだ! アザーバイドなのだ。上位世界の――云わば、神と同義」 分かるかと両手を広げる魔術師。アレークの血走った瞳はまおへと向いていた。前進する彼が放つシルバーバレット。貫き通すその弾丸はまおの体を貫き、射線などを注意せずに立っていたアリステアの体をも貫く。 射線上からずれ、周囲を見回していたエナーシアが地面上を転がる様に飛び出した。対物ライフルから打ち出したそれは真っ直ぐに触手や楽器を狙っている。 「SAN値が減ってしまうわ!」 護られていた魔法陣、綻びは確かに確かにそこに存在していたのだ。同時に撃ち抜く。彼女が前回行った戦闘で仲間達が傷つけた傷に対して繰り出される弾丸は、召喚された後であれど効果的であるのかもしれない。真偽は魔術師しか知らないが、召喚後、魔法陣から離れた魔術師諸共全てを撃ち抜いていく。 「これで夢が叶ったのかしら? けれど、残念ね……」 紫色の瞳が細められる。対物ライフルから打ち出す球が使者の触手へとぶち当たり、醜い叫び声を上げ始めた。夢、それがこの召喚であるなればそれは真っ当されたにすぎない。 だが、それ以上を望むなれば――ツングースカ・バタフライの再来を望むと言うならば、それは叶えられない上に、意味がないとエナーシアは唇を歪めるのだ。 「BlessYou! もはや蝶が羽ばたいても嵐なんて起こらないわ!」 虎鐡が手にしていたカオスシード。名状しがたき狂気の世界の夢を見せ、心を喰らう謎の物質は彼の心を深く蝕んでいた。其れこそが『混沌』と言おうか。別物の『混沌』であろうとも、其れが狂気の夢を喰らわぬはずがないのだから。 睨みつけながらも虎鐡は獅子護兼久を抜き捨てる。其の侭地面を蹴り、真っ直ぐに使者を一閃す! 「嵐を起こすどころか、この先に何が起こるか、分かっておる筈だろう? アザーバイド。その強さもおぬしらはその身で知っているはずでござろう? だからこそ、人は強すぎる神秘には触ってはいけないのでござる! 混沌なんかに人は触れてはいけないのでござる!」 橙と蒼が、真っ直ぐに見据える魔術師は、チェレンチーは腹を抱えて笑い始める。何がおかしいのだと虎鐡は刀を構えたままに見据えた。 「――知っていて行っている、そうか……ならば、拙者は……いや、『俺』はてめぇ等を赦す訳にはいかねぇ……」 「赦されんでもよかろう。安心しろ、貴様らは此処で我等と共に死に絶えるのだ。この使者と共に!」 カオスシードに当てられたのか、それとも己が心の叫びか。憤怒を露わにし、敵に大して凶暴な虎の姿を見せる。正に猛獣である。猛獣は、唸り声を上げ、混沌の使者を斬り刻む。 其れを止めようと魔術師が駆けよることを息子は――夏栖斗は見逃さない。す、と息を吸い込んで、胸へと右手を当て、真っ直ぐに声を上げる。 アンブレイカブル。壊れる事すらない、その信念を胸に、ハッキリと言葉を紡ぐ。 「さあ、魔術師来いよ! 僕が相手になってやる!」 ――ヒーローになりたかった。辛い道でも、死に物狂いで足掻いて足掻いて足掻いてやるつもりだったんだ。 届かなくても、その道程が更に険しくたって。僕は英雄でも、ヒーローでもないけれど。 「僕は、リベリスタだ! 僕は『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨夏栖斗だ! こいよ、ハーオス!」 その手が血で汚れたって、魂はその意思を湛えたままだから。ヒーローでも英雄でもない、けれど自分は『リベリスタ』なのだから。 大きな声を上げ、啖呵を切る。アッパーユアハートにより、彼の元へと一斉に攻撃が繰り出される。無論、多少にならぬ敵も居た。攻撃を喰らいながら、運命なんて幾らでも捨ててやろうと思えた。 ――僕は、少しでも沢山の人を救わなくちゃいけないから。 運命をも燃やし、攻撃を受ける。癒しを行うアリステアが手を伸ばす。もがく様に、仲間達の傷を癒し続ける。 前衛位置で使者を攻撃する事を目標としていたアラストールはじりじりと後退する。運命を支払っても、痛いとも泣かずに癒し続けるアリステアを支える為だ。 嗚呼、ハーオスの魔術師。その信念こそは正に正しい輝きなのかもしれなかった。己の理想を諦めず、執念を元に行動する。それがなんと人間らしい事か! 「他人を巻き込んでいる――貴公らの信念は確かに評価しよう。だが、迷惑千万。此れを悪だと断じずに何を断じるのだ」 その切っ先は真っ直ぐに魔術師へと向けられる。赦さない、己の運命など支払ったとしても、全てを此処で断ち切るのみだ。 ――その存在こそ祈りである―― 背を見つめながら、アリステアは実感した。人はどうしても叶えたい物がある時に祈るそうだ。見えないものに、神に。天に。ナニカに。 癒し手たる彼女は祈り続ける。祈り、神の力を得て癒しを送る。 「私、祈るよ。祈ってるよ。それが、祈りを力に変えるのが、回復役……でしょ? 直接誰かを傷つける事も出来ない、誰かを攻撃する事も出来ない、けど、これが私の戦いなの」 ぎゅ、と掌を合わせる。生きていたい。それが絶望だと自覚したら終ってしまうかもしれない。周辺を照らす彼女の祈り。手を天に伸ばしてもがいて、天使は神を追い求めるのみだ。 分かっているのだ、無理やり召喚されて、攻撃され続ける『混沌の使者』の存在がどのようなものであるか、を。可哀想だとも思う。けれど、このままにはしていられないのだ。 「――ごめん、ね」 自身の体内へと魔力を取り込む。傷ついたって、何が起こったって何度だって、倒れやしないから。 其れが祈りだから。 祈りは誰だって持つ者だ。彼等の祈りが何であるか、ウラジミールだって理解していた。体力などは気にせずに真っ直ぐに切り裂く刃。ナイフと盾を使った攻防は間近にいる混沌の使者の攻撃を耐え凌ぐには難しい物があったのだろう。 「混沌の使者と言えど、我等が協力すれば大丈夫だ! あやつ達が為したかった事は破壊の爪痕を残す事ではなかったはず――そうだろう、ハーオス!」 「此処からだ。我等がツングースカバタフライを再来させる事で誰かが、その後を引き継ぐ。そして王を呼びだすのだ!」 何と浅ましいか。過去の栄華か。全てを再度実感する。ウラジミールは瞬いて、さらばだ、と小さく紡いだ。 「この世界から消えて良い場所などもうないのだ! 過去の栄華を懐かしむぐらいなら生きて新しく栄華を為すべきだな!」 攻撃を受けた使者が叫び声を上げる。補佐を行う様に、その動きを送れさせ、前衛へと飛び出したフツは槍の声を聞きながら攻撃を繰り出すのみだ。 「蜘蛛の糸さえも切ってやるぜ、そうすりゃ、落ちるは地獄ただそれだけだ!」 尤も、この世は、三千世界は悪が跋扈している。極楽など何処にもないのかもしれない。それでも、悪の根源であるならば其れを食い止めるには他に方法はないだろう。 その槍の切っ先は惑わない。敵を捕え、敵を離さない。 「恨み事なら漏らせよ、良いぜ、オレがお前を殺すんだからよ――!」 念仏だって唱えて遣る。幾らだって望むなれば。神も仏も信じていない。生きている今を守るために、自分が生きる為に得たこの神秘の力の為に、救うしかない。 「無念です……召喚されるままにするしかなかったのが、無念でならない……! この驚異を止める。それこそが正義を為す事。私が生きる意味だ! 其れすら為せぬなら私が生きる理由など最早ないのだ!」 学生靴の底が地面をけり上げ、真っ直ぐに飛び込んだ。鬼丸の切っ先が、葬刀魔喰の切っ先が、首に巻いた赤いマフラーが揺れる。放たれる禍々しいオーラが、呼応するようにアザーバイドの体を捕える。 破壊的なオーラが加わり、彼女の周囲に闘気が蔓延った。雪崩を起こす様な連続攻撃が、全てを離さない。 「逃がさない! 貴様は此処で倒す!」 真っ直ぐに、その切っ先は離さない。時間は三分。短い時間だ。夏栖斗がラーメンでもつくってなよ!と茶化す声を聞きながら冴は己が為す事を真っ直ぐに行うのみ。 足元が滑る。膝の関節が、ぴき、と鳴る。真っ直ぐに伸ばし、使者に剣を突き付ける。逃がしはしない、ツングースカバタフライ。そんな物に度と起こしてなるものか――!! 「混沌の場所なんてまお達が壊してやります。逃がしませんよ?」 まおの体が使者へと近づいた。ブラックコードを振るう。死の爆弾を植え付けては、彼女はその場からくるりと離れる。幾度だって、其れを続ける。 「攻撃、べちべちしますよ。まお達は負けませんからね」 使者様、お帰り下さいな。可愛らしい少女の声であった。彼女が植え付けた爆弾で触手が大きく蠢いた。いやだいやだとするように蠢くソレからまおは、だん、と体を回転させて飛びのいた。 ヘイトコントロールにより、夏栖斗に集まっていた魔術師の視線も其方へと移る。広がる砂嵐、全てを呑みこもうとする灼熱のソレはイスカリオテが嘗てはフィクサードの技を模倣したものだ。 「あんなものを召喚する理由はなんだ。――知っているか、ハーオス。『怪僧ラスプーチン』を」 その言葉にハーオスはくつくつと笑うのみだ。 一世紀前に『主要な魔術師』が死に絶えたこのハーオスの魔術師たちは云わば若輩者だ。だからこそ、使者を呼びだす事にさえもアーティファクトに頼ることしかできなかったのだ。アーレスもチェレンチーも深い傷を負っていた。だが、彼等は動揺をしてはいない。 読みとろうとその思考回路へと手を伸ばす、だが、そこに情報等何もないのだ。 「アレは、何を持って逃げた。貴方方は知っているはずだろう――ッ!」 「我等はハーオス。混沌の魔術師だ。だが、我等はその力を失いかけている。無念な事にな。 貴殿らだってそれをその身で感じとっているだろう――?」 ここで、リベリスタに負けてしまう。それが過去、あのような大規模な事件を起こした『ハーオス』であったとは思えないのだ。 広がる砂嵐に身を蝕まれながら、魔術師はイスカリオテに笑う。 「何も知らんのだ。貴殿らが何時か知る時が来るのではないか! だが、我等は何も関係等無い。 今後、我等の名を『あちら』に話す事も凡て只の取り越し苦労にしかならんだろう」 其れは何かを隠すまででもなく本心からの言葉であったのだろう。瞬いて、攻撃に特化したイスカリオテの砂嵐が魔術師全てを呑みこんだ。だが、攻撃を続ける彼を巻き込む様なシルバーバレッドがその身を抉る。 魔力の弾丸がアリステアの癒しにも間に合わず、彼の意識を奪っていく。癒し手たるアリステアを庇うアラストールは騎士だ。己の信念のもとで動いている、だが、傷も深いのだろう。 ――もう少しだ、と夏栖斗は実感した。 それは時間も、使者の傷もそうだ。あと少し、あと少しで倒せるのだから。 「プリンスにも見放されて、とんだ茶番だよなぁ! 自分のドヤ顔の為だけに命はってんじゃねーよ!」 魔術師の体力にも気を使いながら彼の炎は周囲を巻き込んだ。 だん、と触手を避けながら、その体を蹴り、幾度も死の爆弾を植え付けるまおが混沌の使者から離れる。撃ち込まれたエナーシアの弾丸が混沌の使者の体の中心へと喰い込んだ。 背後に感じる炎に、冴は虎鐡へと目配せする。あと、一歩だ。共に戦場を幾度駆けた。正義を為す為に、家族を守るために。其々の想いが侭に、刀の切っ先を向ける。 「避けられぬ混沌ならば……俺の刀で払ってやる。乗り越えてやる!」 「私は、正義が為に! チェストォォォオオオオオ!!!!」 地面を蹴る。獅子護兼久に込められた渾身の力が全てを一閃し、冴のデッドオアアライブがそのすべてを一気に斬り伏せた。 ● どすん、と音を立て、そして静かに液状化する『混沌の使者』の体に魔術師たちは呻く。此れで、希望が潰えたのだ。 チェレンチーとアレークに視線を送り、冴の切っ先がゆるりと向けられる。 残る魔術師たちは皆、意識を失うか、その命を失っている事だろう。アラストールに縛られた魔術師のみ、情けない様を晒しその体を蠢かしている。 「貴様らが、儀式の要――ここで斬る!」 「一人も逃しはしない。てめぇ等はここで消えるんだよ」 二人の切っ先を向けられた魔術師とて、これ以上は『覚悟の上』であったのだろう。ふかぶかと突き刺さった刃に笑い声を上げ、アレークは虎鐡の目を覗く。 橙と蒼に向かい、その窪んだ黒い瞳は厭らしい色を灯して笑った。 「リベリスタ、己の欲が為に人を殺すのか――その怒りは、何の物だ」 「貴様に、語る義理もない」 何の為の戦いであるかなど、其れは話す事でもないだろう。血が滴り落ちる。冴の切っ先は只静かに、男の首を刎ねるのみだった。 砕けた霊雨の契を手に、生きた魔術師へとエナーシアは向き直る。 「御老体、余力はもうないのでしょう」 倒れた魔術師へと問いかけながら、彼女の紫の瞳は細められる。傷の深い魔術師たちは何れも長くはないだろう。 「夢は、叶ったのかしらね?」 その言葉に、答えるものはいなかった。 シン、と静まり返った公園には最早何も残されていなかった。 戦いの軌跡を残すそこには伸びあがる風車の影が落とされるのみだった。 歪んだ蝶はもう飛び立たぬ。歴史にさえも残らずに、幕を落とすのみであった。 武骨な鉄のみが見つめていたのだろう。その空虚な物語を。 ――からからから。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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